「希望はいいものだよ。多分最高のものだ。いいものは決して滅びない」
~映画『ショーシャンクの空に』より
「あ、流れ星……」
惣闇(つつやみ)の、夜の海みたいな色した宙(そら)に、ミルクを撒き散らして星屑(スターダスト)を浮かべて。
それこそ無量大数の星々が、今もこの莫大な宇宙で、生誕し、そして死んでいるというのなら。
あの流星(シューティングスター)もまた、アレキサンドライトの輝きを最期に纏い、燃え落ちる悲恋のように、あるいは爛れ萎(しお)れる紅薔薇のように、音も無く虚空へと堕つのだろうか……?
……みなさまこんばんは。村紗水蜜です。
ふと天啓を受けるたび書き綴っているポエムノートがこれで10冊の大台に乗りました。
出版したいと相談すると、何故か誰も目を合わせて喋ってくれないのですが、私は元気です。
なに、キュビズムもシュルレアリズムも最初はそうでした。しばしば前衛的が過ぎるものは理解されないのです。世の中が私に追いついていないだけ。……ちくしょう。
まあ、しかしあれですね。これだけ暇だとアンテナもゆんゆんになるというものです。
この退屈な数時間で私が受けた天啓の数はもはや両手の指で足りず、持ってきた鉛筆もすっかりちびてしまいました。
見渡す限りに広がるのは殺風景な褐色の荒野。
人生に癒しと彩りを与えてくれる、イケメン(ジョニー・デップとかウィル・スミスとか)の素敵なあの笑顔も、いたずら風によってキャっと顔を赤らめてスカートを押さえる少女(賢者の石時代のエマ・ワトソン)のあのパンチラも、あまつさえ洋ロリ(ダコタ・ファニング99年)すら存在していない、ただただ大小の岩がごろごろしてるだけの、この世の果てみたいな光景です。
妖怪の体でなかったらちょっとやばいんじゃないのこれ? ってレべルで太陽風がお肌をちくちく刺してきます。
空を見れば、ぎらぎらと眩しい星々。さながらスター・ウォーズの世界。
ダース・ベイダー卿がデス・スターから眺めたのはきっとこんな宇宙だったのでしょう。しゅこーしゅこー。
そして、その中にラムネのビー玉みたいな惑星がひとつ。
ガガーリン曰く、「地球は青かった」。ソ連の人間もたまにはほんとの事を言うんですね。
いや、なんか名前がそれっぽくて、信用ならない同居人がいるもので……てっきりそういうお国柄なのかと。
さて、結論から言うとなのですが、私達は今、地球外の星の大地を踏みしめているのです。
もっとも、文明を持ち人間を飼う猿が支配してたりする、そんな大層な星じゃないですが。
この広大な宇宙をさまよう、名もなき小惑星のひとつ。
我々命蓮寺一行がこの地に降り立ったのは、今から数時間前の事でした。
そして、作業組が出発するのを見送った私は、この荒野でじっと待機し続けているのです。
私達が大結界を突破し、さらには母なる地球の重力までも振り切り、宇宙まで飛び出してしまったのは、少々込み入った事情があるのですが……。
『RRRRRRRRRR』
……おっと、少し失礼。どうやら通信みたいです。
ぽちっとな。ヘローヘロー。ホンジツハセイテンナリ。
『もしもし、ムラサですか?』
おお、その優しくもどこか胡蝶蘭を思わせる色っぽい声。我らが聖ではないですか。
「聖。調子はどうです? 怪我してたりはないですか?」
『ええ、大丈夫。順調です。星の核までもうしばらくで辿りつけそうだわ。核の強度も十分想定内。問題なく破壊できそうですよ。もう少しだから、ムラサはお留守番お願いね』
「まかせてください」
ぽちっと。通信機の通話スイッチを切ります。
つまりは、そういう事です。私達はこの小惑星を破壊するために、遥々地球からやってきたのです。
事の発端は数日前に遡ります。
それは、幻想郷の主要な面々を集めて、緊急に開かれた会議での出来事でした。
「――と、いう訳で、このままでは、100%の確率でこの小惑星は地球に衝突します」
なんでも、気まぐれに星空を眺めていたところ、怪しげな動きをする天体を見つけたから、さっそく軌道計算してみると、そういう恐るべき結果が導きだされたのだとか。
