幻想郷で鳴らしたれみりゃ様は、特に濡れ衣を着せられることもなく優雅な午後を満喫したが、
日の光を嫌い、館に篭った。
しかし、てるよと違って館で引きこもっているような私達じゃない。
お嬢様さえ頷けばご褒美次第でなんでもやってのける命知らず。不可能を可能にし、滾る欲望を萌えに昇華する、私達、れみりゃ様FC!
私は、リーダー十六夜咲夜。通称咲夜さん。
時間操作と鼻血の名人。
私のような瀟洒なメイドでなければ百戦錬磨のペドフィリアどものリーダーは務まらん。
私はフランドール・スカーレット。通称悪魔の妹。
自慢のルックスに、炉はみんなイチコロさ。
四人に増えて、巫女から魔女まで、何でも囲ってみせるぜ。
よおお待ちどう。私こそ中国。通称中国。
門番としての腕は天下一品!
中国? 中国? だから中国。
パチュリー・ノーレッジ。通称パチェ。
精霊魔法の天才よ。本のカドでブン殴ってみせるわ。
でも喘息だけはかんべんな。
私達は、道理の通らぬ小児愛好にあえて挑戦する。
お嬢様大好き! 寝室希望の、れみりゃ様FC。
添い寝をしたいときは、いつでも言ってくれ。
PR終了。
ということで突如勃発したれみりゃ様FC(Fan club 或いはThe Facts about Child{幼女の生態})。
れみりゃ様の愛らしさに当てられ混沌とした様を見せる新月時の紅魔館において、仮初の平穏のため結成された裏組織だ。
この歴史的な組織の誕生により、かつて繰り広げられていた血で血を洗うれみりゃ様争奪戦はひとまず休戦と相成った。
れみりゃ様FCは、互いの利益のために、まずはれみりゃ様の生活サイクル、嗜好に習慣、幼い女の子特有の鼻血モノの色々なバイオリズム等の調査研究を進め、その結果判明した事実をメンバーで共有し、しかる後他メンバーを夜道で背後から亡き者にしてやろうという趣旨の平和愛好調査団体である。
そのため一時的にではあるが、お嬢様の笑顔、抱擁、口付け、下着など様々な愛の形を奪い合った好敵手達と手を組んだのだ。
…うーん。刺したい。
私以外のメンバーといえば、姉に欲情する変態吸血鬼に、日々妖しげな本の閲覧に余念のない引き篭り、果ては門柱を貫かんばかりの勢いで邪な視線をお嬢様に向けるチャイニーズ門番である。幻想郷中何処に出しても恥ずかしくない生粋の変態ぞろいだ。この申し分のないクォリティのロリコンどもを率いていかねばならないのだから頭が痛い。
だが舐めてもらっては困る。私はリーダー十六夜咲夜。時間操作と鼻血の、もとい奇襲戦法と変装の名人だ。この天才策略家に抜かりはない。友好協定を兼ねた組織運営を奴らにもちかけると同時に、既に致死の罠は張り終えている。奴らはこの十六夜咲夜のために必死こいてれみりゃ様の情報を集め、その結果だけを残して散っていくのだ。完璧なプラン。ウットリだ。
だが彼女らも同様に考えていると思ったほうがいいだろう。博愛の紳士協定の裏で喉をかき切ってやろうと、お互い虎視眈々と隙を狙っているのだ。
情報収拾とライバルの除去。一石二鳥の今宵の新月。準備も実力も揃っている。最後にれみりゃ様を抱いて立っているのはこの私だ。
ふふん。葉巻が旨い。奴らを葬った暁にはバーボンで献杯してやるわ。
さあ行こう。幼き月が待っている。れみりゃ様の赤裸々なお姿の調査と哀れな三人の始末の時間だ。
フランドール・スカーレット、パチュリー・ノーレッジ、紅美鈴。スペルカードの補充は十分か?せいぜい役に立ってくれ。この私とお嬢様の、とても人様には見せられない愛の日々のために。
お嬢様、待っていてください。必ず貴方を勝ち取って見せます。銀のナイフと懐中時計にかけて。
「さくやー」
「あら、お嬢様。おはようございます」
なんたる幸運。起きぬけのお嬢様に一番に出会えるなんて。
とてて、と走って満面の笑顔で飛び込んでくるお嬢様。それを優しく抱きとめて柔らかさを堪能する。
「おはようさくや。んー、さくや、いいにおい」
「そうですか? ベリーのタルトを作っていましたので、香りが移ったのかもしれませんね」
「んー、あまいにおい…。え、たると? あるの? たると」
「ええ、ございますよ。お茶の時間にお出ししますね」
「わーい。さくやだいすきー」
ああっ。天使もスッパで逃げ出すような罪作りな笑顔でそんなことおっしゃるなんてっ。イくところまでイっていいと、そういうことですかっ?
