2月11日
今日またお父様に言われた。
「お前なんてオレの娘じゃない」
今は日記を書く気分になれない。今日の出来事は明日書くことにする。
2月12日
今日のページに昨日の事を書いていいのか分からないけど、昨日はお父様にお客様が来た。昨日もお父様に部屋から出るなって言われていたので、お客様の顔は窓越しに遠目でしか見ていない。お屋敷の反対側にある応接室で話していたみたいで内容も聞こえなかったし、メイド達に聞いても何のお客様だったのか分からなかった。
でもまた、きっと私の事だったんだ。お客様が帰ってすぐ、お父様が私の部屋に来て一言、
「
2月13日
もう日記やめたい。その日あった事を思い出しながら書くなんて、一日の終わりに何でそんな落ち込むような事をしなくちゃいけないんだろう。でもこれだけはお母様との約束だから、絶対続けなくちゃ。だけど最近、途中で書くのをやめる日が増えてきた気がする。
今日も昨日も、特に何もなかった。朝起きて、勉強とお稽古をした。お父様の顔を見たのは一日に一回ずつ。午前中の早い時間に私の部屋に来て、
「今日も部屋から出るなよ」
もうわざわざその言葉を聞きたくない。部屋から出ていい日だけ言ってくれればいいのに。
でもそれだと、お父様に会える回数が減っちゃうのかな。
2月16日
今日はお母様の命日。本当はお母様のお墓に参ってお母様が好きだった鈴蘭の花を供えたかったけど、お屋敷の外に出るなんてもってのほかだっていつもお父様に言われているから、代わりに私の枕元に飾ってあるお母様の写真にお祈りをした。
お母様、優しかったな。というより、お父様もお母様が生きていた頃は優しかったと思う。お母様が事故で亡くなった頃の事はよく覚えてないけど、多分お母様が亡くなってからお父様が今みたいになった気がする。
2月19日
お母様の写真を入れてある写真立てを、メイドが掃除中に誤って割った。お母様の写真は無事だったから私も怒ることなかったハズなのに、ついカッとなって怒ってしまって・・・その騒ぎを聞きつけたお父様がやって来て、何も言わずに何も聞かずに私をぶった。その後お父様は反省するメイドをなぐさめて、また部屋を出ていった。メイドがう
それにしてもお母様の写真が無事で本当に良かった。お母様は写真が嫌いだったのか、生きていた頃の写真はほとんど残ってないらしい。私の物として認めてもらっているのはこの一枚だけだから、大切にしなくちゃ。
2月23日
今日はバイオリンの全国コンクールの日。だったはず。当然のように私は出してもらえない。
子供の頃はちびっこ演奏コンクールみたいなので、毎年優勝してたっけ。お父様もお母様もすごく喜んでくれた。バイオリンの先生も将来はプロになれるって誉めてくれた。もう先生は来ないけど、あれから毎日お稽古も続けてるし、だいぶ上達してると思う。はっきり言って、あの頃の先生より巧く弾けてるんじゃないかな。
でも披露する場はないし、演奏を聴いてくれるのはメイド達くらい。コンクールに出たいとは言わないけど、せめてお父様には聴いて欲しいな。そうでないと、何のためにお稽古しているのか分からない。バイオリンだけじゃない。ピアノも歌もダンスも料理も裁縫も勉強も。
こんなに頑張っていても、お父様には愛してもらえない。
それでも何か期待して、また今日もお稽古に励む。こんな時、私ってバカだなって思う。
何か編んでみようかな。
2月28日
5日間かけてやっと編めた、春でも着られる薄手のカーディガン。明日またお父様が部屋から出るなって言いに来るだろうから、その時に渡してみよう。
今から緊張する。喜んでくれるなんて思ってないけど、どんな顔をして何を言うのか、ちょっぴり楽しみだったりする。
3月1日
やっぱり私はバカだ。頭では最初から分かっていたのに、心でそれをねじ伏せるなんて。
朝、お父様がいつものように私の部屋に来たから、その時に思い切ってカーディガンを渡してみた。
「昔、お前の母親がオレに編んでくれた物とそっくりだ」
そう言ってくれたその瞬間だけは本当に嬉しかったけど、そのままお父様は部屋のゴミ箱にカーディガンを捨てた。
「余計な事をするな」
それだけでお父様は部屋を出ていった。
ゴミ箱から拾う気も起きない。本当にゴミだもの。
3月6日
昨日の晩からずっと、すごい風が続いてる。今はもう弱まってきたけど、こんな季節に台風並の強さだった。
一番風が強かった昼頃、遠くの方ですごい音がした。何か大きな物が倒れたみたいな音。メイド達が異常に驚いていた。メイドに言わせれば私の落ち着き方が異常だったらしいんだけど。たかが音で驚くなんてバカみたい。
3月9日
今日はお父様に部屋から出るなって言われなかった。わざわざ言いに来るのを忘れていただけかも知れないけど、せっかく言われなかったんだからちょっとお屋敷の中を歩いた。
もしかしたらお父様に会うかも知れないと思うと、少しドキドキした。そもそも本当に出てもいいのか分からなかったから、会ったらどうしよう、怒られるのかな、なんて挨拶すればいいのかな・・・って、会わなかったんだけど。代わりにメイド達とは嫌に目が合った。目が合うと言うより、じろじろ見られていた気がする。
知ってる。メイド達だって、別に私の味方じゃない。ひそひそ話す声が廊下に響いていて、ものすごく気になった。何を言っていたかはよく聞こえなかったけど、ほんの一部だけ、文脈も掴めなかったけど聞こえた。
多分、私の事「悪魔」って呼んでた。
3月10日
今日もお父様に部屋から出るなって言われなかった。でももう部屋からは出ない。
3月11日
どうしよう。さっき、私が大切にしているお母様の写真をお父様が持って行ってしまった。取り上げられちゃったのかな。でもいきなりどうして?
