「あいつのことを話すのは少々気が重い。
いや、何でと訊かれても困るんだが。
というか、訊かれて困るから気が重い、ってのが正しいな。
あいつ自身は重くないのに。軽くもないけど」
「――私は、自分の全てを完璧に操る事ができる。
けれど、人間一人に出来ることなんてたかが知れてるわ。
精々が、自分を他人に、別の世界に割り込ませることぐらい。
空を歪めて、時を手繰って、全てを私の物にする。
「貴方の時間は私の物。
止まった雨粒。動かない灯火。
宙ぶらりんのトビウオ。しなりっ放しの小枝。
凍った音波。見えない世界。幾千幾万の、いつまでも暖かい真ッ赤な飛沫。
表面的な歪曲が本質的な直線を浮き彫りにする。
「でも。
完璧な人間にだって、不思議に思うことがある。
それは当然よ。不思議に想う機能も持っている、ということ。
「私が想う、彼女についての不思議。
私には彼女を歪ませられない。
「完璧な人間にだって、できないことがある。
それも当然。不完全であるという完全を内包している、ということ。
何故それが不可能であるか、を把握できれば、それで十全なのよ。
人間は利口だから。
「少し考えて判ったわ。
考えてみればなんていうこともない。
0をどれだけ歪めても、1以上にはなれないの。
純粋なたったの一点に歪みをかけても、真円の形は崩れないっていうわけ。
彼女、あの年中おめでたい二色は、要するに穿たれた原点、最初のドット。
だから本当は、初めから判ってたわ。疑うつもりなら、覚悟する事ね。夜道とか」
「ちぐはぐ、っていうのとは違う。筈なんだけどな。
あいつ自身はいつだって奔放で適当で、何に対しても暴れまわるだけだってのに、
少し振り返って見てみると、ここいらであいつほどしっかりしたルールに則した奴って、他に居ない。
出鱈目なのに、不思議とバランスは取れてるんだよ。あいつにそんな意識は無いみたいだけど」
「のんびりしているのが演技なんじゃないかって。
そう疑ってかかるのも無理はないわね。
だってあの子は、普段あんななのにいざとなったら誰よりも早い紅。
私と違うのは、一色じゃないってところ。
「私もあの子も紅い。
喧嘩っ早いところなんか、瓜二つじゃないかしら?
もしそれだけだったら、どんなにかいい事だろうね。
私たちはまるで家族みたいに、同じ速さでどこまでも行けたのに。
本当に残念。
「あの子の周りには、空が、白が、空白が必ずあるの。
空を飛ぶ程度の力。
その空白の範囲は、あの子と誰かの関係性の縮図において、いつでも同じ面積を持つ。
伸ばした手の、中指の先よりも、ほんの少しだけ遠い宙に浮かぶ紅。
「癪に障るわ。
この私の運命に絡め取れない二色蝶。
蝶がどうして飛べるのかは、蝶にしか判らない。あんな小さい羽根で、身を削りながら・・・。
投げ縄の仕組みでは掴めないわ。係数0。
周回遅れの空白は、トップランナーの紅に無視される。
表彰が終わった後に、誰も居ないコースを一人走る空白。一位にしかなれない。
何が楽しいのだかね。
「ま、理解に苦しむ存在っていうのも、たまにはいいものよ。
大体、五百年に一度くらいは。
人間なんて、長くて百年の生き物。
その間一緒に居て、飽きるほどの長さじゃないわ。
仲良くしとけば、退屈をどんどん廃棄してくれる。
退屈殺しの逸材よね。だから好き。
「それにもしかしたら、いつの日か。
あの子の白が紅く染まる、そんなときが来るかもしれない。人間の材料は血だもの。
そうなればいいのに。なりなさいよ。
さぁ、大人しく。
・・・五月蝿いなぁ。そうならないことぐらい、五百年前から知ってるよ」
「私は、そうだなぁ。自分は、生き急いでる方だと思うぜ。
何するにも急がなきゃ、人生なんていくら長くても足りないもんだ。
っと、死に急ぐのは御免だな。後になって暇を持て余す為に、私は急ぐんだから。
そうすると、あいつはその余暇を前借してるのかもしれない。
あいつは、私と同じただの人間なんだ」
「ああいう人間も珍しいわよねぇ。
それとも、私も昔はあんなだったのかなぁ。
も、ぜーんぜん覚えてないんだけどね。
「あんな所に住んでなかったら、幽霊と間違えて持って帰っちゃうかもしれないわ。
あそこに居ると・・・なんだか神様みたいで、ちょっと近寄りがたいわね。
だから賽銭は入れないの。
そのうち、神様の霊にでもなるかな、って。
「ああふらふらしてると、しゃんとしなさい、って言いたくならない?