「うー。さくや、くるしい…」
「はっ…失礼しましたお嬢様。お嬢様への愛が上腕二頭筋をホールドしてしまったようです」
「? たまにへんなこというよね。さくや」
「お慕いの表れとご理解下さい」
「うん……わ、さくや、はなからちがでてる」
「おっと、愛の奔流です。お嬢様」
「ふーん……。ちゅ」
お嬢様が私の指についた血を舐めとっている。小さな舌が指を這うたび強い酩酊感に襲われる。
ああ…なんて幸せな時。一日の始まりにこんなラッキーが転がっているなんて。この前買ったフェロモン香水のおかげかしら。
この幸せを堪能したらタルトを作ろう。嘘を塗り固めるためのタルト作りも愛故なら罪ではない。
言えないではないか。ベリーの香りはフェロモンの香りです、などとは。
だが今はこの瞬間を楽しもう。こんな至福は次の新月にもあるとは限らないのだから。
◇
私はフランドール・スカーレット。通称悪魔の妹。
自慢のルックスに、炉はみんなイチコロさ。
四人に増えて、巫女から魔女まで、何でも囲ってみせるぜ。
でもやっぱり一番はお姉様。特に新月時のお姉様ときたら、監禁して保護育成したいくらいの可愛らしさ。
姉妹という禁忌の壁など490年前に頭から捨てた。
それ以来新月は私の目を楽しませてやまない愉悦の時だったのに、最近お姉様に妙な虫がついた。数十年前に図書館に棲みついたヒョーロク玉に、共産主義の犬。加えて数年前お姉様が拾ってきた胸の薄い従者。
特に従者の咲夜はお姉様のお気に入りらしく増長甚だしい。毎日毎日お姉様にべったりくっついて、傅くふりしてスカートの中を覗いている。
いつか首を捥いでやろうと思っていたら、驚いたことに共同戦線の申し入れをしてきた。なんでも新月時のお姉様の行動を詳しく調べよう、とのこと。
お姉様に近づく咲夜は気にくわないがお姉様の情報は喉から手が出るほど欲しい。情報収集なんて細かいことは私には向いていないので、自力ではなかなか出来ないことだ。一も二もなく受け入れた。
と、咲夜は思っているだろう。そこが人間の思慮の浅いところだ。
情報なんてお姉様自身を手に入れてしまえば全てがついてくる。肝要なのはお姉様を我が物とする、その一点のみなのだ。
強引な手段で新月時のお姉様を手に入れても、月の復活と共にお姉様自身に焼き尽くされてしまう。だがそれはお姉様以下の力しか持たない者の話。幻想郷でただ一人、お姉様と同格の私に限っては当て嵌まらない。いざとなれば全ての禁弾を解放してでもお姉様をこの手に納めるつもりだ。
だがお姉様の仔細を知りすぎて困ることなどない。折角向こうから呼びかけてきたのだ。せいぜい利用してやろう。
せっせと調査して私に伝え、そしてレーヴァテインの露となる。最後にこのフランドールの役に立てるのだ。メンバー三人は満足して退場するだろう。
「ふふ。完璧ね」
今日は新月。他のメンバーはお姉様の調査とやらに精を出しているだろう。
私のすることはただ一つ。集めた情報の所有者を私一人にするため魔剣を研ぎ澄ませておくことだけ。
さあ働きなさい咲夜、パチュリー、えーと…中国。
私のために、私とお姉様の夢いっぱいの桃色フューチャーのために。
◇
よおお待ちどう。私こそ中国。通称中国。
門番としての腕は天下一品!
