ある日のことである。
彼岸、岸辺。
「小町」
映姫は声をかけた。
寝っ転がった部下は、まったく起きる気配がない。
「すー」
だらしなく寝転けている。
「……」
「すー……すー……ん……むにゅ……ひひ」
すー、と細いため息をついて、無言で映姫は歩み寄った。部下の脇にひざまずく。
あまりえぐいことを好む質ではないので、とりあえず、耳元で怒鳴りたててやろうと思ったのだ。
よいしょ、と肘をついて、寝ている部下の耳元に顔を寄せる。すう、と息を吸った。
「こま――うおっ」
言いかけて、映姫は、どすっと肘から部下の上に落下した。うっかり手が滑ったのである。
「――ぅおふっ!?」
映姫の肘鉄で胸をうたれ、さすがに小町は目を醒ました。
うめいて身じろぎ、胸元をさする。
「ぅお、いったぁ……あぁ? 誰だよぉったくもー、急に人の上に――うわっ! しし四季様。うわ、すすすいません!」
小町は慌てて言った。どたた、と慌ただしく起き上がる。
映姫は、気まずいのをごまかして、素知らぬ顔で起き上がった。
「お早う。さて起きたのなら、まず何をするべきか分かってるわね?」
怠け者の部下を見下ろして言う。小町はすぐに平謝りの体制に入った。
「はい! すいません! ちょっと眠気が差して! あ、いや、でも寝てたの十分ばっかりですよ? いや、ほんとに。それまでは仕事していました。信じてください」
「私はあなたに弁解しろって言外に言った覚えはないし、見え見えの嘘を吐けとも言った覚えはないんだけど? まったくあなたってやつはね、どうしてほんとに、こう、何度も何度も――」
「あ、あ。あー。四季様? 帽子落ちてますよ?」
「ああ、ありがとう――」
映姫は手をのばした。ささっと小町が差し出した帽子を受け取ろうとする。
が、帽子に手が触れる瞬間、手首をつかまれた。
「――?」
と、映姫は驚く暇もなかった。突然変わった視界に、眼をぱちくりさせる。
上から覆い被さってのぞきこむ小町を見上げた。
「?」
きつい目で睨む。
「何を――」
「四季様」
小町はふいに言った。
「好きです」
「はあ? ――んむ」
小町が言ったとたん、唇をふさがれて、映姫は、地面に後頭部を落とした。
重なってきたのは、小町の唇だった。
小町は、映姫の口をふさぐと、胸を密着させ、歯の間から侵入してきた。
「む――んむっ――」
映姫は眉をひそめて、小町の舌を拒んだ。が、小町の舌は、それをあざ笑うように、巧みに動いた。歯茎をなぞり、歯の裏を舐め、逃げる映姫の舌を絡め取る。
小町の口もねっとりと動き、唾液を吸う音までがした。
「ん、んんぅっ」
映姫は、嫌悪感で顔をそらそうとしたが、逃げられない。結局小町の舌に、思うままに蹂躙される。
そのまま、たっぷりと、一、二分も覆い被さり続けてから、小町はようやく顔をはなした。
ぷはっと、映姫は思わず息を吸って、それから荒い息を吐いた。
唇の間から舌を見せて、小町が吐息をついている。
「ちょっと、小町――! ――やめなさい! なにするの!」
映姫は言った。
小町は、そのまま唇を映姫の首筋に滑らせようとしてくる。
映姫はさすがに小町を押して抵抗した。が、小町は映姫の肌に口づけ、吸おうとするるのを止めない。
「あなた、冗談にしても、過ぎるわよ……!」
映姫は言った。小町は、顔を伏せたままで見上げてきた。
「冗談なんかじゃありませんよ……あたいはもう我慢できません。日頃からずっと思っていましたよ。ずっとこうしたいって。四季様のこと好きですから。大好きですから」
少し身体を離して、小町は言った。異様なほどに熱のこもった瞳である。
その目でじっと見下ろしてくる。なにか、一心な思いの宿った眼差しで。
「そうです、大好きなんだ。あたいは四季様が好きです。ずっとずっと好きでした。ずっとずっとです。あたいが、そうやってあなたに恋こがれているのは、もうずっと前からのことなんです。ええ、ずっと。そう、あなたと初めて会ったあの日からずっと、あたいは、この河原で、毎日毎日あなたを思いながら過ごしてきたんだ……」
小町は言った。熱を帯びた、どこかひどく思い詰めた表情で顔を寄せてくる。
指が映姫の髪を梳いた。映姫はなにがなにやらわからず、部下を見返した。
「あなたを思いながら――その横顔を思いながら――凛々しくて、清楚で。頑なで、でも儚げで、脆くて……そして、なによりも、この世のどんなものより繊細に見えるその横顔を、思いながら――ああ、今日は来てくれやしないのか、今日は来てくれやしないのかと――そう思って、船を漕いでいたんです、この三途の水面に、いつもあなたの面影を映しながら――」
小町はとうとうと述べながら、目のはしから涙をこぼした。感極まったように、ぽろぽろと。ぽた、ぽたり、と水滴が映姫の頬にもかかる。
映姫は、眉をひそめた。
「……何を言っているのよ?」
「ああ、四季様、四季映姫様。あたいは、小町は――」
言いながら、小町は映姫の顔に顔を寄せた。
仕方ない。
映姫は、手に掴んでいた棒を振り上げた。
ごん。
「おう」
小町はうめいて、昏倒した。
うまく一撃で気を失ったようである。
映姫は部下の身体をのけて、起き上がった。
「あー、もう……」
眉をしかめて、口元を拭う。
気絶した部下を見下ろしつつ、映姫は怪訝に眉をひそめた。
なんだろう。
「……おかしいな。まさか、働かせすぎっていうことはないだろうし……いや、ありえないといってもいいわね。言ったらきっと、鬼が笑うわ……」
ぶつぶつとぼやく。もしや、急に気でも触れてしまったのだろうか。
(……まったく、ろくに働きもしないくせに。仕事まで滞らせるようじゃ、これはもういよいよね)
薄情に思って、映姫は立ち上がった。
小町を起こそうかとも思ったが、やめる。
もう一度あんな様子になられても困る。
(新しい死神見つくろってくれるように、上申しとこうかしらね……)
映姫は、思いつつ、ぐったりした部下を手近なところに寝かせた。
あとは、そのまま放っておくことにして、三途の川の上を飛んで、岸の向こうへと引き返す。
是非曲直庁。
庁内へ戻ると、映姫は、自分の使う執務所に戻った。
「お。映姫ちゃん、お早う~」
部屋にはいると、同僚の一人である閻魔、四季映華が声をかけてくる。
早くも、こっちに顔を出していたようだ。今日は午後から映姫が休養を取っているので、これから引き継ぎを済ませる予定だった。
「遅れてごめんなさい」
「いいよいいよ。あ、ちょっと待っててね、今お茶淹れるから」
映華は椅子を立った。映姫は、自分の椅子について、ふうと息を吐いた。
(やれやれ)
年寄り臭い愚痴を言って、机の引き出しを開ける。引き出しに閉まってあったものと、机に出しておいたものをあわせてから、今日の引き継ぎに必要なぶんを手際よくまとめる。
とんとん、と書類を揃えていると、映華がこちらに近寄ってくる足音がした。映姫は顔を上げた。
「ああ、ありがと――」
言いかける。と、いきなりそっと両肩に手を置かれた。
「? なに――」
「映姫ちゃん」
映華は言った。熱っぽく。
「好き」
「は?」
「キスして」
「は? んむ――」
と、言っている傍から、唇をふさがれた。いきなりである。
「ん――ふっ」
映姫は抵抗したが、映華は離さない。
(なにを――)
さすがに、今度は舌を入れられなかったが、映姫はたっぷりと味わうように、映姫の唇をふさいだ。濃厚で、長いくちづけである。
「んン――ぷはっ……はあ」
やがて映華は唇を離した。映姫は、乱れかけた呼吸をどうにか整えた。
「はあ……はあ……」
映華は呼吸を荒くして、映姫をじっと見た。こちらも息を整えている。
映姫はようやく言った。
「何するのよ!」
「映姫ちゃん。好き。大好き。映姫ちゃんのこと愛してるよ」
「……何を言っているのよ? それにいきなり何するの? あのね、映華、へんな悪ふざけはいいから――」
「悪ふざけなんかじゃないよ……ボクは本気だよ、本気で映姫ちゃんのこと愛してるんだ。ね。いいだろ。もう我慢できないんだよ。ボク、映姫ちゃんがほしいよ。ボクのものになって映姫ちゃん。もう限界なんだよ。ずっとずっと見てたんだ、映姫ちゃんのこと」
「話を聞きなさいよ」
映華は聞かない。
「なんて言われたっていいよ。ボクは映姫ちゃんが好きなんだ。大好きなんだ。映姫ちゃんの吐息が好き。春風みたいな甘い吐息が。映姫ちゃんの髪が好き。さらさらした夏の草原みたいな緑の髪が。映姫ちゃんの指が好き。秋の太陽みたいにつまびくような白い指先が。冬の雪みたいに白い肌が好きなんだ。柔らかくて、触れたら沈み込んでしまいそうなその肌が。映姫ちゃんの全部が好きなんだ。たまらなく好きなんだ、ボク」
映華はなにかに憑かれたような口調で言った。
「わかってるよ、本当は女同士でこんなこといけないんだって……でも、でもしかたがないじゃないか。好きになっちゃったんだから。女の人でも好きになっちゃったんだから仕方ないじゃないか。映姫ちゃん……」
映華は、顔を近づけてくる。話は通じそうにない。しかたない。
映姫は、机の棒を取ってそれを振り上げた。
ごつん。
「おう」
どさっと映華は倒れた。一撃で昏倒したようだ。
(……)
なにかおかしい。映姫はさすがにそう思った。が、考えても見当はつかずに、ぶっ倒れた同僚を見下ろす。
(仕事のしすぎかしら……)
映姫は思った。
部屋に担当の書記官が入ってくるのが見える。
書記官が部屋の様子を見て、驚いた顔をした。
「あら、映姫様? その、これはいったい……」
映姫は気まずく思ったが、どうにもならない。
しかたなく、正直に言った。
「いえ、なんだかよくわからないのだけど、錯乱していたみたいでね。身の危険を感じたから、つい殴り倒しちゃったんだけど」
「はあ、錯乱ですか?」
「ええ。悪いんだけれど、ちょっと手伝って。まあ、平気だとは思うんだけど、一応頭を強く打ったようだからね」
映姫は言うと、書記官に手伝わせて、映華を椅子に寝かした。
映華は目を醒ます様子はない。
(参ったわね)
映姫はため息をついた。
書記官に見ているように告げて、庁内の医務官を呼びに行く。
ほどなく、医務官を連れてくると、映華の様子が診られ、映姫も話を聞かれた。
映華はすぐに目を覚ました。
「あれ? へ?」
眼をぱちくりさせる。
医務官が、気を失う前のことを質問したが、何も覚えていなかった。
しかたなく、映華は大事を取って休養することになり、別の閻魔が呼ばれた。
映姫が代わりに出てもよかったが、閻魔の仕事は、デリケートなものなので定期的な休養は、規則で決められている。
映姫はやってきた男の閻魔に後を任せ、予定どおり、休養を取って下界に降りた。
何なのかしら、と首をかしげながら。
冥界、白玉楼。
西行寺幽々子の様子を見に、映姫はまずここへやってきた。
屋敷の者に取り次ぎを願い、中に通される。
客間で少し待たされると、やがて幽々子がやってきた。
あいかわらず、のんびりした挙動で畳につき、映姫に礼をする。
「ご機嫌ようございます、映姫様。ご苦労様でございます」
「ご機嫌よう」
映姫は挨拶を交わした。
「仕事ではないけど、様子を見に来たわよ」
「左様ですか。それはたいそうご苦労様でございます」
「ちゃんと仕事しているのかしら?」
「ええ、ちゃんとしていますよ」
「サボったりはしていないのでしょうね」
「ええしていません」
幽々子はにこにこと言った。
「では、今日は朝から何をしていたのかしら?」
「はい。ですから、ちゃんとお仕事を」
「そう。ところで、どうもさっきから、あなたからお酒の匂いがしているようなんだけどね」
「あら、いいじゃありませんか。ちょっとくらい。だいたい、私は寝ても覚めても仕事中のようなものなんですし。管理人ですからね。朝餉を食べていても、昼餉を食べていても、お昼寝をしているときでも仕事中ですし、お酒を呑んでいるときであっても、やっぱり仕事中なんです。……」
ふー、と映姫はため息をついた。幽々子が妙な調子で言葉を途切れさせたのには、気づかなかった。
「なるほど。やっぱりあなたは、いつでも私に説教されるのをここで待っているというわけね。まったく、いつまで経っても、やる気も心がけも向上心もないんだから……ちょっと姿勢を正してそこに直りなさい。西行寺幽々子。今日は少々私の話を聞いて貰います」
映姫は目を閉じ、姿勢を正して続けた。
「いいですか。常々言っているでしょう。あなたのそういういつまでもふやけきった麩菓子のような態度は、まったくもってけしからないと。もっと何事であっても、物事はしっかりとやるようになさい。面白いとか面白く無いとかね、そういうことじゃないの。あなたはとっくに死に失せた身なのだから、そもそもこの世を楽しもうなどという考えはもってのほか。だってのに前々からそうじゃない。下手に頭がいいもんだからって、それをいいことに、友達とつるんでぐうたらぐうたらぐうたらと。まったく、あなたはただでさえずいぶんな無為徒食の徒なんだから、喰っちゃ寝喰っちゃ寝ばかりしているようでは駄目だって、私は何度も言ったわよね。あなたが食べているのは、何にも変わらないものの命だって。あなたは魂の飢えを満たすために食べているのだろうけれど、あなたが食べれば食べるほどに、この世の埋まらない虚は広がっていくのですよ。それを聞きもせずにあなたときたら、仕事の合間に幽霊はつまみ喰いするわ、こっちの目を盗んで適当な妖怪やら里の人間を誘って、戯れに死なすわ――」
聞いているのかしら、と思い、映姫は目を開けて、ちらりと幽々子を見た。そして言葉を止める。
幽々子はいつのまにか、すぐそばへ寄ってきていた。
幽々子が顔を寄せてきている。
映姫は怪訝な顔をした。
「……こら、幽々子。話を」
「映姫様」
幽々子は言った。
「……何?」
「好き」
「は? んむっ――」
映姫は一瞬うめいた。幽々子は映姫の唇をふさぎ、そのまま、情熱的に吸いつきだした。
幽々子の唇からは、かすかな酒の匂いがした。
「むん――んっ――んんっ?」
映姫は一瞬ぼう、となりかけたのを感じて、眉をひそめた。
「――~~」
不覚にも、幽々子の舌の動きに陶酔しかけたのだ。
指先から一瞬、力が遠のくのを感じた。
(……上手い……やだ……)
「ん、んんっ!」
巧みに絡んでくる幽々子の舌を拒み、顔を退く。
幽々子は、粘らずに顔を離した。手の甲で、唇を拭う。
「――」
「……何をするの、いきなり!」
映姫は、怒りをあらわに言った。
が、幽々子は構わずに、こちらに身を寄せてくる。映姫は立ち上がろうとして、足が立たないのに気がついた。
しまった。
(~~、ええい)
映姫は、思わず赤面しそうになった。どうやら、さっきのくちづけにすっかりやられていたらしい。足に力が入らなくなっていた。
(もう!)
