現在
「うぅ…寒いわね。霊夢さんがこんな寒い時に私を呼び出すなんて、何かいいネタでも提供してくれるのかしら?」
私、射命丸文はそんなことを考えながら雪の降りしきるなか、博麗神社に向かって飛んでいる。
到着したのは雪かきもされていない博麗神社。
(あれ?真面目な霊夢さんにしてはおかしい…)
千年ほど生きてきて、悪い事が起こる前には決まって嫌な予感がした。
今、その嫌な予感が私の心を圧迫して、動悸を抑えきれないまま神社の扉を開ける。
「霊夢さ~ん?射命丸文です。上がりますよ?」
霊夢の部屋に入ると、床に伏した霊夢がいた。
「あぁ…文、来てくれたの?悪いわね…こんな、寒い中に呼び出しちゃって。」
と言って体を起こそうとする霊夢を私は急いで制止した。
「そのままでいいですよ。無理はしないでください。」
「ありがとう、文。今日は大事な用があるの…」
「………」
「私は…もう、長くないわ…」
そんなことはわかりきっていた。彼女は、人間なのだから…
「竹林の医者には行ったんですか?あそこの医者は腕がいいと聞きましたが?」
口調が激しくなるのを抑えきれなくなりそうだ。
「永琳にも診てもらったわ。特に悪いところは無いそうよ…」
「じゃあ、何で…」
「霊力の使いすぎで抵抗力と体がボロボロらしいわ…」
若い頃に無理しすぎたみたいね…
と笑いながら言った。
言葉では後悔しているが、彼女は絶対に後悔していない。
していたらそんな心からの笑顔は出来ないはずだ。
「何で…、何でそんなに笑顔でいられるんですか!!」
思わず口調が激しくなる。
彼女はそんな私をなだめるように
「ねえ、文。昔あなたが私にした質問、覚えてる?」
そう言われて、私は記憶の大空に飛び込んだ。
今から数十年前の世界
私は博麗神社に取材に来ている。
「ねえ霊夢さん。霊夢さんは人間と妖怪、どっちが恵まれてると思います?」
私はほんの少しの好奇心から彼女に質問した。
すると、彼女は少し躊躇いながら
「私は…、人間だと思うわ。私が人間だからかもしれないけど、人間は生きている限りいろんな可能性があると思うのよ。」
「あ、もちろん妖怪に可能性が無いと思ってるわけじゃないわよ。ただ、なんとなくそう思っただけ。」
「そうですか。でも人間は寿命も短いし体も弱いですよ。霊夢さんは妖怪にはならないんですか?」
「そうね…魔理沙や咲夜はどうするのかしらね?」
と霊夢が目を細めて遠くの方を見た。
(うん…?今一瞬だけ何か違和感が…何かしら…)
だがその感覚も一瞬で消え去り私は空を見上げた。
眩しいほどに太陽が照り付けている。もうすっかり夏だ。
ああ、今日も天気がいい。
現在
そういえばそんなこともあったな…
と、思い出す。
「今でも答えは変わりませんか?」
返ってくる答えを知っていても聞いてみる。
「変わらないわ…私、博麗霊夢は人間として生まれ、人間として死んでいくわ。」
たとえ周りから愚かと言われても、こればかりは変える気はないわよ。
もっとも、もう遅いかもしれないわね…
と力無く笑う彼女を私は見ていられなくなりほんの刹那だけ顔を背けた。
だが、彼女には聞きたいことがたくさんある。
「魔理沙さんとかは知ってるんですか…?」
「魔理沙にも話してないわ。魔理沙に話したらきっと心配して食事も食べなくなるわよ。」
あの人も変なところで真面目なんだから…
「だから文、魔理沙や他の人には黙ってて欲しいの。ジャーナリストであるあなたにはつらいかもしれないけどね…」
「博麗神社の後継ぎはどうするんですか?あなた、結婚してないでしょう?」
「あれっ?」
と明らかに霊夢が驚いたのがわかる。
「文、知らなかったの?私はもともと外の世界の人間だったのよ。」
「え、えぇぇっ!?」
まったく知らなかった。
「確かに気付いたら霊夢さんが博麗神社の巫女になってたからてっきり代替わりでもしたのかと思ってましたよ」
「外の世界に居た頃に急に紫が現れて連れて来られたのよ。」
今思うとめちゃくちゃな話ね。
とその表情が語っている。
「そうだったんですか。私はてっきり霊夢さんは最初から巫女だと思ってましたよ…」
「まだ子供の頃に連れて来られて当時はだいぶ驚いたわよ。外の世界のことはほとんど覚えてないわ。でも確かお姉ちゃんがいたと思ったのよ。」
「外の世界の頃の名前は何だったんですか?」
「確か…外の世界での名前は…」
そこまで言って霊夢は「ハッ!!」と何かを思い出したような顔をした後
「何でもないわ。そんなはずないもの。」
と強く何かを否定したように見えた。
心に少し余裕が出来たので部屋を見渡してみる。
日めくりのカレンダーは二日前のままだった。
「霊夢さん、ちゃんと食べてます?何か作りますか?」
「ありがとう、文。せっかくだからお粥をちょうだい。」
