―――集合「101匹ねこがまっしぐら」―――
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ええええええええええええ!!?」
朝食の後かたづけをすすめていた私の耳に、紫様の到底あさっぱらとは思えないさけび声が届いた。
どうにも急を要するさけびには聞こえなかったのだが、紫様がさけび声を上げるほどならば、なんらかの異常事態である可能性が高い。
「紫様? 藍です。入りますよ?」
普段なら、「入りなさい」とか、「うんー」とか「ふぃーふぁよー(いーわよー)」などの返事を待つものなのだが、失礼して返事を待たずに戸を引いた。
紫様は部屋の中央でスキマを開き、それを覗き込むようにして座っている。どうやら、またスキマで覗きをされていたらしい。
それが敬遠される第一の原因ですよと、何度も申し上げているのだが。危険分子がどうとかなんとか理由をつけて覗きをするのである。それじゃあなたのほうがよっぽど危険分子でしょう。
と、こちらに背を向けていた紫様が私に気付いたのか振り向いた。顔色を青だか紅だか分からなくするほどに動転した様子である。まさに紫。
「ねっ、ねねねねねねねえ藍!?」
もはや「ね」スクラッチである。返事のタイミングを見失うからやめてほしい。
しかし、紫様が非常に驚かれているのも事実。一体何が起こったというのだろうか。
「紫様、何事です?」
「霊夢がねこみみみ、みみみみ、みみみっ」
「…………はい?」
「れ い む が! ね こ み み になっちゃったの!!」
「ねこみみ?」
「そうそうそうそう!」
やっとの様子でそれだけ言うと、紫様は「あああ……」と、肩で息をしながらその場にへたりこんだ。非常に錯乱しておられる様子だ。あほら、いや、おいたわしい。
どうやら、何の気もなく神社を覗いたら霊夢がネコミミになっているのを目撃した、という話のようだ。
慌てて来てみればくだらない。そもここは幻想郷。人間外のモノたちが跋扈する世界ではないか。私自身や猫又である橙はいわずもがな、ネコミミ、イヌミミ、ウサミミなどありふれているのだ。たかが霊夢一人がネコミミとなったところで珍しいことだろうか。橙を超えることなどあろうか、いやない。ちぇぇん、ちぇぇぇん、ちぇぇぇぇぇん……
こ、こほん。だいたい、あの変態的巫女服にネコミミなど装備したところで…………
艶やかな黒髪のゆれるその頭の上にぴこぴこするねこみみが一対…………
何気なく辺りを見まわすたびにひょこひょこするねこみみ…………
スカートの下から顔をのぞかせるやーらかくて、そしてくねくねするねこしっぽ…………
箒を手に退屈そうな様子で境内を掃くねこれいむ。しっぽを所在なさそうにひょろひょろと動かしながら足下にたまった落葉を集めていく。
しばらくすると飽きた、というように背伸びをして掃除をやめ、縁側に腰掛けて薄い茶をひとくち飲み、ほうっとひと息ついてにゃああん…………
…………ふっ。いやいや何を血迷っているんだ、私には橙が居るじゃないか。これしきのねこみみ、当たらなければどうということはない。そうさひょこひょこのねこみみがなんだ。ちぇんはてんねんものだぞこのねこれいむかわいいそうさわたしだって天然モノじゃないかわいいよねこれいむかわいいダメだ私にはちぇんがいるんだちぇぇぇんねこれいむ助けてくれちぇぇぇぇぇぇねこれいむぇぇぇぇぇねこれいむぇぇぇぇねこれいむぇぇぇねこれいむぇぇねこれいむぇねこれいむんさわりたいねこれいむ見たいねこれいむねこれいむ
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「うわああああああああああああ!! ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!?」
しばらく呆けたように空を見つめていた藍が突然、頭を抱えて絶叫した。
「藍!? 藍、どうしたというの!?」
藍の突然の狂乱に、紫が藍をなだめるかたちになっている。
「紫様……! あれを、あれを直視したというのですか……?」
「あなたにも見えたの、あれが……?」
「なんと、なんということだ…………!」
「ああ、藍、藍。良く無事で戻ってこられたわね……!」
何がどういうことなのかはたから見ているわたしには全く理解出来ないけれど。本人たちの間では通じるものがあったようで、二人はしっかとお互いを抱きしめた。さすが主従といわざるおえない。
「紫様こそ、よく御無事で……!」
「ふふふ。だ、だてに賢者やってるんじゃないのよっ!」
「紫様ッ…………!」
いい加減こちらにもわかるように会話してほしいものだけど。なんだか声掛けづらいなあ……。楽しそうだし。
「かくなるうえは私も実物を見てくるしかないっ!」
「何をいうの藍!? 今度こそ戻ってこられないかもしれないのよ?」
「……ですが、紫様。私にもこの命を掛けてでも、求めるものがあるのです。あなたにこの幻想郷があるように!」
そこはアンタも幻想郷と言うべきなんじゃないの……?
