血のように赤い、広大な屋敷において、鋭い目つきである写真を睨みつける少女がいた。少女と表現してもよいものかどうか。姿形こそは幼い少女なれど、醸し出す雰囲気はすでに妖艶な老獪さを持っていた。少女の名は、レミリア・スカーレット。齢五百を超え、なおも生き続ける、伝説の吸血鬼である。
睨みつけている写真には、紅白の衣服に身を包んだ少女が写っていた。その少女は太陽の下、キラキラと輝いていた。
「何か……。何かが足りない……」
レミリアは写真の中の少女に対し、何かが納得出来ないというように呟いた。何が足りないというのか。写真に写る少女は美貌に富み、黒髪がしっとりと流れ、衣服に至っても独創的ではあるが良く似合っている。その少女に対する発言としては、いささか不釣り合いな言葉であるように思われた。
レミリアが写真を睨みながら悩んでいる後ろでは、メイド服の美しい女性がカートを押して近づいてきていた。その女性は短めの銀髪で、丈の短いメイド服からすらりと伸びた脚には、ぴったりと張り付いた膝の上まである黒いソックスを履いていた。その女性とは、完全で瀟洒な従者の二つ名を持つ、レミリアの忠実なるメイド、十六夜咲夜である。
「お嬢様。紅茶がはいりましたよ」
てきぱきと丸テーブルの上にお茶の用意をしていく。その間にも食器の音がしないことから、咲夜の能力の高さがうかがい知れた。
「本日は良い茶葉が手に入りました。お楽しみください」
咲夜は一礼してその場から身を引いていったが、レミリアは紅茶などには目もくれずに、咲夜を注視していた。
「待ちなさい、咲夜」
突然今まで深く腰をかけていた椅子から立ち上がり、レミリアは咲夜に迫る。
「な、なんでしょう?」
レミリアの目は爛々と輝いていた。
咲夜は知っていた。レミリアがこのように目を輝かせている時には、ろくなことがないことを。無理難題や途方もないわがままを、惜しげもなく披露していく姿は、思い起こせばいくらでも浮かんでくる。
レミリアは咲夜の目の前に来ると、じろじろ全身を舐めまわすかのように視線を動かす。その視線は、ある一か所に収束した。すらりと伸びた足である。さらに言うならば、その脚にフィットしているソックスにだ。
「これよ。これだわ!」
高らかに宣言すると、レミリアはがっしりと咲夜の脚を掴んだ。
「お、お嬢様!?」
レミリアは力任せに、自分の目前に咲夜の脚を持ち上げた。当然の物理法則として、咲夜の上下は逆さまになり、メイド服の裾が捲れあがる。
「ま、まだ早いですよぅ。外は明るいですよぅ。どうしてもというなら、せめてベットに」
咲夜が頬を染めながら話す言葉も、レミリアの耳には入っていかなかった。
「これなのよ! 霊夢に足りないものはこれなのよ!」
高笑いをするレミリアと、頬を染めながら、最悪このままというのも刺激的でいいかもと、変な性癖を勝手に暴露する咲夜の、平和なある日の出来事であった。
紅魔館 大会議室
薄暗い部屋で、何やら怪しげな会合が行われていた。外は雷雨。もともと近寄るものはいない紅魔館は、さらに隔絶された空間として存在していた。
轟く稲光によって照らされたのは、紅魔館を根城とする面々である。
「わざわざ改まって、どうしたっていうのよ。また何か仕出かすつもりなの?」
動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジが、ため息交じりに口を開いた。パチュリーにしてみれば、意味もわからずに呼び寄せられ、勿体ぶった雰囲気を押しつけられて、すでに呆れ気味であるようだ。
「ふふ、そう嫌そうにしないでよ、パチェ。また一つ、異変を起こしてやろうと思ってね」
机に肘をついて手を組み、その手で顔を半分隠しながら、レミリアは静かに話し始めた。
「異変と申されましても、つい先日、霊夢と魔理沙に妨害されたばかりですが……」
おずおずと門番である紅美鈴が挙手しながら発言する。
「今回の異変の目的は、唯一つ。幻想卿における主要人物、博麗霊夢の衣装をワンランク進化させることよ」
「そんなことをして、何か得でもあるの?」
「ふふ、わかってないわね、パチェ。博麗霊夢は、この幻想卿を存在させる上で無くてはならない存在である博麗の巫女にして、私たち妖怪に匹敵するだけの能力を保持している者。古の賢者たちも、皆一様に一目置いているわ。そんな存在の服装を進化させるということは、すなわちその意識に深く関与しているということよ。幻想卿における我々紅魔館の存在も、自然と大きくなろうというものじゃなくて? 霊夢の服装を変えるということは、我々の地位向上の近道であるとともに、幻想卿自体の活性化にさえつながるというものよ」
「そんなものかしらねぇ」
パチュリーとレミリアの会話の中、涙を流す存在が二名いた。咲夜と美鈴である。
(私の話、全然聞いてもらってない……)
ナチュラルに無視され、小さく手を挙げたままの姿勢で悲しみの涙を流す美鈴。
(お嬢様……。ご自身の欲望を責任転換により他人に押し付けるどころか、幻想卿における紅魔館の位置づけを上昇させるだなんてところまでこじつけるとは、さすがです。天才的です。美しいです。お嬢様……。)
レミリアの暴論を正論にすり替えてしまう言い回しに、喜びの涙を流す咲夜。
