※ この作品は「糸から外れた狂人形」の続編です。
霧雨魔理沙は状況を把握する事が出来かった。
出来るはずが無い。
目の前の光景はあまりにも信じがたいものだったからだ。
目の前に在るものは
壊れた人形と
ケタケタと笑いながら叫び続ける人形
虚空を見上げ、呆けた顔で失禁している友人
あそこに転がってるのは誰だ? あたしの記憶が正しければ蓬莱人形だが。
あれ誰だよ? っていうか何だアレ。 あたしには上海人形に見えるんだが。
あそこで馬鹿みたいに呆けてるヤツは誰だ? 多分アリスだと思うんだが。
魔理沙の頭を色々な考えが交差して訳がわからなくなる。
・・・いや、考えていても始まらない。
とりあえずは行動だ。
思考していては手遅れになる可能性もある。
魔法使いならではの切り替えのすばやさで思考する事を止める。
魔理沙は急ぎ足でアリスのもとへ駆けつけた。
「おい!! アリス!! どうした!!」
「・・・・・・」
大声で語りかける魔理沙。
だが、アリスは返事を返さない。
・・・だらしなく開いた口、光を失っている瞳、身体の脱力感。
どれをとっても正常でないのは明らかだ。
「おい!! 起きろアリス!! 一体何が起こってるんだ!!?」
「・・・ラ・・ィ・・」
「あ!? どうした!?」
アリスが何事か呟く。
魔理沙は耳を澄ましてアリスの言葉を聞き取る。
「・シ・・アン・・・イ・・・」
「・・・・・あぁ、わかった!! もういい!! 寝てろ!!」
これ以上はアリスを刺激しない方が良さそうだ。
魔理沙はアリスを優しく横に寝かせ、蓬莱人形を軽く見やった。
「(アレは・・・酷いな・・・直るのか? アレ。)」
遥かに在る残骸。 蓬莱人形の果て。
多分無理だろう。
魔理沙はそう考えた。
アレにはもう魔力を感じない。
・・・いや、そんな事よりも上海人形だ。
霧雨魔理沙は気を取り直して上海人形を見る。
さっきからゲラゲラと笑い続けている上海人形。
コレがこの空間の中で一番異様だ。
先程のアリスもシャンハイと口走っていた。
この事態を引き起こした原因は不明だが、上海人形を問いただせば何かしら進展がある筈だ。
「おい!! 上海!! コレはどういう事だ!? 説明しろ!!」
魔理沙が大声で叫ぶ。
ピタッ
上海人形が笑いを止める。
そして無機質な瞳で周りを見渡し始める。
「(おいおい、一体どうしたんだよコイツは・・・絶対変だぜ。 色々と。)」
上海人形はキリキリと嫌な音を立てながら辺りを見渡す。
そして辺りを見渡した後、アリスを見て、そして魔理沙を見て、ニヤリと笑った。
『あらいらっしゃいませ魔理沙さん。』
「(・・・どうしたんだ? 上海のヤツ。)」
上海人形の笑顔はとても不気味だった。
人形の、簡略化された顔のくせに狂気がありありと見て取れる。
『でもごめんなさい、ご主人様は只今お休みになられています。 お引取り下さい。』
そうニヤニヤとした表情のまま言葉を紡ぐ。
あ? コイツ何言ってんだ?
「ならそこで寝っ転がってるのは誰だ? あたしにはアリスに見えるんだが?」
『えぇ、ご主人様ですよ? だから只今お休みになられてます。 お引取り下さい。』
「・・・・・」
駄目だな、コイツはイカレちまってる。
頭の回路が一本どっか飛んじまってるな。
「(まぁ普通に考えれば。)」
何物かがアリスに喧嘩売って、上海人形では勝てないと踏んだアリスが蓬莱人形を召喚。
だけど蓬莱人形も歯が立たなくて、蓬莱人形が壊された。
・・・でアリスも上海もおかしくなっちまったと考えるのが妥当か・・・・。
まぁいい。
アリスがらみではまともな返答は貰えそうに無いな。
じゃあ次は・・・
「あぁ、わかった。 アリスの方の件は諦めるぜ。
じゃああそこにいる蓬莱人形はなんだ? 一体誰にやられた?」
遥かにうち捨てられている蓬莱人形を指し訊ねる。
場合によっては仇討ちの1つでもしてやらんと自分の気が済みそうにも無い。
この異常な事態を引き起こした犯人を許すわけにはいかない。
別に正義感じゃない。
独善だ。
あたしはあたしの物を壊されるのが大嫌いなだけだ。
アリスがいないと張り合いが無いし、
それに上海人形や蓬莱人形は結構気の合う友人なのだ。
魔理沙が蓬莱人形の事をたずねると上海人形はビクンと大きく一度震え、
嬉しそうに、「鬼気」として語りだした。
『ふふふふふ
聞いて下さいよ魔理沙さん、私蓬莱に勝ったんですよ。 凄いと思いません?