「……ふ、ふふふ……式が命懸けだと言っているのに、主が黙っている義理はないわね」
「紫様……ええ、ええ! 参りましょう、共に!」
「そうよ! 私たちは幻想郷最強の八雲主従コンビ! あれごとき敵ではないわっ!」
「いざ行かん、博麗神社ッ!」
「応!!」
え、ちょ、うちに来る気なの、あいつら? ああ、もうスキマも閉じちゃったし……。
……それにしても、何をあんなに騒いでたのかしら。聞いてる限りではわたしがらみだったみたいだけど…………ああもうめんどくさいやつら(わしわし)。
…………っ!? ちょっ、うそっ、何これ、みみ? まさか…………しっぽまで…………ある。
な、な、なぁっ、なによこれえええええ!?
◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなしょーもない経緯があって、二人仲良く博麗神社にやってきた八雲主従コンビ。意気揚々と境内までの石段を登ってきたのだった。「なぜスキマを使わないのか?」という疑問にはしっかりと答えが用意されている。八雲紫、She曰く
「スキマから出た瞬間に目の前にねこれいむがいたりしては、我等の存在が危険であるため」
とのことである。妖怪は精神的ショックをなるべく避けなければいけないのだ。簡単に妖怪に鬱話を読ませてはいけない。そのまま消滅する恐れがある。南無三。
ところが、るんるん気分で階段を登って来た二人は、鳥居の前で文字どおり壁にぶちあたった。鳥居を基点にかなり強めな結界がはられていたのである。効果はもちろん、と言うべきか、『来客おことわり』であった
「あちゃあ……。やっぱりあれのせいかしらねえ」
紫は目の前の結界に軽く手を触れ―――もちろん弾き返されるが―――まずかったかしら、と軽く眉を寄せる。
「スキマ開いたままでバカ騒ぎしちゃったものねえ。向こうにも聞こえてたのかしら」
「我ながらかなり恥ずかしいことも叫んでいた気がします……」
紫はついさっき結界にぶつけた額をさすりながら呟く。
結界の大妖が結界に気付かずに正面からぶちあたってしまったというのは、少なからず彼女らの頭を冷やすことになったようだ。
「でも、困ったわねえ……。かあいい云々はともかくとしても、巫女の状態異常をほっとくわけにはいかないし……」
「これくらいの結界ならばやって破れないこともないでしょう――」
「ダメよ」
「――が、そう言うと思いましたよ」
霊夢は普段からもふざけて人避けの結界をはったりすることがある。だが、それはその言葉どおり「おふざけ」であって、親しい間柄ならば――例えば魔理沙でも――簡単に通り抜けることができるものだ。
それと比べると目の前にあるのは明らかに人を入れないためのもの。紫や藍ほどの力を持つ者なら破る、という選択肢をとることもできるのだが……
「強い術になればなるほど術者と術式は直結するのよ。このレベルのものを簡単に破ったりして霊夢にダメージを与えるなんて、今の状況では迂闊には出来ないわ」
「というか、霊夢にとっては全力の拒絶なんでしょうね…………」
「拒絶……」
二人の脳裏にふっと、ねこみみになった霊夢が顔を真っ赤にしながら両腕を振り回す様子が浮かぶ。
『にゃ゛ー! 見るなー! 来るなー!』
「……はっ!? まずいわ、これはまずいわ藍!」
「そうですねそうですともこれはすぐかくにんしないとすごくまず痛ああああああ!?」
「あ、そうだ結界があったんだった」
脳内がねこで満杯になった藍が思わず境内に向かって突進し、そのまま結界に激突する。しかし先程から藍さまがひどいキャラである。南無三。
「……しかたないわね。とりあえず私たちだ、とだけ霊夢に伝えましょう」
紫がふたたび結界に軽く触れる。今度は弾かれることはなく、そこに水面があるように手首の辺りまで沈みこむ。途端、今まで神社の全方位を囲っていた結界がふうっとかき消えた。
「あら……?」
「消えました、ね……」
「これは入っていい、ということなのかしらねえ?」
突然の心変わりに、逆に戸惑ってしまう二人。しかし、今さら帰るわけにもいかないし、霊夢が心配だし、ねこれいむ見たいし、と鳥居をくぐった。どれが本音かは、推しはかるべし。
◇◇◇◇◇◇◇◇
賽銭箱の横を通り過ぎて裏手の母屋へと向かうと、そこで待っていたのは縁側の素敵な猫巫女…………ではなく、真ん中のあたりがふっくらと盛りあがった布団一式だった。
「なにしにきたのよ…………」
暗い、いや黒いとしか言えない負の波長をまとった声が、そこから染みだしてくる。
「え、えーとー、元気?」
「帰れ」
あんまりな空気の黒さに気圧され、思わずグダグダの代名詞とも言える挨拶をしてしまった紫。即座に斬って捨てられた。
「どうせあんたがやったんでしょ……。どんだけわたしを笑い者にしたいのよあんたは。ふん…………もう妖怪退治どころか神社の掃除だってやってやるもんか…………。一生布団のなかで過ごしてやるわ……」
