この作品はヘルツ氏がプチに投稿された『ネズミの○○シリーズ1~4話(完結)』の1、2話後の別ルート第3話(完結)となります。
先にヘルツ氏の作品をご覧になった上でお読みください。
1話はこちら ネズミの鳴き声 http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_p/?mode=read&key=1268486143&log=59
2話はこちら ネズミの歩き方 http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_p/?mode=read&key=1269036244&log=59
3話はこちら ネズミの食べ方 http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_p/?mode=read&key=1269655386&log=60
最終話はこちら ネズミの○○ http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_p/?mode=read&key=1270262023&log=61
この作品を書くにあたって快く承諾してくださいましたヘルツ氏には感謝いたします。
一応1話2話だけあらすじを。
1話あらすじ 聖にそそのかされ可愛いナズーリンが見たくてちゅうちゅう言わせたらちゅうされてしまいました。
2話あらすじ ネズミの歩く姿が見たいとお願いしたらそのあまりの可愛らしさに思わず求婚してしまいました。
とある日の命蓮寺での出来事──
「星。ちょっといいかしら?」
ほんわか笑顔で私を呼び止めるのは聖白蓮。この寺の住職だ。
何時も笑顔を絶やすことはありませんが今日は輪を掛けてご機嫌の様子……
何か良いことでもあったのでしょうか?
「何でしょうか聖。ずいぶんとご機嫌のようですね。」
「え? そうかしら、うふふ。ところでナズーリンの様子はどうですか?」
意味ありげな含み笑いが気になりますが、まあ笑顔の聖を見て悪い気はしません。
ナズーリンのことですか……
――ああ。この数日は幸せでした……
(可愛いナズーリンを見たくありませんか?)
そう聖にそそのかされナズーリンをからかっただけだったのです。
私も普段クールなナズーリンが見せる可愛い姿には前々から興味はありました。
確かに聖の言う通りにしたら可愛いナズーリンを見ることができました。
――それがまさかあんなことになるだなんて。
私だってナズーリンのことは大好きです。
いつかはキスできたら幸せだろうなとは思ってはいました。
でもあんな唐突にその時が訪れるなんて。
……私だって初めてだったんですよ?
真っ赤になりながらもしっかりと真剣に私の目を見て。あんなに強引に。
私よりも遥かに体躯の小さいナズーリンに不覚にも惚れてしまいました。
目を瞑ると鮮明に思い出されます。まだ唇の感触が残っています。
小さくて柔らかくて暖かくて……ああ、今思い出しても夢のような出来事でした……
(…………)
「星? 聞いていますか? 星?」
ああ、つい惚けてしまいました。
いけませんね。話の途中だというのに。
そんなだからナズーリンに年中頭にお花が咲いてるとか言われてしまうのですね。
「聖の言う通りにしたらとても可愛いナズーリンを見ることができましたよ。ありがとうございます。」
もちろん聖にはキスしてしまったことなど話していません。
「そう。それはよかったわ。ちゅうちゅう言うナズちゃん。さぞかし可愛かったのでしょうね。私も見たかったわ。」
(……な、ナズちゃん……)
うっとりと目を閉じ、僅かに紅潮させた両頬に手を当てくねくねする聖。
聖も可愛いです。
「(でもいい歳してナズちゃんとかそのポーズとかどうなんでしょう。)」
……!
何でしょうね。今一瞬聖の眉間から『ピキピキィッ』って音が聞こえたような気がしたのですけれど。
空耳ですかね。聖は……何時もと変わりない笑顔ですね。
額の端で何かが脈動してるのが気になりますが。
「それで、その後はどうなったかしら?」
あ……でも……少し調子に乗りすぎてしまいました。
ナズーリンに嫌われてしまったのかも知れません。
四つん這いに歩かせたりした上にいきなり求婚発言するなんて。
きっと馬鹿にされてるとでも思われてしまったでしょうか……
はぁ……
重い空気がその場を包みました。
「ところで」
私の陰った表情に大体の状況を把握したのか聖が助け舟を出してきました。
「先日檀家の方々が話していたのを小耳に挟んだのですけれど。」
「どういう話でしょうか?」
「明日は『ホワイトデー』という日らしいのよ。」
why today? 初めて聞きますね。
今日はなぜ。
ふむ。今日は明日の為に有る。中々哲学的な言葉ですね。
しかしそれは毎日言えることですよね?
わざわざ日を特定する意義は何でしょうか?
