春が、やってきた。
ある命は芽吹き、またある命は眠りから覚めていく、はずだった。
しかし、霊夢にはそれが一切感じられない。
「さぁむぅっ」
この博麗神社にも、春の暖かさは未だにやってきていなかった。
ここだけではない。
紅魔館だって、人里だって、どこだってそうだ。
唯一暖かいのは旧灼熱地獄のある地底くらいだろう。
「なによ、なんなのよこれ……」
このままだとケロちゃん雨どころか寒気に負けてお目覚めできないじゃない。
いやいや何を言っているんだ私などと、自分の言動にツッコミを入れる霊夢の様子は、明らかに尋常ではない。
ちなみに本日はいつもの巫女装束の上に小袖を羽織ったフル装備だ。
腋が隠れたことによって彼女のパワーが低下したりは、しない。
強いて言えば、動きづらいだけだ。
「そういえば今年はまだ春告精の姿を見てないわ」
例年ならば、愛らしい笑顔と弾幕をふりまくリリーホワイトが現れる。
春雪のときには邪魔で蹴散らしたはずの彼女が、今の霊夢にとっては待ち遠しくて仕方がない。
「ああー! 春よ来ーい!」
「春と聞いて、やって、きました……」
霊夢の絶叫を聞きつけたのか、ようやくリリーホワイトが現れた。
ただし、歩いて。
「歩いて……帰らなくてもいいけれど、どうしたのアンタ!?」
リリーの顔はかなりやつれ、着ている服もボロボロだった。
まさかまた冬の忘れ物あたりと喧嘩でもしたのだろうか。
そんな心配をした霊夢がレティの元へ飛び立とうとして。
「お腹……空きましたー……」
そのまま境内から落下した。
冷たい地面に、ガッツがすり減って残機がなくなりそうになる。
「……っこの……妖精って普通の食べ物食べるのかしら?」
「いいえー私の原動力はー……ボソボソボソーなのですー」
「え」
霊夢が発音した濁音付きの一文字が、博麗神社に響き渡った。
「いや、あのね? その人とは初対面だったんだけどね」
「ふむー……」
「ちょっと恥ずかしかったけど……これでいいのよね?」
「春度が足りなーい!」
「ええー!?」
「あ!? んんんんんなもん話せるか!」
「私だって恥ずかしかったわよ! 初めての話なんて!」
「初めてとか言うなっ! そうだ、アリス! アリスにでも聞いてくれよ!」
「春度が高すぎ……胸焼けがするー」
「わがままだなお前!」
「え、ごめん私まだなんだけど……」
「嘘ぉ!?」
「あの、神綺様も厳しい方だったし……何より男の人が近づいてくれなかったし」
「春度がないとか春告精なめてるんですかー!?」
「悪い!? 私だって王子様とかに憧れたわよぅ……」
「「ごめんなさい」」
「……それでどうして私のところに来るのでしょうか」
「いや、なんか読心能力関係で甘酸っぱい恋の話なんてないの?」
「ありますが、話す気にはなれませんね」
「うわ、アンタ顔真っ赤よ」
「うるさいです……」
「これは、金脈を掘り当てましたよ霊夢!」
「ううう、もう、出ていけー! 想起『うろ覚え金閣寺』!」
「初恋、ですか?」
「そ、早苗は何かない?」
守矢神社。
肌寒い今日も真面目に仕事をする風祝は、珍しい組み合わせと話題に首を傾げる。
リリーホワイトの大好物は恋、特に初恋の話を好むこと。
そこから恥ずかしい感情の影響でリリー自身も活性化していくらしいこと。
そしてリリーの春度が高まれば、自然と気候も暖かくなる、と霊夢は聞いたままの話を伝えていく。
「へー……意外ですねぇ。 幻想郷もそれほど人が少ないわけでもないのに、初恋の話がそんなにないなんて」
「皆さんダメダメでーすよぅー……」
少女ばかりの楽園の幻想郷だったか、霊夢とリリーが向かう先、常に空振りだった。
「皆さん恥ずかしがって教えてくれないんですよー。 もう春にならなくていいってことなんですねー!」
立腹気味のリリーが頬を膨らませて見せる。
霊夢の初恋話で多少回復したとはいえ、まだまだ全快には程遠いようだ。
「んー、まさか紫まで恥ずかしがるとは思わなかったわ」
「わ、それは見たかったかも」
「恥ずかしがるだけの少女はもういいです! 緑の巫女さん初恋はいつ!?」
