「…出来たわ」
フラスコと乳鉢を置き、出来上がったゲル状の媚薬を小瓶に詰める。『鰻上り』と書かれた瓶のラベルを剥がして『恋心』のラベルを貼りつける。
「またトンでもない腐臭ですね。ちっとも改善できてないようですが」
「甘いわ小悪魔。見ていなさい」
出来たばかりのゲルと、以前から用意していた媚薬を少量ずつとってペトリ皿の上で混ぜ合わせる。その途端、ウィーンフィル管弦楽団も真っ青な刺激臭のハーモニーを奏でていた二種の薬品は、ジュ、と軽い化学反応を見せた後に全くの無臭となった。
「……なるほど」
「完璧よ。蓬莱の薬師だって嗅ぎ分けられないでしょうね」
「けどこれ、ドロッドロのゲル状じゃないですか。紅茶に混ぜて平気なんですか?」
「…………」
「何も考えてなかったんですね」
「……ゲル状の紅茶だっていいじゃない」
「そりゃパチュリー様はいいでしょうけど」
「疲れた日にはゲル状の紅茶でリラックス。粘り気のある風味が脳を活性化させ、疲労を吹き飛ばします」
「吹き飛ばしませんよ。第一、喉を通るんですか? これ」
「うるさい小娘。お前にゲル状の紅茶の何が分かる」
「…そうですか。ではお一人で粘液を堪能してください」
「ああ、待ってください小悪魔さん。ちょっとした冗談ですよぅ。貴方の力が必要なんです」
縋りつく。
「……もう。分かりましたから腰にしがみつかないで下さい」
うんざりした顔で小悪魔が振り向く。
どうやら分かってくれたようだ。
物分りのいい子は好きだ。
「それじゃそろそろレミィの調査に行ってくるわ。留守番お願いね小悪魔」
小悪魔の尻尾を撫でつつ頼む。
「はいはい。これが頼まれていた盗聴器と小型カメラです。どうぞソコソコの御武運を」
「ありがとう」
頼りになる子だ。
「それじゃ行ってく……きゃ」
「おーい、パチュリーはいるか……うぉっと、大丈夫か? パチュリー」
「わ。だいじょうぶ? ぱちぇ」
踵を返して図書館を出ようとしたところで、不意の来訪者にぶつかりそうになった。何とか衝突を避けたものの、バランスを崩して転びそうになったところを来訪者の片割れに抱きとめられる。
「危ないぜ。車は急に、止まれない。だろ? パチュリー」
「魔理沙。…に、レミィ。……いらっしゃい。どうしたの、急に」
「私はいつだって急だぜ。ちょっと野暮用で来たんだが…急いでたか?」
「そんなことはないけど……」
そこにいるレミィの部屋に忍び込みに行くんです。とはさすがに言えない。
魔理沙の来訪は嬉しいが、タイミングがよろしく無いのだ。
「なんかソワソワしてるな。用があるのなら今日は退くぜ?」
「ぱちぇ、かおがあかいよ?」
だいじょうぶー? と可愛らしくレミィが私のおなかに手を当てる。
このままぎゅっと抱きしめて図書館の奥の暗がりに連れ去りたい衝動に駆られる。
が、
「へ、平気よレミィ。ありがとう」
そっとレミィを引き剥がす。
ダメなのよレミィ。あなたが撫で回すお腹とネグリジェの間には盗聴器がギッシリ詰まっているの。
今のレミィ一人なら誤魔化しもきくが、うっかりカメラ等が露出したら魔理沙の私への株が急落してしまう。
今回のミッションの対象ではないが魔理沙も私のターゲットの一人であることに違いはない。
決して疎かには出来ないのだ。
一人で立てるから大丈夫、と魔理沙の手を離して仕切りなおす。
「それで、二人して何の用事?珍しいカップリングじゃない」
「ああ、用事があるのは私一人だぜ。レミリアは廊下で会ったから付き添いだ。図書館まで案内してあげる、ってな。へへ、可愛いじゃないか、新月の時のお嬢様は」
「そう……。それで用事って?」
「ああ、パチュリー、結婚しよう」
「もちろんよ魔理沙ッ! 小悪魔! 予てから用意してあったウェディングドレスと嫁入り道具を持ってきなさい! ちょ、違ッ! そのドレスは咲夜と結婚する時の物ッ!」
二秒でネグリジェを脱ぎ捨てて純白のドレスとブーケを装備する。
「さあ、行きましょうアナタ」
「わー、ぱちぇきれーい」
……はっ! 夢いっぱいの申し出につい即答してしまったが、レミィの目の前だということを失念していた。
マズイ。魔理沙が手に入るのは大変にオイシイのだが、レミィに結婚宣言を目撃されては、レミィを手に入れることが難しくなってしまう。
「おうパチュリー、綺麗だぜ」
す、と魔理沙が私の左腕をとり、銀のリングを薬指に嵌めた。
「これでパチュリーは私のものだ」
「ふーん。ぱちぇは、まりさのものなんだ」
「ああそうだぜ、お嬢様。これからはパチュリーに手を出したりするなよな」
「ん、うん…」
「魔理沙……」
嬉しい。けど夢の七重婚が。どうしようどうしよう。魔理沙、レミィ、フラン、咲夜、霊夢、メニーン、小悪魔。いったいどうすればいいの。結婚の申し出なんてそうそうないし、でも今はレミィの前だし。ここで完全肯定したらレミィが遠のいてしまう。けど断るなんて考えられない。あああどうすればいいの、どうしましょうどうしましょう、そうだ媚薬だ粘液だ。カメラと紅茶で夢色の猫イラズを今が旬のムエタイ選手と輪になって!