突然の出来事にただ見てるしかできなかったけど、もっと抵抗すれば良かった。お父様が写真を持って私の部屋から出ると、もうそれ以上追えなくなってしまった。いつもお父様に部屋から出るなって言われていたのと、こないだの一件から自分自身でも部屋から出たくないっていう気持ちがあったのと、半々だろうと思う。
だけど一枚しかない大事な写真だし、やっぱり今からお父様にお願いして返してもらおう。今日も部屋から出るなって言われてるから、その事と重ねて怒られるかも知れないけど。
3月12日
昨日の日記を書いてからすぐ、お父様の部屋へ行って写真を返してもらえるようお願いしてみた。いっぱいぶたれて、しかも返してはもらえなかったけど、後悔はしてない。本当に大切なものだから。
そんなことより、私が持っていた写真だけじゃなくて、お屋敷中のお母様の写真を悪魔払いの人に燃やしてもらうってお父様が言ってた。
お母様の写真がこの世に一枚もなくなっちゃう。
お父様自身も本当はそんな事はしたくないみたいだった。
「お前のせいだ」
そう言った時のお父様の顔で、それは分かった。
でも悪魔払いって?こないだメイド達が私のことを「悪魔」って呼んでいた事を思い出した。
私もお母様も人間 だよね?
それで今日は何一つお稽古をしないで、一日中部屋の窓からお屋敷の玄関を見張っていた。お母様の写真をお父様が持っていくか、悪魔払いの人が取りに来るかするはずだから、そこで何とか止めないと。
でも結局今日は来なかった。
3月13日
お母様の写真を取り返した。
でもすごく、大変な事をしてしまったかも知れない。
今日も部屋から玄関を見張っていると、馬車が一台やってきて、牧師様の様な人がお屋敷に入って来た。きっとあの人がお母様の写真を持って行くんだ。そう思って、エントランスへ飛び出た。もちろん今日もお父様には部屋から出るなと言われていたし、それどころかお屋敷の外から来る人に会うのはもう何年かぶりだった。
エントランスではお父様が牧師様に写真の束を渡していた。お母様の写真だ。正面切ってお願いしたけど話も聞いてもらえず、お父様が呼んだメイド達に無理矢理部屋へ押し戻されてしまった。
部屋の窓から馬車が動き出すのを見て、もう止められないって思って、お母様の写真がなくなってしまうのが嫌で、どうしようもなくて、
私は、私の能力を使った。
お父様からも、お母様からも、「絶対に使うな」って言われていたのに。
3月14日
夕方頃、お父様が部屋に入ってきた。昨日の事で絶対にぶたれるって思ったけど、今日のお父様は怒る気力もないみたいだった。
そして、お父様は私に教えてくれた。私の事。お母様の事。
普通の人が持たない能力を持つ人はこの世界に何人かいて、ある人は英雄視されたり、またある人は異端視されたりする。世のために使う人もいれば、欲望のために使う人もいる。色々いるけれど珍しがられるだけで、普通はそれだけで罪なんて事はない。
だけどその中でも、唯一禁忌とされている能力がある。
それが、時間を操る能力。
時の流れは神が創った自然摂理の礎。日の出、日の入り、満月、新月、春、夏、秋、冬、誕生、老化、そして死。世界に生きる者は等しくその運命を甘んじて受け入れなければならない。
そうでなければ、今という一瞬が嘘になってしまう。今日という一日がぼやけてしまう。命が霞んでしまう。
だから私の住む街では、時間を操る能力を持つ者は神に逆らう悪魔として扱われる。
私の家は由緒ある名門で、私が生まれた時にはその跡取り娘としてお父様から広く世間に紹介されたらしい。習わせた事を全部すぐに覚えていくから、子供の時は自慢の娘だったって言ってた。でも成長するに伴って見えてきたのは私の「悪魔の能力」。
お父様もお母様も私の能力を隠そうとしたけど、まだ子供だった私はそんな事も知らずに好き勝手に振る舞って、あっという間に世間にばれてしまった。
私が「悪魔」だと。
魔女裁判なんて中世のお話だと思っていたけど、私の街ではまだ悪魔を忌み嫌って恐れている。でも同時に、こんな迷信も流れていた。
「悪魔を殺した者は末代にわたるまで呪いを受ける」