「さすがだね、お姉さま。でも、私は霊夢より魔理沙の方がいいな。魔理沙だって、もっとかわいい格好の方がかわいいと思うんだ。うふふ」
金髪の少女が満面の笑みで立ち上がった。少女の名はフランドール・スカーレット。すべてを破壊する力を秘めた吸血鬼にして、レミリアの実妹である。
フランは先日の紅霧異変以来、魔理沙に執心していた。フランはその力のため、紅魔館の地下に監禁されていたのだが、多少のイザコザがあって魔理沙により解放され、今では紅魔館内の自由を約束されているのだ。そのため、フランは事あるごとに魔理沙の名を口にしていた。
「わかったわ、フラン。霊夢の次は魔理沙に仕掛けましょう。だから、今回の作戦は手伝ってね」
フランは大きく万歳をして、歓喜の歓声を上げた。その様子を満足げに眺めていたレミリアだったが、ふと疑問に浮かんだことをフランに投げかけた。
「ねぇ、フラン。魔理沙にはどんな格好をさせたいの?」
質問に対して、フランは最初はきょとんとしていたが、顎に指を当てて懸命に考え始めた。間もなくまた満面の笑顔に戻る。
「んっとね、んっとね、うさぎさん!」
この時、レミリアとパチェリーに電流が走る。
ここで、話した側と聞き取った側に、致命的な誤解が生まれてしまった。フランの脳内の魔理沙は、いつもの服装にうさぎ耳を追加し、モフモフの肉球グローブをつけた健全な姿だったが、レミリアとパチェリーの脳内では、単なるバニーガールに変換されていた。
「フラン。あなた、なかなかやるわね」
「さすがレミィの妹。末恐ろしいわ」
フランは誉められていることに気を良くし、照れ笑いをしながら後頭部を掻いていた。
「それで、そんな計画、どうやって実現するつもり?」
パチュリーが突然話を進めた。マリサの話題になってから、何故かパチュリーまでも前向きな検討体勢になっていたのである。
それを受けてレミリアは指を鳴らした。いつの間にか咲夜がレミリアの後ろに待機しており、ホワイトボードまで現れている。
「私からご説明させていただきます」
ホワイトボードには博麗神社の略図が画かれていた。その図を用いて咲夜が事細かく作戦の概要を伝えていく。昨夜が話し終わるのを待って、レミリアが口を添えた。
「今回の作戦で必要なのは、みんなの連携、タイミングよ。期待してるわよ、美鈴」
急に話し掛けられ、びくっとしてしまった美鈴だったが、キョロキョロと回りを見てから、確認するようにレミリアを見返した。レミリアも優しく微笑んで美鈴を見つめている。美鈴は直立不動で立ち上がった。
「誠心誠意、がんばります!」
(私、無視なんかされてなかった…。)
先程とは異なり、感涙を流す美鈴だった。
「みんなも、よろしくね。作戦決行は2時間後。それまで英気を養っておいて」
レミリアはその場で微笑を振り撒き、解散を告げた。皆、それぞれに会議室を後にしていく。
「ふふふ、魔理沙のバニー、魔理沙のバニー」
パチュリーはニヤニヤと、普段の聡明さは鳴りを潜めている。
「私だって、やればできるんです。期待されてるんです」
美鈴は拳を握り、意気揚々と歩いていった。
「みんなで遊べて、嬉しいね~」
フランの笑顔は崩れない。
会議室に残ったのはレミリアと咲夜だけになった。
「くく、くくくく」
レミリアは俯き、組んだ手で表情が読み取られないような態勢をとって肩を震わせた。
(計算通りよ。フランはいいとして、美鈴とパチェは案外くそ真面目だから、こんな荒唐無稽な話しにはおいそれとは乗ってこない。フランを会話に混ぜることによって自然に魔理沙を絡め、パチェを誘惑する。さらに、美鈴を無視して軽視されていると勘違いさせ、最終的に重用していることをアピールすれば、すでに思うがまま。2時間程度の時間なら、思考回路が正常化しても、精神はまだ揺らいだままよ。まともな思考で、きちんと働いて貰いましょう)
レミリアの押し殺した笑い声が会議室に響く。
2時間後、紅魔館一行は、博麗神社に到着していた。美鈴は大風呂敷を背負わされ、レミリアの後に続いている。咲夜は日傘を持ってレミリアに付き添っている。フランの方は、パチュリーと行動をともにすることから、小悪魔が日傘を持っていた。
「私達は正面から霊夢のところに行くわ。パチェとフランは計画通り、タイミングが来るまで外で待機よ」
フランが元気に返事をしようとし、慌てて両手で口を押さえた。静かにするように言われていたのを、危うく忘れてしまうところだったのだ。パチュリーは無言で境内の脇に逸れていく。フランもパチュリーを見習って脇に逸れていった。
その姿を見届けたレミリアは博麗神社の本殿前を素通りし、母屋の縁側に直接向かった。
縁側では紅白の衣装を身につけた少女が、年齢に似合わずひなたぼっこをしながらお茶を飲んでいた。日光を全身に浴びて、実に気持ちよさそうに目を閉じている。
「相変わらず暢気にしてるわね。暇そうじゃないの、霊夢」
「うるさいわよ。そんなにゾロゾロ引き連れて、なんのつもりよ。ここはテーマパークじゃないってのよ」
霊夢は片目だけをうっすらと開けて、レミリア達をわずらわしそうにお茶をすする。
「ふふ、そんな口をきいてていいのかしら?」
