ああ、またこの夢か。この夢を見る度に私はもどかしくなる。
この夢では私は今よりも幼い。魔理沙よりももっと低めの背丈だろう。
そして、私の手を引っ張る誰か。私はその人を見上げようとするのだけど、陰が掛かって良く見えない。
とても、とても大切な人だと解っている筈なのに―――名前も、顔も、その人の何もかもが思い出せない。
夢から覚めたら、また私は泣いているのだろうな。幼い私も泣いている。その人は、私の頭を優しく撫でていて・・・
―――ん
え?
―――ちゃん
何?聞こえないの。もっと、はっきり
――あさん
何?わたしは、この人に何をいって
「…あ」
目が覚める。そこはいつもと変わらぬ自分の部屋。少しずつ起き上がり、すうっと手を頬に当てる。…濡れた感触が伝わる。
ああ、やっぱり。泣いている。どうして泣いているのか自分でも解らない。悲しいからか?それとも思い出せない悔しさか?
解らない。解らない…
「…っと」
見ると、上海人形と蓬莱人形が心配そうに私を見ていた。涙を拭い、なんでもないのよ。と、人形の頭を撫でる。
…夢の中のあの人も、こんな風に私の頭を撫でていたのだろうか?
何を馬鹿な。夢は夢でしかない。あの夢は時々見るが、現実ではない。しゃっきりしない頭を振り、
私―――アリス・マーガトロイドの一日は始まる。
「はぁ・・・参ったわ。久々の雨とはねぇ」
霊夢の所へでも出かけようと思い、意気揚揚と準備をしたまではいいが…外は生憎の雨だった。
雨の日は憂鬱だ。湿気も多くなり、人形達の手入れも一段と大変になる。そして何より―――気分が一気に乗らなくなる。
元々インドア派だとは自覚しているが、こうも景気よく降られては益々いく気が失せる。しかたがない、予定変更…
今日は読書にでもふけ込もう。勿論人形達の手入れも忘れずに…。
トン トン
「ん・・・?」
読書に耽ってどれ位経ったのか解らないが、不意に玄関の戸を叩く音が聞こえ、意識は其方に集中させられた。
誰だ?こんな雨の中に訪問してくる物好きな輩なぞ、そうそう居るはずもない。
霊夢…まずありえない。彼女の性格からして雨の中わざわざ私の家にまで訪問する理由がない。変な事が起きてもいない限り。
魔理沙…無いとは言い切れない。彼女は私と違ってアウトドア派だ。こんな雨でも唐突にくる…かもしれない。
あれこれと考えるも思い当たる節が無いので、取りあえず顔だけでも見せてみるか、と私は玄関に急ぎ戸を開いた。
「どなたかしら?」
「あ…失礼します。道に迷ってしまい…辺りもすっかり暗くなってしまったので…どうか一晩だけでも泊めて頂けないでしょうか…?」
「…」
私は、この唐突な訪問者から目が離せないでいた。水色のロングヘアに、ちょこんと小さく留めたテール。赤色の服。
…おかしい。何故か、この女性に、見覚えが…ある…?
「あの…」
「あ、ああ…ごめんなさい。こんな所に迷い人が来るとは思ってなかったから。………いいわよ。一晩でいいなら泊めてあげるわ」
「ありがとうございます。ええと…」
「アリス・マーガトロイドよ。アリスでいいわ。貴女は?」
「私は…シンキ、と言います。ありがとう。アリス…さん」
違和感。やっぱり、何か聞き覚えのある名前。それに…さっきから、私の中で何かが否定している。なんだろう。なんだろう…
(その 呼ばれ方 ちがう よ
私は、もどかしさに耐えれ無くなり、1つの疑問をシンキにぶつけた。
「あの…失礼だけど。前に、どこかであった事、ないかしら?」
シンキはきょとんとして此方を見たが、
「いえ。あなたと会うのはこれが初めてですよ。アリスさん」
と、あっさり否定してしまった。
…やはり、私の思い違うだろうか。
「ごめんなさい。私の勘違いだったわ。まあ、とにかく上がって頂戴。寒いでしょうし…」
窓から外を見れば。シンキの言う通りすっかり暗くなっていた。些か読書に耽りすぎた、と反省。
恥ずかしい事にお腹も鳴っている。いいかげん、1つの事に集中しすぎる癖、治さないとなぁ…。
「とりあえず、ご飯の支度しないとね…。キッチンまで案内するわ」
