Coolier - 新生・東方創想話

太陽が沈む日

2010/04/18 21:03:12
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 轟々と燃え盛る地獄の核の上に、私は倒れ伏していた。
 熱くはない――八咫烏を呑み込んだ身体がこの程度の熱に負けるものか。
 負ける――ものか。
「……ちく、しょう」
 ごろりと体を転がし仰向けになる。
 地底のさらに奥。灼熱地獄跡の最深部――地霊殿に通じる縦穴にはもう誰も居ない。
 いくら見上げても私を倒した人間の姿はもう見えない。
「なん……だったのよ、あいつ」
 究極の巫女――? ふざけ、やがって……
 顔を傾けて血を吐き出す。核に触れたそれは一瞬で蒸発した。
 次はあいつがこうなる番だ。――次は、負けない。
 太陽の力を得た霊烏路空が二度負けるなど、あり得ない。
 今度こそあの巫女を焼いて地上を灼熱地獄に――
「お空っ!」
 どこからか声がする。
 目を向けるのも億劫だが、知った声だから無視も出来なかった。
 見上げれば、地獄の核の熱に近寄れずにいるお燐。
「お空、怪我は――っつ、大丈夫かい!?」
 怪我? 怪我なんて全身にしてるよ。全身ズタズタ。呼吸すら辛いよ。でもね。
びきり
 私の中の八咫烏様に意識を集中する。全身に力を行き渡らせる。
 それだけで、ズタズタの体は自由を取り戻す。
 ああ、怪我の治し方って、こうやるんだ。
「お空! 聞こえないのかいお空!」
「……うるさいなぁ……」
 体を起こす。手足は――揃ってる。
 分解の足も融合の足も制御の足も欠けてない。
 流石に体力の方が尽きてるから今すぐは無理だけど――戦える。
 ん……羽、も……もう治ったかな。
「お空! 返事をしなお空! 体は」
「うるさいって」
 ぽんとお燐の目の前まで飛び上がる。
 あんなに大きかったお燐が随分と小さく見えるな。
 違うか、私が大きくなったんだ。お燐よりも一本角よりも大きく……戦える体に。
 舌打ちする。せっかく大きくなったってのに。戦えるようになったってのに。
「怪我なんてどうでもいいよ――私は今気分が悪いんだよ。何か用なのお燐」
「用って……いや、負けた――の?」
「そうだよ。負けちゃったよ」
 うるさいな。
 なんでそんなこと訊くの。
 いらいらするじゃないか。
 お燐なんて、お燐なんて私より――
「よかった」
 なんだって?
「あいつら、止めてくれたんだねぇ……騒ぎが大きくなる前に事が済んで本当によかったよ」
 お燐。
 どういう意味よ。
 あんたの言ってることがまるでわからない。
 私が負けたってのになんで笑ってるのよ。
 どうしてそんなに嬉しそうなのよ、お燐。
「もう旧都の方じゃ騒がれてるみたいだけど、これで済んだならまだ」
「あぁ――あいつ呼んだの、お燐かぁ……」
 お燐。お燐が、私を止めた。
 地底を、地上を灼熱地獄にしてやろうとした私を、邪魔した。
「あ……お、お空?」
 わかんないな。
 私、仲間だよ。
 仲間の霊烏路空だよ。
 どうしてそんな顔私に向けるのさ。
「仕方が、なかったんだよ。あのままじゃあんたは……」
 邪魔を――正当化するな。
「なんで邪魔すんのさ! せっかく強くなったのに! この力で屑共を焼き尽くせるのにっ!!」
 一瞬で頭に血が昇る。
「パルスィやさとり様をいじめた奴らを皆殺しにしてやるんだよっ!!」
 握り締めた拳から溢れた力が炎となって噴き出す。
「これ以上邪魔すんならお燐だって殺――」
 眼前にあるお燐の顔が、歪んでいた。
 目に、恐怖の色が宿って、怯えて、いる。
 誰に?
 ここには私とお燐しか居ないのに。
 お燐は誰に怯えているんだろう?
