Coolier - 新生・東方創想話

妖夢の災男・誰かの幸福(六)~完結

2005/02/07 04:43:16
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八雲紫はいつもの気だるそうな表情はそのままに、その実、憂鬱を抱きながら、白玉楼へと続く数えるのも面倒なだけの段がある階段に腰掛けていた。

自分の式である藍に叩き起こされ、スキマ漁りに精を出していたのは、つい先ほどまでの話である。その間に息抜きと称して其処彼処に出歩いたりもしたが、彼女にしては精力的に働いたといえる。スキマの中で余計なものを引っ掛けなければ、恐らくは今もスキマ伝いに食べられそうなものを取り出していたことだろう。

「どうしてこんなものが出てくるのかしらね」

彼女の抱えている憂鬱。それは木箱という形で存在している。両手で抱えられる程度の大きさの箱の蓋には鋳鉄製の錠が箱に埋め込まれる形でかけられていて、これがために蓋を開けることはかなわなかった。

もちろん、スキマ伝いにであれば中身だけを取り出すこともできようし、紫であっても力を込めれば簡単に鍵を壊すこともできるのだが、この箱の由来を幸か不幸か覚えていた紫は、そういった無粋なことをしようとは思えなかった。

鍵はどうしただろうか。どうしたもこうしたもない。あの男が自分で持って行ってしまった。その名は魂魄妖忌。西行寺邸の現在の庭師である妖夢の祖父にあたる半人半霊。

もし、お嬢と拙者の孫の間に何かあれば、開けてもらいたい。

そう言って、たまたま西行寺邸に遊びに来ていた紫に預けたぎり、次に紫が西行寺邸を訪れたときにはいなくなっていた。今になって出てきたのは、紫がそのことを覚えていたからこそなのだろう。妖忌が鍵を渡さなかったのはわざとだろうか。それとも一世一代の大呆けだったのだろうか。

「そもそも、鍵なんてあったのかしら」

よくよく箱の錠を見てみれば、鍵穴らしきものはあるが、紫の知っているような一般的な鍵が挿し込めるほどの奥行きはない。試しに人指し指を突っ込んでみたが、第一関節にすら届かなかった。

鍵が無いとなれば、中がどうなっているのか気になってくる。これまた試しに箱を揺らしてみたが、重さの割には中で物が動くような音はしない。どうやらみっしりと詰まっている様子。よもや「ほう」とか呟く肉塊なのだろうか。勘弁してもらいたい。

「うーん、こういう気持ちの悪い物に詳しそうなのは……ああ、いたわ」

紫が指を鳴らして景気を付けると、スキマを開いて中に手を突っ込んだ。彼女は確かな手応えを感じると、ぐいと手を引いた。あれえという茶番地味た悲鳴が上がる。スキマから出てきたのは、ここのところ住居がある森が騒がしくて満足な睡眠をとれないでいた、アリス・マーガトロイドだった。彼女のスカートの裾には、不吉なスキマに引っ張り込まれる主人を助けようとしがみ付いた、上海人形や蓬莱人形が引っ付いてる。他の人形たちはスキマの途中で落ちたか、そもそも主人の異変に気づかなかったかのどちらかであった。

「眠い」

アリスは開口一番、自分の置かれた状況に対する不平不満を口にするのも諦めて、自分の願望を語る。このスキマ妖怪は特別親しい間柄でもなし、変に口を滑らせてはややこしいことになるような気もしたのだった。上海人形と蓬莱人形はそんな主人の一挙一動が可哀想に思えて、無駄にくるくる踊り回ったり、ふわふわと頭の周りを回っている。

「眠いのは私も一緒よ」
「寝ても寝なくても良いのと一緒にしないで」
「いてもいなくても良いのと一緒にしないでくれるかしら」

アリスは反論する気も失せたのか、否定したい相手でもなかったからなのか、ただ眠たそうなジト目を紫に向けるだけだ。先に折れたのは紫の方である。彼女に人の都合を考えるという頭はハナからどころか鼻毛鼻糞から無いのだが、こういう身体的にも精神的にも不健康そうな臭いがする人間を相手にするのは鼻に悪く思えたのだった。