いえ、確かに中々苦戦はしましたけどね。 でも最後に勝ったのは私です。
ご主人様もびっくりしちゃったのかさっきからぼーーっとしてるんですよ。
クスクス、よっぽどびっくりしたんですね。
これならご主人様も私を認めてくれますよね。 私が一番頼りになる人形だって言ってくれますよね?
だって私はこんなにもご主人様の事が好きなんだもの。 このくらい当然ですよ。
確かに身体が焦げちゃったのは痛かったし、ご主人様から貰ったお洋服もボロボロになっちゃって悲しかったし、
辛い事はいっぱいあったけど、すぐにご主人様が直してくれるし、新しいお洋服も縫ってくれるわ。
だって私はご主人様の一番になったんだもん。 褒めてくれるよねご主人様ぁはははははははははははははっははは!!』
壊れたスピーカーの様に淡々と言葉を紡ぐ上海人形。
そしてまた上海人形は笑い出した。
・・・・なんだって?
上海が蓬莱に勝つ? 上海と蓬莱がやり合ったのか?
・・・あぁ成程、あまりに態度が異常だったんで気にならなかったが、よく見てみれば上海は傷だらけだ。
それにしても正直上海人形の魔力で蓬莱人形に勝てるとはとても思えない。
まぁ、純粋な魔力だけなら蓬莱の方が上だろうが、そういう問題じゃ無いからな。
パチュリーよりあたしの方が強いようなもんか。
でも。
「(多分そういう事じゃ無いんだろうな。)」
正攻法というより騙し討ちで蓬莱人形を討ち取ったのだろう。
今の上海人形ならやりかねない。
と、魔理沙は一回深呼吸をした。
とりあえずは、アリスをもとに戻す事が先決だ。
上海人形がどうして蓬莱人形を攻撃したのかはわからないが、それは詮索しなくてもいい事だ。
どうせ手遅れ、既に起こってしまった事だ。
それよりまだ間に合うアリスの方を何とかして治すべきだ。
それに、蓬莱人形が直るにしても、魔理沙にその手の知識は無い。
つまりどっちにせよアリスの復帰が第一だ。
さっさと自宅に戻ってアリスの治療をしなければならない。
が、果たして上海人形は見逃してくれるだろうか?
軽く上海人形を見る。
いまだゲラゲラと笑っている。
「(・・・・一応やってみるか。)」
魔理沙は寝ているアリスを抱きかかえる。
『!? ご主人様を何処に連れて行く!?』
ちっ、やっぱ見つかったか。
なんか狂ってるみたいだしいけるかなーと思ったんだが・・・
「あー? こんな所で寝てたら風邪引くだろうが、ベッドに連れて行くだけだ。」
と、とっさに嘘をつく。
『・・・私がやる。』
「馬鹿言うな、こういうのは相手を起こさない様にやるのが優しさなんだぜ。
お前みたいなチビが抱えたら痛くて起きちまうだろ。」
『・・・・・』
・・・・駄目か?
