Coolier - 新生・東方創想話

愛しきプリズムカルテット (上)

2005/02/16 00:29:00
最終更新
サイズ
25.01KB
ページ数
1
閲覧数
635
評価数
0/43
POINT
1900
Rate
8.75







美しき調べ。
音楽と言うものは、いとも容易く人の感情を左右する。
曲調に合わせ、昂る感情。
愛しさ、清々しさ、そして恐ろしさ。
音楽と言うものは、いとも容易く人の感情を左右する。
それは聴いている人間が予想だにしなかった感情を昂らせる。
どうしてだろうか。
演奏している人間が悲しいと感じている時、人はそれを感じ取る事がある。
そして聴き手までをも悲しくさせる。
音楽とは不思議なものである。

そればヴァイオリンでもトランペットでも…果ては鼻唄でさえも。
気持ちを込めた曲は、聴き手に同調する。
音というものは言霊と同じ、力を持っているのだ。
弾き手が調べに乗せた感情は、意図せずとも聴き手に伝わるであろう。
理由は分からない。
まったくもって音楽とは不思議なものである。



















――――――♪―――♪――――♪―――――
――♪――♪――――――――♪――――――
――――♪――――――♪♪――――――――
♪♪――――♪――――♪♪――――――――
――――♪――――♪――――♪♪♪―♪―♪



美しい旋律が幻想郷に広がる。

雄々しき荘厳なるヴァイオリン。
ヴァイオリンに合わせ様々な顔を示すトランペット。
そして二つの協奏の調律を取るキーボード。

博麗神社の裏の庭では、毎月恒例の演奏会が開かれていた。

 …流れる調べは激しい調べ。
 聴き手を高揚させる力強き調べ。
 …流れる調べは緩やかな調べ。
 聴き手を安心させる優しき調べ。
 …流れる調べは澄んだ調べ。
 聴き手に爽やかな風を送り込む華麗な調べ。

いつもと同じ様に、いつもと同じ場所で。
彼女達は演奏をしている。

 彼女達の名前は「プリズムリバー三姉妹」
 彼女達は騒霊と呼ばれるポルターガイストの一種。
 音を愛し、音を奏でるのを生き甲斐とする少し変わった騒霊である。
 その在り方は、いわば奏霊。

 彼女達が幻想郷で生きるに当たって保有している能力は唯一つ。
 音を奏でるという事だけ。
 音に何か特別な力を込めている訳ではない。
 その必要は元から無い。
 音と言う物は、それ自体が既に力の塊なのだ。

 その能力を持つ者が三人。

 まず、ヴァイオリンを弾いているのが長女、ルナサ・プリズムリバー。
 次に、トランペットを吹いているのが次女、メルラン・プリズムリバー。
 最後に、キーボードを弾いているのが三女、リリカ・プリズムリバー。

皆一様に目を瞑り、黙々と演奏している。
それはあたかも人形のようではあるが、それも見方により美しいと感じさせる。
三人は多くの観衆に囲まれ、音を奏でていた。













境内に響く素晴らしき演奏。
聴き手は皆一様にて美しき音楽に酔いしれる。

聴き手の一人、霧雨魔理沙は神社の主から無断にて失敬した緑茶を、音を立てずにひと啜り。
ひと息吐いては音楽に身を任せ、もうひと啜り。
繰り返し繰り返す。
湯飲みを傾けても口に何も流れ込まなくなるまで繰り返す。


「ん~、いつ聴いてもプリズムリバーの演奏はいいよなぁ」


湯飲みが空になった為か、それとも感極まったのか、
それでも音楽の邪魔にならぬ様、小声でしみじみと呟く魔理沙。
ついでに緑茶を補充する。

プリズムリバーの演奏会。
それは毎月決まった時間に博麗神社の裏の庭にて行われている。
客は人妖合わせておよそ百。
人づてに噂を聞いてやってきたり、
たまたま近くを飛んでいた者が曲に惹かれてやってきたりと、
毎公演ごとに客は増えていく。
その中で魔理沙は一番の古株。
第一回演奏会の時からの常連である。

