『乾杯ーッ!!』
天狗たちが住まう集落のとある木造家屋。
広くも無く、かといって狭くも無い、室内は必要最低限のもの以外は何も無い閑散としたものだったが、だからこそ人が集まるにはうってつけだった。
家主の犬走椛、その先輩に当たる射命丸文と姫海棠はたて。そして椛の親友である河城にとりと鍵山雛の五人が集まっての宴会が開始されたのである。
夜も更け、人間たちも眠りについているだろう時間帯。しかし妖怪の彼女たちにとってはむしろ活動的になる時間帯なのであった。約一名は一応神様だが。
「さぁ、飲むわよ椛ー!! 今夜は無礼講なんだから、遠慮なくどついてもいいのよ!!?」
「いつものことでしょうソレ」
ハイテンションな文の言葉に、椛はというとあいも変わらず冷め切った言動でばっさりと一言。
もれなく部屋の隅でのの字を書くだけの住人と化した彼女を尻目に、椛はぐいっと一杯酒を煽る。
そんな光景を見てすかさず文のフォローに回るはたてとは対照的に、クスクスと楽しそうに笑うのは雛であった。
「相変わらず仲がいいのね、椛と文って」
「……にとり、そろそろ彼女の物の感じ方について一言問いただしたいんだけどどうかな?」
「いやー、多分無意味じゃないかなー。雛って結構天然だし」
にとりの言葉に妙に納得した椛は、「それもそうか」と諦めにも似た感情を抱いて酒を煽る。
雛が「酷いわ、二人とも」なんて拗ねたのを見かねて、にとりが慌ててフォローに入る。なんとも仲のいいことだ。
そんな光景を見て苦笑しながら、椛はぼんやりと窓から覗く外の景色に視線を向けた。
夜の帳が落ち、漆黒の空にはまばゆい星々と月が輝いている。
今日は我が家にしては騒がしく、きっと朝までこの調子なんだろうなと思ったが、ソレも悪くないと空の杯に酒を満たそうとして―――不意に後ろから抱きつかれた。
「えへへー、もーみーじぃー♪」
「相変わらず復活の早いことで。お願いですからゆっくり酒ぐらい飲ませてください」
デレッデレの状態で抱きついてくる文に、椛は呆れたようにため息をついたものの、いつものように投げ飛ばしたりはせず忠告をこぼすだけ。
さて、とすれば椛の予想が的中しているならばおそらく、はたてが面白くなさそうにこちらを見ているんだろうなと思って視線を向ければ案の定。
「むー、椛ズルイ」
「ズルイとか言われましてもね……って、ちょっと文さん何で人の服の中に手を突っ込んでるんですか!!?」
一瞬の油断が命取りとはよく言うが、まさかこんな宴会の席でそうなるとは予想していなかったわけで。
まさか、こうも早くに勝負を仕掛けてくるとは迂闊だったと、椛は舌打ちして文の手を握り締めて引き剥がす。
あっさりと拘束は解かれ、アルコールが入ったせいか薄っすらと赤くなった頬を膨らませ、射命丸文は随分とご立腹なようであった。
「いーじゃない、女同士なんだから減るものでもなし」
「良くありません。そーいう考えがモラルの低下につながるんですよ」
「ぶーぶー、こっちはせっかく椛の貧相な胸を大きくしてあげようと思ったのにさー」
グリッと、文の関節が曲がっちゃいけない方向に曲げられて背中に押し当てられた。驚きの早業である。
「あだだだだだだ!? も、椛そっちに関節は曲がらないってば!!?」
「にとり、ペンチ」
「何冷静な言動でそんなもの注文してんの!? ていうかにとりもあっさり持ってこないで!!」
いたって真顔でペンチを注文する椛、そしてこれまた真顔で服の中からペンチを取り出して手渡すにとり。
この二人、なんだかんだといってやっぱり親友である。
抜群のコンビネーション。もっと別の言い方をすれば阿吽の呼吸である。
「まぁまぁ、椛も落ち着いて。今日は楽しく飲みましょうよ。だから、そのくらいで許してあげて?」
「……まぁ、雛さんがそういうなら」
仕方ないといった風にため息をついて、椛が文を開放する。
よっぽどいい感じに関節が決まっていたらしく、肘を押さえて蹲っている鴉天狗。
そんな彼女たちのやり取りを眺めていたはたては、なんだか可笑しそうにクスクスと笑って椛の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「なんですか?」