黒板に白チョークでちんぷんかんぷんな数式を書きながら、八雲藍女史はそう語ってくれました。
あんまり頭のよくない私でも理解できたのは、つまり本州と同じ大きさの小惑星が地球にぶつかると大変な被害が出て幻想郷の存続も危ういから、どうにか破壊しないといけないという事です。
この幻想郷版“プロジェクト・メサイヤ”に、各地の有力者達が、いろいろな手段を提案しました。
「衝突する運命を私が捻じ曲げようか? それとも、何なら妹に頼んでやってもいい。派手な花火が見れるぞ」
「軌道を永遠にすればいいんじゃないかしら。かの憐れな小惑星は、近付く事も遠ざかる事も出来ず、宇宙の終焉まで一点で静止し続けるのだわ」
「うちの空なら、破壊に必要なエネルギーを射出するに十分なスペックを有していますが」
「ばらばらに散らしてみようか? それともブラックホールで吸い込んでみようか?」
「まあ、わざわざ集まってもらってこういう事いうのもあれなのですが、私が巨大なスキマを開けば、それで解決は解決なのですわ」
「よくわかんないけど、さいきょーのあたいにかかればちょちょいのちょいよ」
地球規模のピンチが迫っているというのに、危機感何それおいしいの状態なまま、私がやる私がやると名乗りを上げるチート集団を、私はまじぱねぇとか思いながら眺めていたのですが、そんな中……私はまったく予測していなかったのですが、なんと聖が名乗りを上げたのです。
「採用するなら、最も確実でリスクが少ない方法がいいでしょう。手の平の上に置かれた牧畜は、手の平にかすり傷を負わせるだけですが、握り締められた牧畜は指を吹き飛ばすのですよ」
穏やかな、しかし自信に満ちたいつもの表情で聖が発言します。
元の映画では“牧畜”じゃなくて“爆竹”だった気もしますが、聖がそういうならそれが正しいのです。
何が言いたいのか分からないって表情を露骨に顔に張り付けた彼女らは、己が見識の狭さを恥じるべきでしょう。
そうです。手の平には牧畜。あたりまえでしょう。手乗りベイブとか、想像するだけでキュンとしちゃうじゃないですか。食欲的な意味で。
さて、聖が提案した手法は以下の通りです。
小惑星に宇宙船で乗りつける→核に聖が気を送りこむ→小惑星がドカンと爆発する→地球は救われる→信仰おいしいです。
完璧です。非の打ち所がありません。聖の天才的頭脳(ビューティフル・マインド)はやはり格が違うのです。
気を送りこむってのが、私のあまりよくない頭ではちゃんと理解できなかったのですが、何でも、どらごんぼぉる理論なるものを応用する事で可能になるらしいです。流石、聖は超人です!
「そんなの私がやった方が手っ取り早いじゃん」とぐだぐだ抗議する、身の程をしらない鬼を説き伏せ、「じゃあ、とりあえずやらせてみようか」と、そんな雰囲気を見事勝ち取った聖は、命蓮寺に帰ると早速行動を起こしました。
それが、私の隣に堂々と佇んでいる宇宙船。その名も『ミレニアム・ウンザン号』です。
私は今回も、キャプテンの役割を拝命し、寺の面子をここまで輸送したのでした。
ミレニアム・ウンザン号は見た目こそおっさんですが、機動性、航続性、戦闘性能、包容力に優れた素晴らしい宇宙船です。
ミレニアム・ファルコン(ば~い、スター・ウォーズ)をパクるな、パクるならせめてもっとカッコよくパクれと、ナズーリンは喚いてましたが、聖がそう名付けたならそれが一番かっこいいに決まっているのです。
むしろ、こっちがオリジナルです。
それに仮にナズーリンに命名をまかせたら、なんちゃらビッチとか、なんちゃらニコフとか舌噛みそうな名前つけて一人悦に入ってるに違いないのです。
大事な船にそんな名前つけられたら、村紗船長ぷんぷんですよ。ぷんぷん。
ちなみにこれ、雲山を素材に、聖が不思議な魔法でそぉいと10秒で造船してくれました。
最近流行りのトランスフォームってやつですね。
「ムラサ。トランスフォームはもう古いわ。今の最先端は3Dよ」
およ?
