……
……
……
「…………貴方、本気で言ってるの?」
かれこれ13回にも及ぶ問いかけを私は放った。
本来こういう不毛な問答は、私の好む所ではない。それにきちんと理を説いて諭せば、普段の彼女なら分かってくれる筈だった。だが……あまりに常軌を逸した要求を、妹様の『害為す魔の杖』のように幾度と無く振りかざす、目の前の瀟洒な少女には、もう如何なる説得も通じないようだ。
(――迂闊なことを彼女に漏らしてしまったのは私、とはいえ……)
私は手元に開いている魔導書から、恐る恐る視線をあげ――なるべく、いや、絶対に今の彼女と目を合わせないようにして――完全で瀟洒な筈のメイド長、十六夜 咲夜を覗う。
……
……
……
うわ。
駄目だ。
……見なければ、良かった。
――狂気の紅眼だ。この私を前にして、攻撃色を発するとはいい度胸ね……と言いたいところだが、やめておこう。色々と洒落にならない程度に、その眼には真剣で、切実で、真摯な妄念の、純粋な輝きが宿っていたからだ。下手に逆らうとレミィの友人たる自分の立場などお構いなしに――むしろ「お嬢様に必要なのは…私だけぇぇーーー……なのよ」とか言い出し、嬉々として殺人ドールを無制限にぶっ放されそうだ。七曜の賢者たる私が、たかが人間の能力者に負けるとも思わないが、この娘の執念と恨みぱわーは、まさかの事態を引き寄せる可能性が高い。
(本当に、恐い娘………十六夜咲夜。)
心なし顔を青ざめ、白い目で彼女を見やり、口を覆う。
「パチュリー様。何度止めようとも、私のケツイは……微塵も揺るぎません。いい加減諦めて、ちゃっちゃと『例の魔法』を私に掛けちゃって下さい。あまり聞き訳が無いようでしたら―――ほんの少しだけ、軽くお掃除しますよ? この図書館がトリウム崩壊を起こす程度に」
(……とうとう、露骨な脅迫を織り交ぜてきたか。段々と地が出てきたわね、彼女……。)
中国あたりなら、最初の『お願い』で容易く膝を屈していた事であろう。とはいえ、そろそろ私も……疲れてきた。なにも知らない私の親友には悪いが、もう…いいよね? うん、頑張ったわ、私。こんなに恐ろしい殺人鬼を前にして、13回も理不尽な恫喝を退けたんだもの。レミィの友人としての義理は、充分果たしたわ……多分。
大きく溜息をつき、とうとう私――パチュリー・ノーレッジは悪の軍門に屈した。
「――――わかったわ。それほど言うのであれば、貴方の望み……叶えましょう。けど―――」
「けど? なんですか、もったいぶらずにとっとと仰りやがってください。パチュリー様」
(……慇懃無礼ね。天然なのか、矢張りどこか抜けてるわね…咲夜は。)
お預けを喰らった犬のように息を荒らげせっつく咲夜を前に、しばし黙考。
(いいのかしら、本当に。これは―――人としてかなり間違ってるような―――)
……
(……まぁ、いいか。考えてみりゃ、この館で生粋の人間は咲夜だけだし。その彼女がいいと言ってるんだから、いいのかな。ぶっちゃけ、もうどうでもいいわよ。とくに――命にかかわることでもないしね)
「けどね、咲夜。これだけは―――約束して頂戴。レミィを……貴方のご主人様を、決して傷つけたり、泣かせたりしないでね。それが守れるなら、すぐにでも『狼化の儀式』に取り掛かりましょう」
「―――ありがとうございます、パチュリー様。でも、そんな条件、今更言うことも無いですわ。有る筈が無いじゃないですか……この私が、お嬢様を傷つけるなんて。…そう、あの御方を泣かせる不届き者は、この――永遠に幼き(ここ重要よ)紅い満月の後――十六夜の月を護る、この咲夜が、時の狭間にある無間地獄に叩き込んで差し上げます。一匹の例外も無く」
