次の瞬間に目に入ったのは、何もない空間に向かって鉈を振り下ろしている襲撃者の後ろ姿だった。
「あ、れ…?」
わたし…生きてる?
ペタペタと体中を触っていくうちに、首に違和感を感じた。
苦しい…
そう思って首の後ろに手を回すと、何かにあたった。
ギョッとして振り返り…私は言葉を失った。
十六夜咲夜がいたのだ。
その手は私の襟首をしっかりと掴んでいた。
「立てる?」
十六夜咲夜が気遣うように声をかけてくる。
「……………」
認めたくはないが、これだけの状況証拠があるのだからしょうがない。
私は十六夜咲夜に助けられた…らしい。
襲撃者の鉈が私に振り下ろされる直前、「何らかの方法」によって十六夜咲夜は私をあの窮地から助けだした。
そう、このように襟首を引っ張って引きずりながら…
「…そろそろ離して頂けないかしら」
私は悪意を込めてそう言った。
「あら、申し訳ございませんわ」
と言って十六夜咲夜が手を離す。
襟首は持ち上げられていたのであろう、手を離された瞬間、私の体はドスンと下に落ちた。
「…っ!
あ、あなたねぇ…!」
文句の一つでも言ってやろうと思って十六夜咲夜を見たが、
彼女の視線はすでに私には無く、見つめる先にはあの襲撃者。
その襲撃者がゆったりとした動きでこちらを振り向くと……
十六夜咲夜の口から小さな舌打ちの音が聞こえた。
「あなたは下がっていて」
襲撃者から視線を外さず十六夜咲夜が私に言い放った。
冗談じゃないわ!!
あんな醜態を見られておめおめと引き下がってなんかいられるもんですか。
私は立ち上がった。
それは彼女の言葉に対する否定を意味した行為であった。
「…下がってなさい」
今度はほんの少し声を低めて言い放った。
しかしながら、その視線は依然襲撃者の方を向いてる。
その態度に私の中の「タガ」が外れた。
「冗談じゃないわ!
何で人間ごときに指図されないといけないわけ!?」
言った。
言ってやった。
さぁ、十六夜咲夜、どうするのかしら?
渋渋と私の言うことを聞き入れる?それとも無視を決め込む?
どちらにしろ私は自分の主張を変えたりしないわ。
あんたに指図されたぐらいで…
十六夜咲夜は静かに振り向くと、その手を私の胸ぐらに伸ばしてきた。
上等じゃないか。
やってやるよ、人間!格の違いを見せつけ………
グイッ
突然、万力のような力で胸倉を掴み上げられた。
「…!??」
息ができない…!?
何なのよ、この馬鹿力…!!
「私は失せろっていっているの。理解できるかしらお嬢さん?」
恐ろしいまでに冷たい表情で、十六夜咲夜はそう言い放った。
私はうなずくことも首を振ることもできずに、ただただ呆然としていた。
十六夜咲夜がその手を離すと、私は糸の切れた人形のようにその場にへたりこんだ。
「……この娘のことをよろしくお願いしますわ」
何を思ったのか、十六夜咲夜は突然何も無いはずの方向に向かって話しかけた。
何事かと思ってその方向を向こうとしたところで、
自分の襟首がまた誰かによって掴まれていることに気づいた。
「了解です。メイド長」
聞いたことがある声だなって思ったのも束の間、私はすごいスピードで十六夜咲夜から離れていった。
襟首を引きずられながら…
「…し、絞まる」
「あぁ、悪い悪い」
彼女は謝罪を入れてもすぐには離さず、十分な距離を稼ぐまで私を引っ張り続けた。
「ごほっ、ごほっ……あなたねぇ…引っ張り方ってものが…」
そこで私は言葉を飲んだ。
私を引っ張っていった人物…紅美鈴の姿がボロボロだったからだ。
衣服は言うに及ばず、全身も裂傷を主とした様々な傷で埋め尽くされている。
満身創痍という以外なかった。
「あはは…これはお恥ずかしい…」
彼女は苦々しく笑うけれども、その顔は悔しさでいっぱいだった。
そうか…あいつに…
私は襲撃者の方に向き直った。
十六夜咲夜と襲撃者の睨み合いは依然として続いてた。
意外にも、先にその沈黙を破ったのは襲撃者の方だった…
「…消えろ、狗。
用があるのはあのバケモノだけだ」
ピクッと十六夜咲夜の表情がわずかに変化した。
同時に十六夜咲夜を中心に吐き気がするほどの殺気が広っていく。
これを返事と受け取ったのか襲撃者はさらに言葉を続ける。
「…………これが『ごっこ』じゃないということはわかっているな?」
「当然ですわ」
十六夜咲夜は不敵な笑みを浮かべていた。
仮面によって伺い知ることはできないが、あの襲撃者も同じように笑っているのだろう、と何故か思ってしまった。
そう言えばあいつ、気にかかる言葉を言った。
『ごっこ』じゃない……?
