夜が終わり、日が昇って朝がやってくる。
訪れる長いまどろみに、不信感を抱く。
おかしいな。この時間になると、いつも咲夜が起こしにやってくるのに。
寝返りを打つ。
そうすることではっきりとしてきた意識で、無意識のうちに咲夜がやってくることに期待していた自分がいたことに苦笑する。
今日の目覚めは最悪だ。
愚かな自分を、どこか嘲るように見下している自分がいる。
仰向けになり、天上を見つめる。
いつもなら隣にあるはずの気配を感じないことに寂しさを覚える。
「……寒いな」
吸血鬼たる自分が、まさかそんなことを口にする日が来るなんて。
自らの肩を抱きながら呟く声は、まるで他人が発したもののようにさえ思える。
「冬は、こんなに寒かったのか」
空虚な声はそのまま部屋へと充満し、部屋全体へと伝染していく。
何故咲夜は来ないのだっけ。
――あぁ、そうだ。たしかケンカをしたんだっけ。
原因は些細なことだったと思う。
そしてこうなることはあらかじめ運命を先読みして知っていた。
なのに、結果として変わらないものになってしまった。
運命を操る者が運命に翻弄されるなんて…まったく、笑えない話だ。
……いっそのこと、れみりゃ化でもしてしまおうか。
小さくなって、一日中咲夜の側で甘えていれば、案外次の日には仲直りできそうな気がする。
ただ難点を挙げるとすれば、幼くなると今の自分の記憶をほとんど受け継がない、ということか。
しかし今までの経験上、幼くなった自分が咲夜の側にいなかったことはなかったし、デメリットと思えるようなこともないように思われる。
思い立ったが吉日。すぐさま行動を起こそうとして…その行動の馬鹿らしさにあきれ果てる。
――まったく。今日は本当に最悪の朝だな。
深く深くため息をつき、起き上がる。
今日は食欲もないし、館にいる気分ではない。
一日ずっと霊夢のところで暇を潰すか。
いつもの二倍くらい時間をかけて服を着替え、日が昇りきる前に博麗神社を目指す。
誰にも見つからぬよう気をつけながら日傘を持ち、神社へ向かう。
神社に向かう途中、喉の渇きを覚える。
そういえば今日はまだ一度も飲み物を口にしていない。
神社に着く前に何かを捕まえようかとも思ったが、やめた。
今日はなんだか血という気分じゃない。
それに喉の渇きくらい、霊夢の淹れるお茶でも十分潤せる。
そう、喉を潤す方法なんて、それこそいくらでもある。
別に咲夜の淹れる紅茶でなくったって、いくらでも……
そんなことを考えていたら、肌にぴりっと軽く電撃が走る。
どうやらもう博麗神社の境内に着いたらしい。
すっと高度を落とし、音もなく着地する。
一通り辺りを見回してみるが、霊夢の姿は見当たらない。
やはり縁側でのんびりとお茶でも飲んでいるんだろうか。
そう思い縁側の方まで足を伸ばしてみると、案の定霊夢はそこにいた。
いつもの事ながら、お前は本当に巫女なのかと疑いたくなる。
苦笑しながらも霊夢に気付かれないようにそっと母屋の裏へと回り、玄関の引き戸を静かに開く。
そのまま家の中へゆっくりと侵入し、縁側に座る霊夢の背後を取る。
「れーいむっ♪」
そのまま霊夢の背中へとダイブして抱きつく。
「わっ!?その声はレミリアっ?ていうか傘が頭に刺さって痛いんですけど」
「あ。傘のことまでは計算に入れてなかっわ」
かなり恨みがましい霊夢の声に、慌てて傘の角度を微調整させる。
傘が霊夢に当たらないようにしてから、にっこりと笑って抱きしめる力を少し強める。
「…レミリア?なんか少し機嫌悪くない?」
霊夢の言葉にどきりとする。
「そんなことないわよ」
「そう?なんか今日はいつもとは違って、私に縋ってるように見えたんだけど」
…博麗の巫女は、何故こういうときに限ってこんなに鋭いんだろうか。
なんの構えもなく、不意をつくように、自分が気付かない振りをしていた部分に、入り込んでくる。
霊夢の放った言葉のせいで、一瞬動きが固まる。
「…まぁ、咲夜がいないことから、大体理由はわかるってもんだけどね」
「ん~、霊夢のいけず~。私といるときに他の女の話はなしよ~」
精一杯強がってみせる。
そんな私の胸中を見透かすように、霊夢は苦笑する。
「はいはい。ま、お茶とお茶請けくらいなら用意してあげるわ。気が済むまでいなさいな」