中国? 中国? だから中国。
って、なんじゃこりゃぁ!
メイド長に渡されたB5サイズの腹黒いPR文書を床に叩きつける。
何が悲しくて自己PRで中国中国連呼しなくちゃならんのだ。こんな短いフレーズに五回も出てきますよ、中国が。
門番の腕と中国しかアピールしてないじゃないか。
なんてあからさまな嫌がらせだ。あのメイド生かしちゃおけねえ。
お嬢様研究の協定を結んだばかりだが構うものか。メイド長咲夜を悶絶秘孔麻婆祭りの刑に処すことにした。
ついでに他のメンバーも煮込んでしまおう。邪魔者が消えればハピィライフの幕開けだ。バッキンガム宮殿(門番詰め所、通称犬小屋)暮らしともおさらばだ。お嬢様の隣室に陣取って悦楽の日々を過ごしてくれるわ。
怒気も露わに館を徘徊しているとメイド長とお嬢様を発見した。嫌がるお嬢様をメイド長が拘束している(ように見える)。
くっ、あのメイド朝から弾けた真似しやがる。あろうことか主人に無理矢理劣情を押し付けるとは。
救ってやりたい。
泣き叫ぶ(気がする)お嬢様を魔の手から救い出してやりたい。
だが私の能力では正面からあのメイドを撃破することは叶わない。名乗りを上げて躍りかかった瞬間、私の額にナイフが突き立つ様が容易に想像できる。ナイフの一本や二本刺さったところで命に別状はないが、やはり私も乙女。出来ればスプラッタは勘弁願いたい。
しかも見て下さいよ。あのメイドの恍惚とした表情。お嬢様を胸に抱いて蕩けんばかりのプライベートスクウェア。アレを邪魔したらナイフ数本で済むとは思えない。
申し訳ありませんお嬢様。美鈴は未熟者です。その粗忽者の魔手からお救いすること、しばしお待ち下さい。必ずや妙手を講じて見せましょう。
涙を拭いて拳を固めた。
ふと、遠くお嬢様の声が聞こえた。
「…くや……だ……き…」
…ん? うわ、メイド長鼻血吹いた。お嬢様の言葉に反応したようだが……さくやだいすき、か?
なんて羨ましい台詞を……。お嬢様、あの女郎蜘蛛に身も心も縛られておしまいなのですね。
くぅ。必ずお嬢様を解放して差し上げます。今は柱の影からそっとその身を案じることしか出来ない私をお許し下さい。
む?
お嬢様が血を拭ったメイド長の指を……舐めた!? 咥えた!?
あのアマッ! お嬢様になんてモン舐めさせんだッ。
お嬢様、いくら吸血鬼だからってそんな業の深いモノを舐めなくてもッ。
ふらりと柱から離れる。
十六夜咲夜、お前は私を本気にさせた。
見ているがいい。今宵、月がその姿を隠している間にこの美鈴が誅してくれる。それは私の、そして幻想郷の裁きと知れ。
私欲のためお嬢様を弄ぶその様、断じて見過ごせん。
踵を返す。残念だがこの場で裁きを下すことは出来ない。スペルカードもバッキンガム宮殿に置いたままだし、何よりお嬢様の目の前だ。悶絶秘孔麻婆祭りの色々と微妙な様を、か弱いお嬢様にお見せするわけにはいかない。
「このご恩は、必ずや」
いつか言ってみたかった台詞を脈絡なく紡ぎ、一時退却した。
◇
パチュリー・ノーレッジ。通称パチェ。
精霊魔法の天才よ。本のカドでブン殴ってみせるわ。
でも喘息だけはかんべんな。
「特攻野郎なんて今時流行らないのに。そう思うでしょう?」
「はあ…」
「大体咲夜はセンスが無いのよ。何? この謳い文句は。私ならこうね…… 『パチュリー・ノーレッジ。通称パチェ。誘い受けの天才よ。黒白でも誘い込んでやるわ。でも菌類だけはかんべんな』」
「最悪ですね」
「……」
「最悪ですね」
「二度言わなくてもいいわ。…まあ高尚な私の知識が活かせる分野ではなかったわね」
「いえ、低俗極まりなかったと思いますよ」
「…目を見て言わないで頂戴」
最近子悪魔が生意気だ。反抗期だろうか。夜道で光る口紅でも作ってご機嫌をとっておこうか。
「いりませんよ。怖いですし」
「エスパー!?」
驚愕する。こんな身近に研究材料が!?