レミリアは指を鳴らした。それに促されたように美鈴が進み出て、縁側に背中の大風呂敷を下ろす。
「な、なによ、これ」
心なしか縁側が揺れた様に感じるほどの重量が、その風呂敷にはあった。
「伝説の純米大吟醸・義侠と、クロマグロよ」
美鈴が大風呂敷をほどくと、中から巨大な樽と、同じく巨大なマグロが一匹現れた。
「たまにはゆっくりお酒でもどう?」
霊夢はごくりと唾を呑んだが、ふるふると頭を振った。
「丸々一匹って、マグロなんか捌けないわよ」
またもレミリアが指を鳴らす。
「ナイフと解体ならお任せ下さい」
咲夜がニッコリと笑顔を浮かべ、どこからいつの間に取り出したのか、刃が長く細い、いわゆる刺身包丁を持っていた。
霊夢はレミリア一行と手土産を交互に見比べ、すっと立ち上がった。
「たまには粋なことするじゃない。入りなさいよ」
こうして、レミリア達は見事潜入に成功した。
こちらはパチュリー、フランサイド。
パチュリーがスペルカードを唱えていた。
月&木符『サテライトヒマワリ』
パチュリーは別行動後すぐにスペルカードを使用し、死角なく本隊の動きを確認していた。
サテライトヒマワリにより、本隊の動きは、リアルタイムで手元のデバイスに転送されてくる。次のスペルカードは、すでに予断なく発動できる状態でキープされていた。
「これで準備は万端ね。後は合図を待つばかり」
パチュリーが一息ついて座り込む。
「さすがパチュリーだね。仕事が的確だもん」
ニコニコと笑顔を浮かべているフランの頭を、優しくパチュリーが撫でる。
「ありがとうね、フラン。にしても、なんかうまく丸め込まれたような」
「え~、なんで~? 楽しいよ~? それに、次は魔理沙だよ、魔理沙!」
「そ、そうよね。次は魔理沙だものね」
フランは無意識のうちにパチュリーを誘惑し続ける。レミリアが恐れたことは、パチュリーが冷静に戻ってしまい、無断で帰られてしまうことだった。フランを別動隊に据えることは危険な選択ではあったが、そこはパチュリーならば抑えられる。相互に均衡しうる二人を合わせることで、レミリアは不在であるにも関わらず、別動隊までも操作していたのだった。
「それでそれで、私は何を壊せばいいの?」
フランが目を爛々と輝かせている。
悪巧みしているレミィにそっくりだわ、と、パチュリーはため息をついた。
「そんなに慌てないで。レミィからの合図を待ちましょう」
「え~、暇だよ~」
「まぁまぁ、魔理沙のためよ」
「ぶ~。そうだよね~。我慢する」
別働隊も、無事に準備完了。後は、時を待つばかり。
再度場面はレミリア側。咲夜がマグロの解体をしているのを待つ間、レミリアと霊夢は一足早く酒盛りを始めていた。
樽から杓で酒を配る美鈴。レミリアが先に受け取り、霊夢にも促すと少し遠慮しながらも受け取った。レミリアが一杯飲み干すのを見届けてから、霊夢も続いて飲み干す。
一息溜めてから、霊夢はため息を吐いた。
「すごくおいしい」
「そうでしょう? さぁ、遠慮せずに飲んでちょうだい」
レミリアは微笑を浮かべて霊夢にお酒を勧める。美鈴が予断なく霊夢に新たな一杯を手渡した。
そうこうしている間に、咲夜がマグロの刺身を二人の間に置く。どのように作業をしたのか、咲夜の服には血の一滴もついていない。
レミリアが箸をのばすのを確認してから、霊夢も箸をのばす。
霊夢は口に含んで目を閉じた。無言でその味をかみしめているのだろう。
霊夢はこの時にはすでに体が揺れ始めていた。酒がまわり、平衡感覚に支障をきたし始めたのだ。レミリアはその姿を観察するような目つきでしばらく見ていたが、不意に美鈴に話しかけた。
「美鈴。あんたも食べていいわよ」
レミリアが美鈴に告げると、美鈴が感無量といった風に涙を流した。軽く雄叫びまで上げている。
「な、何よ、急に。驚くじゃない」
霊夢はびくっと体を大袈裟に動かす。
「すいません、こんなご馳走、嬉しすぎて」
その時、突然家全体が揺れた。
「今度は何!?地震!?」
「危ないわ、霊夢」
「お嬢様!」
レミリアが霊夢に覆いかぶさり、その上に美鈴がかぶさる。母屋の奥から、何かが弾けるような音がした。
次第に揺れが収まり、辺りには静けさが戻って来る。霊夢はレミリアと美鈴を押しのけ、立ち上がった。
「どうなってんのよ。なんか、奥から変な音が……。」
霊夢は屋敷の奥にフラフラと進んでいった。
「あ~~っ!!」
叫び声が響いた。奥の部屋から、霊夢の声だ。レミリアはにやりと笑い、すぐに真顔に戻って駆け付ける。
「どうしたの、霊夢!?」
霊夢は一カ所を指さし、プルプルと震わせていた。
「わ、わた、わたしの、た、箪笥。な、無くなってる」
箪笥があったであろう位置には大きな穴が開いていた。
レミリアは霊夢を連れだってその穴を覗きこんだ。床下となるその場所には、無惨にも粉々となった箪笥の破片が散らばり、中に入っていた霊夢の巫女装束も、土に塗れてボロボロになっている。
「私の、私の服が~」
霊夢はぽろぽろと涙を零した。レミリアは霊夢の肩を抱き、その体重を受け止める。
「かわいそうに。私が居合わせたのも何かの縁だわ。あなたの服、なんとかしてみましょう」
レミリアが霊夢に語りかける。霊夢は涙に濡れた瞳でレミリアを見つめた。
「い、いいの?」