少し待ってなさい、と私の腕を解いて奥の部屋へと入っていく霊夢。
いつも通りの霊夢に、少しだけほっとする。
「霊夢~。お饅頭買ってきたわよ~。…てそこにいるのは紅い悪魔?従者無しでここに来るなんて珍しいわね」
上空から声がする。
顔を上げてみると、そこには七色の人形遣いがいた。
「お前のほうこそ、自分から外に出るなんて珍しいじゃないか」
そう言ってから、ふと気がつく。
そういえば最近はよくここで見かけるな。
よくよく思い出してみれば、なかなか楽しそうに霊夢としゃべっていたので冷やかしたこともあった気がする。
「まぁ、私には関係ないからこれはただのお節介だけど…ケンカしたならはやく謝ったほうがいいわよ。多分あなたの方が悪いんだろうし。取り返しがつかなくなる前に…ね」
「ふん。ケンカする相手もいないようなやつにそんなこと言われても説得力に欠けるね」
「失礼な。これでもケンカする相手ならいるわよ。主に二人ほど」
アリスのその言葉に、本気で驚いた。
まさか、この口からそんなことが聞ける日が来るなんて…。
「……なんかすごい心外なこと思われてる気がするわ」
「気のせいじゃないかしら」
即答してやると、すごく不満げな顔をされた。
後ろから足音が聞こえる。
「なんか楽しそうにしてるわね。どんな話をしてたの?」
振り返ると、お盆の上に三つほど湯呑みを載せた霊夢がいた。
三つの、湯呑み。アリスの先ほどの台詞といい、どうやら私が来るよりも前からアリスはここにいたらしい。
「少し、ね。こいつにケンカができるような仲のやつが二人もいるなんて、幻想郷には奇特なやつがいるもんだなって会話をしてたの」
「悪かったわね、奇特で」
わっ、霊夢のことだったのか。
これにも少しだけ驚く。
…ていうか、いつのまにそんな仲になったんだろう?
気になりはしたが、今はそんなものを見る気分じゃないので、いつか気が向いたときに運命を覗き見させてもらおう。
霊夢が私の隣に座り、さらにその隣にアリスが座る。
霊夢からお茶を受け取ってから、ぽつりと呟く。
「でも意外ね。霊夢とアリスって、仲はよくてもケンカとかしない雰囲気があった」
「あら、意外とするわよ?だいたい一ヶ月か二ヶ月に一回くらいしてるんじゃないかしら。ねぇ、アリス?」
「……そんな瑣末なことは、どうでもいいのであった」
くすくすと面白そうに笑う霊夢と、何故か遠い目をするアリス。
少しだけ、好奇心に駆られる。
「どんな理由でケンカするの?」
そう聞くと、霊夢が楽しげに答えてくれた。
「アリスが嫉妬深いから…かな。あとアリスの妄想癖がそれを肥大させて勝手に怒って神社を飛び去るってのがパターンかな」
あぁ、と納得する。
たしかにそれは雰囲気ぴったりだ。
「……霊夢だって嫉妬深いじゃない。私が紅魔館の図書館に行ったり、研究に集中してたりして何日も来なかったりすると、次来たときすごい剣幕で問い詰めてくるじゃない。そのくせ勝手に自己完結させちゃって、何時間も話し掛けてるのにずっと無視したりするし」
アリスは拗ねたような口調でそう言う。
へぇ、霊夢って怒ると無視するのか。
そのときの二人の情景を思い浮かべて、苦笑する。
二人とも、まだまだ子供だなぁ。
「でも…ケンカしてる割には、仲がいいわね」
「そりゃあね。…たまに怒ってるアリスの顔を見て可愛いとか思うくらいだし」
ありゃ。それは重症ね。
アリスの方をちらりを覗くと、微かに照れていた。
はいはい。まったく、お熱いことで。
「それで、どういう風に仲直りしてるのかしら?」
この流れなら、こう聞いたって不自然じゃないだろう。
そう思い、思い切って聞いてみることにする。
…どうしてこんな流れになったか不思議でならないが、参考にできるものがあるならそれに越したことはない。
「ん~。大抵アリスが折れるかな。三日間くらいここが見える木の裏に隠れてて…」
「ちょ、ちょっと霊夢っ!?何もそんなこと言う必要ないじゃない、というか気付いてたのっ!?」
「あれで気付かないほうがおかしいのよ。あんな視線、嫌でも気付くわ」
「うぅ、嫌なんだ?やっぱり嫌なのね?そうよね…こんな根暗、やっぱり嫌よね……」
