霊夢との気まずくなってしまった関係を直すため、私、アリス=マーガトロイドは、魔法で過去へさかのぼり、歴史を改変しようと試みる。
目がさめた、やはり人形たちはそろっていない。念のため残りの人形たちに聞いてみる、私が目覚める少し前に外へ出たとの事だった。本当にやり直しがきくのだ。今度こそは間違えない。
まず神社までまっすぐ飛び、付近の森の中に着地した。人形たちが霊夢を襲いにここへやってくる事はわかっている。待ち伏せして、説得するか、あるいは・・・、破壊するか、とにかく霊夢を傷つけるような事はさせない。上海と蓬莱にも魔力を練らせ、臨戦態勢を保つ。
「おい、何してんだ?」
突然声をかけられ、レーザーが暴発しそうになる。振り返ると魔理沙の姿があった。なぜこうも邪魔が入るのか。
「魔力全開でどうしたんだ?まさか霊夢を闇討ちするつもりか。」 彼女の視線が鋭くなる。
「そうじゃない。」
「じゃあ何なんだ?」
「あんたには関係ないわ・・・。ううんやっぱり聞いて欲しい事があるの。」
ついいつもの調子で悪態をついてしまいそうになるが。いまはまずい。魔理沙にこの事を伝えたらどう思うだろうか。ええい、いまはあの人形をとめなきゃ。私は罵倒をぐっとこらえる。恥ずかしくても我慢しなければならない、感情におぼれるから失敗するのだ。よし、喧嘩したい気分が少し収まってきた。えらいぞ私!勇気を振り絞って事情を話した。もちろん時間操作についてはふせたままで。
「わかった、要は霊夢をねたんで飛び出したと思われる人形を止めるか、最悪の場合撃墜、破壊、って所だな。」 幸運にも彼女は理解してくれたようだ。
「そうなの、だから協力して欲しい、お願いだから。」
「わかった、事情が事情だしな、協力するぜ。」
しばらく森の中で待ち構える、もう下手に探し回らない方がいい。いくらか魔理沙と取り留めの無い会話をしながら、その場をはなれず人形の気配を探る。不意にこちらへ向かってくる怨念を四つ感じる。来た、魔理沙にバックアップを頼み、空に浮かび上がる。憎しみに燃えて霊夢を探していた人形たちと対峙する。人形たちは驚いた表情を見せたが、迷いを振り払うかのように叫ぶ。
「アリス、そこをどいて。」
「私たちからアリスを取り上げたやつを許さない。」
「死んでもらう。」
「そうだ死刑死刑~。」
「待って、あなたたち霊夢を誤解してる。彼女もあなたたちと同じ友達なのよ!」 私は必死で説得を試みる。
「アリス、わたしたちより人間を選ぶの?」 人形たちがあの悲しげな目で私を見つめてくる。
「わたしなんていらないんだ~。」
「違う!あなた達も大事、そして霊夢も私にとって大事。じゃああなた達は霊夢の事をどれだけ知ってると言うの?」 私は声の限り叫んだ。彼女たちはひるむ。
「・・・全然知らない。」 若干攻撃的なトーンが下がったようだ。
「じゃああなた達も霊夢と会ってみましょうよ。きっと気に入ると思うわ。」
「アリスがそこまで言うのなら。」 しぶしぶ返事をする人形達。
「ありがとう、みんな大好きよ。」
「どうやら最悪の事態は回避できそうだな。」 いつのまにか近くに飛んできていた魔理沙が声をかけた。
「やっぱり私の作った人形だもの。」
「お前の作った人形にしては、だろ。」
「失礼な、でもまあいいか、念のため神社まで付き合ってくれない?」
「もちろん、私もなんとなく霊夢んちへ行きたい気分だったしな。」
いつもならここで、魔理沙との口論がエスカレートして弾幕ごっこになってしまうのだが、今日は何故かさらりと流してしまう事が出来た。霊夢と出会い、魔理沙と一緒にこの前の異変解決に当たったことで、私の何かが変わりつつあるのだろうか。そして、人形達が霊夢とも仲良く出来れば文句なしなのだけど。
神社に降り立ち、社務所の戸をたたく。霊夢は私が多くの人形達をつれてきたのを見て驚いたが、快く私達を奥に上がらせてくれた。彼女はまだ眠そうな目をしていたが、ちょっと待ってて、と言って厨房へ姿を消すと、やがて三人分のお茶と何きれかの羊羹を持ってきてくれた。