「いやー、別に。ただ、椛でも素直に言うことを聞く人がいるんだなーと思って」
「まるで私が捻くれ者みたいな言い方ですね。否定しませんけど」
「そういうところは無駄に潔いよねーアンタってさ。ところで、ペンチなんか何に使うつもりだったのよ?」
その辺は純粋に不思議だったのだろう。はたては興味深そうな表情で椛に問いかけ、どんな答えが返ってくるか楽しみにしているようでもある。
そんな彼女の様子に呆れたようなため息をこぼした椛は、未だに肘の痛みをこらえる文を視界に納め―――ぼそりと小声で一言。
「……生爪」
絶対に彼女の前で胸の話題はすまいと心に誓った姫海棠はたてだった。
「まぁ、この中じゃ椛が一番ちっさいもんねぇ」
そして先ほどの事件の直後にこの言動、この河童、親友であると同時に地雷原を突っ走る勇者であったらしい。
そんな彼女に向けられた椛からの視線はというと、当然のことながらジト目であったわけで。
「にとり、もしかしなくても喧嘩売ってる?」
「いやいや、純粋な感想というかなんと言うか。ほら、椛ってあんまりそういうの気にしないと思ってたから、ちょっと意外って言うかさ」
「私も一応女なんですけど」
「女の子がプロレス技で先輩を沈黙させるもんじゃないよ」
グゥの音も出ないとはこのことか。痛いところを突かれたのか、若干呻いた椛を視界に納めて、はたては意外そうな表情を浮かべていた。
いつもはたてが見る椛の表情といえば、しれっとしたすまし顔か、あるいは呆れているような顔か、二つに一つだ。
なんというか、気まずそうにする椛というその光景が珍しくて、なんだか不思議な気分に陥ってしまう。
(ふーん、こいつもこんな顔するんだ)
考えてみればそれは当たり前のことなわけで、感情が欠落しているわけじゃないんだからいつかは見る機会のあった光景だろう。
それがたまたま、今日であったというだけ。やっぱり友人という間柄なだけあって、そういう表情を晒してしまう心の余裕があるということか。
いつもは友人兼ライバルを問答無用で投げ飛ばしたりと、色々行動が目に付く上にふてぶてしい後輩であったが、こうやっていろんな表情を見ていると親近感が沸いてくるというものだ。
「はい、はたてもお酌をどうぞ」
「あ、ありがとうえんがちょさん」
「……椛、ペンチ」
「雛さん! ありがとやっしたぁー!!」
後ろで不穏な声が聞こえて、慌てて呼称を変えて敬礼するはたて。その表情には冷や汗が浮かんでいたとかなんとか。
河童の舌打ちが聞こえた気がしたが、そこは身の安全のためにスルーしてとくとくと注がれる酒に視線を移す。
ぶっちゃけると、後ろが怖くて見られないだけなのだが、本人の名誉のためにそれは伏せておこうかと思う。
「ねぇー、椛ー。私にすべてを任せてみないー? だいじょーぶ、気持ちよくして・あ・げ・る・か・ら!」
「全力で遠慮します。そのかわり、お酌ぐらいならしてあげますから」
「マジで!? ひゃっほい!!」
後ろから聞こえてくる声にはたてが視線を向ければ、幸せ有頂天な文の姿と、どこか疲れたようなため息をこぼす椛の姿。
けれども一瞬、ほんの一瞬だけ、椛が笑みをこぼしたのをはたては見逃さなかった。
もっとも、それでも刹那の間にいつものすまし顔に戻ってしまったが、はたてはそのことが純粋に嬉しく思えたのだ。
彼女たちと一緒にいることが多くなり、少しずつだけれど二人との付き合い方がわかってきたような気がした。
椛だって、心のそこから文のことを嫌ってるわけじゃない。文も、きっとそのことを本能的に悟っているから、あぁやって能天気に笑っていられるのだろう。
それは、はたから見ればとても奇妙な関係であったが、なんだかはたてにはうらやましく思えたのだ。
だって、そこにあるのは見た目はどうであれ、間違いの無い信頼の形だ。
二人だけが築いた、二人だけの特有の信頼関係。一方的に椛が文を嫌っているともっぱらの噂だけど、少し彼女たちと親しくなればまったく別の顔が見えてくる。
それが、二人と仲良くなれた証のようで嬉しく思えて、そして同時に、ゆるぎない信頼関係で結ばれた二人がうらやましい。
無いものねだりだなぁなんて自嘲して、はたては杯に注がれた酒を一気に煽った。