「わかりました。腕によりをかけて作らせていただきますよ。」
と、私はさっそく台所にたって料理を始めた。
ありがとうね、文…
そう聞こえた気がした。
このとき、霊夢のところに行ってやればよかった。
(ご飯も炊いてない…霊夢さんいつから食事をとってないのかしら…)
とりあえず私はご飯を炊き、お粥を作って土鍋ごと霊夢のところに持っていくことにした。
「霊夢さ~ん。出来ましたよ~。」
と言いながら風で扉を開ける。こういう時は我ながら本当に便利な能力だと思う。
「霊夢さん?お粥が出来ましたよ~…!?」
「ガシャーン!!」
足に土鍋の破片とお粥が当たって畳を紅に染めるがそんなことはどうでもいい。
「れ、霊夢さん?そ、そんな…目を開けてくださいよ…まだ早すぎますよ。霊夢さん!!」
私はその場に泣き崩れそうになるが、そんなことはしていられない。
「そうだ…私はジャーナリストなんだから事実を報道しないと。」
私は帰る前にまず永琳を呼び、魔理沙を呼んでから記事を作り始めた。
「号外『博麗神社の巫女、天寿を全うする。』」
その記事は言葉通りの意味であっという間に幻想郷中に広まった。
その日、幻想郷から人の泣く声が絶えることはなかった。
夜、彼女の通夜が博麗神社で行われた。
「霊夢ぅ…死んじゃいやだよ…」
普段は酔って上機嫌の小鬼が泣きじゃくっている。
「霊夢…とうとう最後までお前には勝てず終いだったな…」
と魔理沙もがらにもなくしんみりしていた。
「霊夢?嘘でしょう?どうせ文といっしょにみんなを引っかけようとしてるんでしょ?ねぇ…何とか言ってよ…霊夢…」
隣ではアリスが泣き始めている。
周りを見渡すと、霊夢に退治されたもの、霊夢を慕っていたもの、すべてが泣き崩れていた。
しかし、当事者である私はもう涙が出なかった。
出せるわけが無いだろう。
一片の悔いもない笑顔で逝った彼女を見てしまったのだから…
死神の小野塚小町と閻魔の四季映姫が来て
「霊夢の魂は私たちが責任をもって彼岸まで連れて行くわね…」
死神と閻魔である彼女たちには霊夢の寿命がわかっていて、みんなにショックを与えないように黙っていたらしい。
それを疑うものは幻想郷にいないだろう。
皆がひとしきり泣いた後、空中に二つのリボンの着いた一筋の線がひかれ、開くと同時に不気味な無数の眼と八雲紫が姿を現す。
「あら?ずいぶん遅れてしまったようね。」
八雲紫と、後ろの少女は誰だろう?
という視線を一身に浴びた少女は「ビクッ」と体を大きく震えさせた。
「そんなに睨まないの。この子は次の博麗の巫女よ。」
「えっ!?」
今まで泣き崩れていた者も紫の方を見る。
「文、あなたは霊夢から聞いたでしょう?霊夢が外の世界から来たって。彼女だけじゃなくて博麗の巫女は外の世界の人間が選ばれるのよ。」
「何も今じゃなくていいじゃないですか!!今は霊夢さんを弔ってやらないと!」
と、私ですら口調を荒らげる。
「博麗の巫女が死んだことで博麗大結界が崩壊を始めていて、このままではこの幻想郷の存続すら危ぶまれるのよ!!」
全員が気圧されてあたりを静寂が包みこむ。
「残念だけど私は結界の修理で忙しいの。それに、辛気くさいのは霊夢も苦手でしょう?だから、最期の時も笑顔でおくってやりなさい。それが一番の弔いよ。」
最後に少し優しい言葉を皆にかけて紫は一人でスキマの中に消えていった。
置いていかれた少女は不安げに怯えていたが、魔理沙とアリスが中心となって徐々に周りに慣れ始めた。
いい度胸をしている。この子もきっといい巫女になるだろう。
「そうだな、霊夢を盛大におくるために宴会をしようぜ!!」
魔理沙が提案し、紅魔館のメイド長や白玉楼の庭師の妖夢が中心となって大宴会が開かれる。
それからはいつもの大宴会に見えたが、みんなどこか無理をしているようにも見える。
しかし私は酒を煽る気にもならず霊夢が死の直前、何に気がついたかを考えていた。
(霊夢さんは外の世界のことを思い出していた。確か、外の世界での名前…)
そこまで考えたところで、私の隣に椛が酒を持ってきてくれた。
「文様、さっきから何を考えているんですか?ずっと暗い顔をしてましたけど…」
この子はこんな時でも私のことを気にかけてくれる…
でもこの話はまだ他人に話すべきではないだろう。
ジャーナリストとしては真実を伝えなければならないのだ。
この問題はとりあえず保留することにする。
とこの時は思っていた。
しかし、答えは思いのほか早く訪れることとなった。
早苗編に続く…
文体は好きな作家の本一冊丸ごと書き写したら上手くなるよ
広げた風呂敷はきちんと畳まなくては。
ですが内容的には続きが非常に気になります。
ただ、物語は上手く流れていると思います。
数ある霊夢の寿命ものですが、さてあなたはどんな幻想郷を見せてくれるんでしょうか