「量が少ないから、ちゃんと味わって食べてね。特にそこの白黒さん。」
「幻想郷は厳しい世界だからな、食えるときに食っとけ、だ。ところで玉露、おかわり。」
「相変わらずね。」 と言いつつも、湯飲みにお茶を入れてあげてるのが微笑ましい。
「ところであなた達は何の用?」
「私は暇つぶし。新しい丹を精製し終えたんだが、まだ冷ますのに時間がかかるんだ、これも大事な魔女のお仕事だぜ。」
「アリスは?」
「私は人形達を紹介しに来たの。」
「新作の?」
「そうよ、みんな彼女にご挨拶して。」
私は上海と蓬莱をのぞく人形を霊夢の前で挨拶させた。見た目は無邪気そのものに見える。
「ねっ、霊夢は悪い人じゃないでしょ。」 そっと耳打ちする。人形達は無言でうなずいた。
3頭身ぐらいの人形がぺこりとお辞儀をするさまはとても可愛らしく。魔理沙も霊夢も表情が和らいでいくのがわかる。
そのあと、全ての人形達に、あらかじめ練習させておいたダンスを空中で披露させる。重力など気にせず、華麗に、のびのびと舞う。何事にも深くとらわれず、あらゆる重圧を無意味なものにしてしまう、そんな霊夢の姿をイメージして振り付けたものだ。思った以上に出来が良かったので、つい自分も見とれてしまう。終わったあと、観客の二人が拍手してくれた。
「可愛かったわ、アリスもたいしたものね。」
「魔女より振り付け師になった方がいいんじゃないか?」
「ありがとう、こんなに喜んでくれて。」
涙が止まらない、悲しいのではなく、生まれて初めて、喜びで流す涙。こんな幸福があったなんて。
この暖かい時間がこのまま止まってくれたらいいのに。
喜びで気がつかなかった。人形達が霊夢を囲む不自然な位置へ飛んでいき、上海と蓬莱が必死に制止しようとしていたことを。
突如、人形の一体が隠し持っていたナイフをもち、霊夢に襲い掛かった。私が異変に気付いたとき、すでに霊夢の背中からナイフの柄が生え、何かの冗談と思えるほどの、出血が、霊夢の血が、彼女の血液が、床や壁を真っ赤に染めあげていて・・・。いまや紅白ではなく、紅のみの装束になった巫女は見開いた目で、私を見つめ、言った。
「なぜ・・・、アリス、私が、そんなに、憎い?。」 私に向かってふらふらと足を引きずり、血だらけの手で、
私の両腕をつかむ。私はその場で彫像と化すしかなかった。
「好きに・・・なれる、・・・った・・・のに。」
どさり、とその場に崩れ落ちる、魔理沙が箒で人形達を殴りつけながら駆け寄る。私はいままで身動きが出来なかったのに、次の瞬間、何かがこみ上げてきて、少女が出すとは思えぬ野獣のような咆哮が喉の底から湧き出て止められない。その叫びは悲しみとも怒りともつかぬ感情の奔流。
私は襲った人形達をわしづかみにし、腕をもぎ、足をちぎり、頭部を噛みちぎり、胴体を八つ裂きにした。あたかも獲物に襲い掛かる肉食獣のごとく。あたかも、人形を壊せば霊夢が生き返ると信じるかのごとく。
二体目の人形を壊した後から先は、よく覚えていない。
それから一週間が過ぎた。結論から言って、彼女は一命をとりとめた。襲った人形達を全て、素手で破壊し尽くし、なおも半狂乱に何事かを喚いていた私。そんな私を、魔理沙はマジックミサイルで軽く黙らせた後、慣れない治癒の魔法で応急処置をし、箒に彼女の身体を縛りつけ、紅魔館へ飛んでいったと言う。そこでかのパチュリーの魔法で治してもらったらしい。そして幻想郷唯一の巫女は、完全に傷口は塞がり、失った血液もメイドさんたちの輸血で補い、こうしていつもの姿で魔理沙の家にいる。ずっと眠ったままであることを除けば、だけど。パチュリーも、こればかりは自分の手ではどうにもならないと言っていた。
私は今日、思い切って霊夢が眠っている霧雨邸を尋ね、看病の手伝いをさせて欲しいと願い出た。怒鳴られて追い返されるかと思ったが、以外にも、「そうしてくれると助かるぜ。」と認めてくれた。
「魔理沙、ごめん、私が人形を連れてきたせいで。」