「あ……いや、もう、いいよ。お燐は、仲間――なんだから。もう、邪魔しないで」
 わからない。わからない――いらいら、する。
 お燐から目を逸らす。どうしよう。休んだ方がいいのかな。
 それとも、今すぐ巫女を追って戦った方がいいのかな。
 あいつに勝たなきゃ、地上を焼き尽くさなきゃこのいらいらは薄れない。
 お燐がいやな目を向けるいらいらは、消えない。
「……お空、今、あんたなんて言おうとしたの」
「なんでもないよ……黙っててよお燐。私は今、いらいらしてるんだよ」
「…………」
「――まぁいいや。次は勝てる。八咫烏様の力はどんどん私に馴染んでる。
時間が過ぎれば過ぎる程に私は強くなる。誰にも、負けやしないんだよ」
 今度は勝つ。
 太陽の力で焼き尽くしてやる。
 私は強くなったんだ。誰にも負けない力を手に入れたんだ。
 もう泣いてばかりいる子供じゃないんだ。
「そんなもん強さじゃない」
 熱く熱くなる私の頭に冷や水がかけられる。
「……なんだって?」
「何度やったってあいつらには勝てないよ、あんたは」
 まっすぐに私を見る目。
 怯えてない。怖がってない。
 私の力を無視して、私だけを見る目。
「いいや、もう……あんたは誰にも勝てない」
 お燐。
 変わらないねあんたは。
 相変わらずわけのわかんないことばっか言う。
 そんなに頭の良さを自慢したいの?
 私が馬鹿だって見下したいの?
 お燐。お燐――あんた、私の仲間じゃないの?
「今のあんたはあたいよりも強い。だけど、そんな借り物の力で勝ったって、後で苦しむ。
仮令借り物の力じゃなくたって……勝てば勝つ程に、あんたは負ける」
「……意味わかんないよ。何が言いたいのさ」
「もうやめろって言ってんだよお空。人間に負けてもまだ目が覚めないのかい。
あんた、このままじゃ――」
「うるさいっ!!」
 なんで、なんで邪魔ばっかすんのさお燐!
 逃がさないように腕を引っ掴む。言い負かしてやる。
 仲間だと思ってたのに。さとり様ともパルスィとも違う、一番の仲間だって思ってたのに!
「私が負けるって!? ふざけんな私はこんなに強くなったんだよ! 負けるもんか!
たった一回負けただけで何がわかるっていうのさ! あの巫女なんてすぐにやっつけてやる!
私は強い! もう負けない! お燐にだって、負けるもんかっ!!」
 お燐の目が歪む。
 私から逸らされる。
 言い負かした。
 勝っ
「え?」
 肉の焦げる臭い。
 私が掴んでるお燐の手が、焼けてた。
「あ、わ」
 慌てて離す。でも、まだ、じゅうじゅうと、焼けて。
「ご、ごめ、焼くつもりなんて、なかったんだよ」
 なんで? 火の中が平気なお燐が、なんで焼けてるの?
 私、ただお燐の手を掴んでただけだよ?
 力なんて――使ってないよ?
「あぅ、お、お燐……」

「来るなっ!!」

 叫ばれて、動けない。
 叱られた時みたいに、動けない。
 だって、お燐は、いつだって私の味方、だった。
 どんな時だって、両手を広げて、私を受け止めてくれてたのに。
 なのに、なのに今……来るな、って。お燐が。
「お空……」
「あ、あぁ……ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
 なんで、なんで!?
 わ、私お燐を焼こうだなんていっかいもかんがえてないよ!
 お燐を焼くつもりなんてぜんぜんなかったよ!
 ただ、ただ掴んでただけなのに……!
「ごめんなさい、ごめんなさい――っ!」
 自分の手。
 大きくなりたくて、大きくした手。
 お燐の手を焼いて、血と脂がべったりついた手が、怖い。
 初めて、八咫烏様の力が怖いって、思った。
「これで――わかったろ。お空、あんたは……っつ……その力に、振り回されてんだよ」
「え、え?」
「その力が……あんたを狂わせてんだよ」
 力が? この、太陽の力が私を?