(わかっちゃいたけど、相当逝かれてるわね……つまりは、レミィを泣かせるならこの私ですら容赦はしない、てことか。――凄まじいまでの忠誠心…なのかな? これは。……歪みきった愛ね)
またも溜息。でもまぁ了承してしまったのだから、仕方が無い。ここで「やっぱり良くないわよ、レミィの気持ちも考えないで」とか正論を吐いたら、ぬっ殺されそうだ。出来る、出来ないはともかく…確実に。なぜなら、アレ(冥土長)は……そういうモノ(鬼)だから。
「――――では、これより『狼化の儀』を執り行うわ。まず用意するものは――――」
・‥‥…━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋
れみりゃお嬢様と、可愛いわんこの「はぐはぐ生活」
╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━…‥‥・・
「私、狼が飼いたいわ。――咲夜、何処かから調達してきなさい。なるべく可愛い奴ね♪」
ある曇り空の、いい吸血鬼日和のことであった。
紅魔館にていつも通りに午後のお茶をたのしむ、お嬢様とその友人。レミリア・スカーレットとパチュリー・ノーレッジ。希少品と愛の雫をたっぷり注ぎ込んだ緋色の紅茶を給仕しながら、赤い悪魔の忠実なる番犬、十六夜咲夜はそのおねだりを聞いた。
「……狼、ですか。これまた唐突ですね」
「狼、ねぇ…大方、レミィのことだから『真の吸血鬼には、夜の眷属――そう、闇夜に疾駆する猛き従者が必要なのよ!』とか思いついたんでしょ」
「あら、さっすがパチェねー、正解。実はね…格の高い私に不足しているものがなにか、昨日お風呂に入りながら一生懸命考えてみたの。そしたらね、天啓のようなものが降りてきたんだ。…あれは確か、くるぶしのあたりを洗ってる時だったかな。あそこを(くるぶし)ごしごし擦りながら、泡がもこもこって出るのを見てたら、なんか、こう……『びくーーーん』と来た訳よ。ふわふわのもこもこ、可愛らしい狼のイメージが。だからね、咲夜―」
身振り手振りで無邪気に語り続けるレミリアを、餓えた狼の目つきで眺める瀟洒なメイド。
あるじの熱弁も…今の彼女の、時空を遮断したプライベートな世界には、届かない。
「…………………………」 ハァハァ……ハーハー……ハッハッハッ(少女、犬みみもーど中)
(お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様がお風呂、お嬢様とお風呂! ブフォォオオーーーーーーーーーーッ!!!!!!!)
……
……
「………(じとー)」 (……嫌なメイドね。レミィにその変態性を気づかせぬ辺り、熟練の匠を感じさせるわ)
「あー、もう! 聞いてるの? 咲夜。なんとか言いなさいよ、ぼうっとしてないで」
「―――――はっ。 はい! 私はいつでもおーけーですわッ! お嬢様の頼みとあらば、たとえ緋の中お湯の中、物の数では御座いませんッ」
「へぇー、さすが咲夜! んじゃ、よろしく頼んだわよ。期待してるわね」
「ええ、お任せを! 不肖十六夜咲夜、お嬢様のからだの隅々まで残さず舐め尽し…いえ、キレイにして差し上げます! 今夜にでもお呼び下さいませッ」
「気合充分ね! 今夜に連れてくるとは、随分仕事が早いなぁ。それでこそ、この私の従者だわ」
「………(会話になって無いわよ。二人とも相手の話、全然聞かないし。…ま、いいか。楽しそうだから)」