恐ろしい巧さだ。が、言っている場合ではない。
「映姫様。好きです」
幽々子は言った。すでに、映姫をなかば組み伏せるような形になっている。
「やめなさい、幽々子」
「申しわけありません。映姫様の言うことでも、それは聞けません」
「私を怒らせたいの? あなたは!」
「そのような……」
幽々子は首をふった。瞳を潤ませて言う。
「ああ、でも……申しわけありません。映姫様のお心を痛めるような真似は……私とて、したくありません。したくはありません……」
幽々子は言いながらも、映姫の首筋に唇を近づけた。そのまま押し当てて、きゅう、と吸ってくる。
「う――」
映姫は、思わずうめき声を上げた。そのことに、また眉をひそめる。
「映姫様、なるべく優しくするように致しますから……」
幽々子は止めない。
(やめな――)
「――、――」
映姫は言いかけて、小さく身をのけぞらせた。
さすがに声は押さえ込んだが、なんとしたことか。幽々子に肌を吸われるたび、こらえがたい衝動が襲ってくる。
いや、襲ってくるというより、わき上がってくるのか。頭の奥底から。忘れかけていた感覚が。
「――、! う? ―~!」
静かに畳に押しつけられ、映姫は、きつく愁眉を寄せた。まずい。これは、まずい。
幽々子は行為を止めようとしない。浅く唾を吸う音が、肌を伝い、小さく響く。
(ま、ず、い)
このままでは――。
幽々子の指が、なすすべのない映姫の服のボタンにかかる。
一番上が外されようとした。そのとき。
「失礼を致します。お茶請けをお持ちいたしました」
部屋の外から声がかかった。
幽々子は動きを止めた。
素早く立ち上がると、もといたところへと戻っていく。要領が良く、立ち上がったときには、すでに服の裾を整えていた。映姫もすぐに起き上がり、素早く襟を正して、慌てて元のように座った。
「失礼を致します」
襖が開く。入ってきたのは、なぜか庭師の妖夢である。
「あら? 妖夢。どうしたの?」
幽々子が声をかけた。妖夢は、ちょっと気まずそうな顔で幽々子を見た。
「はあ、なんだか手伝いの人が、ちょっと手を離せないそうで。それで、私が外から戻ってきたところを捕まって――閻魔様は馴染みの方だし、いいだろうと……」
「あらあら、駄目ねえ。あとでちゃんと言っておかないと……」
幽々子は困った様子で言う。映姫も何食わぬ顔で黙っていた。
「では、これで」
妖夢は、茶請けを置くと、挨拶をして、すぐに出ていった。
室内に漂う妙な空気には、全然気がつかなかったようだ。
室内に沈黙が落ちる。
映姫は、しばしして、無言で座布団を立った。
じろりと幽々子を睨む。
「申し訳ないけど、今日はこれで帰るわ」
「はい」
幽々子は微笑んで答えた。まったく裏の感じられない笑いだった。
映姫はほんの少し、背にあわ立つものを覚えた。
(忌々しい!)
外。西行寺邸敷地。
まったく。
(冗談じゃないわね、もう……)
映姫は思った。唇を手で拭う。
彼岸でのことと言い、午後一番でのこれと言い、いったい何事なのか。
「閻魔様」
西行寺邸を出ると、声をかけられた。
「申しわけありません。ちょっとよろしいでしょうか」
妖夢が寄ってきた。屋敷からも離れ、人気のないところまで来て突然である。
映姫は怪訝な顔で、妖夢を見た。
「なにか?」
「その……。……すみません。さきほど、幽々子様と、何をなさっていたのですか」
妖夢は言った。
やけに決然とした面持ちだ。
映姫は動じずに聞いた。
「それは?」
「はい、すみません……お聞きしているとおりのことです」
「のぞき見をしていたのね」
「はい、偶然。様子がおかしいようでしたので」
妖夢は言った。映姫はしかたなく答えた。
「何をしていたか、と言うんなら、見てのとおりよ。すまないけど、そう答えるしかないわ。あの件については別に、私には何かとやかく言うつもりはないし、言わないでも、害になるところは何もない。彼女が何をもってあのようなことをしたのかも、私にはよくわからないわ」
「……お二人の合意の上ではなかったのですか?」
「いいえ」
映姫は言った。
妖夢は映姫を見た。じっと。映姫は、少しわずらわしくなった。
「悪いけれど、それだけなら、失礼するわよ。他に回るところもあるのでね」
映姫は、妖夢の横を通って歩きだそうとした。
「え、閻魔様!!」
妖夢が呼んだ。
「――しっ……、失礼を致します!」
がしっ、と妖夢は言って、いきなり映姫の肩をつかむと、その桜の蕾のような唇を押しつけてきた。
「んむっ――」
映姫は勢い余ってうめき、よろめいた。そのまま、流れるように近場の桜の根元に押し倒された。尻を打つのはなんとか避けたが、どっと後頭部が草に押しつけられ、帽子が転がる。
「んむ――」
妖夢は、倒れた拍子に、いったんはなれた唇を、また、懸命に押しつけてきた。幽々子がしたように。映姫の唇に弱く吸いついてくる。
「ん――んん――」
映姫は息をふさがれて、苦しげに愁眉を寄せた。
(……これは下手だな)
一瞬思い、眉をしかめる。
何を言っているのか。
我知らず、先ほど味わわされた幽々子のものと、比較をしてしまっていたようだ。
(何を言っているのよ)
「ん、むう――ぷはっ。はっ……はっ……」
妖夢は唇を離すと、じっと見下ろしてきた。紅潮した顔が泣きそうに歪んでいる。羞恥で耳まで真っ赤に染まっているのだ。
(う……)
可愛いなこの子、と一瞬ちらっと思い、映姫は心の中で顔をしかめ自分をはたいた。
(何考えてるのよ……)
「――こら! やめなさい、妖夢!」
映姫は言った。
妖夢は懸命な顔で言ってきた。
「わかっております、わかっているんです。閻魔様の言葉に嘘偽りのないことは。でも、わたくしは、わたしは……!」
こちらの言葉を聞いた様子もない。
「私の話を――」
「私では駄目なんですか? 幽々子様みたいでないと駄目なんですか? 閻魔様は、私を見てはくれないんですか? 私を……私だって、私は……」
どうしようか。映姫は思った。
(参ったわね)
映姫は躊躇った。殴り倒すのは気が引ける。
映姫にとっては、たいていの生き人とういうのは年下で、ほんの子供のようなものなのだが、この妖夢などはとくに精神が幼く、本当に「子供」の部類に入る。
おかげで、あまり強く出るのはためらわれるのだ。もともと映姫は子供に弱いのだ。
「――ごめんなさい、でも、でも、わたし、押さえられないんです……ご免なさい!」
妖夢は、かがみこむと、ふたたび唇を押しつけてきた。こちらの唇に吸いつくようにして、顔を押しつけてくる。
「……ん……む」
映姫は躊躇ったまま、妖夢のくちづけを受けた。しかし、様子を見るに、どうにも下手くそなようである。なんだかやりかたも、どうもさっきの幽々子を真似ているような感じだった。本人は一生懸命なのだが……。
「ぷはっ。ん。ん……」
唇から離れると、映姫の首筋に唇を這わせてくる。唾の音が鳴る。
映姫は、しばらくやらせてから、妖夢の肩をそっとつかむと、なるべく優しくひきはがした。
「……」
妖夢は、一瞬、なにかに見捨てられたような、突き放されたような目を浮かべた。
映姫は、静かに口を開いた。
「……妖夢。よく聞いて。ね」
妖夢の目を見て言う。なにかに追いつめられたような色をした目を。
「ねえ、妖夢。あなたのその思いはとても嬉しいわ。でも、駄目よ。私は応えられないの。残念だけど、あのね。聞いて」
映姫は諭す口調で続けた。
「ねえ、聞いて頂戴、妖夢。私とあなたとでは、そもそも生きる世界が違うでしょう? 私はね、こうやって身体こそあるけど、結局は死人で、あなたは、半分といえど生きている身でしょう。そうして生きる世界の違うもの同士というのは、本来決して、互いに干渉するような真似――そう、たとえば、思いを寄せ合ったりしては、いけないものなの。あなたの場合もそう。死者に思いを寄せて、生きていくようではいけないわ」
「――でしたら、でしたら……私だって、もう下界には決しておりません……こちらにずっといます! こちらにいれば、私は幽霊なのでしょう? こちらでずっと過ごしていれば、そうなれるって、閻魔様はそう言いましたよね? そうすれば、私は死んでいるのと変わりないんですよね? 私の祖父だってそうでした。ここでずっと暮らしてたんですよ、千年以上も、だったら、だったら私だって――」
「――ええ、それは事実です。それでもね。無理なの。無理なのよ、妖夢。私は、この世の誰誰と、そのような深い仲に落ちると言うことはあってはいけない身なのよ。それもあるけど、それとは別の理由でもね」
「そんなの……」
「いいえ。聞いて、妖夢。閻魔のような仏神になると言うことはね、そういうことなのよ。たとえこの身は生前人であったとしても、仏神となった時点で、その者は、仏神というものになるの。私は、もうすでに人とは別のもの。閻魔という役職についた妖怪のようなものなのよ。たとえ、どんなに人のように見えたとしても、私は、もう人の形をした別のものなのです、妖夢。そういうものに心を引かれたものが、いったいどのようになるのかあなたにはわかりませんか? あなたのすぐ身近にもいるでしょう、そういうものが。妖怪に心を囚われて、人でありながら人でなくなった者が」
「わっわかりません、そんなの……」
妖夢は言いかけたが、映姫は言った。
「人の形をしていながら、人でないものとは、総じて妖怪のことです、妖夢。人の心持つ身で妖怪に心を引かれれば、あなたもいずれ、心を妖怪と化してしまうでしょう。それはとても罪なことなのですよ、妖夢。あなたが郷に下りて、人に染まってしまうのよりも、ずっとね。あなたの主、西行寺幽々子もその一人なのよ。妖怪に心囚われ、この世を厭い、自ら命を絶った許されざる者、人ではない外道に成り果ててしまった者。あなたは、あのようになりたいというのですか? あの主のように在りたいというのですか? そうありたいと言うとして、私がそれを見て、あなたを許すと思いますか? 妖夢。考えなさい。自分で、よく」
「う……」
妖夢はうつむいて黙りこんだ。蒼白な顔が震えている。
映姫は言った。
「そう。そうなったのなら、私はあなたを決して許さないでしょう。あなたがもしそのようになって、私の前で然るべき時を迎えたのなら、私は呵責の余地なく、あなたを罪に問うでしょう。そして、私の手で地獄に落とすことでしょう」
聞きつつ、妖夢は、突如きっと眼差しを上げた。
「……――もしも、もしもそうなったのなら本望です。最後を、この身を、私が想ったあなたの手にゆだねられるんなら、私はきっと後悔しません。選択したことを後悔したりはしません、絶対に……」
決然と言う。
映姫はため息をついて言った。腐臭のする言葉を聞いた気がした。
(はり倒してやろうか)
重たい諦めが声にこびりつく。