「思ったことをすぐ口にする癖、直したほうがいいですよ。この間もそれで咲夜さんに怒られたでしょう」
「ああ……。また口に出してたのね」
がっくりだ。薔薇色の研究ライフは迸る妄言という現実に阻まれた。
「まあいいわ。今夜は新月。レミィの調査日ね。じっくりと調べ尽くしてから皆の紅茶に薬を盛ってやりましょう」
ヴォコヴォコと美しい音色を奏でて泡立つ試験管を揺らす。
「その濃緑色の粘液を紅茶に混ぜたら白玉楼の姫だって気付きますよ」
「…そうかしら」
そうでもないと思うんだけど。
「スゴいニオイしてますし。ダージリンやアッサムに、ソレに勝てる根性は無いと思います」
なるほど。紅茶の根性までは計算に入れてなかった。
「計算のやり直しね。ありがとう子悪魔」
「どういたしまして。もっと根本からやり直したほうがいいと思いますけど。人生設計とか人格形成とか」
気の利く子だ。
試験管の中身をビーカーに入れて調合し直す。
この薬は所謂媚薬だ。
れみりゃ様FCとやらの他メンバーはレミィ一人にご執心のようだが、私はそんな小さな器ではない。
美味しいものはゴッソリ貰っていく主義だ。
レミィにフラン、咲夜にメ…メ……メ、メニーン?
彼女達は皆美しい。全員を手に入れたいと思うのは当然の事だろう。
レミィの調査には賛成だ。幼い彼女の日常は黄金と等価だ。調査組織を提案した咲夜には喝采を送りたい。
だがそれと同時に彼女らも宝石なのだ。
今宵、月の見ていないうちに彼女ら四人を手に入れる。
「ふふふ。待っていなさい」
まずは薬の再調合だ。腰がうなるぜ。
「何で腰が関係あるんですか…」
「うるさい小娘。さあ手伝ってもらうわよ」
ひとまずレミィの調査は三人に任せよう。その結果を頂戴し、完成した薬でレミィを含めた四人も頂戴する。
「完璧ね」
「美鈴さんの名前も覚えてなかったのにですか」
余裕があったら夜道で光るルージュも作ろう。
◇
「さて、と」
言い訳の産物であるベリータルトは先程完成した。約束通りお茶の時にお嬢様にお出ししよう。
まずはれみりゃ様の調査、観察である。
さっさと他の三人を始末してやりたいところだが、出来るだけ情報収集させてからの方が効率が良い。まずは自分でも調査を行い、ある程度時間がたってから作戦の第二ステージに移行しよう。
現在れみりゃ様はお食事中。新月時限定の薄味ブラッドソースで煮込まれたチキンとレタスのサンドウィッチをはむはむと食べている。小さな手と口で一生懸命パンをついばむお嬢様は失神モノの愛らしさであり、普段なら少しでも長くその様を眺めようとあの手この手を駆使して食事の延長を試みるところだが、今日はそういう訳にもいかない。
お嬢様の留守中にお部屋を拝見しなくてはいけないのだ。
心を鬼にしてれみりゃ様に告げる。
「お嬢様、申し訳ございませんが片付けなければならない些事がございますので、今朝はお一人でお食事をなさって下さい」
「えー…。さくや、いっちゃうの…?」
うっ。そんな子犬EYEで見られると全てを投げ出してこの場に留まりたくなる。
だが今日だけは出来ないのだ。
ありったけの意思の力を発動して揺れる心を踏みつける。
「申し訳ありません。済ませましたらすぐにお部屋に向かいますので、どうかご容赦下さい」
「うー……、うん…」
ああ…なんて素直ないい子。首の筋肉が千切れるまで頬擦りしたい。
「では失礼します。ごゆっくりお召し上がり下さい」
一礼し、血涙を拭って退席した。
その足でれみりゃ様の自室に向かう。
小食なお嬢様の事、一人ぼっちでの朝食にそう時間はかからない。