一人冷静に紅茶を啜る七曜の賢者。二人のズレまくった会話に気づきながらも、彼女は無粋な口出しはしない。
なぜなら『賢者は黙して語らず』と、どっかで読んだ本に書いてあったからだ。概ね間違いではないものの、やはり使いどころを微妙に間違えてるあたり、彼女も立派な紅魔館の住人である。
………
………
………
―――そして、優雅なお茶会は終わりを告げた。その後、自らのテリトリーに引き上げた彼女の元へ訪れたのは―――
「パチュリー様、狼って何処に居るんですかねぇ。普通に山に行けば沢山生ってるもんでしょうか」
……ハァ? 何を言ってるのかしら、このすっとぼけたメイドは。
「……木には生ってないと思うわ。そうねぇ…幻想郷で一般的なのは『ニホンオオカミ』あたりかな。
そこらの山に行けば、腐るほど居るわよ。―――それだけ、外の世界では幻想になりつつあるのね。
ただ、レミィの言う『ふわふわのもこもこ』とはかけ離れた、単なるケダモノだけど。
彼らは犬科のクセにとても気高いから、到底飼いならせるものではないわね。残念だけど諦めたほうがいいかも」
「………(ケダモノ…お嬢様に忍び寄る不埒な輩め、一匹残らず殲滅してやる)」
「あー、ちょっと……なんかまた変なスイッチ入っちゃってるの? 兎に角、気心の知れない獣や妖魔をレミィの側に置くのは止した方がいいと思う。そんなことするぐらいだったら、変身魔術で狼化…いや、ごめん、今の無しね」
慌てて言葉尻を濁し、無思慮に危険な情報を、紅魔館随一の危険人物に漏らしてしまったことを、無かったことにしようと試みるパチュリー。だが、変な所で耳聡いメイド長はそんなことで誤魔化されはしなかった。案の定、人食い鮫のようにがっぷりと喰らいついて来た。
「狼化? 変身魔術? そこはかとなく、甘美な響きの言葉ですね。意味は分からないけど。
どうも……私の勘が『根掘り葉掘り聞きだせ』と告げてるんですが、もちろん快くお教え頂けますよねぇ?」
咲夜の眼光が研ぎ澄まされた銀のナイフの如き危険な光を放つ。
……
しくじった。
またぞろ面倒くさいことになりそうな予感がー。聞かないでー、お願いだから…。
……
……
……
そして、シーンは冒頭の通り過ぎ去った。
結局、狂化したこの少女に勝てるものなど、紅魔館の吸血鬼姉妹以外に居やしないのだ。
クランの猛犬、クー・フーリンもかくや、という壮絶な忠誠を捧げる彼女の誓約の前では、私のような常識的な魔女はすべからく打倒される運命なのか……。
† ヴワル実験場分室:邪教の館にて †
――――少女合成中……
† コンゴトモヨロシク… †
……
……
……
――なにはともあれ
彼女の望み通り、万難を排し狼化の儀式は行なわれた。
予定通り、とは少々異なる変化であったが(新月だったし)……まぁ、レミィなら細かいことは気にしないだろう。
……多分。(痛たたた……ごめん、悪かったから、そんなにがじがじしないでー)
そして、夜が来た―――
紅魔館の夜は早い。館の主が吸血鬼ということもあり、普通ならばこれからが夜の支配者の本領発揮の時間となる筈であったが、この館の主レミリア・スカーレットにはそのような常識は通用しない。
日中は博麗神社に日傘を差して、霊夢を愛でるためにお出かけすることをライフワークとしている彼女は、よほどのことが無い限り、夜更かしはしない。今夜も夕食を食べ、これから自室で秘密のトレーニングを行い、ひと汗かいた後お風呂に入り、良いこの寝る時間にはきちんと就寝する予定だ。