「任せておいて。ただ、あれだけボロボロだと、元通りにできないかも。やるだけやってみるわね」
「うん。わかった。ありがとう」
涙を拭う霊夢を、これでもかと言わんばかりにレミリアは抱きしめる。霊夢からは見えていないが、レミリアは至福の表情であった。
「咲夜」
「ここに」
レミリアの呼びかけで、直ぐさま姿を現す咲夜。
「霊夢の服を回収して。すぐに直すわよ」
「かしこまりました」
「今日中に頼むわ」
咲夜は瞬く間に衣服を回収すると、すぐに博麗神社を後にした。美鈴はレミリアの行動をジト目で見ていたが、レミリアににらみ返されると「咲夜さんの手伝いしなきゃ」と、逃げるように去って行った。
「さぁ、咲夜がすぐに直してくれるわ。落ち着いてお酒でも呑みましょう」
レミリアに慰められながら、霊夢はこくんと頷いた。
時間は戻り、パチュリー&フランサイド。
サテライトヒマワリを通じ、レミリアの合図が届いた。
「美鈴、あなたも食べていいわよ」
この合図を機にして、美鈴が能力を発動。気を操作して室内に充満させる。いくら博麗の巫女とはいえ、酔っ払った状態であの気の中にいては、外でのスペルカード発動の気配は感知できまい。
「合図が来たわ。いくわよ、フラン」
「まっかせといて~!」
パチュリーがスペルカードを発動する。
土符『トリリトンシェイク』
博麗神社周辺のみを小規模の地震が襲った。それとワンテンポずらし、フランが目を爛々と輝かせながら能力を発動する。
「きゅっとしてドカーン!」
先に床の破壊の目を砕き、続いて箪笥の破壊の目を砕く。あたかも地震によって自然に壊れたかのように装い、気付かれることなく目標の破壊に成功した。
「さぁ、あとはレミィが何かするんでしょう。私達は帰りましょう」
「そ~だね~。細かく壊すのって、疲れるんだね。帰って休みたいよ~」
フランは大きく伸びをしながら欠伸をした。パチュリーはその姿をみてほほ笑んだ。
「いい本があるわ。寝る前に読んであげる」
別動隊は使命を遂げ、無事に帰還の途についた。
「お嬢様。お待たせしました。しかし、やはり生地で使えるものが少なく、形は整えたのですが……」
咲夜が申し訳なさそうに、再び博麗神社に姿を現した。
咲夜が持ち出した衣装は、元がボロボロだったとは思えないほどに復元されていた。特に問題があるようには見受けられない。
「とりあえず、綺麗にはできてるようね。霊夢、着てみなさいよ」
霊夢はコクンと頷き、言われるままに衣服を取り替えた。
着替え終わってから改めて自分の姿を確認し、酔って赤くなっている霊夢の頬が、さらに赤く染まった。
「これは、さすがに、短かすぎない?」
上半身は見事に復元されていたが、いかんせん、スカートの裾が、かなり上げられていた。
「そうかしら。似合うと思うけど」
レミリアはにやけそうになるのを必死に堪え、平静を装って褒めておく。ここで食いつき過ぎてはいけない。
「でも、私、一応巫女だし、こんなに生足だすのはちょっと…」
「そうね……。あ、そうだわ。咲夜、あなたのソックス、新品がなかったかしら」
「常に用意しておりますが」
咲夜がどこからか綺麗に折り畳まれたソックスを取り出した。
「とりあえず、これで足を隠したらどうかしら」
レミリアが霊夢に勧めたのは、野望の代物、ニーハイソックス。通称、ニーソ。絶対領域を保持する、究極の装飾品である。
「そ、それを履くの?」
「生足を出しているよりはいいんじゃなくて?」
「う、う~」
霊夢はソックスを手渡されたが、何か葛藤しているようにしばらく見詰めていた。
焦ってはいけない。レミリアは自制心を最大限に発揮して己を律していた。ここで焦っては、悲願の達成が不可能になってしまう。あくまでも霊夢の自由意思で装着させなければならない。一度限りのニーソのみより、今後の霊夢との関係を維持しつつのニーソ。譲れない選択なのだ。
霊夢の言葉を待ち、レミリアは手に汗を握る。
「私……」
霊夢の言葉を待ち、レミリアは手に汗を握る。
「私……、この靴下を……」
霊夢の言葉を待ち、レミリアは手に汗を握る。
「私……、この靴下を……、履くことにするわ!」
霊夢が高らかにニーソを掲げた。
血のように赤い、広大な屋敷において、にやけた表情で写真を見つめる少女がいた。ご存じの通り、紅魔館の主、レミリア・スカーレットである。
「究極だわ……」
写真の中には、紅白の衣装に身を包み、すらりと伸びた細い脚に、ぴったりとした白いニーソを着用した霊夢が写っている。
「苦労した甲斐があるってものよ」
レミリアはだらけ切った顔でにやにやと、大変気持ち悪い状態であった。
そんなレミリアの部屋に、どたどたとやかましい足音が聞こえてくる。
「お姉さま!? 魔理沙はどうなってるの~!?」
「そうよ、レミィ! まさか、騙したんじゃないでしょうね!」
「お嬢様! そろそろ私にも御褒美を! 霊夢を見習って和服はいかがでしょうか!?」
紅魔館の面々が、騒々しくレミリアの部屋に押し掛けてきた。ぐいぐいと体を引っ張られたり、豪華な和装を押しつけられたり、散々な状況に陥ってしまった。
「ああ、もう、やってやろうじゃないの。魔理沙のバニーだろうが、私の和装だろうが! 私の運命で、まるっとやってやろうじゃないの!」