これは私の話なんだけど、よく言われますわ。うちの庭師に。
私はふわふわしてるだけなのよ。
あんな、地面の上に浮かんでいる、ううん。
あんな、空の上に浮かんでいる人間と、一緒にされたくないわ。
「雲の上の人は霞を食べるのよ。
雲の海は食材なの。仙人って、霞の調理法を知っている人の事ね。
お供え物ちょろまかす人間も、仙人みたいなものよ。
神様だって、自分じゃそんなの料理しないわ。神様は生で食べれるもの。
仙人はグルメなのよ。グルメに食べられるのはお坊さん。
「だからあの人間は、いつでも真中にいるの。
賢いわ。ああすれば、軸を通る誰かの落し物だけで生きていける。
お恵みって、物を与えた方が授かるものなんだから。
「ってことは、やっぱり人間じゃないのかもしれないわ。
作用をそのまま反作用にしちゃうのは、ちょっとずるいもんね。
そうそう。あの人間は、死を返してくれないのよ~。
私が殺しても、死が素通りしていって、挨拶回りにも来ないの。
お礼参りは勘弁だけれど、冥途の土産くらい、幽霊の特権じゃない?
あれって、やっぱり意図的なのよ。皆は判ってるのかしら」
「誰もが理解しているようで、その実誰も、あいつのことは判らない。
知ろうとしないわけじゃないぜ。私なんか、何の為にここに住んでると思ってるんだ?
居ても居なくてもいいような、でも本当は居てくれないと困る。空気だ。
空気が無いと、空が飛べないじゃないか。空が飛べないと私が困るんだよ。
地面だけじゃ、あいつより速く走れないもんでね。我儘なんだよ、私って」
「あんなものが居た、なんて歴史は創れない。
難易度の問題じゃない。不可能なんだ。
表だろうが裏だろうが、歴史に足跡を残す類のものじゃないよ。
「これは仕方が無いというより、しようが無い。
あれは歴史に載らないものだよ。
もし、何かに存在が記述されるとしたら、それは歴史ではない。
どんな形にせよ、文の形で残されてはならない。
「史書に残される事が無い。歴史という世界の捉え方からすれば、
それは、そんなものは世界に存在しなかった、ということ。
「具体性を欠くならば可能だ。実証力を問わないのであれば。
要するに、嘘っぱちであると誰もが思う形であればいいんだ。
本当に存在していたかは別で、むしろ実際に居なかった事を証明する手段があるべきだろう。
その歴史を創る目的は真実の捏造に他ならないけど、
本当の狙いは真相の暴露による記述の相対的な虚偽化なんだからな。
「そう、この郷と全く同じ。
嘘八百は幻想の神々を指す言葉だ。八百万は、紅いんだよ。真っ赤な嘘と言うだろう?
だからあれも紅い。潔白も証明している。
こんな場所は幻想だ。存在するわけが無い。歴史書なんていい加減に決まってる。
あっても嘘だ、夢物語だ。物語るなら、そこには誇張が少なからず混入するんだからな。
人の噂は、信じる者が馬鹿を見る、二ヶ月ばかりの流行り病でしかない。伝説も神話も同じだ。
「だけど本当は、信じる者は救われるんだよ。
本物の楽園っていうのは、そうやって巧妙に隠されるんだ、歴史の手から。
開陳は侵略だものな。秘匿は愉悦だものな。
私の幻想はだから、この楽園の歴史だ。形に残そうとは思わないけれども。
知らない筈が無い。幻想は、知覚するまでが幻想なんだってことを。
歴史は、知ってからが歴史なんだ。判らない道理が無いよ、歴史を生餌にしてる私に」
「諦められないよ。信じられるわけない。
こんな風に、いつでも手の届く所にいて、本当に触る事が出来る奴が、本当は存在しないかもしれないなんて。
あいつは少し変な顔するけど、何よ魔理沙、って言ってくれる。私がしたことに応えてくれる。
空気は喋らん。笑わないし、お茶も淹れてくれない。ぷんすか怒ってお札を投げたりしないじゃんか。つまんないぜ。
あんなに面白いあいつが、空白そのものだって言われて、この私が納得するわけないだろ?」
「人殺し。同属殺しのこと? それについてどう思うか?