「……そうね。あるいは、あなたはそう思うのかも知れない。私の手で地獄に落とされるなら本望と。私は幾百年と閻魔をやってきて、そのような者たちをいくらでも見ているしね。最後を想い人の手にかかることを、無上の喜びと捕らえてしまう者はいる。でも考えなさい。あなたをその手にかけた者は、残されるのですよ。あなたを地獄に突き落としたという重荷を背負い、背負い続けたまま、残されるのですよ? それらを忘れ、自分一人が無上の幸せをかみしめ、死んでいくことの何が幸せか。周りも見ずに独りよがりに走り、満足して死んでいくのなら、それはただの独善です。あなたは死というものを、その先にある地獄というものを、そんなにも甘く見ているのか」
映姫は静かな怒気をこめて告げた。罪人を叱りつける、閻魔大王の怒りである。
「……」
さすがに妖夢はなにも言えない。どうやら迫力に押されたようだ。
(ちょっとずるかったかしらね……)
映姫はちらりと思った。
「私は、でも、私は……」
妖夢は懊悩して呟き、涙をこぼした。
映姫はため息をついた。妖夢は、もう映姫が起き上がるのを拒もうともしない。
映姫は立ち上がって、妖夢を見下ろした。指で頬をすくってやる。
「あ……」
「妖夢。聞きなさい。人やものには、誰しも領分というものがあります。それらを越えようとすることは。どんな事由があるにせよ、すべからく罪なのです。私は必要が在れば躊躇いなくあなたに裁きを下してあげるでしょう。でも、そうしたくはないの。あなたが本当に私のことを想うというのなら、その想いはもう忘れなさい。ただ、生のままに生きるのでなく、忘れ、諦めることが、善行となることもある。それは、想像を絶するような苦しみをあなたにもたらすだろうが、生とはそも、現世の重荷に苦しみうめき、もがき続けることです。快楽(けらく)ばかりを求めてはいけません。耐えて苦しみなさい」
映姫はかがみこんで、妖夢の額にそっと唇を寄せた。
妖夢は、涙に潤んだ瞳で映姫を見上げた。映姫は、それに小さく微笑みかけてやり、あとは何も言わずに歩きだした。
ちらりと見やると、妖夢はまだ呆然と座っている。
(……)
いったいなんなのか、これは。
映姫は思った。
冥界を離れ、現世に下る道である。
なんだ? 今日はこんなことばかりではないか?
(せっかくの休養だって言うのに。まったく)
気にはなったが、なにか思い当たることがあるわけでもない。
さて、次は、と考えて、映姫は気にせず、行き先を思い浮かべた。
わからないことを細かく気にしていても、仕方がない。
(迷いの竹林、地霊殿、新しくできたという寺。または、妖怪の山、無名の丘、紅魔館……)
「ふーむ」
説教するべき相手の顔を思い浮かべ、映姫は思考した。先ほどの妖夢のことは、もう頭の外である。
実際、映姫は、一度説教をした相手のことは、いつもちゃんと考えている。閻魔の説教というのは、仏の説教とは違い、始終厳しくあらなければならない。
一度言っても聞かない相手には、何度でもしつこく言って聞かせるし、ときには尻を叩いてやるのも必要だ。そのためには、相手のことを常によく考えているのが大事なのだ。映姫はしばし考えた。
「ふむ、……竹林にするか」
あの月兎の顔をしばらく見ていない。
映姫が以前に見たところでは、もっとも自分の話を聞き入れそうにないのが、あの月兎だ。ちょっとしつこく言ってやろう。
映姫は空へ飛んだ。
迷いの竹林近くの道。
竹林へ向かう途中、人里への道に、月兎がいるのが見えた。
ちょうどいい。映姫は、兎の近くへと降り立った。後ろに近寄り声をかける。
「こんにちは」
「わっ。――うわぁ……」
兎はびくっとふり返って、こちらを見た。露骨に嫌そうな顔をする。
「挨拶もなしね。まあいいけれど」
「今、ちょっと急いでいますので……」
「待ちなさい。まったくあなたはそうやって、いっつもぜんぜん人の話を聞かないのね。そんなのでは駄目だって言ったでしょう。あなたにはせっかく考える頭があるのに、あなたはそれを違う方向に使ってしまっている。それでは駄目なのよ。あなたは、ものの道理が分かっていないのではなくて、分かっていて、なおかつ嫌なことは見ないようにしている。そうして自分の都合に合わせて、いいように曲解してしまうの。ものの道理とは、そんなに都合の良いものではない。そんなのでは、よく見える目を持っていても、まったくのもちぐされになってしまうわ。わかるかしら」
「うう。まずい。また始まった。どうしよう逃げたい」
「態度がなっていない。逃げないでいいから、ちょっとそこに直りなさい。いいですか、少しでも改善しようという気があるなら、説法は珠玉になるのですよ」
兎は進退きわまった様子で、拗ねた面持ちをした。
「だって、閻魔様の言ってることは、私には難しいですよ……そういう話は、私なんかよりも、うちの師匠や姫と話した方が面白いと思いますよ?」
「私は面白いからやっているのではないわ。楽しみでやっているのよ。それと、勘違いしているようだけど、私はあなたと議論がしたいのではないの。黙って聞いていなさい」
「うう、何この人。やっぱりひどい横暴だわ、帰りたい――」
兎は、ふと言葉を途切れさせた。映姫は続けた。
「こら! なんですか。人の説教はもっとありがたがって聞くものです。いい? 第一、あなたはそうやって露骨に嫌がるけれどね、説教してくれる相手がいるというのは、本来、とてもありがたいことなのですよ。説教してくれる相手が私くらいしかいなくなったら、むしろ、ああ、自分も末なのだな、と思うようになさい。だいたいあなたの師匠たちと話せなどと言いますが、私がどうして彼女たちの元にはいかず、あなたのもとにくるのかをわかっていれば、そのような台詞は出ないはずよ。私は別にあなたが未熟だからと言う理由だけで、彼女らとあなたを差別しているのではなくて――」
「閻魔様……」
兎は、映姫の手を取った。いつのまにか、近くまで歩み寄ってきている。
「……なに?」
映姫は聞いた。
「好きです……!」
兎は言った。
「……は? んむっ」
兎はまたたく間に唇を重ねてきた。映姫の唇に吸いつき、身体を寄せてくる。
「ん……むうっ」
映姫は避ける間もなかった。顎が少しのけぞり気味になり、兎の唇が少し深めにかぶさるようになる。
兎はそのまま、唇をかぶせ、弱めに唾を吸ってくる。
「んっ――む……」
強引だが、慈しむような想いの伝わる、一心なくちづけである。兎は、そこから何度か波をつけて、唇を吸い、浅いところで愛撫してくる。
(う……)
映姫は、一瞬だけくらりと来るのを感じた。
まずい。
なんとか正気を保ち、顔を引きはがそうとする。
「ん……んむ」
兎は眉根を寄せて、身を近づけてくる。引きはがせない。
(ええい)
映姫は罵った。兎は、しばらく映姫とそういう押し問答をやってから、唇を離した。
「ん……む……はあ」
兎が少し身体を離す。また同性に思うさま唇を蹂躙され、映姫はげんなりした。
「なにをするのよ。いきなり――」
「閻魔様……」
兎は、うっそりと呟いた。まるでこちらの話を聞いていない。
「好きです……ずっと、ずっとお慕いしていました……あなたの横顔を……その凛々しいお顔立ちを……」
兎はきゅう、と握りしめた映姫の手を包み込んできた。
「ああ、お側に寄れたら……いつか、いつか、その瞳が私を向いてくれたら……そう思っておりました……私はいつもいつも、あなたを見るたびに……あなたのその目を見るたびに……だって、だって、あなたは誰にも同じで、誰にも同じように遠くて。その瞳は、私を見ているときでも、決して私を見てくれることはなかったのです。私は、私は、それがとても恨めしく、また、心の底では安堵してもおりました……だって私は罪人です。この身は拭いきれない罪で穢れているんです。あなたの目は鋭くて、でも決して私をとらえて放さない、まるで猛禽の足のよう。なにもかも裸にしてしまうのです。せっかくかたくなに閉じている、私の心も。この両の眼窩を埋める、忌まわしい赤い瞳さえも。あなたには私の何もかもが通じないんだわ。なんて、なんて絶対的で、人を押しつつむような眼差しなのでしょう。私は気がつくと、いつもあなたの目を見ているようだったのです。その、恐ろしくて近寄れない目に、何よりも近づきたかったのです。ああ、閻魔様……」
「ちょっと待ちなさい――」
映姫は言った。が、兎はさらに押しせまってくる。
「これ以上待てなんて言わないでください。私はもうさんざんに待ちました。これからもずっと待ちつづけるんです、あなたにこの思いが届かぬ限り――」
映姫は無言で棒を振り上げた。また目を閉じて、兎は唇を重ねようとしてくる。
(やれやれ)
映姫は棒を振り上げた。。
ごつん。
「おう」
兎は昏倒して、その場に倒れた。動かなくなった。
映姫はじっと見下ろした。
「……」
さすがにおかしい、と思った。
だが、考えてみても、思い当たるふしはない。おかしいことは起きている。それは確かだ。発情期かしら、とも一瞬思った。
(このままでは、それで納得するしかなさそうだけど……しかし)
映姫は頬に指を当てて、考えこんだ。
「おやおや? なんだ?」
と、声がした。
映姫はそちらを見た。見やると、いつのまにか、ワンピース姿の小さい妖怪兎が立っている。
前の異変で顔を合わせた輩だ。たしか、因幡と言ったか。
「あらこんにちは。お久しぶりでございます」
因幡はぺこりとお辞儀をしてで言ってくる。ちらっと地面に倒れた月兎を見やる。
「……。何をなさっているんです? なんだか、私の知り合いがぶっ倒れておりますけれど……」
言ってくる。
聞かれて、映姫は一瞬迷った。が、結局他に言いようもないので、そのまま答えた。
「……いえ。ちょっと殴り倒しちゃったのよ。私が」
「はあ、閻魔様がですか? 何でまた?」
「いえ……なんだかよくわからないんだけど、説教をしていたら、この子がいきなりわけのわからないことを言い出したものだからね。身の危険を感じて」
「はあ」
因幡はうたがわしげに頬を掻いた。
「ちょうどよかったわ。あなた、たしか、永遠亭というところと縁が深かったわよね。この子のことを、お願いしたいんだけど」
「ははあ。……まあ、よろしいですけどね」
因幡は月兎のそばに寄った。ひざまずいて、軽く様子を眺める。
「……うーん。まあ、よくわかんないけど命に別状はないんじゃないかしらね、たぶん。こいつも半分妖怪みたいなものですしね。わかりましたわかりました。あとは私らが、永遠亭まで運んで、適当に取りはからっておきましょう」
「すまないわね。頼むわ」
映姫はきびすを返そうとした。
ふう、とため息が出る。
と、そこへ急に、ぎゅっと抱きつかれた。
「……ん?」
映姫は見下ろした。
因幡が腰に張りついている。
「閻魔様……」
因幡は呟いた。うっそりと。映姫はこころなしか、いやな予感を覚えた。
「好き」
因幡は顔を近づけてきた。
「まちなさ――んむっ」
またたくまに、映姫は唇をふさがれた。
(ああ、もう!)