「この幻想郷には気がふれた奴がたくさんいる」
「えっ…?」
紅美鈴が突然話しかけてきた。
昼間に使ったフレーズをもう一度使って。
「そして、その中のほんのわずかに…
あんなふうに『常識』の通用しない真性がいるの」
「『常識』って……」
「要するに、あいつは『弾幕ごっこ』で話を付ける気なんか最初からなかったのよ。
あいつの頭にあるのは…生か死だけ」
絶句
今どきそんな興の冷めるような考えをもった輩がいるのも驚きだったが、
何より自分がついさっきまでそいつと「殺し合い」をしていたという事実に言葉を失った。
「たちの悪いことに、そういう輩に限って腕が立つ」
それは身を持って実感している。私も彼女も。
「この紅魔館で、あのクラスの輩を相手に出来るのはお嬢様を含め……3人。その一人が…」
「十六夜…咲夜」
キンッ!!
開戦のゴングは鈍い金属音。
私と紅美鈴は同時に音の方向を振り向いた。
「始まったね…」
宴の開幕である。
ナイフを投げる。
相手が弾く。
また投げる。
また弾く。
投げる弾く投げる弾く投げる…
一見単純なやり取りに見えるが、その一手一手が命の削り合いであった。
十六夜咲夜の投げナイフは全てが必殺。
角度を変えながら、軌道を変えながら、時には跳弾となりながら相手の命に襲いかかる。
「すごい…」
私は思わず言葉を漏らしてしまった。
明らかに押しているのは十六夜咲夜。
襲撃者は先ほどから防戦一方になっている。
「………」
しかしながら、隣にいる紅美鈴の表情は優れなかった。
「なんて顔してるのよ?あんなに押してるじゃない?」
「そうか、あんたには押してるように見えるの…」
「…どういうこと?」
「ハタから見ればメイド長の一方的な攻撃に見えるかも知れないけど実際はそうじゃないの」
「…そうじゃないって…」
「あのナイフは敵との距離を保ち…身を守るために投げているの」
ということは…防戦一方なのは…
「あの敵は不味いよ。ひたすら蛇のようにメイド長の隙を窺っている。
たぶん、隙を見せたら一気に叩くつもりらしいね」
要するにこういうことだ。
あの襲撃者は常に一撃必殺を狙っており、
十六夜咲夜はそれを防ぐために必死にナイフを投げている…ということか。
そのとき異変は起こった。
十六夜咲夜は次なる弾を補充するために懐に手を入れたが…
出てきた手にナイフは握られてなかった。
「空手…弾切れってこと!?」
十六夜咲夜が舌打ちをしたように見えた。
「まずい!」
紅美鈴が慌てて叫ぶ頃にはもう遅かった。
襲撃者はこの好機を見逃す筈もなく、初めての攻撃を放った。
それは私の使い魔達を一瞬で葬った青い光弾。
寸分の違いも無く十六夜咲夜の心臓に襲いかかる。
十六夜咲夜は苦悶の表情を浮かべながらもそれらを避け切った。
しかし…
敵の狙いはあくまで一撃必殺。
光弾は単なる布石に過ぎなかった。
光弾を避けたために大きく体勢を崩した十六夜咲夜に、
目に止まらぬスピードで襲撃者が近づく。
「十六夜咲夜!!」
私がそう叫ぶころには既に襲撃者の鉈は降り下ろされようとしていた。
そのまま鉈は振り下ろされ、憐れ十六夜咲夜は一刀両断。
そうなるはずだった。
しかし
襲撃者の鉈は、十六夜咲夜の頭上で止まっていた、いや止められていた。
十六夜咲夜は鉈を止めていたのだ。
空手のままで。
…止めるという表現も適切ではないのかもしれない。
あれは、鉈を自らの腕に喰い込ませているのだ。
「…うっ」
信じられない。
十六夜咲夜は襲撃者が鉈を振り下ろすその瞬間、瞬時に鉈の軌道を読み切り、
文字通り「歯止め」として、その軌道上に自らの腕を突き出したのだ。
しかし、加速がかかってないとはいえ刃物には違いなく、突き出した腕は見るも無残な姿になっていた。
襲撃者は慌てて二の太刀を繰り出そうとするが、もう遅い。
十六夜咲夜の「真剣白刃取り」は成功したのだから。
鉈を腕に喰いこませたまま、十六夜咲夜は襲撃者に前蹴りを浴びせた。
襲撃者は後ろに吹っ飛ばされ、その拍子に腕に喰いこんだ鉈が引き抜かれるが、十六夜咲夜は意にも解さない。
そして、襲撃者が転倒すると同時に、十六夜咲夜は襲撃者に飛び掛りマウントポジションをとった。
チェックメイト
十六夜咲夜が微かに笑みを浮かべた気がした。
そして十六夜咲夜は懐に手を入れ、あるはずのない「それ」を取り出した。
「ナイフ?