「そんな、霊夢、違うのよ、私は……」
「あんたがやったかどうかなんて、もうどうでもいいのよそんなの」
巫女だって辞めてやる、と言わんばかりの霊夢にあわてて弁解する紫だが、対する霊夢のテンションも酷いものである。ルナサもかくや。
唯一布団からはみ出た尻尾が見えているが、それも堪えきれない思いを発散させるように畳をばしばしと叩いている。もうその部分だけ畳が擦り切れてしまうほどに。
ふと辺りを見れば、そこら中にまだ新しい引っ掻き傷などが残っている。布団結界への閉じこもりは、相当暴れた後での事だったようだ。
「霊夢」
「なによ、藍も来てたの……」
紫に代わり、今度は藍が話しかける。
「確かに、紫様は覗きをされていた」
「え。ちょっと藍ちゃんまって……」
「だが、お前のその姿を見て卒倒する程に驚かれていた。ここへ来た理由にはお前を心配して、ということもある。お前を笑い者にしようなんて、私はもちろん紫様にだってそんな気はさらさらないんだよ」
「藍ちゃん…………」
紫と比べると幾分か真摯に藍が語りかける。
霊夢(とその他サイレントマジョリティ)をして、紫よりもよっぽど信用できると言わしめた彼女の言葉なら、今の霊夢にも届くかもしれない――そんな思いで紫は藍に託した。
そして―――
「だから……だから霊夢。お願いだ、そのねこみみに触らせてく」
―――任せて失敗した。そう紫が考えを改めるよりも前に、藍が轟音とともに光の速さで外へと吹っ飛んでいく。そしてそのまま地面へと頭から突き刺さり、犬神家の完成である。幻想郷ではよく見られる光景だ。テストに出るかもしれないので、覚えておくように。
というか、布団にくるまったままの体勢からスペルカードを撃つなんて、妙に器用なことをやってのける巫女である。
ともあれ、式がバカをやってくれたおかげで少しは心に余裕ができた、と紫はひとつ息をついて、今の藍のセクハラ発言でさらに引きこもってしまった霊夢(布団装備)の隣りに腰をおろした。
「ねえ、霊夢」
「…………」
もはや返事も無くなった。が、紫はそれにはかまわずに話しかける。
「いいじゃないねこみみ、すごく可愛いんだから」
「なっ! ばっ…………知らない」
「あらまあ照れちゃって」
「さっさと帰れ、ばか」
先程まで狼狽えていた様子はどこへやら。紫はすっかりいつもの調子を取り戻していた。
「ねーえ、ねこねこ霊夢さん? 何がご不満なのかしら?」
「主にあんたが帰ってくれないこと」
「じゃあ、それ以外」
「あんたが話しかけてくること」
「私がおしゃべりなのはしかたないわ。他には?」
「あんたがそこにいること」
ストレートな答えに紫は思わず、小さく笑みをこぼす。
「あらあら、私のことばかりなのねえ。ねこみみはそのままでもいいのかしら?」
「じゃあ取ってよ。みみもしっぽも」
「だーめよ。折角可愛いのに、もったいないでしょ?」
それまですぐに返ってきていた答えがふっと途絶える。ややあって一層もごもごとした答えが聞こえてきた。
「…………あんたはさあ……いつもそうやってさあ……」
「うん」
布団のなかでしばらくうぞうぞもごもごと暴れていた霊夢は、しばらくすると布団を放りだしてうつ伏せに寝っころがった。もうみみやしっぽを隠そうとはしていない。
紫から顔を背けているが、わずかに見える耳の紅さから、顔全体が真っ赤になっているだろうことがうかがえる。
「ふふっ。れーいむっ」
紫は「うまくいった!」とでも言いたげに楽しそうな微笑みを浮かべて霊夢に忍び寄る。
そしてそのまま霊夢に抱きつこうとしたその時、紫の天地が逆転した。
「あ、あら?」
「あーんーたーはあー…………!」
霊夢は紫を引っ張って転ばせ、そのままの勢いで布団の上に組伏せる。そして、そのほっぺたを両側に引き伸ばした。割と思い切り。
「ひひゃ!? ひひゃひ! ひぇいふ!? ひひぁい、ふふぉふひひゃい!!」
「死ぬほど恥ずかしかった。てか結構本気で死のうかとも思ったの。死なされるところだったんだからこれくらいやってもバチはあたらないわよねええええええ!!?」
「ふぃやー!? ひゃめへ、れふぃむ、ほんとにのひぃふゃうううううう!」
「のびても死にゃあしないわっ! むしろのびろおおおおおおお!!」
「ふゃああああああああああああああんっ!!? ひぇほれひふひゃわいいいい!」
「なんだかんだ言って、ふたりとも楽しそうで何よりだ…………。ああ、そうだとも。庭先に突き刺さってる私なんか見えないくらい楽しいんだろう。それにしても、やっぱりねこれいむかわいいなねこれいむかわいい。…………ははっ……ごめんよ、橙。どうやら私は堕ちてしまったようだ。それでも、橙……私は、お前のことを……愛して……」
一方、軒先では未だに一人、藍が己の暗黒面と戦い続けていた。
だが十分後、そこには歓び勇んでつねり愛に参戦する藍の姿が!