幼い見た目には少し想像もつかない、流れるような動きで、因幡は映姫の動きを封じてくる。
「ん……む……、ん」
映姫はうめいた。因幡の背は、映姫よりもひくいが、器用につま先立ちをして、映姫の唇に吸いついてくる。妙に落ち着きのある、どこか品があるくちづけだった。唾を吸うのにも音を立てたりしない。それでいて、こちらの口内を刺激するよう、巧みに喉を動かして舌を繰っている。
白い喉が動くのが、間近に伝わってくる。
「んむ……ん」
映姫の反応を読み取るように、因幡は小さな唇でゆっくりと唇の輪郭を吸いとるようにした。あまりに洗練された動きに、映姫は、子供のような同性にそうされているということをつかの間、忘れかけた。
(ええい……)
「……む、うん」
因幡は唇を離した。映姫の身体を抱きすくめる。
「……。好き」
「ちょっと――なにするのよ、あなたまで……」
「好きです、閻魔様……」
因幡はうっそりと呟いた。心底愛しいように、映姫の身体に力をこめて抱擁し、離そうとしない。
服の生地を通して、彼女の鼓動が伝わってくる。小さな心臓だ。そのような印象が、頭をよぎる。
「私は……これまで、長い、永い年月を、妖怪として生きてきた者です……果てのない年月を生きてきた者です。幾千の季節を巡り、幾万の日々を見送り――けれど、ああ、今まで、このような気持ちになったことは……一度たりとてもありません。あなたに出会い、あなたに知り合うまで……私は、この世をいくらも見てきたつもりでいましたが、そのなかで、あなたを見つけたときの衝撃と言ったらありません。あなたはほんの一瞬で、私の全てを奪ってしまった。色あせていた世界に四季を満たすように、鮮やかに。私は恋に落ちました。初めて出会ったあのときに、あなたを見初めていたのです。その指、その瞳、その物腰、その髪、ああ、全てが鮮烈で……私の目を、奪ってしまうのです。何も見えないようにしてしまうのです。あなたは私の、ちっぽけな紅い目を奪ってしまったのです。あなたを見てより、私はこのかた、ほかのものがまだ見えないようでいる……ああ、閻魔様。このほころびを返していただくには、あなたが私を見てくれるしかないのです。あなたを私の虜にするしかないのです……」
「あのね――」
「閻魔様、好きです……どうか、どうか、私の思いを、あなたに……」
ふーう、と映姫は吐息をついた。駄目だこれは。棒を振りあげる。
ご。
「――おぐっ」
妙なうめき声があがった。
……ちょっとあたりどころが悪かったようだ。
低い呻きを残して、妖怪兎は動かなくなった。
映姫は無言で見下ろした。
(……ふむ)
映姫は思った。首を捻った。
やはりなにかおかしい。
(……偶然では……ないわよね。さすがに。何かが起きているのかしら?)
――異変か?
映姫は思った。
いや、彼岸でも似たようなことは起きている。幻想郷だけの話ではないのだ。
それに、どうも、ことの前後の状況を鑑みるに、事の原因は、同じところにありそうだった。その原因というのは、なんだろう、と、そう考えると、なにかはわからない。
わからないが、それは自分の周囲にある。もっと飛躍して考えれば、自分の身に何かが起こった、とも考えられる。
(……そうよね、どうも確証は無いけれど、私と接触したことで、彼女らはおかしくなったように見える……)
映姫は思った。
(……どっちみち、これじゃあまともに仕事にもならないじゃない。もし、彼岸に戻って、映華や小町らに始終あんな調子になられるんなら、たまったものじゃないわ……)
眉をひそめてぶつぶつとぼやく。とにかく、なんとかしたほうがいいだろう。
(どうしようかしら)
映姫は思った。問題は、なにが起きているのかさっぱりわからないことだった。推測するしかない。映姫はそう考え、黙考した。
(……)
とりあえず、確率の高い可能性として、自分の身に何かが起こっていないかを確かめる必要があるだろう。映姫の身は、霊体であるから、人間のように医者にかかるというわけにもいくまい。こういうことに詳しい者がいい。
行動の指針を決めると、あとは少し動くのが楽になる。
「ふむ」
映姫は、ぽっと思い浮かべたスキマ妖怪の顔に納得した。まあ、それが妥当だろう。彼女に会おう。
もしかすると、彼女が原因かも知れない、とは考えられたのだが、今は考えても仕方ない。。
(まあ、そうなったら懲らしめてやればいいだけよね……)
映姫は倒れた兎たちを残し、竹林を飛び立った。
妖怪の山。
麓近くの川辺。
映姫は少し思案したあげくに、ここにやってきていた。
麓の当たりで涼んでいた射命丸を捕まえる。
「あらら? え、閻魔様? こ、これはどうも」
「こんにちは」
映姫は、手短に挨拶した。
「やや。どうもどうも。ご健勝そうですな。ええと、なにかご用でも?」
射命丸は、若干おどおどした様子で言う。まあ映姫を知っている妖怪なら、よくある反応だ。
「そんなに警戒しなくとも、今日は説教じゃないわよ。あなたがちゃんと善行を働いているかは非常に興味があるけれど」
「いやあ、そりゃもうもちろんですよ」
天狗は微妙に目を逸らした。わかりやすい。
映姫は半眼になったが、まあ後で良いと思い、話を進めた。
「まあ、そのことはあとできっちり言って聞かせましょう。ちょっと急ですまないんだけど、あなた、八雲紫を知らない?」
「はあ。スキマ妖怪ですか? なにかご用事でも?」
「ええ、ちょっと急なことでね」
「ははあ。急な用事ですか。まあ、しばしお待ちを。ちょっと失礼いたしますね」
射命丸は、言うと、座っていた岩から降りた。指で空中を掻くような仕草をする。
ほどなくして、どこからともなく鴉が一羽やってきて、射命丸の肩に止まった。
「――、――?」
射命丸は、鴉になにか言って聞かせると、また空に飛ばした。ばさ、ばさ、と別な繁みから、四、五羽ばかりの鴉が飛んできて、飛びたった一羽に合流する。
射命丸は、それを見届けると、映姫の方に近寄ってきた。
「ちょっと時間がかかりますので、こちらでお茶でもどうぞ。なんにもおかまいできませんけど」
「いえ、けっこ――」
と、いきなり、ぐいっと引き寄せられ、映姫は射命丸に口をふさがれた。
「っん。――むうっ?」
射命丸は、映姫の両肩をつかんでいる。避ける間もなかった。いや、それ以前にいきなりすぎる。何の前触れもなかった。
(なに、これも、まさか?)
「むっ――ん」
映姫はもがいた。が、その拍子によろめき、そのまま射命丸に押し倒される。
ちょっと勢いがつきすぎて、どふっ、と背に衝撃が走る。
「んうっ。んう……む、う」
射命丸は、いっさい唇を離さずに、歯の間を割って映姫の中へ侵入してきた。
「んむっ――、んうっ……ん」
こく、と映姫の喉が動いた。
愁眉を寄せる。射命丸のくちづけは、かなり荒々しく、乱暴だった。相手の都合などお構いなしに唾を吸い、唾を呑ませようとしてくる。
「んっおうんっ――」
喉が妙な音を立てた。なにか呑ませられた。
射命丸はそれからしばらく、思う様に映姫の中を貪った。素早く唇を離すと、映姫の上にまたがって見下ろした。
「閻魔さま……好き」
熱を帯びた口調で言ってくる。
言いつつ、映姫の服のボタンに手をかけた。と艶めかしい手つきで、首元のボタンが外される。ひとつ、ふたつ。映姫は、すっと胸元の肌が外気に晒されるのを感じた。
「私の思いを受け取ってください……もう我慢できないわ」
「やれさ、っ!」
映姫は言おうとして、舌が異様にもつれるのに気づいた。
なんだ。
(なに……?)
映姫は気づいた。身体が痺れている。力が入らない。
「……無理ですよ。薬が効いているもの……」
文は、映姫の上にまたがったまま言った。自分の服のボタンを大胆に外して、うっすらと日焼けの跡がついた首筋を晒す。さらに降りてきた文の指でタイトな映姫の服のボタンが、さらに外される。
あっという間に、胸元が露わにされた。
「……即効性の薬です。私ら鴉天狗は、もしものときのために、歯の裏にこれを仕込んでいてね。こんなふうに、色々な使い方が出来るんです……本当は、本当は、こんなことにはしたくなかったけど……」
射命丸は、言いつつ、ふと口調を変えた。歯を軋るように。怒りにまみれた声に。
「……あなたが、あなたが、悪いのよ。……あなたが、あんまりにも――あんまりにも魅力的だから――」
射命丸はそのままだんだんと暗い声音になった。こちらを見下ろす目が、心なしか変わっている。映姫はその目をのぞきこんで、ふと射命丸が正気を無くしかけているのを悟った。理性の光が薄い。射命丸は、憎々しげに続けた。
「――あなたと、あなたとね。あなたと私が、初めて会ったときからね! 私がいったいどんな思いでいたのか分かる!? あなたは、あんなにも鮮やかに私の目に焼きついて、あんなにも鮮やかに、私の心を奪っていって――私は、あのときから片時もあなたのことが忘れられなかったのよ。いつもあなたを追っていたわ。あなたの前からこそこそ隠れたこともあった! こんなにも私はあなたばかり見ていたって言うのに! だっていうのに、だっていうのにあなたは、あなたは、いつ見てもそんな顔で、そんな目で――彼岸の向こうがわにいる……何にも気づかない顔で、いつもいつも、あの彼岸の向こうにいるのよ! しれっとして! 私をこんなにさせておいて!! 何度、何度、その顔を、どうにかして、歪ませてやろうと思ったか――滅茶苦茶にしてやろうと思ったか――その、その身体を、どうやって切り刻んでやろうと思ったか――知れないわ、あなたのことが、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて……!」
射命丸は苦しげに顔を歪めた。それこそ、自分が傷でも負っているかのような顔で、続ける。
「……どうして、この想いがどうにもできないのか、どうしてこの想いが気にしないでいられないのかって、そんなことで、さんざんそうやって一人で苦しんだわよ。馬鹿みたいにもがいてたわ。それでもまだ憎くてね。どうしようもなくてね。どうしようもなかったの。だって、あなたは気づかないんだもの―ーどうしたって、気づかないで、こっちに平然とやってくるんだもの。ううん。分かっているわ。本当はね、気づいたってどうしようもないし、あなたは気づくはずもなかった。あなたと私は全然違うものだもの。私は、いつまで経っても、長い長い刻が立っても、きっと私一人で、こうやってやきもきしていないといけない。こんな風にじたばたしていないといけない。あなたが、あなたが、あなたがいるかぎり……」
射命丸は歯ぎしりさえして、目のはしから不意に涙をこぼした。唇が震えている。
泣きじゃくりながら、顔を寄せてくる。
「もう、もう限界だわ。限界なの。お願い。黙って私のものになって。もう、もう苦しいのは嫌なの。一人で苦しみたくないの……」
「……ん! んんっ」
射命丸は、そのまま力任せに唇を重ねてきた。映姫の唇を、むさぼるように吸い、舌を入れ、思うままに蹂躙してくる。
「んっ――むうっ! ぐむぅ」
映姫は顔を背けようとしたが、思うように身体は動かない。結局、射命丸の思うがままにされ、だんだんと息が詰まってくるのを感じた。
呼吸させないような激しさで、天狗は口をふさいでくるのだ。彼女の肺活量は並みでないのだろうが、付き合わされる方は溜まったものではない。
(ちょっとは、落ちつきなさいよ、この馬鹿者――)
映姫は思わずののしった。頭がくらりとしかけるのを感じる。空気を求めて、喉がのけぞっている。
(ええ、い――)
まずい。指先から力が抜ける。
「む――は――んむ――ん!」
ごすっ!!