というか、チビという言葉が気に喰わなかったのか、上海人形の顔が険しくなる。
いや、むしろ自分では出来ないという所が気に喰わないのか。
・・・それならば
「あぁそういやコイツの下着濡れてるみたいだな。
あたしがコイツをベッドに運ぶまでの間に新しいの用意しておいてくれ。
あたしが用意したらコイツ凄い怒りそうだからな。 頼むぜ。 お前にしか出来ない事だ。」
魔理沙は丁寧に頼み込む。
何せ、ここで足止めを喰らうわけにはいかない。
お前にしか出来ないという言葉が効いたのか、上海人形は少し表情を和らげた。
『わかりました。』
そういうと上海人形は邸に入っていった。
・・・バカ素直な上海人形の面影は少しは残ってるのか。
まあ、今回はそのお陰で助かったな。
・・・上海人形が邸に入ってから数十秒。
魔理沙はアリスを抱きかかえたまま、その場を動こうとはしなかった。
このままアリスを館に戻す訳にはいかないのだ。
魔理沙は館を見渡す。
被害の少なそうな所をきょろきょろと探し、目星をつけた。
・・・確かあの辺りはただの風呂場だし、問題ないだろ。
まぁ、上海人形が風呂場に下着取りに行ってるわけ無いしな。
「悪いな。」
魔理沙は誰にともなくそう呟くと魔力を構築し始めた。
ミニ八卦炉を懐から取り出し、構える。
魔力を移し、魔力を増やし、魔力を受け取り、魔力を放つ。
魔理沙が最も得意とし、最も使用するそのスペルの名は。
「マスター・・・スパーーーーークッ!!」
タメも無しに恋の魔砲を放つ。
これでいい。
この魔砲の目的は邸の破壊では無いからだ。
タメなんかいれたら邸が消し飛んでしまう。
・・・・光の奔流が視界を埋める。
・
・
・
・
・
・
・
閃光が収まった時、そこにあるのはアリス邸の残骸だけだった。
・・・・結果的に破壊になったがまぁいい。
「ま、これぐらいじゃ死なんだろ。 暫くは生き埋めになっててくれ。」
そう言うが早いがアリスを箒に載せる。
「おっと、ついでにお前も乗ってけ。」
魔理沙は材料を入れる為の採取籠の中に蓬莱人形の残骸をつっこむ。
それを箒の柄に掛け、自分も跨る。
「上海。 またな。」
魔理沙はそう呟き、箒を操った。
まずはアリスの治療だ。
見た所アリスの異常は魔術的要因では無く、精神的要因で気が触れているようだ。
幸いショックで気が触れてる程度なら魔法薬で何とでもなる。
まぁ、アリスは少々・・・っていうかかなり苦い薬を飲む事になるのだが。
まぁ、狂いっ放しよりはいくらかマシだろ。
そう思い、魔理沙は箒の速度を上げた。
「さてと。」
とりあえずアリスを自分の寝巻きに着替えさせ、自分のベッドに寝かせた。
・・・・焦点の定まらないアリスの姿を見る。
いつもの小憎らしい表情は影も形も無い。
そんな顔は見ていたくない。
コイツはもっとぎゃーぎゃー騒いでいるべきだ、
「手に入れてから結局一度も使ってないヤツだから文句言うなよな。」
反応しないのは百も承知だが、アリスに語りかける。
もしかしたら怒ってくれるかもという期待も込められていたのかもしれない。
だが、アリスは動かない。 喋らない。 怒ってくれない。
・・・なに、すぐに治してみせるさ。
続いて採取籠の中の蓬莱人形を見る。
「痛いだろ。 もうちょっと待ってろよ。 すぐお前のご主人サマが治してくれるからな。」
反応しないのは百も承知だが、蓬莱人形に語りかける。
なに、すぐに治るさ。
動かない二人に親愛の二言を残し、魔理沙は魔法薬の調合に取り掛かった。
「・・・・・・・・あ~~。」
魔理沙は少々困っていた。
魔法薬の製作は何事も無く完了した。
だが、アリスの為に薬を調合したのはいいが、肝心のアリスが飲んでくれないのだ。
アリスが飲まないとアリスが治らない。
アリスが治らないと蓬莱が治らない。
蓬莱が治らないと上海が治らない。
要はアリスが飲んでくれない事には話は始まらない。
「いやな、別に手が無いわけじゃないんだ。」
と誰に言うわけでも無く言い訳する。
無抵抗、無反応の人間に飲ませる方法は幾つも無い。
その中でも一番簡単なのは・・・・口移しだ。
実際魔理沙も口移しをやろうとした。
だが魔理沙は気が乗らなかった。
「・・・・・これ文字通りにっがい薬なんだよな」
と、普通の人間とは違う反応の魔理沙。
「・・・・まぁ、でも都合がいいし、我慢するか。」
そうとも。
苦いとか恥ずかしいとかは二の次だ。
今は緊急事態なのだ。
魔理沙は思い切って口に薬を含む。
「んっ・・・」
そしてアリスに口付けをする。
こくんこくん・・・・
喉を鳴らし、薬を飲み込むアリス。
・・・そして
「!! ~~~~ッ! ・・・・げほっげほっ!! にがっ!! なにコレ!?」
「よぉ、起きたかアリス。」
口に残る薬を拭い取り、出来る限りさり気無く挨拶をする。
我ながら爽やかな笑顔だと思う。
「・・・・・・・・」
「どうした? アリス。」
ばちーーーーーーーーん!!