いざとなれば時間を止めて調べることも出来るが、静止した空間では分からないこともある。私が欲しいのは単なるデータではない。そんなもは他のメンバーの報告を見れば十分だ。この手で調べるべきは、れみりゃ様の温もりの通った生活の残り香。シーツの波間を手のひらで均す様な、生の感触が欲しいのだ。
「よし」
お嬢様の自室に辿り着いた。目撃者はゼロ。メイド達の持ち場を変更した甲斐があった。
「失礼します、お嬢様」
静かに頭を下げ滑るようにドアをくぐった。
後ろ手でドアを閉め、深呼吸して目を開く。
カッ!
さあ始めよう。今この時に限り、全ての煩悩を解放しよう。この胸に秘めた、相当に刺激的な香りのする想いの一切合切をリボルバーに込めてぶっ放そう。遠慮はいらない。経験と計算により弾き出した安全時間は十五分と十二秒。約四分の一時間の間、この部屋は十六夜咲夜の狩猟場となるのだ。
第一目標をウォークインクローゼットの最奥部(下着コーナー)に定め、無駄のない動きで移動する。
微かな躊躇いを万倍の欲望で粉砕し、マグネットで固定された戸棚の扉を開く。
「オゥ……イェアァー!」
体中の毛細血管が勝ち鬨をあげる。
素晴らしい。ドロワーズしか持っていないとばかり思っていたが、それは大いなる誤解だったようだ。
まさかこんな、こんなッ!
「なんて罪作りなお方…」
幼女のランジェリー片手に荒い息をつく自分こそ罪の単語がジャストフィットするような気もしないではないが、それはそれ。
まさか専属メイドたる自分にも秘密でこんな下着を所有していたなんて。
いったいどんな顔で購入したのか。想像するだけで刻符8000枚程度の幸せが手に入った。
「ふう……」
鏡がなくても分かるほどエエ顔をして戸棚を閉める。
最高の第一歩だ。今ならガガーリンと肩を組んで童謡も歌える。
ほくほく顔でウォークインクローゼットから出ると、ベッドに微かな乱れを見つけた。
比喩でなく目が光る。音にするとクワッ。
つつ、とベッドに寄って乱れた部分を確認する。
「ああっ……」
小さい秋見つけた♪
脱ぎっぱなしの寝巻きと下着。くしゃっと小さく崩してベッドの端に転がっていた。
「シマウマのシマをぐぅ~るぐるとってぇ~♪ パンにッつけたらッ!」
丸めたままじゃ皺になってしまいますからねー。
ネグリジェと下着を拾い、形を整えて折り畳む。条件反射のように山に登る某登山家の如く、極めて自然な仕草でネグリジェと下着をエプロンの内ポケットに突っ込んだ。
大きな収穫だ。隙のない普段のお嬢様なら想像すらさせない赤裸々な一面が今内ポケットに。
「ステキでおなかいっぱいな夜の観光旅行ね」
観光旅行はここからが本番だ。ピンク色の宴は始まったばかりなのだ。
◇
「まっていろ、冥土ッ。……えーと、彩雨は確かここに」
バッキンガム宮殿に舞い戻り、ごそごそと部屋を漁る。
今日こそは我慢がならん。ありったけのスペルカードを使い、亡き者にしてやる。
「その暁には私がメイド長に……ふふふ」
そして訪れる桃源郷。空想だけでもウットリだ。
「めいどちょうは、さくやだよ?」
「はぅっ…その声は、お嬢様」
「うん。こんにちは。ちゅーごく」
「お、お嬢様、私の名は中国ではなく…」
「ん? …ちゅーごっぐ?」
お嬢様は可愛らしく小首を傾げ、一段と忌まわしい名を口にされる。
「い、いや…いいです。それで、どうなさいました? お嬢様。……はっ、メイド長の魔手から逃れてきたのですねっ?」
「ましゅ? んー……さくやから、ちゅーごくに、おとどけもの」
「お届け物、ですか? わざわざお嬢様がなさらずとも…」
あのメイド、主人を配達夫に使ってるのか。どんな従者だ。
敵愾心が二割ほど増した。
「それでいったい何を持ってきて下さったのですか?」
「さくやがね、ちゅーごくも、だいすきなひとのしゃしんがほしいだろう、って」
お嬢様の写真!?