と。
そのとき凄まじい音がした。不意に口が解放される。
「ぷはっ! はあっ! はあっ! はあっ」
映姫は、ようやく息を吸った。
見下ろす。射命丸が、ぐったりと倒れ込んでいる。
「大丈夫ですか!? 閻魔様」
その後ろに立っていた白狼天狗が言った。たしか犬走とか言ったか。
映姫は起き上がろうとしたが、まだ身体は痺れている。内心で安堵しながら、呟きを漏らす。
「助かったわ……」
まだろれつが回りにくい。射命丸の責めとあいまって、あやうく失神するところだった。
「いったい何事ですか? ああ、ちょっと失礼。動かないで」
犬走は映姫の様子を見て、歩み寄った。まぶたに指をかけて開き、瞳をのぞきこむ。ふむ、とうなる。
「やはり、薬を含まされましたね……鴉天狗がよくやる手なんですが――まったく! なんてこった……とんでもないご無礼をいたしました。この阿呆は厳重に処罰にかけるよう、報告いたしますので、どうか――」
「いいわよ……問題になるし……」
映姫は言ったが、犬走は首をふった。
「いいえ。気にかけないでください。幸い、目撃者は私だけですし、おおかたの責任はこいつがひっかぶるように、上手く誤魔化しますので……まさか彼岸の方々に我々がご迷惑をかけるわけにはまいりません。どうぞ、そのようにさせてください――」
犬走は、そこでふと、言葉を一瞬途切れさせた。腰につけていた袋に指を入れる
「――ああ、そうだ……」
犬走は呟くと、ぶら下げていた水筒に手をつけた。指を入れた袋からは、何か丸薬状のものを二、三粒取りだした。それを口に入れ、水筒から水を含む。それから映姫の上に顔を伏せた。
「ん――」
映姫は少し眉をしかめた。犬走は唇を重ねて、何かを流し込んでくる。白い髪が視界のはしで揺れた。
犬走は、器用に舌を差し入れると、そのままうまく丸薬を映姫に飲みこませた。くちづけは、そのためだけにしては、少し長く続いた。犬走は顔を離した。くちづけのあいだ、閉じていた目をうっすらと開く。
犬走は顔を上げると、映姫に小さく微笑みかけて言った。
「解毒薬です。鴉天狗の毒は、少しばかりしつこいので、効くには少し時間がかかりますけど」
「ああ……ありがとう……すまないわね……」
「いえ。当たり前です。閻魔様は私のものなんですから。こんな臭い鳥女に汚されたままなど、もってのほかですから」
「……」
なにか妙なことを聞いた気がして、映姫は黙りこんだ。なにか嫌な予感がした。そのまま犬走は、優しく映姫を抱き上げた。
「さあ、閻魔様、ちょうどよくまだ薬が効いているみたいですし、滝の裏へ参りましょう。……解毒薬が効くまで、誰の邪魔も入らないところで、ゆっくりと――」
耳元に口を寄せて、ささやきかけてくる。
(はあー)
映姫はため息をついて棒を振り上げた。
ごん。
「わう」
不意をつかれて、あっけなく白狼天狗は昏倒した。
どうやら油断していたらしい。
(ふむ)
映姫は、指を握ったり閉じたりしてみた。動くようになっている。
(……霊体に、まともに薬なんか効くわけ無いか。いい加減な構造だしね)
映姫は、痺れの残る腕を振った。
さて、どうしたものか、と考える。
(……とにかく、別の手を考えないと、話にならないか)
天狗はこのざまだから、当てにならない。他のものを頼るにしても、また同じような事態になったらたまらない。
(自分で動いた方がいいか。しかし私は下界のことは疎いしな)
映姫は、とりあえず倒れた天狗を残して、その場を離れた。
そういえば、たしか、この山には紫の式の式・橙が住んでいたはずではないか。
彼女に聞けば、紫になにかしら取り次ぎが出来るかも知れない。
(ああ、そうか。彼女に紫の式を呼んで貰えばいいんだわ……)
うろ覚えの知識ではあるが、たしか、そういうことはできたはずだと思う。
紫の式である藍なら、さすがに紫の居場所くらいわかるはずだろう。映姫はさっそく、橙の居場所について聞き込みを始めることにした。
マヨヒガ。
映姫は、少し時間を置いて、ようやくここへたどりついた。
はじめ、正確な位置がわからなかったので、近所の妖怪連中に聞いて回ったのだ。
(ふう)
映姫はため息をついた。いい加減疲れた。
実は、聞いて回るあいだにも、何度か妖怪や、通りすがりの神様連中に言い寄られていたのだ。
いきなり豹変した河童に泣かれたし、通りがかった厄神に押し倒された。さらに通りかかった山の祟り神にも迫られたし、たまたま会った半神の娘には突然泣きつかれた。もはや、なにが何だか分からない。
(いい加減にしてほしいわ)
さて、と探すと、橙が外にいた。映姫は近寄った。
(またいきなり豹変しないでよね……)
思いつつ、声をかける。
「こんにちは」
映姫は言った。燈は映姫を見て、眼をぱちくりとさせた。
「――あ。どうも、こんにちは……ご機嫌お宜しゅうございます、閻魔様」
燈は、ぺこりと礼儀正しいお辞儀をした。若干おどおどしているが、映姫にいきなり尋ねられれば、こうもなる。
「急にたずねてすまないわね」
「いえ、とんでもございません」
「単刀直入に言うけど、実は、あなたにお願いしたいことがあってね」
「はあ、私にですか」
燈は怪訝そうに言った。映姫は手早く続けた。
「ええ……実は、あなたの主人に、少々用向きがあるのよ。たしか、話によると、あなたは彼女を呼び出せるということだったわよね? それで来たんだけれど」
「はあ。たしかにできますが――藍様にご用事ですか? あのう、用向きのほうはなんでしょう?」
橙は真面目に聞いてくる。映姫は言った。
「実は八雲紫に急ぎの用事があるのよ。それが、どこにいるのかわからないものだから、あなたの主人に聞こうと思っていたところだったの」
「はあ、なるほど。紫様ですか……」
燈は言いつつ、気まずい顔をした。遠慮がちに後を続けてくる。
「なるほど、お話はわかります……でも、あのー……藍様をお呼びするのはいいんですが、紫様なら、たぶんお呼びしても出てきませんよ。藍様も、ご自分で、できないって言っていましたし。なにせ、ご自分から出てきていただかないと、普段はどこにいるか分からないんだって自分で言っているくらいですから、聞いても分からないんじゃないかと思いますよ」
「……」
映姫は眉をひそめた。口元をへの字に引きしめ、じっとりとした目で言う。
「……あのね。そんなので、危急の事態に対応できるの? 彼女は仮にもここの管理者でしょう。普段から連絡が取れないで、いざというときにどうするのよ」
「はい、いえ、あの、いえ、わ、私に言われても困るんですけど……あ。でも藍様のお話だと、紫様は、本当に危急の際にはご自分から出てくるお方だし、大抵のことは一人でなんとかしちゃうって言うことですし、大丈夫なんじゃないでしょうか? たぶん」
「たぶんで済むような問題じゃないでしょう? まったく何考えてるのかしら……」
映姫に言われ、橙はたじろいだ。
「ですから、それは私に言われても……」
「あなたに怒っているわけじゃないわよ……」
映姫は言いつつ、眉をひそめた。たしかに橙に言っても詮無いことだ。
(あのぐうたら妖怪め)
どうしてこう大ざっぱなのか。危急になるまでとことんなにもしないつもりか。
(管理というのはそういうものじゃないでしょう、まったく)
ぶつぶつと映姫は罵った。どうせ、妖怪ならではのいい加減な考え方をしているに違いない。袋の中の胡麻を掬うのに、手の平からちょっとこぼれるものはしかたがない、くらいにでも考えているのだろう。傲慢だ。
「……まあいいわ。そう言うことなら仕方ないわね。お邪魔したわね」
「あ。はい、お役に立てませんで……」
橙はぺこりと丁寧なお辞儀をした。
映姫はきびすを返した。
(参ったな……)
どうやって探せというのだろうか。式が当てにならないとは想定外だった。
(まったく、あいつときたら。人を困らせることしか知らないんだから、毎度毎度……うん?)
と、がしっといきなり腰が捕らえられていた。
映姫は怪訝な顔でふり返った。
なぜか、後ろから橙が腰に張りついている。
「ちょっと――んむ」
言う間に、映姫は唇をふさがれた。またである。
(あー、もう!)
うっかり失念していた。変化もないので、大丈夫だと思っていたのだ。
「ん――んう」
橙は唇に吸いつくでもなく、ただ唇を触れあわせてくる。橙の背丈は、映姫より低いので、つま先立ちして懸命にだ。
「ん……ん」
どうにも不器用だ。映姫は頭の隅で思った。
(なんだか、巧くないわね……)
やり方が分からないのだろうか。化け猫になるくらいだから、彼女も一応100年以上は生きているはずだが、そう思うと、少し間の抜けている感じもする。
「ん……んっ」
ずいぶんやりづらそうな橙を持て余して、つい映姫は彼女の肩に手をかける形になった。身体を突っこみすぎて、映姫の身体に体重がかかりすぎているのだ。
「――! 、」
が、手をかけた瞬間に、橙の細い肩がぴくり、と大きく震えるのが分かった。
(うっ)
映姫は、思わず指を握りしめかけた。まずい。
橙のか弱い反応に、思わず、保護欲をそそられるのを感じたのだ。背中の尻から上に、大変よくないたぐいの衝動が走る。
(な、何を考えているのかしら、まったく!)