進もうとしたが、シンキは動こうとしない。…というか、私の声が耳に入っていないと言った感じだ。
「どうしたの?何か珍しいものでも………あ」
…しまった。私の家にはいたる所に人形が置いてある。勿論廊下にも。他人が見れば絶句モノだ。以前魔理沙も私の家に勝手にあがったが
ものの十数秒で飛び出してきた。『とても住める家じゃないぜ』などと失礼極まりない言葉も頂戴してくれた。
まあとにかく…私は気にしないが、他人が見たら私の家は不気味そのものだろう。シンキも私の変な奴だと思っているに違いない。
「ええと…その。ごめんなさい。しゅ、趣味で人形を沢山造ったら…ば、ばば場所が無くなってね?」
ああ、なんで私はこんな言い訳をしているんだ。まるで、悪いことをしてばれた子供が、母親に一生懸命言い訳をしているようではないか。
「…」
―――子供と母親?何故子供と母親と思った?私はただ、自分の趣味を少しでもプラス方向に持っていくだけの言い訳をしてるだけじゃないか。
ああもう。そんな事思ってる場合じゃない。とにかく、上手く言い包めなければ。持ち前の器用さを発揮するのよ、アリス・マーガトロイド。
「可愛い人形達ですね。とっても素敵」
「え!?ええ。そうでしょうそうでしょう」
この女性は私の奮起した思いを、ものの数秒でないがしろにしてくれた。いやまあ、誤解が無くて良かったのだけれど。
どうせ一晩だけの客人だ。何とも思われても構わないが―――
…なんだろう。また、もどかしさが出てくる。シンキはここに迷いこんで一晩とまるだけの客人だ。
赤の他人だ。私とは何の関係もない。…そう。関係ない。
とりあえずシンキには料理が出来るまで待ってもらう。手伝いますよと言われたが、丁重に断っておいた。
何故だが解らないが、彼女と一緒に居ると…間が持たない。
思えば。今日の私はどこかおかしい。道に迷って泊めて欲しいなどと言ってきた、赤の他人の事がどうしてこんなに気になる?
今日の夢のせいか?…違う。やはり私は、彼女とどこかで会っている。根拠も無いが…心の中では、彼女に会ったときから
そう確信していた。だとすると、彼女は私の何だ?私と何のかかわりが―――
「痛っ!」
…やってしまった。料理の最中に別の事を考えすぎて指を切った。幸い傷は浅い。とりあえずは止血を…
「どうしたの!?」
シンキが慌てて私の所へやってくる。突然くるものだから、私も少し驚いてしまって
「な、なんでもないわよ。少し指を切っただけで傷は深いから大丈夫よ!?」
「ふ、深い!?た、大変ちょっとまって!」
シンキも慌てふためき、私の切った指をつまんで…
「アリスちゃん、大丈夫!?」
と、私の指を咥えた。
「~~~~~~~~~~~~~~~っ!!?!?」
何を。何を何を何をナニをしているんだこの女性は!?い、いや確かに指を切ったら咥えるとかそう言ったことはすると思うけど
そんなそんなそんな霊夢にもされた事ないのに…
…?
まって。
今、彼女。なんて言った?
私のことを、なんて言った?
「シン…キ?今、アリス、ちゃんて・・・?」
「え…?気のせい、では?」
「でも、今確かに」
「良かった…傷は浅いですね。うっかりしてたら駄目ですよ」
…はぐらかされた。だが私もこれ以上は追及できそうにない。とりあえず、止血して応急処置。
その後の食事はお互い黙ったままだった。…気まずい事、この上ない。
更にその後も大問題だったが…。
「参ったわね…」
この家には私1人しか住んでいない。と言う事は寝るベッドも1つしかない。
だが今日は寝る人数が2。
「しょうがない…。シンキ。私のベッドで寝てもいいわ。私は一階のソファで寝るわ」
「そんな…家主にそのような事させられません。それに、私が泊めて頂く立場なのに」
「いいのよ。私がいいといってるんだから、ありがたく寝ときなさい」
「でも…あ。そうだ。折角ですし、2人でベッドに寝ませんか?」
「…んなぁああああああああああぁあああぁあ!?!?!??」
自分でも物凄く素っ頓狂な声をあげてしまった。1つしかないベッドで2人一緒に?彼女と一夜と共に過ごせというのか?