話しかけられた方を向くと、いささか地味な風貌の女が一人。
いつもの被り物を脱ぎ、髪をポニーテールに束ねた彼女はよく見知った人が見ても一瞬、……えーと誰だっけ、となる事請負ですが、流石に長い付き合いの私。友人の名前を間違えるような事は……え、えっと。
「どうしたのよムラサ? 神妙な顔しちゃって」
「な、なんでもないわ。ちょっと考え事してただけ」
……そうそう。雲居一輪。我らが命蓮寺の慎ましさ担当です。
最近の若者が失ってひさしいその美徳を持つ彼女は、きっといいお嫁さんになるに違いないのですが、未だそういう話はありません。まあ、面食いなのが何より悪いと思いますが。自業自得ですざまあみろ。
ちなみに名目は宇宙船の整備員で、現在は私と同じく留守番担当です。さっきまで宇宙船酔いで寝込んでたヘタレな彼女ですが、今の顔色を見るに、体調をすっかり取り戻したようですね。
「おやぁ。ジェームズ・キャメロン監督がいるぞぉ」
一輪は懐から唐突に取り出した赤と緑のメガネをかけ、どや顔でこっちを見ています。
なんでも外界のオスカー賞授賞式をスキマ中継で見てた彼女がバカ受けしたネタらしいのですが、生で見ていない私にとっては何のことだかさっぱりです。ぶっちゃけうざいです。
あんまりにも空気空気言われるから、新たな個性(アバター)を習得するべく、最近うざキャラを試みてるらしいですが、どう考えても努力の方向性を間違っていると思います。
そもそも地味なのが可愛いんじゃないですか一輪は。あなたは今のままでいいの。
「うん、親友よ。悪意がないのは分かってるけどそれ以上地味言うと除霊(ゴーストバスターズ)するよ」
あれに吸いこまれるのは痛そうだなぁ……ここは素直に謝っておきましょう。
「ごめん。牧歌的なのが可愛い私の親友」
「……まあ、ぎりぎりよしとするか」
私の最大限のおべっかに、一輪はすっかり機嫌をよくしてくれたみたいです。
ちょろいもんですね。でもそういう素直なところが、とってもかわいいと思います。
「ところで、姐さんは順調だって?」
「うん」
「あと、どれくらいかかるって?」
「しばらくだって」
「しばらくかぁ……」
一輪は露骨に面倒そうな顔しています。
それほど彼女は気が長い方じゃないですから。でもそんな顔してると小皺ふえるよ?
「……ムラサ。暇」
「だね」
「E.T.ごっこでもやろうか」
「うん」
まあ暇でしょうがないのは私も同じなので、付き合ってあげる事にします。
▲ ▲ ▲
「ムラサ……トモダチ」「イチリン……トモダチ」
E.T.ごっこは、この定型句と共に人差し指をおずおずと突きつけあう事をひたすら続けるだけの、老若男女に優しいゲームです。
しかし、さすがに100回繰り返したあたりで空しくなったので、私達はひとつづつ溜息をついて、近くの手ごろな岩によっこいしょと座っていたのでした。
すると、腰にぶら下げてた通信機がぷるるるると震えます。聖でしょうか?
『CQ。CQ。こちらナズーリン』
あら、残念。外れの方です。
『やあムラサかい。状況は極めて良好。いやはや、まったく以てすばらしいよ。バナジウム、クロム、タングステン。この星はレアメタルの宝庫だ。これで我々の台所事情はますます豊かになるぞ』
聖や星が可愛がっているから、表立っては言わないのですが、ぶっちゃけ私、このネズミのこと気に入ってないです。
ちょっとお金持ってるからって……。
しかし悔しい事に命蓮寺の財政を支えているのは他ならぬ彼女なのです。
ゴールドラッシュとかマジチートっしょあれ?
