[新しい誓い]
-1-
窓から漏れる太陽の光に、私は気だるい身体をゆっくりと起こした。
何か夢を見ていたような気がするのに、思い出せない。
まぁ、夢なんて毎日みているものだろう。
覚えていることの方が少ないものをわざわざ気にしても仕方がない。
それに、寝覚めは悪くない。むしろいつもよりいいぐらい。
「いい天気みたいね。…今日は何をしようかしら。」
窓を開け放ち外の空気を吸い込むと、身体のだるさもなくなる。
また、人形を創ってみようか。そういえば、読みかけの魔道書もあった気がする。
「とりあえず、朝食でも食べながらゆっくり考えましょ。」
私はそう結論付けると、寝室を後にした。
「おはよう、アリス。」
部屋をでると蓬莱が声をかけて来た。
洗濯の途中なのか、明らかに自分よりも大きな籠を両手で抱えている。
「おはよう、蓬莱。あんまり無理しちゃ駄目よ。それから水には気をつけてね。」
一応注意してみたが、しっかりしている蓬莱のことだから大丈夫だろう。
「うん、わかってる。」
元気に返事をして外に向かって行く。
ふと、私はあることに気付いて蓬莱を呼び止める。
「ちょっと、蓬莱。」
「きゃっ、あっとっと。びっくりしたー。…どうしたの、アリス?」
急に話しかけて驚いたのか、籠をひっくり返しそうになっていたが、なんとか立て直したみたいだ。
「もう、そんなに驚くことじゃないでしょう。それよりいつも一緒にいる上海はどうしたの?」
「…………」
「?」
急に黙り込んでしまった蓬莱を、私は訝しげに見つめる。すると一言だけ微かに聞こえるぐらいの声で呟いた。
「埋めました。」
「あら!動機は?」
「ちょっと、鬱陶しくなって。」
「それは、しょうがないわね。それじゃあ、私は朝食を食べてくるわ。」
蓬莱とその場で別れると、私はいい香りのする食堂に向かった。
そこには予想通り、既に朝食が並べられていた。
奥のキッチンから出てきた上海と挨拶を交わす。
「おはよう、上海。埋められたって聞いたけど。」
「おはよう、アリス。って誰がそんな地味に酷いこと言ったの?」
「蓬莱よ。動機は、[最近私の出番を奪うから鬱陶しくなった。]だそうよ。」
そのまま蓬莱の言葉を伝えては芸がないので、多少誇張してみる。特に意味はないような気がするけど。
「そ、そうですか。」
…なにやら呟き始めた上海は、とりあえず放っておく。
「ええ。…それでは、いただきます。」
私は上海の料理を口に運ぶ。
…うん、美味しい。やっぱり私が教えただけのことはあるわね。
直接美味しいと言うのも飽きたから、ちょっと遠まわしに言ってみる。
「美味しいわよ、上海。特にこれなんて最高ね。」
「えっ!本当に?…………それは嫌味よね。」
最初は目を輝かして喜んだが私の指しているものを見ると素直になれないみたいなので、私も同じものを見てみる。
それはどこからどうみても、ただ焼いただけのパン。いわゆるトーストというやつね。
「丁度いい焼き加減よ。」
「やっぱり嫌味じゃないの。」
上海はちょっと拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
それはそれで可愛いから放置したまま、私は美味しい朝食を再開した。
朝食を食べ終わり、本を読んでいると蓬莱が帰ってきた。
「おかえり、ホウライ。ところで私は植物じゃないから埋められても光合成はできないのよ。」
「ただいまー。洗濯物ほしてきたよ。」
「お疲れ様、蓬莱。」
「うわっ、いきなり無視された!」
私は蓬莱にお礼を言ってから、また本に目を落とす。
「無視しないでよ。ちょっとさびしかったんだからね。」
「そんな時は、お日さまの方を向いて二酸化炭素を吸って酸素を吐き出せば、少しだけ気がまぎれるよ。」
「だから私は植物じゃないって……
またいつものように口げんかを始めた二人を気にしながらも、私はページをめくっていった。
その日の夜。
そろそろ寝ようかと思っていた時に、あることを思い出して蓬莱に聞いてみた。
「最近あなた夜更かししているみたいだけど、一体何をしているの。」
「エッ、ナンニモシテナーイヨ。ネェ、シャハーイ。」
「ウ、ウン。ホラーイハナニモシテナイーヨ。」
蓬莱は、おかしな発音で上海に助けを求めると、やはり発音がおかしい上海も同意する。
二人とも全力で動揺していることを表すように、手と首を振っているのが、ちょっと面白い。
「やっぱり、上海もいっしょに何かしているのね。」
「「アッ!」」
二人がいっしょに何かをしていることには気が付いていた。この子達が何か悪さをするとは思わないけど、一応念のため注意だけはしておく。
「あまり、無理はしないようにね。」
「「はーい。」」
怒られないと分かったからかいつもの調子にもどっている。
「それじゃあ、おやすみ。」
「「おやすみー」」
最後まで息がぴったりな二人は、他の人形が置いてあるアトリエに戻っていった。
アトリエはいつも人形を創る場所で、同時にたくさんの人形を保管している。大抵二人はここで眠るが、たまに私の部屋まで来ることがあった。
(…このごろはそれも減ってきているわね。)
そんなことを考えながら私は眠りに落ちていった。
-2-
翌日、私は身体を揺すられているような感覚で目を覚ました。
「もう、やめてよ。前に起こされなくても私はちゃんと起きるって言ったでしょ。」
ベッドの中で寝返りをうって、相手の方を見……る……? 時が凍りつくってことはあるのね。
「…あ、あれ?あはは。なんで?」
私は跳ね起きると、助けを求めるように視線を彷徨わせる。
すると、ドアの所で二つの影がこちらを覗いているのを発見した。
「ちょっとあなた達の仕業ね、これはどういうこと?ちゃんと説明しなさい、上海、蓬莱。」
「えへへ、その人形私たちが、作ってみたんだよ。」
「そうだよ、毎日ちょっとづつ、作ってたんだよ。」
声をかけると二人は以外とあっさり出てきた。逃げたらそれなりに酷い目にあうだろうけど。