だから私には直接手を下されなかった。
そしてお母様が、「悪魔」を産み落とした罪に問われて、処刑された。
私の代わりに。
お父様は、お母様が殺されたのは私のせいだって言った。それから、私の事を怖いとも言った。
最後に部屋を出る時、私に背を向けたまま口にした言葉は、
「オレは明日処刑される」
3月15日
今日もお父様に、部屋から出るなと言われた。その
それ以外、何もない一日だった。
5月4日
お父様、お母様、私は二人のいないこのお屋敷を出ます。
これから先どうなるのか分からないけど、私は何が正しいかを常に見つめながら生きていきたいと思います。
人間が善なのか。悪魔が悪なのか。それともその逆なのか。それとも・・・
結論は出さないでおくけど、少なくとも今の私は、私が存在しているだけで悪だなんて思えない。
今の私は、私のせいでお父様とお母様が死んだなんて思わない。
私は、もうバカじゃないから。
今までの日記はこのお屋敷に置いていきます。
だから私の日記は、このページが最後です。
お母様、約束守り続けられなくてゴメンね。
でも、お母様がなぜ日記を書きなさいって言ったのか、もう分かってるから大丈夫だよ。
お父様とお母様がくれたものを、ずっと大切にしていくよ。
それじゃ、いってきます
愛してくれて、ありがとう
了
今日またお父様に言われた。
「お前なんてオレの娘じゃない」
今は日記を書く気分になれない。今日の出来事は明日書くことにする。
2月12日
今日のページに昨日の事を書いていいのか分からないけど、昨日はお父様にお客様が来た。昨日もお父様に部屋から出るなって言われていたので、お客様の顔は窓越しに遠目でしか見ていない。お屋敷の反対側にある応接室で話していたみたいで内容も聞こえなかったし、メイド達に聞いても何のお客様だったのか分からなかった。
でもまた、きっと私の事だったんだ。お客様が帰ってすぐ、お父様が私の部屋に来て一言、
「
2月13日
もう日記やめたい。その日あった事を思い出しながら書くなんて、一日の終わりに何でそんな落ち込むような事をしなくちゃいけないんだろう。でもこれだけはお母様との約束だから、絶対続けなくちゃ。だけど最近、途中で書くのをやめる日が増えてきた気がする。
今日も昨日も、特に何もなかった。朝起きて、勉強とお稽古をした。お父様の顔を見たのは一日に一回ずつ。午前中の早い時間に私の部屋に来て、
「今日も部屋から出るなよ」
もうわざわざその言葉を聞きたくない。部屋から出ていい日だけ言ってくれればいいのに。
でもそれだと、お父様に会える回数が減っちゃうのかな。
2月16日
今日はお母様の命日。本当はお母様のお墓に参ってお母様が好きだった鈴蘭の花を供えたかったけど、お屋敷の外に出るなんてもってのほかだっていつもお父様に言われているから、代わりに私の枕元に飾ってあるお母様の写真にお祈りをした。
お母様、優しかったな。というより、お父様もお母様が生きていた頃は優しかったと思う。お母様が事故で亡くなった頃の事はよく覚えてないけど、多分お母様が亡くなってからお父様が今みたいになった気がする。
2月19日
お母様の写真を入れてある写真立てを、メイドが掃除中に誤って割った。お母様の写真は無事だったから私も怒ることなかったハズなのに、ついカッとなって怒ってしまって・・・その騒ぎを聞きつけたお父様がやって来て、何も言わずに何も聞かずに私をぶった。その後お父様は反省するメイドをなぐさめて、また部屋を出ていった。メイドがう
それにしてもお母様の写真が無事で本当に良かった。お母様は写真が嫌いだったのか、生きていた頃の写真はほとんど残ってないらしい。私の物として認めてもらっているのはこの一枚だけだから、大切にしなくちゃ。
2月23日
今日はバイオリンの全国コンクールの日。だったはず。当然のように私は出してもらえない。
子供の頃はちびっこ演奏コンクールみたいなので、毎年優勝してたっけ。お父様もお母様もすごく喜んでくれた。バイオリンの先生も将来はプロになれるって誉めてくれた。もう先生は来ないけど、あれから毎日お稽古も続けてるし、だいぶ上達してると思う。はっきり言って、あの頃の先生より巧く弾けてるんじゃないかな。