紅魔館からの野望あふれる異変は、未だ始まったばかりである。
睨みつけている写真には、紅白の衣服に身を包んだ少女が写っていた。その少女は太陽の下、キラキラと輝いていた。
「何か……。何かが足りない……」
レミリアは写真の中の少女に対し、何かが納得出来ないというように呟いた。何が足りないというのか。写真に写る少女は美貌に富み、黒髪がしっとりと流れ、衣服に至っても独創的ではあるが良く似合っている。その少女に対する発言としては、いささか不釣り合いな言葉であるように思われた。
レミリアが写真を睨みながら悩んでいる後ろでは、メイド服の美しい女性がカートを押して近づいてきていた。その女性は短めの銀髪で、丈の短いメイド服からすらりと伸びた脚には、ぴったりと張り付いた膝の上まである黒いソックスを履いていた。その女性とは、完全で瀟洒な従者の二つ名を持つ、レミリアの忠実なるメイド、十六夜咲夜である。
「お嬢様。紅茶がはいりましたよ」
てきぱきと丸テーブルの上にお茶の用意をしていく。その間にも食器の音がしないことから、咲夜の能力の高さがうかがい知れた。
「本日は良い茶葉が手に入りました。お楽しみください」
咲夜は一礼してその場から身を引いていったが、レミリアは紅茶などには目もくれずに、咲夜を注視していた。
「待ちなさい、咲夜」
突然今まで深く腰をかけていた椅子から立ち上がり、レミリアは咲夜に迫る。
「な、なんでしょう?」
レミリアの目は爛々と輝いていた。
咲夜は知っていた。レミリアがこのように目を輝かせている時には、ろくなことがないことを。無理難題や途方もないわがままを、惜しげもなく披露していく姿は、思い起こせばいくらでも浮かんでくる。
レミリアは咲夜の目の前に来ると、じろじろ全身を舐めまわすかのように視線を動かす。その視線は、ある一か所に収束した。すらりと伸びた足である。さらに言うならば、その脚にフィットしているソックスにだ。
「これよ。これだわ!」
高らかに宣言すると、レミリアはがっしりと咲夜の脚を掴んだ。
「お、お嬢様!?」
レミリアは力任せに、自分の目前に咲夜の脚を持ち上げた。当然の物理法則として、咲夜の上下は逆さまになり、メイド服の裾が捲れあがる。
「ま、まだ早いですよぅ。外は明るいですよぅ。どうしてもというなら、せめてベットに」
咲夜が頬を染めながら話す言葉も、レミリアの耳には入っていかなかった。
「これなのよ! 霊夢に足りないものはこれなのよ!」
高笑いをするレミリアと、頬を染めながら、最悪このままというのも刺激的でいいかもと、変な性癖を勝手に暴露する咲夜の、平和なある日の出来事であった。
紅魔館 大会議室
薄暗い部屋で、何やら怪しげな会合が行われていた。外は雷雨。もともと近寄るものはいない紅魔館は、さらに隔絶された空間として存在していた。
轟く稲光によって照らされたのは、紅魔館を根城とする面々である。
「わざわざ改まって、どうしたっていうのよ。また何か仕出かすつもりなの?」
動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジが、ため息交じりに口を開いた。パチュリーにしてみれば、意味もわからずに呼び寄せられ、勿体ぶった雰囲気を押しつけられて、すでに呆れ気味であるようだ。
「ふふ、そう嫌そうにしないでよ、パチェ。また一つ、異変を起こしてやろうと思ってね」
机に肘をついて手を組み、その手で顔を半分隠しながら、レミリアは静かに話し始めた。
「異変と申されましても、つい先日、霊夢と魔理沙に妨害されたばかりですが……」
おずおずと門番である紅美鈴が挙手しながら発言する。
「今回の異変の目的は、唯一つ。幻想卿における主要人物、博麗霊夢の衣装をワンランク進化させることよ」
「そんなことをして、何か得でもあるの?」
「ふふ、わかってないわね、パチェ。博麗霊夢は、この幻想卿を存在させる上で無くてはならない存在である博麗の巫女にして、私たち妖怪に匹敵するだけの能力を保持している者。古の賢者たちも、皆一様に一目置いているわ。そんな存在の服装を進化させるということは、すなわちその意識に深く関与しているということよ。幻想卿における我々紅魔館の存在も、自然と大きくなろうというものじゃなくて? 霊夢の服装を変えるということは、我々の地位向上の近道であるとともに、幻想卿自体の活性化にさえつながるというものよ」
「そんなものかしらねぇ」
パチュリーとレミリアの会話の中、涙を流す存在が二名いた。咲夜と美鈴である。
(私の話、全然聞いてもらってない……)
ナチュラルに無視され、小さく手を挙げたままの姿勢で悲しみの涙を流す美鈴。
(お嬢様……。ご自身の欲望を責任転換により他人に押し付けるどころか、幻想卿における紅魔館の位置づけを上昇させるだなんてところまでこじつけるとは、さすがです。天才的です。美しいです。お嬢様……。)
レミリアの暴論を正論にすり替えてしまう言い回しに、喜びの涙を流す咲夜。
「さすがだね、お姉さま。でも、私は霊夢より魔理沙の方がいいな。魔理沙だって、もっとかわいい格好の方がかわいいと思うんだ。うふふ」
金髪の少女が満面の笑みで立ち上がった。少女の名はフランドール・スカーレット。すべてを破壊する力を秘めた吸血鬼にして、レミリアの実妹である。
