春が来た。
長かった冬も終わり、幻想郷にもようやく春が訪れた。
そしてそれは、当然この博麗神社にも。
「あ~。平和ねぇ~」
博麗神社の巫女、博麗霊夢は満開の桜を見ながら、縁側でしみじみとそう呟いた。
冬のころに、色々と面倒なことがあったせいで、今年の春の訪れはいつもより嬉しく感じる。
「うちの神社を使って、お花見でもしようかしら?」
なんてことまで考えてしまう。それくらい霊夢の頭の中は今、春真っ盛りだった。
「魔理沙呼んで、レミリア呼んだら一緒にあのメイドや妹もついてきそうねぇ。
紫はどこ住んでるか判んないけど、まあ探してみようかしら。
あの亡霊少女は呼んだら来るかしら?」
・・・などと考えていると、空に一つの影が見えた。
「なにかしら?」
影が徐々に近づいてくる。どうやらこちらに向かってきてるようだった。
そしてその影の主が、霊夢の前に降り立った。
「こんにちわ。霊夢さん」
「あら、あなたは確か・・・リリー・ホワイトだっけ。
どうしたの?もう春は訪れてあなたの役目は終わったんじゃ」
と、疑問を投げかける霊夢。
それもそのはず、もうあたりは春一色。春の訪れを告げる彼女の役目はもう終わっている。
本来なら彼女はもう眠りにつくはずだった。
「はい。もちろん私はもうすぐ眠りにつかなければなりません。
しかしその前に、霊夢さん、あなたに頼みがあるんです」
と、真剣な彼女の表情。よほど重大なことだろう。
霊夢も彼女の方へ向き直り、真剣に話を聞くことにした。
「で、頼みって何かしら?面倒なことはできるなら願い下げたいけど」
「実は、ある方に春を訪れさしてほしいのです」
「はあ?私にそんなこと出来る訳無いじゃない」
霊夢は少し呆れたように言い放った。
内心、いきなり来て何言ってんだろうこの娘は、と思っている。
「いいえ、そんなことはありません。その方の心にはまだ春が訪れていません。
その心を春に出来るのはおそらく霊夢さんが適任でしょう」
霊夢は頭を抱えていた。心? そこを春にする?
頭の中が混乱してきたが、今一番疑問に思ってたことを何とか口にした。
「一体誰なのよ。そいつは?」
「アリス・マーガトロイドさんです」
「彼女は長い間独りで居続けて、かなりの孤独と寂しさを味わっています。
彼女は本当は誰かと一緒に居たいと願っています。
だから、霊夢さんがそのきっかけをつくってください」
「それで、なんで私なの?」
「霊夢さん、あなたは何もしなくても望んでいなくても人が自然と集まる。
自分自身独りでいたいと願っていても人に慕われる。
アリスさんはそんなあなたに憧れに近い感情を抱いています」
霊夢は驚いた。リリーが言ってることが本当なら、自分はアリスにそう思われていたことに。
知らなかった。知ればどうというものでもないが、まだ彼女の心に触れることは出来たのではないだろうか。
そして、彼女の心を少しでも救ってあげれたのではないだろうか。
「それでは私はもうそろそろ眠らなければなりません。
霊夢さん、頼みましたよ」
「あ!ちょっとまっ・・・」
霊夢の声も届かないかのように、春の妖精はその場を去ってしまった。
「そんなこと、いきなり言われてもねぇ・・・どうすりゃいいのよ」
* * *
一方こちらはマーガトロイド邸
「ふう・・・暇だなぁ」
と、大きなため息をつくのは、ここの主、アリス・マーガトロイドである。
「あ~あ。魔理沙でもからかってやろうかと思ったのになんでいないのかしら」
そう、先ほど霧雨魔理沙をからかいにでもいこうと家に行った所留守だった。
どうやら紅魔館の図書館の司書にでも会いに行ったようだ。
なので少し退屈なのだろう。
「かかりっきりの研究も終わったし、何しようかな・・・」
こういうときに一人はつまらないものだ。
しかし、彼女はそれが当たり前なのだ。もう何十年も何百年も。
それに、自分には人形がある。
だから、『一人』であっても『独り』では決して無いと彼女は考えている。
やはり、自分は一人の方がいい。研究も邪魔されず、余計な手間もかからない。
そう思っていると・・・
コン・・コン・・
ノックの音が聞こえた。どうやら来客のようだ。
「誰かしらね。こんなところまで・・・」
と言ってみるが、こんな所まで訪れるのは限られている。
おそらく、魔理沙や霊夢だろう。
だが、ついさっき一人で居たいと思っていたばかりなので、来客が煩わしく感じる。
渋々来客を迎えてみると、
「こんにちわ。アリス」
「あら、霊夢。珍しいわねこんな所まで」