既に昼間のお茶会で放った我侭のことを忘れて「さて、そろそろいつもの……でも始めようかな」と自室の大鏡の前に歩み寄る彼女の元に、来訪者を告げるノックのコンコン、という音がもたらされた。
「………どうぞー」(むー、これからいよいよ始めようとゆう時に、無粋だわね)
部屋の主の許しを得、ガチャリと重厚なドアを開けて出てきたのは――
「こんばんは、レミィ。一寸これから時間、いいかしら」
彼女の親友パチュリー・ノーレッジの、いつも通りの寝巻き姿であった。
「んー、長くならないならいいよ。で、なんなの? パチェ」
「ええ、実は昼間の件で……ほら、隠れてないで出てらっしゃいな。ご主人様がお待ちかねよ」
「?」
不思議そうに首を傾げ、口元に指を当てるレミリア。見ると、パチュリーの背後でもじもじしている丸っこい物体が、彼女の視線を避けるように隠れようとしているのが目に入った。
「……」(丸い…ふわふわ? ちびっちゃい……。はて、なにか言い覚えがあるような)
レミリアが思案している最中、その物体を前に押しやろうとするパチュリー。抵抗する謎の影。「ほら」(ぷるぷる)「もー、なんでよ?」(イヤイヤ)「恥ずかしい?なにを今更」(うぐぅ…)――業を煮やした彼女は、視線をレミリアに向けたまま、密談の内容を気取られぬよう、風精の囁きに乗せて、小声で背後の影に囁いた。
――ちょっと、元はといえば貴方の言い出したことでしょ。こっちだって…今更後には引けないのよ。私の失敗が原因とはいえ、今の貴方は紛れも無いオオカミ……のような…。と、兎に角! 元の姿に戻りたければ、魔法書の記載通りの解呪手順を踏む必要があるのよ! レミィには悪いけど。この先、館の全権を取り仕切る貴方がこの有様では、私の体調管理、ひいては魔法書研究の効率に支障を来たすわ。それは幻想郷の魔法界全体の損失よ。さあ、愚図愚図してないで、いい加減、腹を決めなさい! ……骨は拾ってあげるから。
――………くぅうん
「?」(なにをごちゃごちゃ言ってるのかしら、パチェは。う~ん……なんだっけなぁ)
腕組みをしてうんうん考え込むレミリア。もう少しのところまで出掛かってるのだが、喉に刺さった小骨のように、なかなか取り出せない記憶。だんだんイライラしてきて、八つ当たり気味にパチュリーの背後の影に命令する。
「――おい、そこの雑種! この私に礼もせずコソコソと、無礼だろうが! さっさと出て来い!」
――………!
レミリアの命を受け、反射的に彼女の前に飛び出し、瀟洒にお辞儀をしようとする謎の影。
――だが
ずべしゃ
慣れないからだのバランスに戸惑ったのか、無様に、滑稽に。ふかふかの真っ赤な絨毯に勢い余って突っ伏す影。うにゅう、と肺腑より苦しげな吐息が漏れでる。弾みで上方を見上げてしまった、茫洋とした大きな青目が……見おろすレミリアの紅眼とばっちり合ってしまった。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………な」
「………?」
「………ななな」
「………わん」
「なんて、可愛いのーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「きゃわん!」
飛び放たれた紅い弾丸。傍目には赤い彗星としか見えない程度の速度で、レミリアは床に転がる人狼に飛びついた。遅れてきた衝撃波で、部屋の調度類がバタバタと倒れ、小瓶がガチャンと砕け散る。桁外れの愛が篭った抱擁で、目を白黒させるぽよぽよとしたオオカミ。
ぎゅむ~~~~っつ
パタパタと振られていたシッポが、だらりと力なく垂れ下がる。