成る程、だから毎晩遅くまで活動してたのね。うーんそれにしても、この子たちが人ぎょ……え? 時は何度でも凍りつくものらしいわ。
「えーーーーーー!!! ど、どうっやたの?」
「いつもアリスが作ってるの見てたから、それと同じようにしたんだよ。」
「すっごくがんばったんだよ。」
ま、まぁ、それなら出来ないことはない…のかなぁ? この子たちが作ったというのだから出来るのだろう。
まだ私を揺すっている人形を持ち上げてよく見てみる。…それにしても、
「そっくりじゃない。」
「でしょー。私たちもこんなに上手にできるなんて思わなかったから、びっくりしてたの。」
…はー、この子たちも成長したってことでいいか。
「しっかり、面倒見るのよ。」
「「もちろん!」」
「それじゃ、とりあえず朝食にしましょ。」
「「あっ!」」
なんとなく予想していた反応が返ってきた。余程人形が出来たことがうれしかったのだろう。
「やっぱり作ってなかったのね。いいわ、偶には私が作るから。ついでにこの子にも教えてあげようかし・・・!」
「「!?」」
そこまで言うと、二人は私の手の中から人形を奪って、大急ぎで部屋から出て行った。
どうやら自分たちで教えてあげたいようだ。やっぱり自分たちで創っただけに可愛いのだろう。
「だからといって、私に体当たりかますとは思わなかったけど。」
予想外の行動に驚き、まったく避けられなかった。
まぁ、このことは大目にみてあげるか。今朝はなんだか疲れたし。
それにしても、あの子は…
「………いたいわね。」
私は口の中でだけ呟く。
上海と蓬莱は気付いていないようだったけど、あの子には致命的な所に小さな小さな魔力の綻びがあった。その場所が核となる所だけ、に私にも修復は無理だろう。
私は、三人が開けっ放しにしていったドアを通り、食堂に向かった。
……それだけではないけど。
私は、やや焦げたパン(始めはこんなものだろう)を口に運びながら、ちょっと気になったことを聞いてみた。
「まだ、その子に名前は付けてないの?」
料理担当になったらしい上海に声をかけてみる。蓬莱は、今頃慌てて洗濯をしているのだろう。
「そういえば、全然考えてなかった。」
「ちゃんと、考えてあげなさい。その子も私たちの家族なんだから。」
「え! この子も私たちの家族になっていいの?」
「当然でしょ。それとも私は仲間外れかしら。」
首をぶんぶん振って否定する、上海。
「あと、喋れないの?」
朝からジェスチャーばかりで、一言も話していない。
「うーん、そうみたいなの。なんでだろう?アリスには分かる。」
「さあ、そこまでは私にも分からないわ。」
心当たりがあることはあるが…
「私と蓬莱には、離れていても意思を伝えることが出来るんだけど。」
「なら、大丈夫でしょ。いざという時にあなた達がそばにいられなかったら、この子が可哀想だもの。」
私は、次はもっと美味しくね、と言って新しい命の頭を撫でてあげる。
すると懐かしい笑顔を私に向けてくれる。どこか上海や蓬莱に似ている。
後何回この子の頭を撫でて上げられるのだろうか。
二人があの子に付いているようになり、私も家事に参加するようになって少しだけ忙しくなった。
上海と蓬莱は毎日いろいろなことを教えていた。あの子もそれを必死に覚えようとしていた。
私もたまに、二人にそれとなくアドバイスしたり、時には直接こっそり教えてあげた。
それを精一杯、一生懸命にこなそうとするところは、やっぱり私を和ませてくれる。
そして、上手く出来たときは笑顔で、失敗したりあまり上手く出来なかった時はちょっと困った顔で、あの子の頭を撫でてあげた。
その度に上海と蓬莱に伝えていたのか、私はよく二人に睨まれてしまった。
しかし、結局名前は決められずにいた。
それはそうだろう。もともとあの子には名前を付けてあげていなかった。
私が名前を付け始めたのは上海と蓬莱からなのだから。
-3-
そして、今日は運命の日
やはり満月なのは、偶然なのか
いや、違うのだろう。これは私が潜在的に仕組んでしまった、偶然
そう、これは必然
その日の夜、いつもなら既に眠りについている時間。
私は、アトリエの前の廊下に立っていた。
以前、私が来たときにはもう遅かった。でも今回は絶対…。
私はゆっくりとノブを廻し扉を開ける。
窓からの満月の光が照らすこの部屋は、何度見ても幻想的で…
でも、やっぱり少し明るすぎるようね。
私は部屋に入り、床にある三つの影にゆっくりと近づく。
その内の二つが私に気付いたのか、顔をこちらに向けてきた。
「あ、アリス。どっ、どうしよう。この子が、この子が。」
上海が今にも涙を流しそうになりながら言ってきた。
綻びは大きくなり、魔力がそこから流れ出してしまっている。
こうなってしまったら、もう長くはないだろう。
「…………」
私は何も言わずに、未だ床に倒れたままの新しい命に近づいていく。
そして、手に取り、
「やっぱり・・・そうなのね。・・・・・・でも。」
呟いて、抱き寄せる。
あの時と同じように。…でも、この命はまだ生きている。
だから、言わなくてはいけない。
(それを私の声で)
それを、伝えなくてはならない。
(あの時と同じ想いを)
あの時と同じ笑顔で。
(涙ではいけない)
「ありがとう。」
「アリガトウ。」
その瞬間、私には聞こえるはずのない想いが届いた。
懐かしくて、愛しくて、今も私の中で生きている想い。
この想いを私は絶対に忘れない
私は今にも消えかけそうな灯火を、床でじっと見守ってくれていた上海と蓬莱に渡してあげる。
「この子は、この命は、もう長くはないわ。私にも直してあげられない。でも、どうすればいいのかは分かるわね。」
二人が頷いたのを確認した私は、三人の頭を撫でてあげる。
「本当に…ありがとう。」
そして、私はアトリエを後にした。
もう、あの部屋に私の居場所はない。後はあの子たちがしなければいけない。
でもきっと、あの子の灯火が消える前に二人は伝えることができるのだろう。
私の想いは二人にも伝わっているはずだから。これは上海と蓬莱を創るときに刻んだ<>。
…これは、夢?