魔理沙は音楽を心から楽しんでいた。
曲調に合わせて足を揺らす。
まるで自分が演奏しているかの様な気分になれて、なんとなく気分が良い。
瞳を閉じる。
視覚を遮断すると、より多くの意識を聴覚に依存できる。
そうする事によって霧雨魔理沙の世界は音一色の世界に塗り替えられた。
魔理沙は己が持ち得ない技をその身に受け、その技に心酔する。




――――――♪―――♪――――♪―――――
――♪――♪――――――――♪――――――
――――♪――――――♪♪――――――――
♪♪――――♪――――♪♪――――――――
――――♪――――♪――――♪♪♪―♪―♪




耳に届くメロディーは何度も聴いたものだ。
次の調べはわかっている。
魔理沙の頭の中で流れる曲と、耳へと流れてくる曲が同調する。

「♪~~♪~」

軽く口ずさむ。
流れている曲が力強く激しい旋律を奏でていた為、魔理沙のテンションも次第に増長してゆく。

「♪~~♪~~♪~~~~♪~~ッ
 ♪~~~~♪♪ッ ♪~~♪~~♪~~~ッ
 ♪♪♪~~♪♪ッ ♪♪♪~~~♪~~~!」

目を閉じて足を揺らしているせいか、緑茶が少しスカートにこぼれる。
こぼれた感覚は感じ取った魔理沙であったが敢えて無視した。
「そんな事はどうでもいい。 今は曲を楽しむときだぜ。」
彼女に忠告してもそう返される事だろう。

魔理沙は特別音楽を好んでいる訳では無いが、音楽が嫌いな訳でも無い。
魔理沙は好きな物は好きであるし、嫌いな物は嫌いであるだけであり、深く考えたりカテゴリーで括ったりはしない。
たまたま自分が気に入った物が三姉妹の音楽だっただけの話。
少し前、博麗神社に茶をシバキに行った際、神社裏で三人が演奏していたのを聞いた事がきっかけだ。
いつぞやの闘いの時は弾幕に気を取られていた為、気にも留めなかったが、じっくりと聞いてみると非常に良い物だと。
霧雨魔理沙は一発で聞き惚れてしまったのだ。

何を隠そう毎月の演奏会を企画したのは魔理沙である。
博麗神社を演奏会の会場にしたのは至極単純。
自分のくつろぐべき場所でくつろぐ曲を聴きたかったからだ。
・・・博麗神社の主・博麗霊夢は反対するかと思われたのだが、彼女は意外にあっさりと承諾した。
まぁ、最初は客が3,4人だったという事もあっただろうが。

魔理沙主催の演奏会の客は今では「あぁ数えるのが面倒だぜ、パス」という位の盛況ぶりである。
まぁそんな訳で神社の主は大忙し。
自分の屋敷にお持ち帰りしようと企む我侭吸血鬼の調伏や、隙あらば宴会へなだれ込もうとする御天気幽霊をシバキ倒したりと。
その他諸々の不埒物の監視の為だ。 ご苦労さん。
まぁ、そんな事は置いておく。
何はともあれプリズムリバーの演奏会は盛況であった。
そして、霧雨魔理沙は神社の治安など我関せずと音楽に聞き惚れる。
幸せそうに音楽に身を委ねていると、時たま霊夢から拳骨を貰うことがある。 が、まぁそれはそれで。

ちなみに、自慢では無いが、プリズムリバーの激しい系の曲の好きさ加減なら幻想郷1だと魔理沙は自負している。
昔、香霖堂という雑貨屋(?)から蓄音機を借りて(強奪して)、録音しようとしたぐらいだ。
・・・結局は使い方を間違え、いつまでも蓄音しないのに腹を立て小突いたら壊れてしまったので、結局は録音してないが。
ちなみに残骸は霧雨邸の何処かにある。 場所は不明。
そんな事はどうでもいい。 今は曲を楽しむときだぜ。



・・・演奏が終わった。



少しの間が置かれ、今度はコミカルな感じの曲が流れ出す。



―――♪♪―♪―♪♪♪――――♪―――――
――♪――♪♪♪―――♪♪♪――――♪♪―
――♪♪♪――――――♪♪―――♪♪―――
♪♪――――♪――――♪♪♪♪――――――