霊夢もアリスの家に来たこと無いわけでは無いが、数はそう多くない。
だから誰か予想がついていてもそう言ってしまう。
「まぁね。立ち話もなんだし、あがっていいかしら?」
正直アリスは迷った。今は一人でいたい気分だったが、せっかく来てくれたし、
無下に帰す訳にも行くまい。
結局適当にもてなして帰ってもらおうと考え、アリスは霊夢を家に入れた。
* * *
霊夢は正直悩んでいた。
リリーに言われてアリスの家に来たのはいいが、どうすればいいのだろう。
何も話題も無く、しばらく続く沈黙。
その沈黙に耐え切れず、霊夢は適当に話題を切り出した。
「ねえアリス。今度私の神社でお花見をやろうと思うんだけど、一緒にどう?」
「いいわ。私は遠慮しとく」
「え、どうして?」
「私は一人で居たいし、それに私なんか連れて行っても面白くも無いわよ」
と、自嘲気味にいうアリス。さらに言葉を続ける。
「私は何十年、何百年と一人で居たのよ。そんな私が今更人と馴れ合えって言うの?」
と、言い放つアリス。しかし、声が震えていた。まるで何かを耐えるように。
ここで霊夢はリリーの言った言葉を思い出す。
彼女は長い間、孤独と寂しさを味わってきたんだ、と
そして霊夢は思う。そのせいで彼女は素直になれなくったのではないだろうか。
「アリス、素直になりなさいよ。本当にそう思っているの?」
「私は素直な意見を言ってるだけよ!私の気持ちが霊夢にわかるって言うの!?」
アリスはついに大きな声を張り上げて言った。
顔には少し涙が浮かんでいる。
「ねえアリス。なんで私の周りには自然と人が集まると思う?」
「えっ・・・?」
アリスは一瞬戸惑った。霊夢の質問が理解できなかったからだ。
そして理解し終わるころには霊夢は話を続けていた。
「私が思うにね。誰に対しても裏表無く接するからだと思うの。
それが素直なのかは判らないけど、私は思ったことを口にして、行動する。
本当にそれでみんなに好かれてるかは判らないけど、私はこの生き方を変えるつもりは無い」
「でも・・・私はもう何百年とこうして生きてきたのよ。いまさら素直になるなんて・・・」
「アリス。素直になることは難しいことじゃない。たった一言。一度でいいから、
自分の気持ちをぶつければいいだけ。あとは何も難しくない」
そう言ってアリスの傍まで近づく霊夢。
アリスの顔にはもう涙が流れていた。
「霊夢・・・わたし・・・」
「ずっと寂しかったのぉ・・・誰かと一緒に居たいっていつも思ってたの・・・
わああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁっっっっ!」
そうして最後に彼女は声を張り上げて泣いた。
何十年、何百年と我慢してきた思いをすべて吐き出して。
今までの寂しさや孤独を忘れるかのように。
そして霊夢はそんなアリスを、いつまでも抱きしめていた。
そしてそんな様子を空から見守る一人の姿が・・・
「よかったですねアリスさん。そして霊夢さんありがとうございます
これで私もようやく眠りにつけます・・・」
「願わくば幻想郷のすべての人妖に春が訪れんことを・・・」
そうして彼女、リリー・ホワイトは去っていった。
あとには、桜の花びらだけが残っていた。
* * *
数日後、博麗神社にて・・・
この日は霊夢が考えたお花見が盛大に行われていた。
魔理沙やレミリアはもちろん、どこから聞きつけたのか、幽々子や紫まで参加して大盛り上がりだ。
そして当然、アリス・マーガトロイドも。
「楽しんでるわね」
「ええ。とっても」
霊夢はアリスの隣に座ってこう言った。
まだみんなにあまり馴染めてないが、アリスはとてもこのお花見を楽しんでいた。
「ありがとう霊夢。私がここでこうしているのもあなたのおかげよ」
「ん、そう?まあ、あなたが素直にここに来るって言ったからよ」
「でもそうやって素直になれたのはあなたのおかげよ。とても感謝してるわ」
「そういって面と向かって礼を言われるとちょっとねぇ・・・」
「あ、もしかして照れてる?」
「照れてないってば!」
そういって霊夢はみんなが居る方向にさっさと行ってしまった。
そんなことをしては照れていると言っている様なものだが。
「ふふ・・・本当にありがとう霊夢」
誰に言うでもなく呟くアリス。
上を見上げれば満開の桜。そして舞い散る桜の花びら。
「春って素敵な季節ね・・・」
ようやくアリスに本当の春が訪れた。
アリスかわいいよアリス
アリス可愛いよアリス