「何するのよ!! 魔理沙のエッチヘンタイバカスケベ!! 人の寝込み襲うなんてサイテー!!」
・・・すげぇいたいぜ。
いきなりのビンタがもろに炸裂。
ビンタが来る事は予想外だったが、計画通りだ。 これだから口移しは効果がある。
気が触れたものを正気に戻す。
それは簡単であるようでその実難しい。
特殊な魔法薬でしか治療の出来ないソレはいくつかの付加条件がある。
その1つがコレだ。
目が覚めて一番最初にショッキングなものを見せる。
そうする事によって気が触れる直前の事を思い出させる暇を与えないのだ。
あとは魔理沙の話術次第である。
いかにして、アリスの心の傷を抉らずに状況を把握させるかが鍵だ。
「アリス。」
「な、なによ!!」
フーーッ、と猫のように威嚇してくるアリス。
布団に身を包み、いつの間にか部屋の端まで逃げている。
「今は遊んでる暇は無いんだ。 とりあえずは何も考えないでくれ。」
「は?」
突然真面目な顔をした魔理沙にいきなりの注文をされ、アリスは戸惑った。
「いいから。 お前も魔法使いならそのくらいできるだろうが。」
言葉使いはいつものままだが、出来るだけ優しく言う。
今アリスを刺激してしまってはマズイ。
とりあえずは落ち着かせるのが先決だ。
「ど、どうして私が魔理沙の言う事なんか・・・」
「後でなんでも言う事を聞いてやるから今だけは言うとおりにしてくれアリス。」
とりあえず時は一刻を争うのだ。
こうしている間にアリスが上海人形達の事を思い出してしまったら元も子もない。
アリスは精神的に強いとは言えない。
思い出してしまったらまたすぐに壊れてしまうだろう。
そして、再度壊れてしまった者を治すのは容易ではない。
「・・・・わかったわ。 約束だからね・・・・。」
「あぁ。」
納得がいかないながらもスッと眼を閉じるアリス。
・・・・・・・
今のアリスの状態は魔法を唱える時の状態に似ている。
頭をただただからっぽにするのだ。
そしてまた同時に神経を細く細く尖らせる。 そうする事によって安定を持つ。
今のアリスはトランス状態・・・軽い催眠状態にあるといっても良い。
魔理沙は軽く呼吸を整え、口を開いた。
「アリス、今からお前には辛い事を言う。
怖くてたまらなかったらあたしを抱きしめろ。 いいな。」
「・・・わかったわ。」
良し。
ここからが勝負だ。
「ここはあたしの家だ。 お前が気絶してたから治療してやった。」
「・・・そう。」
「お前は気絶していたと言ったが実は違う。 気が触れていたんだ。」
「・・・そう。」
「関係ないが後でお前に治して貰いたい物がある。 一応覚えておいてくれ。」
「・・・そう。」
「お前に治して貰いたい物は実はあたしの物じゃない。 お前の物だ。」
「・・・・・。」
「違う事は何も考えるな。 あたしの声だけを聞け。」
「・・・うん。」
「お前は人形使いだ。」
「・・・そう。」
「とても強い。」
「・・・そう。」
「とても賢い。」
「・・・そう。」
「とても気丈だ。」
「・・・そう。」
「とても魔法に長けている。」
「・・・そう。」
「だから人形の整備なんて簡単だ。」
「・・・そう。」
「壊れた箇所を治すのなんかお手のものだ。」
「・・・そう。」
「壊れた人形を治すのなんかお手のものだ。」
「・・・そう。」
「お前は人形使いだ。」
「・・・そう。」
「お前は人形を治すべきだ。」
「・・・そう。」
「だから人形より先に倒れちゃ駄目だ。」
「・・・そう。」
・・・・ここからが本題だ。
「蓬莱人形は無事だ。」
「・・・・・!!」
「何も考えるな!! あたしを抱きしめろ!!」
ちっ、やっぱり順序立ててもショックは大きいか。
魔理沙はアリスを抱きしめる。
強く強く抱きしめる。
アリスは魔理沙を抱きしめ返してくる。
「そうだ、いい子だアリス。 そのままぎゅっと抱きしめていろ。 大丈夫だ。 安心しろ。」
魔理沙はアリスの頭を優しく撫でてやる。
「あたしの見た所蓬莱人形は修復可能だ。 後で治してやってくれ。」