私の頭の上に?マークが出ていたのを察知したのか
「ホワイト・デー。好きな人にプレゼントをあげる日らしいのよ。」
そう補足しました。ああ、白い日という意味ですか。
「本当は一月前にそういう日があって、ホワイトデーはそのお返しする日みたいなのですけどね。
でも、その日に限らずともいつだってプレゼントをもらえば嬉しいものよ。それが好きな人からだったら尚更ね。」
プレゼントですか……
ご機嫌を取るとかそういう下心を抜きにしてナズーリンには普段からお世話になっています。
そういう日であればなおさらですね。
ナズーリンは何が喜ぶでしょうか。悩みますね。
…………。
「星、悩んでいるのですか?」
いけません。また聖を蔑ろにして考えに耽ってしまいました。
「貴方のことです。きっと悩むと思っていました。」
ああ、聖には最初から全てお見通しだったと言うわけですか。
私もまだまだ修行が足りないようですね。
「ならばこれをお読みなさい。」
小さい紙袋を手渡されました。
これは? 聖に視線を戻すと、軽く頷きました。
早速開けて取り出してみます。
文庫本ですか? タイトルは――
「聖。これは……見たところ異教の本のようですが、なぜ聖がこんなものを?」
「まあ、細かいことはいいじゃありませんか。それを読めばきっと貴方を導いてくれることでしょう。」
自室に戻り読んでみました。
――――なるほど。
……
…
――――これは。
……
…
――素晴らしいものです。
ホワイトデーは明日です。
その日のうちに早速人里に飛んでスカーフを購入してきました。
身に付けてもらえるというだけでなく、自然に二人が触れ合う切っ掛けにできる素晴らしい品。
もちろんプレゼント用にラッピングをしてもらって。
夕方も過ぎて危うく店が閉まってしまうところでしたが何とか間に合いました。
「まあ、毘沙門天様にお買い物していただいただけでもご利益ありますしね。」
そう言ったお店の人は快く品定めに協力していただきました。
さて、帰宅したところで、はて困りました。
私よく考えたらスカーフを結んだことなどありません。
どうしましょう。このラッピングを開けて試してみるわけにもいかないですしね。
綺麗な包みを前に、どうしたものかと考えてしまいました。
――などということはありません。
ちゃんとそれぐらいは考えていますよ。
結ぶ練習用に一番安いものも買ってきてあるのです。
いくらうっかり星ちゃんとかがっかり星ちゃんとか散々言われてる私でもこんな大事な時にそんなヘマは致しません。
さて、早速結んでみましょうか。
―――
あれ? なぜ涎掛けに……
―――
あれ? これじゃ畑仕事の手ぬぐいです……
いろいろ試してみましたがどうしても村紗船長のようには結べません。
どうやってやるんでしょうか?
だんだん時間ばかりが過ぎて一向に成功しません。
焦りばかりが募ってきます。
こう見えても私は不器用なのです。
せめてお店の人に結び方だけでも聞いておくのでした。
どうしたらいいでしょう……
夕食の間中ずっとそのことについて考えていました。
ちなみにナズーリンは食事中話をするどころか目も合わせてくれません。
……寂しいです。はぁ……。
「星、どうしたのよ。食事中ずっと悩んでたみたいだけど。」
洗い物をしていた私に村紗船長が私に声を掛けてきました。
仕方ありません。いろいろ詮索されると困るので私自身で何とかしようと思いましたが仕方ありませんね。
「……じゃあ、あとで私の部屋に来てね。」
簡単に理由を話すと船長は快く承諾してくれました。
『船長室』という札の付いたドアをノックします。
「開いてるわよ。入って。」
部屋で待っていたのはセーラー服の村紗船長。
ただ、何か凄い違和感があるのはスカーフをしていないからですか。
普段と少し違うだけでこんなに変わるものですね。
「じゃあ早速始めましょうか。とりあえずその椅子に座って。」
椅子は一つしかないので村紗船長はベッドの端に座っています。
向かい合わせに座るとまず村紗船長が手本を見せてくれました。
「いい? これをこうして……」
え? いきなりスカーフを折り畳み出しましたよ。
なるほど! そういう風にするのですか!
