八雲紫は丘の上から戦場を眺めていた。紫紺のドレスの裾が揺れる。錆びた鉄の匂いが、風に乗ってここまでやってくる。彼らの持つ刀剣と、彼ら自身から流れるものが、その匂いのもとだった。
今は戦場だが、ほんの半日前まで、そこは村だった。木と紙で作られた家を舐めつくす炎の中から、瓦礫の陰から、略奪者の刀の下から、悲鳴は聞こえてくる。
略奪者はなにがしかの正義を標榜している。そうして、別の大義を掲げた別の略奪者と争っている。村はどちらにも属さず、そこに村として以前から存在していたが、双方の略奪者にとってそういうことは何の意味も持たなかった。単なる両勢力の都合上、そこは戦場たるにふさわしい場所となった。
特に珍しい光景ではない。日本国中、世界中、どこにでもある光景だ。何千、何万、何億と、今までも、これからも繰り返されていくだろう光景だ。それが幻想郷にかかわるものでない限り、紫が関心を持つ理由がない。丘は村の東側一帯にあり、時々流れ矢が飛んできたり、さらなる獲物を求めて血塗られた刃を持った男がやってきたりした。流れ矢はそのままスキマに入った。男も二、三人やってきたが、原形をとどめぬ状態で紫の足下に散らばった。
紫は、激しく動揺していた。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。
頭の中はそればかりだ。
なぜいないの、なぜ見つからないの、なぜ「この私が」わからないの。
なぜ、なぜ。
獰猛な生き物が、車輪のように回転しながらやってくる。暴風のごとき勢いで、焼け落ちた家屋を、野獣と化した男たちを、無残な死骸の山を跳ね散らしながら、紫のもとへやってくる。紫の前でそれは回転をピタリとやめ、跪いた女性の姿となった。ゆったりとした和服を着ている。尾は九つある。端整な面立ちだが、今は暗く沈んでいる。
「紫様、申し訳ありません」
紫は唇を噛んだ。
八雲藍の情報処理能力は高い。
どれぐらい高いかと言えば、ある村で一ヶ月間に雨が何粒降ったか、または稲穂に実っている稲の数、村に生息するあらゆる生物の足の総数などを把握できる程度には高い。その彼女が、村を隅々から見て回ったのに、その気配すらつかめない。
「この一帯にはいらっしゃいません。次の……」
「幽々子」
「えっ」
藍は思わず顔をあげた。紫が、跪いた藍には目もくれず、遠くを見やっている。藍もつられて振り向く。今まで散々探し回っていた当の対象が、空に浮かんでいた。
紫にすら気配を察知されない、亡霊の姫が。
阿鼻叫喚の一帯となった村の上空を、青白い和服を着た少女が、ふわふわと浮かんでいる。心ここに非ずといった風で、ぼんやりと眼下の殺戮劇を眺めている。
すん、すん、と何か匂いを嗅ぐように鼻を動かす。そして目を閉じる。体を宙に浮かべたまま、体中の力を抜いている。
変化は唐突に起こった。
地の底から、逆さまに雪が降る。
いや、雪ではない。幽かな光りを宿し上昇していくそれは、魂だった。
「まさか……死を……」
藍はそれっきり絶句している。紫は、ごく自然に目の前の現象を受け入れた。
あれは人間の魂だ。
この地獄のような所にいる人間の魂が、ひとつ残らず空へ昇っていく。幽々子のもとへ。魂が抜けた肉体は、もはやただの入れ物にすぎない。あれほど騒然としていた刀と刀を撃ち交わす音、嗜虐心に満ちた笑い、許しを請う声、断末魔の叫び、追い回し、追われ、嬲られる音、そういったものが、すべて消えた。ただ、炎の舌が村を舐めつくす音だけが、依然として続いていた。
幽々子は口を開いた。集まってきた魂を、呑み込んでいく。
うっすらと笑みを湛え、幸せそうに。
紫はその顔を見ていると、頭がどうにかなりそうだった。ひとりでに足が動いて、幽々子の方へ向かう。後ろで藍が何か叫んでいるが、耳に入らない。上空の幽々子が、地を歩く紫に気づいた。のんびりとした速度で降りてくる。ふたりは、魂の抜けた死骸が折り重なる、滅びた村の中で向かい合った。
探したわよ、幽々子。
そう言おうと思ったが、声が出なかった。それは、あまりにもどうでもいい言葉のように思えた。
「もうお腹いっぱい」
幽々子はそう言うと、手を口元に当てて、あくびした。見ていて気持ちのいいほど大きなあくびだった。紫は、目尻に涙を浮かべた幽々子の手を取り、引き寄せた。
「紫、眠くなってきたわ」
近くの土塀に、ふたりは並んで座った。幽々子はごく自然な動作で、紫の肩に頭を預ける。紫もまた、ごく当たり前のように、幽々子の肩に腕をまわし、彼女の頭に手のひらを乗せる。そして、目の前で焼け崩れていく死体を眺める。
(これでいい……)
紫は思う。腕の中に幽々子がいるだけで、固い地べたも、死体の腐臭も、柔らかな羽毛や、かぐわしい香料に勝る心地がする。
(幻想郷にさえ累が及ばなければ、それでいい)
ひとの魂を食べると、体の内側からぽうっとあたたかくなる。幽々子にはそれが気持ちよかった。
きっかけは些細なことだった。白玉楼の庭に、いつもより幽霊が多かった。顔の傍に浮かんでいた幽霊を口に含んでみたのだ。そいつは、はじめばたばたと抵抗したが、そのまま呑み込んだ。胃に収まるとすっかりおとなしくなり、そのまま溶け、幽々子の中で広がっていった。
(ああ、おいしい。この感覚、久しぶりだわ。いいえ、初めてかしら)
幽々子は飢えていた。亡霊になったときからそれがもう常態になっていたから、はじめは苦しかったが、最近は特になんとも思わない。
亡霊として白玉楼の主になって、ずいぶん月日が流れた。ずいぶん、という感覚も、かすかに体に染みついていた人間の頃の習性がそう告げているのだが、今となっては長いとも短いとも感じない。ひと晩とひと月にいったいどれほどの違いがあるのか、もう幽々子はわからない。
完全に「カラダ」というものから離れたわけではない。熱した火箸も、竈の火も、幽々子の肌を焼くことができる。自分で試したり、紫にさせたりしたから確かなことだ。紫は嫌がったが、他にしてくれるひともいなかったのでやってもらった。でも、そうして赤黒く焼け爛れた肌も、すぐにまた、蜜をひきのばしたような、肌理の細かい、なめらかな肌に戻る。
忘れてしまうのだ、業火の熱など。
それなのに、喰った魂のぬくみはなかなか消えなかった。体のあちこちに、小さな灯のように残った。幽々子は気が向いたときには冥界のそこらに浮かんでいる魂を喰うようになった。動物や植物のも食べてみたが、人間が一番だった。
顕界に出て、ひとの魂を食べてまわるようになるまで、それほど時間はかからなかった。
結界にわずかにほつれができており、幽々子はいつもそこから行き来していた。紫からはいつも、なるべく遠くへ行くよう言われていた。幽々子は今のところ言いつけを忠実に守っていた。
目覚めたとき、障子から光が射しこんでこないので、妙に思った。しかし室内はもうだいぶ明るい。布団をめくって上半身を起こす。初春にしては暖かい。しばらくぼんやりとしたのち、あくびをひとつ。
「ああ、昼まで寝ちゃったのね」
合点が行った幽々子は、ひとり呟いて、立ち上がった。体はまだ横になりたがっていた。
「ちょっと食べ過ぎたかしら」
昨日は、眼下で人間たちが殺し合いをしていた。生と死の境にある人間ばかりだった。そういうとき、彼らの魂は匂い立つ。それは腐臭の一歩手前で、幽々子の食欲をそそらせた。それにしてもあんなに大量にかき込んだのは初めての経験だった。思ったよりずっと簡単にできた。あのときは、これ以上もうひと口も入らないと思っていたが、白玉楼に帰ってひと晩経った今はそうでもない。腹が空いているわけではないが、食べようと思えば食べられる。晩ごろには、もっと切実に食べたくなるだろう。
それにしても、こんなに遅く起きたのは久しぶりだった。普段は、日の出とともに目が覚める。そうでないときは、体調がすぐれない場合で、昼までどころか一日中横になっている。
布団を敷きっぱなしのまま、縁側に出る。一応は枯山水と呼べる庭が広がっている。歴代の白玉楼の主が特に気をつけて管理していたところらしい。今は、左右の庭から緑が浸食しており雑然としている。とても「枯」とは言い難い。庭や幽々子の寝室だけでなく、白玉楼全体が痛んでいた。柱は所々腐り、屋根が傾いていた。無人の建物は朽ちるのが早い、とはよく言われることだが、白玉楼も似たような有様だった。現在カラダを持っているのは白玉楼で幽々子ひとりだ。世話係として幽霊が何十体も是非曲直庁から出仕していたが、大半は幽々子が食べてしまったし、残った幽霊もろくに指示もされないまま放っておかれていたので、いるのかいないのかわからないほど存在が希薄になっている。
幽々子もまた、日がな一日、横になったり立ちあがったり、浮いたり沈んだりして過ごしていた。退屈を苦痛とは思わなかったが、楽しいわけでもなかった。
そんな彼女にも、楽しみがふたつあった。
ひとつは、時々結界の隙間から流れ込んでくる顕界の声だった。
それは人間の嘆きだったり、花びらが開く音だったり、祭りのざわめきだったりした。時には、湿った土の匂いや、一面に広がる菜の花畑もあった。それは声を聞くと頭に思い浮かんでくるのだ。
ごく稀に、何かなめらかな触感もあった。暖かい布のようだが、少し違う。幽々子はそれが、ひとの肌に指を這わせたときのぬくもりだと知っている。人間が、獣が、妖怪が、誰かとぬくもりを分かち合う、あの手触りだ。それがなぜ、顕界との結界の隙間から流れてくるのかわからない。歩くのも浮くのも寝るのにも飽きたとき、幽々子は、そうして冥界に響く幽かな声に耳をそばだて、過ごしていた。
「そんなにぼんやりしていたら、空気に溶けてしまうわよ、幽々子」
もうひとつ楽しみがある。どちらかといえばこちらの方が大きな楽しみだった。少なくとも、こちらの方がはるかに早く時間を忘れた。
「あら紫。こんにちは。今日は何の用かしら」
「ちょっと時間ができたから、お昼でも一緒できたら、と思ってね」
「ちょうどいいわ。今起きたところだから、何か食べたかったの」
「どこで食べる?」
「ここでいいわよ」
「そう……食事の間じゃなくていいかしら」
紫は朽ちつつある白玉楼に視線を巡らせる。幽々子はそれに一切頓着せず、ころころと笑った。
「いいのよぉ、どこで食べたって一緒よ。紫と食べられるのなら」
「はいはい。今、食べ物出すわよ」
空中にスキマを作り、そこから膳を取り出した。板の上にふたつ膳が並ぶ。
膳には、たっぷりと卵を溶いた海藻入りの汁物と、焼き魚、大根の煮つけがのっている。亡霊になったばかりの頃、幽々子はあらゆる固形物を受けつけず、紫が作ったものもすべて吐いていた。今はこの程度の食事なら楽しんですることができる。いまだに米の飯は無理だった。ものを食べないでいると、幽々子のような亡霊はカラダをなくしてしまう危険性があった。そうなっても、意志だけは幽々子本人が望めば存在し続けることはできる。消滅するわけではない。それでも紫は、今の幽々子のカラダに拘った。
「たんと召し上がれ。お腹を壊さない程度にね」
「ありがとう、紫。いただきます」
幽々子は、そんな紫の思惑をすべて把握しているわけではない。ただ、彼女が気を使ってくれているのはわかる。そのことが単純にうれしかった。紫が白玉楼に来るのが待ち遠しかった。
「あら」
幽々子は、膳に添えられた花を、茎をつまんで持ち上げた。花弁は厚めで、鮮やかな黄色だ。湯呑のように縦にすぼまっている。
「食事に花なんて、いいわね。でも、ここらじゃあまり見かけない花ね」
「チューリップというの。海の向こうの花」
「へえ……おいしそう」
紫は一瞬ためらった。
「食べてみたら?」
紫がそう言ったのとほぼ同時に、幽々子の歯は黄色の花弁を裂いていた。口をむぐむぐと動かしたのち、幽々子の顔が華やぐ。
「あぁ、これ、いいわね」
「よかった。茎もどう」
「うん。これはこれで、渋味があっていいわね」
紫は手放しでは喜べなかった。花は、幽々子に魂の甘味を覚えさせてしまう。少しずつ固形物を食事に取り込むための苦肉の策だった。与えるにしても程々でなければならない。
ただ、それとは別に紫は、花を食べている幽々子に見惚れていた。
ただそうしているだけで、絵になっていた。
「ねえ、幽々子」
「なぁに、紫」
「最近、私の他に白玉楼に誰か来た?」
「いいえ、誰も」
「そう、よかった」