「パチュリー様」
ぽん、と肩に手を置かれた。
「…子悪魔」
小悪魔はちょっと悲しげな目を振り払い、こぼれる様な笑顔で言った。
「おめでとうございます。パチュリー様。これからは真っ当に生きてくださいねっ」
「…子悪魔」
真摯な祝福は胸の葛藤を綺麗に一掃した。後半の出所祝いのようなフレーズも気にならなかった。
「そうね……。誰かのためだけ、というのも悪く無いのかもしれないわね」
「なんだ、私以外の誰かも欲しかったのか? 贅沢な奴だぜ」
魔理沙が苦笑い。
ごめんなさい魔理沙。嫌な思いをさせてしまったかしら。
けどこれからは貴方のためだけに生きるわ。
「魔理沙」
「パチュリー」
ぎゅ、と抱き合う。
ああ、これが幸せ。私の求めていた七色の不純同性交友とは微かにベクトルの違う、一対一の愛。
「パチュリー、湖の畔にオープンカーが止めてある。先に行って待っていてくれ。私はハネムーンの前に紅魔館の面々に挨拶してくるから。レミリア、すまないがエントランスまでパチュリーのエスコートを頼む。お嬢様に頼むのもおかしな話かもしれないけどな」
「んーん。いこ、ぱちぇ」
「分かったわ。…貴方も早くきてね」
ブーケを小悪魔に投げて図書館を出た。
抜かりなくドレスの胸元に突っ込んだ媚薬と盗聴器をジャラジャラ鳴らしながら、これで見納めとなるかもしれない紅魔館の遠大な階段を降りていった。
◇
人口二名となった大図書館に笑い声が響く。
「ふふふ、そちも悪よのぅ…エチゴヤ」
「いえいえオダイカンサマこそ……」
目の前の魔理沙は不適に笑い、三代目ル○ンの如くべり、と変装仮面を引っ剥がした。
現れたのは瀟洒なメイド。一瞬で普段のメイド服に着替え、ホワイトブリムをちょこんと頭に乗せた。
「流石は奇襲作戦と変装の名人ハンニバル様。お見事です」
メイド長の咥えた葉巻に火をつけて、恭しく膝をつく。
「いえ、貴方の協力あったればこそよ小悪魔。よくやってくれたわ。名演技だったわよ」
「いえいえ、ハンニバル様の筋書き通りに動いたまでです」
「…もうハンニバルはいいわ。思いつきの改変ネタだし……それよりも、はいこれ。約束のもの」
「おお……これが…」
手の平に載せられた紙片の束をウットリと眺める。
紅魔館従業員用第二食堂筆頭料理長謹製、一日十食限定日替わりランチ(ノン㌍)用の食券40枚。
これがパチュリー様の値段である。
そう、私子悪魔は主人であるパチュリー様を売り渡した。食券で。
持ち掛けてきたのはメイド長。貴方はただ言われたとおりに喋ればいい、とメイド長は従業員垂涎の食券の束をちらつかせて来た。
たったそれだけで私が主人を裏切ると思っていたのだろうか。私はもちろん即答した。やらせてください、と。
大体パチュリー様はよぅ、分かってねぇーんですよ。小悪魔心が。
数十年前、やって来たその日に広辞苑の如何わしい単語に赤丸を付け始めた時にヤバいとは思いましたがね。
びっくりですよ。古参の悪魔達。私も含めて。ええ。
その日から妙な実験は始めるわ、悪魔を茶坊主に使うわで、図書館はマナーを守って使いましょう、って市役所のおじさんに言われなかったんですかね。
そもそもアレですよ。『動かない大図書館』って何ですか。格好良すぎですよ。『動く大図書館』の方がよっぽど面白おかしいじゃないですか。三流アミューズメントスポットに成り下がりますが。格好のいいフレーズを頂戴しているのならシッカリ働いて欲しいってもんです。毎日毎日妖しげな本ばかり選んで読み漁って。手に取るのも躊躇われるような本を持って来いと命じられる悪魔達の身にもなって欲しいもんですよ。ホントに。ええ。
「ちょっと、小悪魔、聞いてるの?」
「…のフラスコ中毒………え?、あ、ああ、すみませんちょっと万感の思いを」
「まあいいわ。それじゃ私は行くけど、いい? お嬢様に余計なことを言うんじゃないわよ? パチュリー様は見ての通り魔理沙と若年結婚夫婦の間柄になった。コナかけて来たらそれは不倫。いいわね?」
