このお話は同作品集内の霊夢編、早苗編から続いています。
そちらを読んでいただけるとありがたいです。
現在
春が過ぎ、例年に比べて一段と暑かった夏ももう終わるが、異変は一つも起きなかった。
いや、誰も起こさなかったのかもしれない。
幻想郷はまだ霊夢と早苗の死から抜け出せていなかったのだから…
秋も深まり、里では農産物の収穫の時期が来た頃
私の耳にある風の噂が飛び込んで来た。
それを確かめるために私は紅魔館に向かっている。
一年中霧深い湖を越え、正門の前に降り立つ。
「あぁ…文さん。」
噂は本当だったようで元気が取り柄のような門番も珍しく昼寝をしていない。
「こんにちは、美鈴さん。」
と挨拶はしたが彼女の表情は暗い。
「レミリアさんに会いたいのだけど、通っていいかしら?」
「ええ、構いませんよ。でも、文さんがここに来たということは…」
――噂が届いてしまったのですね。
と悲しげな表情をした。
「はい…そういえば、咲夜さんの前のメイド長はあなたでしたね。」
「そうですよ。咲夜さんがまだ小さかった頃にお嬢様がどこからか連れて来まして、私のメイド姿を真似してメイドを始めて。私を親のように慕ってくれて…」
一つ一つ当時を思い出すかのように続ける。
「その頃は何かあると『め~りん!!』て泣きながら走ってきて…」
――あの頃の咲夜さんはとても可愛らしくて…
「人間は成長するのが速いから、すぐにメイド長になって。でも、去年の冬頃から咲夜さんが体調を崩して、それで今は…」
あの美鈴さえも必死で涙をこらえようとしているが話を続けることはできないようだ。
これはもう嫌な予感では済まされなく、事実だという確信を持って私は紅魔館に足を踏み入れる。
すると咲夜さんの後を継いだ新しい黒髪のメイド長が迎えてくれた。
霊夢の葬儀の宴会時にも会ったが、やはり彼女の表情は暗かった。
聞けば、去年の冬頃から咲夜さんの指示で代わりにメイド長をやっているらしい。
「咲夜さんは孤児だった私を拾ってくれて色々なことを私に教えてくれました…でも私にはまだ聞きたいことがたくさんあるんです…」
やはり咲夜さんの影響は大きいようだ。
以前に比べて紅魔館自体が暗く、狭くなったようだ…
そんな話を聞きながら私はレミリアの部屋に案内された。
「お嬢様、お客様です。」
とメイド長が言うと、勝手に扉が開いた。
やはりレミリアの表情も浮かない。
いや、この期に及んで明るい顔をすることが出来る者はいないだろう。
「ああ、鴉天狗の…射命丸文と言ったかしら?あなたも話を聞いて来たのね…」
「ええ、それに嫌な予感がしたもので…」
「悪いけど今は咲夜に会わせるわけにはいかないわ。そのかわりと言っては何だけど、話をしてあげるわ。今までの咲夜との話を。」
以前から個人的に興味があったため口を挟まずに聴くことにした。
「そうね…まず私が咲夜と出会ったときの話からにしようかしらね…」
そう言ってレミリアは静かに語り始めた。
「咲夜は昔、吸血鬼ハンターだったのよ。」
「「えぇっ!?」」
これは私と、そばにいるメイド長の分の疑問符だ。
「やっぱり初耳のようね。私も咲夜も今まで話さなかったもの。」
予想はしていたものの驚きを抑えきれない。だがそんなことには構わずにレミリアの話は続く。
「初めて出会ったとき、咲夜がまだ小娘だった頃の話よ。私を吸血鬼と見るといきなり純銀のナイフを投げてきてね
でも今と違って全然狙い通りに投げれずに泣き出してしまったのよ…」
今の咲夜さんからはなかなか想像できない姿だが咲夜さんも小さかったからしょうがないだろう。
「それで泣き出した子どもをほうっておいては行けないでしょう?どうせ銀のナイフ一本ぐらいじゃ私は殺せないし。
で話を聞いたら親と幼い妹を吸血鬼に殺されたから吸血鬼が憎いって言ってね…」
――かわいそうだったから連れて帰って紅魔館で育てることにしたのよ。もっとも、美鈴に親代わりをさせてたけどね。
と付け加えた。
途中からは美鈴が話した通りで、その話もメイド長は知らないようだった。
「それからは美鈴が言った通りよ。当時のメイド長だった美鈴の真似をさせてメイドをやらせたら」