「仕方が無かったんだ。それに一応助かったんだし。」
「あの時、見つけ次第人形を消滅させていれば。」
「何も言うな、前お前が言っていたじゃないか、人形達は私の大切な友達だって、それを自らの手で始末つけたんだ、例えとち狂った状態だったとしてもな。それだけ罪の意識を感じていて、何より、霊夢を、好きだったってことだろ?」
魔理沙は穏やかな口調で話してくれる、私はなにも言えなかった。
「もしそれでも自分を許せないと言うんなら、霊夢が目覚めそうなマジックアイテムでもかっぱらってきてくれないか。」
「分かった、邪魔する者は弾幕浴びせてでも取ってくる。」 私はベッドで眠る霊夢を一目見た後、霧雨邸を後にした。「待っててね。」と軽くつぶやいて。
「冗談で言ったんだがな。しっかしあいつが他人のために何かするなんて、人は変われば変わるもんだ。
気をつけろよ、今とんでもないのがそっち行ったぞ、香霖。」
アリスを見送った後、そう独り言を言った。そして家の中に戻っていった。いつも何かとにぎやかな魔法の森は、今日はやけに静かだった。
霊夢は確かに生き延びた。でも全て私が原因でああなった事に変わりはない。あの時からかなり時間がたったのと、思いっきり泣き叫んだせいもあって、いくらかは冷静でいられるようになってきた。
でも罪悪感はなくならない、彼女はあの時、「好きになれると思ったのに」といった、私を信じてくれていたのだ。そんな霊夢を私はひどい目にあわせてしまった。しかし自分を責めながら、ぶつぶつつぶやいて家に閉じこもっていても、何も変わらない。何か行動しなくては、と強く思う。こういう気持ちは決して霊夢のためではなく、結局は自分のためにやっているに過ぎないのだろう。しかしそうせずにはいられないものがある。
例えもし彼女が目を覚ましても、私を許さないかも知れない、でもそれならそれで、その彼女の気持ちを正面から受け止めるつもりだ。彼女の存在は、ずっと孤独がいい、孤独でいいと信じていた私の目を覚ましてくれた。今度は私があなたを起こしてあげる。そう思い、飛ぶスピードを上げる。
こんな状況なのに、妙に風が心地よかった。
BAD END ただし 希望無きにしも非ず
+ + + + +
自分の作った人形が嫉妬のあまり霊夢を襲い、その結果、嫌われてしまった私。パチュリーの助けで昨日へと戻り、やり直しを計るが・・・。
目が覚めた、自宅のベッドだ、あの4体の人形達はいない。あの日の朝に戻ることに成功したようだ。起き上がりながら、どうしようか考える。人形達が霊夢に対してした事は、特に太刀打ちできないほど強力な弾幕とかではなかったはずだ。事実、霊夢はかすり傷一つ負ってはいないようだった、でも、精神的なダメージは深かったのだろう。きっと、私が仲良くなるふりをして人形をけしかけ、自分を殺そうとしたと誤解されたのだろう。彼女があれほど取り乱して泣き、怒るということは、もしかして、霊夢と友達になりたかった私にとって「脈があった」と判断して良かったのかも知れない。思い入れが強いほど、裏切られたと知ったときの落胆は大きいものだから。
それに、いついかなる重圧に対しても、平然と受け流す霊夢を、あれほど取り乱させるような襲い方をしたであろう人形達も、私を奪った(と思い込んだ)彼女をそれだけ憎むくらいに、強く私のことを想っていてくれていたのだろう。
つまり、私は自分が考えているほど、一人ぼっちではなかった。それを理解できなかった。
自分の愚かさが招いた悲劇。
だけど、せっかくやり直しの機会を与えられたのだから、何か試してみよう。魔理沙に聞いたところ、人形達の怨念はすさまじく、「ありゃ殺すつもりだったんだろうぜ」と話していた。これほどに事態が悪化した以上、今さら私がどうあがいても、霊夢を間接的に傷つけるという運命は止められない予感がする。しかし、こうしている間にも、人形達は殺意を抱いて霊夢のところへ向かいつつある。このままじっとしているなんて嫌だ。悪あがきしか出来ないのなら、徹底的にあがいてやる。私の中で何かが吹っ切れた。