「はい。もちろんです。ゲル状の紅茶に懸けて」
「…?」
まあいいわ、とメイド長は図書館を出て行った。
にこにことそれを見送る。
さあ久々の休日だ。パチュリー様のいないうちに満喫しよう。
…いや、その前にこの実験器具を始末しよう。全く、何だってこんな物の持込をレミリア様は許可したんだか。
図書館の一部を占領する膨大な薬品類の山を見上げる。やれやれ。パチュリー様は居ない時も世話が焼ける。
受け取ったブーケを三角フラスコに活けて、ガチャガチャと掃除を開始した。
◇
「ふう、パチュリー様はちっとも調査を進めていなかったのね」
困ったものである。小悪魔に聞いたところ、パチュリー様は夕方近くまで媚薬の調合に精を出していたとの事で、れみりゃ様の観察をこれから始めよう、というところで件のブライダルトラップ発動と相成ったわけだ。
「もう少し後で仕掛けた方が良かったかしらね…」
だが口調とは裏腹に気分は爽快だ。
お嬢様の自室、サロン、ホームバー、エントランスに大浴場とあちこち回った甲斐があり、れみりゃ様FCの活動としては相当の成果を上げていた。
「さあ次は遊戯室にでもいこうかしら……ん?」
お次の犯行現場を撞球場に定め、急ぎ廊下を抜けようとしていた時、厨房へと続く扉の向こうにちらりと赤い服が見えた。
この十六夜咲夜が見紛う事などない、れみりゃ様であった。
「こんなところでいったい何を……?」
れみりゃ様はきょろきょろと辺りを窺っている。
何だろう。何かやましい事でもあるのだろうか。
す、と扉の死角に入り、様子を見ることにした。
「えーと……おかしはいつも、このへんに…」
冷蔵庫に顔を突っ込んでゴソゴソと探し物のようだ。
引っ切り無しに動く上半身につられてゆらゆら揺れるお尻と羽が可愛らしい事この上ない。
「んー、さくやのたると、もっと…たべたい…」
ああっ。なんて私に都合のいい独り言っ。しかもなんて可愛いのかしらっ。
抱きしめたい抱きしめたい。後ろからぎゅっと抱きしめて、心ゆくまでタルトを食べさせてあげたい。
お茶の時間にお出ししたタルトは二切れ。どうやらベリーのタルトはお口に召したようで、お嬢様は更なるタルトを目指してキッチンまでやって来たらしい。
ごそごそがちゃがちゃ。
可愛らしい歌を口ずさみながら、冷蔵庫の中をを引っ掻き回すれみりゃ様。
「たるとったるとっさくやのたるとっ♪」
「タルトッタルトッ私のタルトッ!」
『タル』で右腕をンッと上に上げて『ト』で振り下ろす。
「たるとったるとっどこにあるっ♪」
「タルトッタルトッ媚薬入りッ!」
通りがかったメイドがブンブン腕を振り回す私を怪訝そうに見て、足早に去っていった。
しまった。お嬢様の歌につられて派手なモーション付きで復唱してしまった。
時を止めてメイドを追いかける。ハテナマークを貼り付けたまま停止したメイドを見つけると、全てを忘れなさい、と念じて首筋に手刀を下ろした。そして時は動き出す。かくん、とくず折れたメイドをお姫様抱っこで休憩室に運び、再び時を止めて厨房前へ。
ロスタイム4秒弱。正直惜しい時間だが妙な噂でも立って折角の瀟洒の二つ名を失うのも困りものだ。この四秒は周囲を窺う事をせず狂態に走った自分への罰だ、と自戒してお嬢様観察に復帰した。
見ればお嬢様はベリーのタルトを発見したようで、おいしそうに頬張っていた。
もぐもぐもぐもぐ。
なんて幸せそうに食べるんでしょう。ああ、タルトになりたい。
残っていた四切れのタルトは見る間に減っていき、とうとうディッシュは空っぽになった。
「けふっ。おなかいっぱい……ごはんたべれないと、さくや、おこるかな……」
怒りません、怒りませんとも。あんなキュートな食べっぷりを披露して頂いたのです。何の不満もございません。
「んー……さくやに、ごめんなさい、してこよ」
ああっ。こんなに可愛らしいお方がこの世に存在するなんてっ。
感動のあまり軽く痙攣する。