フランは先日の紅霧異変以来、魔理沙に執心していた。フランはその力のため、紅魔館の地下に監禁されていたのだが、多少のイザコザがあって魔理沙により解放され、今では紅魔館内の自由を約束されているのだ。そのため、フランは事あるごとに魔理沙の名を口にしていた。
「わかったわ、フラン。霊夢の次は魔理沙に仕掛けましょう。だから、今回の作戦は手伝ってね」
フランは大きく万歳をして、歓喜の歓声を上げた。その様子を満足げに眺めていたレミリアだったが、ふと疑問に浮かんだことをフランに投げかけた。
「ねぇ、フラン。魔理沙にはどんな格好をさせたいの?」
質問に対して、フランは最初はきょとんとしていたが、顎に指を当てて懸命に考え始めた。間もなくまた満面の笑顔に戻る。
「んっとね、んっとね、うさぎさん!」
この時、レミリアとパチェリーに電流が走る。
ここで、話した側と聞き取った側に、致命的な誤解が生まれてしまった。フランの脳内の魔理沙は、いつもの服装にうさぎ耳を追加し、モフモフの肉球グローブをつけた健全な姿だったが、レミリアとパチェリーの脳内では、単なるバニーガールに変換されていた。
「フラン。あなた、なかなかやるわね」
「さすがレミィの妹。末恐ろしいわ」
フランは誉められていることに気を良くし、照れ笑いをしながら後頭部を掻いていた。
「それで、そんな計画、どうやって実現するつもり?」
パチュリーが突然話を進めた。マリサの話題になってから、何故かパチュリーまでも前向きな検討体勢になっていたのである。
それを受けてレミリアは指を鳴らした。いつの間にか咲夜がレミリアの後ろに待機しており、ホワイトボードまで現れている。
「私からご説明させていただきます」
ホワイトボードには博麗神社の略図が画かれていた。その図を用いて咲夜が事細かく作戦の概要を伝えていく。昨夜が話し終わるのを待って、レミリアが口を添えた。
「今回の作戦で必要なのは、みんなの連携、タイミングよ。期待してるわよ、美鈴」
急に話し掛けられ、びくっとしてしまった美鈴だったが、キョロキョロと回りを見てから、確認するようにレミリアを見返した。レミリアも優しく微笑んで美鈴を見つめている。美鈴は直立不動で立ち上がった。
「誠心誠意、がんばります!」
(私、無視なんかされてなかった…。)
先程とは異なり、感涙を流す美鈴だった。
「みんなも、よろしくね。作戦決行は2時間後。それまで英気を養っておいて」
レミリアはその場で微笑を振り撒き、解散を告げた。皆、それぞれに会議室を後にしていく。
「ふふふ、魔理沙のバニー、魔理沙のバニー」
パチュリーはニヤニヤと、普段の聡明さは鳴りを潜めている。
「私だって、やればできるんです。期待されてるんです」
美鈴は拳を握り、意気揚々と歩いていった。
「みんなで遊べて、嬉しいね~」
フランの笑顔は崩れない。
会議室に残ったのはレミリアと咲夜だけになった。
「くく、くくくく」
レミリアは俯き、組んだ手で表情が読み取られないような態勢をとって肩を震わせた。
(計算通りよ。フランはいいとして、美鈴とパチェは案外くそ真面目だから、こんな荒唐無稽な話しにはおいそれとは乗ってこない。フランを会話に混ぜることによって自然に魔理沙を絡め、パチェを誘惑する。さらに、美鈴を無視して軽視されていると勘違いさせ、最終的に重用していることをアピールすれば、すでに思うがまま。2時間程度の時間なら、思考回路が正常化しても、精神はまだ揺らいだままよ。まともな思考で、きちんと働いて貰いましょう)
レミリアの押し殺した笑い声が会議室に響く。
2時間後、紅魔館一行は、博麗神社に到着していた。美鈴は大風呂敷を背負わされ、レミリアの後に続いている。咲夜は日傘を持ってレミリアに付き添っている。フランの方は、パチュリーと行動をともにすることから、小悪魔が日傘を持っていた。
「私達は正面から霊夢のところに行くわ。パチェとフランは計画通り、タイミングが来るまで外で待機よ」
フランが元気に返事をしようとし、慌てて両手で口を押さえた。静かにするように言われていたのを、危うく忘れてしまうところだったのだ。パチュリーは無言で境内の脇に逸れていく。フランもパチュリーを見習って脇に逸れていった。
その姿を見届けたレミリアは博麗神社の本殿前を素通りし、母屋の縁側に直接向かった。
縁側では紅白の衣装を身につけた少女が、年齢に似合わずひなたぼっこをしながらお茶を飲んでいた。日光を全身に浴びて、実に気持ちよさそうに目を閉じている。
「相変わらず暢気にしてるわね。暇そうじゃないの、霊夢」
「うるさいわよ。そんなにゾロゾロ引き連れて、なんのつもりよ。ここはテーマパークじゃないってのよ」
霊夢は片目だけをうっすらと開けて、レミリア達をわずらわしそうにお茶をすする。
「ふふ、そんな口をきいてていいのかしら?」
レミリアは指を鳴らした。それに促されたように美鈴が進み出て、縁側に背中の大風呂敷を下ろす。
「な、なによ、これ」
心なしか縁側が揺れた様に感じるほどの重量が、その風呂敷にはあった。
「伝説の純米大吟醸・義侠と、クロマグロよ」
美鈴が大風呂敷をほどくと、中から巨大な樽と、同じく巨大なマグロが一匹現れた。