「ち、ちょっと! レミィ! ちから入れ過ぎ! 目が虚ろになって涎垂らしてるし!」
我を忘れて殺人ハグを決めるレミリアを、慌ててブレイクさせるパチュリー。
あらら、ごめんね?と解放されて、床にへたり込むオオカミ。
その姿は
目――漫画ちっくに大きな、青い澄んだ瞳。……それは虹彩が無く、脱力した癒しを見詰める者に与える。
口――シニカルな、不機嫌そうに閉じられた、まったりとした口元。……これを差して、オオカミというには無理がある。
鼻――無い。これで果たしてイヌ科と呼べるのであろうか。否、可愛ければどうでもいいのだ。んなことは。
手――肉球ぷにぷに。これ以外に言うことなぞ、不要。
耳――くぁ。……いぬみみもーど。しっぽ付きじゃあ。
――そのオオカミは、全体的に人のカタチをしていた。野生の獣のように素っ裸ではなく、瀟洒?にどこか見覚えのあるメイド服を着こなし、とあるメイド長を強引にレミリアの半分ほどの背丈に圧縮したようないでたち。そのデフオルメされた愛嬌たっぷりの姿に、思わずレミリアの口から感嘆の溜息が漏れた。
「………はぅ。パチェ、こ、この子は何処で拾ってきたの? ――ああ、今思い出したわ。そういえば咲夜に昼間、採ってくるようにお願いしたんだっけ。さすが咲夜ね、これ程の上玉を採集してくるとは……褒めてあげなくちゃ」
早くなでなでしたくてうずうずしながらも、威厳ある君主らしく、従者の仕事ををねぎらおうと「咲夜」と呼びかけるが、一向に咲夜は現われる気配が無い。いつもなら「お呼びですか、お嬢様」と瞬時に声がして、暗殺者のように背後に実体化するのに。はてさて、珍しいこともあるものだ。でもまあ、偶にはそういうこともあるのだろう。レミリアの興味は、その場に居ない瀟洒で忠実な悪魔の犬よりも、今目の前に居る…途轍もなく愛らしい、わんこの方へと釘付けになっていた。
じーー。
「……(もじもじ)」
――くっ、た、たまらないわ……。は、はぐはぐしたい……。
ぷるぷるぷる。
体に良くないのだ、我慢は。その格言を裏付ける証拠とばかりに、無理に禁酒させられたアル中親父の手の如く、レミリアの体は痙攣している。そろそろヤバイのは、誰の目にもあきらか。思いっきりハグりたい、けれどもそんなことをしたら、せっかくの可愛いわんこが死んでしまう。したいけど、したくない。究極の二律違反、アンビバレッジ。そんな絶望的な葛藤がレミリアのなかで吹き荒れてるとも知らず、そのわんこは、禁断のトリガーとなる、レミリアにとっては神々の黄昏を告げる角笛のような、終末の咆哮を解き放ってしまった。
「……わん?」
――ああ…も、駄目。ごめんね? オオカミさん、貴方に恨みは無いけど……殺したいほどに…………はぐはぐしたいーーーーーー!!
「――バッドレディ、スクランブルゥゥゥ」
壊れた。
「させないわ! 水符、ウィンターエレメント――」
ぐっと絨毯を踏みしめ、死のダイブの初動に入るレミリアの足元から、夥しい量の水柱が勢い良く噴き上がる。咄嗟の判断にも拘らず、吸血鬼の弱点を衝いた的確なスペル選択。ワンアクションで放たれる、五行の基本符ならではの後の先。
パチュリー・ノーレッジ、動かない大図書館の二つ名は――伊達じゃない! タイミングは完璧、相手がスペル発動した一瞬の間隙を見事に利用した、回避困難な好手。ここから次の連携に持ち込むのは、思いのまま……。
――そうよ! 今こそレミィを打倒して、次回主要メンバーの座を射止める千載一遇の好機…! 魔理沙、今度こそはッ……一緒に!!