私が三角のままいくら結んでいてもうまくいかないわけです。
「……こう、ほら、わかった?」
ああ、いつもの村紗船長の格好になりました。
「ほら、今度は自分でやってみなさいな。」
自分で持ってきたスカーフを使って同じようにやってみます。
「はい、えーっと。これ……をこう……して……こう!」
「……」
「……」
「ねえ、しょ「言わないでください。」」
「どうす「わかっています。」」
言われた通りにやったつもりですが、わかっています。
村紗船長が言いたいことを。
ほっかむり姿の私が言葉を遮ります。
こう見えても私は不器用なのです。
「向かい合わせだからわかりづらいのかしら? 同じ向きでやってみましょ。ほら、私の隣に座って。」
ぽふぽふと軽くベッドを叩く村紗船長。
そ、それでは失礼して。
よいしょ。
隣に座りますと体の大きい私によってベッドが大きく沈みました。
私のほうに傾いた村紗船長が勢い余って私にしなだれかかってきます。
「ああ、すみません。ちょっと近くに座りすぎました。」
「いいのよ。じゃあもう一度ゆっくりやってみるから同じように真似してみて。」
なぜだか村紗船長顔が赤いです。
「いい? まずこれを……こうして……ここに……」
私も村紗船長の胸元を見ながら同じ様に結んでいきます。
「あれ?」
不意に村紗の手が止まりました。
「星、ごめん。普段意識しないで流れで結んでるから、ゆっくりやったら手順わかんなくなっちゃった。」
ごめんごめん。もう一度ね。
そう言いながらシュルシュルとほどいていきます。
……何でしょうか。ベッドで私の隣に座った村紗船長が顔を赤らめながらセーラー服のスカーフをほどいていく……
私のほうが背が高いせいか緩んだ胸元から少し隙間が見えて。
何かいけないものを見てしまったような気がして思わず目を逸らしてしまいました。
――そんなこんなで数刻後。
「ま、こんなもんで大丈夫でしょう。後は自分でやってね。」
だいぶ苦労しましたが、村紗船長の教えの甲斐もありなんとか結び方は覚えることができました。
でもまだ歪で動きも少しぎこちないものです。
その後自室で練習を重ね綺麗に自然に結べるようになったのは夜も更けた頃でした。
私はこう見えても不器用なのです。
これで大丈夫。明日が楽しみです。
ナズーリンは喜んでくれるでしょうか。
そう思いながら眠ることにしました。
今日はホワイトデー。
気持ちのいい朝です。昨夜の疲れもすっかり取れました。
ねぼすけな私ですけど今日はしっかり早起きできました。時計を見ると朝食まではまだ時間がありますね。
少し布団の中でイメージトレーニングでもしてみましょうか。
「ナズーリン。これ、プレゼントです。」
「ありがとうご主人。嬉しいよ。」
「早速着けてみてもらえますか?」
「……どうだい、ご主人……?」
「ほら、曲がっていますよ。仕方ないですね。」
「そ、そうか……」
「私が付け直してあげますよ。」
そして抱き合うほどに近づいた私が手をまわして……そしてそのまま……ぇへへ……
……三文芝居だなんて言わないでください。私は真剣なんです。
よし、ではもう一度。
(…………ほら、曲がっていますよ。)
(私が……)
ん? 何か少し引っ掛るものがありますね。
もう一度思い出してみましょうか。
「……しかたないですね。」
「私が付け直して……」
…………
……
……ああっ!!
これいくら自分で上手く結べてもしょうがないじゃないですか!!
布団を跳ね除け慌ててハンガーに掛けてあった服を相手に試してみます。
「あ……はは、は。」
そこにできたのはハンガーに掛かったほっかむり。
乾いた笑いが込み上げてきました。
もう一度……。
駄目です! 全然上手くいきません。
自分で結ぶのと他人のを結ぶのとでは全く勝手が違います。
こう見えても私は不器用なのです。
助けて村紗船長ー!!
村紗船長の部屋に駆け込みます。
「どうしたの。朝から騒々しい。」
「お願いします。他人のスカーフの結び方を教えてください!!」
駆け込んだ私の目の前を重たい風を切って何かが通り過ぎました。
危なッ!!
「ちょっと、急に入ってきたら危ないわよ。」
何をしているんです?