「……と、こういうところがアリスとケンカになる理由。わかってはいるんだけど、こんなアリスが可愛くてつい一ヶ月か二ヶ月に一回ケンカしてしまう罠」
微妙にいじけてしまうアリス。
…う。不覚にも可愛いと思ってしまった。
私でさえそう思ったのだ。霊夢から見ればたまらない可愛さなのだろう。
「んで、三日間の放置プレイを楽しんだ後、アリス来ないのかなぁ。寂しいなぁ。と棒読みしてあげると、私やっぱりいらない子なのかな?と落ち込んでいたアリスの表情がぱっと明るくなって、いそいそと玄関のほうに回ってきて、素知らぬ振りで仕方ないから今回だけは許してあげる、とかアリスが言って勝手に終わらせちゃう」
「ポイントは有無を言わさず勝手にケンカしたことをなかったかのようにさせちゃうことよ」
先ほどまでいじけていたはずのアリスがそう付け足す。
…というか、それはそんな自慢げに言われてもなぁ。
しかもアリス。霊夢に思いっきりばれてるわよ、あなたの作戦……。
でも、既に作戦と呼ぶことすら危ういアリスの作戦だけど…
それは、作戦がばれているから危ういだけで、それを知らない咲夜になら有効かもしれない。
そして何よりも、この作戦なら自分らしく謝れる気がする。
「…まぁ、どう謝ろうと私には関係ないけど」
かるくアリスのことをあしらいながら、霊夢が言う。
「べ、べつにどう謝ろうか考えてたわけじゃないわよぉ」
「はいはい。でもま、本当に怒ってる相手に高圧的な態度は逆効果よ、とだけ言っておきましょうか。アリスのこれは…まぁ、特別。アリスは自分から墓穴掘ったり、顔を赤くしてたりで「許してあげようかな」と思わせるタイプだから。…まったく。意識してやるならともかく、この子ったらそれを地でやってるからたちが悪いわ」
あぁ、説明を聞いてるだけでその光景が容易に思い浮かぶ。
うん、それは無理だ。自分にはそんな芸当真似できそうにない。
「さてさて、レミリアはどういう方法で咲夜に謝るのかな?」
にやにやといやらしく笑う霊夢。
うるさいなぁ。そもそもなんで私が謝ることで話が決まってるのよ。
お茶を一口含みながら、霊夢の言葉を無視する。
霊夢は意味ありげに微笑み、それ以上追求はしてこなかった。
ふん。霊夢のことだからきっと何も考えてないんでしょうけど…さて、どうしようかしら。
アリスの言葉で掴みかけたヒントも、霊夢のせいで振り出しに戻ってしまったわけだし…
そこまで考えて、私はふとあることに気がついた。
傘越しに太陽の位置を確認する。
ふむ。まだまだ日没までには時間はある。
「霊夢。今日は気が済むまでいてもいいのよね?」
「今日は、ね。日が変わったら叩き出すわよ」
「安心しなさい。さすがにそこまで居座ろうなんて思っちゃいないわよ」
苦笑しながら、立ち上がる。
「奥の部屋を少し借りるわ。ちょっとだけ一人にさせてくれないかしら」
そう言うと、霊夢は肩を竦ませる。
何も言わないということは、つまりいいということ。
ありがとう。
小さくそう呟き、奥の部屋へと向かう。
――五つの難題よりも難しいこの難問。
…さて、と。どうしたものかな。
私は再び苦笑しながら、静かに目を閉じる。
考えるなんて、らしくない。
私は私らしくしていればいいんだ。考える必要なんて、どこにもない。
だからこの時間は、私の心をゆっくりと落ち着けるための時間だ。
大丈夫。時間は待ってはくれないけどまだたくさんある。
それまでに、自分を取り戻すことくらい、造作もないこと。
無音。
縁側には霊夢やアリスがいるはずなのに、その音さえ聞こえない。
ありがとう。
もう一度だけそう呟き、集中する。
目を閉じた暗闇の世界に、ただ一筋の光明を見出さんと。
ただそれだけを求め、私は目を閉じ続けた。
☆★☆★
暗い暗い廊下を、こつこつと音を立てて歩く。
…まったく。霊夢ったら本当に日が変わった瞬間に叩き出すなんて、ひどいわね。
加減もなく頭を叩かれたせいでちょっとだけ痛い。
いくら吸血鬼とはいえ、巫女に叩かれれば痛いに決まってるじゃないの。
そんなことを思いながら、一通の手紙を持ってある場所へと向かう。
館に帰ってきて、自室の扉を開けた途端目に付いた手紙。
『帰って来たらいらっしゃい』