「たまにはゆっくりお酒でもどう?」
霊夢はごくりと唾を呑んだが、ふるふると頭を振った。
「丸々一匹って、マグロなんか捌けないわよ」
またもレミリアが指を鳴らす。
「ナイフと解体ならお任せ下さい」
咲夜がニッコリと笑顔を浮かべ、どこからいつの間に取り出したのか、刃が長く細い、いわゆる刺身包丁を持っていた。
霊夢はレミリア一行と手土産を交互に見比べ、すっと立ち上がった。
「たまには粋なことするじゃない。入りなさいよ」
こうして、レミリア達は見事潜入に成功した。
こちらはパチュリー、フランサイド。
パチュリーがスペルカードを唱えていた。
月&木符『サテライトヒマワリ』
パチュリーは別行動後すぐにスペルカードを使用し、死角なく本隊の動きを確認していた。
サテライトヒマワリにより、本隊の動きは、リアルタイムで手元のデバイスに転送されてくる。次のスペルカードは、すでに予断なく発動できる状態でキープされていた。
「これで準備は万端ね。後は合図を待つばかり」
パチュリーが一息ついて座り込む。
「さすがパチュリーだね。仕事が的確だもん」
ニコニコと笑顔を浮かべているフランの頭を、優しくパチュリーが撫でる。
「ありがとうね、フラン。にしても、なんかうまく丸め込まれたような」
「え~、なんで~? 楽しいよ~? それに、次は魔理沙だよ、魔理沙!」
「そ、そうよね。次は魔理沙だものね」
フランは無意識のうちにパチュリーを誘惑し続ける。レミリアが恐れたことは、パチュリーが冷静に戻ってしまい、無断で帰られてしまうことだった。フランを別動隊に据えることは危険な選択ではあったが、そこはパチュリーならば抑えられる。相互に均衡しうる二人を合わせることで、レミリアは不在であるにも関わらず、別動隊までも操作していたのだった。
「それでそれで、私は何を壊せばいいの?」
フランが目を爛々と輝かせている。
悪巧みしているレミィにそっくりだわ、と、パチュリーはため息をついた。
「そんなに慌てないで。レミィからの合図を待ちましょう」
「え~、暇だよ~」
「まぁまぁ、魔理沙のためよ」
「ぶ~。そうだよね~。我慢する」
別働隊も、無事に準備完了。後は、時を待つばかり。
再度場面はレミリア側。咲夜がマグロの解体をしているのを待つ間、レミリアと霊夢は一足早く酒盛りを始めていた。
樽から杓で酒を配る美鈴。レミリアが先に受け取り、霊夢にも促すと少し遠慮しながらも受け取った。レミリアが一杯飲み干すのを見届けてから、霊夢も続いて飲み干す。
一息溜めてから、霊夢はため息を吐いた。
「すごくおいしい」
「そうでしょう? さぁ、遠慮せずに飲んでちょうだい」
レミリアは微笑を浮かべて霊夢にお酒を勧める。美鈴が予断なく霊夢に新たな一杯を手渡した。
そうこうしている間に、咲夜がマグロの刺身を二人の間に置く。どのように作業をしたのか、咲夜の服には血の一滴もついていない。
レミリアが箸をのばすのを確認してから、霊夢も箸をのばす。
霊夢は口に含んで目を閉じた。無言でその味をかみしめているのだろう。
霊夢はこの時にはすでに体が揺れ始めていた。酒がまわり、平衡感覚に支障をきたし始めたのだ。レミリアはその姿を観察するような目つきでしばらく見ていたが、不意に美鈴に話しかけた。
「美鈴。あんたも食べていいわよ」
レミリアが美鈴に告げると、美鈴が感無量といった風に涙を流した。軽く雄叫びまで上げている。
「な、何よ、急に。驚くじゃない」
霊夢はびくっと体を大袈裟に動かす。
「すいません、こんなご馳走、嬉しすぎて」
その時、突然家全体が揺れた。
「今度は何!?地震!?」
「危ないわ、霊夢」
「お嬢様!」
レミリアが霊夢に覆いかぶさり、その上に美鈴がかぶさる。母屋の奥から、何かが弾けるような音がした。
次第に揺れが収まり、辺りには静けさが戻って来る。霊夢はレミリアと美鈴を押しのけ、立ち上がった。
「どうなってんのよ。なんか、奥から変な音が……。」
霊夢は屋敷の奥にフラフラと進んでいった。
「あ~~っ!!」
叫び声が響いた。奥の部屋から、霊夢の声だ。レミリアはにやりと笑い、すぐに真顔に戻って駆け付ける。
「どうしたの、霊夢!?」
霊夢は一カ所を指さし、プルプルと震わせていた。
「わ、わた、わたしの、た、箪笥。な、無くなってる」
箪笥があったであろう位置には大きな穴が開いていた。
レミリアは霊夢を連れだってその穴を覗きこんだ。床下となるその場所には、無惨にも粉々となった箪笥の破片が散らばり、中に入っていた霊夢の巫女装束も、土に塗れてボロボロになっている。
「私の、私の服が~」
霊夢はぽろぽろと涙を零した。レミリアは霊夢の肩を抱き、その体重を受け止める。
「かわいそうに。私が居合わせたのも何かの縁だわ。あなたの服、なんとかしてみましょう」
レミリアが霊夢に語りかける。霊夢は涙に濡れた瞳でレミリアを見つめた。
「い、いいの?」
「任せておいて。ただ、あれだけボロボロだと、元通りにできないかも。やるだけやってみるわね」
「うん。わかった。ありがとう」
涙を拭う霊夢を、これでもかと言わんばかりにレミリアは抱きしめる。霊夢からは見えていないが、レミリアは至福の表情であった。