紫に事の次第を適当に端折られながらもなんとか理解できる範囲まで聞き終えたアリスは、心持ち気力が満ちてきたようだった。

「これ、いらないものだったら、くれる?」
「ええ?」
「それで良いなら、調べてあげる」

紫としてはそれで構わない。第一、中身がわからないこの状態こそ、この箱の価値が最も無いときなのである。紫が頷くと、アリスの顔がにたりと笑い、紫の膝の上に乗っていた箱を手に取る。それが紫には不安に思えた。

「どれくらいでできるの?」
「えっと――ああ、もう終わったわよ」

早い。早過ぎる。あまりにも早い。第一、箱を開けてすらいない。そもそも、錠を解いてすらいないではないか。

「まさか、この箱の材質がわかったとか言うわけ?」
「それこそまさかよ。こういうのは、錠をかけた時点で完成品なの。開けようとしちゃいけないのよ」
「それじゃずっと開かないままじゃないの。開かない箱なんて、何の意味もないわ」
「違う違う。完成した時点で開いてるのよ、これは」
「どう見ても閉じてるけど?」
「あー、そういう意味の開くじゃなくて……まぁいいわ。これ、くれるんでしょ?」
「それはいらないものだったら、って約束でしょう」
「開かない箱に意味は無い。そうも言ったわよね?」

またも折れたのは紫だった。開かない箱に意味は無いのだ。それに、アリスは睡眠欲をこの箱に対する好奇心に置き換えた様子で、寝らせるか箱を渡すか、そのどちらかしかない。寝られては振り出しに戻ってしまうので、紫は頷いてみせた。

「……この箱、どうするの?」
「あなたの望み通りに、開けてあげる」
「それじゃ、結局は私の手元に戻ってくるんじゃないかしら」
「さぁ、どうかしらねぇ」

可笑しそうに口元を歪めると、アリスは立ち上がった。上海人形と蓬莱人形は、アリスの持った箱の上で仲が良さそうに一緒に踊っている。

「ここら辺で見晴らしの一番良い場所って、どこ?」

アリスの質問に紫は日傘を回しながら、どこかしらね、と楽しそうに呟いた。


******


魂魄妖夢は力尽き、森の中の大木に背を預けていた。息はまだある。紅魔館の小悪魔がくれた上着だけが寒さを凌いでくれている。

幽々子様が待っている。

一つだけの想いを胸に冥界へと向かったが、中程にさしかかるまでもなく、森の上で失速した。太陽は既にその頭までをも山並みに沈め、今では空に多少の赤が射すだけ。じきに生肉の匂いをかぎ付けた化生たちが自分を襲うことだろう。そんな中にあって、妖夢はただ自分の半身を抱くだけだ。

「あ、そうだ……」

瞼を閉じようとしたとき、妖夢には思い立つことがあった。

「幽々子様に、南瓜を煮てさしあげなきゃ……」

幻想郷から、赤が消えた。

八雲藍の口元も赤が消えた。藍は傍でずっと看ていてくれたらしい橙の頭を撫でてやると、帰ろうかとだけ告げて家路についた。今日の夕飯は何にしようか。そんなことを考えてみるが、主人である紫がどんなものを取って来るかわからないだけに、献立の立てようが無い。

「そうだ、紫様はまだ南瓜を口にしておられないな。なあ、橙……」
「私はそれで良いよ。藍様の南瓜の煮付、美味しいし」
「それじゃ、白玉楼まで行って来てくれるな?」

橙は元気よく返事をすると、少しばかり遠いが半刻ほどで行って帰ってこれるよう、急いで飛んで行った。藍は傍にある大木に語りかける。

「さて、その体で帰って、南瓜を煮る元気があるかのかな、君は」


******


小悪魔は珍しく狼狽していた。やはりこんなところに来るべきではなかった。が、パチュリーの言いつけとあれば、我儘も通せるわけがない。

「ほらほら、早く用件を言いなさいよ。この子たちが泣いちゃって仕方が無いわ」

それは私の所為なのだろうか。きっとそうなのだろう。小悪魔は咲夜に言われた通り、用件に入ることにした。ここは保育室である。小悪魔の周りでは特に年齢の低い幼児たちが、小悪魔が部屋に入って来たきり、泣き続けている。

これだから人間は嫌なのだ。生まれたばかりでは何もできないくせに我ばかりが強く、中にはそのまま成長する輩もいる始末だ。小悪魔はうんざりしながら、咲夜に対して言葉を紡ぐときだけは、緊張感を取り戻した。それで余計に泣き出した子もいたが、無視することにした。