「ああ、ちょっと投擲練習。最近投げてないからちょっと鈍っちゃって。」
そんなの部屋の中でやらないでください。
以前朝の体操と称した遠投会が流行ったことがあったのですが、ある日私と村紗船長は正座でナズーリンに一日中こっぴどく叱られ、それ以来禁止させられてしまいました。ああ、余談でした。
錨を壁に立てかけると船長が言いました。壁と床が軋みます。
「何で? アレ自分が着けるんじゃなかったの?」
「ううっ!」
言葉に詰まりました。
「何か理由があるのね? 誰にも言わないから話してごらんなさいな。」
乗りかかった船です。船長なら口は堅いですから大丈夫でしょう。
私は素直に理由を話しました。
「……なるほどね。そんなことに気づかないなんて。まあ、星らしいって言えばそれまでね。」
はうっ! 自覚はしてますが面と向かって言われると少し傷つきます……
「わかったわ。私でよければ教えてあげる。」
「ただ、私も慣れてないからあまり期待はしないでね。」
ありがとうございます。
とりあえずもうご飯の時間だからまた後でね。
そう言われた私は村紗船長の部屋を後にしました。
とりあえず私を相手に村紗船長が試してみることにしました。
毎日スカーフを結んでいる村紗船長も他人のを結ぶなど初めてらしく、かなりぎこちないものでした。
結んでいる村紗船長は視線を私の胸元一点に集中しているのですが、一方の私はというと目のやり場がなく、妙に視線が泳いでしまいます。
上から見ると少し前かがみになった村紗船長の細い鎖骨が目に入り、その真剣な目に吸い込まれそうになります。
これは拙いです。結ばれる側がこんなにドキドキするものだとは思いませんでした。
ナズーリンもこんな気持ちになってくれるのでしょうか。
村紗船長が綺麗に結べるようになるまで四半刻ほどかかりました。
その後手ほどきを受けながら私も試してみました。
……難しいです。
ようやく結び方だけ覚えるのに軽く一刻ほどかかったでしょうか。
「あんまり役に立てなくてごめんねー。なにせ私も初めてだったもんだから。」
「いえいえそんなことありません。感謝します。」
本当に助かりました。私の独学では今日一日掛けてもマスターできなかったでしょう。
「ありがとうございました。とりあえずやり方は解りましたからあとはもう少し自分で練習してみます。」
「うん。がんばってね。」
温かい励ましを受けました。
「本当は一輪が居れば私より簡単に教えられたんだけどねー。」
「一輪ですか? そういえば今朝から姿が見えませんね? 朝食にも居ませんでしたし。どこに行ってしまったのでしょうか?」
「私も気になったから聖に聞いてみたんだけどねー。」
「それで聖は何と?」
「今日は毘沙門天様の経典を配布しに聖の代わりに朝早くから人里に出向いてるらしいのよ。帰りも遅くなるって言ってたわ。」
そうだったのですか。でも無い物ねだりをしても仕方ありませんね。
――しかし、一輪ってスカーフなんかしてましたっけ?
その後、残念ながら昼食までには習得することができず、またもや気まずい昼食となってしまいました。
相変わらずナズーリンは私と一言も言葉を交わしてくれませんでした。
朝食のときも目も合わせてくれませんでしたし。悲しいです……
「……できた!」
日も傾きかけたころ、ついに自然にスカーフを結べるようになりました。
努力の賜物です。よし、ナズーリンを探しましょう。
……どこに行ってしまったのでしょうか? 本堂のほうにも自室のほうにも見当たらないです。
台所から物音がしますね。こちらに背を向けて何やらごそごそやっています。
「あ、ナズーリン。見つけました。」
「ぱひっ!?」
私の突然の声に奇声を上げビクッと身体を強張らせるナズーリン。
尻尾が跳ね上がり可愛いおしりがちょっと見えました。あ、今日はくまさんですね。
「なななななんだご主人か?」
「何を動揺しているのですか。」
「別に動揺なんてしてないよ。それより何の用だい。今ちょっと手が離せないんだ。」
何か料理をしていたようですね。
調理道具がいくつか出ています。
そういえば今日の夕食当番はナズーリンでしたね。
そうだ、少しでもお話する切っ掛けになれば! 思い切って話し掛けました。
「ナズーリン、よろしければ何かお手伝いしましょうか?」
「いいから! すまないが出て行ってくれないか!?」
少し怒気をはらんだ声で即答され追い出されてしまいました。
うう……ようやくお話できると思ったのに……
やっぱり私は嫌われてしまったのでしょうか……
その後抜け殻のようになった私は当ても無く廊下を彷徨い歩いていました。
どこをどうやって来たのかもよく覚えていません。
気が付けばいつの間にか台所の前に戻って来ていました。
良い匂いがしています。
「ナズーリン……」
そう呟きそっと覗いてみます。
……もう居ませんね。下ごしらえが済んでしまったのでしょうか。
「ナズーリン……私は……」
誰も居ない台所に向かいもう一度呟きます。
「……何してるんだいご主人?」
「ヒィッ!!」
突然後ろから声を掛けられました。
「何をそんなに驚いてるんだ。ハハァ、さてはつまみ食いしようとしてたね?」
「そそそそそんなことしませんよ! 私がつまみ食いしたいのはナ」
ナズーリンの顔が一瞬強張ったのを感じた私はそこで口をつぐみました。
これ以上事態を悪化させるわけにはいきません。