まずいな、と映姫は思った。思っている間にも、橙はくちづけを続けてくる。心なしか、少し動きが滑らかになっていた。
「ん……むう……」
肩に手を置いたことで、どうやら落ちついてしまったたらしい。顔を突き出して、少し大胆に唇を吸ってくる。
あまり加減を知らない不器用なくちづけだ。小さい唇と舌が、口内や唇を刺激してくる。橙は舌も入れようとしてきた。映姫は、なにか悪い気がして顔を背けられなかった。橙のやりたいようにさせてやり、大人しくする。
「ん……ん、ん……ぷは、はあっ。はあっ。はあっ……」
それでもうまくいかなかったらしい。何度か試して、結局橙はあきらめた。唇を離してから、荒い息を吐いて、それからぐっと見上げてくる。
「え、閻魔様! す、好き! 好きです!」
燈は、懸命な様子で言ってきた。映姫はしっかりと抱きすくめられながら、げんなりとした顔をした。
「わ、私、私、ずっと見てました……閻魔様のこと……閻魔様は、閻魔様は、気づいていらっしゃらなかったのでしょうけど。私は――私は、そう、ちっぽけな妖獣ですから、誰の目にも止まらないくらい、藍様や紫様と違って、私は――私は、本当にちっぽけで……閻魔様のお目にも、きっと止まっていなくて、でも――でも――」
言いつつ、橙は、きゅっと映姫のスカートを強く握りしめた。小さい手だ。うっかり強くほどいたら、傷ついてしまいそうなほどに。
(うう)
また始まってしまった。映姫はうめいた。
(ああもう)
どうやって宥めようかと思った。また棒を使うしかないのか。しかし、この妖獣も見た目が幼いので、気は進まない。
この猫も、見た目は子供ではあるが、妖獣である。妖夢と違って、殴り倒されたくらいではどうにもならないだろうが。
(でも、気が進まないなあ……)
と、迷っている間に、ひらひらと、どこからともなく、木の葉が一枚舞ってきた。映姫は、ふと気づいてそれを目で追った。
木の葉は在る程度まで落ちてくると、いきなりくるんと回って、ふわりと狐の姿に変じた。ぼわんと豊満な尻尾が、宙に勢いよく広がって、とん、と地面に降り立つ。八雲藍だ。
藍は、うつむいた目を上げると、すぐにちらりとこちらに目をむけた。
「ああ、これは閻魔様……ご機嫌ようございます」
映姫を見ると、丁寧に頭を下げる。それから怪訝そうに、映姫の腰に張りついた橙を見やる。
「……橙? 何をやっているのよ」
「……」
橙は、なぜか答えない。むすっとしたような様子で映姫に張りついている。
「なんだかわからないけど……閻魔様が困っているでしょう。お離ししなさい」
「嫌」
「え? ちょっと、橙……」
「嫌っ!」
橙は離れようとしない。頑固にぎゅっと映姫に抱きついている。
藍は困ったように眉尻を下げて、映姫を見た。
「あのう、何があったんです?」
「いえ、それは私が聞きたいくらいなんだけどね……いえ。おそらく、別にこの子が悪いんではないと思うんだけれど……」
「はあ」
めずらしく曖昧な口調の映姫に、藍は眼をぱちくりさせた。橙を見下ろす。
ふっとその目が一瞬、不自然な様子に陰った。藍は言いかけた言葉を一瞬途切れさせた。
急に冷徹な顔になる。
「橙。離れろ」
橙に言う。急に横柄になった口調で。
「嫌っ!!」
燈は叫んだ。映姫をぎゅっと抱きしめる。
「私の言うことがきけないのか」
「嫌っ! 嫌よ! いくら藍様といえど、この想いだけは、邪魔させやしないわ! 閻魔様は、私のなんだから! この想いだけは、誰が相手だって、絶対に譲ったりしない!」
燈は、きっと藍を見返した。激しい眼差しである。
「ふうん」
対する藍も、いつもの穏やかさが無い。きつい眼差しで、じっと橙を見て言った。
(……?)
映姫は疑問符を浮かべた。
なんだろう。なにか違和感がある。
思っている間にも、藍は、袖に入れていた手をゆっくりと解いた。
「そう。どうやら、躾がなっていなかったようね……主人のものに手をつけておいて、あまつさえ、爪を立てようだなんてね……下衆な野良猫以下の所業だわ……」
藍は言い、金色の眼光で橙を睨みつけてくる。だが言動は明らかにおかしい。
(まさか……)
映姫は嫌な予感を覚えた。
橙も負けじとにらみ返した。
「なんとでも言いなさいよ、負けないわ、閻魔様は渡さないんだから。絶対に負けてなんかやらないんだから……!」
燈はふう! と唸って、毛を逆立てた。本気か。
「ちょっと待ちなさい、貴方たち――」
「よくわかったわ。なるほど、それなりの覚悟ということね、橙。では、たとえ命を落としても、悔いはないわね……」
藍もゆらりと歩んで、殺気を立ちのぼらせる。こちらもやる気満々のようだ。たかが格下の妖獣相手にか。
(まったく……)
映姫はぼやいた。咄嗟に判断し、橙の上に棒を振りあげる。
「――? んに?」
と一瞬、橙はこちらを見上げた。
ごん。
「にう」
橙はうめいて、とさり、と倒れ伏した。そのまま動かなくなる。
うまく一撃で昏倒したようだ。
映姫は、それを確認してから、じろりと藍を見た。藍は目をぱちくりさせている。
「私の前で、堂々と弱い者虐めに及ぼうとは、ずいぶんね。八雲藍。ちょっとそこに直りなさい」
映姫はきつい眼差しで言った。
「は、はい……」
藍は迫力に押されたように、その場に素早く正座した。
映姫は藍の前に立つと、姿勢を正して口を開いた。
「……いいですか、八雲藍。あなたのように力のある者が、実力の劣る者を無理矢理押さえつけようだなんて、もってのほかよ。この世の道理とは、言葉の通り、理なのです。力を振るうのにも、力を振るうなりに、他者を納得させる理を唱えてからになさい。ただ拳を振り上げ、不満を持って体制を力任せに打ちのめすことなら、どんなに頭の愚かな者にもできるのですよ。また、そうして、理のない力で為されたものは、総じてろくなことになることがないのは明白です。そう、今のあなたには、私が見たところ、彼女を打ちのめすための納得のある理は、なかったように思えるわね・ただ感情にまかせて、彼女を叩きのめし、屈服させようとしていたわね」
「……はい、申しわけありません。そのとおりでございます。先ほどの私は、あきらかに冷静さを欠いておりました。よりにもよって、自分より実力の劣る式を、一時の感情によって、実力でねじ伏せようと致しました……一介の年経た妖獣として、まことに恥ずかしく思います……」
藍は言った。映姫は続けた。
「自覚があるなら、まだ救いはありますね。悔いる心があるならば存分に悔悟し、そして訓戒なさい。過ちを犯すことは罪ですが、繰り返すことも、また罪です。罪は罪によって、さらに重さを増す」
「申し開きもございません……」
藍は平伏した。ふっと言葉を一瞬とぎらせる。
それから、顔を上げた。どこか決然とした眼差しで言う。
「――ですが……閻魔様。恐れながら、お聞きしたいことがございます」
「何でしょう」
映姫は聞きかえした。
「はい。抱いた強い感情に左右され、人や妖怪がとち狂ってしまうのは、それは、許されざることなのでしょうか。浮き世を生きる者が、一時の気の迷いに身を任せ、よがり、とち狂うことは、許されざることなのでしょうか。私にはそのように思えないのです」
「……何故そのようなことを聞くのですか?」
映姫は聞いた。
藍は頷いて答えた。映姫を真っ直ぐに見て、言う。
「はい。私は一介の妖獣として、およそ長い間を生きて参りました。変化となって、すでに数百年。狐でございますから、その長い間の中で、多くの人間を見、多くの世を見て、彼等を化かし、あるいは交わりながら、過ごして参りました。短き人の生は、私の生とはすれ違い、いつもほんの瞬きていどに終わります。そのなかでも、たびたびそういうことを目にし、私自身もまたそのように思うことがありました。すなわち、強い感情にとらわれ、とち狂う者を。すなわち同じものを見、同じものを感じることはできずとも、また生まれた種が違えども、その強い感情によって惹かれ合ってしまう様を見て。そういう例はこの世には少なからずある。それは抗いがたいものです。それは忘却しえぬものです。たとえ、自分はどうもおかしいのだと分かっていたとしても、己の強い情念は断ち切れません。たとえば、お聞きいたしますがそのような感情に囚われ、他者に惹かれた者がいたとして、それでも寄り添い、思いを遂げたいと願ってしまうことは、罪なのでしょうか。それは、生きる者の生のままの姿なのではないのでしょうか。それともやはりそれも、狂っているのでしょうか」
「尋ねられたなら答えましょう。それを罪かと言われれば明らかに罪ですよ。狂っているか、狂っていないかは重要ではありませんが、どちらかと問うならば、たしかにそれは狂ってはいるのでしょう。人は人に、妖怪は妖怪に。そうして同じ者と同士で惹かれ合うのが、この世の道理であるのだから、そうでないことはそれだけで狂っていることになりますね。道理とは、浮き世に生きる者が生まれもったもの。そこから外れることは、何人たりとも許されることではないのです。あなたの言うような、強い感情に囚われたから、というのは理由にはならない。なざならば、普段より道理に沿って生きている者というのは、そもそもそのような感情を抱かずに、自分を律することが出来るはずだからです。そのようなものを抱くのは、それ自体がすでになにかしらの間違いが自分に在ることの証明をしている、と言えるでしょうね」
映姫は言った。藍は続けた。
「では、どうか戯れにお聞きください。もし、私が、閻魔様のことを、心底から愛しいと思っていたのなら、それは罪なのでしょうか。妖怪の身にある私が、人の心持つ貴女様に心ひかれたとしたら、私はそう思ったときから、もう罪を犯しているのでしょうか」
映姫は少し眉をひそめた。が、目を閉じて答える。
「……聞かれたのなら答えますが、もちろんのこと、罪を犯しています。人は人のままに、妖怪は妖怪のままに。そうして生きることが道理に沿うということ。生まれた種すら違える者を、しっかりそれとして見ておきながら、なお心をひかれるなど、まったくもってのほかと言えます。そもそも、今も言いましたが、ちゃんと道理に沿って生きている者なら、そんな思いは抱こうとさえ思うはずがない。つまり、そうした思いを抱く時点で、その者は道理に沿わず間違ったところを歩んでいる。つまりは狂っている。そのような者が私の前に立てば、私は酌量をせずに、ためらいなく地獄に落とすでしょう。そもそも、誰しもその者の持つ霊魂というのは、その者自身のものというわけではないのです。全ての霊魂は、あくまで彼岸からの借り物なのだから。借りたものを大切にして返すのは当然のことですし、自分から泥遊びをして汚したり、無闇に傷をつけたりすれば、それなりの弁済をしてもらわなければならない。すなわちそれが死後の裁きであり、地獄です」
映姫は言った。藍はうつむいた。
どこか鉛をはき出すような面持ちで言う。
「……ならば、想いを抱いたときには、どちらにしろ、私はすでに罪を犯しているということなのですね。この魂はすでに穢れている。ならば、私はこのように思います。これ以上踏み込んでも同じこと。同じように罪を負ってしまうなら、思いを達した身でそうなることを選びたいと。穢れが怖いのではないのです。ただ、悔恨したくはない。思いも遂げずに生きることは、あまりに惨めではないですか」
「それは違います――」
言いかけて、ふっと映姫は瞬きをした。
そして目蓋を上げて、一瞬、目を疑った。
(うん?)
藍の姿が消えている。今そこにあって、正座していたはずの姿がである。
「?」
「――失礼を致します……」
声が聞こえた。
映姫ははっとして、ふり向いた。その拍子に死角から伸びた手に、腕を捕らえられ、身体を回される。
藍。ふっと一瞬、金色の瞳に陰りを見せて映姫の唇をふさいでくる。
「んむっ――」
避ける間もない。
映姫は唇をふさがれてからうめいた。思わず、眉をひそめる。
(消えた――いえ、私の目をたばかったわね……!)