しばし感動に浸っているとお嬢様がキッチンから出てくる気配。
私の部屋に行くのだろう。ならば先回りして部屋で迎えるのが従者の務め。
自室に向かおうとくるりと回れ右をし、
ずしゃぁっ
「OH!」
血だまりに足を滑らせた。どうやら相当な量のヘモグロビンを排出していたらしい。回転の勢いに任せて踏み出した右足は綺麗に宙を舞い、完全に体重を右足に委ねた左足はもはやバランスをとる役目を果たし得ない。このままではコントさながらの転倒劇を展開してしまう。
いただけない。それは実にいただけないことだ。完全で瀟洒なメイドたるこの私が鼻血の海で大転倒なんて愉快な姿を晒すわけにはいかないのだ。
投げ出された右足を更に前に突き出して身体を丸める。右足の遠心力に任せて身体を逆さにすると同時に背筋に命じて上半身を引き起こす。
俗に言うバク転だ。
難なく両足で着地し、余裕の表現のお約束としてスカートの端を摘み上げ、僅かに膝を曲げ一礼した。
「ブラヴォー!」
沸き起こる喝采。
何事かと見渡すと、廊下の扉が全て開いてメイドたちが惜しみない拍手を送っていた。
「いやなに、メイドの嗜みですわ」
割れんばかりの歓声をジェスチャーで鎮める。と、同時に時を止めてモップで鼻血の海を消去した。
「すごいです咲夜さん! 意味もなくバク転するなんて!」
「感動しましたメイド長! でも何で急にあんな荒業を?」
興奮気味のメイドたちを宥める。どうやら足を滑らせた原因は目撃していないようだ。
メイド達の相手も疎かには出来ないが、今は早く自室にてお嬢様を迎えなくてはいけない。
これだけの大騒ぎでは、れみりゃ様も何事かと急いで廊下に出てくるだろう。
「ショーは終わりよ。持ち場に戻りなさい」
仕事モードで言い放つ。瞬間、メイド達は弾かれた様に散開し、各自の持ち場に戻っていった。
良かった。躾の行き届いたメイド達で本当に良かった。
「さあ待っていますよ、お嬢様」
真っ赤に染まったモップをゴミ箱に突っ込んで、いそいそと自室に向かった。
◇
「そろそろ妹様の方に掛かろうかしらね…」
もじもじとつまみ食いを告白するれみりゃ様の愛らしい仕草を骨の髄まで堪能したのが十分ほど前の事。
既に外はとっぷりと暮れ、妖の跋扈する闇の時間となっている。
午前中、地下に篭って動こうとしない妹様の様子をこっそり覗いたところ、妹様はレーヴァテインの露がどうとか剣呑なことを呟きながら、燃え盛る剣を手に部屋中をグルグル歩き回っていた。
あまりに物騒な一品だったので妹様がトイレに立った隙に香霖堂で買った土産物の模擬刀とすり替えておいたら、妹様は戻ってくるなり刃こぼれ云々唸りだし、砥石でしゃこしゃこナマクラ刀を研ぎだした。
非常に面白いのでそのまま放って他ミッションを遂行していたのだが、あまりぼやぼやしていると新月が終わってしまう。
この新月の間にお嬢様を手に入れると誓ったのだ。パチモンを研ぐ無害なロリッ子とて捨て置くわけにはいかない。
折りよくお嬢様は自室で絵本(きんだんのしゅじゅうかんけい~熱愛編)を読んでいらっしゃる。しばらく地下に姿を消しても大丈夫だろう。
「さあ、待っていてくださいね妹様」
ちょいと派手に暴れてもらって、月の加護を取り戻したお嬢様から大目玉を喰らって頂こう。それによりお嬢様の、妹様に対する信用はガタ落ちとなる。
美鈴、パチュリー様に続き、お嬢様と私の目を覆うような官能の日々を邪魔する要素は全て摘ませて貰う。
何、直情型の妹様のことだ。ちょっと刺激すれば戦域核のような弾幕で応酬してくるだろう。
ホールを抜けて、地下への階段に繋がる廊下に出ようと足を踏み出した。
そこへ、
「十六夜…咲夜ぁぁ!」
修羅の形相で美鈴が飛び込んできた。
「あら、美鈴。どうしたの? 目を血走らせて」
「メイド長、やってくれたな……」
「……」
「あんたのお陰でバッキンガム宮殿は共産主義一色だ……。笑顔の眩しいオッサンとの同居を余儀なくされた妖怪の気持ちがあんたに分かるか……?」