「――ご主人。ここのところ一体どうしたと言うんだい? ご主人がおかしいのは今に限ったことじゃないが、この数日の言動は特に変だ。」
「ご、ごめんなさい。私はナズーリンのことをもっと知りたくて……」
身振り手振りを交えてあたふたと必死に弁解する私。
カサリ。
ポケットの中から紙の音がしました。
あ……そうだ。これを。せめてこれだけでも渡さなければ。
「ナズーリン。あなたが私を嫌いになってしまったのでしたら仕方ありません。しかしこれだけは言わせてください。」
私はナズーリンの両手を取るとポケットから取り出した小さな紙袋をその手に握らせます。
「ナズーリン。あなたには本当に何時も感謝しています。私はもうあなた無しではいられません。ですからこれを受け取ってください。」
「これは……?」
「気に入っていただけるかわかりませんが、せめてもの私の感謝の気持ちです。」
紙袋を覗いたナズーリンはすぐに顔を上げ、私と一瞬目が合いました。
とたんに顔が真っ赤になっていくと、紙袋に顔をうずめるように俯いてしまいました。
そのままチラリと上目で一瞬私を見ると
「あ、ありがとう……嫌いだなんて、そんなこと……ご主人。嬉しいよ。」
聞こえるか聞こえないか。そんな声でポツリと呟きました。
よかった。喜んでもらえて嬉しいです。頑張って選んだ甲斐がありました。
思わず抱きつきたくなるほど可愛いです。
「ナズーリン。よろしければ今着けてみてもらえますか?」
「い、今ここでかい?」
何か躊躇しています。私は早くいつもと違うナズーリンの姿をこの目で見たいのです。
私がそう促すとナズーリンは意を決したように言いました。
「わかった。ご、ご主人。私はこういうのを着けるのは初めてなんだ。着けるのに手間取るのを見られるのは恥ずかしいから少し後ろ向いててもらえないかな。」
「わ、わかりました。」
初めてですか。それは私にとっては好都合です。
私は後ろを向くと一応目まで瞑り、その時を待ちます。
背後でシュルシュルと衣擦れの音が聞こえます。
何度聞いてもこの音は妙にドキドキしてきます。
目を瞑っていると余計に音が気になってきます。
初めてで恥ずかしいから後ろを向いてて欲しいとか。
あらぬ妄想が脳内を駆け巡ります。
音が止みました。どうやら着け終わったようです。
音の様子からすると、やはり何度もやり直していたようです。
「着けてみたよ。どうだい、似合うかな? ご主人?」
来た! 来ました! さあ! 今こそ特訓の成果を見せるときです!
振り返った私の視線はナズーリンの胸元にロックオン! いざ行かん禁断の百合の世界へ!
「ナズーリン。ほら、曲がっていて……YO?」
「ha?」
そこにはいつものペンデュラムが仄かに青白く輝いていました。
手掛かりのない絶壁を前に、手を滑らせたロッククライマーのごときペンデュラム。
成す術もなく左右にゆらゆら揺れています。
ナズーリンの胸元に伸ばした両の手はやり場が無くなり、思わずわきわきとしてしまいます。
あれ? スカーフは一体どこに?
予想をしていなかった事態に私は放心状態となり力が抜けてしまいました。
目の前ではペンデュラムがゆーらゆら。思わず催眠術にかかってしまいそうです。
つい、私の手は吸い寄せられるようにナズーリンへと着地してしまいました。
が、そこには手がかりが無い!
私の両手は悲しくもがきながら重力に引かれて哀れ奈落へ滑り落ちることとなりました。
「!!!!!!!」
ハッ!!
その凄まじい殺気に私は我に返りました。今私は一体何をしていたのでしょう!
無意識に何か取り返しのつかないことをしでかした様な気がします。
しかし私とて毘沙門天の代理たる者。
これしきのことで取り乱してはいけません。
境地に立たされた時こそ冷静になるのです。
落ち着いて私の今の状況をひとつずつ思い出してみましょう。
まず目。恐らく血走っています。
鼻。鼻息荒いですね。
口。おっと涎が。引き締めましょう。
手。ナズーリンの胸元でわきわきとしながら軟着陸。そしてもがきながら着地失敗。
…………さて、荷物をまとめてしばらく旅に出ましょう。今すぐに。
「ご主人?」
(ひイッ)
回れ右をしようとした私ですが、その声を聞いたとたん体が動きません。
冷酷な声です。ああ、死刑宣告とはこういうことを言うのでしょうか。
ああ、毘沙門天様。私はここで志半ばにして終焉の時を迎えることになりました。
願わくば極楽浄土へと導かれるよう……
「ご主人。何か言うことはないのかい?」
「あ、や、いえ、ち、違うんですよ。ナズーリン。違うんです。この手はそういうつもりではなくてですね……」
「!!!!!!!」
「ひィッ!!!!」
凄まじい殺気を感じました。弁解しようとした私は慌てて後ろ手に引っ込めます。
「いや、違うというのが違っててですね。あれ、何を言ってるんでしょう私は。」
しどろもどろです。
「へえ、違うんだ?」
あれ? 余計に殺気立ってきましたよ。
今度は明らかに殺気だけで人を殺せそうですが。
「ご主人って人は……!!」
ナズーリンの目が細められると私に向かって手が伸びてきました。
殴られる! そう思い思わず目を瞑ってしまいました。
「ふがっ!」
何かが私の口に押し込まれました。
突然のことに反射的に咀嚼してしまいました。
目を瞑ってしまっていたのでそれが何かわかりません。
これ……は? この味はクッキーというものでしょうか?