コミカル系の曲も魔理沙は大好きだ。
魔理沙はまたもや目を瞑り、音楽の世界に浸る。

向こうの方で八雲家の橙がわーとかきゃーとか騒いでいる。
魔理沙も好きではあるが、コミカル系が一番好きなのは彼女だろう。
・・・まぁ適当に言ってるに過ぎないが。
 にゃーにゃーにゃーにゃにゃにゃーにゃーにゃーー
橙のヘタクソな鼻唄が聞こえる。
多少うるさくても許される。
場の雰囲気を読んでいないのは確かだが、それが許される感じがこの曲にはある。
それがまた一層、曲に味を加える。
 ちょっとアンタ! 演奏の邪魔でしょー!
場の雰囲気を読んでいない橙と、更に場の雰囲気を読んでいないチルノの適度な雑音を背に、演奏は続く。


「ん~、やっぱ音楽ってのは人を幸せにするな。 見習いたいもんだぜ。
 わたしも音楽とかやってみるかな?」


とか心にも無い事をその場の勢いで言ってみる。
まぁ、本気だとしてもどうせ先は見えている。
どうせいつものあそこから適当に強奪してきて、一日で飽きるのだ。


「止めときなさい。 どうせアンタの事だから一日で飽きて、霖之助さんに迷惑かけるだけでしょ。」
「・・・それはひどいぜ。」


後ろから神社の主、博麗霊夢に声をかけられる。
・・・とりあえず気になるのは「それ」はどっちを示しているのだろうか。
まぁ、そんな事は―――以下略。

霊夢は無言で自分の分の緑茶を注ぎ、魔理沙の隣に座ってからひと啜りする。
そして霊夢は瞳を閉じた。
それを見た魔理沙は、ならって瞳を閉じる。

二人は音に酔いしれた。









・・・・演奏が終わる。


「ん? おぉ、もう次が最後の曲か。」


いつも通りなら、今の曲は最後から二番目の曲である。
新曲が出来た時以外はいつも曲の順は決まっているのだ。


「これ聴いたら咲夜に頼んで、時戻してもらうか?」


実際、咲夜とその主人は何回か繰り返し聞いてるのだろうしな。
と、冗談交じりに霊夢に話しかける。
―――――魔理沙と違い、あの二人は趣があるのでそんな事はしてないと思う。
まぁ、主人の方が咲夜ーあれ欲しいーとか言っていたので可能性は否定できない。








「あ?」


振り返った先の霊夢の顔を見た魔理沙は怪訝な顔をした。 ついでに声も出した。
霊夢の表情がこの場にそぐわなかったからだ。
何故か霊夢は難しい顔をしていたのだ。
普通こういう時は笑顔で何言ってんのよゴキブリ風情がーとか返すもんだろ。
想像上の魔理沙的霊夢が言うであろう言葉を期待していたのだが拍子抜けだ。

霊夢は少し考え込んで


「・・・・今日はさっきのが最後の曲だと思う。」


そう呟いた。


「はぁ?」
「今日は多分プリズムコンチェルトは無いわ。」


魔理沙は先程に輪をかけて怪訝な表情と声を出した。

いつも最後に流れる曲は「プリズムコンチェルト」だ。
だから霊夢の言葉はおかしい、と魔理沙は思った。 つーか霊夢は基本からしておかしいがな。 とも思ったが。
新曲が出来た時でさえ締めはプリズムコンチェルトなのだ。
というか今迄で最後がプリズムコンチェルトで終わらなかったためしは無い。
だから、今日も演奏するはずだ。
まったく訳がわからん事を唐突に言い出すなコイツは。
とか心の中で呟いた魔理沙であったが・・・・


「・・・ありがとうございました。 ではまた来月の演奏会の日にまたお会いしましょう。」


予想に反して、霊夢の言った通りにプリズムコンチェルトは演奏されなかった。

長女のルナサが恭しく礼をする。
それに続いてメルランとリリカも礼をする。

皆、最後があると思っていた為か、少し境内はざわめいた。

が、そのような些細な事は気にしない橙やチルノあたりから、素晴らしい演奏に対する謝礼の拍手が起こる。
その拍手に釣られ、皆がパラパラと拍手を始め、まもなく境内は拍手喝采となった。
魔理沙も釈然としないながらも拍手を送った。
・・・・霊夢は少し残念そうな顔をしながら緑茶を啜っていた。
拍手は送らなかった。