喉を通り過ぎるアルコールが、全身に回っていくかのような錯覚。頬が火照って熱に浮かされているかのよう。
小難しいことなんて考えられないように、とっとと酔っ払ってしまえと半ば暗示のように飲み干した酒は、思いのほか効果を発揮してくれたらしい。
「はたて」
そんな彼女に、文から声がかかった。
霞が掛かりそうな思考のまま、未だ残る理性にしたがって彼女に視線を向ける。
すると、文はクスクスと楽しそうに笑って酒瓶を掲げて手招きをしてきた。
「私がお酌をしてあげるから、コッチにいらっしゃい。今日は親しき仲間の集いなんだから、こういうのも悪く無いでしょ?」
「また珍しく面倒見のいい事で。文さんにしては殊勝な心がけですね」
「何を当たり前のことを言ってるのよ椛。私にとっては、あなたもはたてもかけがえの無い友達なのよ? このぐらい当たり前じゃない」
「……ま、確かにそのとおりですね。文さんにしては珍しく正論です」
文の言葉に椛はなんでもないことのように頷いて、満足そうな様子で酒を飲む。
その言葉が、その彼女たちの言葉が、はたての脳裏で何度も反芻される。
かけがえの無い友達だと、文は言った。確かにそのとおりだと、椛は同意した。
そんな彼女たちの言葉が、こんなにも―――心を揺さぶられるほどに嬉しいことだったなんて、はたては想像もしなかった。
いつも、自分は二人から少し離れた位置にいるのを感じてた。
けれども、いつの間にか自分は彼女たちの仲に入り込んでいたらしい。
二人の仲が手で繋がれていたのなら、きっと自分はその間に入り込んで三人輪になって手をつないでいる。
そんな、なんでもない、他愛も無い幻視。
「うん、それじゃあお願いね文。へへ、今日は無礼講だもんねー!」
「そのとおり!! 今日は倒れるまで飲むわよー!!」
「……二人とも、お願いですから散らかさないでくださいよ。片付けるの大変なんですから」
「椛、多分聞こえて無いと思うよあの二人」
「あらあら、それじゃあ私も後片付け手伝うから、今日は思いっきり飲んじゃいましょうね」
はたての嬉しそうな言葉に、文がテンションをあげて盛大に言葉をつむぎ、椛は後に控える後片付けを考えて憂鬱になり、にとりはそんな友人を慰めて、雛はそんな彼女たちのフォローに回る。
深夜とは思えぬ騒がしさ。近場に家屋があったならきっと近所迷惑であったのだろうが、幸いなことにここいら一帯に家屋は無い。
けれども、きっと彼女たちには今のように騒がしいくらいが丁度良いのだろう。
夜は始まったばかりで、これからきっと彼女たちはいつものように馬鹿騒ぎを繰り広げる。
でもそれは多分きっと―――彼女たちが互いを友人だと、仲間だと認めたからこその騒がしさだと、誰もが気がついているから。
絆の形は様々で、それはひとつの形には定まらないものだけれど。
きっと、この騒がしさこそが、今形を成した絆の姿なのだろう。
誰もがソレを理解してる。誰もがソレを肌で感じ取っている。
けれども誰もソレを口にはしないまま、彼女たちは満面の笑顔のままに酒を煽るのだった。
私もそこに参加したい…ちょっと妖怪の山に逝ってくる!
>はたてはその子とが純粋に嬉しく思えたのだ
誤変換ですかね。
細かいところですいません。
やたらと投稿されて困るのは、言い方悪いですが、読者の指摘やアドバイスも見やしないような独りよがりな作者だけですので。
「生爪」の一言で口元が三日月に歪んだ私はちょっとおかしいのだろうか?
この三人娘なごむな
この恋愛未満の関係がしばらく続くことを、勝手ですが希望します。
近親間→親近感だと思います。
優しく微笑んでる姿を幻視したwww
氏の天狗は本当に可愛すぎます。
いつでも待ってますよ貴方の作品
普段あんまり高い点数入れないんですけど
>「……椛、ペンチ」
ワロタ
とても和みました。
×間接 ○関節
ですよー。
ともあれ、素敵なお話でした。
どんどん投稿しちゃって下さい!
レビューとかは「東方創想話について語るスレ」で検索すればでてきますよ
虻さんに咎められれば話は別ですが
椛さんこわいッス;w
それにしても妖怪の山はホント会社みたいだなぁ
ペンチこええw
これからも応援しています!