思わず怒りが沸く。妖術だ。説教を聞く振りをして、いつのまにか目を騙されていたのだ。
「あむっ――んっ!」
一瞬、それで拒絶の意思もわくが、藍は、巧みに顎を押しんでくる。あっさりと歯の間を割って、拒む映姫の中に入ってきた。
「ん――んうっ――っ?」
そして。
「っ。んむ――むっ……――んっ? っ!?」
映姫は、灼熱のようなものが、頭に流れ込んでくるのを感じた。
雷を流されたようだ。
身体が一瞬、甘く痺れ、喉が自然にのけぞった。
「んっ――んうっ――んっ……!」
映姫はもがいて、腕を突っ張ろうとした。だが力が入らない。それどころか、頭が霞がかったように働かない。
藍はこともなげにくちづけを続け、映姫の中に入ってくる。
「ん、んんっ……んんうっ……!? っっっっ……~~!!」
映姫は、形のある言葉すら失いかけた。
なんだこれは。
(ま、ず、い)
頭が警鐘を鳴らす。が、それもぼんやりと熱っぽくなった瞳に溶けてしまう。
巧い、などというものではない。
頭のなかを、直接なめ回されているかのようだ。強烈な感覚である。
それは、映姫が初めて味わうようでありながら、どこか、深い安心感を感じさせるような感覚だった。それとともに、どこか未知のところへと連れ去られるような、強烈な喪失感があった。それらがないまぜになって襲ってくる。
「~~っ! ――……っ!」
藍が自分の中を動き回るたびに、映姫はうめき声を上げ、ひとりでに喉をのけぞらせた。藍はただ、自分の思うままに動いているだけだ。それほど激しくない。
映姫の方がただ翻弄されて、激しく反応している。
「んっ……むあむっ」
頭が真っ白になりかける。視界が白むようだ。
ばちばちと雷鳴が爆ぜている。藍は映姫の顎を掴み、ひときわ深く、舌を押しこめるようにした。強く唾を吸い、喉を鳴らして飲みこむ。
「っっっ! んっっ……!」
映姫は思わず、背筋をのけぞらせた。ひときわ強く。長く。
(う、ぅ、ん)
どっと身体の力が抜ける。映姫は危うく、自分の身体を支えた藍に、しなだれるところだった。藍は、唇を離すと、抵抗を失った映姫の身体を横たえた。そうして、上から覆うようにさらに唇を重ねてくる。
「……んぅっ……むぅ」
映姫は、藍の身体に手を当てた。押し戻そうとしたのだが、藍はそれを嘲るようにゆっくりと身を寄せてくる。今度のくちづけは、あまり刺激の強くないものだった。慈しむように映姫の唇を弱く吸いつづける。
しばらく続けてから、藍は一度、唇を離した。
愛おしいものを見る光が、睫の長い目に宿っている。
「……大人しくしてくださいましね。すぐに終わりますから……」
藍は指で映姫の髪を梳いて、囁いた。そのままゆっくりと押し込むように、また唇を重ねてくる。
「はむっ……んう、んううっ……」
息の整っていないところに、これを喰らい、映姫は呼吸を詰まらせかけた。藍は変わらず、おそろしく巧みである。次々に浮かぶ思考が、蕩けて流れ出してしまう。
(こほ……の)
映姫は気力を総動員して、思考をよりあわせた。心の中でさえ、ろれつが回らない。
藍に察知されないよう、なかば諦めた振りをして、藍が唇を離す一瞬をねらい澄ます。藍の欲情をあおるように、わざと藍の体に触れ、応えるように自分から顔を動かした。
そうすることで、いくらかでも藍の巧みさを封じることができた。それでも、このままでは、あっという間に藍の思うままに流されてしまうだろうが。
「ふむっ……むぅ……んんぅ……ん、」
藍がふっと唇を離した。息継ぎをするためだろう。
(ぬう)
映姫はいまだ、と思い、ばっとあらぬ方向を指さした。
気合いをこめて叫ぶ。
「――あっ! あぶらあげっ!」
びくっ、と藍の気が緩んだ。映姫が指さす方にばっと目をやる。
視界がそれた。
映姫は咄嗟に落ちていた棒をつかみ、一気に振り抜いた。
ごいん。
「きゅい」
藍は可愛くうめいて、ごとりと倒れ伏した。ちょっと当たり所の悪い感じはしたが、まあ自業自得だ。
映姫は立ち上がった。乱れた服を直し、ふぅ、と息を吐く。
(あーもう)
参った。これは。
倒れた妖獣たちを見渡して、映姫は眉をひそめた。
(まったく……)
さて、どうしたものか。
手がかりはこのとおり、ご覧の有様だ。天狗も当てにならないのはわかっている。
どうしようもない。映姫は考えた。
「とにかく、心当たりを当たってみるしかないか……」
映姫は、いい加減に、疲れた面持ちで呟いた。とにかくマヨヒガを後にする。これでは話にならない。
(……待てよ)
映姫はふと思いついた。棒を唇に当てて、思案する。
(……そういえば、紫のやつは、どこだかによく寄りついているという話だったような……)
映姫はぼんやりと思った。下界のことについては疎い。
映姫は少し、記憶を思い返した。
「たしか、博麗神社か……ああ、そうね。行ってみるか」
映姫は呟いて、空を飛んだ。
博麗神社。境内の上空。
そろそろ日暮れ時に入っている。なんだかんだで、彼岸を出て、けっこう時間が経ったようだ。
(まったく、えらい休暇だわ……まあいいや。明日も一日取ってあるし……)
映姫は思った。どっちみち、こんな有様では、おちおち彼岸にも戻っていられない。とにかく、紫のやつを見つけないと。
(これでもし、紫のやつの仕業だったら……見ていなさいよ……)
映姫はふつふつと私怨をたぎらせつつ、境内に降り立った。
神社からは、夕食の匂いがしている。
境内には、巫女はいない。映姫は裏手へと回った。
巫女は庭にいた。ちょうど洗濯物を取り込んでいる。
夕食の準備中だったらしい。前掛け姿のままだ。映姫は近寄って、声をかけた。
「こんばんは」
「へっ?」
巫女は驚いて声をあげた。ふり返る。
映姫を目に入れて、ため息をついた。
「なんだ、あんたか。気配がないからお化けかと思ったわよ」
「驚かして済まないわね。ちょっと用事があったのだけど、この調子じゃ空振りかしらね」
「用事って? あんたが私に? ……ねえ、なにかあんた、妙に離れてない?」
「気にしなくていいわよ。八雲紫は来ている?」
「紫? いいえ」
「そう……」
映姫はさすがに落胆の表情を表に出した。
「紫を探しているの?」
「ええ。ちょっと用事があったのだけど、居所が分からなくてね」
「ふーん」
言って、巫女はちょっと思い出す目をした。
「……。……ああ、ちょっと待って。そうだったわ。あいつ、今日の夕飯にお邪魔しますわ、とか言ってたな。そういや」
「――本当?」
映姫は、思わず大きくなりそうな声を抑えた。助かった。仏のお導きというやつか。
「ええ。待っていれば来るかもよ」
巫女が言う。映姫は、内心で少しほっとした。
「今、お茶でも淹れるから、上がって待っててよ……ご飯も食べていく?」
「いえ、結構。それじゃあ、待たせて貰うわ……」
映姫は言って、手近な縁側を借りた。腰を下ろして、ため息をつく。
(ふうー)
正直、安堵していた。このところの仕事詰めで、ようやく得た休養日に、このような目に遭うとは思わなかった。まったく、ようやく落ち着いて座った感じだ。
巫女はほっとする映姫を尻目に、洗濯物をとりいれる手を早くして、ぱっぱと布を畳んだ。茶を淹れるためだろう。畳んだものを、両手に抱え持って、物干しから離れる。
(……)
なんとなく目で追いつつ、映姫は、自分が、妙に穏やかな心地でいるのに気がついた。
へんに心が落ちついている。それはまあ、あのような目に何度も遭えば、地獄の鬼も仏のように見えてくるというやつかも知れないが。
(ここは妙なところなのね……)
つい見渡す。妖怪が自然と集まるのもうなずけるな、と映姫は思った。
ここには、人であっても妖怪であっても、どのようなものも、自然と安心した心地にさせる何かがあるらしい。身をもって感じると分かる。
(のんびり日向ぼっこでもしたら、ずいぶん気持ちがいいんじゃないかしら)
映姫はそんなことまでぼんやり思った。そういえば、数百年とそんなことをした覚えがない。
映姫は珍しく、もの思いにふけった。何か忘れているような気もしたが、安堵していたのと、巫女の態度が自然だったので、よく思い出せなかった。
巫女は洗濯物を抱えると、手早く近寄ってきた。そして突如、映姫の手首を取った。
ぐい、と不可思議な力の作用で、身体が引っ張られる。
(?)
疑問に思う間もなかった。油断していたのである。
ぐっと身体を引っ張られ、そのまま胴を抱えられ、押し倒される。映姫はそのころになって、ようやく自分がうっかりしていたらしいのを悟った。
(ああっ、もー!)
「んっ――む――」
息つく間もなく映姫は、唇をふさがれた。押し倒された瞬間に、腕が押さえつけられている。動けない。
「ん――む」
巫女は映姫の唇を吸い、時間をかけて味わった。映姫も油断していたので、咄嗟に力が入らない。思う様に蹂躙される。
「むう……んんっ」
巫女のくちづけは巧いとも下手とも言えなかった。ただ、妙な安心感がある。
空のようだ。ふわりと空に浮かんだような、淡い心地が背に広がる。
(うう……)
映姫は妙に冷静になっている自分に気づき、嫌になった。もはや慣れてきているのではないか。
しばらくくちづけを続けて、巫女は唇を離した。顔を離すと、唾の残滓が夕暮れ空に光る。
巫女は映姫を見下ろして、瞳を潤ませた。
「映姫様……」
巫女はうっそりと呟いた。まただ。
「やめなさい! こら! 博麗霊夢!」
「嫌。駄目よ。離してあげない……」
霊夢は顔を寄せてきた。
「そんな呼び方するんなら、離してあげない……」
熱に浮かされた口調で言う。また映姫の上に覆い被さると、映姫の唇、そして頬を撫でるように浅くくちづけ、また唇の輪郭をなぞっていく。
(ええい……)
映姫は腕を外そうとしたが、びくともしない。よほど押さえ方が上手いのだか、巫女の細腕は、映姫の腕力を上回っている。
「ねえ、名前で呼んでよ……私、その呼び方好きじゃないの……あなたの声で呼ばれたいの。ねえ、私の名前、呼んでよ。映姫様――」
「――霊夢」
声がした。ただし、霊夢の後方から。
霊夢はちらりと目を走らせて、顔を上げた。素早く映姫の上から退く。
映姫はどうにか自分も起き上がって、難儀しつつ庭を見た。
「……」
いつのまにか霧雨魔理沙が立っていた。
いつもとは雰囲気が違っているようだった。
険悪な表情で、霊夢を睨みつける。
「霊夢、今、何をしてた?」
魔理沙は言った。妙に険悪な口調で。
「……なにがって? なにが?」
霊夢がしれっとして言う。
「そういうのはいいんだよ。ただ答えてくれりゃいいんだ。なにをしてたって聞いてるんだよ。閻魔様と、そこでいったい何をしてたのかってな」
魔理沙は言った。
「そんなの見てのとおりでしょ、普通に話をしてただけよ」
「そうか。ふうん。お前の、人と普通に話をするって言うのは、そうやることをいうのか。なら、今度から私のときにもやってみせてほしいもんだな」
「御免だわ。ふん、なによ。そんなこと言って、全部見えていたんでしょ? あんたやらしいやつだからね。なら、分かってるんじゃない」
「いいや」
魔理沙は半眼で首をふった。
「いいや。違うぜ。霊夢。聞くのと見るのとでは、全然話が違うんだぜ? 実際、今私が見たままのことと、お前が喋っていることとでは違っていただろ? 嘘をつくのは、やましいことが在る証拠だぜ。どうして、最初っから堂々と言わないんだ?」
「あんたにだけは言われたくないセリフだな」
「まあ、ご託はいいや。霊夢。とにかく、今すぐ閻魔様のそばから離れな」
「なにそれ、命令? あんたが私に?」
「いいや。違うぜ。警告だよ、霊夢。今すぐ閻魔様の傍から離れるんだ。さもないとただじゃ置かない」
「ふん」
霊夢は無愛想な顔のまま、鼻で笑った。ふと映姫に寄り添う。
首に腕を回した。
「んむ――」
そして、するりと寄って、唇を重ねた。鮮やかな手際である。
「――~~……!」
横で、魔理沙の怒りの気配が増した。霊夢は構う様子がない。
「ん……。……ん――」
霊夢は魔理沙の見ているまえで、映姫の唇を、また慈しむように吸った。
思いの他、柔らかく、そして繊細なくちづけである。さっきしたばかりでありながら、はじめて交わしたときの、娘の初々しい匂いが漂っている。巧みさではないが、無自覚な奔放さと、妖艶さというものがあった。
「ん――む」