たしか、弾切れのはずじゃ…」
まさか…
「さっきのは演技ってこと?」
隣にいる紅美鈴は目をパチクリとさせながら、狐につつまれたような顔をしていた。
恐らく自分の顔もそんな感じであろう。
十六夜咲夜は、ギロチンの刃をセットするように、ゆったりとしたモーションでナイフを襲撃者の頭上に掲げる。
幕切れは近い。
「狗があぁぁ!!」
突然、下に組み伏せられた襲撃者が手を伸ばす。
その手は十六夜咲夜の首を掴むとギリギリと締め上げた。
そのとき、十六夜咲夜は…笑っていた。
「…私のことは狗とでも何とでも好きなように呼ぶといいわ。
だけど…」
十六夜咲夜のまわりの空気が凍りつく、掲げたナイフに殺意が集中していく。
「だけど、お嬢様のことをバケモノと呼ぶのは許さない。
何人たりとも、絶対に、だ。」
襲撃者はさらに手に力を込める、込める、込める。
必死に、必死に、目の前の悪意から逃げるために。
「死んで償え」
それは死刑の合図。
同時にギロチンの紐は切られ、刃は…落ちた。
トスッという気の抜けるような軽い音とともに、宴の幕が下りた。
襲撃者は2,3度痙攣を起すと、ピクリとも動かなくなった。
その額には角のようにナイフが突き立っていた。
十六夜咲夜はスッと立ち上がるとこちらを振り向いた。
その顔は…いつものメイド長としての顔だった。
何を思ったかクスリと笑うと、十六夜咲夜は自分の首下を指差し、何かを口にした。
ここからは遠すぎて、その声は聞こえないが、口の動きで何を言っているのかはわかる。
要するに…
『ネクタイが曲がっているわよ、あなた』
と言いたいのだ。
曲がってるも何も、あんたが胸倉を掴んだから…
と、言いかかったところで私は言葉を失った。
「いない…」
いない、あいつが、襲撃者がいない!!
襲撃者の死体があるべきところには血痕しかなく、肝心の死体が無いのだ。
背中に悪寒が走る。
不味い、不味い、不味い!!
その瞬間、黒い影が十六夜咲夜の後ろで蠢いた。
「危ない!!」
襲撃者の薙ぎが十六夜咲夜を襲う。
ダメだ、間に合わない!!!
-日符「ロイヤルフレア」-
その声とともに、目の前に広がる白一色の世界。
凄まじい轟音と高熱が紅魔館を包み込む。
(何が、起きてる…の?)