「・・・・今日の演奏会メチャメチャじゃん」
「そうだな」
「そうね~」

プリズムリバー邸。
プリズムリバー三姉妹は、三人揃って浮かない顔で本日の演奏会の反省会を開いていた。


「ルナサ姉さんが最初の曲でちょっとタイミングずれたからいけないんだ。」
「・・・・ん、そうかも知れないな。」
「でもリリカも何個か曲の後半でミスしてたわね~。」
「それは・・・・ルナサ姉さんのせいで調子が崩れたんだよ。」


応接間の三人は、騒霊とは思えないほど陰気な表情をしていた。
さながら普通の幽霊のようだ。

最近の三人は頻繁に反省会を開いている。
・・・逆に言えば今迄はほとんど反省会など開かなかった。
反省する事が何も無かったからだ。
でも今は反省会を開く。
反省する事があるからだ。


「それ言うならメルラン姉さんだって問題ありだよ。」
「そうかしら? 私はいつも通りに演奏したけど?」
「それが問題なんだよ。 私とルナサ姉さんが少しタイミングずれても完璧無視なんだもん。
 普通こっちの二人が少しずれたらこっちの事考えてそっちが少し調節するべきじゃん。」
「だっていつも通りの方がいいでしょ? だから二人がこっちに戻ってくるのを待ってたのよ。」
「嘘。 今日の姉さんは全然演奏してなかった。 ただ音を出してただけ。」
「否定はしないわ、でもミスをするよりはずっとマシだと思うけど?」
「・・・何それ。」


メルランとリリカの口論が始まる。
最近はいつもこうなのだ。
反省会というより他人の粗探しをしている様な感じしか見られない。
そもそも反省会自体慣れていないのだが…。

ルナサは少し二人から距離を置いて思考する。


「(恐らく、反省しなくちゃいけないのはそんな事じゃない。)」


そう、反省すべきは三人の気持ちがまったく揃っていなかった事。
三人で演奏する。
それは三人の気持ちが一つになる事によって初めて効果をあらわす。
三つの音が鳴り響くのと三人で演奏するのとは天と地ほどの差がある。
個々が最上級の演奏をしたとしても、合わせ無くては意味が無い。
それがコンチェルトというものだからだ。
例え、科学的にはコンマ一秒の差さえなくとも、それは違うのだ。

そして合っていないのは音楽の息だけでは無い。
最近は姉妹の仲が、前よりも確実に悪くなっている。
リリカがすぐにワガママを言うのはいつもの事だが、それを受け流せるほどメルランに余裕が無い。
メルランも分かっているからこそ機嫌が悪い。
だから突き放した言い方をしてしまう。
そして喧嘩になり、更に音楽の息が合わなくなり、更にメルランのストレスがたまる。


「なにはともあれ・・・今回は今迄で一番不味かったわね~。」
「・・・ま、いいけどね。 タイミングがずれたっつってもわずかな間の何十分の一秒だし。
 分かる奴なんかいないでしょ。」
「西行寺のお嬢様とか紅白とか・・・結構な数にばれてるわよ。」
「はぁ?  なんでそんな事わかんのさ。」
「むしろなんでリリカがわからないのかしら? 周りの反応を見れば大体わかるでしょ。」
「・・・演奏自体を疎かにしてた人に言われたく無いね。 そりゃあ演奏してなきゃ観察する暇もあるでしょ。」


・・・・口論はエスカレートしていく。
刺々しい物言い。
リリカは普段は使わない口調で姉を責める。
メルランはそれを真っ向から受け止め妹に押し返す。
二人とも全然「らしく」無い。
いつもの悪戯好きのリリカと放って置けない呑気なメルランは、見る影も無い。