でも披露する場はないし、演奏を聴いてくれるのはメイド達くらい。コンクールに出たいとは言わないけど、せめてお父様には聴いて欲しいな。そうでないと、何のためにお稽古しているのか分からない。バイオリンだけじゃない。ピアノも歌もダンスも料理も裁縫も勉強も。
こんなに頑張っていても、お父様には愛してもらえない。
それでも何か期待して、また今日もお稽古に励む。こんな時、私ってバカだなって思う。
何か編んでみようかな。
2月28日
5日間かけてやっと編めた、春でも着られる薄手のカーディガン。明日またお父様が部屋から出るなって言いに来るだろうから、その時に渡してみよう。
今から緊張する。喜んでくれるなんて思ってないけど、どんな顔をして何を言うのか、ちょっぴり楽しみだったりする。
3月1日
やっぱり私はバカだ。頭では最初から分かっていたのに、心でそれをねじ伏せるなんて。
朝、お父様がいつものように私の部屋に来たから、その時に思い切ってカーディガンを渡してみた。
「昔、お前の母親がオレに編んでくれた物とそっくりだ」
そう言ってくれたその瞬間だけは本当に嬉しかったけど、そのままお父様は部屋のゴミ箱にカーディガンを捨てた。
「余計な事をするな」
それだけでお父様は部屋を出ていった。
ゴミ箱から拾う気も起きない。本当にゴミだもの。
3月6日
昨日の晩からずっと、すごい風が続いてる。今はもう弱まってきたけど、こんな季節に台風並の強さだった。
一番風が強かった昼頃、遠くの方ですごい音がした。何か大きな物が倒れたみたいな音。メイド達が異常に驚いていた。メイドに言わせれば私の落ち着き方が異常だったらしいんだけど。たかが音で驚くなんてバカみたい。
3月9日
今日はお父様に部屋から出るなって言われなかった。わざわざ言いに来るのを忘れていただけかも知れないけど、せっかく言われなかったんだからちょっとお屋敷の中を歩いた。
もしかしたらお父様に会うかも知れないと思うと、少しドキドキした。そもそも本当に出てもいいのか分からなかったから、会ったらどうしよう、怒られるのかな、なんて挨拶すればいいのかな・・・って、会わなかったんだけど。代わりにメイド達とは嫌に目が合った。目が合うと言うより、じろじろ見られていた気がする。
知ってる。メイド達だって、別に私の味方じゃない。ひそひそ話す声が廊下に響いていて、ものすごく気になった。何を言っていたかはよく聞こえなかったけど、ほんの一部だけ、文脈も掴めなかったけど聞こえた。
多分、私の事「悪魔」って呼んでた。
3月10日
今日もお父様に部屋から出るなって言われなかった。でももう部屋からは出ない。
3月11日
どうしよう。さっき、私が大切にしているお母様の写真をお父様が持って行ってしまった。取り上げられちゃったのかな。でもいきなりどうして?
突然の出来事にただ見てるしかできなかったけど、もっと抵抗すれば良かった。お父様が写真を持って私の部屋から出ると、もうそれ以上追えなくなってしまった。いつもお父様に部屋から出るなって言われていたのと、こないだの一件から自分自身でも部屋から出たくないっていう気持ちがあったのと、半々だろうと思う。
だけど一枚しかない大事な写真だし、やっぱり今からお父様にお願いして返してもらおう。今日も部屋から出るなって言われてるから、その事と重ねて怒られるかも知れないけど。
3月12日
昨日の日記を書いてからすぐ、お父様の部屋へ行って写真を返してもらえるようお願いしてみた。いっぱいぶたれて、しかも返してはもらえなかったけど、後悔はしてない。本当に大切なものだから。
そんなことより、私が持っていた写真だけじゃなくて、お屋敷中のお母様の写真を悪魔払いの人に燃やしてもらうってお父様が言ってた。
お母様の写真がこの世に一枚もなくなっちゃう。
お父様自身も本当はそんな事はしたくないみたいだった。
「お前のせいだ」
そう言った時のお父様の顔で、それは分かった。
でも悪魔払いって?こないだメイド達が私のことを「悪魔」って呼んでいた事を思い出した。
私もお母様も人間 だよね?