心の底からそう思った。紫は安堵の息をついた。
「あなた以外、誰も来はしないわ」
幽々子は茎をつまんだまま、チューリップを紫に差し出した。花びらの数は半分に減っている。紫は、体を前傾させ、差し出された花びらを口に含んだ。花は、紫が持ってきたときよりも冷たかった。幽々子の体温が移っているからだ。
さく、と花びらをかじる。
植物の苦味と、淡い魂の味が口に広がる。もう一度、噛む。
さく、さく、と、紫のあとにもう一度、音がする。
あまりに近い位置に、幽々子の顔があった。吐息が、紫の頬にかかる。ふたりに噛み裂かれ、花弁は最後の一枚になった。紫が花びらに歯を立てると、向かい側から幽々子もそうした。ふたりが顎を引くと、花びらはふたつに裂かれる。とうとう茎だけになった。
屋敷と同じように朽ちかけている、白玉楼の外門を抜けたところで、紫は振り向いた。幽々子と過ごす時間はあまりに濃密で、時が過ぎるのを忘れてしまう。
幽々子の存在が希薄になっていくことも、忘れたくなる。
紫は気づいている。亡霊から徐々にカラダになじんできたはずの幽々子が、紫と逢うたびに、次第にカラダから遠ざかっているのを。今の幽々子にとって、世界は白玉楼と紫と、次第に薄れつつある飢えで成り立っている。このまま状況が進めば、やがては紫の一思考となんら変わりなくなる。つまり、ただの妄想だ。幽々子は幽々子でなくなる。
(そんなことを望んでいるわけじゃないのに……)
幽々子をまっとうな亡霊としてひとり立ちさせたい、それがお互いのためだと、落ち着いて考えればそう判断することもできる。しかし、面と向かって直接話すと、もう駄目だった。
(しばらく逢わない方がいいのかしら)
単純にそうとばかりも言いきれなかった。今の幽々子は、紫以外誰ともひととの接点を持たない。孤独になったとき、幽々子は幽々子をやめることに、なんの躊躇もないだろう。紫は親指の爪を下唇に当て、上の歯で、爪と指先を噛んだ。広大だが無惨な建物を見渡す。
「……庭師が、必要ね」
弦を爪弾く音に惹かれて、ルナサ・プリズムリバーはふらふらと人里まで来てしまった。
止みかけの雨のような音だった。
ぽつり、ぽつりと、抒情的に音が連なる。聴いていて懐かしさを覚える。これまでに聴いたことのない音だった。ハープの音色に似ているが、ずっと湿っぽい。
もっと、もっと聴いていたい。ルナサは音に導かれるまま、瓦葺の屋根をすり抜けた。
「おや、そんなところで何をしているのかね」
おかしい、と瞬時にルナサは思った。なぜなら、ルナサはまだ屋根をすり抜けている途中で、部屋まで到達していない。にもかかわらず、相手が先に気づいた。
「こうまではっきりとした幽霊を聴くのは久しぶりだな……怖がる必要はないよ。出てきなさい」
(怖がる必要がない? それは私が言うべきじゃないの)
天井を抜け、畳敷きの部屋に座っている痩せた男を見たとき、ルナサはさらにその思いを強くした。紺色の袷を着た男は、老いていた。正座をして、畳の上に横たえた台と向かい合っていた。台には何本か弦が渡されている。
「これを弾いていたの」
ルナサは天井から降り、男の前に立った。
「そうだよお嬢さん。琴、という」
男は盲だった。開かれた両の目は、白濁していた。それでも、はっきりとルナサの顔を向いていた。
「見えているの?」
「いいや、聴こえているだけさ」
「何が聴こえる?」
「言葉にしろと言われると……ちと難しいな。まあ、低音が多くてじめじめしているが、なかなか綺麗だ。うん、楽しそうな音楽会じゃないか」
男は皺だらけの顔を、さらに皺くちゃにした。
「よく演るんだろう」
「そこまでわかるの?」
「わかるさ。人間や妖怪に比べて、幽霊はずっと、その、なんというか混じりっ気がない。あんたのまわりは音でいっぱいだ。どうだ、この爺に少し付き合わないか」
ルナサは緊張して頭に血が上った。手のひらが汗ばんだ。乞われて演奏するのは何も初めてではない。妹たちと、大勢の妖怪や幽霊の前で演奏したことも何度もある。だが、他の演奏者と協演の経験はなかった。妹たちと音のやり取りをするときは、呼吸をするように何もかも自然にいった。自然に、というのは完璧に演奏ができる、という意味でなく、気楽だという意味だ。
さっきの琴を聴けば、この盲人の演奏技術が生半可なものでないことは、すぐにわかる。
「あ……そ、その、今は弾く準備が、まだ」
「なんだ、幽霊も簡単じゃないな。てっきり楽器と一心同体だと思っていたがね」
男はおどけたように笑った。ルナサは、自分の逃げが見透かされたようで、笑えなかった。ルナサは気まずい沈黙を耐えた。
「まあ、弾けないんじゃしょうがないか」
「あのっ」
ルナサは口を開く。ここで言わなければ、男に失礼だと思った。まだ、自分の中に芽生えた敬意を、ほとんど男に伝えていなかった。
「あなたの琴を、もっと聴かせてください」
男は、濁った目を丸くしてルナサを見ている。
「だめでしょうか、私には」
途端、男は大笑いした。
「ずいぶん謙虚な幽霊だな。俺も人間の中じゃ長く生きてきた方だが、初めて見るよ、お嬢さんみたいなのは。よほど育ちがよかったんだろうな。いいよいいよ、物を弾く人間が、聴かせてくれと乞われて、嫌だと言うわけがないだろう」
男は琴を抱えて立ち上がった。足を踏み出すたびに、よろめく。足もかなり悪いようだ。
「持ちますよ」
ルナサが何気なく手を伸ばした。
獣のような鼻息がした。さらに威嚇するような歯ぎしり。老人は琴を抱え込んで、ルナサに背中を向けていた。生まれたばかりの子猫を必死で守る親猫のように。
「これは……いい。自分で、持つ」
ルナサはうなずくしかなかった。男は十歩ほど歩き、縁側に琴を置いて、自分はその前に正座した。続いて縁側に出たルナサは、思わず感嘆の声をあげた。
「綺麗……」
こじんまりとした庭に、菜の花が溢れんばかりに植えられていた。むせ返るような黄色の洪水に、ルナサはどぎまぎした。目の至福だった。垣根には藤のツタが絡みつき、赤や白、青の多彩な花を房状に咲かせていた。
「綺麗だろう。俺にも聴こえる」
ルナサの驚きに、男は得意げだった。老人は右手に生えている、一本の木を差す。
「特にそのユキヤナギ。いいと思わないか」
垂らした房にいくつもの白い花を咲かせ、ユキヤナギは艶やかに咲いていた。ルナサは無言でうなずいた。
「俺の、娘なんだ」
「え……」
「ああ、そんな気がするってだけだ。別に頭がおかしくなったわけじゃない。まあ、耄碌してもおかしくない歳だがな。そこから、よく娘の声が聞こえてくる」
ひとが死ぬと、その魂はしばしば花に宿る。ルナサはそういう場面を今までに何度が見てきたことがあるから、男の言葉もさして疑わなかった。
「この花畑全体が、娘に思えてくる。よく、蓬莱人形を俺にねだっていた。買ってやれなかったがな」
男は琴を爪弾く。
ルナサは、じっとその抒情的な音色に身を委ねる。
今日初めて聴くはずなのに、懐かしさがこみあげてきた。妹が椅子に座って窓の外を眺めている光景を、ルナサは幻視した。それがやがて、見たこともない少女が、台所で包丁片手に何かを剥いている後ろ姿と混じり合っていく。焦がれるような追憶が、ルナサの胸をついた。
音に自分の感情を乗せる。それはルナサにとっても当たり前のことだ。しかし、こうして他人の音に、他人の感情に自分を乗せる経験は初めてだった。
「ごめんなさい」
曲が終わると、ルナサは呟いた。感謝より先に、そちらの言葉が口をついて出た。男は、盲いた目を怪訝そうにルナサに向ける。
「とても、気持ちよかった」
「いや、いいんだ。供養ってのは、多分そういうもんだろう」
「あなたの演奏は、素晴らしい」
「ありがとよ。そう言ってもらえるなら、娘も少しは浮かばれるだろう」
「次に……」
「ん?」
「次には、私も準備をしてきます。あなたの腕に、恥ずかしくないくらいに練習して。よかったら、そのときは……」
老人は相好を崩した。
「もちろんだ。こっちからもお願いするよ、お嬢さん」
幽々子が縁側に座ってぼんやりしていると、幽かな音が聞こえてきた。わくわくしながら耳を澄ませた。いつもよりも、ずっとはっきり聴こえる。まるで音の出所が、結界の向こう側でなく、こちら側であるかのようだ。
「近いわね」
幽々子はそう言って、縁側からふわりと飛び上がった。そのまま冥界の、顕界と比べて色の薄い空を浮遊する。幽々子が動くに従い、音は大きくなる。普段聴いている音とは別物だということがはっきりした。なぜなら、幽々子の頭に浮かぶものがまるで違う。いつもは濃淡の差こそあれ、ひとつひとつじっくりと聴きとることができた。今日のは、無数の映像や音、感情が忙しなく交錯して、印象が絞りきれない。
やがて冥界の門が見えてきた。門のまわりは雲霞が濃く立ち込めていた。円柱の間に、巨大な門がそびえ立っている。冥界と顕界、こちらとあちらを分かつ境界のひとつだ。この門は、それら境界の中では一番行き来しやすい。これだけ大きくて目立つうえに、元々結界がほころびやすいところに門が建てられているからだ。
円柱の上に、黒服の少女が浮かんでいた。頭に、月の飾りがついた帽子をかぶっている。少女の傍に、木製の縦長の楽器が浮かんでいる。音はそこから聴こえていた。幽々子が近づいていくと、音は止んだ。少女は顔をあげる。目に警戒心が浮かんでいた。幽々子は、自分がこの冥界で有名なことを、なんとなく知っていた。それでものんびり拍手しながら、警戒の視線も意に介さず、接近を続ける。
「弦の音……懐かしいわね」
「知ってるの?」
「昔、習っていた気がするわ。でも、なんだか少し違うみたい。胡弓、っていうのだけど」
「違うわ、これはヴァイオリン」
「いい音色ね。白玉楼ってところで聴いていたんだけど、ついここまで来ちゃった」
「……耳がいいのね。そんなに遠いところから。ありがとう」
「でもずいぶん乱雑だわ。色んなものがまぜこぜになってて、混乱してる。これじゃ、ゆっくり味わうこともできやしない」
ルナサは、自分の心が見透かされているような居心地の悪さを感じた。
「もっとゆっくり弾いてみたらどう? 私の家だったら、落ち着いて弾けるかもしれないわ。ねえ、うちにいらっしゃい。お茶も出すから」
幽々子は白玉楼の方へ体を向けながら、ルナサに手を差し出す。ルナサは曖昧にうなずきながら、手を伸ばした。得体のしれない亡霊だった。それでも、遠くからわざわざやってきて、自分の音をほめてくれたことは素直に嬉しかった。
指先が触れた瞬間だった。
ルナサの腕が、ごっそりと抜け落ちた。
総身に震えが走る。
手を離す。腕は無事だった。だが、麻痺してしまい感覚がない。
「な……に、今の……」
「あら、ごめんなさい。あなた幽霊だったわね。気をつけててね」
なんでもないことのように言って、幽々子は飛んでいった。ルナサはしばらく呆然としてその背中を見ていた。腕の感覚は次第に戻ってきた。なぜだか、逃げると言うことは考えなかった。逃げても無駄な気がした。それに、この捉えどころのない亡霊姫に、抗いがたい魅力を感じていた。
紫が訪れたとき、白玉楼には誰もいなかった。幽々子のことだから、どうせまたひとりでその辺をぶらぶらしているのだろうと思い、そのまま待つことにした。しばらくして幽々子は帰ってきた。紫の予想は、半分しか当たらなかった。
幽々子の連れてきた騒霊は、紫も知っていた。彼女たちプリズムリバー三姉妹が時々騒霊ライブを開いていることも、元々彼女らはある人間が生みだした幻想だということも、その人間が幻想入りしたいきさつも知っていた。
ルナサの独演がはじまると、幽々子も紫も口を閉ざした。幽々子はやがて、こくりこくりと舟を漕ぎ始めた。
(そうね、悪くはないわ)
紫もまた、それなりにルナサの音を楽しんでいた。ゆったりとした呼吸が感じられる曲だ。
(この子が作った曲にしては、呼吸を意識しすぎているわね)
誰かの模倣だ。しかも、おそらくは人間の。
余韻を響かせ、ヴァイオリンは沈黙した。幽々子は、満足げにため息をついた。その様子を見て、紫は平静でいられなかった。この満足は、自分が与えたものではない。動揺を封じ込めるように、手をぎゅっと握りしめる。手のひらに滲んだ汗が気持ち悪い。
「ありがとう。とてもよかったわ」
「いいえ、こちらこそ……ありがとう」