その中で、唯一ルナサだけは冷静さを保っていた。
可愛い妹達のこんな醜い口論は聞いていたくは無い。
演奏が上手く行かない事よりもそちらの方が苦痛だからだ。


「(わたしが何とかしなくてはいけない・・・・・。)」


勿論、ルナサ一人がいくら演奏を頑張っても意味が無い。
むしろそれは逆効果となる。
今必要なのは潤滑油。
個々の力が落ちている訳では無い。
今必要なのは三人の息を合わせる為の潤滑油なのだ。
しかし、ルナサには潤滑油としての機能は無い。
・・・そして下手な行動は更なる被害を生む事は明白である。


「(昔も・・・こういう事があったな・・・・・)」


そう、遥か昔も一度こういう事があった。

三人がつまらない事で喧嘩をしてしまった。
次の日の演奏会でリリカがへそを曲げ、乱暴な演奏をしてしまった為、大問題になった。
…それからは酷いもの。
リリカは普通に演奏する様にはなったが、演奏をしても音はバラバラ。
更には、三人は殆ど口もきかなくなってしまったのだ。


「(レイラ・・・・)」


そんな時に三人を叱ってくれたのがレイラ・プリズムリバー。
三人の妹にして、三人の生みの親。

彼女は三人の頬を叩き、泣きながら怒鳴った。
その時の言葉は今でも覚えている。
「仲良くしなくちゃ駄目・笑顔じゃなくちゃ駄目・楽しくなくちゃ駄目」
三つの言葉をただひたすらに繰り返しては泣きじゃくった。

・・・・次の日、わたし達は何事も無かったかの様に、話し、笑い、演奏をした。

そんな過去の出来事。
人間であったレイラがまだ生きていた頃の話。

・・・・・しかし、あの頃には戻れない。













―――――気付けば、二人は口論を止めていた。
リリカは膨れっ面でそっぽを向き、メルランは沈んだ顔で虚空を見ている。

二人は泣きそうである。
表情にこそ表れてはいないがルナサには分かった。
二人とも、相手に放った言葉への後悔の念で押し潰されそうになっているのだ。
もはや理屈では説明が出来ない。
何故か言葉が刺々しくなる。
そして、大切な物を傷つけてしまうのだ。

なぜこんな事になったのかが分からない。
皆、元に戻りたいと願っている。
三人で笑顔で演奏していたあの頃に戻りたいと願っている。

きっかけが欲しい。
何か一つきっかけがあれば元に戻れる。
ルナサはそう考える。

















三人は揃って溜め息をついた。


「・・・・こんな時レイラが居れば・・・・・」


それは誰のセリフだったのか。
三人の誰もが思い、三人の誰もが言わなかった言葉。




その時、












「あ!! お姉ちゃん達また喧嘩してるの!?」


そんな声が屋敷に響いた。






























・・・・屋敷の中に静寂が戻る。
しかしそれは先程までの重苦しく、息の詰まる様な沈黙では無い。


「・・・・レイラ?」


それも誰の発した声かは分からない。
皆が発したのかも知れなければ、誰もが発していないのかも知れない。

三人はそれ以上の声を発する事が出来ない。
まるで痴呆であるかの様に、目の前に佇む少女をまじまじと見やる。

 レイラ・プリズムリバー。

それは寂しがり屋の普通の人間。
姉と離れた孤独に耐え切れず、願いの果てに姉を創造した普通の人間。
そして、流れ行く時に呑まれ、消えていった普通の人間。

そんな普通の人間が目の前に佇んでいる。









「あぁ・・・あ・・・・」


発する言葉も無いまま、ルナサは立ち上がる。
唇から零れる音は意味を持たぬただの音。


「えぁ? ・・・う・・・・?」


訳も分からぬまま少女に近づく。
どうした事か。
夢にまで見た愛しき妹が目の前に見える。
これは幻覚だろうか。
そう、幻覚に違いない。
そう、幻覚などである筈が無い。