私がやっと目を開けたとき、最初に目に入ってきたのは頭に角を生やした人型の……炭。
次に目に入ったのは十六夜咲夜の横に佇む少女。
それは、紫色の衣服に身を包んだ、病弱そうな少女だった。
「騒がしいと思って出てきてみれば…また鼠…」
「あら、パチュリー様、おはようございます」
「…あなたの猫度は25点…」
「厳しいですわ。まぁ、前よりかは上がってますけど」
「あれは…誰?」
私はぼやけた頭で紅美鈴に問いかけた。
「お嬢様のお友達のパチュリー・ノーレッジ様だよ。
いつもは大図書館に引篭もって本を読みふけってるんだけど…」
…聞いたことがある。
パチュリー・ノーレッジ。
確か、火、水、木、金、土、日、月の精霊を操ると言われている、
魔法使いの中でもVIP中のVIPだ。
そんな人物までもが紅魔館にいたなんて…
「…後で紅茶を淹れてきてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
「ついでにその手も診てあげるから」
「…手が先ですか、紅茶が先ですか?」
「…紅茶かしら」
「かしこまりました。今日の紅茶はいい紅(あか)が出そうですわ。血のような」
「…わかったわよ。手から先ね」
「恐れ入ります」
パチュリー・ノーレッジが身を翻し、闇に消えていく。
すると、十六夜咲夜は思い出したように私達の方向に向きかえり、襲撃者だったものを指さした。
「あなた達は、『それ』を片付けてもらえるかしら?」
「えぇ?私もですか、メイド長?」
「そうね。門番のお仕事に尽力を尽くしてくださっている美鈴さんには悪いかしら」
「あぁ~、そんなあからさまな皮肉を。わかりました、やりますよ」
紅美鈴は渋々と箒と塵取りを取りいった。
十六夜咲夜は「悪いわね」と言うと、身を翻し闇に消えていった。
私は…その背中に見惚れていた。
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
翌日
「咲夜、咲夜~」
「お呼びですか、お嬢様」
「紅茶を淹れてきて…と思ったけど、やっぱりいいわ」
「いかがなさいました?」
「そんな手で仕事されても迷惑だからね。
ティーカップを割られたりでもしたら堪らないわ」
「そうですか。
まぁ、お嬢様なりに心配してくれているということで、親切痛み入りますわ」
「だいたい、弱いくせにでしゃばるのがいけないんだよ、咲夜。
『紅白』や『黒いの』が来たときみたいに、私のところまで通せばよかったのに」
「あの二人とは勝手が違うと思いますけど」
「一緒さ、私にとってはね」
「どういう意味ですか?」
「はねっ返りの馬鹿を弄るのは楽しいってこと」
「まあ、趣味が悪い」
「ふん、よく言うよ。あんたも同じ魂胆だったくせに」
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
紅魔館のメイドに就いて今日で4日目。
私は相も変わらす不機嫌だ。
ただ、昨日までとは違う理由で、だが。
「眠い…」
「ほら、シャキッとして。
メイド長に怒られるわよ」
「次長~休ませてくださいよ~
昨晩は大変だったんですから」
「ダメです。
紅魔館に勤める以上は、あんなの日常茶飯事だと思ってもらわなきゃ」
聞いた話によると紅魔館はしょっちゅう賊に入られるらしい。
まぁ、そのたびにメイド長が撃退してるって話だが。
…って、あれ?
「…門番って、機能してるんですかね、次長?」
「さぁ、どうかしら?
あれはお嬢様が『それっぽい』雰囲気出すために置いたものですから」
「…飾りってことですか?」
「…悪い言い方をするとね」
憐れ、中国。
「…って私語はここまで。
メイド長が来るわよ」
次長は背筋を伸ばし正面を見据えた。
私もそれに倣った。
「お疲れ様です、メイド長」
次長が深々と頭を下げる。
「お疲れ様ですわ、次長。………あら?」
メイド長の視線が私に止まる。
そりゃそうだ。
次長が深々と頭を下げているにも関わらず、私がボーっと突っ立っているのだから。
「ほ、ほら、頭を下げて」
次長が焦りながら私にお辞儀を促す。
しかし、私は従わない。
私は、スカートの両端を指で軽く摘むと、チョイと上に上げた。
そして
「ごきげんよう、咲夜様」
と微笑みかけた。
次長もメイド長もポカンと口を開けていた。
やがてメイド長はクスリと笑うと、私がそうしたようにスカートの両端を摘み上げて微笑んだ。
「ごきげんよう」
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
私は十六夜咲夜が嫌いだ。
私の心をこんなにも掻き乱す、あなたが憎くて憎くてたまりませんわ、咲夜様。
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
end
「あ、れ…?」
わたし…生きてる?