「…門番詰め所をどう呼ぼうと勝手だけれど、外壁にバッキンガム宮殿と刻むのは止めてくれないかしら? 来客のたびに『気の毒な子を一人養っている』と説明しなければならないこっちの身にもなって欲しいわ」
「そんな説明があるかぁーッ」
拳を震わせて美鈴が吼える。
「とにかくっ、メイド長、あんたの大躍進政策のせいでお嬢様の私への愛は激減だっ! 一体どうしてくれるっ!」
「貴方が勝手に自爆したんじゃない。まあ貴方が思い通りに玉砕してくれるキャラだと確信はしていたのだけれど」
「うぬぬぬぬ。十六夜咲夜、許さんっ。大量に買い込んだスペルカードとお百度参りの威力、見せてくれるわっ」
「それで今まで姿が見えなかったのね。貴方」
香霖堂と博麗神社に行っていたようだ。そりゃ時間も掛かる。
「けどね美鈴。お百度参りは深夜に行うものだし、私は貴方と弾幕りあう気もないの。これから妹様に手を下しに行かなくてはいけないのよ。悪いけど今日は共産党選挙事務所で大人しくしていてくれないかしら」
「選挙事務所ではないっ! あれは…」
「咲夜ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
怒髪天を衝く美鈴の絶叫を遮り、ドアを蹴り開けて乱入してきたパチュリー様が咆哮した。
「咲夜っ! 貴方どういうつもりっ!」
「あらパチュリー様。よくお似合いですよウェディングドレス」
「説明してもらうわよ! あんな真似をした訳をっ!」
普段のグータラぶりからは想像も出来ない大声でパチュリー様が詰め寄ってくる。
「見当たらないオープンカーの代わりに湖畔を散々探し回って見つけた気の利かない大八車の上で今か今かとときめいていたのに、何時までたっても魔理沙はやって来ない……! 痺れを切らして魔理沙の家に行ったら魔理沙はキョトンと戸惑うばかり! 焦ったわ、ええ焦ったわよ! 成田離婚も真っ青の勢いで結婚解消かよ! ピンポンダッシュじゃないっちゅーねん! ……魔理沙を散々なじった挙句、半泣きの彼女から貴方が魔理沙の服を一着借りていった事実を聞き出したわ。そこで解った。全て貴方の狂言だったってね!」
「大八車がうち捨ててあった時点で気付いてくださいよ」
「うるさいわねっ。何かの手違いかと思ったのよ!」
「手違いでハネムーン直前の花嫁を大八車に放置しますか」
「そういうプレイかもしれないじゃない!」
「……思ったより前向きなんですね」
「惚れ直したっ!?」
「いえ、お嬢様一筋ですので」
何を言っているんだこの花嫁は。という目で見てやる。
「…貴方のお陰で魔理沙には引かれるわ、レミィには所帯持ち扱いされるわで、幸せの七分のニが一日で消し飛んだわ」
「まず分母が七って所がおかしいと思いませんか?」
「貴方も入っているのよ?七大密室少女の中に」
「変態の巣窟に私をノミネートしないで下さい…」
底知れぬカルマ。恐ろしい女だ。
「とにかく咲夜、貴方には相応の罰を受けてもらうわ。薬と縄、好きな方を選びなさい」
「どちらもお嬢様となら歓迎なのですが。…その大役は美鈴にお譲りしますわパチュリー様。彼女の全ては貴方のものです」
「ホントッ!? 嬉しいッ! メニーン、さあ図書館奥のプレイルームへ行くわよっ」
「ちょ、今メイド長が美鈴って言ったでしょッ! なんだメニーンて! しかもあんた図書館にそんなはっちゃけたモノ作っちゃってるの!?」
「いいでしょなんでも! さあ行くわよ!」
「ま、待ってっ! 私はメイド長に勝負をっ…」
やれやれ。騒がしいことだ。
まあ二人仲良く図書館に消えてくれるようだし、その間に私は地下へ……
「煩いわね…。何の騒ぎなの…」
ち、二人の漫才のお陰で妹様がホールにやってきてしまった。
地下でひっそりとカタに嵌めてやろうと思っていたのに。
仕方ない。予定を変更してこの場で一暴れしてもらおう。ホール半壊なんて事になったら妹様は大目玉どころか地下に再封印となってしまうかもしれないが、やむをえまい。大人しく銀メッキの模擬刀を研いでいれば良かったものを、ノコノコと地上に這い出してきた妹様がいけないのだ。