懐かしい場所ね。
ここはあの子と見つけた、森の中にある小さな広場。
あの子といっしょによくここで遊んだわね。
あの子が死んでからはここに来るのが怖かった。
でも今なら…
-4-
翌日から私は、昼までの間、少し落ち込んでいる上海と蓬莱といっしょに家事をすることにした。
それなりにショックだったみたいだけど、しっかり受け止めているようで引きこもることはなくて安心した。
これなら、二、三日もすれば前みたいに元気になってくれるだろう。
そして、昼が過ぎた後は…
「あら~、荒れてるわねー。」
私は一人で例の広場に来ている。
しかし、そこは見事なまでに荒れ果てていた。
何年間も様子を見にさえ来なかったんだからあたりまえかな。
「流石にこれを一人で何とかするには、時間が掛かりすぎるわね。」
初めてこの広場を見つけたときは、あの子と二人で手入れをしたのを思い出す。あの時もかなりの日数を費やした。
「ふふ、でも今回の私はあの頃とは違うわ。」
とりあえず、今日は下見に来ただけ。
一応、他の人形も作動させているとはいえ、上海と蓬莱をあまり長い時間ほうっておくのは心配だ。
私は家への道を急ぐことにした。
今日はあの子が亡くなってからから、四日目。
上海と蓬莱も前日から元気になり、私も昼過ぎから広場の手入れを開始することにした。
「さあ、皆。時間は少ないわ。きりきりここを綺麗にするわよ。」
私は家事を上海と蓬莱に任せて、残りの人形を総動員させた。物量作戦であり、質も高い。
これならなんとか間に合うはず。
六日目………[私たちの誓い]
「それじゃあ、私たちは出かけるから、後のことは頼んだわよ。」
お昼をとってしばらくすると、御主人様は他の人形たちを連れてそそくさとどこかへ行ってしまう。
家に取り残されたのは私とホウライだけ。私たちが残されることは普段滅多にない。
ううん、最近はほとんど毎日だから珍しくないのかも。
あ、でも御主人様はほとんど外出しない人だから、やっぱり珍しいのかも。
でも、どこかに行くときはだいたい私か、ホウライ、またはいっしょにってことが多かった気がするから・・・
「どうしたの、シャンハイ?」
私がいろいろ悩んで、家の庭をぐるぐる回っていると、ホウライが心配そうに声をかけてくれた。
「エッ!?ナンデモナイーヨ。」
不意に話しかけられたので、びっくりしておかしな言葉が出てしまう。
こんなことで驚くなんてまだまだ修行が足りないわ(ぎゅっ)
「ほんとに大丈夫、いきなり握り拳なんてつくって。」
魔法の森の奥にあるお屋敷の庭で、ホウライが心配そうな目で私を見ていた。(ちょっと心外)
しばらくホウライと弾幕ごっこで遊んで・・・もとい特訓しているとホウライが近くに寄ってきた。
「それじゃあ、今日は私が部屋の掃除をするから、シャンハイは洗濯物を取り込んでおいて。」
何ごともなかったかのように言って、くるりと反転、家に入ってしまう。
私はその間も弾幕を出し続けていたのに一発もあたらない。ホウライが見えなくなって私はやっと弾幕をしまう。
「む、むきゅー。」
「それは違う人の台詞よ~。」
ご丁寧にドアから顔を出して、注意してくれる。
うん、やっぱりホウライは優しいから好き。
洗濯物を取り込むのは結構大変だったりする。
何十体といる人形の服が竿いっぱいに干されているからだ。
「これはキョウちゃんの分、やっぱり和服ー。こっちはアリスの下着だー。」
お日さまの光を浴びた服は、なんとなく気持ちいい。
ひと通り洗濯物を取り込んでから家に入ると、なんだかいい香りが漂ってきた。
匂いに誘われてふらふらと飛んでゆくと、そこではエプロンをつけたホウライが夕餉の準備をしていた。
「今日は何作ってるの。」
「今日はシチューよ。シャンハイもちょっと手伝ってくれる?」
「うん、いいよ。」
私もエプロンをつけてホウライの隣に並ぶ。このエプロンもホウライがつけているのも御主人様が作ってくれたもの。
おそろいの形でそれぞれ自分の名前の刺繍が入ってて、とってもお気に入り。
「そっちは、もう大丈夫そうだね。じゃあ私はサラダを作っておくね。」
「ありがと、お願いね。」
何かを作るっていうのはとっても楽しい。でも、それはとても大変な事というのも少し前に勉強した。
料理も後はシチューを煮込むだけになり、ホウライとお話をして時間をつぶす。
「ホウライは、毎日アリスがどこに行ってるのか知らない?」
「ううん、知らないよ。」
ひとつの椅子の上にいっしょに座り、シチューの入った小さなナベをなんとなく眺める。
「気にならないの?」
「ちょっと気になる、けど大丈夫よ。もし危なくなったら私たちを召喚するはずよ。」
「それは、そうなんだけど…。」
「それより、シチューの味見をしてくれる?」
そう言ってホウライはシチューを小皿にわけて私にくれる。
「・・・おいしいよ。また腕を上げたんじゃない?」
「そうなの?よかった。」
安心したように身体の力を抜くホウライ。
どうやらホウライは食べ物の味がよくわからないらしく、私が味見係を担当している。
味覚はもともと人形には必要ないものだからかもしれない。それでもホウライの料理は作る度においしくなっていくのはなんでだろう。
今では同じ料理を作れば、私よりおいしいものができてしまう。
「どうしたの、怖い顔して。」