ペタペタと体中を触っていくうちに、首に違和感を感じた。
苦しい…
そう思って首の後ろに手を回すと、何かにあたった。
ギョッとして振り返り…私は言葉を失った。
十六夜咲夜がいたのだ。
その手は私の襟首をしっかりと掴んでいた。
「立てる?」
十六夜咲夜が気遣うように声をかけてくる。
「……………」
認めたくはないが、これだけの状況証拠があるのだからしょうがない。
私は十六夜咲夜に助けられた…らしい。
襲撃者の鉈が私に振り下ろされる直前、「何らかの方法」によって十六夜咲夜は私をあの窮地から助けだした。
そう、このように襟首を引っ張って引きずりながら…
「…そろそろ離して頂けないかしら」
私は悪意を込めてそう言った。
「あら、申し訳ございませんわ」
と言って十六夜咲夜が手を離す。
襟首は持ち上げられていたのであろう、手を離された瞬間、私の体はドスンと下に落ちた。
「…っ!
あ、あなたねぇ…!」
文句の一つでも言ってやろうと思って十六夜咲夜を見たが、
彼女の視線はすでに私には無く、見つめる先にはあの襲撃者。
その襲撃者がゆったりとした動きでこちらを振り向くと……
十六夜咲夜の口から小さな舌打ちの音が聞こえた。
「あなたは下がっていて」
襲撃者から視線を外さず十六夜咲夜が私に言い放った。
冗談じゃないわ!!
あんな醜態を見られておめおめと引き下がってなんかいられるもんですか。
私は立ち上がった。
それは彼女の言葉に対する否定を意味した行為であった。
「…下がってなさい」
今度はほんの少し声を低めて言い放った。
しかしながら、その視線は依然襲撃者の方を向いてる。
その態度に私の中の「タガ」が外れた。
「冗談じゃないわ!
何で人間ごときに指図されないといけないわけ!?」
言った。
言ってやった。
さぁ、十六夜咲夜、どうするのかしら?
渋渋と私の言うことを聞き入れる?それとも無視を決め込む?
どちらにしろ私は自分の主張を変えたりしないわ。
あんたに指図されたぐらいで…
十六夜咲夜は静かに振り向くと、その手を私の胸ぐらに伸ばしてきた。
上等じゃないか。
やってやるよ、人間!格の違いを見せつけ………
グイッ
突然、万力のような力で胸倉を掴み上げられた。
「…!??」
息ができない…!?
何なのよ、この馬鹿力…!!
「私は失せろっていっているの。理解できるかしらお嬢さん?」
恐ろしいまでに冷たい表情で、十六夜咲夜はそう言い放った。
私はうなずくことも首を振ることもできずに、ただただ呆然としていた。
十六夜咲夜がその手を離すと、私は糸の切れた人形のようにその場にへたりこんだ。
「……この娘のことをよろしくお願いしますわ」
何を思ったのか、十六夜咲夜は突然何も無いはずの方向に向かって話しかけた。
何事かと思ってその方向を向こうとしたところで、
自分の襟首がまた誰かによって掴まれていることに気づいた。
「了解です。メイド長」
聞いたことがある声だなって思ったのも束の間、私はすごいスピードで十六夜咲夜から離れていった。
襟首を引きずられながら…
「…し、絞まる」
「あぁ、悪い悪い」
彼女は謝罪を入れてもすぐには離さず、十分な距離を稼ぐまで私を引っ張り続けた。
「ごほっ、ごほっ……あなたねぇ…引っ張り方ってものが…」
そこで私は言葉を飲んだ。
私を引っ張っていった人物…紅美鈴の姿がボロボロだったからだ。
衣服は言うに及ばず、全身も裂傷を主とした様々な傷で埋め尽くされている。
満身創痍という以外なかった。
「あはは…これはお恥ずかしい…」
彼女は苦々しく笑うけれども、その顔は悔しさでいっぱいだった。
そうか…あいつに…
私は襲撃者の方に向き直った。
十六夜咲夜と襲撃者の睨み合いは依然として続いてた。
意外にも、先にその沈黙を破ったのは襲撃者の方だった…
「…消えろ、狗。
用があるのはあのバケモノだけだ」
ピクッと十六夜咲夜の表情がわずかに変化した。
同時に十六夜咲夜を中心に吐き気がするほどの殺気が広っていく。
これを返事と受け取ったのか襲撃者はさらに言葉を続ける。
「…………これが『ごっこ』じゃないということはわかっているな?」
「当然ですわ」
十六夜咲夜は不敵な笑みを浮かべていた。
仮面によって伺い知ることはできないが、あの襲撃者も同じように笑っているのだろう、と何故か思ってしまった。
そう言えばあいつ、気にかかる言葉を言った。
『ごっこ』じゃない……?