疑わしきはいずれ証明される。







その存在を確認するべく




ルナサは




我が愛しき妹を




抱き締めた。





「どうしたの? ルナサお姉ちゃん。」
「・・・本物・・・・なのか?」
「?」


有り得ない。
有り得ないけど間違いは無い。
これは幻覚なんかじゃ無い。


「レイラ・・・・」
「何? メルランお姉ちゃん。」
「ホントに・・・レイラなの?」
「? うん。 レイラだよ?」
「・・・リリカ」
「・・・うん。」


メルランとリリカはふらふらと立ち上がり、愛しき妹へと歩み寄る。
そして、


「? なになになに?」


・・・三姉妹は我らが妹を取り囲み、抱き締めた。
大切な宝物を二度と離さぬ様に。




















「・・・・・で、どうしてレイラがここにいるんだ?」


と、ついつい理性的な行動を排除して感情の赴くままに行動してしまった三人。
一番に落ち着きを取り戻したルナサは尋ねてみた。


「? だって応接間だもの。」


当然、という様にレイラは返す。

ルナサが聞きたいのは「召された筈のレイラが何故この世にいるのか」という事だったのだが・・・・。
どうやらレイラにとってはそれは当たり前の事のようである。

三姉妹は困惑した。
先程は嬉しさが先立って何も考えられずに抱き締めてしまったが、いざ冷静になると腑に落ちない。
どう考えてもおかし過ぎる。
自分が死んだ事に気がついていない幽霊なのだろうか?
いや、それは無い。
レイラは事故死ではないし、望んでいない死でも無かった筈だ。
最期は三人に見守られながら安らかに逝ったと記憶している。

というかそもそも人間なのか幽霊なのかが分からない。
ルナサ達は騒霊ではあるが妖怪として受肉している為、人間でも幽霊でも触る事が出来る。
更に、幽霊の体を触っても相手の温もりを感じる事が出来てしまう。
判別不可能なのである。
こういう時この体は不便だ。

・・・・分からなかったら人に聞く。
とりあえず今は分からない事だらけなので三人で相談する事が先決と思われる。


「あー、レイラ。 ちょっとだけ待っててくれ。 今からちょっとお姉ちゃんズ秘密会議だ。」
「? うん。」


聞き分け良く頷いてくれるレイラ。
…という事でレイラの許可も貰ったのでお姉ちゃんズで相談してみる。

そそくさと部屋の隅に移動する三人。


「・・・・姉さん達どう思う?」
「うむ、まったく分からん。 というよりまだ夢見心地で頭が良く働かない。」
「右に同じく。」
「うーん。」
「だが、間違い無いのはあのレイラは昔のレイラが既に死んだ存在だと理解してないみたいだな。」
「あ~、それは私も思った。」
「つまり、真っ当な幽霊じゃないって事?」
「あぁ、というより普通に考えればレイラの霊魂はとっくに転生してる筈だ。」
「そうだよね~、ずっと放って置いたら魂が固まっちゃうもんね。」
「もし転生してなかったらこれまでの間に遊びに来る筈だしね。」
「その通り、しかも問題は若き日の姿で現れたという点だ。」
「そっか、普通なら死んだ時のお婆ちゃんの姿で現れる筈だもんね~。」
「成程ねー。」
「うん・・・とりあえずはどうして現界しているのかが知りたいな。」
「確かにね~。 どうする? 直接聞く?」
「メルラン姉さん、それは最終手段にしようよ。 出来る限り。」
「ふむ、ではどうするか。」
「うーーーん、そうだなぁ。」










「推測その1」


ぴっ、と人差し指を立て推測を始めるリリカ。


「実はレイラのそっくりさん。」
「何いってるのよ~、私達の事知ってるのよ?」
「うむうむ。」
「でも私達の事を知っている奴なんて五萬といるよ。」
「確かにそれはそうだけど・・・・・・雰囲気とかもそっくりよ?」
「うむうむ。」
「確かに、レイラの事なら私達が一番詳しいもんね。 間違えようが無いか。」
「そうよ。 大体そっくりさんなんてそう用意出来ないわよ~。」
「うむうむ。」
「いや、魔法薬とかなら不可能じゃないんじゃ無いかな。」
「まぁね。 でもまぁ、どっちにせよ推測1は無さそうね。」
「うむうむ。」
「・・・・・ルナサ姉さん真面目に考えてる?」
「る?」
「・・・・当然ではないか。」
「間が気になるけどまぁいいや。」