ルナサはほほえみを浮かべながらも、ひどくぐったりしているようだった。幽々子と真正面から向き合い、十分以上もそのままだったのだから無理もないと、紫は思った。
「それじゃあ、私はこれで」
「ええ、ありがとうね。これ、少ないけどどうぞ。顕界じゃ使えないけど、冥界や地獄、中有の道で買い物する分には差し支えないわ」
そういって、紙包みを差し出す。ルナサはぺこりとお辞儀した。
幽々子は終始にこやかな表情で、庭先まで出て、ルナサが雲に隠れて見えなくなるまで見送っていた。やがてふたりきりになると、おもむろに紫を振り返った。
「ねえ紫。花見に行きましょう」
幽々子が渡してくれた報酬は、ルナサが思ったよりもずっと多かった。中有の道では遠慮なく買い物することができた。ここは生者用のも死者用のも売っている。ちなみにルナサのように、どちらでもいける者も多い。
茶葉、スルメ、餅、チョコレート、寿司、リンゴ、酒と手当たり次第に顕界の旨そうなものを買っていった。何が好きか、あの人間に聞いておけばよかったと思った。ひと通り買物が済み、満足して顕界に行こうとしたが、ふと思いなおして道を少し戻り、瀬戸物屋で湯呑をひとつ買った。
顕界に入り、幻想郷の見慣れた空を飛んでいく。空は夕陽に照らされ赤かった。陽が落ちようとしている。人里が見えると、期待に胸が弾んだ。
がんばって練習した。亡霊にもほめられた。この短時間で、ルナサは自分の腕が飛躍的に上がったと感じていた。積み重ねられた経験だけでは、音は根本的には変わらない。出会いが必要だったのだ。
天井をすり抜けず、直接裏庭に降りた。盲目の老人は、縁側で琴を前にしていた。琴は沈黙していた。老人も、額に皺を寄せ、岩のように押し黙っている。
「おお、また来たか」
ルナサに気づくと、顔をほころばせた。ルナサの方から漂ってくる匂いを嗅ぎつけたらしく、にやりと笑う。
「今日はいいものを持ってきているな、お嬢さん」
「この前、いい曲を聴かせてもらいました。そのお礼と、今日のお願いです」
「そのリンゴ、うまそうだな」
「すぐ切ってきますね」
ルナサは甲斐甲斐しく台所と思しき部屋に入った。中は、盲人にもわかりやすいよう、きっちりと整理されていた。ルナサは包丁を手に取り、リンゴの皮を剥いていく。切ったのを皿に並べる。
「なかなかきちんとしているだろう。教え子たちが時々やってきて、掃除していってくれる」
「よかった」
ルナサは安堵のため息をついた。男は訝るように、濁った目をルナサに向ける。
「あなたがひとりじゃなくて」
「……ふん、幽霊から心配されるとはねえ」
男はルナサから顔をそむけ、リンゴをかじる。しゃくり、と小気味いい音が立った。
「お願いがあります。私と、弾いてください」
「ああ、いいよ」
意気込んで言ったルナサは、拍子抜けしてしまった。
「……えらくあっさり」
「なんだよ、俺に断ってほしかったのか」
「そうじゃないですが」
「じゃ、いいだろう」
男はリンゴを口に放り込み、服の裾で手をぬぐうと、爪をつけ、琴に向かい合った。
「お嬢さん、取りな、あんたの得物を」
「いつでもどうぞ」
「この前の曲でいいか」
「ええ……〈蓬莱人形〉を」
「あの曲に名前なんてつけてなかったが。まあ、いいかそれで」
琴が進みだす。そこに、ヴァイオリンがおずおずと、しかし確かな意志をもって続く。音楽が静かに始まる。
初めて協演するふたつの弦は、たどたどしいながらも、お互いに睦まじく絡み合った。ルナサは時間の経過を楽しんでいた。だんだんと、相手の音がわかってくる。相手も同じだろう。そうやって、少しずつ、音が良くなっていく。それが何より楽しい。
陽が落ちかけ、黄昏時が訪れる。
不意に、ルナサの全身が総毛だった。
寒気と言うにはあまりに破壊的な何かが、どうしようもない暴風雨のように吹き荒れた。これはただの前ぶれだ。本当の、圧倒的な恐怖が間近に迫っているのを予感した。それは理由もなく、彼女を押しつぶそうとする。天災のように、彼女の意志を一顧だにせず。それでも演奏をやめないでいられたのは、共に弾いている老人がいたからだった。
亀裂が、紫色の空に走る。
裂け目の向こうは赤黒い海。海には無数の目が潜む。
そこから、白くほっそりした腕が、なまめかしく生えてきた。さらに水色の袖が翻る。着物には月と雲の紋様。桃色の髪の毛。
西行寺幽々子がスキマから踊り出た。呆然としている男とルナサの目の前で、幽々子は大きく息を吸い込んだ。
「聴いた通り、素敵な匂いね」
彼女の頬は桃色に染まり、目はとろんとして、吐く息は艶めかしかった。
ルナサは確信した。
彼我のどうしようもない差を。次元が違う。
「なぜ……ここに」
「なぜって? ふふ、おかしなことを聞くのね。あなたが教えてくれたんじゃないの」
「私は何も言っていないッ!」
ルナサは声を荒げた。
「あなたの音が良すぎたのよ。そうするとね、綺麗な花畑も、その匂いも、その手触りも、自然に伝わってくるものよ」
ルナサは老人に誤解されることが、目の前の亡霊よりももっと恐ろしかった。当の老人は、あらぬ方を見てぼんやりとしている。幽々子が「聴こえていない」のだ。幽々子のまわりは騒々しかった。ルナサには聴こえる。今まで幽々子が呼び寄せ、喰らい、呑んできた、無数の幽魂の声なき叫びが。今はもう、個々の意志すら定かでない、支離滅裂な幽魂たち。おそらく、老人の耳は混沌の渦に巻き込まれているだろう。だから幽々子を特定できない。
「こんなところにあなたがいるものじゃないわ、亡霊の姫様。危なっかしくて仕方ない。だいたいあなた、冥界の住人でしょうに」
「あらあら、幽霊のあなたに言われたくないわ。私はね、お花見がしたいだけなの。そうよねえ」
幽々子が首を翻し、同意を求めるように呼びかける。そう、ソレを……裂け目を見た時点で、ルナサにも予想できたはずだった。それでも、目の前に八雲紫が現れ、幽々子と並んだとき、ルナサは全神経がこわばった。ついさっき、同じようにふたりと向き合って演奏した。しかし、あのときと今とでは、意味が全然違う。
ルナサが身動きひとつ取れないうちに、幽々子は花畑の方へ浮いていった。
「あら、綺麗なユキヤナギ」
房についた花びらを口に含み、毟るようにして噛み切った。
途端、男の肩が弾かれたようにびくりと震えた。言葉にならない声をあげる。萎えかけた足を奮い立たせ、よたよたと歩き出す。幽々子の位置はわからない。ただ、ユキヤナギへ向かっていく。縁側から足を踏み外し、菜の花をつぶしながら花畑へ転がり落ちた。
「ぉ……あ、がっ……」
うめき声が上がる。ルナサは金縛りにあったように動けなかった。今自分が動けたとして何ができるわけでもない。それでも男を放っておけない。懸命に動かそうとしたが、体は恐怖と威圧に縛られ、動かない。幽々子は隣の椿に移る。
白い指が、蟲のように花びらの縁を這う。魂がぱっと散って、幽々子のまわりを切ない匂いが漂う。椿の甘い蜜と、花に宿った魂の未練が混ざり合って、幽々子は胸がしめつけられるような心地がする。なぜ自分が、呼吸が苦しくなるほどこの香りに魅惑されているのか、幽々子はわからない。
「魂の宿る花は、とろみがついてておいしいわ」
指先で椿の茎を固定し、幽々子は身を屈めた。一点の染みもない、なめらかに光る白い歯が、さくりと赤い花弁を噛む。花びらからこぼれた魂は何条もの煙となって幽々子にまといつく。恨んでいるのか、驚いているのか、その流体からは何の感情も読みとれない。読みとれたにしろ、幽々子はまったく頓着しないだろう。ふた口目で、椿の花をまるごと口の中に入れる。咀嚼しながら、目を細め、満足げな息を鼻から漏らす。
藤は房に口をつけ、唇をすぼめ、ひとつひとつ口に吸い入れていった。
すう、ぱ、すう、ぱ。
息を吸う音と、花弁が唇をこする音が交互にする。幽々子は、無心で花を貪っている。
老人は岩に潰されたような声を上げた。
弦が、爪弾かれる。
ルナサは瞬時に琴を振り返る。誰もいない。音だけがある。今まで男が弾いていたような、湿った、悲しげな音ではない。射抜くような音だ。
「誰……!」
ルナサの叫びは、花畑のざわめきにかき消された。花の輪郭が濃いもの薄いものとで二重になる。薄い方は、ぶるぶると震えながら、宙に浮かんでいく。そして、投網にからめとられた魚のように、一気に琴に引き寄せられた。琴から一直線に、幽々子に向かって音が飛ぶ。
「あぁっ!」
幽々子は耳を押さえて、うずくまった。耳を押さえた両手の指の隙間から、赤いものが、とろりと流れ出る。幽々子は眉根を寄せて涙を流している。痛いのか、それとも音に感動したのか、ルナサにはわからない。幽々子の涙に濡れた目が、花畑に転がる男に向く。男は、白く濁った目を鬼のように見開き、獣のようにうなり、周囲をせわしなく見回している。対照的に、幽々子の目は男を完全に捉えている。その目に、怒りはない。憐れみもない。
「やめて……」
ルナサはわれ知らず呟いていた。無駄だとわかっていても、言わずにはいられなかった。
「お願いやめてッッ!」
男は花畑に突っ伏した。
神弦「ストラディヴァリウス」
気づいたときにはヴァイオリンを現していた。自分が何をやっているのか、ルナサ自身の理解が追いついていない。体が勝手に動いていた。
境符「四重結界」
しかし音の矢は幽々子へ向けて放たれることなく、ルナサごと檻に囚われた。
花たちは今や台風に巻き込まれたように、その身を激しく揺さぶっていた。琴は狂ったように弦をかき鳴らしている。人間には聴きとれない音域の咆哮だった。幽々子の涙に、赤いものが混じった。
「幽々子……」
「ねえ、どうするつもり」
ルナサは結界の内側から、紫に話しかけた。
「こんな風に気紛れに人間を殺して回るの? この幻想郷で。それをあなたは放っておくの」
ルナサは、紫が幽々子から自分を守ってくれたのはわかっていたが、それでも言わずにいられなかった。
「あなたが面倒を見ているあの亡霊が、あなたの大好きな幻想郷を壊していくのよ」
「黙りなさい」
紫の声には、どうしようもない苛立ちがあった。
「あなたはただ、ようやく巡り合えた音が自分から離れたので怒っているだけ。騒霊の本能に従っているだけ」
「ええ。それがどうかしたの」
「……騒霊風情が、幻想郷を語るな」
剥き出しの自我だった。いつも十重二十重に自分の感情を覆い隠している紫の、あまりにも率直な言葉だった。紫は、襟まで血で濡らす幽々子の肩を抱き、スキマに入っていった。スキマが閉じると、ルナサを閉じ込めていた結界も砕けた。
ルナサはそのまま、そこで一夜を過ごした。
そこで耳を澄ませた。
ひと晩のうちに、花畑の咆哮は息をひそめた。琴の狂騒もまた、次第に落ち着きを取り戻した。男は、息をしないままだった。やがて土に還るまで、いつまでも息をしないことは、明らかだった。
枕元は赤く染まった。布団の上部も、血に濡れた。
紫は時々うつらうつらとしながら、幽々子の傍らに座っていた。
わかっていたことだった。冥界の外に興味を示した幽々子が、同じ顕界である幻想郷とその他を区別するはずがなかった。
妖怪と人間が、殺伐とした間柄の中で共存し、外の世界とはつながりながらも一線を画している、幻想郷。そこは紫の故郷だ、紫の揺り籠だ。紫そのものだ。
死と霊を自在に操る少女と、紫は、かつて惹かれあった。
今、少女は亡霊となり、紫の幻想郷に傷をつけた。これからも、つけようとするだろう。一切の罪の意識なく。それを紫は責めることはできない。なぜなら外の世界で、何万、何億と血が流れても、やはり紫は一切の罪の意識を感じないからだ。
やめろ、と言えばやめてくれるだろうか。
だが、頬を悦楽に染め、魂を欲し、貪る幽々子を、どうすれば止められるというのだろう。幽々子が何かを望む限り、紫はそれを叶えようとする。幽々子の悦びが、何よりも紫の悦びだから。
花見、と彼女が言った時点で、紫にはある程度見当はついていた。それでもスキマを使って、幽々子が求めるところへ彼女を導いた。もし導かなければ、がむしゃらに探し回る幽々子が、妖怪の山で、人里で、あたりかまわず死を振りまくかもしれない。その被害を最小限に抑えた、そうやって自分自身の行為を正当化することはできる。あながち間違いでもない。だが、そんな小手先の言い逃れではどうしようもない。
要するに、簡単なことだ。
紫が、幽々子を、止めればいい。
魂を貪るその行為を? それとも、その存在を?