レミリアの暴走を止める筈であった親友、パチュリー・ノーレッジの突然の心変わり。あまりに上手くいき過ぎた初手が呼び水となり、無意識の願望が、長き眠りより目覚めた伏竜の如く天を目指す。
あまりに強大なちからを持つ者の宿命か、ここぞという場面で致命的な油断をしてしまったレミリア・スカーレット。勝ち続けて、征服し続けて、最後の最期で腹心の友に裏切られようとは、夢にも思うまい。このまま古の大英雄の轍を踏み、幼い野望は露と消えるのか―――
水流に囚われ「ガボボボボ」と苦しげに呻く幼き魔王に、昏い眼光を宿した稀代の魔女より、必滅の魔弾が放たれる。
渦巻く魔力風に煽られ、パララララ―――と捲れ上がる魔道書のページが死の舞曲を奏でる。歪に釣りあがる口元から会心の笑みが零れた。
そう、紅魔館からの出場者は―――独りでいい。他は……すべて、敵。
さよなら、レミィ。貴方のこと――嫌いじゃなかったわ。ウフフフフ………。
「これで、終わりよ――レミィ。……五行反克、水侮土。万物を流転させる水気の濁流よ、埋葬されし不死の土塊を押し流せ。黄竜、玄武の堅鱗、千の礫となりて目の前の永遠を削り殺さん―――土水符『ノエキアンデリュージ…
キィイイィィ――――ン
時が止まる。
「うー、がうぁ!」
がぷり
「がうがうがう」
ビリビリビリ
「………わう」
どすん、ざぽぉぉーーん
そして、時は動き出す。
停止した時の世界で、僅か三秒。そのわんこの現段階の能力では……それが限界だった。
運動性の悪いちびっこいからだ。その短い不器用な手足で出来ることは限られている。先刻、まさにレミリアがパチュリーの凶弾に晒される間際、敬愛する主の危機に、この姿では発動不可だった時間停止が、ひとりでに発動したのだ。彼女は……その奇跡を認識することも無く、無我夢中で暴走した魔女に飛び掛り、魔道書を支える手を噛み、地に落ちた災いを呼ぶ本を、ぷにぷにの肉球に隠された鋭い爪でひっちゃぶいた。
そして
もがき苦しむ主を救うべく―――自らの身も省みず果敢にダイブし、体当たりでレミリアを弾き出した。
だが
「…………(ごぼごぼごぼ)」
そう、銀色の脳細胞から導かれた答えは―――等価交換。スペルの効果が続く限り、脱出不能な水柱の罠。清浄なる流水で身動きの取れない吸血鬼を救うべく、そのわんこは彼女の身代わりとなることで、自分にとっての至上命題を達成しようとしたのである。
「―――ち、余計な真似を……てなんか違うーー! どうしたのかしら、私ってば。だ、大丈夫―!? さく…」
レミィの前でそのわんこの真名を言いかけて、ごにょごにょと口ごもるパチュリー。
「……やん」
あまりに苦しいフォロー。ネーミングセンスが微妙なのは、紅魔館の伝統なのか、そーなのかー。
正気に戻り、慌ててスペルを解除したパチュリー。どさりと倒れ伏すさくやんに、吹っ飛ばされて小物棚を粉砕したレミリアが駆け寄る。
「な、なんで私を庇ったりするのよ! この程度のダメージで夜の王たる私が、どうこうなる筈ないじゃない! オオカミさ…いえ、さくやん。なんか此処には居ない似たような名前の奴が居た気がするけど、貴方……最高よ」
ぐったりとしたさくやんを胸に抱き、優しく頬を撫でるレミリア。パチェの造反はうやむやの内に無かったことにされた。
美しい紅魔の腕に抱かれ、その胸のなかで、彼女のミルクのようないい匂いに包まれながら、咲夜――いや、さくやんは……とても幸福な顔をしながら意識を失った。
意識を失いながらも、彼女は「おやすみなさい、さくやん」という囁きと、頬に感じた暖かい柔らかさを感じた気がした。
そして、レミリアお嬢様と謎のわんこ…さくやんの、短い間ではあるが、とても幸福な日々が始まった。
面白いからオールオーケーなんですけd
メガテンネタも絶妙で笑いました
コンゴトモヨロシク…魔獣さくベロス?
なにはともあれ、さくやんは俺が頂k(殺