あまり食べ慣れたものではありませんが、間違いありません。
「どうだいご主人?」
「あ、お、美味しい……です」
ナズーリンの目から光が消えすぅっと細められました。
(ひイッ)
「えぇぇえ! 私何かおかしなこと言いましたか?!」
「他に何か言うことがあるんじゃないのか!?」
怒声に思わず仰け反った私はそこでようやく気が付きました。
え、他にって……あ、そういえば頭の上に私がプレゼントしたスカーフが……
胸元に気を取られてばかりで全く気づきませんでした。
「あ……に、似合ってますよ。その……三角巾……」
「やっと言ってくれたねご主人。こういうときはまず似合ってるとか褒めるものだろう? 全くその鈍感さには呆れを通り越して尊敬すらするよ。」
「あ……ありがとうございます。」
なぜだか分かりませんが褒められました。
「まあいいや。ご主人……ありがとう。嬉しかったよ。ずっと大切にするよ。この三角巾。」
私の言葉にナズーリンはようやく笑顔を見せてくれました。
ナズーリンの頭に巻いた黒とグレーのチェックの布が嬉しそうに揺れています。
今更違うなどとはとても言えません。でも、ナズーリンは確かに喜んでいます。
「……ぅ」
「どうかしたかいご主人? 何を泣いてるんだ?」
やっと笑ってくれました。私はてっきり嫌われてしまったかと思って……ああ、思わず涙が……
「ところでご主人はどうして急にこんなものを? 私がさっき普段着のまま料理をしていたのを見てこれをくれたんだろう? それにしてはずいぶん用意がいいね。」
「いえ……私は、今日はす、好きな人にプレゼントをする日だと聖に聞いて……」
それを聞いたナズーリンは見る見るうちに頬に赤味が差していきます。
「ご、ご主人。クッキーの味のほうはどうだった?」
「え、はい、とっても美味しかったですよ。先ほどはこれを作っていたのですか。後で皆でお茶にしましょうね。」
私の言葉を聞いてナズーリンが切り出しました。
「……昨日聖に聞いたんだ。今日はほわいとでーとか言う日なんだって。す、好きな人にクッキーをプレゼントする日だって聞いて……」
そう言った切りナズーリンは俯いてしまいました。
え? じゃ、じゃあ二人とも……
暫く沈黙してしまいました。
突然がばっと顔を上げたナズーリンが言いました。
「ご、ご主人。クッキーはまだ欲しいかい?」
「はい。美味しかったですし。もうひとつ頂けますか?」
私が手を伸ばすとヒョイっとクッキーの入った袋を後ろ手に隠されてしまいました。
「ちょっと! 意地悪しないでくださいナズーリン!」
「さっき乙女の純情を踏みにじった罰だ。欲しければ自分で取りにくるんだね。」
そう言うと素早く後ろに向かって駆け出し、廊下の角を曲がって姿が見えなくなってしまいました。
私は慌てて後を追いかけます。
と、角を曲がったすぐ先にナズーリンは佇んでいました。私に背を向けて。
私が来たのを感じたのかゆっくりとナズーリンが振り返りました。
「あ……ナ、ナズーリン。」
私はきっと頭から湯気が出ていたことでしょう。
振り返ったナズーリンはクッキーをひとつ咥えていたのでした。
クッキーを咥えたまま私に目を合わせると挑発するかの様に唇の端を少し吊り上げました。
しかし、すぐに頬に紅が差すと、少し背伸びをして。
僅かに上を向き。
そっと目を閉じました。
いつまでそうしてたのでしょうか。
無限と思われた幸せな時間は儚くも終わりを迎えることとなりました。
すっかりふやけて自然と半分にクッキーが分かれてしまったのです。
それを合図として二人はようやく離れました。
クッキーは最早咀嚼の必要も無く、舌の上で溶かすとそのまま嚥下しました。
クッキーのものだけではない甘さが咥内に広がります。
顔はもう真っ赤です。私もたぶん同じ様な色をしているでしょう。
ナズーリンもクッキーを飲み込むと話を切り出しました。
「ご主人、この前は私にネズミの鳴き真似をさせたよね。その後は歩く真似まで。」
「あ、あれは……ナズーリンの可愛い姿が見たかっただけでほんの出来心なんです……」
必死に弁解します。もちろん聖にそそのかされたなど言えるはずもありません。
「嘘だ! 歩いたてたときに後ろから物凄くドス黒いオーラを感じたぞ! 私が気づいてないとでも思ってたのか?」
だって仕方ないじゃないですか! 尻尾を少し立てて左右に振りながら四つん這いで歩くんですから!!
