月明かりの下、風の葉音に乗って、小さなメロディが流れている。
気ままに夜の散歩を楽しむ、夜雀の歌姫ミスティア・ローレライの耳は、そのかぼそい音色を雑多な夜の音から拾い上げた。
―――…………♪
「ん……? なんか、歌が聴こえるような……。どこからだろ」
きょろきょろと周りを覗う。
ミスティアの周囲を囲むのは、背の高い常緑樹。
ギザギザの尖塔の群れは、夜空の月を追い落とすかのようにツンツンと尖がっていた。
とても木立ちの合間に誰かが居るとは思えない。
ならば、地中か?
神経を地面に集中させた。
惜しい。
確かに地面に近い位置から聴こえてくるが、地面の中という訳ではないようだ。
むしろ、なにかとても小さなものから……聴こえてくるような……。
音のする辺りに、目を凝らし、集中してみると――ミスティアは”ソレ”に気がついた。
月明かりの下、ぽつんと落ちている奇妙な匣。
その匣は、柔らかい月光を浴びて白銀の輝きを放っていた。
なにやら怪しい唸り声が、匣から伸びる白い二本の紐の先についた詮から聴こえてくる。
恐る恐る、彼女はその匣に近寄り、つんつんと足先で突付いてみた。
―――…………♪
「わ」
ビンゴ
確かに音は、その耳栓のようなものから聴こえてくる。
でも、一体コレは何なのだろう?
妖怪……ではない、と思う。だってこの匣からは全く妖気を感じられない。
人間の仕掛けた……罠?
否定は出来ない。弱々しい人間どもは、力ある妖怪に対抗する為に様々な道具、霊符を開発する。
これがその一種ではないと、どうして言えるだろう。
だが―――
「よっ……と。ん、案外軽いわね」
無造作にひょい、と匣を拾い上げる無警戒な鳥頭が一匹。
「どういう物なのかな? えーと、この先から音が出ているみたいね」
よっと耳栓を耳に近づけた。すると、やはり歌が聴こえてきた。しかも、先程よりはっきりと、歌詞がわかる程度に。
―――…………♪………♪…………………♪
「わぁ………」
美しい歌であった。
彼女が聴いたことの無い、異郷の調べ。
それは、いつか見た夢の物語。
月の砂漠を旅する恋人たち、周りには自分たち以外誰一人として居ない。
夜空には静かに星が瞬き、時間と共にくるくる廻る星空は――スターダストレヴァリエの如く綺麗に流れる。
―――星の器に注がれるは、月光の芳酒。
消えては瞬き、瞬いては消える。
永遠のような、儚い夜。
旅人たちは星に願いを託し、月に自分たちのことを忘れないで欲しい、と祈りを捧げる。
そう――――――いつまでも、いつまでも。………忘れないで………と。
「……………」
しばし、無言で歌に聴き入るミスティア。
軽い気持ちで拾った不思議な道具。
なにより歌を愛する彼女が、自分の知らない歌――
『異郷で紡がれし、恋の歌』
を聴いて、黙っていられる筈が無い。
「………たい」
無意識に零れる願い。
「歌い、たい……」
抑えきれぬ想いは、夜雀のチンチン囀る口を衝き、外界へと溢れ出す。
「否、歌わなきゃだわ! この感動を……夜道を行く旅人に、伝えなくっちゃあ!」
彼女はそう叫ぶと共に、その匣をポイっと放り投げ、バサバサと羽ばたいて夜空を翔け上がる。
「~~~~~♪」
早速憶えたメロディを口ずさみながら、夜雀ミスティア・ローレライは往く。
今夜は満月。
少し欠けているようではあるが、細かいことは―――気にしない!
暦では満月となっているのだから、誰がなんと言おうと、今宵は満月なのだ。
夜空を照らし出す、私のステージ。
私が紡ぐ、素晴しい歌声で………一寸先も見えない程度に、夢中にさせてやる!
そう――
『もう、歌しか聞こえない』
と言うぐらい、この世界を感じて貰おう。
「お、さっそく旅人はっけーん!」
見れば、夜空を飛行する二人の人影。
先刻の歌にある通り、恋人同士なのかしら。
だったら―――
「ちょ、ちょっと待って~!」
訝しげに声のする方角を見やる人影たち。
あ、そうか。私ってば夜雀だから、はっきり姿を見せちゃあマズイわね。
ふふふ……何も見えない、何処から聞こえてくるのかも分からない……ミステリアスな謎の歌!
もし、人間だったら私が―――鳥目にしてあげる!
夜雀の怪
ミスティア・ローレライ
Mystia Lorelei
彼女の華麗なステージは、これから始まる―――
無論、弱っちい彼女の弾幕では―――すぐに強制終了させられるのだが。
現実は、伝説のリサイタルのようには、いかないのだ。