紫は、幽々子の頬に指を這わせた。いまだに目から滲み出ている血が、べっとりと指の腹につく。それを自分の口へ持っていき、舌で舐めとりながら、唇につけた。
「痛かったでしょう」
「ええ。今も痛いわ。それに、熱い。血だけは、私から出ても熱いのね」
紫の声に応えるように、幽々子は薄く目を開けた。返事があるとは思っていなかったので、紫は内心の動揺を押し殺すのに苦労した。幽々子は、鼻にかかった笑い声を、短く立てた。
「紫、チューリップみたい」
「どういうこと」
「あのチューリップ、少し変わり種だったみたいでね、一枚だけ、花びらの縁が赤かったの。あなたの角度からは見えなかったかしら。まわりが黄色だっただけに、ずいぶん鮮やかに見えたわ」
幽々子は布団をのけて、紫に腕を伸ばす。紫の頬から顎にかけて、そっと、やさしく撫でる。親指を、紫の唇に辛うじて触れない程度のところに添える。幽々子の肌は冷たい。その冷気が、ほんのわずかに離れた紫の唇を冷やす。
「あなたの唇、そこだけが赤くて、鮮やかだわ。あの花びらに似ているの」
「じゃあ、同じようにする?」
今の紫の、本心だった。このわけのわからない葛藤を抱えているぐらいだったら、幽々子に喰われ、噛み裂かれ、呑まれてしまうのもいい。
幽々子はまた、短く、喉で笑った。
「駄目よ。紫は、これからも私と一緒にいなきゃ。紫のままでね」
呪いのような、祝福のような、友の言葉だった。幾重にも鎖に縛られる幸福だ。
「でもね」
幽々子は声を低めた。
「しばらく白玉楼に来ないで」
「えっ」
「私に近づかないで」
「そんな、ゆ……」
「あなたとは、長く一緒にいたいの。逢うと甘える。だから、逢わない。距離を置きましょう。それから、時間もね。百年でも二百年でも逢わない。少し待っててよ、焦らないで、紫。私、慣らすから。此処に、冥界に、私のカラダに、私を慣らすから。あなたのカタチに、あなたの理想に、あなたの思惑に、あなたの世界に、私を慣らすから」
血の流れはほとんど止まっていた。
「あなたの幻想郷に、私の居場所もくださいな」
久しぶりに見た白玉楼は、様変わりしていた。柱にも壁にも染みひとつなく、庭の木々はきちんと剪定され、美しい景観を見せていた。特に枯山水は、砂と石だけで見事に自然を表現していた。
庭師がいい仕事をしているようで、紫はひと安心した。自分の目に狂いはなかったようだ。
空から音が降りてくる。紫がふり仰ぐと、ルナサが宙に浮いていた。琴を爪弾いていた。
「あら、得物を変えたのね」
「違うわ。あっちは自在に出したりひっこめたりできるし、触らなくても演奏できるけど、これは普通に弾いているの」
「そのマジックアイテム、あなたが引き取ってたとはね。てっきり古道具屋か魔法店にでも行きついているのかと思ったわ」
「あまりに無責任で呆れるわ。うちの洋館で責任持って預かっているわよ。本人はあまり琴から出てこないけど。日和がいいときは、こうして冥界まで連れて行くの。運が良ければ父親に逢えるから」
「あなた、やさしいわね」
「騒霊風情がやさしくて、びっくりした?」
「もう、棘があるわねえ」
「身に覚えがないとは言わせないわ」
「ありすぎて思い出せないわ」
「でしょうね。私は忘れないけど」
「こんなところで、他人の道具使って演奏会?」
「まだリハーサルよ。妹たちを待っている」
「赦してくれたの?」
会話が、止まった。紫が、自分のことを言っているのでないことは、ルナサにもわかる。
「赦しては……いないと思うけれど。でももう、彼女はそういうものなんでしょう。地震や疫病と同じ。違う種族だから。それに最近は、外で喰い散らかしている風でもないし。ひがな一日屋敷でお茶を飲んでいるみたい。だからって、前にやったことが帳消しになるわけじゃないけど。あのひとに白玉楼の主が代替わりして、冥界の管理が甘くなったおかげで、この子と父親を会わせるのがわりと楽になったってのは認めるわ」
「それで?」
「だから、わからないのよ。私はあの姫様は嫌いじゃない。けど、あれはやっぱり……ええ、赦せないわ」
「それで構わない。素直に言ってくれて、ありがとう」
ルナサと別れ、冥界一広いと言われる庭内をぶらぶらと歩き回る。昼近いせいか、陽射しが強くなってきた。顕界に比べると問題ないくらい弱いが、それでも長いこと庭を歩き回っていた紫は、額が汗ばんできた。
ふと、その陽が陰った。上空を誰かが通り過ぎた。その誰かは後ろに回り込む。
「もう、いつまで待っても中に入ってくれないから、こっちから来ちゃったわ」
柔らかな絹が、紫の首筋を撫でる。
「元気そうでよかったわ」
紫は振り向かないまま、ほほえんだ。
「顔も見ないで、元気かどうかなんてわかるの? 紫、こっち向いてよ」
「見るわ。でも……ちょっと待って幽々子。いいでしょう」
紫は、自分でも呆気なく思うほど、声がかすれてくるのを感じた。こみあげてくるものがある。
「いいわ。もう長いこと待ったものね。いまさら、少しくらい、待ったっていいわ」
紫は無言でうなずいた。
「それじゃあ紫、あなたが泣きやむまでのあいだ、私のささやかなもてなしを受けて頂戴」
紫の唇に、ひやりと何かが当たる。喇叭状に広がる橙色の花弁の周囲を、白い花びらが取り巻いている。スイセンだ。
紫はそれに歯を当てた。蜜の甘さと、むせ返るような濃い芳香が口の中に広がった。幽々子は喉を鳴らして嬉しそうに笑った。
今は戦場だが、ほんの半日前まで、そこは村だった。木と紙で作られた家を舐めつくす炎の中から、瓦礫の陰から、略奪者の刀の下から、悲鳴は聞こえてくる。
略奪者はなにがしかの正義を標榜している。そうして、別の大義を掲げた別の略奪者と争っている。村はどちらにも属さず、そこに村として以前から存在していたが、双方の略奪者にとってそういうことは何の意味も持たなかった。単なる両勢力の都合上、そこは戦場たるにふさわしい場所となった。
特に珍しい光景ではない。日本国中、世界中、どこにでもある光景だ。何千、何万、何億と、今までも、これからも繰り返されていくだろう光景だ。それが幻想郷にかかわるものでない限り、紫が関心を持つ理由がない。丘は村の東側一帯にあり、時々流れ矢が飛んできたり、さらなる獲物を求めて血塗られた刃を持った男がやってきたりした。流れ矢はそのままスキマに入った。男も二、三人やってきたが、原形をとどめぬ状態で紫の足下に散らばった。
紫は、激しく動揺していた。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。
頭の中はそればかりだ。
なぜいないの、なぜ見つからないの、なぜ「この私が」わからないの。
なぜ、なぜ。
獰猛な生き物が、車輪のように回転しながらやってくる。暴風のごとき勢いで、焼け落ちた家屋を、野獣と化した男たちを、無残な死骸の山を跳ね散らしながら、紫のもとへやってくる。紫の前でそれは回転をピタリとやめ、跪いた女性の姿となった。ゆったりとした和服を着ている。尾は九つある。端整な面立ちだが、今は暗く沈んでいる。
「紫様、申し訳ありません」
紫は唇を噛んだ。
八雲藍の情報処理能力は高い。
どれぐらい高いかと言えば、ある村で一ヶ月間に雨が何粒降ったか、または稲穂に実っている稲の数、村に生息するあらゆる生物の足の総数などを把握できる程度には高い。その彼女が、村を隅々から見て回ったのに、その気配すらつかめない。
「この一帯にはいらっしゃいません。次の……」
「幽々子」
「えっ」
藍は思わず顔をあげた。紫が、跪いた藍には目もくれず、遠くを見やっている。藍もつられて振り向く。今まで散々探し回っていた当の対象が、空に浮かんでいた。
紫にすら気配を察知されない、亡霊の姫が。
阿鼻叫喚の一帯となった村の上空を、青白い和服を着た少女が、ふわふわと浮かんでいる。心ここに非ずといった風で、ぼんやりと眼下の殺戮劇を眺めている。
すん、すん、と何か匂いを嗅ぐように鼻を動かす。そして目を閉じる。体を宙に浮かべたまま、体中の力を抜いている。
変化は唐突に起こった。
地の底から、逆さまに雪が降る。
いや、雪ではない。幽かな光りを宿し上昇していくそれは、魂だった。
「まさか……死を……」
藍はそれっきり絶句している。紫は、ごく自然に目の前の現象を受け入れた。
あれは人間の魂だ。
この地獄のような所にいる人間の魂が、ひとつ残らず空へ昇っていく。幽々子のもとへ。魂が抜けた肉体は、もはやただの入れ物にすぎない。あれほど騒然としていた刀と刀を撃ち交わす音、嗜虐心に満ちた笑い、許しを請う声、断末魔の叫び、追い回し、追われ、嬲られる音、そういったものが、すべて消えた。ただ、炎の舌が村を舐めつくす音だけが、依然として続いていた。
幽々子は口を開いた。集まってきた魂を、呑み込んでいく。
うっすらと笑みを湛え、幸せそうに。
紫はその顔を見ていると、頭がどうにかなりそうだった。ひとりでに足が動いて、幽々子の方へ向かう。後ろで藍が何か叫んでいるが、耳に入らない。上空の幽々子が、地を歩く紫に気づいた。のんびりとした速度で降りてくる。ふたりは、魂の抜けた死骸が折り重なる、滅びた村の中で向かい合った。
探したわよ、幽々子。
そう言おうと思ったが、声が出なかった。それは、あまりにもどうでもいい言葉のように思えた。
「もうお腹いっぱい」
幽々子はそう言うと、手を口元に当てて、あくびした。見ていて気持ちのいいほど大きなあくびだった。紫は、目尻に涙を浮かべた幽々子の手を取り、引き寄せた。
「紫、眠くなってきたわ」
近くの土塀に、ふたりは並んで座った。幽々子はごく自然な動作で、紫の肩に頭を預ける。紫もまた、ごく当たり前のように、幽々子の肩に腕をまわし、彼女の頭に手のひらを乗せる。そして、目の前で焼け崩れていく死体を眺める。
(これでいい……)
紫は思う。腕の中に幽々子がいるだけで、固い地べたも、死体の腐臭も、柔らかな羽毛や、かぐわしい香料に勝る心地がする。
(幻想郷にさえ累が及ばなければ、それでいい)
ひとの魂を食べると、体の内側からぽうっとあたたかくなる。幽々子にはそれが気持ちよかった。
きっかけは些細なことだった。白玉楼の庭に、いつもより幽霊が多かった。顔の傍に浮かんでいた幽霊を口に含んでみたのだ。そいつは、はじめばたばたと抵抗したが、そのまま呑み込んだ。胃に収まるとすっかりおとなしくなり、そのまま溶け、幽々子の中で広がっていった。
(ああ、おいしい。この感覚、久しぶりだわ。いいえ、初めてかしら)