ぷは、と唇を離すと、霊夢は、唇に指で触れて少し微笑んだ。何気なくやったものだろうが、なにか抗いがたいような、可愛らしい無邪気さがある仕草だ。
「――しちゃった」
くす、と霊夢は笑って言った。
映姫は諦めを含んで見返したが、多少なりと見とれかけたのも事実だった。横から、魔理沙の怒気が膨れあがっているのを感じる。
「……よく分かったぜ、霊夢。なら、もうなにも言うことはないな」
間を置いて、魔理沙は言った。
「あら? 最初から、あんたとは話なんかしてなかったと思うけど?」
「何とでも言えよ。お前とはけっこう長い付き合いだったが、命を落としても怨むなよ。悪いけど、手加減できないからな」
「手加減してると、あんたが死ぬんだろ。余裕もないくせに、そんな台詞を吐くもんじゃないわよ」
「ああ、何とでも言っておけ。お前といえど、私から閻魔様を奪おうってんなら容赦しないぜ……!」
「それはこっちのセリフよ。弱い奴は下がって大人しくしていなさいよ。映姫様は私のものであって、誰のものでもないわ。ましてや、あんたなんかには絶対に順序は回ってこないわね」
「おまえが閻魔様を名前で呼ぶな、この馬鹿女。気安いんだよ。ちゃんと閻魔様ってお呼びしろよ、何考えてんだ?」
「ふん、何よ、自分なら呼んでいいとでも言うわけ? 相変わらずあんたは性根が浅ましいな!」
「ちょっとやめなさい、貴方たち!! ああ、もう――」
二人は飛び上がるなり、弾幕ごっこを始めてしまった。どうやら完全に本気のようだ。
仕方なく、映姫は、一歩退いたところにのいて見守った。
(参ったわね、本当、もう……)
どうしようもない。
映姫はほとほと参って、眉根を寄せた。
これでは、説教もろくに出来ない。感情に狂った人間には、映姫の説教は効かないのだ。この郷に住むああいうあくの強いようなのだと、それは特に顕著だった。
(こんなのがずっと続いたら、死にそうになっちゃうわ……)
映姫はそんなことをげんなりと呟いた。
光の帯が境内に次々と突きささる。そのあいだを縫って、座布団のようなものがひゅんひゅん飛んでいく。
と、突如、すぐ横の空間で音が鳴る気配がした。チャックが下りるような音である。
映姫は横を見た。
すると、ちょうど、開いた空間のスキマから、紫がはい出てくるところが見えた。
「おやおや。なにやら面白そうなことを――あら閻魔様……お珍しい。ご機嫌ようございます」
紫は映姫を見て、ちょっと気まずげな様子を見せた。
映姫は構わずに言った。遅い。ようやく出てきたか
「ちょうどよかった。この馬鹿な騒ぎのことで、あなたに話があったのよ」
「ほう。なんだか出会い頭に忙しないことでございますね。まあ、まずはお茶でも飲んだらいかがですか。なんなら私がいれてさしあげますよ。ちょうど寝起きの運動にもなりますし。なんだか、うちの式もやってきてくれないみたいですしね」
紫は言う。
「様子を見に行ったらいいじゃないの」
「行きましたら、自分の式と仲良くぶっ倒れておりましたけれど。なにをやっているんだか、あいつは、まったく……」
ふ、と紫は扇子の裏で暢気に欠伸をした。映姫は苛々としつつ、口を開きかけた。
紫はそれをさえぎって、口を開く。
「――それで、馬鹿騒ぎって、いったい何がそうなんです? あの二人のことですか、まさか? あれはいつもどおりですよ?」
映姫は仕方なく、言いなおした。
「その前に聞いておくけれど、あなた、私に何かした?」
「なにかって何がです?」
「ひまつぶしに私をからかおうなんて考えつくのが、あなただからね。これもあなたがやったことかと思ったのよ」
「なんのことだかよくわかりませんけれど……そんなこと必要もなければしませんよ」
映姫は聞きとがめて眼を細めた。
「――ほう。必要があればする、と」
「おっとと、これはしたり……しかし、どっちみち本当に何もやっていませんよ。何かあったんですか?」
紫は、本当に知らない様子で言った。しかし、映姫はなおもうたがわしげに見た。胡散臭い。
「……本当に何もやっていないのね」
「やっていません」
「本当に?」
「本当に」
映姫は、じっと半秒ほども紫を睨んだ。やはり嘘の片鱗は見てとれない。
しかたない。映姫は信用することにした。
「……実は、かくかくしかじかでね……」
これまでの事情を、手短に説明する。
「ふむ」
紫は事情を聞くと、うなった。
「ちょっと失礼。お手を拝借して宜しいですか?」
と、映姫の手を取ってしげしげと眺めた。
「ふむ……ちょっと舌を見せていただけます?」
それから言ってくる。映姫は仕方なく、口を開けて、舌を出してやった。
しばらくそんな胡散臭いことをやってから、紫はやめた。指で顎を押さえて、ちょっと考える仕草をする。
「ふーむ」
紫は唸った。しばし寝ぼけたような目をむけてから、ふと気づいたように鼻先を動かした。
それから、扇子を扇いで口を開く。
「ふむ……どうやら、閻魔様の中の境界、というものが、ちょっと変な方向にずれてしまっているようですね」
紫は言った。
「境界? というと」
映姫は言った。
「ええ。実は、閻魔様方のような、霊体、というのは、そもそも、非常に不安定な存在でございましてね。たとえば、閻魔の方々や、死神のような、死後も霊格を持って存在しているような者同士がいたとしてですね。それが、ちょっとうっかりして強くぶつかりあっただけでも、その拍子に、身体のほうが反応して、中身の境界やなんやといったものが、ぶれてしまう、ということが稀にあるんですね。閻魔様もそのような類かと思われます。その変化というのがある前に、どなたかと強くぶつかったりしませんでした? なんだか、そのようなあとがございますけれど?」
「……したわ」
映姫は言った。彼岸でのことを思い出す。
(こま――うおっ)
あのときだろう。うっかり手を滑らせて、小町とぶつかったとき。
たしかに思えば、あれからおかしくなっていたのか。
映姫は、ようやく納得してため息をついた。
(はあー)
どうやら小町には、気の毒なことをしたようだ。いや、それを言うなら今まで関わった全員か。まさか、全部自分のうっかりのせいだったとは。
(笑い話にもならないわね)
ちらりと呟いて、それから紫にたずねる。
「それで? これは、あなたなら戻せるのかしら?」
「ええ。戻せますよ。ですけど、閻魔様。いえ、今は、四季様とどうか呼ぶことをお許し下さいまし……」
紫は急に歩み寄ると、映姫の手を取った。そっと手をつつみこむ。
「そのようなことよりも、今は、私とむつみあいましょう……せっかくこのようなところで、二人きりになれたのですから……四季様、ああ、四季映姫様。ずっと、ずっと、あなたをお慕い申し上げておりましたわ……」
紫は熱っぽく潤んだ瞳で言ってくる。ぎゅう、と手を包み込まれる。
映姫はげんなりとした。
(……あなたまで呑まれてどうするのよ?)
仮にも大妖怪だろうが、と映姫は内心で突っこんだ。
「ああ……あなたのお姿を拝見し……そのあり方、そのお姿に心ひかれたのは、もう遠い日です……けれど、私は一度たりとて忘れたことはありません。この目に焼きついたあなたのお姿、片鱗を見せないあなたの心、どこまでも真っ直ぐで静かなその有り様を……岩のように硬くなりながら、その実、懊悩することを忘れ得ぬあなたの内面を……ああ、あなたはまるで、移ろう四季のように人を映す鏡、その裏側に見え隠れするのは、儚い眼差し、なによりも穢れなき、躊躇なきあなたの姿は、どこまでも眩しいのです。全てがまがい物で固められた私の身には、目を覆わんばかりに眩しいのです。もはや人ではなくなりながらも、なお人であり続け、一片の偽りなき人の姿で象られたあなたは……ひどく眩しい。ああ、四季様……私は……私は……」
せつない瞳で、紫は言ってくる。どうやら完全に呑まれてしまったようだ。
(もう……)
すっかり紅潮した顔。映姫はため息をつきたくなった。
賢者とは言え、彼女も妖怪であるから、一応、仏神の身である映姫の方が影響力は強いのだろうか。
(この馬鹿は。まったく肝心なときに限って役に立たないわね……)
思わず、棒を取りかける。しかし叩くわけにもいくまい。彼女は解決策なのだ。
(……)
が、そこで映姫はちょっと考えた。
(ああ……そうだ)
映姫は、思いついた。そっとおもむろに、こちらの手を握る紫の手を、包み返した。
淡い陶磁器のような色彩の指先が、それでぴくりと少し震えた。不意を突かれたのだろうか。
「あ……」
紫はびっくりしたような吐息を漏らした。映姫は軽く唇を開いた。
「……そうですか。ありがとう、紫。あなたは私を慕うてくれているのですね。嬉しいですよ」
言って、小さく微笑みかける。なるべく魅力的に映るように、
紫は、目のはしをじわりと滲ませた。
「ああ、……わたくしを、紫と――紫と、そのように名前で呼んでいただけるのですか……四季様……ああ……」
完全に別人である。映姫はちょっとくじけかけた。
しかし、なんとかこらえて言った。
「……ええ、紫。あなたの思いは、とても嬉しいわ」
「四季様……そんな……」
「それで、ついてはだけど、そのあなたをみこんで、ぜひともやってほしいことがあるのです。さっきも話したとおり、私は今、とても困っているの。こんな様子では、仕事もなにも、まったくままならないのよ。今すぐにそれをなんとかしたいのだけど、そのためには頼れるのはあなたしかいないの。紫、分かってくれるわね」
映姫は言った。紫の手をにぎりしめて、真剣な目で彼女の顔をのぞきこむ。
「ああ、四季様……はい。なんなりと……」
紫は一心に映姫の目を見つめて言った。映姫は見つめ返した
「そう。では、この状態を元に戻してください」
「はい、今すぐに……では、失礼を致します……」
紫は言うと、手を解き、映姫の頬をそっと包み込んだ。
そのまま顔を寄せてくる。
(はあ)
映姫は仕方なく、拒まずに受けいれた。唇が重なる。今度はすんなりと。
唇の甘い感触とともに、映姫の中の何かが、ことん、と揺れ動いた。
こうして、事態は解決した。
あとには、理由も分からずに争い合う、巫女と気の毒な白黒の魔法使いだけが残されたという。
「あれ?」
「……お?」
やがて、二人は正気に返って、眼をぱちくりさせたという。
今日も幻想郷は平和である。
ふう。
だが、あなたは少し水底で頭を冷やした方が良い。
ふう。
世界はちゅっちゅに満ちている!
この半分以下で纏めると読みやすいと思います。
なんだこれ
〆もおざなりだし、ただの一発ネタならもっと短くていい
でもさすがに長過ぎます
それぞれのキスで上手くキャラが表現されていて何故か悔しい。
どれだけ告白と問答のバリエーションあるのw
朝から電車の中で読む話ではなかった。
自由な姿勢、支持しております。
作品の長さがもはや一種のギャグかとw
感想を書くのさえ気がひけてしまいますねw
貴方が書かれたテキストゲームをやってみたいものです。
一度開いた作品は最後まできちんと読む。が信条だった。そう、過去形になってしまった。
不意打ちの違和感と無言坂さんこんなにえーき様とちゅっちゅさせたい願望をお持ちなのですね、な読了。ベネ。
長いですが、ほんとはにとりや神達もいたからこんなもんでしょう。早苗さんはファーストキスであると信じてます。
起承転結がない作品だったけど映姫たん好きだからこの点数
四季様に異変→解決っていう流れですが、解決までの途中の過程に大きな変化がなく、だれてしまいます。
これだけの文章力がありながら、作者が思いのまま書いた感があり、読者によって大きく意見が別れそうな作品となってしまったことが残念です。
文章での表現のうまさを考慮して、この点数です。
事件は二の次で単に各キャラの求愛の描写がしたかっただけだろうアンタw
だが嫌いじゃない
欲を言えば紅魔組も見たかった
これはいいちゅっちゅでしたね。
ちゅっちゅちゅっちゅ!
しかしそれさえ落ちるようなグダグダ感に、飛ばし読みしてしまった。
疲れてるのか憑かれてるのか知りませんが、ゆっくり休んでいってね!
長さは決してマイナス要素にはならないでしょう
各キャラの口説き文句とそれに対する説教がそれらしくて良いですね
ただ妖夢を説得する時の「たとえこの身は生前人であったとしても」
という言い回しは、ただの例え話なのか
それともお地蔵様だった過去を忘れているのか
どちらとも取れてしまいそうです
いっそ全キャラでやって欲しいと思うぐらいに。