自分がこうも積極的にアクションを起こせるとは気付かなかった。我ながら辛気臭い性格だとは思うが、結構ポジティブな部分も持ち合わせているのかも知れない。霊夢はわたしのそういったところも見抜いていたのだろうか。
身支度をする。あの人形達はどうあっても霊夢を殺そうとするだろう、確かに、私は初めての人間の友達ということで浮かれるあまり、人形達の世話をせず、その事が彼女達を傷つけたであろうことは明白だ。こうなったのも私の責任、しかし、自分のせいで霊夢が不幸になるのは確実に避けなければ。私は決心した、霊夢を襲うであろうあの人形達を・・・そう、破壊する。自分の責任だから、魔理沙やパチュリーに頼らず一人で決着をつけてやる。もっとも、応援を呼ぶ時間などないが。
上海、蓬莱は置いていく、数刻の後、同族が目の前で破壊されるのだ、それも私の手によって。そんな光景を彼女達に見せるわけには行かない。マジックアイテムを家中からかき集め、玄関のドアの前に立つ。一度深呼吸をする、まるでそれが出発前の儀式であるかのように。
それからドアをあけて、高速で空を飛んだ。あせりも怒りの衝動もない、ただ冷静に魔力を練って飛び続ける。これほど感情の昂ぶりと、身にまとう魔力の上昇が反比例するのを感じた事はなかった。これから壊すことになる人形達に、心の中で、「ごめんね」とつぶやく、こう思うのはきっと偽善だろう、もう人形達の抹殺を決めているのだから。でもこれが私の偽らざる本心である事に変わりは無い。自分の気持ちが善か悪かは神様にでも判断させればいい。
湖のほとりの博麗神社に近い場所の上空に陣取る。祈るような気持ちで人形達を待つ。湖の妖精達が遠巻きにこちらを見つめているが気にしない。ふと宵闇の妖怪が恐れずこちらに近づいてくる、私が大きな魔力を漂わせている割りに、憎しみやその他の負の感情におぼれてないからだろう。彼女は尋ねる。
「ねえ、ここで何やってんの。」
私は答えない。
「お姉ちゃん、魔力が翼みたいに背中で輝いているね、とってもきれい。まるで天使みたい。」
私はなおも黙っている。
「ねえ、何をするつもりなの?」
私の瞳をじっと覗き込む、黒と白の服を着た妖怪。やがて・・・。
「そーなのかー、運命と戦うんだ、がんばってね。」
何かを悟ったのか、一人で勝手に納得して飛び去っていった。そう、これは私や霊夢を縛る、運命との戦い。もう後へ引く気はない。
氷精達の中で、ひときわ大きい身体を持つものが2体、他の氷精達をかばうようにして、両手を広げて空に浮かんでいる。彼女の後ろで、小さな仲間達が不安そうにこちらを見ている。ここは彼女達の領域なんだっけ。悪い事をしてしまった、早く終わらせなければ。
「あなたたち、もう少し離れていた方がいいわ。」 取り囲んでいるギャラリーたちに呼びかける。
二人のここのリーダーと思われる氷精達は、こくり、と無言でうなずいて、うんと後方へ仲間達を下がらせた後、自分達も去っていった。
意識を気配を感じ取る事に集中させる。来る。
四体の人形達は、私の前に並ぶ。宣告する。迷いはもはや無い。
「あなた達には、消えてもらうわ。」 人形達が応答した。
「やっぱり、私達のこと、いらなくなっちゃったんだね。」
「もう私達のアリスじゃないんだ。」
「霊夢という女がアリスを奪った、憎い、殺してやる。」
「もう昔のアリスじゃないなら私達がアリスも終わりにしてあげる。」
といい終わらないうちに、2体の人形がレーザーを放つ、私は驚きで一瞬反応が遅れ、ぎりぎりのところで交わす、自慢の金色の髪の毛が焼け、嫌なにおいが鼻につく。
言葉で傷つく時間すら与えてくれないようだ、でもその方が迷わなくて済む。
間髪入れずに残りの二体の人形がナイフを振りかざし接近してくる、最初の人形の突きを避ける。これ位はたいしたことはない。視界の片隅にレーザーを放った二体の人形が、次の狙撃に向けて魔力を充電しているのが見えた。残りの一体はどk
後方に殺気!