「この幻想郷には気がふれた奴がたくさんいる」
「えっ…?」
紅美鈴が突然話しかけてきた。
昼間に使ったフレーズをもう一度使って。
「そして、その中のほんのわずかに…
あんなふうに『常識』の通用しない真性がいるの」
「『常識』って……」
「要するに、あいつは『弾幕ごっこ』で話を付ける気なんか最初からなかったのよ。
あいつの頭にあるのは…生か死だけ」
絶句
今どきそんな興の冷めるような考えをもった輩がいるのも驚きだったが、
何より自分がついさっきまでそいつと「殺し合い」をしていたという事実に言葉を失った。
「たちの悪いことに、そういう輩に限って腕が立つ」
それは身を持って実感している。私も彼女も。
「この紅魔館で、あのクラスの輩を相手に出来るのはお嬢様を含め……3人。その一人が…」
「十六夜…咲夜」
キンッ!!
開戦のゴングは鈍い金属音。
私と紅美鈴は同時に音の方向を振り向いた。
「始まったね…」
宴の開幕である。
ナイフを投げる。
相手が弾く。
また投げる。
また弾く。
投げる弾く投げる弾く投げる…
一見単純なやり取りに見えるが、その一手一手が命の削り合いであった。
十六夜咲夜の投げナイフは全てが必殺。
角度を変えながら、軌道を変えながら、時には跳弾となりながら相手の命に襲いかかる。
「すごい…」
私は思わず言葉を漏らしてしまった。
明らかに押しているのは十六夜咲夜。
襲撃者は先ほどから防戦一方になっている。
「………」
しかしながら、隣にいる紅美鈴の表情は優れなかった。
「なんて顔してるのよ?あんなに押してるじゃない?」
「そうか、あんたには押してるように見えるの…」
「…どういうこと?」
「ハタから見ればメイド長の一方的な攻撃に見えるかも知れないけど実際はそうじゃないの」
「…そうじゃないって…」
「あのナイフは敵との距離を保ち…身を守るために投げているの」
ということは…防戦一方なのは…
「あの敵は不味いよ。ひたすら蛇のようにメイド長の隙を窺っている。
たぶん、隙を見せたら一気に叩くつもりらしいね」
要するにこういうことだ。
あの襲撃者は常に一撃必殺を狙っており、
十六夜咲夜はそれを防ぐために必死にナイフを投げている…ということか。
そのとき異変は起こった。
十六夜咲夜は次なる弾を補充するために懐に手を入れたが…
出てきた手にナイフは握られてなかった。
「空手…弾切れってこと!?」
十六夜咲夜が舌打ちをしたように見えた。
「まずい!」
紅美鈴が慌てて叫ぶ頃にはもう遅かった。
襲撃者はこの好機を見逃す筈もなく、初めての攻撃を放った。
それは私の使い魔達を一瞬で葬った青い光弾。
寸分の違いも無く十六夜咲夜の心臓に襲いかかる。
十六夜咲夜は苦悶の表情を浮かべながらもそれらを避け切った。
しかし…
敵の狙いはあくまで一撃必殺。
光弾は単なる布石に過ぎなかった。
光弾を避けたために大きく体勢を崩した十六夜咲夜に、
目に止まらぬスピードで襲撃者が近づく。
「十六夜咲夜!!」
私がそう叫ぶころには既に襲撃者の鉈は降り下ろされようとしていた。
そのまま鉈は振り下ろされ、憐れ十六夜咲夜は一刀両断。
そうなるはずだった。
しかし
襲撃者の鉈は、十六夜咲夜の頭上で止まっていた、いや止められていた。
十六夜咲夜は鉈を止めていたのだ。
空手のままで。
…止めるという表現も適切ではないのかもしれない。
あれは、鉈を自らの腕に喰い込ませているのだ。
「…うっ」
信じられない。
十六夜咲夜は襲撃者が鉈を振り下ろすその瞬間、瞬時に鉈の軌道を読み切り、
文字通り「歯止め」として、その軌道上に自らの腕を突き出したのだ。
しかし、加速がかかってないとはいえ刃物には違いなく、突き出した腕は見るも無残な姿になっていた。
襲撃者は慌てて二の太刀を繰り出そうとするが、もう遅い。
十六夜咲夜の「真剣白刃取り」は成功したのだから。
鉈を腕に喰いこませたまま、十六夜咲夜は襲撃者に前蹴りを浴びせた。
襲撃者は後ろに吹っ飛ばされ、その拍子に腕に喰いこんだ鉈が引き抜かれるが、十六夜咲夜は意にも解さない。
そして、襲撃者が転倒すると同時に、十六夜咲夜は襲撃者に飛び掛りマウントポジションをとった。
チェックメイト
十六夜咲夜が微かに笑みを浮かべた気がした。
そして十六夜咲夜は懐に手を入れ、あるはずのない「それ」を取り出した。
「ナイフ?