「あらフランドール様。ホールに何か御用でしょうか? その手にしていらっしゃる、香霖堂の店主が1200円で仕入れてきた土産物の刀を処分なさるのでしたら、私を含め、館のメイドに仰って下さればすぐに致しますが」
「…何を言っているの? レーヴァティンが1200円ですって? 咲夜、あなたメイドカチューシャが脳まで刺さってるの?」
…まさか本当に気付いていないなんて。
あからさまに色、重量、形状が違う上に、柄に『日光』と書かれた鉄棒を本気で己が魔剣と思い込んでいたなんて。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
いけない。この身はお嬢様に捧げた身。たとえ妹様にでも、想いが傾くことなど許されないのだ。
ぶんぶんと頭を振って雑念を払う。
ただお嬢様のことだけを考えて、作戦を成功させなくては。
「…フランドール様。残念ですがその剣はレーヴァテインではございません。男子中学生くらいしか買い手のない修学旅行土産の成れの果てです。本物の魔剣は……」
さてどうするか。要は妹様が暴れてくだされば良いのだ。第三者が居るのなら、何も自分で弾幕りあわなくても良い。
「美鈴の部屋に」
「えッ!?」
パチュリー様と見苦しく取っ組み合いをしていた美鈴を指差すと、彼女は甲高く驚きの声を上げた。
それはそうだろう。身に覚えのない窃盗だ。ここで鷹揚に頷いて見せたら相当の大物だ。
「…本当。魔杖じゃないわ。……こんな鉄屑を私は半日研いでいたって訳ね……」
半日も研いでたんですか貴方は。
ホロリと涙が頬を伝う。
「ち、違いますよフランドール様! 私は何も…」
「いいのよ中国。言い訳は貴方の血に聞くから…」
ゆらりと紅蓮を纏い、妹様が美鈴に迫る。
美鈴の顔は蒼白だ。当然か。妹様の怒りを買って無事で済むはずがない。
ごめんなさいね美鈴。まあ貴方なら全治一週間程度で済むでしょう。
ミッションコンプリートだ。
妹様は美鈴相手に容赦なく大暴れするだろう。結果ホールは崩壊する。
もうじき月の再来と共に、れみりゃ様がレミリア様となられる。
見るも無残な館を見て、妹様と美鈴は正座二時間のお説教となるだろう。
素晴らしい。今日はなんと素晴らしき日だ。
美鈴はれみりゃ様相手に激昂して怖がられ、パチュリー様には妻帯者の烙印が押された。妹様は館内ホロコーストで信用失墜となる。
ライバル達は皆お嬢様に愛される資格を失った。
どいつもこいつも調査そっちのけではっちゃけてくれたお陰で、れみりゃ様FCの活動成果を掻っ攫う目論見は当てが外れたが、元より大した期待もしていない。
今は独走態勢に入った我が覇道の未来を寿ごう。純度180%の甘酸っぱい独占愛に乾杯しよう。
ふと見れば妹様は既に弾幕モード。逃げ腰の美鈴に向けて右手を構え、
「何をしているのかしら」
「「「「――っ!」」」」
クランベリートラップをぶっ放そうとしたところで、かつん、と乾いた音を響かせて闇の中よりレミリア様が現れた。
◇
「騒がしいわね。漸く月が生まれたというのに」
「お、お嬢様」
なんという事だ。あと一歩というところでレミリア様は月の力を取り戻してしまった。
レミリア様の登場により、妹様と美鈴の弾幕ごっこは直前でストップ。
これでは妹様をハメる事叶わない。
くぅぅ。美鈴とパチュリー様との問答に時間を取られすぎたのだ。
あそこで邪魔が入らなければ全ては思惑通りになっていたはずなのに。
「お、お嬢様、お早いお目覚めで…」
「そうかしら…。それより……」
「はい?」
ギッ、とお嬢様が私達四人を睨み付ける。
「忌々しい新月が終わって、気が付いたら私の部屋が荒らされていたの。下着やパジャマ、歯ブラシ等がいくつか消えていた上に、ベッドにダイブした形跡まであったわ。どういう……ことかしらね」
キュワッ!