ふぅん、って、なんで私に訊くのよ。まぁいいけどさ、その前に一つ。
あんたさぁ、知らずに済むならそれでいい、って努力が足りないんじゃないの?
ふん。死ぬ人間はこれだから意地汚いんだよ。
死ねば忘れられるもんね。羨ましい限り。ああ、私も一回死んでみたいなぁ。
「――文句のつけ方は天才的だよ、あんた。だけは、とは言わない。優しいでしょ。
百年も生きてない奴とは思えないね。それとも、文句言いになる為に努力してきたのかな。
努力ってのは無駄なものだけど、この世に他に無駄なものって少ないから、あんたも希少価値ありね。
他に無駄なものっていうと、死なない人間とか、頭のおかしい宇宙人とかが挙がるわよ。
良かった良かった、お仲間じゃない。何よその顔、本気で嫌がってる?
「でもほんと、あんたみたいな努力家には、一生かかっても理解できないかもよ。
どこかに行こうって、本気でそう思えるでしょ。
あの肝の太い人間には、そういう瑣末な感情って無いんだ。
私みたいなただ死なないだけの小心者には、あいつやあんた達みたいなのは理解できない。
迷い迷って彷徨ううちに、なんとかここに辿り着けただけだもん。
ラッキーラッキー。長生きすると良い事もあるもんだわ。
「兎に角、あいつがあんたにとって、私にとってのバカ姫のような位置付けでないことは、幸いなのよ。
正反対って、良い言葉じゃないんだから。真っ向勝負じゃない。正が一画勝ってるでしょ。
友達やってられるだけマシなんじゃん?
「あー、そかそか。あんたにとっちゃ、そこんとこが大事なんだ。
あんたがどう想ってても、あいつがあんたをどう想ってるかを、本人以外が知れない、ってところ。
・・・え、なんで驚くのよ。私だって人間だよ。人の気持ちくらいわかるわよ。痛みも。
なんでそこを疑ってる相手に訊くかなぁ。もう、失礼しちゃうわね。
人生相談ぐらい朝飯前、伊達に年食ってるわけじゃ・・・いや、いいや。馬鹿馬鹿しくなってきたから。
「あ、人殺しの事だっけ? 私はしたいな。人間殺したい。
引くな引くな。あんたは殺さないよ。殺されないだろうし、長生きしたいだろ、ギリギリまで。
死にたがってる奴は殺したい。っていうか、殺してあげたい。
死ねる幸せを教えてあげたいのよ。その見返りに、他人の死を私に見せて欲しいの。
自分が死ぬ瞬間って見えないんだもん。魂に目が無いせいかな。
ああ、あいつは殺せないだろうね。殺したくないし。
自然と死んで、幻になって消えるべきだって、自覚してるんだよ、きっと」
「あいつは幻なんかじゃない。
そう言うと、不思議そうな顔するぜ、みんな。いつも不思議な奴らばっかだから、あてにはならん。
そいつらは異口同音に言いたい放題だ。私も、そんな風に割り切れたらいいんだがな。
意見を総合すると、あいつっていうのはつまり、幻以外の何者でもないらしい。
判っちゃいるんだ。いや、判ったつもりでいる、って自分のことを知ったかぶっている、のかなぁ」
「勿論、判っていない筈が無いわ。
幻想は幻想、それ以上でもそれ以下でも無い、ってこと。
魔法は魔法だし、巫女は巫女。人間は人間で、妖怪はどこまで行っても妖怪じゃないの。
そんなことも判ってないなら、貴女、今すぐ箒を捨てなさい。
私がもしその事に疑問を覚えたら、即刻屋敷を燃やすわ。この魔法の森ごと焼き捨てるのよ。
「想うとはそういうこと。
人間には判らない、って言う妖怪も居るかもしれないけど、
少なくとも、私の繰る形だけのオモチャと比べりゃ、ずっとよく出来た器械でしょう?
人間は人間を作れるじゃない? 人形は人間を作れないわ。ほら、一目瞭然よ。妖怪も。
だからって、私は人形を嫌ったりはしないけど。妖怪よりは好きかな。
「人間を操る? 妖怪の私が?
そんな事が出来るとしたら、もう魔法の領域じゃない。
奇跡なんて生温い偶然とも違うわ、それは、神域の天辺よ。
人間を操る程度の能力、か。もしくは、幻想郷を操る程度の。
「繰り人の意味がわからないから、そんなことを言うのよ。
妖怪は自分を操れるものだけど、人間には出来ないでしょう?