幽々子は飢えていた。亡霊になったときからそれがもう常態になっていたから、はじめは苦しかったが、最近は特になんとも思わない。
亡霊として白玉楼の主になって、ずいぶん月日が流れた。ずいぶん、という感覚も、かすかに体に染みついていた人間の頃の習性がそう告げているのだが、今となっては長いとも短いとも感じない。ひと晩とひと月にいったいどれほどの違いがあるのか、もう幽々子はわからない。
完全に「カラダ」というものから離れたわけではない。熱した火箸も、竈の火も、幽々子の肌を焼くことができる。自分で試したり、紫にさせたりしたから確かなことだ。紫は嫌がったが、他にしてくれるひともいなかったのでやってもらった。でも、そうして赤黒く焼け爛れた肌も、すぐにまた、蜜をひきのばしたような、肌理の細かい、なめらかな肌に戻る。
忘れてしまうのだ、業火の熱など。
それなのに、喰った魂のぬくみはなかなか消えなかった。体のあちこちに、小さな灯のように残った。幽々子は気が向いたときには冥界のそこらに浮かんでいる魂を喰うようになった。動物や植物のも食べてみたが、人間が一番だった。
顕界に出て、ひとの魂を食べてまわるようになるまで、それほど時間はかからなかった。
結界にわずかにほつれができており、幽々子はいつもそこから行き来していた。紫からはいつも、なるべく遠くへ行くよう言われていた。幽々子は今のところ言いつけを忠実に守っていた。
目覚めたとき、障子から光が射しこんでこないので、妙に思った。しかし室内はもうだいぶ明るい。布団をめくって上半身を起こす。初春にしては暖かい。しばらくぼんやりとしたのち、あくびをひとつ。
「ああ、昼まで寝ちゃったのね」
合点が行った幽々子は、ひとり呟いて、立ち上がった。体はまだ横になりたがっていた。
「ちょっと食べ過ぎたかしら」
昨日は、眼下で人間たちが殺し合いをしていた。生と死の境にある人間ばかりだった。そういうとき、彼らの魂は匂い立つ。それは腐臭の一歩手前で、幽々子の食欲をそそらせた。それにしてもあんなに大量にかき込んだのは初めての経験だった。思ったよりずっと簡単にできた。あのときは、これ以上もうひと口も入らないと思っていたが、白玉楼に帰ってひと晩経った今はそうでもない。腹が空いているわけではないが、食べようと思えば食べられる。晩ごろには、もっと切実に食べたくなるだろう。
それにしても、こんなに遅く起きたのは久しぶりだった。普段は、日の出とともに目が覚める。そうでないときは、体調がすぐれない場合で、昼までどころか一日中横になっている。
布団を敷きっぱなしのまま、縁側に出る。一応は枯山水と呼べる庭が広がっている。歴代の白玉楼の主が特に気をつけて管理していたところらしい。今は、左右の庭から緑が浸食しており雑然としている。とても「枯」とは言い難い。庭や幽々子の寝室だけでなく、白玉楼全体が痛んでいた。柱は所々腐り、屋根が傾いていた。無人の建物は朽ちるのが早い、とはよく言われることだが、白玉楼も似たような有様だった。現在カラダを持っているのは白玉楼で幽々子ひとりだ。世話係として幽霊が何十体も是非曲直庁から出仕していたが、大半は幽々子が食べてしまったし、残った幽霊もろくに指示もされないまま放っておかれていたので、いるのかいないのかわからないほど存在が希薄になっている。
幽々子もまた、日がな一日、横になったり立ちあがったり、浮いたり沈んだりして過ごしていた。退屈を苦痛とは思わなかったが、楽しいわけでもなかった。
そんな彼女にも、楽しみがふたつあった。
ひとつは、時々結界の隙間から流れ込んでくる顕界の声だった。
それは人間の嘆きだったり、花びらが開く音だったり、祭りのざわめきだったりした。時には、湿った土の匂いや、一面に広がる菜の花畑もあった。それは声を聞くと頭に思い浮かんでくるのだ。
ごく稀に、何かなめらかな触感もあった。暖かい布のようだが、少し違う。幽々子はそれが、ひとの肌に指を這わせたときのぬくもりだと知っている。人間が、獣が、妖怪が、誰かとぬくもりを分かち合う、あの手触りだ。それがなぜ、顕界との結界の隙間から流れてくるのかわからない。歩くのも浮くのも寝るのにも飽きたとき、幽々子は、そうして冥界に響く幽かな声に耳をそばだて、過ごしていた。
「そんなにぼんやりしていたら、空気に溶けてしまうわよ、幽々子」
もうひとつ楽しみがある。どちらかといえばこちらの方が大きな楽しみだった。少なくとも、こちらの方がはるかに早く時間を忘れた。
「あら紫。こんにちは。今日は何の用かしら」
「ちょっと時間ができたから、お昼でも一緒できたら、と思ってね」
「ちょうどいいわ。今起きたところだから、何か食べたかったの」
「どこで食べる?」
「ここでいいわよ」
「そう……食事の間じゃなくていいかしら」
紫は朽ちつつある白玉楼に視線を巡らせる。幽々子はそれに一切頓着せず、ころころと笑った。
「いいのよぉ、どこで食べたって一緒よ。紫と食べられるのなら」
「はいはい。今、食べ物出すわよ」
空中にスキマを作り、そこから膳を取り出した。板の上にふたつ膳が並ぶ。
膳には、たっぷりと卵を溶いた海藻入りの汁物と、焼き魚、大根の煮つけがのっている。亡霊になったばかりの頃、幽々子はあらゆる固形物を受けつけず、紫が作ったものもすべて吐いていた。今はこの程度の食事なら楽しんですることができる。いまだに米の飯は無理だった。ものを食べないでいると、幽々子のような亡霊はカラダをなくしてしまう危険性があった。そうなっても、意志だけは幽々子本人が望めば存在し続けることはできる。消滅するわけではない。それでも紫は、今の幽々子のカラダに拘った。
「たんと召し上がれ。お腹を壊さない程度にね」
「ありがとう、紫。いただきます」
幽々子は、そんな紫の思惑をすべて把握しているわけではない。ただ、彼女が気を使ってくれているのはわかる。そのことが単純にうれしかった。紫が白玉楼に来るのが待ち遠しかった。
「あら」
幽々子は、膳に添えられた花を、茎をつまんで持ち上げた。花弁は厚めで、鮮やかな黄色だ。湯呑のように縦にすぼまっている。
「食事に花なんて、いいわね。でも、ここらじゃあまり見かけない花ね」
「チューリップというの。海の向こうの花」
「へえ……おいしそう」
紫は一瞬ためらった。
「食べてみたら?」
紫がそう言ったのとほぼ同時に、幽々子の歯は黄色の花弁を裂いていた。口をむぐむぐと動かしたのち、幽々子の顔が華やぐ。
「あぁ、これ、いいわね」
「よかった。茎もどう」
「うん。これはこれで、渋味があっていいわね」
紫は手放しでは喜べなかった。花は、幽々子に魂の甘味を覚えさせてしまう。少しずつ固形物を食事に取り込むための苦肉の策だった。与えるにしても程々でなければならない。
ただ、それとは別に紫は、花を食べている幽々子に見惚れていた。
ただそうしているだけで、絵になっていた。
「ねえ、幽々子」
「なぁに、紫」
「最近、私の他に白玉楼に誰か来た?」
「いいえ、誰も」
「そう、よかった」
心の底からそう思った。紫は安堵の息をついた。
「あなた以外、誰も来はしないわ」
幽々子は茎をつまんだまま、チューリップを紫に差し出した。花びらの数は半分に減っている。紫は、体を前傾させ、差し出された花びらを口に含んだ。花は、紫が持ってきたときよりも冷たかった。幽々子の体温が移っているからだ。
さく、と花びらをかじる。
植物の苦味と、淡い魂の味が口に広がる。もう一度、噛む。
さく、さく、と、紫のあとにもう一度、音がする。
あまりに近い位置に、幽々子の顔があった。吐息が、紫の頬にかかる。ふたりに噛み裂かれ、花弁は最後の一枚になった。紫が花びらに歯を立てると、向かい側から幽々子もそうした。ふたりが顎を引くと、花びらはふたつに裂かれる。とうとう茎だけになった。
屋敷と同じように朽ちかけている、白玉楼の外門を抜けたところで、紫は振り向いた。幽々子と過ごす時間はあまりに濃密で、時が過ぎるのを忘れてしまう。
幽々子の存在が希薄になっていくことも、忘れたくなる。
紫は気づいている。亡霊から徐々にカラダになじんできたはずの幽々子が、紫と逢うたびに、次第にカラダから遠ざかっているのを。今の幽々子にとって、世界は白玉楼と紫と、次第に薄れつつある飢えで成り立っている。このまま状況が進めば、やがては紫の一思考となんら変わりなくなる。つまり、ただの妄想だ。幽々子は幽々子でなくなる。
(そんなことを望んでいるわけじゃないのに……)
幽々子をまっとうな亡霊としてひとり立ちさせたい、それがお互いのためだと、落ち着いて考えればそう判断することもできる。しかし、面と向かって直接話すと、もう駄目だった。
(しばらく逢わない方がいいのかしら)
単純にそうとばかりも言いきれなかった。今の幽々子は、紫以外誰ともひととの接点を持たない。孤独になったとき、幽々子は幽々子をやめることに、なんの躊躇もないだろう。紫は親指の爪を下唇に当て、上の歯で、爪と指先を噛んだ。広大だが無惨な建物を見渡す。
「……庭師が、必要ね」
弦を爪弾く音に惹かれて、ルナサ・プリズムリバーはふらふらと人里まで来てしまった。
止みかけの雨のような音だった。
ぽつり、ぽつりと、抒情的に音が連なる。聴いていて懐かしさを覚える。これまでに聴いたことのない音だった。ハープの音色に似ているが、ずっと湿っぽい。
もっと、もっと聴いていたい。ルナサは音に導かれるまま、瓦葺の屋根をすり抜けた。
「おや、そんなところで何をしているのかね」
おかしい、と瞬時にルナサは思った。なぜなら、ルナサはまだ屋根をすり抜けている途中で、部屋まで到達していない。にもかかわらず、相手が先に気づいた。
「こうまではっきりとした幽霊を聴くのは久しぶりだな……怖がる必要はないよ。出てきなさい」
(怖がる必要がない? それは私が言うべきじゃないの)
天井を抜け、畳敷きの部屋に座っている痩せた男を見たとき、ルナサはさらにその思いを強くした。紺色の袷を着た男は、老いていた。正座をして、畳の上に横たえた台と向かい合っていた。台には何本か弦が渡されている。
「これを弾いていたの」
ルナサは天井から降り、男の前に立った。
「そうだよお嬢さん。琴、という」
男は盲だった。開かれた両の目は、白濁していた。それでも、はっきりとルナサの顔を向いていた。
「見えているの?」
「いいや、聴こえているだけさ」
「何が聴こえる?」
「言葉にしろと言われると……ちと難しいな。まあ、低音が多くてじめじめしているが、なかなか綺麗だ。うん、楽しそうな音楽会じゃないか」
男は皺だらけの顔を、さらに皺くちゃにした。