 そんな筈、ない。だってこれ、私が望んで手に入れた力だよ。
 強くなりたいって、子供のままじゃいやだって、かみさまにおねがいして……
「わ――わた、わたし、は……ぱる、パルスィの、ために……つよく……」
「橋姫の為――か。皮肉だね。あんたはもう、橋姫に、パルスィに近づくことも出来やしない」
 な、なにを言ってるのおりん。
「あんたのその力は、太陽の力は――妖怪にとっちゃ猛毒だ。誰も近づけない。
あたいは当然、さとり様だって――無理だよ」
 掲げられたお燐の手は、まだじゅうじゅうと、焼け続けていた。
「あんたは、パルスィの為だって手に入れたその力は……あんたをどうしようもなく独りにするんだ」
 ……え?
 なに、そんな、わたし――お燐じゃなくても、焼いちゃうの?
 お燐に触れないだけじゃないの?
 触るだけで、焼いちゃうの?
 もう……だれにもさわれないの?
「ここの天窓は閉じさせてもらうよ」
 ……?
「もう誰もここには来させない」
「おりん……?」
「さとり様はあんたを心配してここに来ようとするだろうけどね――来させないよ。
さとり様じゃもう、あんたを殺すことも出来ない。身を守ることも出来るかどうか」
 背を向けられる。
 こんなに近いのに、お燐がずっと遠くに行ってしまったように感じる。
 手を伸ばすことも――出来ない。
「お空」
 お燐の声は、震えていた。
「あたいを恨んでくれていい。憎んでくれていい。だから、気づいとくれよ。
お空、あんた、そのままじゃ……本当に独りになっちまうんだよ……っ」
 ……まってよ。
 いかないでよ。
 わたしをおいてかないで。
 なにがだめだったの?
 わたし、なにをまちがえちゃったの?
 わからないよ。

 どうしたらいいのかわからないよ、おりん。
















 ――ひとりぼっちになっちゃった。
 私が……神様の力を手に入れたから、ひとりぼっちになっちゃった。
 ひとりはいやだから、欲しがった力なのに。
「ずっと大きくなりたかったのに」
 お燐みたいに大きく強い大人になりたかったのに。
 好きな人を守れるくらいに強くなりたかったのに。
「――――今は、邪魔だなぁ」
 ぎゅっと自分の膝を抱く。
 灼熱地獄跡最深部の縦穴。そこのでっぱりに腰掛けたまま動けない。
 少しでも外に近付きたくて、でも外に行くことが怖くて、こんな半端なところに座っている。
 きっと、今の私ならお燐が閉じた天窓なんて開けられる。腕を振るうだけで壊せる。
 だけど、怖い。
 私は――きっと、きっとまた――誰かを焼いてしまう。
 またお燐を焼いてしまうかもしれない。
 さとり様を、こいし様を焼いてしまうかもしれない。
 パルスィも――焼いてしまう。
 嫌だ。
 嫌だ怖いよ。
 この手は、私の手は、好きな人を焼いちゃう。
 私は、私は……好きな人を、守りたかったのに――好きな人を傷つけたくなかったのに。
「……ぅ……うぁぁぁぁぁぁ……」
 がまん、できない。
 泣いてしまう。涙でこの熱を消してしまおうと泣いてしまう。
 でも、いくら泣いても――涙は零れる端から蒸発してしまう。
「うぇ……あぁぁぁぁぁ……」
 なんでこうなっちゃったの?