「あはははっ、もう我慢したりしないよっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
……以上が、この幻想郷に『非実際けもみみ少女』という概念が誕生した経緯である。
これ以降、縁側でほにゃほにゃするねこみこなど、『非実際けもみみ少女』たちがしばしば幻想郷各地で見られるようになった。ほにゃほにゃするねこみこは現在でも博麗神社で見ることができるが、彼女について特別に注意点が三つほどある。
ひとつ、その魅力の一片を担うしっぽである。自由に動くその様は、まさにねこの気ままさを体現しているといえよう。諸君の中にも、みみよりもしっぽにこそ魅力を感じるという方がおられるのではないだろうか。
なかでもねこみこのそれは別格で、そのしっぽを拝むために神社に参拝するものが増加したとも言われているほどである。そして、ねこみこの心情を端的に表現するものでもある。しっぽに不用意に触れようとしてはならないのは前述のとおりであり、これは全てのけもみみ少女に言えることである。
加えて、ねこみこに関してはその動きにも注意が必要となる。
ねこみこは上機嫌になると、床や柱など周囲のものに、無意識にしっぽをたしたしと叩きつける癖がある。それはそれは非常に微笑ましい光景で、ねこみこの大きな魅力の一つなのだが、その『たしたし』がもし、『ばしばし』に変わったら要注意である。
その場合、何が要因となったかは分からないが、ねこみこは不機嫌になっている。すぐさま要因を探し、可能なかぎり解決し、怒り状態になることは極力避けなければならない。もし仮に怒り状態になってしまったときは、回避に専念することだ。さもなくば、命さえ危ぶまれる。決してこれは誇張ではない。
ごくまれにわざわざ怒り状態をひきおこし、そのようすを楽しむという猛者もいることにはいるが、それはごく一部の実力者にのみ可能となる匠の技である。大多数のものにとって、そのような行為におよぶことは命を賽銭箱に投げ入れることと同義である。絶対に真似してはならない。
ふたつ、細かいことは気にしないことである。
思いのほか長くなってしまったが、以上で第一章を終了とする。この章では幻想郷における『非実際けもみみ少女』の概要と、その誕生について記した。どのような経緯でそれが生まれ落ち、広がっていくことになったか、大体は理解していただけたことと思う。
つづく第二章には、現在幻想郷において知られている『非実際けもみみ少女』、そのうちの厳選された三十三人それぞれについての詳細なデータを纏めた。この章の執筆にあたっては、いまや人里を代表する『非実際けもみみ少女』としても有名な稗田阿求、彼女の献身的なサポートに幾度となく助けられた。この場を借りて、重ねて感謝を申し上げる。
第二章は図鑑形式になっており、彼女らの日常や知られざる素顔を稗田阿求の手による挿絵を交え、楽しく読めるように纏めてある。ぜひとも、楽しんでほしい。
それでは、第三章の本文で諸君に再び会えることを楽しみにしている。
(出典:「急増する『非実際けもみみ少女』の現在と未来」 著者:八雲 藍)
ねこれいむが目の前に居て、他にどんな態度をとれというのだ。
まったく、どこがこわれていると……
全くですね!何処もこわれてはいない…
>いわざるおえない
もしかして: 言わざるを得ない
それどころか「寝っ転がりながらでも尻尾で物が取れて便利ね」とか言い出しそうだ。
とりあえずネコ耳尻尾をつければ萌えると思っているその考えが全く安易過ぎる。
猫耳尻尾がついて死ぬほど恥ずかしがる霊夢なんかそんなの霊夢じゃない。
布団から尻尾が出ててたしたししてて全くたしたしたしたしああああ霊夢かわいgghjkぉ09うおいtせrtyh