「よく演るんだろう」
「そこまでわかるの?」
「わかるさ。人間や妖怪に比べて、幽霊はずっと、その、なんというか混じりっ気がない。あんたのまわりは音でいっぱいだ。どうだ、この爺に少し付き合わないか」
ルナサは緊張して頭に血が上った。手のひらが汗ばんだ。乞われて演奏するのは何も初めてではない。妹たちと、大勢の妖怪や幽霊の前で演奏したことも何度もある。だが、他の演奏者と協演の経験はなかった。妹たちと音のやり取りをするときは、呼吸をするように何もかも自然にいった。自然に、というのは完璧に演奏ができる、という意味でなく、気楽だという意味だ。
さっきの琴を聴けば、この盲人の演奏技術が生半可なものでないことは、すぐにわかる。
「あ……そ、その、今は弾く準備が、まだ」
「なんだ、幽霊も簡単じゃないな。てっきり楽器と一心同体だと思っていたがね」
男はおどけたように笑った。ルナサは、自分の逃げが見透かされたようで、笑えなかった。ルナサは気まずい沈黙を耐えた。
「まあ、弾けないんじゃしょうがないか」
「あのっ」
ルナサは口を開く。ここで言わなければ、男に失礼だと思った。まだ、自分の中に芽生えた敬意を、ほとんど男に伝えていなかった。
「あなたの琴を、もっと聴かせてください」
男は、濁った目を丸くしてルナサを見ている。
「だめでしょうか、私には」
途端、男は大笑いした。
「ずいぶん謙虚な幽霊だな。俺も人間の中じゃ長く生きてきた方だが、初めて見るよ、お嬢さんみたいなのは。よほど育ちがよかったんだろうな。いいよいいよ、物を弾く人間が、聴かせてくれと乞われて、嫌だと言うわけがないだろう」
男は琴を抱えて立ち上がった。足を踏み出すたびに、よろめく。足もかなり悪いようだ。
「持ちますよ」
ルナサが何気なく手を伸ばした。
獣のような鼻息がした。さらに威嚇するような歯ぎしり。老人は琴を抱え込んで、ルナサに背中を向けていた。生まれたばかりの子猫を必死で守る親猫のように。
「これは……いい。自分で、持つ」
ルナサはうなずくしかなかった。男は十歩ほど歩き、縁側に琴を置いて、自分はその前に正座した。続いて縁側に出たルナサは、思わず感嘆の声をあげた。
「綺麗……」
こじんまりとした庭に、菜の花が溢れんばかりに植えられていた。むせ返るような黄色の洪水に、ルナサはどぎまぎした。目の至福だった。垣根には藤のツタが絡みつき、赤や白、青の多彩な花を房状に咲かせていた。
「綺麗だろう。俺にも聴こえる」
ルナサの驚きに、男は得意げだった。老人は右手に生えている、一本の木を差す。
「特にそのユキヤナギ。いいと思わないか」
垂らした房にいくつもの白い花を咲かせ、ユキヤナギは艶やかに咲いていた。ルナサは無言でうなずいた。
「俺の、娘なんだ」
「え……」
「ああ、そんな気がするってだけだ。別に頭がおかしくなったわけじゃない。まあ、耄碌してもおかしくない歳だがな。そこから、よく娘の声が聞こえてくる」
ひとが死ぬと、その魂はしばしば花に宿る。ルナサはそういう場面を今までに何度が見てきたことがあるから、男の言葉もさして疑わなかった。
「この花畑全体が、娘に思えてくる。よく、蓬莱人形を俺にねだっていた。買ってやれなかったがな」
男は琴を爪弾く。
ルナサは、じっとその抒情的な音色に身を委ねる。
今日初めて聴くはずなのに、懐かしさがこみあげてきた。妹が椅子に座って窓の外を眺めている光景を、ルナサは幻視した。それがやがて、見たこともない少女が、台所で包丁片手に何かを剥いている後ろ姿と混じり合っていく。焦がれるような追憶が、ルナサの胸をついた。
音に自分の感情を乗せる。それはルナサにとっても当たり前のことだ。しかし、こうして他人の音に、他人の感情に自分を乗せる経験は初めてだった。
「ごめんなさい」
曲が終わると、ルナサは呟いた。感謝より先に、そちらの言葉が口をついて出た。男は、盲いた目を怪訝そうにルナサに向ける。
「とても、気持ちよかった」
「いや、いいんだ。供養ってのは、多分そういうもんだろう」
「あなたの演奏は、素晴らしい」
「ありがとよ。そう言ってもらえるなら、娘も少しは浮かばれるだろう」
「次に……」
「ん?」
「次には、私も準備をしてきます。あなたの腕に、恥ずかしくないくらいに練習して。よかったら、そのときは……」
老人は相好を崩した。
「もちろんだ。こっちからもお願いするよ、お嬢さん」
幽々子が縁側に座ってぼんやりしていると、幽かな音が聞こえてきた。わくわくしながら耳を澄ませた。いつもよりも、ずっとはっきり聴こえる。まるで音の出所が、結界の向こう側でなく、こちら側であるかのようだ。
「近いわね」
幽々子はそう言って、縁側からふわりと飛び上がった。そのまま冥界の、顕界と比べて色の薄い空を浮遊する。幽々子が動くに従い、音は大きくなる。普段聴いている音とは別物だということがはっきりした。なぜなら、幽々子の頭に浮かぶものがまるで違う。いつもは濃淡の差こそあれ、ひとつひとつじっくりと聴きとることができた。今日のは、無数の映像や音、感情が忙しなく交錯して、印象が絞りきれない。
やがて冥界の門が見えてきた。門のまわりは雲霞が濃く立ち込めていた。円柱の間に、巨大な門がそびえ立っている。冥界と顕界、こちらとあちらを分かつ境界のひとつだ。この門は、それら境界の中では一番行き来しやすい。これだけ大きくて目立つうえに、元々結界がほころびやすいところに門が建てられているからだ。
円柱の上に、黒服の少女が浮かんでいた。頭に、月の飾りがついた帽子をかぶっている。少女の傍に、木製の縦長の楽器が浮かんでいる。音はそこから聴こえていた。幽々子が近づいていくと、音は止んだ。少女は顔をあげる。目に警戒心が浮かんでいた。幽々子は、自分がこの冥界で有名なことを、なんとなく知っていた。それでものんびり拍手しながら、警戒の視線も意に介さず、接近を続ける。
「弦の音……懐かしいわね」
「知ってるの?」
「昔、習っていた気がするわ。でも、なんだか少し違うみたい。胡弓、っていうのだけど」
「違うわ、これはヴァイオリン」
「いい音色ね。白玉楼ってところで聴いていたんだけど、ついここまで来ちゃった」
「……耳がいいのね。そんなに遠いところから。ありがとう」
「でもずいぶん乱雑だわ。色んなものがまぜこぜになってて、混乱してる。これじゃ、ゆっくり味わうこともできやしない」
ルナサは、自分の心が見透かされているような居心地の悪さを感じた。
「もっとゆっくり弾いてみたらどう? 私の家だったら、落ち着いて弾けるかもしれないわ。ねえ、うちにいらっしゃい。お茶も出すから」
幽々子は白玉楼の方へ体を向けながら、ルナサに手を差し出す。ルナサは曖昧にうなずきながら、手を伸ばした。得体のしれない亡霊だった。それでも、遠くからわざわざやってきて、自分の音をほめてくれたことは素直に嬉しかった。
指先が触れた瞬間だった。
ルナサの腕が、ごっそりと抜け落ちた。
総身に震えが走る。
手を離す。腕は無事だった。だが、麻痺してしまい感覚がない。
「な……に、今の……」
「あら、ごめんなさい。あなた幽霊だったわね。気をつけててね」
なんでもないことのように言って、幽々子は飛んでいった。ルナサはしばらく呆然としてその背中を見ていた。腕の感覚は次第に戻ってきた。なぜだか、逃げると言うことは考えなかった。逃げても無駄な気がした。それに、この捉えどころのない亡霊姫に、抗いがたい魅力を感じていた。
紫が訪れたとき、白玉楼には誰もいなかった。幽々子のことだから、どうせまたひとりでその辺をぶらぶらしているのだろうと思い、そのまま待つことにした。しばらくして幽々子は帰ってきた。紫の予想は、半分しか当たらなかった。
幽々子の連れてきた騒霊は、紫も知っていた。彼女たちプリズムリバー三姉妹が時々騒霊ライブを開いていることも、元々彼女らはある人間が生みだした幻想だということも、その人間が幻想入りしたいきさつも知っていた。
ルナサの独演がはじまると、幽々子も紫も口を閉ざした。幽々子はやがて、こくりこくりと舟を漕ぎ始めた。
(そうね、悪くはないわ)
紫もまた、それなりにルナサの音を楽しんでいた。ゆったりとした呼吸が感じられる曲だ。
(この子が作った曲にしては、呼吸を意識しすぎているわね)
誰かの模倣だ。しかも、おそらくは人間の。
余韻を響かせ、ヴァイオリンは沈黙した。幽々子は、満足げにため息をついた。その様子を見て、紫は平静でいられなかった。この満足は、自分が与えたものではない。動揺を封じ込めるように、手をぎゅっと握りしめる。手のひらに滲んだ汗が気持ち悪い。
「ありがとう。とてもよかったわ」
「いいえ、こちらこそ……ありがとう」
ルナサはほほえみを浮かべながらも、ひどくぐったりしているようだった。幽々子と真正面から向き合い、十分以上もそのままだったのだから無理もないと、紫は思った。
「それじゃあ、私はこれで」
「ええ、ありがとうね。これ、少ないけどどうぞ。顕界じゃ使えないけど、冥界や地獄、中有の道で買い物する分には差し支えないわ」
そういって、紙包みを差し出す。ルナサはぺこりとお辞儀した。
幽々子は終始にこやかな表情で、庭先まで出て、ルナサが雲に隠れて見えなくなるまで見送っていた。やがてふたりきりになると、おもむろに紫を振り返った。
「ねえ紫。花見に行きましょう」
幽々子が渡してくれた報酬は、ルナサが思ったよりもずっと多かった。中有の道では遠慮なく買い物することができた。ここは生者用のも死者用のも売っている。ちなみにルナサのように、どちらでもいける者も多い。
茶葉、スルメ、餅、チョコレート、寿司、リンゴ、酒と手当たり次第に顕界の旨そうなものを買っていった。何が好きか、あの人間に聞いておけばよかったと思った。ひと通り買物が済み、満足して顕界に行こうとしたが、ふと思いなおして道を少し戻り、瀬戸物屋で湯呑をひとつ買った。
顕界に入り、幻想郷の見慣れた空を飛んでいく。空は夕陽に照らされ赤かった。陽が落ちようとしている。人里が見えると、期待に胸が弾んだ。
がんばって練習した。亡霊にもほめられた。この短時間で、ルナサは自分の腕が飛躍的に上がったと感じていた。積み重ねられた経験だけでは、音は根本的には変わらない。出会いが必要だったのだ。
天井をすり抜けず、直接裏庭に降りた。盲目の老人は、縁側で琴を前にしていた。琴は沈黙していた。老人も、額に皺を寄せ、岩のように押し黙っている。
「おお、また来たか」
ルナサに気づくと、顔をほころばせた。ルナサの方から漂ってくる匂いを嗅ぎつけたらしく、にやりと笑う。