「推測その2」


人差し指に続いて中指をぴっ、と立てる。


「実はこれ全部夢。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「いや・・・・それは流石にシャレにならんな。」
「そうでしょ? ・・・えい。」
「いたぁい!」
「ん? 大丈夫か?」
「メルラン姉さん痛かった?」
「当然よ~、いきなりほっぺたつねるんだもん。」
「あぁ、成程・・・・古典的だがそれで行くか。」
「・・・・痛いのやだけどね。」
「あ~でも私、夢の中で痛いーって思った事あったわよ?」
「良し、それではリリカ。 頼む。」
「了解。 いっせーのーせっ!」
「無視かい。」
「いたた・・・夢では無さそうだが・・・」
「うん、そうだね。 じゃあ次は・・・」
「ちょっと待って、リリカ。 リリカはまだほっぺた・・・・」





「推測その3」


リリカ、何事も無かったかの様に次へ。
今度は薬指をぴっ、と立てる。


「神様のイキな計らい。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・冗談。」
「・・・まぁ否定出来ないでも無いかも知れないけどね。」
「・・・・・保留だな。 巫女でさえ信じていない神なんて存在してるとは思えないし、そんな力を持ってるとは思えない。」
「・・・・・まぁね。 じゃあ次。」





「推測その4」


ぴっ、と小指。


「幽々子嬢のイキな計らい。」
「あ~。」
「成程。 それは有り得る。」
「お嬢って私達の事、結構贔屓にしてくれてるしね」
「・・・・でもお嬢と知り合ったのって、レイラがいなくなった後じゃなかった?」
「う~む、あの人抜けてるようで凄い人だから分からんぞ。」
「方向的には逆方向だけど有り得なくは無いよね。」
「そうね、お嬢の知り合いの知り合いが夜魔天とか言う噂もあるし。」
「そう考えると可能性大だな。」
「・・・・そうだね。 この説が有力っぽいね。」
「そうね、最有力。」
「うむ。」
「でも、ついでだから・・・・」





「推測その5」


親指を立てながらニヤリと微妙に半笑いになるリリカ。


「十六夜咲夜のイキな計らい。 とか?」
「「それは無い。」」
「わあ、ひどっ。」
「あいつは絶対そんな事してくれないわよ。」
「うむ、もし仮にそんな事が出来たとしてみろ。 奴はメイドなんかやらずに医者か神やってるよ。」
「・・・・そうだね、時間が操れるからつい・・・・・・」





「お姉ちゃんたち・・・・・私さみしいよぉ。」





・・・・と、いくらなんでもレイラを長い事放って置き過ぎた。
しかも最後の方は相談というより談笑になってた感がする。
そりゃあ四姉妹の筈なのに、三人だけで仲良く談笑してたら寂しいだろう。





「あーーーーー! ごめんね~レイラ! お姉ちゃんのバカバカ!」


ずざざーーー、っと滑る様に移動してはレイラの目の前でぽこぽこと自分の頭を殴るメルラン。

・・・・・なんという奇怪な行動か。
まぁ本人至って真面目(?)なのでとやかくは言えないが。


「わ、わ。 メルランお姉ちゃんストップストップ! 気にしてないよ、全然!」


突如行われた奇怪な行動に目を丸くしつつも、姉の身を案じてかあわてて前言を撤回するレイラ。


「ん・まぁぁーーーーーーー、こんないい子を独りぼっちにするなんて……お姉ちゃんのバカバカバカ!!」


ぽこぽこぽこぽこぽこぽこーーーーーーっ。
ムソクの叫びキャンセルぽこぽこ。
いや、とやかくは言えないが。


「だ、駄目! お姉ちゃん頭痛くなっちゃうよ!!」


メルランのぽこぽこは勢いを増していく。
ぽこぽこというよりガスガスという効果音が似合いそうだが・・・恐らく太鼓と同じ原理だ。
中が空で在るならば、音は水分に邪魔をされて散乱する事は無く、澄んだ音が出る。
よって見ためではガスガスとなりそうな音も実際はぽこぽこと音が鳴る。
・・・・とそんな事は置いておこう。
一層加速した姉の奇行を見かねたレイラはあわててメルランの腕をつかもうとしたが・・・・

すかっ

スウェーでかわすメルラン。

で、ぽこぽこぽこぽこーーー。


「ちょっ・・・・お姉ちゃん! 駄目だってば!」


ぶんぶんぶん
すかすかすか
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん・・・・
すかすかすかすかすかすかすかすかーーーーーーっ。