私がじっとホウライの顔を見ていると、頭上に?マークを浮かべて聞いてきた。
「別に、なんでもないよ。」
アレンジなら負けないんだから。
ホウライは味が分からないから料理を工夫することができない。もし、アレンジまでできたら私の勝てるところがなくなってしまう。
そんなことを考えたらちょっと気が晴れた。
「アリスのことなら大丈夫よ。あの日の誓いは覚えてるでしょ。私たちが置いていかれることは絶対にないわ。」
どうやらホウライは私の怒りの視線の意味を勘違いしたようだ。
でも、そのおかげで<あの日>のことを思い出せた。巡りめぐって明日はちょうど誓いの日。
「そうだね・・・うん、もう大丈夫。」
「ただいま、上海、蓬莱。今日も一日お疲れ様。」
その時、ちょうどご主人様が帰ってきた。
一週間後、今日は<あの日>
「それじゃあ、皆行くわよー。」
「いってらっしゃーい。」
庭先で上海と蓬莱が見送ろうとする。やっぱりわかってない。
「何言ってるのよ。あなたたちがいなくちゃ始まらないでしょ。」
「えっ、いいんですか。」
「当然でしょ。今日は<あの日>なのよ。」
それだけ言って、私は他の人形たちと森に入っていく。後ろでは、二人がついてくる気配をしっかり確認しながら。
広場に着くと、二人は驚いて声も出ないようだ。…なんだか、しばらく前の私を見ている気がする。
がんばった甲斐があったわ。
「ふふ、どう? びっくりしたでしょ。この森にこんな広場があるなんてちょっと思わないものね。」
二人は必死に頷いてくれる。目はまん丸になってるし、かわいいなぁ。
「少し前に、この場所を思い出してね。何かに使えないかと思ってたの。丁度今日が<あの日>だったからそれで使おうと思ったのよ。」
今日はこの子たちの誕生日。
いろいろなことをたくさん経験して、成長してくれた。
それと一緒に私も成長することができたわ。
だから今なら話してあげられる。
これから話すのは、二人が生まれるほんの少し前の物語………
………[いつかの誓い]
大抵の者は寝静まり、妖怪が活気に跋扈する深夜。月はこれでもかというほどに光を放ち、自己を主張する。
深い深い森の中の、ある程度開かれた場所にある一軒のお屋敷。そこの主、アリス・マーガトロイドも今はベッドで静かに寝息を立てていた。
「・・・・・。」
しかし、何かが抜け落ちたような脱力感と、人形からの信号で目を覚ましてしまった。
「これは、まさか…」
アリスは不吉な予感に導かれると寝室を出て、人形の置いてある部屋に向かう。
歩きなれた廊下、だが踏み出す一歩は重く、部屋までの距離はいつになく遠く感じる。
いつもより時間をかけてその部屋にたどり着くと、ゆっくりとノブを廻し扉を開ける。
窓からの満月の光に満ちた部屋の中は、いつもより幻想的な姿を見せる。それ以外は何一つ変わらぬ光景。
ただ、大切なものが失われていた。それを隠すには月の光は明るすぎた。
アリスは部屋に入り、棚にちょこんと座している一体の人形を手に取り、
「やっぱり・・・そうなのね。」
呟くと、人形を胸に抱き寄せる。
いつかこの日が来ることは分かっていた。それに対する心構えもしていたつもりだった。だがそんなものは何の役にも立ちはしない。
人形の術式の綻びに気づいたのは数週間前、気づいていながら何もできない自分が歯痒い。無理にそれを直しても、姿、形だけ同じ違う人形になってしまう。
そうしてしまうことは、アリスには耐えられないことだった。魔界から人間界に来て初めて創ったこの人形は、唯一心を許すことができる存在。
心に残るのは人形と過ごした日々。
始めは不器用で失敗も多かったけどいつも必死にがんばっていた。
段々と慣れて、家事なら一人でこなせるようになった頃には弾幕まで覚え初めてくれた。
最終的には弾幕ごっこのパートナーにまでなり、その時は本当に嬉しかった。
それでも精一杯で一生懸命な姿はアリスを和ませてくれる。
思い返すのは、二人で見つけた広場での楽しかった時間、一体の人形との至福の空間。
思い出は自然と溢れ、涙と微かな笑みがこぼれだす。
最期に、胸に抱いた永遠に動くことのない人形に目を落とす。
その表情は穏やかで満ち足りているようだった。
だからアリスも最期に人形が伝えてくれた言葉をそのまま返す。
後悔ではなく、感謝を込めて。
涙ではなく、笑顔で。
「ありがとう。」
月明かりが照らす部屋の中で、少女はいつまでも人形を抱き続ける。
そして、そのままの姿勢で人形の術式を完全に解く。
もともとアリスの魔力の糸で紡がれていた人形は、固定するものがなくなると空気中に霧散し純粋な魔力に戻る。
アリスはその魔力の残滓をすくい上げるように丁寧に取り込んでゆく。
その子との思い出を確かなものにするために。
その子との時間を忘れないために。
一週間後、私は二体の人形を完成させた。
初めての人形が動かなくなってしまった部屋は、あの後アトリエにすることにしたわ。
あの子が見守っていてくれる気がするから。人形作りを続けていることをあの子に知らせたいから。
私は新しい子たちに声をかけてみる。
・
・
・
・
・
・
・
「調子はどう、上海、蓬莱。」
・・・誰かが話してる。
ここはどこ?・・・目の前にいる人は誰?・・・何を言ってるの?・・・私は誰?