一言しか書いてなかったし、名前は書かれていなかったが、そもそもこの館でこの私と対等に話せるのはあいつしかいない。
動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジ。
もう深夜といっても差し支えない時間だ。きっとあいつは図書館ではなく自室の方にいるだろう。
…とはいえ、あいつの自室って図書館を通っていったほうが早いんだよねぇ。咲夜が空間を弄ってるから。
そんなこんなで図書館を横切り、あいつの部屋のドアをノックもなしに乱暴に開く。
「遅いわ、レミィ」
「一日中本を読んでるあなたに遅いも早いもないでしょうに」
そうは言うものの、寝巻きを着てベッドの上で本を読むパチェの姿を見てもう少しだけはやく帰ってくればよかったかな、と思った。
「昨日はあなたと咲夜の件のせいでとばっちりを受けてあまり寝てないのよ。だから、私は今猛烈に眠いわ」
パチェの言う通り、パチェの瞼は今にも落ちてきそうだった。
「それじゃあ私をここに呼んだ理由を教えてくれないかしら」
「そうしたいのは山々だけど…その前に――」
あくまでも眠たそうな表情で。
けれど、その声はとても真剣な響きで、私の耳に届く。
「反省と後悔は終わったかしら?決意と思考はまとまったかしら?」
「なんのことかしら。よく、意味がわからないわね」
「わかってるくせに。どう?普段自分がやってることがどういうことか、少しはわかったんじゃない?」
パチェが微笑む。
全てを見透かすように、微笑む。
「さぁ、それはどうかしら」
その問いは、いつもなら答えることのない問い。
いつものように肩を竦めてはい終わり、で済まされる程度の問い。
しかし、でも…と。
私は、続きを口にする。
「でも、悪くはなかったわね」
そう。一度きりの体験で済むのなら、それはそんなに悪くはない体験だった。
もっとも、何度も続くのはごめんだけども。
私のその答えを聞いて、パチェは満足げに頷く。
そしてベッドの隣に置いてあるテーブルに向かって、指で小さな魔法陣を描く。
それは、まるで世界からはみ出したものを世界の中に再び取り込むかのような光景だった。
何もなかった場所に、少しずつ色を取り戻すものがある。
少しずつ、少しずつ。
湯気を立てる、カップがその場に現れる。
「私の用件は、つまるところこれよ」
そのカップを手に、パチェが私のもとへとやってくる。
「咲夜がね、今日はレミィが何も口にしてないから、せめてこれだけでも飲ませてあげてくださいって言って私のところに持ってきたのよ。もちろん、あったかいまま時を止めて…ね」
はいっと差し出されたカップを手にする。
それは紅い紅い、血のように紅い紅茶。
匂いこそ普通の紅茶だったが、一口含んでみて、その理由を理解する。
ごく少量。本当にわずかな量だが、この紅茶には血が混ざっている。
そして、この血は――
「――咲夜。この紅茶をあなたに渡すとき、何か言ってなかった?」
「いえ、特に何も言ってなかったわ」
「…そう」
「ただ――」
「ただ?」
「テーブルの上で時を止める前に、自分の指を切って血をたらしてたけどね」
「そう」
「隠し味は直前に入れるからこそ、味が引き立つのですとか言ってね」
「そう」
パチェの話に適当に相槌を打ちながら、今はただ咲夜の血の香りを堪能する。
そういえば長い間。もう随分と咲夜の血は吸ってなかった気がする。
昔から好きだったこの血液型。でも、咲夜が来てからさらに好きになった。
なのに咲夜ったら、仕事に支障をきたすからってなかなか吸わせてくれないし…。
「…レミィ?人の話聞いてる?」
パチェが私の顔を覗き込みながら聞いてくる。
「話半分程度には」
「それじゃあ、今どんな話をしてたか言ってみなさい」
「レミィはいつ見ても気高いわね、でしょ?」
「全然違うわ…」
あ。呆れられた。
ここまで盛大にため息をつかれるってのも、最近では余りなかったのでちょっと新鮮。
「まぁ、いいわ。その調子なら、なんとかなるでしょうし」
「なにがなんとかなるのよ。気になるから教えなさい」
「い・や。私は咲夜の相手したり妹様の相手をしたりで疲れてるの。さっさと出て行きなさい」
