今夜はあいつが来ていない。
こんな夜は出かけるのもいいわね。
そう思い、家を出るわたし。
ああ、気持ちいいわね。
たまにはこういうのも。
境内裏は静かで、月明かりの所為か幻想的に映る。
昼間見るそれとは一変した世界。
草木の創る影が描くそれは、不気味さと妖しさを醸し出す。
まるで、この世界の一面を表しているかの様。
それを… 唐突に
本当に唐突だけれども、ロマンティックだなんて思ってしまった。
「なにのんきな事考えてるのかしら…」
自分の思考に少し呆れる。
今思えば、油断していたのだろう。
風もないのに影が動くなど、ありえないのだから。
ふと顔を上げると、周囲は先ほどよりも暗くなっていた。
雲はでていない。
月の輪郭はそのままはっきりしている。
だというのに、辺りは明るさが失われている。
その理由は、ほんの数間ほど離れた所にあった。
夜を萃めたかの様な影。
その中心に見える人型は、赤いリボンをした妖怪だった。
遠くに人影が見えた。
夜動く人間は取って食べても良いって聞いた様な気がするから近づいてみた。
ちょうどおなかも空いてたし。
(わたしの周りはいつもそうだけど)暗かったし、結構遠いからしっかり見えた訳じゃないけど。
髪を後ろで結んでる、紅と白の人間。
おなかもすこし空いたし、食べちゃおうかな。
「あんた誰?急に出てきたりして」
相変わらず影の中にいる、その金髪の少女に向かって話しかける。
「え~、さっきから居たよ~?」
「暗いから見えなかったわ」
実際気がつかなかったし。
「もしかして、鳥目?」
「違うわよ」
「ふ~ん。ところでさ」
少女の表情が、変わる。
それまでの人懐っこい笑顔が、にわかに妖艶さとも取れる艶を帯びる。
そして。
「あなたのこと、食べていい?」
「あいにくだけど」
そう簡単に食べられてたまる物か。
その一言を契機として、弾の応酬が… 始まる。
そうとなれば、先手必勝。
呪を、まじないを込めた符。
自らの持つちからをそれに流し、符に織り込まれた陣を展開する。
彼女の手を離れた大量の符は、彼女を中心に広がり、金髪の少女を前後から挟み込んでゆく。
妖怪を封じる為の符。
それは少女を囲み、まるで結界のように、四方を覆う。
侵食される世界を前に、しかし少女は笑顔のまま。
少女を包む符の顎が閉じる直前。
少女の体は影に分解され、闇の塵となり、崩れ落ちる砂の城の様に舞ってゆく。
黒い粒子は一帯の光を奪いながら拡散し、彼女を飲み込む。
夜に飲み込まれる空間。
星の輝きはおろか、月光すら隔離された場所。
そこに取り込まれた彼女。
光が射さない、宵闇の空気。
視覚は失われたも同然。
刻の流れすら奪われたかのような暗闇の中。
永久とも刹那とも取れる時の隙間を挟んだ後に、彼女が感じたのは灼ける様な… 月の光。
細い、蜘蛛の糸の様な輝きは、彼女を囲む白糸の滝。
幾条もの糸は月光の冷たさ、蒼さ、狂気を以って熱せられた柱を育てる。
月光の樹の森の中。
それらは生きているかの様に彼女を取り囲み、彼女の元に集束するかの如く蠢く。
狭まる蒼光の檻に囚われた彼女に異変が起きたのは、その時だった。
強く押されるような感触と共に、胸から突き出るいくつかの突起。
数秒間、完全に止まる呼吸。
さらに遅れて伝達される感覚。
喉の奥から溢れてくる鉄の味と共に、耳に入るは甘美を帯びた声。
「あなたの体、温かいね」
右の手のひらに伝わる暖かい色。
手首を伝ってゆく熱。
ぬるぬると、とくとくとしている、その手触り。
ああ、なんて美味しそうなんだろう。
だから、一言だけ。
「食べても良いよね」
返事なんて待たない。
だって、今わたしが興味があることは「どうやって取り出すか」だけ。
このまま無理矢理取り出したら背骨に引っかかって破れちゃう。
左手で背骨だけ先に取っちゃおうかな。
撫でまわされるわたしの中。
体内にこもる熱に意識を焼かれながら。
押し破られる背中の皮膚。
蹂躙される背骨。
左手で掴まれて抉るように捻り、引き抜くように力を込められる。