頭を撫でながら子供を諭す様に囁きかけてやる。
「上海人形は無事だ。」
・・・アリスの抱きしめる力が強くなる。
「そうだ。 ぎゅっと抱きしめろ。 安心するだろ。 平気だ。 お前にはあたしがついてる。」
勇気付ける様に背中をぽんぽんと叩いてやる。
「ちょっと暴走してるがすぐに治せる。 後で治してやってくれ。」
そして魔理沙は抱きしめる力を強くする。
「あの二人は大丈夫だ。 安心しろ。」
「・・・・・」
「あたしも手伝ってやる。 すぐに治せる。」
「・・・・・」
「明日からはまた三人で朝食を食べれる。」
「・・・・・」
「明日からはまた三人で昼食を食べれる。」
「・・・・・」
「明日からはまた三人で夕食を食べれる。」
「・・・・・」
「明日からはまた三人で同じ布団で寝れる。」
「・・・・・」
アリスは小刻みに震えていた。
今にも気を抜くとあの光景が蘇ってきそうだ。
アリスは目の前の魔理沙を力の限り抱きしめた。
「よし。 もう目を開けてもいいぞ。」
「・・・・魔理沙・・・」
「いいか、アリス。 お前は強い。 だからすぐに問題なんか解決するぞ。 あっという間だ。」
「・・・うん」
「あたしだって手伝ってやる。 あたしだってあの二人が好きなんだ。 大好きなんだ。」
「・・・うん」
「一緒に二人を治すぞアリス!」
「・・・うん!」
「頑張るぞ!!」
「・・・・うん!!」
「良し!!」
ニッと笑い、腕を解いてやる。
これで良し。
アリスは元に戻った。
上海人形と蓬莱人形の事は多少詐称が入ってはいるが問題ない。
何故ならすぐにあたし達で治してやるんだ。
絶対に。
「魔理沙・・・ありがとう。」
気付けばアリスは少し泣いていた。
・・・うん、大丈夫だ。
この涙は恐怖の涙じゃない。
感謝の涙だろう。
「なに、気にするな。」
腕を解いてやったとはいえ、いまだ抱きしめられたカタチのままだ。
なんとなく気恥ずかしくなってぶっきらぼうに返事をする。
「私いつも魔理沙にあんなに冷たくしてたのに・・・・」
「・・・まぁ。」
・・・確かにそれはそうだが。
でも多分アリスも逆の立場なら同じ事をするだろう。
今回はたまたまアリスが倒れただけの話だ。
「本当にありがとう・・・・。」
アリスの腕に更に力が篭る。
ぎゅっと、ぎゅっっとに抱きしめられる。
「お、おい、手を離せ。 締め付けられすぎて痛いぜ。」
いまだ夢心地のアリスはともかく、魔理沙は冷静なのだ。
恥ずかしくて堪らなくてついつい嘘を言ってしまう。
「あ!! ご、ごめんね魔理沙。」
パッと離れるアリス。
・・・開放された魔理沙はそそくさとベッドの端にまで移動した。
そして二人はそろってそっぽを向く。
・
・
・
・
・
・
・
二人は沈黙した。
なんとなく気まずい。
いや、気まずくないけど気まずい。
・
・
・
魔理沙はちらりとアリスの方を見る。
「!!」
と、ちょうどアリスもこっちを見ていたのか視線が重なる。
あわてて視線をそらす二人。
「(なんだ? 一体あたし達は何してるんだ? 一刻も早く蓬莱を治して、上海を治さなきゃいけないのに・・・・)」
・・・・・?
大体、よく考えてみたらどうしてあたしはこんなに一生懸命になってアリスの看護なんかしているんだ?
・・・・考えたら頬が熱くなってきた。
違う、違うぞ。
何が何だかわからないけどそれは違うぜ。
別に口移しを渋ったのだって苦い薬が嫌だからなだけだ。
別に他意はない筈だ。
うん、そうだ、うん、間違いない。
あの時恥ずかしいなんて感じてない筈だ。
あ。
あぁそうだ、アレだな。
あたしはアリスからグリモワールをふんだくりたくて手を貸したんだ。
成程、それなら納得がいく。
で、ここであたしがグリモワールよこせと言えば、
何よ!! それが目的だったのね!! 所詮は魔理沙は魔理沙ね!!
おう!! 当然だ!! お前なんかあたしの本棚兼材料庫だぜ!!
キーーーッ!! 調子に乗るんじゃないわよ!!