たしか、弾切れのはずじゃ…」
まさか…
「さっきのは演技ってこと?」
隣にいる紅美鈴は目をパチクリとさせながら、狐につつまれたような顔をしていた。
恐らく自分の顔もそんな感じであろう。
十六夜咲夜は、ギロチンの刃をセットするように、ゆったりとしたモーションでナイフを襲撃者の頭上に掲げる。
幕切れは近い。
「狗があぁぁ!!」
突然、下に組み伏せられた襲撃者が手を伸ばす。
その手は十六夜咲夜の首を掴むとギリギリと締め上げた。
そのとき、十六夜咲夜は…笑っていた。
「…私のことは狗とでも何とでも好きなように呼ぶといいわ。
だけど…」
十六夜咲夜のまわりの空気が凍りつく、掲げたナイフに殺意が集中していく。
「だけど、お嬢様のことをバケモノと呼ぶのは許さない。
何人たりとも、絶対に、だ。」
襲撃者はさらに手に力を込める、込める、込める。
必死に、必死に、目の前の悪意から逃げるために。
「死んで償え」
それは死刑の合図。
同時にギロチンの紐は切られ、刃は…落ちた。
トスッという気の抜けるような軽い音とともに、宴の幕が下りた。
襲撃者は2,3度痙攣を起すと、ピクリとも動かなくなった。
その額には角のようにナイフが突き立っていた。
十六夜咲夜はスッと立ち上がるとこちらを振り向いた。
その顔は…いつものメイド長としての顔だった。
何を思ったかクスリと笑うと、十六夜咲夜は自分の首下を指差し、何かを口にした。
ここからは遠すぎて、その声は聞こえないが、口の動きで何を言っているのかはわかる。
要するに…
『ネクタイが曲がっているわよ、あなた』
と言いたいのだ。
曲がってるも何も、あんたが胸倉を掴んだから…
と、言いかかったところで私は言葉を失った。
「いない…」
いない、あいつが、襲撃者がいない!!
襲撃者の死体があるべきところには血痕しかなく、肝心の死体が無いのだ。
背中に悪寒が走る。
不味い、不味い、不味い!!
その瞬間、黒い影が十六夜咲夜の後ろで蠢いた。
「危ない!!」
襲撃者の薙ぎが十六夜咲夜を襲う。
ダメだ、間に合わない!!!
-日符「ロイヤルフレア」-
その声とともに、目の前に広がる白一色の世界。
凄まじい轟音と高熱が紅魔館を包み込む。
(何が、起きてる…の?)