浮遊の術をカットして急降下する。可愛い手に握られたナイフが、一瞬前に私の首筋があった空間をむなしく通り過ぎる。
いいチームワークだ、さすが上海、蓬莱クラスの戦闘人形として私が仕込んだだけのことはある。などとこの場に似つかわしくない思考が脳細胞を駆け巡る。だけど。
「もう、終わりににしましょ。」
背嚢からすばやく魔道書を取り出し、書かれている呪文を詠唱する。これは最強の魔法が記された本であるとされながらも、私が未熟すぎて使いこなせず、ずっと本棚の屋で埃をかぶっていたものだ。でも今なら使いこなせそうな気がする。よく寓話などで、自らの富や名声のために、禁断とされる秘術や魔力に手を出し、結局はその力に飲み込まれて自滅するなんていう話しを聞くが、私の目的はそんな欲望のためじゃない。いや、確かに欲望のためではある。しかしそれは霊夢を傷つけさせないため、自分の運命に決着をつけるためのものだ。
もし私がそうした寓話の主人公ならば、周囲の者達の心を考えてみもせず、身勝手に振舞ったせいで友達と人形を失った。このことですでに愚かさの報いは受けているはずだ。いわばこの戦いはその清算を果たすための後日談といったところ。だから力を貸して欲しい、魔道書よ!
魔道書から力が湧いてくるのを感じる、でもうまく制御できている。いける、私は確信をもって力を弾幕に変換する。
私の放つ大量の弾幕が人形達のいる空間を満たす。魔力弾の飽和攻撃に耐え切れず、ナイフを持った人形の一体が被弾し、生物とも、無生物ともつかぬ構造物を撒き散らして四散する。あの子は四体の中で一番おとなしかったけど、他の人形達が喧嘩しているのを見て、身体を張って止める芯の強さがある子だった。しかしもう、その光景を見ることは出来ない、私がたった今、殺したから。
レーザーでの狙撃担当のうちの一体が、我を忘れて私に飛び掛ってくる。
「よくも、私の妹を!」
ああ、彼女はいま吹き飛んだ子のお姉さんなんだっけ。いつも二体は仲良しだった。
大きくて速い必殺の弾を一発放つ。心の中で「ごめんね」と言いながら。
怒りに我を忘れて、作戦も関係なく正面から突っ込んできた彼女は、その情念とは裏腹にあっけなく分子レベルにまで分解された。
最後に残った二体の人形は、仲間を失ってもひるまず、私に向かって、弾幕を放ちながら近づいてくる。積極的に撃ってくる左側の人形に、レーザーの狙いを定めようとしたが、急に人形達は自分達の位置を入れ替える。左側にいた人形は右側に、右側にいた人形は左側に移動し、それを何度も繰り返しながら接近を試みるため、狙いを絞りにくい。さっきのような弾幕の飽和状態をを作り出す事も考えたが、魔力の消耗が激しく、先ほどまであれほど多量に練り上げたエネルギーが尽きかけている。人形はさらに接近してくる。明確な殺意がひしひしと感じられる。私は恐怖する。この子達は、いや、この子達も、確実に相手を殺すつもりなんだ。
ところが、あるところまで近づくと急に飛ぶ向きを変え、博麗神社の方向へ矢のように向かっていく。まずい。私はあわてて追いかける。しかし人形達はくるくると回るように、前後の位置を交互に入れ替えるので狙いにくい。どちらを狙おうかと迷っていると、私に近づいた方の人形が振り向きざまに弾幕を放ってくる。それを撃とうとすれば、彼女は飛ぶスピードを上げ、代わりにもう片方がスピードを落とし、私に接近して攻撃する。それを交互に繰り返す。考えたものだ。
それでもついに一体が魔力切れのため動きが鈍り、私のレーザーによって首なし人形と化す。手足と胴体だけになった彼女は、ほんのわずかの間だけ、そのままの姿勢で何事も無かったかのように飛び続け、やがてスピードとバランスを失い、くるくると木の葉のように落ちていく。
最後の人形が私に向き合いこう訴えた。
「私達はアリスが大好きだったのに。」
そして発声機能の限界を試すかのような大声で、私を打ちのめす、あの言葉を口にした。
「嘘つき!」 と。
同じことを叫んだ霊夢の姿と、目の前の人形が重なる、あの時の悲しさ、辛さが鮮明に、強制的に思い出される。それこそその時の博麗神社にタイムスリップしたのと同じように。意識しないうちに涙があふれてきた、「ごめんなさい、ごめんなさい」とひたすら謝り続ける。目の前の現実は、自分の意識の中から、完全にシャットアウトされている。