 わかんないよ。だれか教えてよ。
 こわいよ、さびしいよ。
 ひとりはやだよ。こんなところにいたくないよ。
 おりん、こいしさま、さとりさま、ぱるすぃ――
 たすけて。だれか、たすけてよぉ……
 ――ぱるすぃ――ぱるすぃに、あいたいよ。

「……空」

 岩を焼き続ける炎の音しか響かぬ地の底に、誰かの声が響いた。
 顔を上げる。
 あ――かみさま、だ。
 私に力をくれた神様が、いた。
 誰か、知らない人が横に並んで、浮かんでる。
 どうやってここに来たんだろう。
 上はきっとお燐が厳重に見張ってるだろうに。
「まったく……考えなしはこれだから困るわ。アフターフォローも出来ないのなら何もしないで欲しいものね。
そうは思わない? ねぇ神奈子」
「……わかってるよ。私の手落ちだ。後でいくらでも文句は聞くよ紫」
「文句? あらあら神様は頭も空の上なのかしらね。私が言いたいのは文句じゃなくてお説教」
「なんでも聞くから後にしとくれよ。いくらでも付き合うからさ」
 誰かを手で制して、神様は私の方へ来る。
 神様の手が私に伸びる。
 焼いて、しまう。
 体がびくりと震えるけど、神様は焼かれることなく――私の頬を撫でた。
「やさかさま……」
「空……済まなかった。おまえがここまで振り回されるとは考えなかったよ」
 辛そうな顔で、神様は私に謝る。
「……やさかさま……やさかさまぁ……っ」
 止まってた涙が、溢れ出す。
「わ、わたし――こんなの、やです。このちから、わたしを、ひとりぼっちにしちゃうよ。
やさかさま、こんなの、やだよ。たすけて、たすけてください……」
 泣くのを止められない。
 膝を抱いたまま泣き続けてしまう。
 しゃくりあげる私を、やさかさまは優しく抱きしめてくれた。
「謝っても謝り切れん。私を恨んでおくれ。必ず、必ず助けてみせるから」
 やさかさまにしがみついて泣く。
 こんな、ちから――いらない。
 お燐が言ってたとおりだった。
 こんなの強さでもなんでもなかった。
 ただ力が強いだけなんて、かなしくなる、だけだった。
「まさかここまで一気に八咫烏の力を得るとは……徐々に慣らしていくつもりだったんだけどね」
 やさかさまは私の髪を撫で、そっと体を離す。
「空、おまえを苦しめる力を今取ってやるからね」
 言って、やさかさまは私の胸の、八咫烏様の目に手を刺し込んだ。

「――っ!?」

 なに、これ。
 い、いた、痛い――!
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!
 巫女にやられたときなんか比べ物にならないくらい、痛い――!
 手足が勝手に痙攣する。羽が勝手に震えだす。涙が止まらな――
「空っ!」
 ――あ、あ、あぁ……
 な、なに――いま、の。
 もう痛く、ない。さっきのが嘘だったみたいにどこも痛くない。
 でもぜぇぜぇと息は乱れていて、やさかさまに支えられていないと、倒れてしまいそう。
 あんな苦しいの、味わったこと、ない。
「空、おまえ……」
 ……?
 なんで、やさかさま――驚いてるん、だろう。
「どうしたの?」
「……ダメだ。もう取り出せん」
「ちょっと、どういうこと?」
「融合し切ってる。八咫烏は空の魂にまで食い込んでる。無理に剥がせば共倒れだよ」
 え……? やさかさま、なに言ってるの?
 取り出せない、って……私――このまま、なの?
「や、やさかさま……! もういっかい、もういっかいやってください!
私我慢します! 今度は我慢しますから、取ってください!」
「……我慢とか、そういう問題じゃないんだよ。無理したらおまえが死ぬ。魂が壊れてしまう」
「それでもいいです! 私、わたし――好きな人を傷つけたく、ないんです……!」
「空――」
 やだ。やだやだやだ!
 このままなんてやだっ!
 やさかさまでもどうにも出来ないなんて、嘘でしょ!?
 ずっとこのままなんて、もう戻れないなんて――やだよ!
 それじゃ、私もうここから出られない。もう誰にも会えない。
 こいし様にもさとり様にもお燐にもパルスィにももう……!
 なのに、やさかさまは悲しそうな顔をするだけで、なにも――してくれない。
 そんな、そんな――
「紫、あんたの力なら」
「それじゃ退場してもいましょうか」
「は?」
 知らない誰かは、ずっと開いてた扇子をパチンと閉じた。
「私の力は使うつもりないし」
「何のためにあんたに頭下げてまで来てもらったと思ってんだよ!」
 すっと――閉じた扇子を振ってなにかを開く。
「おい!? 紫おまえ、なにを」
「役立たずが居てもしょうがないでしょう?」
「待てよ! まだ空に教えなきゃ……! 力の制御とか、使い方を」
「はい退場」
 あっけなく、すとんとやさかさまの姿は消えてしまう。
 やさかさまが――いなくなってしまう。
 呆然とする私に、誰かはにっこりと微笑みかけてきた。
 ぞっと――尽きる筈のない私の熱が、冷えてしまうような笑み。
「自分だけが不幸って顔ねぇ。ふふふ、可愛いわねぇ」
 笑ってるのに怒ってるような、理解し難い笑み。
「私ねぇ、ハッピーエンドが大好きなのよね。特に好きなのが筋書きとか無視しちゃうくらいの強引さ。
不幸は不幸のまま、なんて当たり前なのが大嫌いだから」
 誰かは一方的に話しかける。
 はっぴぃ、えんど?