「考えては駄目よ。この世界を感じるの。あなたたちは基本的なことは既に知っているはずよ。」
優しい声が教えてくれる。私という存在がどういったものか、伝わってくる。
「落ち着いたみたいね。私はアリス。・・・一応、あなたたちのご主人様ね。」
「ごしゅじんさま?」
「そうよ、上海。」
そう言って私の頭を撫でてくれる。
「しゃんはい?」
「ええ、それがあなたの名前。私からの最初のプレゼントよ。」
頭を撫でてくれる手が温かくて気持ちいい。
「こっちのあなたは、蓬莱よ。」
横に目を向けてみると<ほうらい>と呼ばれた子が、私と同じように頭を撫でられている。
「それじゃあ、今から私たち三人は親友となり、家族となるのよ。これは私からの最初で最後の命令。」
それは、私とホウライにしか与えなかった命令。
それからは、いろいろと頼まれたけど命令は一つもなかった。いつも私たちには拒否権があった。
もちろんそれを断ったことなんて一度もない。
だから、私たちが彼女を呼ぶときは…
・
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・
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・
「「アリスー」」
「きゃっ!?いきなりどうしたの。」
話が終わると二人は急に私の胸に飛び込んできた。
「「ありがとう」」
「・・・ありがとう。」
私は同じ言葉をこの子たちに返して、あの時のように頭を撫でてあげる。
辺りはいつの間にか暗くなって、空に昇った月は少しだけ欠けている。
その周りでは無数の星たちがしっかりと輝いている。
(月はやっぱり少し欠けているぐらいがいいわね。その方が周りの子たちも輝けるのだから)
-1-
窓から漏れる太陽の光に、私は気だるい身体をゆっくりと起こした。
何か夢を見ていたような気がするのに、思い出せない。
まぁ、夢なんて毎日みているものだろう。
覚えていることの方が少ないものをわざわざ気にしても仕方がない。
それに、寝覚めは悪くない。むしろいつもよりいいぐらい。
「いい天気みたいね。…今日は何をしようかしら。」
窓を開け放ち外の空気を吸い込むと、身体のだるさもなくなる。
また、人形を創ってみようか。そういえば、読みかけの魔道書もあった気がする。
「とりあえず、朝食でも食べながらゆっくり考えましょ。」
私はそう結論付けると、寝室を後にした。
「おはよう、アリス。」
部屋をでると蓬莱が声をかけて来た。
洗濯の途中なのか、明らかに自分よりも大きな籠を両手で抱えている。
「おはよう、蓬莱。あんまり無理しちゃ駄目よ。それから水には気をつけてね。」
一応注意してみたが、しっかりしている蓬莱のことだから大丈夫だろう。
「うん、わかってる。」
元気に返事をして外に向かって行く。
ふと、私はあることに気付いて蓬莱を呼び止める。
「ちょっと、蓬莱。」
「きゃっ、あっとっと。びっくりしたー。…どうしたの、アリス?」
急に話しかけて驚いたのか、籠をひっくり返しそうになっていたが、なんとか立て直したみたいだ。
「もう、そんなに驚くことじゃないでしょう。それよりいつも一緒にいる上海はどうしたの?」
「…………」
「?」
急に黙り込んでしまった蓬莱を、私は訝しげに見つめる。すると一言だけ微かに聞こえるぐらいの声で呟いた。
「埋めました。」
「あら!動機は?」
「ちょっと、鬱陶しくなって。」
「それは、しょうがないわね。それじゃあ、私は朝食を食べてくるわ。」
蓬莱とその場で別れると、私はいい香りのする食堂に向かった。
そこには予想通り、既に朝食が並べられていた。
奥のキッチンから出てきた上海と挨拶を交わす。
「おはよう、上海。埋められたって聞いたけど。」
「おはよう、アリス。って誰がそんな地味に酷いこと言ったの?」
「蓬莱よ。動機は、[最近私の出番を奪うから鬱陶しくなった。]だそうよ。」
そのまま蓬莱の言葉を伝えては芸がないので、多少誇張してみる。特に意味はないような気がするけど。
「そ、そうですか。」
…なにやら呟き始めた上海は、とりあえず放っておく。
「ええ。…それでは、いただきます。」
私は上海の料理を口に運ぶ。
…うん、美味しい。やっぱり私が教えただけのことはあるわね。
直接美味しいと言うのも飽きたから、ちょっと遠まわしに言ってみる。
「美味しいわよ、上海。特にこれなんて最高ね。」
「えっ!本当に?…………それは嫌味よね。」
最初は目を輝かして喜んだが私の指しているものを見ると素直になれないみたいなので、私も同じものを見てみる。
それはどこからどうみても、ただ焼いただけのパン。いわゆるトーストというやつね。
「丁度いい焼き加減よ。」
「やっぱり嫌味じゃないの。」
上海はちょっと拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
それはそれで可愛いから放置したまま、私は美味しい朝食を再開した。
朝食を食べ終わり、本を読んでいると蓬莱が帰ってきた。
「おかえり、ホウライ。ところで私は植物じゃないから埋められても光合成はできないのよ。」
「ただいまー。洗濯物ほしてきたよ。」
「お疲れ様、蓬莱。」
「うわっ、いきなり無視された!」
私は蓬莱にお礼を言ってから、また本に目を落とす。
「無視しないでよ。ちょっとさびしかったんだからね。」
「そんな時は、お日さまの方を向いて二酸化炭素を吸って酸素を吐き出せば、少しだけ気がまぎれるよ。」
「だから私は植物じゃないって……
またいつものように口げんかを始めた二人を気にしながらも、私はページをめくっていった。
その日の夜。
そろそろ寝ようかと思っていた時に、あることを思い出して蓬莱に聞いてみた。
「最近あなた夜更かししているみたいだけど、一体何をしているの。」
「エッ、ナンニモシテナーイヨ。ネェ、シャハーイ。」
「ウ、ウン。ホラーイハナニモシテナイーヨ。」
蓬莱は、おかしな発音で上海に助けを求めると、やはり発音がおかしい上海も同意する。
二人とも全力で動揺していることを表すように、手と首を振っているのが、ちょっと面白い。
「やっぱり、上海もいっしょに何かしているのね。」
「「アッ!」」
二人がいっしょに何かをしていることには気が付いていた。この子達が何か悪さをするとは思わないけど、一応念のため注意だけはしておく。
「あまり、無理はしないようにね。」
「「はーい。」」
怒られないと分かったからかいつもの調子にもどっている。
「それじゃあ、おやすみ。」
「「おやすみー」」
最後まで息がぴったりな二人は、他の人形が置いてあるアトリエに戻っていった。
アトリエはいつも人形を創る場所で、同時にたくさんの人形を保管している。大抵二人はここで眠るが、たまに私の部屋まで来ることがあった。
(…このごろはそれも減ってきているわね。)