普段スカートの穴から微かにしか見えないネコさんがあんなに沢山……あそこまでするとは思いませんでしたよ!
「あまつさえ結婚しようだなんて……それにさっきも私の胸まで揉んでくれた。それも全部出来心だったというのか!」
「いや、あれは事故なんです。」
(それに出っ張りがなくて揉んでませんよ!!)
心の中で叫んでみますが、いくらうっかりの私とは言え、それを口に出してしまったら最悪の事態になることぐらい解っています。
どう返答しようか黙ってしまった私を見て肯定の意味と捉えたのでしょうか。
ナズーリンの顔が見る見るうちに真っ赤になっていきます。
先ほどの羞恥のものとは違う、怒りによるものです。
「乙女の心を弄んでくれたな!! 絶対に許さない!!」
「そ、そんな……ど、どうすれば許してもらえますか……お願いします。どうすれば……」
私はもう泣きそうです。もうナズーリンに嫌われたくありません。
「いいや、許さない!! 罰として――」
罰ですか……仕方ありません。
私はどんな罰でも受け入れます。
ナズーリンを傷つけてしまったのですから。
それがせめてもの償いです。
「ご主人にも寅の鳴き真似をしてもらうぞ!」
「へ?」
意外なことで間抜けな声を上げてしまいました。
それだけですか? すこし拍子抜けです。
でもこれぐらいで許して戴けるのなら……
でも私も人型になってから長い年月が経っています。
寅ってどんな鳴き声でしたっけ? え、と。それじゃ。
「が、がお……」
「違う! 寅はそんな軟弱な鳴き声しないだろう!!!」
「ガオー」
「違う!!!」
「ガオーーーーーッッ!!」
もうヤケです!
ナズーリンは唇の端をニヤリと吊り上げました。
「ご、ご主人ったら! こんな所で野生に帰るだなんて!」
え? そんな、何を言ってるんですか! 言わせたのはナズーリンじゃないですか?
文句を言おうとナズーリンを見ると目が笑っています。
「たかだかクッキー食べたさに素性を現して襲い掛かるなんて。毘沙門天の代理が聞いて呆れるよ!」
呆れたような溜息をつくナズーリン。
真っ赤な顔でそんなことを言っても全然説得力ありませんよ。
「ご本尊がお寺の中で暴れてるところなんか誰かに見られたりでもしたら大変だ。行こうか。」
「え? ど、どこに?」
私の手を引いて先を行くナズーリン。
「わ、私の部屋だ。続きがしたいのだろう? 全くしょうがないご主人だよ。」
「続きって……?」
「ク、クッキー食べたり襲ったりしたいんだろう?」
そう言ったとたん繋いだナズーリンの手が熱くなるのを感じました。
後ろからでは三角巾に隠れて俯いたナズーリンの顔を伺い知ることはできません。
でも、微かに見えたうなじは真っ赤に染まっていました。
「は、はい……」
無言で俯きながら手を繋ぎ歩く二人がありました。
あらあら。うまくいったわ。
ナズちゃんもこんなに積極的になっちゃて。またこの後が楽しみね。
さ、忘れないうちに日記に記すとしましょうか♪
そして廊下の角で一人ほくそ笑む聖の姿がありました。
「ただいまー。」
「あら一輪お帰りなさい。大変だったわねお疲れ様。どうでしたか?」
「あ、姐さんただいま。午前中で全部経典を配布し終わっちゃいましたよ。ほら、お布施もこんなに!」
「やっぱりもっと用意しておいたほうがよかったのかしら?」
「そうですね。でもその代わりに来て頂いた方々に個々に教えを説くことができましたから。皆さん今度お参りに来てくれると言ってましたし。」
「あらあら。それは大変だったですね。」
「ところで聖姐さんのほうはどうでしたか?」
「私のほうも今日はずいぶんと収穫がありましたよ。これで次はバッチリよ。」
「そうですか。後でじっくり聞かせてくださいね。」
「ええもちろん。一輪。次もよろしくね。」
「はい。でも、姐さんも一緒に布教できればいいんですけどねー。」
「ええ、ですが残念ですけど私がお盆や大晦日にお寺を空けるわけにいきませんからね。」
「そうですよねー。でもその日は私が姐さんの分まで頑張りますから。姐さんもそれまで頑張ってください。」