「まぁ、ハッピーエンドに至れるかはあなた次第なのだけれど」
「わたし……しだい?」
「ああ熱い。暑いんじゃなくて熱いわね。堪らないわ」
 返事はない。
 あまりにも一方的で、掴みどころさえなかった。
「さて……私も帰ろうかしら。そろそろ霊夢が帰ってくる頃だし……」
 汗一つ見せずに誰かは天を仰ぐ。
「あら――上が騒がしいわね」
 ……上?
 何も聞こえない。上って――地霊殿はずっと、遠くだし。
 声が届く筈は、ない。
「あなたのご主人様と友達と――言い争ってるわねぇ。やかましいったら」
 さとり様……お燐。
 言い争ってるって、誰と? 助けに、行きたいけど、私は――
「うるさいからぽいしちゃいましょう」
 また、なにかが開いて

「ぽい」

 きんいろの髪をした誰かが降ってきた。
 ――見間違える筈がない。
 くすんだ金の髪。宝石のようだと思った緑の目。
 もう、会えないと――思った、私の好きな人。
「パルスィっ!?」
 空中に投げだされたパルスィは慌てて飛ぶ。
 あぶ、なかった。地獄の核に落ちていたら、燃え尽きてしまうところだ。
「空……!?」
 パルスィの緑の目が、私を捉える――
「……空、なの……?」
 あ、ああ……そっか。私、大きくなって――大人になってるんだっけ。
 パルスィは、私がこうなってるって知らないんだ。
「うん……私だよ、パルスィ」
 あんなに大きかったパルスィが――小さく見える。
 ちょっと前まで、パルスィは私がこう見えてたのかな。
 あれは――いつのことだったんだろうね。もう思い出せないよ、パルスィ。
「さとりに、聞いたの。あなたが変な力を得て、なにか大変なことになってるって」
 パルスィが話し始めた。
 大変なこと、か……その通りだね。
「あの、私があんなこと言ったすぐ後だから――私の、せいじゃないかって、思って」
 すぐ、後……あれから、そんなに時間経ってないんだ。
 信じらんないな――もっと、もっと長く感じたよ。
 あれ……誰かがいなくなってる。何時の間に消えたんだろう。
「空」
「来ないで、パルスィ」
 近づこうとしたパルスィを止める。
 きょとんと、される。
「あはは……あの時と、逆だね……」
 あの時、私もこんな顔してたのかな。
「私、強くなり過ぎたみたいでさ、触るだけで怪我させちゃうからさ。火傷って、痛いらしいから。
……そんなの嫌だよね? 私もそんな怪我をパルスィにさせるのは嫌」
 だから。
 だから会えないって、思ってたのに。
 会わないって――決めてたのに。
「――……今ならわかるよ。あの時のパルスィの気持ち」
 触れることが、怖い。
 傍にいることさえ――怖い。
 好きになればなるほど、我慢できなくなって、近づいてしまって――傷つける。
 誰よりも、自分がそれを知っている。
「パルスィ――」
 なのに、飛びだそうとする体を抑えるのが、ひどく難しい。
 抱きつきたい。また頭を撫でて欲しい。ずっとおしゃべりしたい。
 ずっといけないって、だめだって言い聞かせていたのに――
 こうして目の前にしただけで、我慢ができなくなる。
「もう、帰って。もう来ないで。私、わたし――パルスィを、傷つけたくないよ」
 ああ――本当に、あの時の逆で、あの時と同じだ。
 握り締めた手から血が零れる。
 我慢しようと強く握り過ぎて、爪が手の平に刺さっていた。
 こんなの、もう痛くもない。
 きっと――私が悪いんだ。
 やさかさまに力をもらって、強くなれたって調子に乗って……間違えちゃったんだ。
 さとり様やパルスィをいじめた奴らに仕返しするなんてこと考えたからバチが当たったんだ。