そんなことを考えながら私は眠りに落ちていった。
-2-
翌日、私は身体を揺すられているような感覚で目を覚ました。
「もう、やめてよ。前に起こされなくても私はちゃんと起きるって言ったでしょ。」
ベッドの中で寝返りをうって、相手の方を見……る……? 時が凍りつくってことはあるのね。
「…あ、あれ?あはは。なんで?」
私は跳ね起きると、助けを求めるように視線を彷徨わせる。
すると、ドアの所で二つの影がこちらを覗いているのを発見した。
「ちょっとあなた達の仕業ね、これはどういうこと?ちゃんと説明しなさい、上海、蓬莱。」
「えへへ、その人形私たちが、作ってみたんだよ。」
「そうだよ、毎日ちょっとづつ、作ってたんだよ。」
声をかけると二人は以外とあっさり出てきた。逃げたらそれなりに酷い目にあうだろうけど。
成る程、だから毎晩遅くまで活動してたのね。うーんそれにしても、この子たちが人ぎょ……え? 時は何度でも凍りつくものらしいわ。
「えーーーーーー!!! ど、どうっやたの?」
「いつもアリスが作ってるの見てたから、それと同じようにしたんだよ。」
「すっごくがんばったんだよ。」
ま、まぁ、それなら出来ないことはない…のかなぁ? この子たちが作ったというのだから出来るのだろう。
まだ私を揺すっている人形を持ち上げてよく見てみる。…それにしても、
「そっくりじゃない。」
「でしょー。私たちもこんなに上手にできるなんて思わなかったから、びっくりしてたの。」
…はー、この子たちも成長したってことでいいか。
「しっかり、面倒見るのよ。」
「「もちろん!」」
「それじゃ、とりあえず朝食にしましょ。」
「「あっ!」」
なんとなく予想していた反応が返ってきた。余程人形が出来たことがうれしかったのだろう。
「やっぱり作ってなかったのね。いいわ、偶には私が作るから。ついでにこの子にも教えてあげようかし・・・!」
「「!?」」
そこまで言うと、二人は私の手の中から人形を奪って、大急ぎで部屋から出て行った。
どうやら自分たちで教えてあげたいようだ。やっぱり自分たちで創っただけに可愛いのだろう。
「だからといって、私に体当たりかますとは思わなかったけど。」
予想外の行動に驚き、まったく避けられなかった。
まぁ、このことは大目にみてあげるか。今朝はなんだか疲れたし。
それにしても、あの子は…
「………いたいわね。」
私は口の中でだけ呟く。
上海と蓬莱は気付いていないようだったけど、あの子には致命的な所に小さな小さな魔力の綻びがあった。その場所が核となる所だけ、に私にも修復は無理だろう。
私は、三人が開けっ放しにしていったドアを通り、食堂に向かった。
……それだけではないけど。
私は、やや焦げたパン(始めはこんなものだろう)を口に運びながら、ちょっと気になったことを聞いてみた。
「まだ、その子に名前は付けてないの?」
料理担当になったらしい上海に声をかけてみる。蓬莱は、今頃慌てて洗濯をしているのだろう。
「そういえば、全然考えてなかった。」
「ちゃんと、考えてあげなさい。その子も私たちの家族なんだから。」
「え! この子も私たちの家族になっていいの?」
「当然でしょ。それとも私は仲間外れかしら。」
首をぶんぶん振って否定する、上海。
「あと、喋れないの?」
朝からジェスチャーばかりで、一言も話していない。
「うーん、そうみたいなの。なんでだろう?アリスには分かる。」
「さあ、そこまでは私にも分からないわ。」
心当たりがあることはあるが…
「私と蓬莱には、離れていても意思を伝えることが出来るんだけど。」
「なら、大丈夫でしょ。いざという時にあなた達がそばにいられなかったら、この子が可哀想だもの。」
私は、次はもっと美味しくね、と言って新しい命の頭を撫でてあげる。
すると懐かしい笑顔を私に向けてくれる。どこか上海や蓬莱に似ている。
後何回この子の頭を撫でて上げられるのだろうか。
二人があの子に付いているようになり、私も家事に参加するようになって少しだけ忙しくなった。
上海と蓬莱は毎日いろいろなことを教えていた。あの子もそれを必死に覚えようとしていた。
私もたまに、二人にそれとなくアドバイスしたり、時には直接こっそり教えてあげた。
それを精一杯、一生懸命にこなそうとするところは、やっぱり私を和ませてくれる。
そして、上手く出来たときは笑顔で、失敗したりあまり上手く出来なかった時はちょっと困った顔で、あの子の頭を撫でてあげた。
その度に上海と蓬莱に伝えていたのか、私はよく二人に睨まれてしまった。
しかし、結局名前は決められずにいた。
それはそうだろう。もともとあの子には名前を付けてあげていなかった。
私が名前を付け始めたのは上海と蓬莱からなのだから。
-3-
そして、今日は運命の日
やはり満月なのは、偶然なのか
いや、違うのだろう。これは私が潜在的に仕組んでしまった、偶然
そう、これは必然
その日の夜、いつもなら既に眠りについている時間。
私は、アトリエの前の廊下に立っていた。
以前、私が来たときにはもう遅かった。でも今回は絶対…。
私はゆっくりとノブを廻し扉を開ける。
窓からの満月の光が照らすこの部屋は、何度見ても幻想的で…
でも、やっぱり少し明るすぎるようね。
私は部屋に入り、床にある三つの影にゆっくりと近づく。
その内の二つが私に気付いたのか、顔をこちらに向けてきた。
「あ、アリス。どっ、どうしよう。この子が、この子が。」
上海が今にも涙を流しそうになりながら言ってきた。
綻びは大きくなり、魔力がそこから流れ出してしまっている。
こうなってしまったら、もう長くはないだろう。
「…………」
私は何も言わずに、未だ床に倒れたままの新しい命に近づいていく。
そして、手に取り、
「やっぱり・・・そうなのね。・・・・・・でも。」
呟いて、抱き寄せる。
あの時と同じように。…でも、この命はまだ生きている。
だから、言わなくてはいけない。
(それを私の声で)
それを、伝えなくてはならない。
(あの時と同じ想いを)
あの時と同じ笑顔で。
(涙ではいけない)
「ありがとう。」
「アリガトウ。」
その瞬間、私には聞こえるはずのない想いが届いた。
懐かしくて、愛しくて、今も私の中で生きている想い。
この想いを私は絶対に忘れない
私は今にも消えかけそうな灯火を、床でじっと見守ってくれていた上海と蓬莱に渡してあげる。
「この子は、この命は、もう長くはないわ。私にも直してあげられない。でも、どうすればいいのかは分かるわね。」
二人が頷いたのを確認した私は、三人の頭を撫でてあげる。
「本当に…ありがとう。」
そして、私はアトリエを後にした。
もう、あの部屋に私の居場所はない。後はあの子たちがしなければいけない。
でもきっと、あの子の灯火が消える前に二人は伝えることができるのだろう。
私の想いは二人にも伝わっているはずだから。これは上海と蓬莱を創るときに刻んだ<>。
…これは、夢?