悲鳴をあげるわたしの体。
背骨の削れるごりという音。
神経の断ち切れたぶつりという音。
肋骨の割れるぴしりという音。
その音を聞くと同時に引きずり出されるわたしの一部。
途切れる下半身の感覚。
背中に穿たれた赤黒い孔。
そこから取り出された鬼灯の形。
同じ色の液体に塗れたそれは、金髪の少女の右手にある。
吹き出る果汁で紅く染まる少女の白いシャツ。
片手に納めるには少し大きいその果実を両手で口元へ運び、むしゃぶりつく少女。
口から、顎から滴り落ちるその液体はシャツをその瞳と同じく、紅で染め上げる。
それを視界の端に収めつつも、既に自力では立っていられない。
それは、流れ落ちる熱の所為。
鬼灯色の温もりはわたしの中から抜け落ちる。
体の内側は灼けて、しかし凍えるほどの寒気。
視界と記憶は、そこで白く紅く黒く塗りつぶされていた。
「で、それであんな所で死んでたって訳?」
霊夢に入れてもらったお茶をすすりながら首肯する。
朝。
意識が戻った時には傷も一応塞がってはいた。
喉の奥に溜まる少し固まった血が気持ち悪かったので、全部吐いていた。
その音が聞こえたのだろうか。
朝の掃除をしていた霊夢がわたしを見つけて「とりあえずこっち来なさい」と、呼びつける。
「ああもう血だらけじゃないの。お風呂沸かしてくるから早く上がりなさい」
躊躇していると、無理矢理連れて行かれた。
風呂が出来るまでの間、お茶を飲みながら昨夜の事を話す。
散歩に行ったこと。
辺りが暗くなったこと。
そして金髪の少女に襲われたこと。
「そりゃルーミアね」
霊夢の話によれば、昨夜の少女は宵闇の妖怪らしい。
人食いだった所為でわたしも襲われたんだろう。
そんな話をしているうちに風呂も沸いた。
熱い湯に浸かってると、嫌な事も何もかも忘れる。
千年生きててもこの瞬間はたまらない。
ああ。
生きているってなんて素晴らしいんだろう。
こんな夜は出かけるのもいいわね。
そう思い、家を出るわたし。
ああ、気持ちいいわね。
たまにはこういうのも。
境内裏は静かで、月明かりの所為か幻想的に映る。
昼間見るそれとは一変した世界。
草木の創る影が描くそれは、不気味さと妖しさを醸し出す。
まるで、この世界の一面を表しているかの様。
それを… 唐突に
本当に唐突だけれども、ロマンティックだなんて思ってしまった。
「なにのんきな事考えてるのかしら…」
自分の思考に少し呆れる。
今思えば、油断していたのだろう。
風もないのに影が動くなど、ありえないのだから。
ふと顔を上げると、周囲は先ほどよりも暗くなっていた。
雲はでていない。
月の輪郭はそのままはっきりしている。
だというのに、辺りは明るさが失われている。
その理由は、ほんの数間ほど離れた所にあった。
夜を萃めたかの様な影。
その中心に見える人型は、赤いリボンをした妖怪だった。
遠くに人影が見えた。
夜動く人間は取って食べても良いって聞いた様な気がするから近づいてみた。
ちょうどおなかも空いてたし。
(わたしの周りはいつもそうだけど)暗かったし、結構遠いからしっかり見えた訳じゃないけど。
髪を後ろで結んでる、紅と白の人間。
おなかもすこし空いたし、食べちゃおうかな。
「あんた誰?急に出てきたりして」
相変わらず影の中にいる、その金髪の少女に向かって話しかける。
「え~、さっきから居たよ~?」
「暗いから見えなかったわ」
実際気がつかなかったし。
「もしかして、鳥目?」
「違うわよ」
「ふ~ん。ところでさ」
少女の表情が、変わる。
それまでの人懐っこい笑顔が、にわかに妖艶さとも取れる艶を帯びる。
そして。
「あなたのこと、食べていい?」
「あいにくだけど」
そう簡単に食べられてたまる物か。
その一言を契機として、弾の応酬が… 始まる。
そうとなれば、先手必勝。
呪を、まじないを込めた符。
自らの持つちからをそれに流し、符に織り込まれた陣を展開する。
彼女の手を離れた大量の符は、彼女を中心に広がり、金髪の少女を前後から挟み込んでゆく。