只でさえ一緒に居ると間が持たないと言うのに、この上密着状態で過ごしたらどうにかなってしまいそうだ。
(いっしょに いて
……。
………。
「あの…ご迷惑でしたか?」
「う、ううん…そうね。折角だし…。2人で…寝ましょうか」
どうしてだろう。否定することができなかった。むしろ―――一緒にいたいと思った。
不思議な気持ちだった。だが、不愉快ではなかった。明日になればシンキともお別れだ。
たった1日だけなのに。妙に親近感が沸いた。いや、これは親近感というよりはまるで…
まるで…何だろう?
もういい。寝てしまおう。このまま、楽しい1日で終わらせよう。
―――お願い。楽しい1日で終わらせたいの。だから。
だから。この夢を見せないで。
また、この人だ。私の手を握り、一緒に歩いている。
私に微笑みかけてくれている―――だけど、顔が見えない。
頭を撫でてくれている―――だけど、顔が見えない。
名前も思い出せない。
まって。
どこへいくの。
置いていかないで。
―――違う。
置いていったのは
私だ。
「…あ」
「…大丈夫?」
目が覚める。まだ夜中だ。シンキが心配そうに私を見つめている。そんなシンキの顔がぼやけて見える。
私、また泣いているのか。
「大丈夫…。ちょっと、夢を見ただけ」
「…夢?」
「とても…悲しい夢。大切な人が側にいる夢なのに…。顔も、名前も、何も思い出せないまま…終わる。そんな、夢」
「そう…そうね。あなたは…ちゃんと覚えているのね」
「…?何をいって…」
そう言いかけた瞬間、シンキは優しく微笑んで私の頭を撫でた。
不意に夢の光景が交錯する。
いつも、私と一緒にいた人。
いつも、私の頭を撫でてくれた人。
その人は―――
「おかあ…さん…」
私は、無意識にそう呟いていた。視界が更にぼやける。彼女は尚も私を優しく撫でて、
「―――大きく、なったわね。アリスちゃん」
そう、呟いた。
「おかあ…さん。お母さん…お母さん…。お母さあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
ずっと心の中で叫んでいた声が、出た。この人と会ったときから、それはずっと叫んでいた。
夢の中の大切な人を。やっと思い出した。
シンキ、神綺。神綺―――私の、母。
「お母さん…ごめんない…。ごめんなさい…。私………自分から、出て行って…。忘れちゃいけないのに…ずっと…ずっと…忘れていて…」
お母さんは無言で私を抱いている。…ああ、昔も私が泣いていた時はこうしてくれていた。
泣き止まない私を只々黙って抱きしめて、頭を撫でてくれた。
「あなたが無事こうしていて、元気に育ってくれている。それだけで、私はとても幸せよ。アリスちゃん」
「お母さん…。お母さん………お母さん…お母さん…」
「さぁ。夜もこんなに更けているわ。お休みしましょう」
「………うん。お休みなさい……お母さん…」
母の子守唄を聞きながら、私は願った。
どうか、これが夢でありませんように。と―――
「…行ってしまうの?」
「そうね。私にはやるべき事が沢山あるし、向こうをほったらかしにはできないわ」
「で、でもっ…お母さん…」
「アリスちゃんのそういう所、変わってないわね。背伸びして気丈に振舞っても…甘えん坊な所は相変わらず。
今はそれでいいわ。でもね、アリスちゃん…。あなたの帰るべき場所はもう私の所ではないわ。あなたは自分の居場所を見つけた。
それに…見つけたのでしょう?」
「え…」
「夢の中の大切な人は、いつもあなたの事を思っているわ。だけど、それに追い縋っては駄目。あなたは大きくなったわ。
自分で考え、自分の足で歩ける。だから…私から…母から言えることは、1つだけ」
「…」
「あなたは孤独を知っている。孤独を知った者は他を求めるが故、他を受け入れる事ができる。だから…友人を大切にね。アリスちゃん?」
「…うん!」
「いい返事ね。こんな可愛らしい娘を持って本当に幸せ者だわ。私は」
「私も…」
「うん?」
「私も…お母さんの娘で…。本当に…幸せよ!」
精一杯の笑顔。これ以上長くいると、また泣いてしまいそう。母は少し寂しそうに微笑んで、
「じゃあ。元気でね…アリスちゃん」
「お母さんも………元気でね」
母は行ってしまった。そして、もう私の元へはこないだろう。
離れていても、会えないとしても。
私と母は繋がっている。それだけでいい。
私は、私の歩むべき道を。
この夢では私は今よりも幼い。魔理沙よりももっと低めの背丈だろう。
そして、私の手を引っ張る誰か。私はその人を見上げようとするのだけど、陰が掛かって良く見えない。
とても、とても大切な人だと解っている筈なのに―――名前も、顔も、その人の何もかもが思い出せない。
夢から覚めたら、また私は泣いているのだろうな。幼い私も泣いている。その人は、私の頭を優しく撫でていて・・・
―――ん
え?