懐かしい場所ね。
ここはあの子と見つけた、森の中にある小さな広場。
あの子といっしょによくここで遊んだわね。
あの子が死んでからはここに来るのが怖かった。
でも今なら…
-4-
翌日から私は、昼までの間、少し落ち込んでいる上海と蓬莱といっしょに家事をすることにした。
それなりにショックだったみたいだけど、しっかり受け止めているようで引きこもることはなくて安心した。
これなら、二、三日もすれば前みたいに元気になってくれるだろう。
そして、昼が過ぎた後は…
「あら~、荒れてるわねー。」
私は一人で例の広場に来ている。
しかし、そこは見事なまでに荒れ果てていた。
何年間も様子を見にさえ来なかったんだからあたりまえかな。
「流石にこれを一人で何とかするには、時間が掛かりすぎるわね。」
初めてこの広場を見つけたときは、あの子と二人で手入れをしたのを思い出す。あの時もかなりの日数を費やした。
「ふふ、でも今回の私はあの頃とは違うわ。」
とりあえず、今日は下見に来ただけ。
一応、他の人形も作動させているとはいえ、上海と蓬莱をあまり長い時間ほうっておくのは心配だ。
私は家への道を急ぐことにした。
今日はあの子が亡くなってからから、四日目。
上海と蓬莱も前日から元気になり、私も昼過ぎから広場の手入れを開始することにした。
「さあ、皆。時間は少ないわ。きりきりここを綺麗にするわよ。」
私は家事を上海と蓬莱に任せて、残りの人形を総動員させた。物量作戦であり、質も高い。
これならなんとか間に合うはず。
六日目………[私たちの誓い]
「それじゃあ、私たちは出かけるから、後のことは頼んだわよ。」
お昼をとってしばらくすると、御主人様は他の人形たちを連れてそそくさとどこかへ行ってしまう。
家に取り残されたのは私とホウライだけ。私たちが残されることは普段滅多にない。
ううん、最近はほとんど毎日だから珍しくないのかも。
あ、でも御主人様はほとんど外出しない人だから、やっぱり珍しいのかも。
でも、どこかに行くときはだいたい私か、ホウライ、またはいっしょにってことが多かった気がするから・・・
「どうしたの、シャンハイ?」
私がいろいろ悩んで、家の庭をぐるぐる回っていると、ホウライが心配そうに声をかけてくれた。
「エッ!?ナンデモナイーヨ。」
不意に話しかけられたので、びっくりしておかしな言葉が出てしまう。
こんなことで驚くなんてまだまだ修行が足りないわ(ぎゅっ)
「ほんとに大丈夫、いきなり握り拳なんてつくって。」
魔法の森の奥にあるお屋敷の庭で、ホウライが心配そうな目で私を見ていた。(ちょっと心外)
しばらくホウライと弾幕ごっこで遊んで・・・もとい特訓しているとホウライが近くに寄ってきた。
「それじゃあ、今日は私が部屋の掃除をするから、シャンハイは洗濯物を取り込んでおいて。」
何ごともなかったかのように言って、くるりと反転、家に入ってしまう。
私はその間も弾幕を出し続けていたのに一発もあたらない。ホウライが見えなくなって私はやっと弾幕をしまう。
「む、むきゅー。」
「それは違う人の台詞よ~。」
ご丁寧にドアから顔を出して、注意してくれる。
うん、やっぱりホウライは優しいから好き。
洗濯物を取り込むのは結構大変だったりする。
何十体といる人形の服が竿いっぱいに干されているからだ。
「これはキョウちゃんの分、やっぱり和服ー。こっちはアリスの下着だー。」
お日さまの光を浴びた服は、なんとなく気持ちいい。
ひと通り洗濯物を取り込んでから家に入ると、なんだかいい香りが漂ってきた。
匂いに誘われてふらふらと飛んでゆくと、そこではエプロンをつけたホウライが夕餉の準備をしていた。
「今日は何作ってるの。」
「今日はシチューよ。シャンハイもちょっと手伝ってくれる?」
「うん、いいよ。」
私もエプロンをつけてホウライの隣に並ぶ。このエプロンもホウライがつけているのも御主人様が作ってくれたもの。
おそろいの形でそれぞれ自分の名前の刺繍が入ってて、とってもお気に入り。
「そっちは、もう大丈夫そうだね。じゃあ私はサラダを作っておくね。」
「ありがと、お願いね。」
何かを作るっていうのはとっても楽しい。でも、それはとても大変な事というのも少し前に勉強した。
料理も後はシチューを煮込むだけになり、ホウライとお話をして時間をつぶす。
「ホウライは、毎日アリスがどこに行ってるのか知らない?」
「ううん、知らないよ。」
ひとつの椅子の上にいっしょに座り、シチューの入った小さなナベをなんとなく眺める。
「気にならないの?」
「ちょっと気になる、けど大丈夫よ。もし危なくなったら私たちを召喚するはずよ。」
「それは、そうなんだけど…。」
「それより、シチューの味見をしてくれる?」
そう言ってホウライはシチューを小皿にわけて私にくれる。
「・・・おいしいよ。また腕を上げたんじゃない?」
「そうなの?よかった。」
安心したように身体の力を抜くホウライ。
どうやらホウライは食べ物の味がよくわからないらしく、私が味見係を担当している。
味覚はもともと人形には必要ないものだからかもしれない。それでもホウライの料理は作る度においしくなっていくのはなんでだろう。
今では同じ料理を作れば、私よりおいしいものができてしまう。
「どうしたの、怖い顔して。」
私がじっとホウライの顔を見ていると、頭上に?マークを浮かべて聞いてきた。
「別に、なんでもないよ。」
アレンジなら負けないんだから。
ホウライは味が分からないから料理を工夫することができない。もし、アレンジまでできたら私の勝てるところがなくなってしまう。
そんなことを考えたらちょっと気が晴れた。
「アリスのことなら大丈夫よ。あの日の誓いは覚えてるでしょ。私たちが置いていかれることは絶対にないわ。」
どうやらホウライは私の怒りの視線の意味を勘違いしたようだ。
でも、そのおかげで<あの日>のことを思い出せた。巡りめぐって明日はちょうど誓いの日。
「そうだね・・・うん、もう大丈夫。」
「ただいま、上海、蓬莱。今日も一日お疲れ様。」
その時、ちょうどご主人様が帰ってきた。
一週間後、今日は<あの日>
「それじゃあ、皆行くわよー。」
「いってらっしゃーい。」
庭先で上海と蓬莱が見送ろうとする。やっぱりわかってない。