 この力は……本当は、もっと別の、いいことに使う筈だったんだ。
 私の――せいなんだ。
「うつほ――」
 いつの間にか閉じていた目を開けると、パルスィはまだそこにいた。
 どうすれば――パルスィは帰ってくれるんだろう。
「……報いて、ないわよね」
 むく……? 何を、言い出すんだろう。
「私、自分の勝手な都合ばかり押し付けて、あなたに何にも報いてない」
「そ――そんなこと、ないよ……パルスィは、色々してくれたよ」
「あなたがしてくれたことに比べたら無いのといっしょよ」
 してくれた、って……私は、勝手に間違えただけだよ。
 なん、だろう。すごく、すごく嫌な予感がする。
 ばくばくと心臓が激しく跳ね回る。これは、だめだ。
 止めなきゃ。パルスィを止めなきゃ。
 でも、触れもしない私が、どうやって。 
「独りの辛さはよく知ってる。だから、空にそんな思いはさせない」
 待って。待ってよパルスィ。
 もう少しだけ考える時間をちょうだい。
 なにか、私でもなにか思いつくかもしれないから、待って。
「ずっと――いっしょにいてあげる」

 パルスィは、飛ぶのをやめた。

 落ちる。
 灼熱地獄の最下層に。
 燃え盛る地獄の炉心に。
 落ちてしまえば一瞬で燃え尽きる――
 考えるよりも先に、動いていた。
 鼻を突く、じゅうと焦げる肉の臭い。
「ぱ、パルスィ……っ」
 慌てて抱き止めたけど、どうすれば……
 ここで離したら、またパルスィは落ちちゃう。
 私が座ってたとこは狭いし、どこか、どこかパルスィを置ける場所は。
 ~~~~っ。
 マントを剥いでパルスィをぐるぐる巻きにする。
 これがどれだけ私の熱を防ぐのかわからないけど、無いよりはいいと思う。
「少しだけ我慢して!」
 全力で上を目指し飛ぶ。
 腕の中でパルスィが呻くのが聞こえる。
 千切れんばかりに羽ばたく。
 焼けてしまう。パルスィが、私の腕の中で焼けてしまう。
 早く、早く上に、なんで、どうしてこんなに遠いのよ!?
 これじゃ間に合わない! パルスィが、パルスィが死んじゃう!
 いくら羽ばたいても天窓が見えない、遠い、遠過ぎる。
 風がないから、ただ燃え盛るだけで風がないから早く飛べないんだ。
 諦めるな、そんなの後でいくらでも出来る。
 今は一秒でも早くパルスィを置ける場所に。
 遅い。遅い――っ。
 なんで、なんで私の羽はこんなにも遅いんだっ!
 力を得たのに。
 誰にも負けない程の力を手にしたのに、なんで……!
 こんなんじゃダメだ! 力を振り回してるだけじゃ意味ない!
 こんな、強いだけの力なんて――ッ!
 神様、神様お願いです。パルスィを助けてください。
 私はどうなってもいいんです。だからパルスィだけは助けてください。
 お願いです、神様――――


 ――――余計なことは考えるな。
 世界を焼くなんて茫洋とした目的なんて忘れてしまえ。
 唯一つの目的に専心しろ。
 膨大な力を捻じ伏せろ。
 今すべきことは唯一つ。
 パルスィを救うこと――ッ!!!


 僅かに体を揺らす衝撃
 羽を駆け抜ける力の奔流
 そして、ばさりと羽を揺らす――風

「……え?」
 風が――吹いている。
 今までに感じたことのない、澄んだ、どこまでも力強い風。
 ここ、どこ?
 金色のまんまるが、上に浮いてる。
 どこを見ても岩なんて見えない。
 岩の天井があるべき場所には、なにか……きらきらしたのが、光ってる。
「――月なんて何百年ぶりかしら」
「つき……?」
 知らないのにわかる。
 あれは、太陽わたしに関わり深いモノだ。
 ――っあ、は、早く地面に降りなきゃ!