それで今日は何一つお稽古をしないで、一日中部屋の窓からお屋敷の玄関を見張っていた。お母様の写真をお父様が持っていくか、悪魔払いの人が取りに来るかするはずだから、そこで何とか止めないと。
でも結局今日は来なかった。
3月13日
お母様の写真を取り返した。
でもすごく、大変な事をしてしまったかも知れない。
今日も部屋から玄関を見張っていると、馬車が一台やってきて、牧師様の様な人がお屋敷に入って来た。きっとあの人がお母様の写真を持って行くんだ。そう思って、エントランスへ飛び出た。もちろん今日もお父様には部屋から出るなと言われていたし、それどころかお屋敷の外から来る人に会うのはもう何年かぶりだった。
エントランスではお父様が牧師様に写真の束を渡していた。お母様の写真だ。正面切ってお願いしたけど話も聞いてもらえず、お父様が呼んだメイド達に無理矢理部屋へ押し戻されてしまった。
部屋の窓から馬車が動き出すのを見て、もう止められないって思って、お母様の写真がなくなってしまうのが嫌で、どうしようもなくて、
私は、私の能力を使った。
お父様からも、お母様からも、「絶対に使うな」って言われていたのに。
3月14日
夕方頃、お父様が部屋に入ってきた。昨日の事で絶対にぶたれるって思ったけど、今日のお父様は怒る気力もないみたいだった。
そして、お父様は私に教えてくれた。私の事。お母様の事。
普通の人が持たない能力を持つ人はこの世界に何人かいて、ある人は英雄視されたり、またある人は異端視されたりする。世のために使う人もいれば、欲望のために使う人もいる。色々いるけれど珍しがられるだけで、普通はそれだけで罪なんて事はない。
だけどその中でも、唯一禁忌とされている能力がある。
それが、時間を操る能力。
時の流れは神が創った自然摂理の礎。日の出、日の入り、満月、新月、春、夏、秋、冬、誕生、老化、そして死。世界に生きる者は等しくその運命を甘んじて受け入れなければならない。
そうでなければ、今という一瞬が嘘になってしまう。今日という一日がぼやけてしまう。命が霞んでしまう。
だから私の住む街では、時間を操る能力を持つ者は神に逆らう悪魔として扱われる。
私の家は由緒ある名門で、私が生まれた時にはその跡取り娘としてお父様から広く世間に紹介されたらしい。習わせた事を全部すぐに覚えていくから、子供の時は自慢の娘だったって言ってた。でも成長するに伴って見えてきたのは私の「悪魔の能力」。
お父様もお母様も私の能力を隠そうとしたけど、まだ子供だった私はそんな事も知らずに好き勝手に振る舞って、あっという間に世間にばれてしまった。
私が「悪魔」だと。
魔女裁判なんて中世のお話だと思っていたけど、私の街ではまだ悪魔を忌み嫌って恐れている。でも同時に、こんな迷信も流れていた。
「悪魔を殺した者は末代にわたるまで呪いを受ける」
だから私には直接手を下されなかった。
そしてお母様が、「悪魔」を産み落とした罪に問われて、処刑された。
私の代わりに。
お父様は、お母様が殺されたのは私のせいだって言った。それから、私の事を怖いとも言った。
最後に部屋を出る時、私に背を向けたまま口にした言葉は、
「オレは明日処刑される」
3月15日
今日もお父様に、部屋から出るなと言われた。その
それ以外、何もない一日だった。
5月4日
お父様、お母様、私は二人のいないこのお屋敷を出ます。
これから先どうなるのか分からないけど、私は何が正しいかを常に見つめながら生きていきたいと思います。
人間が善なのか。悪魔が悪なのか。それともその逆なのか。それとも・・・
結論は出さないでおくけど、少なくとも今の私は、私が存在しているだけで悪だなんて思えない。
今の私は、私のせいでお父様とお母様が死んだなんて思わない。
私は、もうバカじゃないから。
今までの日記はこのお屋敷に置いていきます。
だから私の日記は、このページが最後です。
お母様、約束守り続けられなくてゴメンね。
でも、お母様がなぜ日記を書きなさいって言ったのか、もう分かってるから大丈夫だよ。
お父様とお母様がくれたものを、ずっと大切にしていくよ。
それじゃ、いってきます
愛してくれて、ありがとう
了
とか思ってたら咲夜さんだった
オレもまだまだ修業が足りんぜ
良い解釈だと思います
ダメってわけでもないんだが。
日記という形式で、語り手の感情に肉薄するのは結構難しいのかもしれん。
誰が書いてるか、については見えてる弾幕なんで、さほど驚きはない。