「ちゅうご……いえ、美鈴のことなのですが、幸い、明日には復帰できるとのことです」
「あら、見ないと思ったら、そっちで面倒を看てくれていたの?」
「そうでもしなければ、警備部への顔も立ちませんから」
「それじゃ、警備部は今頃――」

窓辺にいる咲夜は、自分の懐に頭を預けて眠っている、この保育室では年長にあたる子供の頭を撫でながら、湖の方を見遣った。湖を臨める場所には、既に日は落ちたというのにしかと湖の方を見つめ、整列している警備部の人間の影が連なっていた。

今回の一件で、一個中隊以上の者が犠牲になった。水葬にするまでもなく湖の藻屑となった者たちも多い。彼らが待つ場所へ、傷が原因で後に亡くなった者たちが沈んでいく。

咲夜は、自分の抱いている子供に視線を落とした。班長の話によれば、騒動の間、この子が怖がっている他の子供たちを落ち着かせていたらしい。きっと、今、水に体を浸されていく者たちも、そんな者ばかりだったのだろう。

小悪魔は、子供が泣き止んでいることに気づいた。すぐにこの場を辞すつもりであったが、班長がお茶を淹れに行ってくれていたらしく、戻ってきてしまった。椅子に座って良いものやら迷っていると、咲夜が口を開いた。

「お花ぐらい手向けてやりたいとも思うけど、私がやると皮肉にしかならないわね」
「そんなことは……」

小悪魔が言葉を続けようとしたとき、ふと、視界が明るくなった。部屋には今、小悪魔の持っているランプと、班長が点けたいくつかの燭台の灯りしかない。それだというのに、寝ている子供たちや先ほどまで泣いていた子供たちの顔が、柔らかい光に照らされた。

「私がする間でもなかったみたいね」
「そのようです」

咲夜と小悪魔だけでなく、その場にいた誰もが、窓の外を見つめる。空には、大小揃った花火が上がっていた。湖面に、赤以外にも様々な色が混じった。


******


「なるほど、完成したときには既に開いている箱って、そういう意味だったのね」

紫がマヨヒガにある自分の住居から空を見上げ、呟く。

藍と橙は、橙が連れてきた幽々子に南瓜の煮付を出してから自分たちの分の食事を終えると、一緒に散歩に出て行った。たまには用事以外のことで二人きりにさせてやるのも良いかもしれない。

今頃、アリスは博霊神社で霊夢にうるさいだのなんだの迷惑がられながら、箱から飛び出す光の束を見上げていることだろう。

魔理沙も、香霖堂だかどこかで、サトゥルナリアの儀式の手を休めて、空を見ているかもしれない。

ルーミアは暗闇の中でどのように見ていることだろうか。

チルノも今頃は氷から出て、レティと一緒に色鮮やかな湖面を滑るように飛んでいるに違いない。

「まだ妖夢が小さかった頃、新年のお祝いのときの妖忌の言葉を思い出したわ」

紫と共に縁側に出ている幽々子が口を開く。妖夢は幽々子の膝に頭を預けて横になっていたが、妖夢は寝た振りを続けている。それは紫にもわかっていた。多分、幽々子もわかっているだろう。妖夢は幽々子が持って来た代えの服を着込んで、温かそうにしていた。幽々子は妖夢にごめんねとだけ告げると、先の言葉を続けた。


不思議だ……花火を見ていると何もかも許せる

自由の無い己も、醜い妄執も、こんなにも苦しい半生も……

そして死にゆく人の運命も……

何もかも許して、生きてゆけるような気がする


妖夢の半身が、嬉しそうに宙を踊っていた。
意外とすんなりとまとまってくれたので、これにて完結です。

プチ創想話にあるものの補完ということで好き勝手にやらせていただいた本作ですが、このようなものでも、楽しんでいただけたなら幸いです。

これまで、これほどSSで馬鹿騒ぎしたことが無かったので、とても楽しかったですし、得るものもありました。

語りたいことは尽きませんが、この場を借りて本作を読んでいただけたことを感謝して、締めさせていただきます。ありがとうございました。(HN-司馬漬け/海苔)
司馬漬け
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http://moto0629.hp.infoseek.co.jp/
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コメント



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9.70名前が無い程度の能力削除
キタノかと思えば落ちはキートンかよ(笑