「ありがとう一輪。今日はゆっくりお休みなさい。」
「あ、そうそう、姐さんに借りてた服お返ししますね。」
その発想は無かったww
スカーフ上げたりクッキー上げたら鳴き真似させたり胸揉んだりドキドキしやがってからにおのれこの俗物どもめいいぞもっとやれ。
まぁ、なんだ、要するに……悶えましたわb
年中頭にお花が咲いてるって、そのままじゃんっ。とか、
水蜜との絡みを、ナズのお使い鼠に見られてドロドロの三角関係が始まるのかっ。とか、
色々妄想しながら楽しく拝見させて頂きました。
>思い空気がその場を→重い空気が
>貴方の迷いを導いて→迷いを正解に導いてとか、迷いを祓って、とかの方がしっくりくるかと。
>早速その日のうちに早速人里に→どちらかの早速を除かれた方が。
誤字・脱字を指摘することで、たとえわずかでも作品の完成度を上げるお手伝いができると
自己満足するために、私はネチネチと見なかったことにはしないのです。ケヒッ
普通に読んでたら突然出てきて吹き出したwwwwww(どうしても反応しちゃう…
ニヤニヤが止まらない!
そしてwhy todayがやたらツボに入ったwwww
ですよねー
糖分多すぎておかしくなりそうです。
人柄もその通り優しい感じがにじみ出てて
甘いのは勿論ですが、読んでて幸せを分けて貰えるような素敵な物語でした
いいぞもっとやれ
終始ニヤニヤして読んでました、やっぱりこの二人はいいですね。
あと『why today』が妙にツボって思わず発音してしまったwww
Q、なぜ一輪が村紗のスカーフを結ぶのが上手なことに誰もツッコまない……!!
A、既に周知の事実って事でどうでしょう?
SSも書かれていたのは今回で初めて知りました。
面白かったです。命蓮寺のみんなが可愛い。
こちらこそ書いてくださってありがとうございますです!
とっても百合百合してて、私好みの素敵な作品でした!
もう私の三話目以降がいらないくらいww
途中、まさかムラ星になってしまうのかと冷や冷やしてしまいましたが、何てこと無い、星は多感なお年頃だったのですね!
本当に始終ニヤニヤしっぱなしで、読んでいて楽しかったです!
身長差も立場も逆になるけど、しっかりしているナズが祥子さま役だな。
星って百面相が似合いそうなので祐巳だw
一輪さんは死魔子で、聖はそのまま白薔薇様ですねw
ぬえとムラサは確かに黄薔薇っぽい! なにかとチョッカイ出すぬえが江利子で、ムラサは由乃かなぁ?
東方のキャラをマリみてキャラに、って考えだすと色々とそれらしいのが浮かんでくるから面白い!
文は盗撮魔なので蔦子っぽいし(新聞部の方が良いかな)
映姫様は蓉子様っぽいw
こんな楽しい妄想に浸れたのもアナタのおかげです。
こういうネタでssを書いてみたいですけど、残念な事に私には文才が無いのです。
てなわけで、アナタの出番です!!!
申し訳ない。こんなこと書いててなんだけど実は結構初期の頃から毎回買ってたものの、修学旅行の辺りで買いそびれてしまって以来そのまま止まってるんだ……
誰か頼む……いや、貴方がやるのだ。貴方の妄想は貴方にしか表現することができない。
溢れ出す妄想をそのまま書き出せばいい。俺も以前貴方と全く同じようなことを言っていた。
以下某作品コメントより抜粋
俺(まだ名無し)「別バージョンのストーリーが脳内で再生されたのですが、それを文章に起こせない自分の才能がもどかしい。」
某氏「才能なんて関係無いですよ!なので今すぐそれを文章に書くのです!」
そしてできた人生初SS(ネチョ)……
ちなみに俺は小学校の時作文の授業で題名しか書けずに一時間終了したほどの男だ。
なに、細かい描写とかはあとでどうとでも付け足せばいい。というか書いてるうちにどんどん溢れ出してくる。
さあ!! 書くのだ!! さあ!!
見ていて頬が緩むような、甘い作品でした。
いやぁ、自分もこんな作品書いてみたいものです。
しかし、へたれにはこういった作品のセンスがないので羨ましい限りです。
私に星ちゃんをください!
いいぜ、いつかきっと倒して見せるぜ!!
くっくっく……。