この点を売りにするのは無理じゃないか。
何か、なんかロマン無くねという気がしなくもない
とすると、フランのことはどう思ってたんでしょうね
(たぶん、気に入ったんだと思います。どこかを。でも、その理由が分からない。ついでに話も分からない)
名前が伏せられているため、自然と「叙述トリックもの」のような作品だと意識しました。
まず、スカーレット姉妹はありえないと除外して、幾人かの候補を頭に浮かべながら読み進める。
悪魔という単語もミスリードのはず……むしろ、ここでレミリア達ではないと確定した感じですね。
分かり易い、先が読めてしまうというのが、この作品に限っては逆に良かったような気がします。
「少女の正体」について驚愕する事はないから、別の仕掛けが用意されているのだろうと期待したわけです。
意外にも本当にレミリア――という可能性もありますけどね。
父親の理不尽で酷い態度を見ていても、裏があるのだと感じて憤慨とまではいかない。
少女の不幸と悲嘆も、いつか変わるはず。きっとひっくり返って、幸せだった、愛されていたという事になると。
そんな予定調和のような変革があるのを予期して読んでいました。少女の正体は分かっているようなものでしたから。
きっと陰陽が反転すると信じて、そうなった場合を胸に描き続けました。
後書きに記されていた作者様の言葉には反していますが、こちらが狙いだったのではと疑ってしまいます。
この物語は父親まで死んでしまう不幸な結末で、少女が心を強く持って独り立ちするのが唯一の救いになっています。
悲しい事の連続で、真相の暴露までは救いが欠片さえ挟まっていないという、途中で放り出したくなる悲劇です。
読み続けられたのは淡い期待があったおかげで、おそらく完璧な叙述物であれば未だに読み終えていなかったでしょう。
あえて叙述トリックを捨てる事で、読者の側がすべてを都合よく処理してゆく効果があったのだと思います。
父親と娘には誤解がある、この言葉の裏には葛藤があって、これもおそらく娘を守るためで……。
そうやってプラス方向に考えていった末に待っているのは、酷い話なんですけどね。
こちらで勝手に父親をいい人と捉えていって、でも現実は、彼は最後まで娘を恐怖の対象としか見ていませんでした。
少女の心が壊れてもおかしくない程の会話が終わって、約一ヵ月半も日付が飛びます。
>でも、お母様がなぜ日記を書きなさいって言ったのか、もう分かってるから大丈夫だよ。
予想を裏切られた上に、さっぱり理解できない結論が出てきて混乱しました。話が繋がっていないかのような飛躍です。
少女の年齢についての情報も不足していて、母親が死んで一年は経過したこと以外は全てあやふや。
一月半の過程を確定できる要素が無く、曖昧な可能性ばかりがある。
でも、最初からずっと隠された真実を考え続けていたため、道は見えないけれど全てが繋がるのだと直感しました。
……だから。日記を書くという約束について、どんな意味があったのか考えられるだけ挙げてみる事にしました。
0,「母親は娘を愛していた」
何かを与えたり忠告をするというのは、相手を想っていなければしないはず。つまり母は娘を愛していた。
咲夜が前向きに考えられるようになったのは、この前提があったからでしょう。
絶望しかない状態から立ち直ったのは、この発想によって少女が物事を肯定的に考えるようになったからでは。
1,「お父様の言葉」に隠されていた意味に将来気がつく
日付が飛んでいる事からも、その間に何かを悟ったのでしょう。
何もかも失ったとき、約束で書いていた日記を思い出し、そこに記録された内容を読み返すのは自然な成り行きです。
前向きに捉えるなら、どんな辛辣な態度や言葉も「愛情からの行為」に置換できるかもしれません。
日記に発言や行動が記されているという、幾許か偶然に期待している部分もありますが、そこは悪魔の少女ですから。
軟禁生活が予見できたのなら、屋外の話題より家族に注意が向くので描写される可能性は高いとも考えられます。
よほど盲目的に信頼しなければ、悪意を愛情に変換するのは難しいというのが問題点ですが……虚無の反動という事で。
2,人格形成/理性の保持
客観的に事態を把握する経験を積むことで咲夜を成長させようとした。
どんな悲しい日々でも、約束だから「日記を書くためにも」生きる必要があると耐え抜く原動力にもなる?
特異な能力を持つ存在として、内省的な性格になるべきだと考えて?