それは、人間が無闇矢鱈に複雑だからよ。妖怪は皆、自分に素直だもの。
自我だかエスだか知らないけど、その辺りをくすぐるのは楽。けど、それで操るって豪語するのもどうかと思うわ。
構成要素全部に、人間、って無意識の魂が宿ってるんだから。
一挙手一投足どころか、内器官の分泌液やら、体内の微生物なんかも・・・。
「それでもまだまだマクロ。いや、ミクロかな? 大は小を兼ねるもの。
ああ面倒。人形は創るのも造るのも作るのも、操るのも楽で良いわ。
自分の手足より、人形を操るほうが楽。ね。ほら、こういうのが妖怪なの。魔族ってことなの。
やっぱ当分は人形弄りかなぁ。飽きたら人間弄り・・・それこそあいつに何されるか、判んないわね。
「ん、んー? ああ、あいつ自身は、多分何も判ってない。と思う。
だってあいつは、そういうことにまるで頓着しない・・・。
って、どっちにしても、私が言ったことなんて信じやしないじゃない、貴女。
人が言うと書いて信じるなら、私やなんかの意見なんて聞くまでもないでしょ?
「はいはいそうですか、信じてくれてありがとね、用が済んだら帰った帰った。
あ、そうだ。この人形。お祝いって事で一つ、あいつにくれてやって。
大丈夫よ、変な物入ってないし、動いたりしない・・・と思うし。動いた方がいいのかな。
そこらへんは、貴女の方が詳しいでしょ。どぅー、ゆー、あんだーすたん、二色の魔法使いさん?」
「理解されないのは当たり前だろう。
私はあいつじゃないし、他の誰かでもない。
誰でもない誰か、それが私って奴なんだから、理解を求めるのは無茶ってもんだ。
だから、あいつが何なのか、なんて、問題にするほどのことでもない筈。
でもなぁ、やっぱり時々思うんだよ。こいつ、変な奴だなぁ、って。人のことは言えんが」
「変ねぇ。でも、それがあの子なの。
貴女がそうして興味を覚えるのは当然よ。人間だものね。
同じ人間、あのメイドや、多くの同類にしたってそう。
ただ、貴女たちみたいなのはちょっと珍しいわ。
人妖の界面に限りなく近いか、その交点に据えてもいいくらい。
「人間は点。
千々に乱れて飛び交う、原始的なランダム。瞬時にベクトルを切り換える、広義の無指向性生命。
それぞれが持つ無限の可能性を、究極的に迂遠な手段で取捨選択する一介の埃。
浮き上がることを頑なに拒み、抗いもがいて、その末諦めて弾ける一抹の泡(あぶく)。
理に則しながら天地の逆転を希う、そんな願いの不条理にすら気付いて皮肉る小賢しい線上のドット。
どこまで行こうとも、着地点は皆同じ。
人という点は全て、生と死の境界に接地するのよ。そこから先どうなるにしても、もうそれは人間じゃない。
「一般例だけれどもね。それを踏まえた上で、ようやく貴女たちが珍しいと思えるわ。
貴女は、見てくれからじゃぁ一番捻くれているけれど、本当は最も人間らしい。
紅より速く、この世には無い恋色の軌跡を残して走る、真っ黒な光速のランナー。
速すぎて、ベクトルを替える頃には、どこか遠くまで辿り着いてしまっている。
広い世界の、端から端、いえ、端と端だけを知っているのでしょう。
「あのメイド、あれは、ベクトルの切り換え方を知っている点。
その時その時に、自分が何処へ向かうべきか、向かうべき何処かへの道筋をどう辿るか、を熟知している。
動くべき時に動き、然らずんば静止する、すべき事を分別し理解し判断できるの。
足跡は決して残さない。凶器は全て回収する。人間というか、犯罪者の鑑よねぇ。
全然関係無いけど、密室殺人って、密室の時点で殺人? それとも、殺人の時点で密室? どっちだと思うかしら。
「答えは春先までお預け。
さぁ、本題よ。あの、紅と白の二色。誰よりも遅い私と、ただ一人対等に話すことができる彼女。
――ああ、あの世の彼女は別。あの子に関しては、私に引け目があるし、ね。