―――ちゃん
何?聞こえないの。もっと、はっきり
――あさん
何?わたしは、この人に何をいって
「…あ」
目が覚める。そこはいつもと変わらぬ自分の部屋。少しずつ起き上がり、すうっと手を頬に当てる。…濡れた感触が伝わる。
ああ、やっぱり。泣いている。どうして泣いているのか自分でも解らない。悲しいからか?それとも思い出せない悔しさか?
解らない。解らない…
「…っと」
見ると、上海人形と蓬莱人形が心配そうに私を見ていた。涙を拭い、なんでもないのよ。と、人形の頭を撫でる。
…夢の中のあの人も、こんな風に私の頭を撫でていたのだろうか?
何を馬鹿な。夢は夢でしかない。あの夢は時々見るが、現実ではない。しゃっきりしない頭を振り、
私―――アリス・マーガトロイドの一日は始まる。
「はぁ・・・参ったわ。久々の雨とはねぇ」
霊夢の所へでも出かけようと思い、意気揚揚と準備をしたまではいいが…外は生憎の雨だった。
雨の日は憂鬱だ。湿気も多くなり、人形達の手入れも一段と大変になる。そして何より―――気分が一気に乗らなくなる。
元々インドア派だとは自覚しているが、こうも景気よく降られては益々いく気が失せる。しかたがない、予定変更…
今日は読書にでもふけ込もう。勿論人形達の手入れも忘れずに…。
トン トン
「ん・・・?」
読書に耽ってどれ位経ったのか解らないが、不意に玄関の戸を叩く音が聞こえ、意識は其方に集中させられた。
誰だ?こんな雨の中に訪問してくる物好きな輩なぞ、そうそう居るはずもない。
霊夢…まずありえない。彼女の性格からして雨の中わざわざ私の家にまで訪問する理由がない。変な事が起きてもいない限り。
魔理沙…無いとは言い切れない。彼女は私と違ってアウトドア派だ。こんな雨でも唐突にくる…かもしれない。
あれこれと考えるも思い当たる節が無いので、取りあえず顔だけでも見せてみるか、と私は玄関に急ぎ戸を開いた。
「どなたかしら?」
「あ…失礼します。道に迷ってしまい…辺りもすっかり暗くなってしまったので…どうか一晩だけでも泊めて頂けないでしょうか…?」
「…」
私は、この唐突な訪問者から目が離せないでいた。水色のロングヘアに、ちょこんと小さく留めたテール。赤色の服。
…おかしい。何故か、この女性に、見覚えが…ある…?
「あの…」
「あ、ああ…ごめんなさい。こんな所に迷い人が来るとは思ってなかったから。………いいわよ。一晩でいいなら泊めてあげるわ」
「ありがとうございます。ええと…」
「アリス・マーガトロイドよ。アリスでいいわ。貴女は?」
「私は…シンキ、と言います。ありがとう。アリス…さん」
違和感。やっぱり、何か聞き覚えのある名前。それに…さっきから、私の中で何かが否定している。なんだろう。なんだろう…
(その 呼ばれ方 ちがう よ
私は、もどかしさに耐えれ無くなり、1つの疑問をシンキにぶつけた。
「あの…失礼だけど。前に、どこかであった事、ないかしら?」
シンキはきょとんとして此方を見たが、
「いえ。あなたと会うのはこれが初めてですよ。アリスさん」
と、あっさり否定してしまった。
…やはり、私の思い違うだろうか。
「ごめんなさい。私の勘違いだったわ。まあ、とにかく上がって頂戴。寒いでしょうし…」
窓から外を見れば。シンキの言う通りすっかり暗くなっていた。些か読書に耽りすぎた、と反省。
恥ずかしい事にお腹も鳴っている。いいかげん、1つの事に集中しすぎる癖、治さないとなぁ…。
「とりあえず、ご飯の支度しないとね…。キッチンまで案内するわ」
進もうとしたが、シンキは動こうとしない。…というか、私の声が耳に入っていないと言った感じだ。
「どうしたの?何か珍しいものでも………あ」
…しまった。私の家にはいたる所に人形が置いてある。勿論廊下にも。他人が見れば絶句モノだ。以前魔理沙も私の家に勝手にあがったが