お寺に寄付された三か月分の金銭と同価値の金塊を、僅か一時間で掘りだされた日には、真面目に喜捨を募るのが馬鹿らしくなりました。
普段は役にたたない星も一緒に連れて行けば、能力の恩恵で効率2倍大フィーバーらしいです。まじありえねぇ……。
でも、あのネズミ、その莫大な富の殆どを、あろうことか己の蓄財にしてしまうのです。もうちょっと寺にもお金入れてよといつも言うんですが。
『私が稼いだ金を私がどう使おうと自由だろ……それに君は満たされて自堕落になってしまった聖の姿を見たいのかい?』
正論だから言い返せないのです。
そうです、ああ見えて、聖は結構面倒くさがりなので、働く必要がなければきっととってもアンニューイになってしまうのです。
お部屋に引きこもって、煎餅片手にワイドショー見ながらお尻をぽりぽり書く聖なんて見たくありません!
ここは上司である星にもっとしっかりして欲しいものなのですが、しかし彼女は、褒美「オージービーフより一段上の国産牛」および、仕置「ラーメンのだし取った後の鶏がら」の飴と鞭コンボによって、すっかり飼い慣らされてしまっています。
てか、せめてそこは和牛買ってあげようよ……、どこまで鬼畜なんだあのネズミは……。
星が「外国産とは味が段違いですね!」って感動してるあれが、そもそも食肉用ですらない、お乳の出なくなったホルスタインである事を私は知ってるんだよ……。
『ん? どうかしたのかいムラサ? なんだか反応がないが、トラブルなら今すぐシップに帰還するよ』
って、いけないいけない。通信中だった。
「大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけだから。うんこっちは問題ないわ。何事もなく、平和に時間が過ぎて行ってる。それよりも、あんたは大丈夫なの? 結構遠出してるみたいだけど」
『ははは、心配はいらないさ。このシチュエーションにおける主人公ポジション(石油掘り屋)にふさわしいのは私以外にいないだろう? ハリウッドの法則だ。イケメンな主役は何をしようが死亡フラグは立たない。期待して待っていてくれ』
まあ、ブルース・ウィルスは立てたけどね。死亡フラグ。
しかし、自分で自分の事をイケメンとか言ってのけるあたり、すごく小憎たらしいネズミだと思います。
ああ、でも振り向き様の、フッとかいう気障ったらしいニヒルな笑みを想像すると思わずドキンとしそうになったのも事実で……うぐ……くやしい……。
わ、わたしには聖がいるもん……あんたの事なんて、そんな……。
天然ジゴロ体質とかいう奴なのでしょうか。噂によるとナズーリンは里のあちこちでフラグを乱立してるらしいです。無意識に。
ああ、世の中間違ってる。あんなのがいるせいで、お金持ちで正当に婚約をしていたビリー・ゼインから、顔がいいだけのスケベ絵描きディカプリオにヒロインが寝取られるなんて不条理が起きるんですぅ!
「でも、そもそも船が沈まなかったら、ディカプリオの寝取りフラグは成立しなかったんじゃないかしら。確か自慢してたわよね。タイタニックは私が沈めたって。ねぇムラサ」
うん、自慢したね。もちろん嘘っぱちだけど。
一輪は、こういうどうでもいい事だけはよく覚えている女だと思います。
「いいじゃん。だって豪華客船とかどうせ乗ってるの金持ちばっかよ。絶滅すればいいのだわ」
とりあえず開き直ってみました。
そしたらがしっと握手されました。覗きこんだ一輪の瞳はなんだかとっても強力なシンパシーにあふれていて。……え? なんで?
「ありがとう、同志戦友。そうよ、ブルジョワはすべからく滅殺されるべき存在。人民すべてに富が平等に配分される、そんな理想の社会を創るための闘争を我々は称える!」
どうしよう。なんだか一輪の背後に真っ赤な国旗がはためいてる気がします。なにこれこわい。
あんたいつから、そんな思想にかぶれたのよ? え? 宇宙船の移動中にスターリングラード見てた? ……でも主人公のヴァシリ・ザイツェフは、共産主義者というよりも、わりかし典型的なハリウッド主人公だった気がしたけど……。
まあしかし、よくよく考えれば利害は一致しています。
これは共闘する事を選んだ方が私の為なのかもしれません。
あのブルジョワネズミが所持している“汚れた富”(ブラッド・ダイヤモンド)を共に”解放”(地獄の黙示録)する事を誓い合い、私たちは再び堅い握手を結んだのでした。
『ほう……これはもしやパラジウムの鉱床かな? また儲けさせてもらう事になりそうだ』
「うふふ……ナズーリンがんばってね。ムラサお姉さん応援してるから」
『なんだ……急に猫撫で声になって、少し気持ち悪いぞ。まあ、また何かあれば連絡するよ。じゃあ、留守番よろしく』
くび洗って待ってなさいナズーリン。あんたが毎食のように口にしてるあのボルドーワインがワンカップ大関に。フランス直輸入カマンベールチーズがくさやに変わる未来は間近です!