私がやっと目を開けたとき、最初に目に入ってきたのは頭に角を生やした人型の……炭。
次に目に入ったのは十六夜咲夜の横に佇む少女。
それは、紫色の衣服に身を包んだ、病弱そうな少女だった。
「騒がしいと思って出てきてみれば…また鼠…」
「あら、パチュリー様、おはようございます」
「…あなたの猫度は25点…」
「厳しいですわ。まぁ、前よりかは上がってますけど」
「あれは…誰?」
私はぼやけた頭で紅美鈴に問いかけた。
「お嬢様のお友達のパチュリー・ノーレッジ様だよ。
いつもは大図書館に引篭もって本を読みふけってるんだけど…」
…聞いたことがある。
パチュリー・ノーレッジ。
確か、火、水、木、金、土、日、月の精霊を操ると言われている、
魔法使いの中でもVIP中のVIPだ。
そんな人物までもが紅魔館にいたなんて…
「…後で紅茶を淹れてきてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
「ついでにその手も診てあげるから」
「…手が先ですか、紅茶が先ですか?」
「…紅茶かしら」
「かしこまりました。今日の紅茶はいい紅(あか)が出そうですわ。血のような」
「…わかったわよ。手から先ね」
「恐れ入ります」
パチュリー・ノーレッジが身を翻し、闇に消えていく。
すると、十六夜咲夜は思い出したように私達の方向に向きかえり、襲撃者だったものを指さした。
「あなた達は、『それ』を片付けてもらえるかしら?」
「えぇ?私もですか、メイド長?」
「そうね。門番のお仕事に尽力を尽くしてくださっている美鈴さんには悪いかしら」
「あぁ~、そんなあからさまな皮肉を。わかりました、やりますよ」
紅美鈴は渋々と箒と塵取りを取りいった。
十六夜咲夜は「悪いわね」と言うと、身を翻し闇に消えていった。
私は…その背中に見惚れていた。
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翌日
「咲夜、咲夜~」
「お呼びですか、お嬢様」
「紅茶を淹れてきて…と思ったけど、やっぱりいいわ」
「いかがなさいました?」
「そんな手で仕事されても迷惑だからね。
ティーカップを割られたりでもしたら堪らないわ」
「そうですか。
まぁ、お嬢様なりに心配してくれているということで、親切痛み入りますわ」
「だいたい、弱いくせにでしゃばるのがいけないんだよ、咲夜。
『紅白』や『黒いの』が来たときみたいに、私のところまで通せばよかったのに」
「あの二人とは勝手が違うと思いますけど」
「一緒さ、私にとってはね」
「どういう意味ですか?」
「はねっ返りの馬鹿を弄るのは楽しいってこと」
「まあ、趣味が悪い」
「ふん、よく言うよ。あんたも同じ魂胆だったくせに」
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紅魔館のメイドに就いて今日で4日目。
私は相も変わらす不機嫌だ。
ただ、昨日までとは違う理由で、だが。
「眠い…」
「ほら、シャキッとして。
メイド長に怒られるわよ」
「次長~休ませてくださいよ~
昨晩は大変だったんですから」
「ダメです。
紅魔館に勤める以上は、あんなの日常茶飯事だと思ってもらわなきゃ」
聞いた話によると紅魔館はしょっちゅう賊に入られるらしい。
まぁ、そのたびにメイド長が撃退してるって話だが。
…って、あれ?
「…門番って、機能してるんですかね、次長?」
「さぁ、どうかしら?
あれはお嬢様が『それっぽい』雰囲気出すために置いたものですから」
「…飾りってことですか?」
「…悪い言い方をするとね」
憐れ、中国。
「…って私語はここまで。
メイド長が来るわよ」
次長は背筋を伸ばし正面を見据えた。
私もそれに倣った。
「お疲れ様です、メイド長」
次長が深々と頭を下げる。
「お疲れ様ですわ、次長。………あら?」
メイド長の視線が私に止まる。
そりゃそうだ。
次長が深々と頭を下げているにも関わらず、私がボーっと突っ立っているのだから。
「ほ、ほら、頭を下げて」
次長が焦りながら私にお辞儀を促す。
しかし、私は従わない。
私は、スカートの両端を指で軽く摘むと、チョイと上に上げた。
そして
「ごきげんよう、咲夜様」
と微笑みかけた。
次長もメイド長もポカンと口を開けていた。
やがてメイド長はクスリと笑うと、私がそうしたようにスカートの両端を摘み上げて微笑んだ。
「ごきげんよう」
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私は十六夜咲夜が嫌いだ。
私の心をこんなにも掻き乱す、あなたが憎くて憎くてたまりませんわ、咲夜様。
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end
今後も頑張って下さいませ~。
素敵な咲夜さんをサンキューです。
これは咲夜、パチュリー、レミリアを指していると思いますが、
フランドールも十分相手が出来るのではないでしょうか。
此処だけがちょっとだけ引っかかって残念です。
それ以外は面白かったです、最後のメイドの微笑とか。
まぁ、強引に解釈するなら、
「まともに」相手をすることが出来るのが3人だけ、ということになります。
フランだったら、紅魔館とその一帯を消してしまいそうですし。
新入りの妖怪メイドの視点でいい感じです。
素敵という言葉が似合うSSだと思います
えらそうな書き方ですみません
無論、咲夜さんも例外ではありません。
彼女たちの新鮮な魅力を引き出してくれたことに心から感謝します。
GJ。
めちゃくちゃ面白かったです(*´`)