ものの十数秒で飛び出してきた。『とても住める家じゃないぜ』などと失礼極まりない言葉も頂戴してくれた。
まあとにかく…私は気にしないが、他人が見たら私の家は不気味そのものだろう。シンキも私の変な奴だと思っているに違いない。
「ええと…その。ごめんなさい。しゅ、趣味で人形を沢山造ったら…ば、ばば場所が無くなってね?」
ああ、なんで私はこんな言い訳をしているんだ。まるで、悪いことをしてばれた子供が、母親に一生懸命言い訳をしているようではないか。
「…」
―――子供と母親?何故子供と母親と思った?私はただ、自分の趣味を少しでもプラス方向に持っていくだけの言い訳をしてるだけじゃないか。
ああもう。そんな事思ってる場合じゃない。とにかく、上手く言い包めなければ。持ち前の器用さを発揮するのよ、アリス・マーガトロイド。
「可愛い人形達ですね。とっても素敵」
「え!?ええ。そうでしょうそうでしょう」
この女性は私の奮起した思いを、ものの数秒でないがしろにしてくれた。いやまあ、誤解が無くて良かったのだけれど。
どうせ一晩だけの客人だ。何とも思われても構わないが―――
…なんだろう。また、もどかしさが出てくる。シンキはここに迷いこんで一晩とまるだけの客人だ。
赤の他人だ。私とは何の関係もない。…そう。関係ない。
とりあえずシンキには料理が出来るまで待ってもらう。手伝いますよと言われたが、丁重に断っておいた。
何故だが解らないが、彼女と一緒に居ると…間が持たない。
思えば。今日の私はどこかおかしい。道に迷って泊めて欲しいなどと言ってきた、赤の他人の事がどうしてこんなに気になる?
今日の夢のせいか?…違う。やはり私は、彼女とどこかで会っている。根拠も無いが…心の中では、彼女に会ったときから
そう確信していた。だとすると、彼女は私の何だ?私と何のかかわりが―――
「痛っ!」
…やってしまった。料理の最中に別の事を考えすぎて指を切った。幸い傷は浅い。とりあえずは止血を…
「どうしたの!?」
シンキが慌てて私の所へやってくる。突然くるものだから、私も少し驚いてしまって
「な、なんでもないわよ。少し指を切っただけで傷は深いから大丈夫よ!?」
「ふ、深い!?た、大変ちょっとまって!」
シンキも慌てふためき、私の切った指をつまんで…
「アリスちゃん、大丈夫!?」
と、私の指を咥えた。
「~~~~~~~~~~~~~~~っ!!?!?」
何を。何を何を何をナニをしているんだこの女性は!?い、いや確かに指を切ったら咥えるとかそう言ったことはすると思うけど
そんなそんなそんな霊夢にもされた事ないのに…
…?
まって。
今、彼女。なんて言った?
私のことを、なんて言った?
「シン…キ?今、アリス、ちゃんて・・・?」
「え…?気のせい、では?」
「でも、今確かに」
「良かった…傷は浅いですね。うっかりしてたら駄目ですよ」
…はぐらかされた。だが私もこれ以上は追及できそうにない。とりあえず、止血して応急処置。
その後の食事はお互い黙ったままだった。…気まずい事、この上ない。
更にその後も大問題だったが…。
「参ったわね…」
この家には私1人しか住んでいない。と言う事は寝るベッドも1つしかない。
だが今日は寝る人数が2。
「しょうがない…。シンキ。私のベッドで寝てもいいわ。私は一階のソファで寝るわ」
「そんな…家主にそのような事させられません。それに、私が泊めて頂く立場なのに」
「いいのよ。私がいいといってるんだから、ありがたく寝ときなさい」
「でも…あ。そうだ。折角ですし、2人でベッドに寝ませんか?」
「…んなぁああああああああああぁあああぁあ!?!?!??」
自分でも物凄く素っ頓狂な声をあげてしまった。1つしかないベッドで2人一緒に?彼女と一夜と共に過ごせというのか?