「何言ってるのよ。あなたたちがいなくちゃ始まらないでしょ。」
「えっ、いいんですか。」
「当然でしょ。今日は<あの日>なのよ。」
それだけ言って、私は他の人形たちと森に入っていく。後ろでは、二人がついてくる気配をしっかり確認しながら。
広場に着くと、二人は驚いて声も出ないようだ。…なんだか、しばらく前の私を見ている気がする。
がんばった甲斐があったわ。
「ふふ、どう? びっくりしたでしょ。この森にこんな広場があるなんてちょっと思わないものね。」
二人は必死に頷いてくれる。目はまん丸になってるし、かわいいなぁ。
「少し前に、この場所を思い出してね。何かに使えないかと思ってたの。丁度今日が<あの日>だったからそれで使おうと思ったのよ。」
今日はこの子たちの誕生日。
いろいろなことをたくさん経験して、成長してくれた。
それと一緒に私も成長することができたわ。
だから今なら話してあげられる。
これから話すのは、二人が生まれるほんの少し前の物語………
………[いつかの誓い]
大抵の者は寝静まり、妖怪が活気に跋扈する深夜。月はこれでもかというほどに光を放ち、自己を主張する。
深い深い森の中の、ある程度開かれた場所にある一軒のお屋敷。そこの主、アリス・マーガトロイドも今はベッドで静かに寝息を立てていた。
「・・・・・。」
しかし、何かが抜け落ちたような脱力感と、人形からの信号で目を覚ましてしまった。
「これは、まさか…」
アリスは不吉な予感に導かれると寝室を出て、人形の置いてある部屋に向かう。
歩きなれた廊下、だが踏み出す一歩は重く、部屋までの距離はいつになく遠く感じる。
いつもより時間をかけてその部屋にたどり着くと、ゆっくりとノブを廻し扉を開ける。
窓からの満月の光に満ちた部屋の中は、いつもより幻想的な姿を見せる。それ以外は何一つ変わらぬ光景。
ただ、大切なものが失われていた。それを隠すには月の光は明るすぎた。
アリスは部屋に入り、棚にちょこんと座している一体の人形を手に取り、
「やっぱり・・・そうなのね。」
呟くと、人形を胸に抱き寄せる。
いつかこの日が来ることは分かっていた。それに対する心構えもしていたつもりだった。だがそんなものは何の役にも立ちはしない。
人形の術式の綻びに気づいたのは数週間前、気づいていながら何もできない自分が歯痒い。無理にそれを直しても、姿、形だけ同じ違う人形になってしまう。
そうしてしまうことは、アリスには耐えられないことだった。魔界から人間界に来て初めて創ったこの人形は、唯一心を許すことができる存在。
心に残るのは人形と過ごした日々。
始めは不器用で失敗も多かったけどいつも必死にがんばっていた。
段々と慣れて、家事なら一人でこなせるようになった頃には弾幕まで覚え初めてくれた。
最終的には弾幕ごっこのパートナーにまでなり、その時は本当に嬉しかった。
それでも精一杯で一生懸命な姿はアリスを和ませてくれる。
思い返すのは、二人で見つけた広場での楽しかった時間、一体の人形との至福の空間。
思い出は自然と溢れ、涙と微かな笑みがこぼれだす。
最期に、胸に抱いた永遠に動くことのない人形に目を落とす。
その表情は穏やかで満ち足りているようだった。
だからアリスも最期に人形が伝えてくれた言葉をそのまま返す。
後悔ではなく、感謝を込めて。
涙ではなく、笑顔で。
「ありがとう。」
月明かりが照らす部屋の中で、少女はいつまでも人形を抱き続ける。
そして、そのままの姿勢で人形の術式を完全に解く。
もともとアリスの魔力の糸で紡がれていた人形は、固定するものがなくなると空気中に霧散し純粋な魔力に戻る。
アリスはその魔力の残滓をすくい上げるように丁寧に取り込んでゆく。
その子との思い出を確かなものにするために。
その子との時間を忘れないために。
一週間後、私は二体の人形を完成させた。
初めての人形が動かなくなってしまった部屋は、あの後アトリエにすることにしたわ。
あの子が見守っていてくれる気がするから。人形作りを続けていることをあの子に知らせたいから。
私は新しい子たちに声をかけてみる。
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「調子はどう、上海、蓬莱。」
・・・誰かが話してる。
ここはどこ?・・・目の前にいる人は誰?・・・何を言ってるの?・・・私は誰?
「考えては駄目よ。この世界を感じるの。あなたたちは基本的なことは既に知っているはずよ。」
優しい声が教えてくれる。私という存在がどういったものか、伝わってくる。
「落ち着いたみたいね。私はアリス。・・・一応、あなたたちのご主人様ね。」
「ごしゅじんさま?」
「そうよ、上海。」
そう言って私の頭を撫でてくれる。
「しゃんはい?」
「ええ、それがあなたの名前。私からの最初のプレゼントよ。」
頭を撫でてくれる手が温かくて気持ちいい。
「こっちのあなたは、蓬莱よ。」
横に目を向けてみると<ほうらい>と呼ばれた子が、私と同じように頭を撫でられている。
「それじゃあ、今から私たち三人は親友となり、家族となるのよ。これは私からの最初で最後の命令。」
それは、私とホウライにしか与えなかった命令。
それからは、いろいろと頼まれたけど命令は一つもなかった。いつも私たちには拒否権があった。
もちろんそれを断ったことなんて一度もない。
だから、私たちが彼女を呼ぶときは…
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「「アリスー」」
「きゃっ!?いきなりどうしたの。」
話が終わると二人は急に私の胸に飛び込んできた。
「「ありがとう」」
「・・・ありがとう。」
私は同じ言葉をこの子たちに返して、あの時のように頭を撫でてあげる。
辺りはいつの間にか暗くなって、空に昇った月は少しだけ欠けている。
その周りでは無数の星たちがしっかりと輝いている。
(月はやっぱり少し欠けているぐらいがいいわね。その方が周りの子たちも輝けるのだから)
時間軸の繋ぎ方でちょっと「切れ目が判りづらいかな?」とは思いますが、「埋めました」「あら!動機は?」や「いい焼き加減よ」などのやり取り、何となくアリスと人形の会話らしいという感じがして好きです。個人的に萃夢想アリスちっく。