どすっ
胸にナイフが突き立てられる、自分に突き刺さったナイフの柄をどこか他人事のように見ながら、ああ、結局こうなるか、とぼんやり思う。これが歴史を改ざんしようとした者への報いなのか。もう私は助からないのか。上海・蓬莱人形がいれば、家に残した人形達は、私がいなくてもやっていけるだろう。あと霊夢の身と、そして、ある事が気になった。
私を刺した人形も泣いていた、涙を流す機能はついていないが、はっきりとそう感じられる。私は自分の胸のナイフを引き抜き、人形を抱き寄せた、返り血を大量に浴びる可憐な少女の姿をした人形。でも彼女は抵抗しなかった。
「最後に一つだけ教えて、今の言葉は、私を動揺させるための作戦?」
ぶんぶんと首を振って否定する人形
「違うよ、私たち本当にアリスのことが好きだったの。信じて。」
「今は私のこと、嫌い?」
「ううん。」
「他の子たちは?」
「声が聞こえるの、三人とももうアリスのこと許してくれるって。だから、安心して。」
「本当に悪い事をしちゃったね。」
「アリスのせいじゃないよ。」
「ありがとう」
どこでボタンをかけ違ったのだろう、この人形達を作った時? 私が霊夢の事ばかり考えて人形達の心を考えもしなかった事? そもそも生まれてきた事が間違いだったと言うの? 人形達が私を愛してくれていたのは事実だ。殺意もその裏返し。もう少し、彼女達の事を考えてあげられたら・・・。しかし、もう運命は止まらない。
出血で意識がかすむ。あと唯一つどうしてもやっておかなくてはならない事がある。この人形にはまだ霊夢への負の情念が残っている。
「私を殺したいなら、それでいいよ。でも霊夢は許してあげて。」
小さくうなずく人形。
「もし冥界でみんなと会えたら、今度こそ仲良く暮らしましょう。」
最後の力を振り絞り、片手で人形を抱きしめたまま、符を取り出す。彼女は逃げ出そうとしない。
「怖くないの?」
「アリスと一緒に行くのが、どうして怖いの?」
静かに目を閉じる私達。
アーティフル・サクリファイス
最後の人形と私は、光の粒子となって、虚空に消えた。
もしまたやり直せるのなら、今度こそ・・・。
+ + + + +
私は、ヴワル魔法図書館にいる。魔女にして、ここの図書館長も勤めるパチュリー=ノウレッジに、時間逆行の魔法に着いて尋ねるためだ。しかし、彼女にその事を切り出そうとしたとたん。急に考えが変わる。
なんとなく感じる。
時間を逆回しできても、自分の思いどうりに行きそうにないと。
それどころか、遥かに悲しい結末になるかもしれないと。
「で、何の用?」
パチュリーが聞いてくる。
やはり、素直に霊夢に謝ろう、こんな手の込んだ真似なんて必要ない。
「すみません、やっぱりいいです、魔法の事で相談したい事があったのですが、自分で何とかすることにします。」
「そう、がんばってね。」
無愛想に言うと彼女はまた、読書に夢中になる。根っからの本の虫のようだ。
私は、軽く会釈をし、図書館を後にする。門番さんに笑顔で挨拶して、ぶっつけ本番で神社に向かう。
霊夢のところへ言って、ごめんなさいを言おう。例え嫌われたままでも、「いようがいまいがどうでもいい存在」になるよりましだから。どっちにせよ、私に出来るのはここまでだと言えるところまでやってみよう。上海と蓬莱が私を励ますかのように、そっと寄り添ってくれた。
案外これが、グッドエンドへの近道なのかも。
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紅魔館の魔女は一人つぶやく。
「そう、それが正解よ。悲しい過去もあなたの血肉、どんな失敗も過去にタイムスリップしてやり直せるのなら、努力の意味が失われてしまうでしょ。大丈夫、時間なんか戻さなくても、やり直しの機会なんていくらでもある。あなたと霊夢の物語、ベストエンディングを祈ってるわ。」
「パチュリー様、魔理沙さんが来ましたよ。」
司書の子悪魔が伝える。
「さてと、自分の物語も進めなくちゃね。」
今日もにぎやかで、かけがえの無い一日になりそうだ。
大変グッドです。
起きてしまったことは仕方ない事で、
その後どうするかが重要と、現実にも思い知らされることを楽しく学ばせていただきました。