総毛だった。
身に覚えのある犯罪ばかりだ。隠蔽は完璧だと思っていたのに流石はお嬢様、バッチリばれていらっしゃる。ダミーのアイテム類に騙されなかったのはともかく、モッシュアンドダイブを決めたベッドの痕跡まで見つけられるとは思わなかった。
マズい。なにがマズいって、件の遺失物がメイドエプロンのポケットにギッシリ詰め込まれている現状が最高にマズい。
これが発覚すれば、折角トップに躍り出ようとしていた、れみりゃ様争奪ラブマラソンにおいて著しく順位を下げかねない。
どうする。時を止めて獲物を自室に置いて来るか。いやそれも見つかれば結局は同じ事だ。ならば美鈴の帽子の中にでも突っ込むか。いやいや折角手に入れたお嬢様の愛の結晶だ。手放すのは惜しい。ではどうする。やれどうする。
「誰か心当たりは無いのかしら?」
あああ。怒ってる怒ってる。レミリア様怒ってらっしゃる。優雅に微笑んではいるが、アレはレッドマジック解放の予備動作だ。あの状態のお嬢様は大変に危険である事を館の住人は皆知っている。
「そう。誰も答えてくれないのね……。けど、犯人を見分ける方法が分かったわ」
「えっ?」
「紅魔館の住人はね。主人の下着を盗むと……鼻の頭に血管が浮かび上がるの」
………………
「嘘でしょっ!? お姉様!」
奇抜な髪型のフランス人男性のように妹様が叫んだ。
「ええ嘘よ。でもマヌケは見つかったようね」
「アッ!」×4
……………………
ドドドドドドドドドドド
「……シブいねぇ~。お嬢様、まったくシブいぜ…」×4
四人揃って開き直る。って、四人ともかよ。
殆ど自室から出ていないように見えた妹様やパチュリー様まで、お嬢様のプライベートアイテムだけはガッチリキープしているとは侮れない。
「そう……。貴方達全員共犯なのね……。ん? これは…」
「ああっ…ダメですお嬢様。それは…」
お嬢様が美鈴のポケットからB5用紙を引っ張り出す。
あれは……れみりゃ様FCのPR文書っ!?
「…………」
あわわわわ。読んでる読んでる。
いっそ清清しい程に濃縮された幼女への偏愛をブチ撒けた変態宣言が今お嬢様の目にっ。
そもそも何だってあんなモン書いたんだ私は。秘密組織にプロパガンダなんぞ明らかに必要ない。何もわざわざ滾る欲情をカタチにすることもあるまいに。
「……咲夜」
「は、はひっ」
虚ろな目に紅の炎を宿し、お嬢様が文書から目を上げた。
「ペドフィリアどものリーダーである貴方に聞くわ。これは貴方達の総意なのかしら? そして首謀者は誰?」
「そ、それは…」
一瞬でメンバー三人の目を見る。三人は冷や汗を流しながらも力強く頷いた。
ああ、紅魔館は一蓮托生。これだけのチームワーク、他では決して見られないだろう。
五分前までフル稼動していた権謀術数を忘却の彼方に蹴り飛ばし、仲間達との結束を確信する。
「それは美鈴の発案ですわ。お嬢様。私たち三人は無理矢理……ううっ」
泣き崩れる。
「ぎゃーー! そういう意味で頷いたんじゃないっ! メイド長! やるかなーやるかもなーとは思ったけど本当に私に押し付ける気かっ!」
「中国です。お姉様、中国が嫌がる私達を強引に誘いこんだんです」
「その通りよレミィ。私達三人は寧ろ被害者なの」
「あんたらぁぁぁぁぁぁ!」
グッと心でガッツポーズをとる三人。ごめんなさい美鈴。犠牲は一人でいいの。
「そう……。中国。貴方にそんな大それた事が出来たなんてね……」
お嬢様の右手が赤く光りだす。
「違います違いますお嬢様っ。全てメイド長の呼びかけと各々が誇る少女愛好が巻き起こした一夏の恋なんです! 誰が悪いというわけでもありませんっ。強いて言えばお嬢様のそのぷにぷにのほっぺが犯罪的に愛らしいッ!」
ごっ。
トチ狂った美鈴がお嬢様にハグをかまそうと走り寄ってゲンコツで殴られた。
「中国。貴方には相当なお仕置きが必要ね。…それと貴方達も」
「ひぃ」
美鈴を指差して爆笑していた私達にも矛先が向いてきた。
「中国に唆されたからといって易々と変態行為に及ぶようでは紅魔館の住人たる心構えが出来ていないわ。ちょっと四人ともそこに正座なさい」
「は、はい……」
美鈴の馬鹿っ。どうしてもっと墓穴を掘って、怒りを引き付けてくれないの。
大理石で出来たホールの床は決して正座に向いていないのに。
「いいこと。貴方達にはまず人としての倫理観が足りないわ」
「お姉様、人間は咲夜だけで……い、いえなんでもないです」
よしゃあいいのに口を出して睨まれる妹様。
「反省も足りないようね。今日は朝までお説教かしら?」
ひー。妹様の馬鹿っ……え?