▲ ▲ ▲
さて、私達の“プロジェクト・メサイヤ”。
コードネーム『スピードは時速50マイル以下でドカンだったけど、小惑星、貴様はアクセル踏もうがどうしようが関係なくドカンだ大作戦』がいよいよ終盤を迎えたのは、一輪との“抱かれたい悪役”談義に私が花を咲かせていたその時でした。
「どう考えてもダース・ベイダー卿でしょ。ミステリアスな大人の色気。こう、ダンダダ♪ダンダダ♪ダンダッダダーン♪みたいな」
「ハンニバル・レクター博士じゃん? 優れた知性と、ちょっぴり危ない裏の顔。ぞくぞくするわね」
「一輪変態じゃないそれ。齧られたいの?」
「むしろ望むところ」
何故かえっへんと胸を張って、ここだけはハリウッド級だと言う数少ないアピールポイントを強調している彼女を、割かし呆れ顔で見てた私なのですが、その時視界の端に映った人影。
「聖!」
にっこりと、まさに聖母の笑みを浮かべて彼女はそこに佇んでいました。
「上手く行ったのですか?」
私の問いに彼女は、天使にラブソングでも口ずさむような、例の美しい声で返してくれます。
「首尾よく終わりましたよ。この星の核に無事、気を撃ちこみました。きっと上手く壊れてくれるでしょう」
さっすが姐さんと、はしゃく一輪はちょっと五月蠅すぎて鬱陶しいですが、でも私も同じ気持ちです。
「私もいるよ」
やれやれと、聖の隣でそんな苦笑を浮かべているのはナズーリンです。
彼女の矮躯より、ずっと大きく見えるリュックサックはパンパンに膨らんでいて、それは彼女の仕事がこれ以上なく上手くいった事を示していました。
「これだけあればすごい贅沢だって出来るぞ。今夜は、グラム1諭吉の、ぼったくりみたいな高級和牛をごっそり買ってきて、すき焼きでもしようか。成金みたいでもいいじゃないか。今日は特別な日になるんだから」
煤に塗れた顔。でもクスリと笑うと白い犬歯がいたずらっ子みたいに覗いて……。
ああ、もう……そりゃ、フラグも立ちまくるはずです。
ナズーリン。彼女は正真正銘のイケメンです。
ごめん一輪、共闘は無しで、やっぱ私こいつの事嫌いになり切れないやって。そういうのを目配せしようとして。
でも先にそれをしてきたのは一輪の方で。
そうだよね親友。みんな仲良くが一番だよね。
とりあえず、今夜のとろっとろなすき焼きに舌鼓を打つ団欒を想像しつつ。私は宇宙船のコックピットを弄ります。
「聖、爆発まではまだしばらく余裕ありますよね」
「ええ、だいたい一時間後かしらね」
「分かりました。暖機とかもあるんで、それに合わせて発進するようにしますね」
そして、ぽちぽちとボタンを押していきます。ミレニアム・ウンザン号はデータ入力による自動航行が売りなのです。
一輪なんかは、一刻も早く戻りたいのかもしれませんが、私には機体のコンディションとか調整する義務がありますし。
それに……まあほら、あるじゃないですか、映画じゃよく。爆発ぎりぎりの脱出シーン。私もやってみたいなぁとか。
いいじゃないですか……私キャプテンなんですよ一応。宇宙船で一番偉いって法律でも決まってるし、じゃあちょっとくらい我が儘してもいいよね。
「今すぐ飛べばいいじゃん……」
「まあまあ一輪。船の事はムラサの判断に従わないと」