一区切りして続ける。
「まあ、最初はどうしょうもなかったわ。紅茶の淹れ方も知らずに『あんたこれ、毒じゃないの!?』と言ったことも数しれないわ。
それからは彼女の努力の甲斐もあって紅魔館のメイド長になったわ。美鈴は少し寂しそうにしていたけどやっぱり嬉しかったようね。自分の娘みたいな存在が立派になって。」
さすがに喉が渇いたのだろう、レミリアはテーブルの上の紅茶を飲み干し、メイド長が空のティーカップを再び紅茶で満たす。
「やっぱりまだ咲夜には及ばないわね…」
「申し訳ありません。善処します。」
ただ単に腕の問題だけではないだろう。
それほどまでに彼女の存在は…
まあいいわ。とレミリアは言いまだ話は続く。
「それからはあなたたちも知っている通りよ。咲夜は完全で瀟洒であろう、完璧なメイドであろう、良き従者であろう、そして、最後まで人間であろうと必死だったわ。」
なぜこれほどまでに人間である事にこだわるのかは後で本人に聞いてみることにしよう。
「その結果がこれよ。人間のくせにすべてを完璧にこなそうとして、咲夜は体をこわした。」
永遠亭の医者に診させたところ
「『人間なのに魔力を使いすぎたせいで体はボロボロ。そのうえ完璧であろうといたせいで心がもう長く保たない。』だそうよ…」
――そんなことは私が一番知っているわよ…
と責任を自分だけで負おうと無理をしているようだった。
「私の能力だからわかるのよ…
この運命から逃れることは、できないわ…」
今まで手を尽くしたりもしたのだろう。
彼女を何度も説得したのだろう。
そしてその度に、彼女から笑顔で諭されたのだろう…
「もう十分かしら?」
とレミリアは言うが、私にはまだ大切な用事がある。
「咲夜さんに会わせてもらうことは出来ますか?」
私は出来るだけ強い意志を込めて館の主に言ったが
(これが…、本物の吸血鬼のプレッシャー…)
今まで人妖問わず数知れないほど取材をしてきたがそのいずれとも格の違う重圧をその身に浴びることとなった。
数時間とも思える程の時間対峙していたが、
「まあ、少しくらいならいいわ。それで咲夜が喜ぶならね。」
と重圧を解いたレミリアに連れられて私は咲夜の部屋を訪れる。
「咲夜、入るわよ。」
と言ってレミリアは扉を開ける。
そこには、最後に見た時とはまるで別人のように生気の無い彼女の姿があった。
「咲夜さん…」
「ああ、あなたね…ふふ、完璧であろうとした結果がこの様よ…」
心なしか普段の彼女とは感じが違う気がする。
「咲夜さん、どうしたんですか?普段のあなたはこんなに自虐的じゃないでしょう?」
「今まで無理をしていたからあんな感じだったのよ…」
力の無い笑みが彼女から零れる。
「でも、もう限界。」
彼女は以前に質問したとき、あの時彼女は何と答えたかしら…
今から数十年前の世界
「咲夜さん。」
と私は紅魔館のメイド長に声をかける。
「あら?文さんじゃないですか。今日は取材ですか?」
と咲夜も挨拶をしてくれる。
「今日は咲夜さん、あなたに取材に来たんです。」
「そうですか。それではお嬢様から許可をいただいてきますわ。」
と言って正確な意味で目の前から消える。
と思ったら一分もしないうちに再び目の前に現れる。
「お嬢様から許可をもらいました。」
――お嬢様は少し嫌がってたみたいですが。
と私に教えてくれた。
その後、私は咲夜に案内されて彼女の部屋に向かう。
「相変わらず便利ですね。『時間を操る程度の能力』」
「えぇ、時間を止めて昼寝とかも出来るんですけど、その分、ほかの人間より年をとるから使いたくないんですよ。」
「そういえば、そうですよね。なるほど。」
と思いつつ私はメモをとる。
「本題ですが、咲夜さんは人間と妖怪のどっちが恵まれていると思いますか?」
「そうね…それは人それぞれだと思うけど、私は妖怪のほうが恵まれていると思うわ。」
「霊夢さんと早苗さんは人間のほうが恵まれている。と答えたんですが、あなたはどう思います?」
「私は妖怪のほうが霊力も多いし、寿命も長いから妖怪のほうが恵まれていると思うわ。」