「貴女も、本当は判っている。
判っているふりをしている自分を疑うくらいなら、その認識が正しいものだと、思い込むだけでもしなさい。
あの二色、フロウティングメイデン、在るがまま為すがままのらくらと生き、
評価という評価を、それが下されるまでもなく消し去ってしまう、背反削除のエキスパート、あるいはノーマライザ。
あれは、浮動し続ける点。
「あの子自体は、ベクトルを持たない。
周辺状況に合わせて動いているように見えるけれど、実際にあの子は何もしていない。
動いているのは、あの子以外の全てなの。乗り物の窓から覗く景色。
中心の一点。センターポストにして、始まりの0。
太源の一との差異は、あの子以外の全てにとって、あの子が本当に動いているように見える、という幻想の存在。
彼女の存在自体が幻想。表中に顕現している筈のない中心点。
どれだけ離れた位置にいても、全ての距離は等価にされる。等価にする場所まで別次元のベクトルへずれていく。
表の縮尺が変わっても中心点の大きさは変わらないから。
「そしてあの子はそういう時、自分ではただ歩いているだけのつもりでいる。
在り得ざる存在の行為もまた不可解な現象。あの子の為す全てが幻想になる。
だから、あの子にやって出来ない事は無いの。あの子にとって、全てが好都合に働く。
散歩すれば空を飛べるし、邪魔な結界は触れれば消える。
嫌いな相手は寄り付かないし、変だけれど面白い奴は呼ばなくても押し寄せる。
興味が阻害されることは無い。二対一が不利だと思えばその通りになる。
あの子の思い通りにならないのは、表の端を仕切る外枠。つまり、私だけ。
「貴女も、広義で見れば、あの子に操られているようなもの。
この狭い郷の中で、この広い世界の中で、あの子に操られていないものはいない。
でも。でも、よ。
ほら。これ以上、言う必要は無いわね。
既に、貴女は全てを理解しているでしょう?
地獄と極楽に境界なんて無くて、無間地獄は無窮の快楽だっていうことに。
貴女という存在が、この、幻を想う為だけにある郷に於いて、どんな価値があるのか・・・」
「そいえば」
「添い絵羽?」
「いや、意味わからん。そういえば、と言ったんだよ」
「台所の場所は変わってないわよ」
「変わるのか? そんなほいほい」
「ちょっと嫌な予感がするから、多めに炊いといてよ」
「誰も夕飯の話はしてないんだが」
「あー。お帰りはあちら」
「玄関もわかるって」
「もう、なんなのよ!」
「いきなり怒るなよ、心臓に悪い」
「魔理沙が作らないなら私が作るわよ、ケチ」
「おいおい、誰が夕飯を食べないって言った?
つーか、人の話聞けよ」
「聞こえない話は聞けないわね」
「わかった飯は作る。そしたら聞くな?」
「阻止鱈? 抗生物質かしら」
「鱈かあ。釣りって時間でも・・・いや、無理だろ。
そうじゃなくって」
「そうしたら、でしょう? そんくらい、判らない筈無いでしょ?」
「損して泣いたか?」
「ぶつわよ」
「針投げてから言うなよ! あッぶねぇなホント!」
「ご飯を作ったら、お帰りはあちら」
「魔法使いを家政婦扱いするのはお前くらいだなぁ、全く・・・」
「今日は何の用?」
「待て待て、そりゃどういう意味だ?
アレか、私はもう一旦帰宅してまたここに来たって扱いか?」
「今日の用よ。今日のうちは全部今日の用でしょ」
「うーん、拍子抜けしたぜ。今日は、今日の用はやめだ」
「いいの? 明日になったら、昨日の用になっちゃうけど」
「ああ、いいんだよ。明日も明後日も、これは全部今日の用になるからな。
今日の用は、いつまでも今日の用なんだ」
「待った。物凄く気になるから、今どうぞ」
「ああ、そうだろうな。お前がそう思ったら、否、想ったらか。
誰もその意思に逆らえやしないんだ、いつだっていい。だから、今日の用なんだよ」
「いつになく思わせ振りね。何か企んでるの?