「ご、ごめんパルスィ! すぐに降りるから!」
「いいわ。それより、マントを外して――多分、その方が治るの、早いから」
「え、あ、う、うん」
 言われた通りマントを外す。
 ――あちこち焼け爛れた、パルスィの姿。
 私が、焼いてしまった――傷。
「え?」
 それが、徐々に、ゆっくりと、治っていく。
「な、なんで? パルスィは、そういう妖怪なの?」
「私だから――ってわけじゃ、ないんじゃないかな。妖怪って……月の魔力に頼ってるとこがあるから」
「つき、って……?」
「空に浮かんでる、丸いのよ。ここは――地上みたいね」
「……そら……」
 ここが、地上?
 ここが――そら。
 私の名前……さとり様がつけてくれた名前の、場所。
「焼かないように、出来たじゃない」
 パルスィが何を言っているのか一瞬わからなかった。
 肉の焦げる臭いが、しない。
 私はずっとパルスィを抱いているのに、焼けて、ない……?
「ど――どうし、て」
 あんなに悲しんでもどうにもならなかったのに。
 やさかさまだって取れないって言ってたのに。
「力の使い方が、わかったんじゃない?」
 使い方って、私、なんにもわかってないよ。
 結局やさかさまも教えてくれなかったし、ただ一生懸命飛んでただけで。
 あ、あれ? どうやって地上に来たんだろう?
 確か、パルスィの橋を渡らないと地上へは行けないってお燐が。
 私、まっすぐに飛んでただけで、どこかで曲がって地上への縦穴を通ったとか、ないのに。
 ――まさか、地霊殿の真上の岩盤をぶち抜いて――来ちゃったの?
 で、でもそんな力の使い方、知らないのに。
「混乱してるわねぇ……そろそろ、下ろして欲しいんだけど」
「え、ああうん。ちょっと、ま」
 パルスィ。
「なんであんなことしたのさ!?」
 思い出した。
 なんでこんなことになったのか思い出した。
「あれじゃパルスィ死んじゃうじゃない! あそこがどれだけ熱いかわかんないの!?
火の中に入れるお燐が近づかないくらい熱いんだよ! パルスィなんか一瞬で焼けちゃうのに!
もうあんなことしないでよ!」
 一気に叫んで、肩で息をする。
 飛んだのは、平気なのに、なんか一気に疲れた気がする。
 パルスィは――バツが悪そうに、目を逸らした。
「……あなたと心中してあげようとしたんだけどねぇ……怪我の功名とはよく言ったものだわ」
 しんじゅうってなに?
「んー……私があの熱そうなのに飛び込んで、空も来てくれたらいっしょに死ねるかな、って。
いっしょに死んじゃえばずっといっしょで、独りじゃなくなるんじゃないかな、なんて考えたんだけど」
 めまいがした。
「ぱ、パルスィ――わたし、バカだってよく言われるけど――パルスィには負けるよ」
「あら、ひどいわね。まぁ――バカ、よね。あなたと同じことしたんだもの。
突き放されて、初めてわかった。あれ……辛いわよね。悲しい――わよね。
本当に――バカだったわ、私」
「パルスィ……」
 でも、それは……どうしようもないことだよ。
 私だって、どうしたらいいのかわからなくなって……もう会わないって、決めたんだから。
「あなたが教えてくれた」
 パルスィの手が、私の頬を撫でた。
「どんなに強い力だって、頑張ればどうにでも出来るって」
 そんな――私、がんばったとか、わかんないよ。
 パルスィを助けなきゃって無我夢中で、ただ必死に飛んでただけだった。
 私に出来ることをしようって、ただ――
「私も頑張るわ、空」
 ぎゅって、抱き締められる。
「あなたといっしょにいられるように――頑張る」
 いっしょ、に
「……パルスィ」
「うん」
「パルスィ、パルスィ――」
 ぎゅって――抱き返す。
 もうさわれないって、もう会えないって思ったパルスィが――そこにいてくれる。

 ああ、そうだった

 私が願ったことはただひとつ

 パルスィの傍に――いたいって、それだけの願いだった――

「ねぇ空……あの時、言いかけたこと、もう一度言ってくれる?」
 なにかな。言いかけたことなんていっぱいあってわからないよ。
 もう思い出せないかもしれないし。私、忘れっぽいから。
「今度は、ちゃんと――返事するから」
 返事。
 あのとき、返事が欲しかったのなんて――ひとつだけ。
「私は――ね。パルスィをきらいになんか、ならないよ」
 少しだけ体を離して、まっすぐに緑の瞳を見つめる。
 あのとき言えなかった一言を――紡ぐ。
 

「私は、パルスィが大好きだよ」



五十六度目まして猫井です

最後の幻想たるお空の力は、きっと何もかも幸せになれる力だと思います

強引でも力尽くでもハッピーエンドをもぎ取れる幻想

だからお空は幸せになれるんだろな、と思います

ここまでお読みくださりありがとうございました
猫井はかま
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コメント



0.3130簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
よかったな。おくう。
いっぱいいっぱい苦しんだけど、それは紛れもなく、お前のハッピーエンドだ。
4.100名前が無い程度の能力削除
続きくるとは思わなんだ…
ほんとハッピーエンドで良かった!