――ただ、と続ける。
「私は一生人間でいるつもりよ。だって私が妖怪になったらお嬢様は誰の血を飲むのよ。」
「えっ!?それだけの理由ですか?」
驚きはするがメモを取る手は止めない。
「そんなわけはないわ。強いて言うなら、私は人間の儚さが好きなのよ。」
「儚さ、ですか?」
「人間って妖怪に比べてかなり寿命が短いでしょう?その短い間に人間の限界を見てみたいのよ。」
「限界ですか…」
「ええ。肉体の限界や精神の限界とか色々あるでしょう。」
「そうですね。それに挑戦してみると。」
やっぱり幻想郷の人間は変人が多いな…
と思いはしたが口には出さないでおこう。
(やっぱり…何なんだろう、この違和感。まるでデジャブのような…)
「ご協力ありがとうございました。」
「もういいかしら?」
「ええ。参考にさせてもらいます。」
そう言って紅魔館をあとにした。
現在
「そうだ、あなたは人間の限界を見てみたいと言ってましたね。」
「そういえば、そんなこともあったわね。人間の限界は見れた気がするわ。」
どこか達観したかのように笑顔を浮かべる。
「咲夜、あなたは本当に馬鹿ね。一度しか無い人生をそんなことに使うなんて…」
「一度しかないから、ですよ…お嬢様。お嬢様に助けてもらった命ですけど、これだけは譲れません。」
「そう…咲夜、あなた考え直す気は無い?今すぐに私と契約すればまだ助かるわよ。」
「お嬢様、私が吸血鬼になったらお嬢様は誰の血を飲むのですか?」
「あなたが死んでも同じよ…あの子の血は霊力が足りなくて不味いもの…」
「ハハ、そうですね…」
そのとき、私でもわかるくらい空気が変わった。
「お嬢様…」
「わかってるわ…パチェとフランと美鈴を呼んでくるわね…」
と言ってレミリアは部屋を出て行く。
「咲夜さん…もう、お別れなんですか?」
「そうね、あなたが今日来てくれてちょうど良かったわ…」
部屋にレミリア達が駆け込んでくる。
「咲夜…時間なのね…」
パチュリーはいつもの冷静さで言うが、きっと…
「咲夜ぁ…まだ間に合うよ。私と契約しようよ、咲夜…」
フランは今にも泣き出しそうだ。
「妹様、ありがたいお話ですが、私は最期まで人間として死んでいきますわ。」
「咲夜さん…あなたは最期までメイドでいるんですね…最期くらい人間らしく死んだりはしないんですか?」
「美鈴、言ったでしょう。私は最期まで完全で瀟洒でいるわ。あの子のことを頼んだわよ。」
見ると、図書館の司書である小悪魔や、妖精メイドまでも泣き出している。
「咲夜。あなたの言うとおりあなたは最期まで完全で瀟洒なメイドでいたわ。」
レミリアが咲夜の最期を看取るように言う。
「今まで、ご苦労様。」
「文さん、お嬢様、妹様、パチュリー様、小悪魔、美鈴、今まで、ありがとうございました。私はもう、お休みを、いただきますわ…」
堰を切ったように全員がその場に泣き崩れる。
いや、それもしょうがないだろう。
紅魔館にとって、彼女は唯一無二の時計だったのだから…
「咲夜さん。あなたも自分の信念を最後まで貫いて逝きましたね…」
「彼女は人間だもの。しょうがないわ…」
とある程度落ち着いたレミリアが言う。
「人間なんて所詮は自分のためだけにしか生きられないわ。もっとも、それは妖怪もなのかもしれないわね…」
「そう、ですね…生きる意味なんて人それぞれですものね。」
そして彼女は人間の限界を超えても、人間であり続けた。
それが、彼女の物語だった。
続く…
魔理沙ェ・・
誤字があると気にされているようでしたが,誤字は年を取るごとに減りますので(私なんか××歳なので,ずいぶん誤字減りました 汗)
若いうちは頑張ってください.
文章に魅力が増してませんか,次回作を楽しみに待たせていただきますね.
慎重で真摯な姿勢を持った作者様だなぁ、という印象を受けました。
いいなぁ、若いって。そして妬ましい……
次回作、楽しみにしています。
ありがちな話だと思いましたが作者さんのオリジナルの咲夜だと思います
人間組が一斉にいなくなるなんて、どんなラッシュだよ、心折れちゃうょ…