只でさえ一緒に居ると間が持たないと言うのに、この上密着状態で過ごしたらどうにかなってしまいそうだ。
(いっしょに いて
……。
………。
「あの…ご迷惑でしたか?」
「う、ううん…そうね。折角だし…。2人で…寝ましょうか」
どうしてだろう。否定することができなかった。むしろ―――一緒にいたいと思った。
不思議な気持ちだった。だが、不愉快ではなかった。明日になればシンキともお別れだ。
たった1日だけなのに。妙に親近感が沸いた。いや、これは親近感というよりはまるで…
まるで…何だろう?
もういい。寝てしまおう。このまま、楽しい1日で終わらせよう。
―――お願い。楽しい1日で終わらせたいの。だから。
だから。この夢を見せないで。
また、この人だ。私の手を握り、一緒に歩いている。
私に微笑みかけてくれている―――だけど、顔が見えない。
頭を撫でてくれている―――だけど、顔が見えない。
名前も思い出せない。
まって。
どこへいくの。
置いていかないで。
―――違う。
置いていったのは
私だ。
「…あ」
「…大丈夫?」
目が覚める。まだ夜中だ。シンキが心配そうに私を見つめている。そんなシンキの顔がぼやけて見える。
私、また泣いているのか。
「大丈夫…。ちょっと、夢を見ただけ」
「…夢?」
「とても…悲しい夢。大切な人が側にいる夢なのに…。顔も、名前も、何も思い出せないまま…終わる。そんな、夢」
「そう…そうね。あなたは…ちゃんと覚えているのね」
「…?何をいって…」
そう言いかけた瞬間、シンキは優しく微笑んで私の頭を撫でた。
不意に夢の光景が交錯する。
いつも、私と一緒にいた人。
いつも、私の頭を撫でてくれた人。
その人は―――
「おかあ…さん…」
私は、無意識にそう呟いていた。視界が更にぼやける。彼女は尚も私を優しく撫でて、
「―――大きく、なったわね。アリスちゃん」
そう、呟いた。
「おかあ…さん。お母さん…お母さん…。お母さあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
ずっと心の中で叫んでいた声が、出た。この人と会ったときから、それはずっと叫んでいた。
夢の中の大切な人を。やっと思い出した。
シンキ、神綺。神綺―――私の、母。
「お母さん…ごめんない…。ごめんなさい…。私………自分から、出て行って…。忘れちゃいけないのに…ずっと…ずっと…忘れていて…」
お母さんは無言で私を抱いている。…ああ、昔も私が泣いていた時はこうしてくれていた。
泣き止まない私を只々黙って抱きしめて、頭を撫でてくれた。
「あなたが無事こうしていて、元気に育ってくれている。それだけで、私はとても幸せよ。アリスちゃん」
「お母さん…。お母さん………お母さん…お母さん…」
「さぁ。夜もこんなに更けているわ。お休みしましょう」
「………うん。お休みなさい……お母さん…」
母の子守唄を聞きながら、私は願った。
どうか、これが夢でありませんように。と―――
「…行ってしまうの?」
「そうね。私にはやるべき事が沢山あるし、向こうをほったらかしにはできないわ」
「で、でもっ…お母さん…」
「アリスちゃんのそういう所、変わってないわね。背伸びして気丈に振舞っても…甘えん坊な所は相変わらず。
今はそれでいいわ。でもね、アリスちゃん…。あなたの帰るべき場所はもう私の所ではないわ。あなたは自分の居場所を見つけた。
それに…見つけたのでしょう?」
「え…」
「夢の中の大切な人は、いつもあなたの事を思っているわ。だけど、それに追い縋っては駄目。あなたは大きくなったわ。
自分で考え、自分の足で歩ける。だから…私から…母から言えることは、1つだけ」
「…」
「あなたは孤独を知っている。孤独を知った者は他を求めるが故、他を受け入れる事ができる。だから…友人を大切にね。アリスちゃん?」
「…うん!」
「いい返事ね。こんな可愛らしい娘を持って本当に幸せ者だわ。私は」
「私も…」
「うん?」
「私も…お母さんの娘で…。本当に…幸せよ!」
精一杯の笑顔。これ以上長くいると、また泣いてしまいそう。母は少し寂しそうに微笑んで、
「じゃあ。元気でね…アリスちゃん」
「お母さんも………元気でね」
母は行ってしまった。そして、もう私の元へはこないだろう。
離れていても、会えないとしても。
私と母は繋がっている。それだけでいい。
私は、私の歩むべき道を。
なんだか読んだあとすっきりな気分。
母娘の組み合わせがなんだか東方では凄く新鮮ですね。
ただ、血が出た指をあえるのはなぁ…。まぁお約束の展開ですけれど…。