このままごねていると本気でパチェのロイヤルフレアが炸裂しそうな雰囲気なので、さっさと退散することにする。
「あぁ、そうそう」
パチェの部屋のドアを閉める前に、思い出したように言う。
「咲夜とのことなら心配ないわ。明日には、きっといつも通りだから」
「……ちゃんと聞いてるじゃないの」
くすくすと笑いながら、パチェの部屋のドアを閉める。
手には相変わらず咲夜の血の入った紅茶がある。
さて、匂いが飛ばないうちに飲み干してしまおうか。
それから、何をしよう。
そんなの決まっているじゃないか。何もしないんだ。
咲夜はきっと、明日には何食わぬ顔で私のベッドの隣に訪れるだろう。
あいつは鈍いから、私が怒っていようと気付かぬ素振りで私に接するのだ。
だから、私もいつも通り接しよう。
私も鈍い振りをして、いつも通り接するのだ。
これは、傲慢なのかもしれない。
けれど、それが私なのだ。
自分の部屋に辿り着く。
飲み干したカップを適当な所に置き、私はいつものように日記をつけ始める。
意外に思えるかもしれないが、これが私の日常なのだ。
自分の性格が捻くれていることくらい、自分でもわかっている。
だからこその、日記なのだ。
いくら私が吸血鬼だろうと、感情を溜め込むことは出来ない。それは、あいつで確認済みだ。
だから、私は日記に感情を吐き出す。
普段はあまり使わない、運命を操る程度の能力を使って、この日記が誰にも見つからないように、読まれないように操作しながら、一人日記を書き続ける。
…とはいえ、日記をつけ始めるようになったのは咲夜がやってきてからで、それまではやっぱりあいつみたいな暴走をしばしば繰り返したのだけども。
「…よし、と。それじゃあ、今日はもう寝ましょうか」
書き終えて、くっと背伸びしてからベッドに向かう。
やはり日課とはいえ、日記を書くと肩が凝る。
文字には催眠効果もあるし、寝る前にはうってつけだ。
もぞもぞと自分のベッドの中に潜り込む。
ふぁ…今日はいろいろなことがあったし、ぐっすりと眠れそうだ。
……ふん。
おやすみ、なんて言わないんだから。
咲夜の、ばーか。
○月△日 ※※※※
――まったく。あなたは本当に鈍感よね。
いつも気が回って私のことになるとすぐに用意するっているのに、なんでそんなに鈍いのかしら。
きっとそういう感情をいつもいつだって見て見ぬ振りなのね。
そんなあなたが好き。だから嫌い。
あなたがそんなんだから、私はこんなんになっちゃったのよ。
私だって昔は…もう少し、甘えられてた気がするんだから。
ちっちゃな時の私は今の私のことを全然覚えてないみたいだけど、今の私はちっちゃな時のことをほとんど覚えている。
ちっちゃい私は咲夜にいっぱい甘えられてる。
そんな私が好き。だから嫌い。
あの子の思い出も私のものだけど、あの子の思い出は私の思い出じゃないから。
でも…あの子が咲夜を占領してくれれば、他の人に奪われなくてすむ。
私だけの、咲夜でいてくれる。
だからいつも私は、私のものじゃない思い出の中の咲夜に甘えられる。
こんな自分…大嫌い。
嫌悪感。
こんな自分に嫌悪する。
醜い嫉妬を嫌悪する。
種族の違う私を嫌悪する。
自分の気持ちを伝えたら、咲夜は応えてくれるかしら?
私は、もっと甘えられるかしら?
何度も辿り着いた結論。でもまだ実行に移せない行動。
この感情は強すぎるから。
強すぎる感情を表に出すのが恐いから。
だから今はまだ我侭なご主人様でいよう。
だから今はまだ傲慢なご主人様でいよう。
だから…はやく、私の想いに気づきなさい。
そうしたら私も思い切ってあなたに近づけるから。
…こんな厄介な捻くれた自分の性格。
好きよ。面白いじゃない。
でも嫌いね。吐き気がしてくるもの。
だけど大好き。咲夜が大好きな私は大好きなの。
――そんな私を、あなたは好きでいてくれるかしら?
・
・
・
・
・
お休み、咲夜。
不覚にも
…いいよ、こういう関係。うはぁ。
ああけど木の裏に隠れて霊夢の様子をひたすらに伺いつつ霊夢の言葉から仲直りのきっかけを待ち続けて、しかも霊夢の掌の上で踊らされているのに気付いていないアリスがそれ以上にとにかく可愛いなぁとか思ってしまう私は色々と再起不能なのかも知れません。
バレンタインなレミ咲を読めて大変幸せです