良いお話をありがとう
5.100名前が無い程度の能力削除
時給800円の歌を思い出した。

妖怪にとっても太陽になれるなんて最高に素敵じゃないか。
6.100奇声を発する程度の能力削除
素晴らしいハッピーエンドでした!!!!!
本当に良かった…
9.90コチドリ削除
虚仮の一念岩をも通す、ですね。
太陽のお空に月のパルスィ、これは良い空パルだなぁ。

>八咫烏を呑み込んだ身体が→八咫烏様、に統一されてはいかがでしょうか。
10.100名前が無い程度の能力削除
ハッピーエンド以外は認めねえっつーの!
11.100名前が無い程度の能力削除
これを待ってたんだ!
14.90名前が無い程度の能力削除
ああ台無しだ台無し。前作のなんともいえない後味の悪さが台無しだ。
それでいい。ご都合主義だろうとありがちな愛の力だろうと、ハッピーエンドはいいものだ。
17.100名前が無い程度の能力削除
ゆかりんは可愛い女の子に甘いねえ
素敵だ
18.100名前が無い程度の能力削除
よかった・・・ほんっとに良かった・・・!
続きがきてほんとに良かった

あのまま、狂ったお空もいいけど、純粋無垢なお空が一番だ!!!
20.100名前が無い程度の能力削除
おお、まさかの続編
ハッピーエンドで良かった……
24.100名前が無い程度の能力削除
よかった・・・
28.100名前が無い程度の能力削除
皆幸せでハッピーエンド
ご都合がなんだとかあるけれど、誰しも皆ハッピーエンドを望んでいると思うのです。
強引でも、力尽くでも、誰かを幸せにしようする事は決して悪い事ではない。
前作の読了後は心が押し潰されかけましたが…本当に良かった。何というか…ありがとうございました!!
29.80名前が無い程度の能力削除
いいハッピーエンドでした
ただおくうはちょっとお燐に謝ってくるべきだと思うの
33.100名前が無い程度の能力削除
続編。不安と期待が入り混じって読みはじめ、終わってみれば、素晴らしいハッピーエンド。よきかな、よきかな。

お空の力は科学技術に似て、周りを幸せにできるかは使い方次第だ。例をあげるなら、原子力発電と原爆。お空の力はたくさんの人を幸せにできるさ!

うわ、くせーよ、俺何言ってんだw
別にいいか、お空かわいいし。
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最高でした。
涙がとまらん
39.90名前が無い程度の能力削除
何も知らない連中からすれば傍迷惑極まりないし、
あまつさえ幻想郷終了の危険性も孕んでいたわけだが
お空とパルスィがハッピーになったんなら問題無いですね
あとこのゆかりんは珍しく結構原作に近いゆかりんだと感じました。
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よかった
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あとがきに同意せざるを得ない、こんな話を読まされちゃあな…
57.70ずわいがに削除
ハッピーエンドには文句無しなんですが……俺的には、これならいっそ紫は初めから出てこない方がすっきりしました;

嫉妬の力を抑え込んでいたパルスィと、八咫烏の力に翻弄されていた空。お互いの気持ちをわかり合える存在ですね。これからもっと仲良くなれるでしょう。
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うーむ、お見事。
64.90とーなす削除
ハッピーエンド! よかったよかった。
やっと収まるべきところに収まった感じですねえ。やっぱり善意の空回りって見ててつらいです。
これからは上手くやっていけるんだろうなあ。
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よし!