妖怪を封じる為の符。
それは少女を囲み、まるで結界のように、四方を覆う。
侵食される世界を前に、しかし少女は笑顔のまま。
少女を包む符の顎が閉じる直前。
少女の体は影に分解され、闇の塵となり、崩れ落ちる砂の城の様に舞ってゆく。
黒い粒子は一帯の光を奪いながら拡散し、彼女を飲み込む。
夜に飲み込まれる空間。
星の輝きはおろか、月光すら隔離された場所。
そこに取り込まれた彼女。
光が射さない、宵闇の空気。
視覚は失われたも同然。
刻の流れすら奪われたかのような暗闇の中。
永久とも刹那とも取れる時の隙間を挟んだ後に、彼女が感じたのは灼ける様な… 月の光。
細い、蜘蛛の糸の様な輝きは、彼女を囲む白糸の滝。
幾条もの糸は月光の冷たさ、蒼さ、狂気を以って熱せられた柱を育てる。
月光の樹の森の中。
それらは生きているかの様に彼女を取り囲み、彼女の元に集束するかの如く蠢く。
狭まる蒼光の檻に囚われた彼女に異変が起きたのは、その時だった。
強く押されるような感触と共に、胸から突き出るいくつかの突起。
数秒間、完全に止まる呼吸。
さらに遅れて伝達される感覚。
喉の奥から溢れてくる鉄の味と共に、耳に入るは甘美を帯びた声。
「あなたの体、温かいね」
右の手のひらに伝わる暖かい色。
手首を伝ってゆく熱。
ぬるぬると、とくとくとしている、その手触り。
ああ、なんて美味しそうなんだろう。
だから、一言だけ。
「食べても良いよね」
返事なんて待たない。
だって、今わたしが興味があることは「どうやって取り出すか」だけ。
このまま無理矢理取り出したら背骨に引っかかって破れちゃう。
左手で背骨だけ先に取っちゃおうかな。
撫でまわされるわたしの中。
体内にこもる熱に意識を焼かれながら。
押し破られる背中の皮膚。
蹂躙される背骨。
左手で掴まれて抉るように捻り、引き抜くように力を込められる。
悲鳴をあげるわたしの体。
背骨の削れるごりという音。
神経の断ち切れたぶつりという音。
肋骨の割れるぴしりという音。
その音を聞くと同時に引きずり出されるわたしの一部。
途切れる下半身の感覚。
背中に穿たれた赤黒い孔。
そこから取り出された鬼灯の形。
同じ色の液体に塗れたそれは、金髪の少女の右手にある。
吹き出る果汁で紅く染まる少女の白いシャツ。
片手に納めるには少し大きいその果実を両手で口元へ運び、むしゃぶりつく少女。
口から、顎から滴り落ちるその液体はシャツをその瞳と同じく、紅で染め上げる。
それを視界の端に収めつつも、既に自力では立っていられない。
それは、流れ落ちる熱の所為。
鬼灯色の温もりはわたしの中から抜け落ちる。
体の内側は灼けて、しかし凍えるほどの寒気。
視界と記憶は、そこで白く紅く黒く塗りつぶされていた。
「で、それであんな所で死んでたって訳?」
霊夢に入れてもらったお茶をすすりながら首肯する。
朝。
意識が戻った時には傷も一応塞がってはいた。
喉の奥に溜まる少し固まった血が気持ち悪かったので、全部吐いていた。
その音が聞こえたのだろうか。
朝の掃除をしていた霊夢がわたしを見つけて「とりあえずこっち来なさい」と、呼びつける。
「ああもう血だらけじゃないの。お風呂沸かしてくるから早く上がりなさい」
躊躇していると、無理矢理連れて行かれた。
風呂が出来るまでの間、お茶を飲みながら昨夜の事を話す。
散歩に行ったこと。
辺りが暗くなったこと。
そして金髪の少女に襲われたこと。
「そりゃルーミアね」
霊夢の話によれば、昨夜の少女は宵闇の妖怪らしい。
人食いだった所為でわたしも襲われたんだろう。
そんな話をしているうちに風呂も沸いた。
熱い湯に浸かってると、嫌な事も何もかも忘れる。
千年生きててもこの瞬間はたまらない。
ああ。
生きているってなんて素晴らしいんだろう。
このお話のそーなのかーは怖いですね。更にリボンが外れてEX化したらどうなるのかとか考えるとガクブルモンです。
明日からは夜道に気をつけよう(何)。