とかいう展開になっていつも通りになるに違いない。
「と、ととととという訳でだなアリス」
「ははははい!! なんでしょう!!」
「ああああアレだ!! あたしがこんな親切なのはグリモワールのお陰だ。
グリモワールをくれ。」
「あ、うん!! わ、わかったわ。」
・
・
・
・
・
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「「あれ?」」
「なんであっさりと渡してんだよ!!」 「なんであっさりと渡さなきゃいけないのよ!!」
・
・
・
・
「「あれ?」」
自分の予想通りの答えが返ってこなくてツッコミを入れる魔理沙。
自分の予想もしない注文をされてた事に気付き、ツッコミを入れるアリス。
二人の声が重なる。
・
・
・
・
・
・
「くっ・・・・」
「ふふ・・・・・」
「あはははははははは・・・・・」
「あはははははははは・・・・・」
・・・アリスと魔理沙はお互いが似たもの同士。
心の底の優しさ、優先順位、間の取り方、考え方。
だからいつも二人は衝突する。
・・それが面白くて、可笑しくて。
二人は大笑いした。
「いいわ、魔理沙。 成功報酬はグリモワール5冊よ。」
「了解だぜアリス。 俄然やる気が出てきたぜ。」
「現金なヤツ。」
「なんとでもいいやがれ。」
あぁ、ようやくいつもの関係に戻りやがったぜ。
大体アリスはこうじゃなきゃ張り合いが無い。
「それじゃあ・・・・私の平穏の為に・・・」
「おう・・・・久々に組むとしようか。」
いつぞやの一件以来久々のコンビ。
二人は手を取り合い微笑みあった。
・・・まぁ計画とは大分方向が変わっちまったが結果オーライだ。
これでアリスはいつも通りのアリスになった。
さぁ準備は整った。
後は二人を治すだけだ。
「まずは蓬莱人形からだ。 蓬莱人形はあたしが今保管してる。
正直あたしにはその手の知識は無いからわからんが・・・診てやってくれ。」
「えぇ、わかったわ。」
魔理沙は部屋の隅に置いてあった採取籠から蓬莱人形を取り出す。
蓬莱人形は所々が破壊され、魔理沙には魔力を感知する事も出来ない。
魔理沙から見れば一見絶望的な蓬莱人形も、アリスにかかればあっという間に治るに違いない。
なんせアリスは幻想郷一の人形使いなのだ。
「蓬莱・・・・可哀想に・・・・」
魔理沙から蓬莱人形の残骸を受けとる。
アリスは蓬莱人形の顔を優しく撫でてあげた後、蓬莱人形の口に軽く口付けをした。
「どうだ? 治りそうか?」
それが治す為の作業でない事はわかっている。
愛しいが為に行なう意味の無い行動。
だが、それは必要な行動である。
わかってはいるのだが、蓬莱人形の安否が気がかりな魔理沙はアリスにたずねる。
「・・・わからない。 最悪私達の知っている蓬莱にはもう会えないかも・・・・・」
哀しげな表情でアリスは呟く。
「どういう事だ?」
「魔力が殆ど感じられない・・・。
もし少しでも魔力が残っていれば良いけど、もし少しも残っていなかったら新しい人格が形成されるわ。」
つまりはそういう事。
前に込めた蓬莱人形という人格を形成するべく込められた魔力が残っていれば良し。
その上から継ぎ接ぎを補強するように魔力を補ってやればいいだけの話。
でも、欠片も昔の魔力が残っていないならば、修復は不可能だ。
「・・・・アリスはどっちだと思う?」
「決まってるじゃない。」
「勿論、蓬莱は帰ってくるわ。」
勿論上海もね。
すっと顔を上げたアリスの顔には、確固たる意志がありありと見て取れた。
「(間違い無い。 アリスがこれだけ信じてるんだ。 帰って来ない筈が無いぜ。)」
自分は何も手伝えない。
だが、応援は出来る。 信じる事は出来る。
アリスを信じ、蓬莱を信じる。
大丈夫。 絶対に大丈夫だ。
「(蓬莱が治ったらお前もすぐに治してやるぜ上海。 首根っこひっ捕まえてでもな!)」
・・・・・時同じくして。
その頃マーガトロイド邸には膨大な妖気が渦巻いていた。
『あはははあははっはははははっはぁはははははははっはははっはははははははははぁっはははは!!!』
妖気の中には狂気の声が。
・・・・闇を纏い、陰を纏い、呪いを纏い、渦巻いていた・・・。