「あのメイド長が!?」
「うん。ちゅーごく、おつかれさま、だって」
あのお嬢様以外の者にはトコトン興味を示さないメイド長の台詞とは思えない。
どういうことだ?今朝の狼藉を見られたことに気付いて篭絡しようという腹か?
それともまさか言葉通りの労いなのだろうか。
ふと気付く。
そういえば私の事を名前で呼んでくれるのはメイド長だけだ。他の者はいくら訴えても、近年発展目覚しいデフレ国家の名前しか挙げないというのに。
思い返せばきりがない。わざわざ門まで飲茶を持ってきてくれるのは誰だ。夜警の日に紅茶とブランデーを差し入れてくれたのは誰だ。
「咲夜さん……」
これは純粋なメイド長の優しさだ。恋敵に想い人の写真を譲るなんてそう出来る事ではない。
流石は幻想郷を瀟洒で鳴らした十六夜咲夜である。ところ構わず鼻血を撒き散らす、壊れたスプリンクラーのような極めて厄介な性癖を持っていても、彼女はやはり完全で瀟洒なメイドなのだ。
それに比べて自分はどうだ。
たった一度の不確かな犯行現場を覗き見ただけで、ありったけのスペルを持ち出して彼女を害そうとしている。
なんて無様。紅魔館は一蓮托生ではなかったのか。何故彼女を信じてやれなかったのだ。
穴があったら入りたい、とはこの事か。お嬢様が去ったら岩盤をブチ割って穴を掘ろう。テレビと肉まんを持って二時間ほど中に篭ろう。
「ちゅーごく? だいじょうぶ?」
「あ……、は、はい。お嬢様。咲夜さんはやっぱり咲夜さんですね」
「? うん。さくやはさくやだよ」
はい、と写真を手渡してくださるお嬢様。
うわ。大きい。ポスターみたいに丸めてあるけど、広げれば壁いっぱいになるくらいの大きさなんじゃないか。
こんなに大きな写真。咲夜さんにとっても手放したくない物だったに違いない。
悔恨と、それ以上に胸に広がる暖かい感情を噛み締める。
「ありがとうございますお嬢様。もちろん私からも申し上げますが、咲夜さんにありがとうとお伝え願えますか」
「うん。ちゅーごく、よろこんでたよ、って。つたえるね」
「はい。ありがとうございます。私、嬉しいです」
しゅる、と封じている紐を解いて写真を広げる。
「あ、お嬢様、そっち持って頂けますか? 壁に貼ろうと思いますので」
お嬢様に一端を押さえてもらい、反対の角を上下二箇所、壁に貼り付ける。
「ありがとうございますお嬢様。もう結構ですよ。そちらも貼り付けますから」
写真の端を受け取り、同様に二箇所にピンを打ち付けて向かいの壁に走った。
これで今日から一日中お嬢様と一緒。一人孤独に門番稼業をしていても、部屋に帰れば一人じゃない。お嬢様がいる。答えてはくれないけれど、話しかけることだってできる。
ありがとう咲夜さん。貴方の優しさ、受け取りました。
くるりと振り返る。
「わあ、大きな…………毛沢東」
国のため、革命をも辞さないアグレッシブな指導者が壁いっぱいに微笑んでいた。
なんだそりゃぁぁぁ!