「今日はいいものを持ってきているな、お嬢さん」
「この前、いい曲を聴かせてもらいました。そのお礼と、今日のお願いです」
「そのリンゴ、うまそうだな」
「すぐ切ってきますね」
ルナサは甲斐甲斐しく台所と思しき部屋に入った。中は、盲人にもわかりやすいよう、きっちりと整理されていた。ルナサは包丁を手に取り、リンゴの皮を剥いていく。切ったのを皿に並べる。
「なかなかきちんとしているだろう。教え子たちが時々やってきて、掃除していってくれる」
「よかった」
ルナサは安堵のため息をついた。男は訝るように、濁った目をルナサに向ける。
「あなたがひとりじゃなくて」
「……ふん、幽霊から心配されるとはねえ」
男はルナサから顔をそむけ、リンゴをかじる。しゃくり、と小気味いい音が立った。
「お願いがあります。私と、弾いてください」
「ああ、いいよ」
意気込んで言ったルナサは、拍子抜けしてしまった。
「……えらくあっさり」
「なんだよ、俺に断ってほしかったのか」
「そうじゃないですが」
「じゃ、いいだろう」
男はリンゴを口に放り込み、服の裾で手をぬぐうと、爪をつけ、琴に向かい合った。
「お嬢さん、取りな、あんたの得物を」
「いつでもどうぞ」
「この前の曲でいいか」
「ええ……〈蓬莱人形〉を」
「あの曲に名前なんてつけてなかったが。まあ、いいかそれで」
琴が進みだす。そこに、ヴァイオリンがおずおずと、しかし確かな意志をもって続く。音楽が静かに始まる。
初めて協演するふたつの弦は、たどたどしいながらも、お互いに睦まじく絡み合った。ルナサは時間の経過を楽しんでいた。だんだんと、相手の音がわかってくる。相手も同じだろう。そうやって、少しずつ、音が良くなっていく。それが何より楽しい。
陽が落ちかけ、黄昏時が訪れる。
不意に、ルナサの全身が総毛だった。
寒気と言うにはあまりに破壊的な何かが、どうしようもない暴風雨のように吹き荒れた。これはただの前ぶれだ。本当の、圧倒的な恐怖が間近に迫っているのを予感した。それは理由もなく、彼女を押しつぶそうとする。天災のように、彼女の意志を一顧だにせず。それでも演奏をやめないでいられたのは、共に弾いている老人がいたからだった。
亀裂が、紫色の空に走る。
裂け目の向こうは赤黒い海。海には無数の目が潜む。
そこから、白くほっそりした腕が、なまめかしく生えてきた。さらに水色の袖が翻る。着物には月と雲の紋様。桃色の髪の毛。
西行寺幽々子がスキマから踊り出た。呆然としている男とルナサの目の前で、幽々子は大きく息を吸い込んだ。
「聴いた通り、素敵な匂いね」
彼女の頬は桃色に染まり、目はとろんとして、吐く息は艶めかしかった。
ルナサは確信した。
彼我のどうしようもない差を。次元が違う。
「なぜ……ここに」
「なぜって? ふふ、おかしなことを聞くのね。あなたが教えてくれたんじゃないの」
「私は何も言っていないッ!」
ルナサは声を荒げた。
「あなたの音が良すぎたのよ。そうするとね、綺麗な花畑も、その匂いも、その手触りも、自然に伝わってくるものよ」
ルナサは老人に誤解されることが、目の前の亡霊よりももっと恐ろしかった。当の老人は、あらぬ方を見てぼんやりとしている。幽々子が「聴こえていない」のだ。幽々子のまわりは騒々しかった。ルナサには聴こえる。今まで幽々子が呼び寄せ、喰らい、呑んできた、無数の幽魂の声なき叫びが。今はもう、個々の意志すら定かでない、支離滅裂な幽魂たち。おそらく、老人の耳は混沌の渦に巻き込まれているだろう。だから幽々子を特定できない。
「こんなところにあなたがいるものじゃないわ、亡霊の姫様。危なっかしくて仕方ない。だいたいあなた、冥界の住人でしょうに」
「あらあら、幽霊のあなたに言われたくないわ。私はね、お花見がしたいだけなの。そうよねえ」
幽々子が首を翻し、同意を求めるように呼びかける。そう、ソレを……裂け目を見た時点で、ルナサにも予想できたはずだった。それでも、目の前に八雲紫が現れ、幽々子と並んだとき、ルナサは全神経がこわばった。ついさっき、同じようにふたりと向き合って演奏した。しかし、あのときと今とでは、意味が全然違う。
ルナサが身動きひとつ取れないうちに、幽々子は花畑の方へ浮いていった。
「あら、綺麗なユキヤナギ」
房についた花びらを口に含み、毟るようにして噛み切った。
途端、男の肩が弾かれたようにびくりと震えた。言葉にならない声をあげる。萎えかけた足を奮い立たせ、よたよたと歩き出す。幽々子の位置はわからない。ただ、ユキヤナギへ向かっていく。縁側から足を踏み外し、菜の花をつぶしながら花畑へ転がり落ちた。
「ぉ……あ、がっ……」
うめき声が上がる。ルナサは金縛りにあったように動けなかった。今自分が動けたとして何ができるわけでもない。それでも男を放っておけない。懸命に動かそうとしたが、体は恐怖と威圧に縛られ、動かない。幽々子は隣の椿に移る。
白い指が、蟲のように花びらの縁を這う。魂がぱっと散って、幽々子のまわりを切ない匂いが漂う。椿の甘い蜜と、花に宿った魂の未練が混ざり合って、幽々子は胸がしめつけられるような心地がする。なぜ自分が、呼吸が苦しくなるほどこの香りに魅惑されているのか、幽々子はわからない。
「魂の宿る花は、とろみがついてておいしいわ」
指先で椿の茎を固定し、幽々子は身を屈めた。一点の染みもない、なめらかに光る白い歯が、さくりと赤い花弁を噛む。花びらからこぼれた魂は何条もの煙となって幽々子にまといつく。恨んでいるのか、驚いているのか、その流体からは何の感情も読みとれない。読みとれたにしろ、幽々子はまったく頓着しないだろう。ふた口目で、椿の花をまるごと口の中に入れる。咀嚼しながら、目を細め、満足げな息を鼻から漏らす。
藤は房に口をつけ、唇をすぼめ、ひとつひとつ口に吸い入れていった。
すう、ぱ、すう、ぱ。
息を吸う音と、花弁が唇をこする音が交互にする。幽々子は、無心で花を貪っている。
老人は岩に潰されたような声を上げた。
弦が、爪弾かれる。
ルナサは瞬時に琴を振り返る。誰もいない。音だけがある。今まで男が弾いていたような、湿った、悲しげな音ではない。射抜くような音だ。
「誰……!」
ルナサの叫びは、花畑のざわめきにかき消された。花の輪郭が濃いもの薄いものとで二重になる。薄い方は、ぶるぶると震えながら、宙に浮かんでいく。そして、投網にからめとられた魚のように、一気に琴に引き寄せられた。琴から一直線に、幽々子に向かって音が飛ぶ。
「あぁっ!」
幽々子は耳を押さえて、うずくまった。耳を押さえた両手の指の隙間から、赤いものが、とろりと流れ出る。幽々子は眉根を寄せて涙を流している。痛いのか、それとも音に感動したのか、ルナサにはわからない。幽々子の涙に濡れた目が、花畑に転がる男に向く。男は、白く濁った目を鬼のように見開き、獣のようにうなり、周囲をせわしなく見回している。対照的に、幽々子の目は男を完全に捉えている。その目に、怒りはない。憐れみもない。
「やめて……」
ルナサはわれ知らず呟いていた。無駄だとわかっていても、言わずにはいられなかった。
「お願いやめてッッ!」
男は花畑に突っ伏した。
神弦「ストラディヴァリウス」
気づいたときにはヴァイオリンを現していた。自分が何をやっているのか、ルナサ自身の理解が追いついていない。体が勝手に動いていた。
境符「四重結界」
しかし音の矢は幽々子へ向けて放たれることなく、ルナサごと檻に囚われた。
花たちは今や台風に巻き込まれたように、その身を激しく揺さぶっていた。琴は狂ったように弦をかき鳴らしている。人間には聴きとれない音域の咆哮だった。幽々子の涙に、赤いものが混じった。
「幽々子……」
「ねえ、どうするつもり」
ルナサは結界の内側から、紫に話しかけた。
「こんな風に気紛れに人間を殺して回るの? この幻想郷で。それをあなたは放っておくの」
ルナサは、紫が幽々子から自分を守ってくれたのはわかっていたが、それでも言わずにいられなかった。
「あなたが面倒を見ているあの亡霊が、あなたの大好きな幻想郷を壊していくのよ」
「黙りなさい」
紫の声には、どうしようもない苛立ちがあった。
「あなたはただ、ようやく巡り合えた音が自分から離れたので怒っているだけ。騒霊の本能に従っているだけ」
「ええ。それがどうかしたの」
「……騒霊風情が、幻想郷を語るな」
剥き出しの自我だった。いつも十重二十重に自分の感情を覆い隠している紫の、あまりにも率直な言葉だった。紫は、襟まで血で濡らす幽々子の肩を抱き、スキマに入っていった。スキマが閉じると、ルナサを閉じ込めていた結界も砕けた。
ルナサはそのまま、そこで一夜を過ごした。
そこで耳を澄ませた。
ひと晩のうちに、花畑の咆哮は息をひそめた。琴の狂騒もまた、次第に落ち着きを取り戻した。男は、息をしないままだった。やがて土に還るまで、いつまでも息をしないことは、明らかだった。
枕元は赤く染まった。布団の上部も、血に濡れた。
紫は時々うつらうつらとしながら、幽々子の傍らに座っていた。
わかっていたことだった。冥界の外に興味を示した幽々子が、同じ顕界である幻想郷とその他を区別するはずがなかった。
妖怪と人間が、殺伐とした間柄の中で共存し、外の世界とはつながりながらも一線を画している、幻想郷。そこは紫の故郷だ、紫の揺り籠だ。紫そのものだ。
死と霊を自在に操る少女と、紫は、かつて惹かれあった。
今、少女は亡霊となり、紫の幻想郷に傷をつけた。これからも、つけようとするだろう。一切の罪の意識なく。それを紫は責めることはできない。なぜなら外の世界で、何万、何億と血が流れても、やはり紫は一切の罪の意識を感じないからだ。
やめろ、と言えばやめてくれるだろうか。
だが、頬を悦楽に染め、魂を欲し、貪る幽々子を、どうすれば止められるというのだろう。幽々子が何かを望む限り、紫はそれを叶えようとする。幽々子の悦びが、何よりも紫の悦びだから。
花見、と彼女が言った時点で、紫にはある程度見当はついていた。それでもスキマを使って、幽々子が求めるところへ彼女を導いた。もし導かなければ、がむしゃらに探し回る幽々子が、妖怪の山で、人里で、あたりかまわず死を振りまくかもしれない。その被害を最小限に抑えた、そうやって自分自身の行為を正当化することはできる。あながち間違いでもない。だが、そんな小手先の言い逃れではどうしようもない。
要するに、簡単なことだ。
紫が、幽々子を、止めればいい。
魂を貪るその行為を? それとも、その存在を?