「重いのをしょって随分歩いたからねぇ。少し休憩できた方が私にはありがたいかな」
ぽちぽちぽちと、入力が終わりました。さて、あとは時を待つだけですね。
……と、ここで私はある事に気付きます。
「あの、聖?」
「はい?」
「星は?」
「「「「あっ……」」」
三人、綺麗にハモりました。つまりはそういう事です。
そういえば一緒に留守番担当だったはずなのですが、途中から姿見なかったなぁとか。
私は、通信機のスイッチを入れます。
「星? 星? 今どこにいるの……?」
ぴぴががと、ノイズに混じって星のよわよわしい声が聞えました。
『う、うう……ムラサ? どうしましょう。迷子になってしまったようです。一体ここはどこなんでしょうか?』
非常にまずい事態です。
ザ・キングオブドジッコ。オスカーがうっかり度を競う祭典であったなら、彼女は忘れ物、失せ物、落し物、迷子、間の悪さ、手が滑って、その全ての部門を総なめにできる逸材です。
目を離したのは痛恨の失敗でした。
「ナズーリン?」
彼女のダウジングならあるいはと思ったのですが。
「すまない。この星はレアメタルの塊だ……ノイズが多すぎて、ご主人に対する正確なダウジングができない」
宇宙船を飛ばして広域捜索かける事も考えたのですが、ミレニアム・ウンザン号は一回離陸時間、航走ルートを入力すると変更できない謎仕様(ハリウッドエイガニアリガチナゴツゴウシュギ)です。
ああ、このままでは星が! どうにかしないと。
「星……聞こえる?」
『う、うん』
「落ちついて聞いて……この小惑星はあと一時間で爆発する」
ひっ……!ってそんな声を思わず漏らしたりして。無線の先からも怯えが伝わってくる彼女にできるだけ、ゆっくりな口調で指示を出していきます。
「だからあなたは、それまでに宇宙船へ辿りつかないといけない。私たちも可能な限り行動する。でも出来る事は余りに少ない。
あなたを救出するには……それはきっと他ならないあなたの力なのよ。星、あなたは出来る子だって信じてる……帰還を待っているわ」
自分の無力さにもどかしくなります。
でも、今私が出来るのは考え得る最良を彼女に伝える事。
ぴりっとしない彼女だけど、本当はとっても優秀な事を私は知ってる。そうだ彼女なら、できるはず。
私の言葉に、もしかしたら、パニックでも起こさないかと、ほんのちょびっとだけ心配していたのだけど、返ってきた声は思いの他冷静で。
『なるほど……わかりました』
ただ、その冷静さが、どこか不自然なそれに聞こえたのは、どうやら聞き間違いでなかったようです……。
『丁度いい機会なのかもしれませんね……』
「星……一体何を?」
『ムラサ。みんなに伝えてください。どうか私を置いて、地球に帰ってくださいと』
「何言ってるの!? 星!?」
諦観が滲みでる声でした。そしてその諦観は、きっと私がどれだけ声を張り上げても届かない程に深くて。
とぎれとぎれに、無線が彼女の声を拾っていました。
『私は、かつて聖を見殺しました……その罪悪はいつだって私の心の奥深くに巣食い、私をどうしようもなく苦しくさせてくれるのです。
聖の復活の為に動いた? ええ、そうです。でもそれが何の罪滅ぼしになるというのでしょうか?