あのメイドッッ!
どんなジャンルの嫌がらせだッ!
壁一面共産主義じゃねえか。こんなアクの濃い乙女の部屋があるか。
「……あの…アマ…」
「よかったね。あいするひと、おっきいね」
愛して、ねぇーッ!
「じゃあ、わたしはかえるね。よろこんでたよって、さくやにおしえるね」
「喜んで、ねぇーッ」
「えっ? うれしくないの? ちゅーごく…」
「その名で呼ぶんじゃねぇーッ!」
「! ……う、…えぐっ…うぅっ……」
「はっ! お、お嬢様、違うのです! 今のは…」
「…えくっ…うっ………ちゅーごく、きらい!」
「はぅあぁぁぁぁ!」
ごしごしと目を擦って駆け出してしまうお嬢様。
咄嗟に伸ばした手も届くことはなく、足は頑として動こうとしない。
「お嬢様あぁぁぁぁぁあぁぁあ……」
ちゅーごく、きらい。ちゅーごく、きらい。
そんなお言葉を頂戴する事となるとは……。
お嬢様を追いかける気力すら湧かない。自分がどれほどお嬢様をお慕いしていたか、痛いほど理解できた。
「ぉぉぉぉぉぉ」
お嬢様の出て行ったドアを力なく閉め、光より早く振り向く。
「オッサン!!」
喜色満面の特大ブロマイドを剥がしにかかる。
「ちょっ、あれっ? この、っだぁーーッ」
剥がれねぇーッ。
なんてことだ。写真と壁を覆うように空間が固定されていやがる。
「くぉぉぉ」
死なば諸共、とばかりに壁ごとブチ抜こうと拳を出すも、固定された空間に阻まれて写真まで届かない。
「メイドォォォォォ!」
あのメイド、瀟洒な顔してとんだ策士だ。まさかお嬢様を使ってこんなオシャレをカマしてくれるとは思ってもみなかった。
「おおおおぉ…どうしてくれようか……」
もはやバッキンガム宮殿は文化大革命一直線。
朝起きて毛沢東、夜寝る前に毛沢東だ。心がもたねえ。一人門を守っていた方が何ぼかマシだ。
何がありがとう咲夜さんだ。五分前の少女チックな自分の頬を打ってやりたい。
やはりメイド長はメイド長だ。
もはや迷いはない。十六夜咲夜、誅すべし。
誓いは一層の鋭さをもって甦った。
続く
まあ、咲夜さんがお嬢様の写真なんぞ素直に渡すわけないだろ。
と予想はしてたけど、まさか赤い指導者のプロマイドとは……。
文章に間違いすぎた勢いがあって、とても面白く読めました。
このセリフだけでどれだけ笑えた事か
何度見ても笑えます
・・・・・・(読者爆笑中)
・・・GJ!! 腹痛くなるほど笑わせてもらいました。
後編読んだら屍と化してるんじゃないだろうか、俺……
かなり遅レスで申し訳なし、衝撃が止まらない~。
自分の文才の無さを、これほど悔しいと思った事はありません。
つーか、100点じゃ足りないって。
この部分で笑いが止まりませんでしたw
コーヒー塗れに・・・・・・
おおおおぉ…どうしてくれようか……
十六夜咲夜、誅すべs(殺人ドール
おもっきり笑った!!!
死んでもれみりゃ好きは直らなそうだ
というか最初の特攻野郎で笑ってしまったw
ニヤニヤが止まりませんwwwww
笑いましたwwwww
毛沢東とか、紅魔館組のレミリアに対する熱い愛情とか。
笑いが漏れるほど面白いです。
マオおじさん自重wwwwww
センスに嫉妬!
「そんなもは他のメンバーの報告を見れば十分だ。」
さて急いで後編を読みに行くか
電車の中で盛大に笑ってしまったぞ!
どうしてくれるんだw
顔がにやけるwww