最近だと珍しいわね、魔理沙が悪い事企むのって」
「私はいつも悪巧みしてるぜ。お前が気付かないだけだ、それは」
「ほら、神妙になさい。何を企んでるの?」
「――祝い事さ。ったく、バツが悪ぃ」
「お祝い? 何の、っていうか誰の?」
『お前のだよ、霊夢。
お前は何もしなくていい。私や、他の馬鹿が沢山集まって、いつものドンチャン騒ぎだ。
いつもと違うのは、全部の祝いは、呪いでもいいんだが、どれ一つ無駄なものが無い。
全部が全部お前に向けられる、お前の為だけの、お祭。
だから、人を呪わば穴二つ、お前はその全部を呪い返し祝い返すんだ。
といって、何かする必要は無い。私や他の馬鹿がいつも通りに騒げば、十分呪いも祝いも足りる。
ただ一つ、お前はその祭の間、自分が真ん中なんだ、って思い込むだけでもいい、思っていてくれ。
皆、お前がいたお陰で、互いに互いを知ることが出来た。
それを嫌がる奴もいるだろうけど、んなこた知ったこっちゃない。ぜーんぶ呼ぶぜ。大きな祭になるだろうなぁ。
人間もそれ以外も区別しない。精霊、妖精、妖魔、悪鬼、悪魔、魔精、魔獣、亡霊、死霊、悪霊、妖怪、神も仏も!
手始めに香霖、紅い姉妹とメイドと日陰、庭師に惚け幽霊、騒霊楽隊にねぼすけ一家、宇宙軍団、角リボン二名弱、反死人と人形屋。
お前を知ってる奴が、皆で一斉にお前を祝うんだ。いてもいなくてもいいだって? 馬鹿言っちゃいけないぜ。
お前って奴は、どんだけこの郷で重要な、いや、私らにとって大事な奴なのかってことを、
他ならないお前自身に、私らみんなで思い知らせてやるよ。
主役不在なんて、悪夢以外の何でもないんだ。
お前がいてこその夢だろ?
お前の名前が、全部を示してる。霊の夢だろ、――そら、幻想の二重結界じゃないか!』
「・・・んにゃ。自宅の菜園がそろそろ凄い事になってきたからな。
纏めて獲って、屋敷で寂しくキノコパーティと洒落込もうかと思ってたんだよ。収穫祭だ」
「妖しすぎるわよ、魔理沙。そんなことばっかしてて、知らない内に妖怪になってたら大変じゃないの」
「困るような困らんような。まぁ、危ないのは無いから平気だぜ。
そうだな。後で文句言われても嫌だから聞いとくけど、お前も偶にはうち来るか?」
「そう? そうねぇ。まぁ、魔理沙が行くなら行こうかなぁ。まだお夕飯も出来てないし」
「自分の家なんだ、帰るに決まってるだろ? ま、いいや。
流石に数が多くてな。お前が来なかったら、他の誰かもよばにゃならんところだった」
「そんなに私、大食いじゃないんだけど」
「私も、少食だぜ。幽々子と比べれば」
「比較するな、あんなのと。でもほんとに、普通だと思うけどなぁ」
「私も普通だぜ。お前と比べれば」
「失礼ね。私の方が普通よ」
「変だぜ」
「お帰りはあちら」
「そういうことなら話は早い。いざ霧雨邸だ」
「そんなに急がなくても、パーティなんでしょ? いろいろ呼べばいいじゃん、幽霊とか」
「取り分が無くなる。そいつは却下だな」
「じゃあ行こっか。何か久々だけど、どうせガラクタだらけなんでしょ。ご飯にするなら片付けなきゃ」
「いや、それは私の仕事だ。少し遅れて来いよ。見違えるほど美しくなった我が家を見せてやる」
「ふーん。でも、魔理沙に出来るの?」
「至極当然、当ッたり前だ。何せ私は――、
『――貴女の、役割は――』
「 ―― 幻想郷の、幹事さんだからな。―― 」
Girl meets Girl.
It's the party of Eternal maiden.
メダカの兄弟はいつか空の雀に成れると信じているものです。
それがなくしては、我々は茶碗で飯を食えなかったんだから。 本当にありがたい事です。
この世において、全ての生き物に平等だと言えるのは、正直死ぬ事と夢を見る事だけ。 でもこれって残酷な事?
すいません、答えが読めない質問を受けた時には、自分でも答えのわからない質問をして誤魔化す。 私の悪い癖が発症してしまいました。 それくらい面白かったです。
余談ですが、なんともお心強い後書き。
1ファンとして1信者として『次の木曜日』を心から楽しみにしております。
なんちゃって。
こんな話が好き
読解力が無い私には解らない単語が多かったですが、おもしろかったです
魔理沙は英雄として世を救うなら、霊夢は法則として世を修正するとでも言うような。
人を貫く魔理沙と人を突き抜けた霊夢、人間は複雑ですね。
妖怪はシンプルでいい。
一ファンとして次作お待ちしております。
何というか、考えさせられました。
言葉遊びとはこうあるべきものか。