紫は、幽々子の頬に指を這わせた。いまだに目から滲み出ている血が、べっとりと指の腹につく。それを自分の口へ持っていき、舌で舐めとりながら、唇につけた。
「痛かったでしょう」
「ええ。今も痛いわ。それに、熱い。血だけは、私から出ても熱いのね」
紫の声に応えるように、幽々子は薄く目を開けた。返事があるとは思っていなかったので、紫は内心の動揺を押し殺すのに苦労した。幽々子は、鼻にかかった笑い声を、短く立てた。
「紫、チューリップみたい」
「どういうこと」
「あのチューリップ、少し変わり種だったみたいでね、一枚だけ、花びらの縁が赤かったの。あなたの角度からは見えなかったかしら。まわりが黄色だっただけに、ずいぶん鮮やかに見えたわ」
幽々子は布団をのけて、紫に腕を伸ばす。紫の頬から顎にかけて、そっと、やさしく撫でる。親指を、紫の唇に辛うじて触れない程度のところに添える。幽々子の肌は冷たい。その冷気が、ほんのわずかに離れた紫の唇を冷やす。
「あなたの唇、そこだけが赤くて、鮮やかだわ。あの花びらに似ているの」
「じゃあ、同じようにする?」
今の紫の、本心だった。このわけのわからない葛藤を抱えているぐらいだったら、幽々子に喰われ、噛み裂かれ、呑まれてしまうのもいい。
幽々子はまた、短く、喉で笑った。
「駄目よ。紫は、これからも私と一緒にいなきゃ。紫のままでね」
呪いのような、祝福のような、友の言葉だった。幾重にも鎖に縛られる幸福だ。
「でもね」
幽々子は声を低めた。
「しばらく白玉楼に来ないで」
「えっ」
「私に近づかないで」
「そんな、ゆ……」
「あなたとは、長く一緒にいたいの。逢うと甘える。だから、逢わない。距離を置きましょう。それから、時間もね。百年でも二百年でも逢わない。少し待っててよ、焦らないで、紫。私、慣らすから。此処に、冥界に、私のカラダに、私を慣らすから。あなたのカタチに、あなたの理想に、あなたの思惑に、あなたの世界に、私を慣らすから」
血の流れはほとんど止まっていた。
「あなたの幻想郷に、私の居場所もくださいな」
久しぶりに見た白玉楼は、様変わりしていた。柱にも壁にも染みひとつなく、庭の木々はきちんと剪定され、美しい景観を見せていた。特に枯山水は、砂と石だけで見事に自然を表現していた。
庭師がいい仕事をしているようで、紫はひと安心した。自分の目に狂いはなかったようだ。
空から音が降りてくる。紫がふり仰ぐと、ルナサが宙に浮いていた。琴を爪弾いていた。
「あら、得物を変えたのね」
「違うわ。あっちは自在に出したりひっこめたりできるし、触らなくても演奏できるけど、これは普通に弾いているの」
「そのマジックアイテム、あなたが引き取ってたとはね。てっきり古道具屋か魔法店にでも行きついているのかと思ったわ」
「あまりに無責任で呆れるわ。うちの洋館で責任持って預かっているわよ。本人はあまり琴から出てこないけど。日和がいいときは、こうして冥界まで連れて行くの。運が良ければ父親に逢えるから」
「あなた、やさしいわね」
「騒霊風情がやさしくて、びっくりした?」
「もう、棘があるわねえ」
「身に覚えがないとは言わせないわ」
「ありすぎて思い出せないわ」
「でしょうね。私は忘れないけど」
「こんなところで、他人の道具使って演奏会?」
「まだリハーサルよ。妹たちを待っている」
「赦してくれたの?」
会話が、止まった。紫が、自分のことを言っているのでないことは、ルナサにもわかる。
「赦しては……いないと思うけれど。でももう、彼女はそういうものなんでしょう。地震や疫病と同じ。違う種族だから。それに最近は、外で喰い散らかしている風でもないし。ひがな一日屋敷でお茶を飲んでいるみたい。だからって、前にやったことが帳消しになるわけじゃないけど。あのひとに白玉楼の主が代替わりして、冥界の管理が甘くなったおかげで、この子と父親を会わせるのがわりと楽になったってのは認めるわ」
「それで?」
「だから、わからないのよ。私はあの姫様は嫌いじゃない。けど、あれはやっぱり……ええ、赦せないわ」
「それで構わない。素直に言ってくれて、ありがとう」
ルナサと別れ、冥界一広いと言われる庭内をぶらぶらと歩き回る。昼近いせいか、陽射しが強くなってきた。顕界に比べると問題ないくらい弱いが、それでも長いこと庭を歩き回っていた紫は、額が汗ばんできた。
ふと、その陽が陰った。上空を誰かが通り過ぎた。その誰かは後ろに回り込む。
「もう、いつまで待っても中に入ってくれないから、こっちから来ちゃったわ」
柔らかな絹が、紫の首筋を撫でる。
「元気そうでよかったわ」
紫は振り向かないまま、ほほえんだ。
「顔も見ないで、元気かどうかなんてわかるの? 紫、こっち向いてよ」
「見るわ。でも……ちょっと待って幽々子。いいでしょう」
紫は、自分でも呆気なく思うほど、声がかすれてくるのを感じた。こみあげてくるものがある。
「いいわ。もう長いこと待ったものね。いまさら、少しくらい、待ったっていいわ」
紫は無言でうなずいた。
「それじゃあ紫、あなたが泣きやむまでのあいだ、私のささやかなもてなしを受けて頂戴」
紫の唇に、ひやりと何かが当たる。喇叭状に広がる橙色の花弁の周囲を、白い花びらが取り巻いている。スイセンだ。
紫はそれに歯を当てた。蜜の甘さと、むせ返るような濃い芳香が口の中に広がった。幽々子は喉を鳴らして嬉しそうに笑った。
紫が思う以上に、幽々子は紫を大事に思っているのが、別れのくだりで沁みるように伝わってきました。
花を食べるシーンの描写はひたすらに妖艶、まるで近くで見ているかのような錯覚を覚えます。
貴方の作品が大好きです、次作も楽しみにしています。
幻想郷に居場所を創るには、そんな普通の行為とも折り合いをつけなければならない。厳しい戦いだねえ。
花を食べる光景が頭に浮かび、『蓬莱人形』が脳内再生された。素晴らしいお話でした。
正直、もう無理かなと半ば諦めていたので。
その昔、あのカナリアの終わりに見た二人が、ここにいたのが嬉しく感じます。
紫と幽々子の話は東方二次では多いですが、亡霊化直後の二人がどうだったのかを描いた作品を見ることはほとんどなく、実際自分は読んだことがありません。
でも設定では幽々子は亡霊化後、生前とは違い人を忌避感なく死に誘っていたというような記述がある。
そこを二次で読んでみたいと常々思っていたし、できるならあなたの紫と幽々子で、あのカナリアから続く怖ろしく純粋に紫だけを求める幽々子と、幽々子だけには近視眼になり「幻想郷」の反対側の秤に唯一乗せてしまう紫で読めたことは大変幸せでした。
あとはもう自分の夢は、某18才未満お断りのところで、あなたの紫と幽々子が読めたなら。
もちろん創想話でも、出来ることならまたあなたの二人に会いたいです。
二人をまた書いていただけて、二人に会わせていただけてありがとうございました。
いい小説見せてもらいました
想像するだに切ない、悲しい、気持ち悪い過去が暢気で陽気な現在に繋がっている東方世界。
想像力を喚起する非常に良い作品を読ませていただきました。
良い話でした。面白く読ませてもらいました。
素晴らしすぎてなんていったらいいのか分からねえorz。
話の内容、作品が醸し出す色気、キャラのカリスマ度は点数で評価するからいいとして、
紫と幽々子の関係がうわあああああってなる。既存の言葉が全て当てはまらないような。
親友では全然足りず、恋人では及ばず、相棒ではベクトル違い、伴侶というには歪過ぎ、
一心同体には焦がれど成れず・・・・・・なんだこのモヤモヤした関係はぁ!だがそれがいい!
それと最大の悶えポイント(not萌えポイント)
紫が幽々子を大切に思う余りに気を遣い過ぎてる描写が多々あって、幻想郷と天秤に
かけてしまうくらい紫→→→幽々子なんだなーと思ったら、
>>「あなたとは~慣らすから」
>>「あなたの幻想郷に、私の居場所もくださいな」
これだよ!油断してたら死ぬとこだった!読心術でも使えるのかと誤解しそうになったわ!
なんなのこの二人。私如きの感性では計り知れないよ。萌えではなく悶え、もしくはまったく
別の何かを感じさせて頂いた!
「へー、互いが互いを思いあってていいですね」てな感じの感想を100倍位の意味のある
褒め言葉に変換して作者に送りつけたい。表現が思いつかんけど。今そんな気持ちっす!
またこの二人の組み合わせはみたい。最後まで読んで過去作から順序良く読めば良かったと後悔したorz。
このコメントの熱さが、次の作品へ私を駆り立てます。
ウオオオオオちょっとグッと来ましたよ。
>6さん
>8さん
ありがとうございます。
執筆中はよく道端の花や、図鑑を眺めながら
「どんなのを幽々子に食わせたらいいかなぁ……」
と考えていました。
花はいいです。少女と絡めると最高です。
『蓬莱人形』は私が作中で出したかった曲のひとつですが、
アルバムがそうであるように、東方少女でない存在に弾いてもらいました。
>11さん
カナリア幽明録は確か2008年の5月でしたから、もう2年近くなるんですねえ(しみじみ)
多分……あのコメントのかたですよね。お互い長いことここにいますねw
>28さん
東方世界は、今の幻想郷がちゃらんぽらんしている分
かえって壮絶な過去を想起しやすいです。
今の私たちにはそっちが共感しやすい。
今の私たちの周囲に悲劇や流血がないわけじゃないけど、
基本、そこから遠ざかって安穏としていられる。
薄皮一枚剥いだらどうかわからないけれど。
やはり現実とファンタジーの間に「幻想郷」という装置を置いた神主はすごいです。
>32さん
ありがとうございます、その熱いコメントで十分伝わってきますw
そのシーンのセリフは、書いててふとした拍子にスルッと出てきました。
あ、幽々子が口きいた、とそのとき思いました。
これがあるから創作はやめられないです。
誰もか過去の体験や、その時の感情の積み重ねによって成長し、生きてゆくものです。
現在の幻想郷で幽々子や紫が泰然としているのも、こうした過去を乗り越えてきたからこその達観みたいなものがあるのかも知れませんね。
ルナサもそれを見てきているからこそ今では幽々子達を受け入れ、白玉楼で演奏会をするまでになったのでしょうね。
なんにせよルナサの優しさ、気遣い、心の美しさが伝わってきて素敵でした。
素晴らしい作品を本当に有難う御座いました。
それと、先日は急かしてしまってスイマセンでした。
15日に、という事だったので貴方の書くルナサに会えるのを楽しみにしていたのですが、何故か用事が重なり、読むのが遅くなってしまったのが無念www
次回作も期待してます!!
ルナサとじいさん、幽々子と紫、どちらの掛け合いも好きです。でもなんだか物悲しいね。
スペルカードルールが誕生するわずか十数年前までは、幻想郷には危険と不安がいっぱい残っていたと稗田が語るように、こういったことも良く起こってたのかなあと思うとうすら寒いですね。
でもこの幽々子様になら魂食われてもいい。一目でいいから野田さんの幽々子を間近で見てみたいですw
素晴らしかったです。
カナリア幽明録の幽々子と風神葬祭の幽々子では随分印象が違うと思ってましたが、なるほどこういう事か。
それにしても、ルナサの一言で変われるのなら、
紫がキチッとしつけていれば何の問題も起こらなかったような……
まあ、紫は幽々子にメロメロになってたから仕方がないw
この幽々子は危険きわまりなくて妖艶で儚くて、どうしようもなく魅力的だもの。
ルナサが輝いてた
あと亡霊の恐ろしさを味わいました
幽冥境夜行からの大ファンとしては、
また素晴らしいSSに出会えて嬉しい限りです。
これからも妖艶で凄絶な幻想郷を紡いで下さい。
月末には向こうの方に投稿しようと思うのでよろしくです。
永遠亭か秘封の実用的な作風になるかと。
ゆかゆゆも書いてみたくはあるんですが、申し訳ない、
準備不足で、かなり高テンションを維持する必要もあるので、まだ無理です。
>35 さん
今回ルナサはメインでこそありませんでしたが、重要な役どころだったのでがんばって書きました。キリッ
気に入ってもらえてよかったです。
メルランやリリカもソロで書いてみたいですね。
>43さん
ゆかれいは私も好きですよー
まあなんといっても境内裏ロマンチックがあいも変わらず私の中ではゆかれい鉄板。
紫のすべてを対幽々子との関係のみで表現できるわけでもないと思うので(逆も然りですしね)
ゆかれいも書いてみたいです。
>46さん
フッ、誰が衰えたと?w
その称号、嬉しいですね。
オリキャラは、比重をどのぐらいにするかで毎度迷います。
今回、爺さんはわりとあっさりめの描写で行きました。
説明不十分と思われそうな箇所がないか、ちと心配です。
でも、いいと言ってもらえて良かったです。
>48さん
ありがとうございます。
物語、文章の濃さ、というのは自分に課しているところです。
>49さん
>キチッとしつけていれば
ううむ、この言葉になにやら卑猥なものを感じてしまいました。
いや、単に言葉通りの意味なんでしょうけど。
いやでも、実際どうするんだろ。
私自身、幽々子のひととなりの推移を完全に把握して書けているわけではないのですが、
こうして書きあげてみると、確かにコレ、ちょうどカナリア幽明録と風神葬祭をつなぐ位置にありますね。
幽々子と妖夢、妖忌の関係なんかは、まだ十分に消化しきれていません。
そこも書けるようになると楽しいでしょうね。
>50
ルナサについては
妖々夢の弾幕、テキスト、花映塚の作中テキスト、求聞史紀、文花帖の記事
色々見て参考にしました。
紫と幽々子だとなかなか話が動きそうにないので、彼女にはがんばってもらいました。
>51さん
ありがとうございます。
いやぁ、あれは難産でした。迷走しました。眠かった、もう眠かった。
梅雨に書き始め、終わったころはくそ暑かったのを覚えています……
いい体験でした。
これからもどんどん書いていきます。
亡霊だって悩みもすれば、許されざる過ちを犯したりもする。
どれほど時間を隔てようとも、感情を持って存在する限りは生きているときの延長でしかない。
ルナサは幽々子のことを、嫌いじゃないけど赦せないと言ったけれど、それは幽々子も同じだったんじゃないかな。
かつての自分を嫌うことなんてできない。でも、自分のしてきたことを赦すこともできない。
「慣らすから」の一言には、幽々子なりの贖罪の意味も含まれていたように感じられました。
最後に、すばらしい作品に惜しみない賛辞を送ります。
面白かった! そして、ありがとう!
お琴の音は好きです。
花を食べる美少女というのも幻想的でとても好みです。
好物だらけのとても素敵なお話でした。
ありがとうございました。
果たして今、彼女らの心に安らぎはあるのでしょうか。むぃむぃ。
まさにあとがきの言葉のそれが、この話を上手く言い表していると思います。
こう、美しさそれ自体、狂気それ自体ではなく、二つが混じり合っているのが幻想郷。そう思わせられる話でした。
危うさと美しさが心を抉ってきます。
この一言に、涙が出そうになりました。
素敵なゆかゆゆでした。
読者の感想が大なり小なりきっかけになった作品は多々ありますが、この作品はモロにそうです。
多分、書けなかった。見えざる編集者に感謝です。
今書いているものが落ち着いたら、夏に向けてゆかゆゆと真っ向から取り組みます。