「うわーーーーんっ。」


で、ついにはレイラとメルランの追いかけっこが始まる。


「駄目だってばお姉ちゃ~~ん!!」
「ごめんねごめんねぽこぽこぽこぽこぽこぽこーーーーっ!!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あー、だからメルラン姉さんって馬鹿なんだ。」
「・・・・いや、馬鹿だからああいう行動取るのだろう。 恐らく。」
「・・・で、頭ガスガス殴って更に馬鹿になるわけか。」
「うむ。」


そういう毒吐く二人はそろって笑顔。
まるで何もなかったかの様に。
いつもの仲の良い姉妹の様に。
追いかけっこをしている二人を眺めていた。


「ぽこぽこーーーーーーっ!」
「駄目ーーーーーーーーっ!」







何が起こったかは理解出来ない。
何故レイラがここにいるかなんか知らない。
何はともあれルナサは安堵の息をついた。
もはや妹達の顔に憂いなど見受けられない。
これならば今後の演奏会は笑顔で行えそうだ。

しかしそれ以上に。
しかしそれ以上に。
私達はレイラと会えた。
我らが愛妹と会えた。
決して叶わぬ筈の夢が実現した。

昔の様に四人で演奏が出来る。

・・・あぁ、駄目だな。
違う、そんな事も今はどうでもいい。
レイラがいるから四人で演奏出来るんじゃない。
レイラがいるから嬉しくて、皆で演奏したらたまたま四人だったんだ。

どうやらいまだにテンションが落ち着かないようだ。
思考するのも億劫になってきた。


「る、ルナサお姉ちゃん! リリカお姉ちゃん!  メルランお姉ちゃんをとめて~~~!!」
「・・・了解した! いくぞリリカ!!」
「がってん!!」


丁度良い。
丁度メルランの様に、久しぶりに愛しき妹と戯れたくなった所だ。
何も考えずに走り回ろう。
うん、それが良い。


「メルラン覚悟!」
「ひょい。」
「ルナサ姉さん、そっちは駄目だ! 向こうに回って!」
「了解!」
「え?え? 私はどうしたらいいの?」
「レイラはこっち、私と一緒にメルラン姉さんを追い詰める。
 そうすれば向こうでルナサ姉さんがキャッチする!」
「さすがお姉ちゃん。 わかった!」
「ごめんねレイラごめんねレイラ~~ぽ~こぽこぽこぽこぽこ・・・・・」
「・・・て、わぁ! 早く捕まえないと・・・・・」
「駄目だレイラ! 行き急ぐと・・・・」
「ひょいひょいぽこぽこ。」
「・・・・ぬぅ、やるなメルラン。」






・・・・・結局、追いかけっこは日が暮れるまで続いた。
夕食の時間になったからメルランの動きが鈍ったのだ。
間も無く捕獲されるメルラン。
捕まえた! に対する返答は お腹減った~。 だった。


そしていつも通り、エプロンを着けて、台所に立つルナサ。
妹三人の「お腹すいたの歌」を耳にしながら、ルナサは懐かしげに四人分の材料を切り始めたのだった。






こんにちは、転石です。

第二回最萌。
予想ではメルランかリリカは一回戦を突破するだろうと思っていたのですが・・・。
結局プリズムリバー三姉妹は全滅してしまいました。
泣くな虹川、頑張れ虹川。 と言う訳で今回のSSを書かせて頂きました。

今回は出来るだけ普通に書いてみたつもりです。
途中で会話ラッシュがありますが・・・。
基本的に三人が順番に喋ってますので何とか判断して頂けると幸いです。
三人は口調も違いますし。

転石。


おまけ
ソロ、デュエット、トリオ、カルテット、クインテット、セクテット、セプテット、オクテット。
カルテットは四重奏の意です。
コンチェルトは協奏曲の意。

2/17 表記方法変更しました。
    題名、(1)から(上)に変更しました。
転石
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1900簡易評価
17.無評価しん削除
ξ・∀・) ガッ  ……なのだろうか。めるぽがぽこぽこ頭を叩くのは。違ってたらスマソ。