正座している私の肩にお嬢様が腰をかけた。ふわふわ浮いている事とお嬢様自身とても軽い事もあって殆ど体重を感じないが、この世の春は確かに肩の上に存在している。
ああ、バッドエンド一直線かと思いきやこんな桃色なイベントが待っていたなんて。
お嬢様。咲夜はいつまででも貴方(の腰)を支えましょう。
「大体貴方達は欲望に忠実すぎるの……ちょっと咲夜、お説教中に何を呆けているの」
「……はっ。いえいえお気になさらずに。ささ、どうぞどうぞ続けてくださいませ」
「随分上機嫌ね……まあいいわ」
浮き足立った心を現実に向けてみると、私を除く正座組三人は指を咥えてお嬢様の腰を眺めていた。
ふふん。この特権、誰に譲るものか。
「ちょっと咲夜、くすぐったいわ」
「おっと。失礼しましたお嬢様」
瀟洒な仮面を被りつつ、肩の上の桃源郷をじっくり堪能しよう。
そう考えると長時間のお説教も悪くない。適当に美鈴でも刺激してお説教の延長を試みようか。
とりあえず朝までの至福は約束されている。六時間程、心ゆくまで楽しんでから幸せの延命を考えよう。
「ふふふふ」
「咲夜、くすぐったいって言ってるでしょう?」
宴だ宴だ。鎖骨と尾骨がコンニチワ。素敵でおなかいっぱいな夜の観光旅行、第二幕の幕開けだ。
シリアスな物語も好きですが、こういうのも大好きです。
ちなみにアンパンチとは暴走特急レミリア号無差別殺人事件血煙奇行の解り易い惨殺オチの事です。
食パンチでも良かったかも。
ちなみに食パンチとは、土壇場で4人が一致団結してバラバラに逃走を謀り、しかし全員が上手く逃げ切ったと思って油断した瞬間一人、また一人・・・と言う解り易い惨殺オチです。
しまパンチでもよかったね。
ちなみにしまパンチと言うのは僕の夢です。 内容は秘密ですがいずれ劣らぬ解り易い惨殺オチです。
(後)と言う事は続きが期待できないのでしょうか? もう5~600発程捻りの利いたボディが喰らいたいのですが駄目ですか?
ひもパンチでもいいですよ? 咲夜さんの。
何気に一番壮大なお持ち帰りを計画していたパチュリーが凄い・・w
そこかしこに振りまかれた地雷のようなネタの数々が素敵です。
解らなかったネタもありそうなのが、自分の脳が恨めしい。
みょんに強気な、ちゅ、ちょ・・・ええと、メニーン(違)や、
激しく頭の悪い知識人にも脱帽です。
普段とキャラが違う感じなのに、何故かしっくり来るミステリィ。
次回の作品を、是非ともお待ちしております。
私には、ゲル状の紅茶の何も分かっていなかった――。
今度からは飲み干そうと思います。
個人的に、レミリア様のサディストっぷりが発揮されていれば更に満足。
でも小悪魔で既に満ち足りているのですから不思議。
GJ。
そして最後は咲夜さんの一人勝ち?
もうちょっとインパクト欲しかったかな
でもGJ!
久々に沢山笑わせてもらいました
こう言った笑えるお話大好きですよ
のクダリで笑い転げました
まったく作者の方、オタクシブいねぇ~(w
「……シブいねぇ~。お嬢様、まったくシブいぜ…」×4
やばかったです、笑わずにはいられませんでした。
あとメニーンって誰だよ!?みたいな(笑)
全体的に最高ですw
…顔の筋肉が痛いよぅ……(笑い過ぎで
噴いた
淹れ直してきたカフェモカ塗れに・・・・・・
やるかなーやるかもなーとは思ったけど本当に
あんたらはぁぁぁぁぁぁ!
うう部屋中が香ばしい・・・・・
フランは勝ち組でないのはたしかだけど、負け組に入れる程ひどい目にあってないし・・・む~
ただ一つはっきりしていることは、四人はお嬢様に萌えてると言うこと。
れみりゃ様FCに栄光あれ。
れみりゃ可愛いよれみりゃ。
レミリア様を弄り倒したい今日この頃まr(紅色の幻想郷…めめめめめめめめ命中!
れみりゃお嬢様も可愛すぎます…!
いや、堪能させていただきました。
面白かったですよ。
何。このテンションwwwwwwww
冬扇さんの変態紅魔館の原点はここにありますね。
久々に読みましたが、このキレは全く色あせていません。
アンタは最高だ!