逆上したようにリリーがまくしたてる。
巫女じゃなくて風祝なんだけどなあ、などとこぼしつつ早苗は目を閉じて、初恋を語り出した。
「アレはまだ五才の頃でしたねー……。 近所に住んでいた高校生のお兄さんが格好良くて……」
いやまあ、小さいながらに本気の恋だったわけで。
よく大きくなったらお嫁さんになって上げるって言ってましたね。
……家事もその頃からよく手伝うことになったんだっけ。
他の友達よりも、私は大人なんだって思ってました。
まあ、結局はお兄さんからすれば遊び……というか子どもの言うことだったんでしょうけども。
バレンタインデーなんか、形の崩れたハート型のチョコをあげたり……ああ、一緒にお風呂入ったときはドキドキしたなあ。
いえ、お兄さんとは、両親同士が仲が良かったので。
家の仕事が忙しいときなんかはよくお世話してもらってたんですよ。
だから許婚ってわけじゃ……。
ああ、でも私からすればもうお兄さんはお婿さんでしたね。
宮司の服を着せてあげようとしたりとか、おばさまに不束者ですが、なんて言った記憶もありますね。
お兄さんが引っ越すことになった時は泣いたなあ……。
お布団の中に引きこもって、挨拶をし損ねるところだったんですよ。
慌てて外に出たら、出発する直前で。
それで行かないでって泣きついたらですね。
「十三年後にまた会えたら、結婚しようね」って約束してくれたんです。
まあ、それも大きくなったら忘れるだろうと思っていたんでしょうね。
八年経って……ええと私が十三の時ですね。
……結婚しますってお手紙が来て、もう私大泣きでしたよ。
ええ、約束はずっと覚えていたんですよ。
神奈子様も諏訪子様もお怒りで、止めるのが大変でした。
お兄さんが幸せならそれでいいや、だなんて思えるようには成長してたんですよ、多分。
結婚式の日に、お兄さんに覚えていたことを告白したら、泣いて謝られましたよ。
中途半端に縛りつけてごめんって。
そこでようやく、ああこれでようやく私の初恋は終わっちゃったんだなあ。
「我が世の春が来たああああああああああああ!」
「だなあっていう実感が……あの、リリーさんはなんで光っているんでしょうか」
「知らないわよ」
「あの、霊夢さんはどうして悶えてるんですか」
「そんなにレティが好きかあああ!」
大空に飛び出して、熱波を撒き散らすリリーのことなど、もう霊夢にはどうでもよかった。
寒さも、すでに感じなかった。
リリーが復活したから当然なのだが、それよりなにより。
「なぜか聞いてる方が滅茶苦茶恥ずかしかった……」
「あ、あはは……」
苦味と甘味がほどよく調和されたチョコレートのような大人の空気が、境内を包み込んでいたことに早苗はようやく気づいたのだった。
私の初恋ですか……昔近所に早苗ちゃんっていう女の子が住んでたんです。
とっても可愛い女の子で小さかったけど女の子として意識してしまいました。
一緒にお風呂に入ったりしたこともあって、その時は色々押さえるのに必死だったことはよく覚えてます。
でも最近誰に聞いてもみんなそんな女の子は居なかったって言うんです。幻だったのかな?
彼は末期症状だと思う…
ニヤニヤが止まらないです!
……初恋は未だにありませんが何か?
>急灼熱地獄→旧灼熱地獄、ですかね。
>ぺ・四潤様
幻なんかじゃないよっ。君のような理知的な男がそんな幻を見るわけないじゃないかっ。
大丈夫、僕だけは君の事を信じる。だから安心して少し休んでくれ。
……さて、黄色い救急車の番号は、っと。
誤解を招くようなコメントを書いた私が全面的に悪い!悪いのですが、ニュアンス的には
(俺の大好きな)紫(少女)様の初恋話(相手が霊夢ならイイヨ)なんて聞きたくねえっ!なのです。
ウザイと言われようが、キモイと思われようが、八雲紫至上主義者としてここだけは絶対に譲れん
のです。
ですから、どうかお代官様。この哀れなゴミ虫にお情けをっ(追追記の修正をっ)、
お慈悲をっ(もしくは追追追記でフォローをっ)……土下寝状態のコチドリより
早苗さん泣かすとかマジぶっコロ
なん、だ、と……嘘だと言ってよぺ・四潤さんッ