3,時間は戻せない
記録された過去を読み返して、やり直したいと願っても戻れないと知らしめる。
これも破滅的な事態を引き起こさないようにという予防策の一環。
4,時間の正しい流れについて考えさせる
咲夜は時間を止めることが出来る。けれど、時間が止まっていては明日が来ない。
今日の終わりが来ないのでは、約束した日記も書けない。
能力の過剰な使用をやめさせる効果があり、通常通りに時間が流れる日々を日常にさせる。
日記を書くというのは面倒な作業で、約束を守って書いていくなら「一日」の内容は少ない方がいいでしょうから。
5,過去を残す
時間を操る者だからこそ、自分が築き上げてきた歴史を基準か何かとして持つべきだと?
これもありそうだと考えたのですが、日記を屋敷に残して去る理由が分かりません。
母親の愛情の強化にしかなりませんし、時間関係の理由は三つとも単独では弱いですね。
6,誰かに物語として伝える
大人の用意した計画としては穴だらけですが、子供の組み立てる論理ならこんな突飛な考えもありえそうです。
少女が旅立つ日の事を考えて、準備をさせていた。
日記を読んだ人間は善悪ついて考えるはず。味方になるかもしれないし、敵になるかもしれない。
ただ、同情されるような話だから、味方になる割合の方が高いかも。本になって広まるかも。
そうなったら味方が増えるだけではなくて、三人家族の事が色んな人の心に残るんだ。というように?
7,すべて
これらの複合、あるいは全て。咲夜が出した結論はこれなのかも知れません。
正解が一つである必要はなかったのを忘れていました。
これなら少女が精神的な強さを得た説明がつく……ような気もします。
個々の理由付けの矛盾点や、両立しない理由もありますが、冷静に考えた結果ではないでしょうから特に問題は……。
---
この作品は核となる「騙し」が放り出されていて、曖昧さの深い霧の中でゴールだけが見えている。
意図的にそう作られているという印象でした。正解の道があったら、たぶん凡作になっていた気がします。
親切な道案内は存在せず、直感で最終地点まで行くしかない話でしたが、そこが良かったような、悪かったような。
不完全である事が作品を成立させているというか、読み手に道を作る楽しさを与えている……のでしょうか?
よくわかりませんが。
自分で最良のストーリーを再構成して「真実」に辿り着く道を見つけるのがこの作品だと結論付ける事にしました。
とはいえ、書かれていないルートを造るのはまさに捏造です。
自分で繋げた(三次創作)部分が混じるために、作品単体の評価をするのは困難を極めます。
ですから、点数をつけるわけにはいかないようです。
謎を多く残したSSを書いて、それについて深く考察してもらえるとは、こんなに嬉しいことはありません。
○あとがきで誤解を招いてしまったようですが、別に「日記の著者が誰か」がメインな作品のつもりは全然ありませんでした。
というか、東方SSじゃなくても良かったりしますので、いただいたコメントを読んでも「違う><」という感覚はありませんでした。
○「父親が実は咲夜を愛している」という反転だけは、絶対に書きたくありませんでした。
もちろん、途中までは読者様に「実は愛してるんでしょ?」と思ってもらいたかったのも事実です。
最終的な意図としては、「愛していた」というのが正確な表現です。
3/1と3/14の父親の行動から、それを理屈ではなく感覚的に感じ取ってもらえるようにしたかったのですが、
いただいたコメントを見るとどうやら失敗のようですね。
○母親が死んだのは咲夜が物心つくかつかないかくらいの設定のつもりでした。
2/16の「お母様が事故で亡くなった頃の事はよく覚えてないけど」という記述はそのつもりだったですが、読者様に伝わらなかったのは完全に私のミスです。
これは謎にしたつもりはなく、鍵として与えたかった情報なので。
○日記を屋敷に残していったことにそこまで深い意味はありません。
咲夜にはもう必要のないものであったので、「お供え物」的な意味で残しただけです。
「この日記を私と思ってね」みたいな。
また、下記に記す母親の教えを忘れまいという決意の表れでもあります。
○さて、結局日記を書くという約束についてですが、私の意図としては1~7の中では4が近い気がします。
せっかく色々想像してくれたのに、解説してもいいのかな・・・。
まあ、下記は私の「妄想」です。正解は読者様の中にあると思います。
ある日、両親は幼い咲夜に時間を止める能力があることを知った。
それは悪魔の能力。皆にばれれば殺されてしまう。
しかし簡単にばれてしまい、母親が処刑される事になった。
だが悪魔の能力を持っていると知っても尽きることのない母親の愛情。
母親は自らの処刑が決まると、真っ先に咲夜の将来を心配した。
それは、悪魔と扱われることの心配ではなく、そのもっと根底。