やり直せたらと思っていました。あの時を。でもタイムマシン(デロリアン)なんて、都合のいい物はこの世に存在しないんです。
罪は罪として、永遠にどす黒い色を残し続けるだけ。
私はコーフィではありません。本来一切の酌量なく“処刑場への道”(グリーンマイル)を歩むべきだった度し難い人殺し。
電気椅子に座るのが最も正しいケジメなのです』
星は、ここで死ぬつもりなのです。
己が罪を自責し。
あの朗らかな笑みの裏に、どれだけの冥さを彼女が背負っていたのか、私には想像もできません。
彼女と聖の関係というのが、どれだけ特別なものであったか。私には、分かりますから。
星の静かな口調に、しかし皆気押されているようでした。一輪も、ナズーリンも、そして私も。
悔しくて、涙が溢れてきそうでした。
私では、どうやっても軽々しい言葉しかかける事ができない。彼女の深淵を、理解なんてできやしないから。
「少し貸りるわね」
でも、こんな状況でも、この方だけは平穏ないつもの表情でいて。
ああ、聖……どうか、星をお願いします。
こくんと頷いて、聖は通信機を手に取ります。
「グリーンマイル。そう言えばあなたが最初に見せてくれた映画はそれだったわね。でもあの時あなたが見せた涙が、そんな意味を持っていたとは気付かなかったの。
単純に涙もろいんだなって、星らしいなって……気付けなくて、ごめんなさい」
『いえ……聖が謝る事ではないのです。私が、私が悪いのです』
「ねえ、でも聞いて欲しいの星。あなたは自分をコーフィじゃないって言ったけど、あなたがコーフィなのかパーシーなのかウォートンなのかは、私にとってはどうでもいいのです」
訥々と、語りかけるような口調でした。
「星。あなたが未だ“処刑場への道”(グリーンマイル)に囚われているというなら……それでも私は許しましょう。
あなたの罪を許す為に私はいるのです。誰もを電気椅子に座らせないために、私はいるのです」
『しかし、それは正しい事ではないのです。罪は罰せられるべきなのです』
そして、ふっと見せた、聖のあの表情。悲しんでいるのか微笑んでいるのか判然としない、でも私が見てきたどんな海よりも深い色した瞳の、あの表情。
「正しい事は何より大切です。だからこそ私は、あなたを許したい。何しろあの時は私を見殺す事こそが、その実何よりも正しかったのです」
『しかし、聖……』
「あの時、それをしなかったなら、今、私があなたとこうして言葉を交わす事も無かったでしょう。
あなたは正しい事をしたのです。そしてこれからも正しくあってほしいのです。誤って欲しくない、だからこそ!」
私がその時見ていたのは、かつて私が海の恐怖そのものであった時代、体一つで挑んできた、あの時の聖だったのかもしれません。
聖は傲慢な人間です。“正しい”なんて軽薄な言葉を、あんなにも平然と使ってしまう。
でも、傲慢と優しさがその実まったく等しい事を誰よりも知っていて、それでも優しくあり続けるのが彼女だから。
――だからこそ、その“正しい”が重みと真の正義を孕む!
「……お願い星、生きて。私の為に。やりなおすのに、タイムマシン(デロリアン)なんて必要ないわ。私が、代わりになるから。
さあ、俯いてないで顔をあげて。涙を拭いて。新たに歩み始めるあなたの“インデペンデンス・デイ”は今この瞬間なのよ!」
無線から、何かがぽとりと落ちる音が聞こえた気がしました。
私の双眸からも、同じものが落ちて、掻き消してしまったから、真実は分からないのですが。
『聖……私はもう少しだけ、あなたと一緒に歩む事をしていいのでしょうか?』
「少しだけなんて、ケチくさい事は言いません。いつまでもいつまでも、一緒に歩んでいきましょう。……ただいまの言葉を、待っているわ」
『はい……』
無線が途切れます。
星屑がまばゆく輝く宇宙空間を見つめ、聖はふっと笑みをこぼしました。
フェードインするように流れてきたのは、やたら壮大にヘヴィメタアレンジされた「感情の摩天楼」。
まったく……おそろしいお方だと思います。聖はあの絶望的な状況を逆手に取り、星が助かる道を見事開拓してみせたのです。
生還フラグは今……完璧に直立をしていました。
さすが、私が惚れこんだ女。
涙を袖で拭い。満足に思わず零れた笑みを繕う事もなく、私はコックピットのレバーを思いっきり引き倒しました。
「ミレニアム・ウンザン。発進します!」
ぐおおんと、エンジンが唸り声をあげ始めます。
まだ、彼女の姿は見えませんが、しかしそれでいいのです。主役は遅れてやってくるもの。
聖達を乗せた宇宙船は浮遊し、低空1mの高さを保ったまま徐々に助走をつけて行きます。
そして私はついに地平線上に彼女の姿を捉えました。必死でこちらに走っています。
その表情に、もう影はありません。
私達の期待を裏切らないその姿。あっぱれだと思いました。
徐々に縮まる彼女との距離。
「星!ここだぁ!」
私は声を張り上げ、コックピットから伸ばせるだけ腕を伸ばしました。
星も走りながらこちらに腕を伸ばします。
いよいよ邂逅の瞬間が迫っていました。
3歩、2歩、1歩と、距離が詰まるたび、窓にくっつくようにして星を見守っている聖達の表情も巨大な期待を帯びてきます。
そして――
交錯点。私の手と星の手がついに重なろうとしています。
振り落とさないように、力いっぱい握ってあげようと思いました。
星の満面の笑みが瞳に映ります。私も同じようにして笑みを返します。
さあ、みんな。愛すべきこのうっかり者に、おかえりって全力で浴びせてあげよう!
「星! おかえり――」
「みんな! ただい――」
……握りしめた手が、すかっと空を掴みました。
視線の先では、半泣きになりながら、重力のままに地面と熱烈キスする未来が確定しちゃってる星の姿。
え……てか、あんた。まさかそこで躓くの……?
うっかりオスカーに新設された、『なんでもないところで、すってんころりん部門』でも堂々の受賞を果たし、前人未到の7冠を達成。
さらに、うっかりタイム誌の『今年最も大胆にフラグをへし折った女』に圧倒的得票数で選出された彼女を一人残し、ミレニアム・ウンザン号は地球へ向け飛び立ちます。
「うう……うえーん!」
虎の咆哮というにはちょっと情けない、彼女の号泣が最後に聞こえた気がしました。
そして、小惑星は、過剰なSFXに塗れた演出と共に、こっぱみじんに砕け散ったのでした。ちゅどーん。
~fin?~
うん、やっぱりそこで躓いてこその星ちゃんですね。
こういう趣味を詰め込みまくった作品、いいなあいいなあ!
良いお話をありがとうございました。
このダメ虎ときたらwww
でもごつごつした地面で伸ばされた手だけ見てたらしょうがないよ。
「ブルース・ウィルス」周りに殺人ウィルス撒き散らして死亡フラグ立てまくるのかwww
一輪さん新たな個性(アバター)を取得って、アバタじゃなくてよかったww
いや、本気で声出して笑いました。実際にあるんだなこんなこと……。
一箇所ミレニアムがミレミアム、はしゃく一連→はしゃぐ一輪、総舐め→総なめ
あと、会話文の中のタイムマシン(デロリアン)や処刑場への道(グリーンマイル)は括弧内と入れ替わっていた方が、お話に合うんじゃないかと。
最後に、「そもそも地味なのが可愛いんじゃないですか。一輪は」 至言なり。
随所に散りばめたっていうか詰め込みまくった趣味の色彩がイイ味を出してますw。
作者さんの映画がたいへんお好きなんですね。
後書きでここまで安心したのは初めてかも。
正直なところ納得いたしかねるが星ちゃんに100点
私は個人的に、客観性に基づいた正しい指摘などこの世に存在しないと思っています。
つまり、誤字・脱字やあきらかに間違った表現の指摘を除けば、自分のコメントは主観性に基づいており
作者様の解釈に適って採用されればうれしいなぁ、位の意見でしかないのです。
結局何が言いたいのかというと、あなたが申し訳なく思う必要はかけらも無いのです。
長々とした駄文ですみません。コメへの返答ありがとうございました。
元ネタもだいたいわかって、工事のヘルメットかぶったナズも想像できた
というか、ナズがかわいかった。点数は全てナズへ
次回作は死霊の盆踊りのリメイクでよろしくお願いします。
テンポいいですね~。
他の方もコメントされていますがテンポ良く楽しめました。
グリーンマイル…数年前に金曜ロードショーか何かでラスト1時間だけ見て妙に印象に残ってたんですが…1回ちゃんと見てみましょうかねぇ…
緩急が素晴らしい
洋画パロは珍しいな。
話は滅茶苦茶なんだが勢いがあるw
何故かここでときめいた
懐かしい映画のタイトルがいっぱいでてきて、なんだか「ほふぅ」ってなっちまいましたぜ