3/14に記述されている「そうでなければ、今という一瞬が嘘になってしまう」のくだり。
時間を操る咲夜だからこそ、時間の大切さを何より誰より意識してほしかった。
幼い咲夜に言葉で伝えても分からないのは目に見えている。
そこで母親が考え出したのが、「日記」という約束。
どこでどう考えてほしいという想いがあっての約束ではない。
それが本当にパーフェクトな解決法とは思っていない。
愚かな一般市民の母親は、「将来の咲夜」に時間の大切さを教えるために、そんな約束をした。
一番最後の「お父様とお母様がくれたもの」というのは時間のこと。
つまりは命のこと。
「生んでくれてありがとう」
と、咲夜は言いたかったんです。
と、これだったら点数どうですか?(ぉぃ
父親が今も愛情を持っているかは、作者様の意図された通りに想像しながら読んでいました。
しかし、なるほど。愛情は過去のものであると。
そう考えながら読むと、以前とはまた違った心が見えてきますね。
残された屋敷の価値については完全に頭から抜け落ちておりました。
どうして気がつかなかったのか不思議でならない程です。
母の墓が別の場所に存在するという事から、館は家族が誰もいなくなった空っぽの器だとしか思っていませんでした。
父と娘の暮らしてきた家であり、心の成長した主人公にとっては牢獄ではなくなった場所なのに。
思い込みのせいで供物の類であるという発想が出てきませんでしたが、今日今更ながらに知った話は納得がいく解釈でした。
母親は完全無欠の遺産など残せず、本人もそれを自覚していながら約束を残した。これはとても良かったです。
自分の感想を読み返してみると、あまりにも失礼な事を書いていましたがお許しください。
ところで、分からなかったのは母親が死んだときの少女の年齢ではありません。そこはしっかりと読み取れました。
母親の死後から何年経過した状態なのかというのが気になったことです。
それによって今の少女の外見やおおよその精神年齢も変わってくるので、命日を何回迎えたかが知りたかったのです。
壮大な独り言のつもりで書いていたのに、本当に嬉しいです。
失礼だなんてとんでもありません。
あなたの様に読み入って下さる方に読んでいただき、しかもこれだけの感想・評論をいただけたのは、そそわにSSを投稿し始めてからの最大の収穫です。
これだけでも今までSSを書いていて良かったと思えます。
さて、少女の今の年齢ですが・・・
「物心がついている程度の年齢」くらいです。
更に言うと、「物心がつく前後の頃の記憶があやふやになる程度の年齢」です。
十代前半~後半といったところです。
以上が文章からギリギリ読み取れる設定考察かと思いますが、脳内設定では15歳くらいですかね。
おいおいなんだよ、その頭の悪そうなコメはよ。
批判するのは結構だけど少なくとも自分の言葉でそれをする努力はしようぜ、たとえ拙くてもさ。
まさか本気で自分の発言にむかつく日が来ようとは。人生はブーメランの連続だぜ。
人間、いや違うな、俺という人間はだ。つくづく感情に支配されている生き物だと再確認した。
むかつく理由の半分は、今現在の俺が貴方のファンだから。
もう半分は上記の通り批判を語るのに自分の言葉を使わず、批判の理由を述べる努力もしていないから。
過去のコメと点数は変えません。恥ずかしいけどその時点の俺がそう思ったのは事実だから。
これから読む貴方の作品についても、気に入らなければイチャモンをつけます。誉めるばかりが感想ではないと思っているから。
つけるイチャモンは全て俺の主観から来るものだ。客観的な視点など信じていない、というか存在すらしないと思っているので。
ただ、自問自答はきっちりします。そういうコメの書き方で良いのかと。
批判に至った理由も書きますよ、独りよがりな意見だとしても。
自分の振り見て我が振り直せとはアホにも程があるけど、俺は本作品の過去コメントを反面教師としたい。
もし作者様がこの自己満足に目を通して不快に思われたのならば、その旨コメントして頂ければ削除致します。
長々とした作品に関係のない臭い独り語り、重ね重ね失礼致しました。
しかもよく見たらコメント昨晩だし。奇跡的な早さで気づいたw
もう投稿して1年もたとうという作品群にコメントをつけていってくれてありがとうございます。
どんなものでも、悪意さえなければコメントに対して不快に思う事はないので、大丈夫ですよ。
本作品は賛否両論が多かったですね・・・でも「オレ」に関しては父親のキャラ作りとしてあえてやったので、後悔はしていません。
父親の一人称は本作品の冒頭に登場して、父親の性格の印象を方向付けるものなので。
この父親も人前での一人称は「私」なんだと思います。ただ、咲夜さんへの感情が「オレ」に変えてしまっています。
輝夜シリーズの最新作は(多分)あと1週間ぐらいで出すので、もうちょっと待ってくださいね。
他の作者の方々よりも書くペースが遅くて申し訳ないです。