「咲夜」
「ここに」
レミリアの呼びかけで、直ぐさま姿を現す咲夜。
「霊夢の服を回収して。すぐに直すわよ」
「かしこまりました」
「今日中に頼むわ」
咲夜は瞬く間に衣服を回収すると、すぐに博麗神社を後にした。美鈴はレミリアの行動をジト目で見ていたが、レミリアににらみ返されると「咲夜さんの手伝いしなきゃ」と、逃げるように去って行った。
「さぁ、咲夜がすぐに直してくれるわ。落ち着いてお酒でも呑みましょう」
レミリアに慰められながら、霊夢はこくんと頷いた。
時間は戻り、パチュリー&フランサイド。
サテライトヒマワリを通じ、レミリアの合図が届いた。
「美鈴、あなたも食べていいわよ」
この合図を機にして、美鈴が能力を発動。気を操作して室内に充満させる。いくら博麗の巫女とはいえ、酔っ払った状態であの気の中にいては、外でのスペルカード発動の気配は感知できまい。
「合図が来たわ。いくわよ、フラン」
「まっかせといて~!」
パチュリーがスペルカードを発動する。
土符『トリリトンシェイク』
博麗神社周辺のみを小規模の地震が襲った。それとワンテンポずらし、フランが目を爛々と輝かせながら能力を発動する。
「きゅっとしてドカーン!」
先に床の破壊の目を砕き、続いて箪笥の破壊の目を砕く。あたかも地震によって自然に壊れたかのように装い、気付かれることなく目標の破壊に成功した。
「さぁ、あとはレミィが何かするんでしょう。私達は帰りましょう」
「そ~だね~。細かく壊すのって、疲れるんだね。帰って休みたいよ~」
フランは大きく伸びをしながら欠伸をした。パチュリーはその姿をみてほほ笑んだ。
「いい本があるわ。寝る前に読んであげる」
別動隊は使命を遂げ、無事に帰還の途についた。
「お嬢様。お待たせしました。しかし、やはり生地で使えるものが少なく、形は整えたのですが……」
咲夜が申し訳なさそうに、再び博麗神社に姿を現した。
咲夜が持ち出した衣装は、元がボロボロだったとは思えないほどに復元されていた。特に問題があるようには見受けられない。
「とりあえず、綺麗にはできてるようね。霊夢、着てみなさいよ」
霊夢はコクンと頷き、言われるままに衣服を取り替えた。
着替え終わってから改めて自分の姿を確認し、酔って赤くなっている霊夢の頬が、さらに赤く染まった。
「これは、さすがに、短かすぎない?」
上半身は見事に復元されていたが、いかんせん、スカートの裾が、かなり上げられていた。
「そうかしら。似合うと思うけど」
レミリアはにやけそうになるのを必死に堪え、平静を装って褒めておく。ここで食いつき過ぎてはいけない。
「でも、私、一応巫女だし、こんなに生足だすのはちょっと…」
「そうね……。あ、そうだわ。咲夜、あなたのソックス、新品がなかったかしら」
「常に用意しておりますが」
咲夜がどこからか綺麗に折り畳まれたソックスを取り出した。
「とりあえず、これで足を隠したらどうかしら」
レミリアが霊夢に勧めたのは、野望の代物、ニーハイソックス。通称、ニーソ。絶対領域を保持する、究極の装飾品である。
「そ、それを履くの?」
「生足を出しているよりはいいんじゃなくて?」
「う、う~」
霊夢はソックスを手渡されたが、何か葛藤しているようにしばらく見詰めていた。
焦ってはいけない。レミリアは自制心を最大限に発揮して己を律していた。ここで焦っては、悲願の達成が不可能になってしまう。あくまでも霊夢の自由意思で装着させなければならない。一度限りのニーソのみより、今後の霊夢との関係を維持しつつのニーソ。譲れない選択なのだ。
霊夢の言葉を待ち、レミリアは手に汗を握る。
「私……」
霊夢の言葉を待ち、レミリアは手に汗を握る。
「私……、この靴下を……」
霊夢の言葉を待ち、レミリアは手に汗を握る。
「私……、この靴下を……、履くことにするわ!」
霊夢が高らかにニーソを掲げた。
血のように赤い、広大な屋敷において、にやけた表情で写真を見つめる少女がいた。ご存じの通り、紅魔館の主、レミリア・スカーレットである。
「究極だわ……」
写真の中には、紅白の衣装に身を包み、すらりと伸びた細い脚に、ぴったりとした白いニーソを着用した霊夢が写っている。
「苦労した甲斐があるってものよ」
レミリアはだらけ切った顔でにやにやと、大変気持ち悪い状態であった。
そんなレミリアの部屋に、どたどたとやかましい足音が聞こえてくる。
「お姉さま!? 魔理沙はどうなってるの~!?」
「そうよ、レミィ! まさか、騙したんじゃないでしょうね!」
「お嬢様! そろそろ私にも御褒美を! 霊夢を見習って和服はいかがでしょうか!?」
紅魔館の面々が、騒々しくレミリアの部屋に押し掛けてきた。ぐいぐいと体を引っ張られたり、豪華な和装を押しつけられたり、散々な状況に陥ってしまった。
「ああ、もう、やってやろうじゃないの。魔理沙のバニーだろうが、私の和装だろうが! 私の運命で、まるっとやってやろうじゃないの!」
紅魔館からの野望あふれる異変は、未だ始まったばかりである。
迷惑さ加減と幻想「卿」が印象に残りました。
あと一箇所「魔理沙」が「マリサ」になっている部分がありましたのでご報告をば
どういうことなの…
東方IME等の辞書を導入すれば、この類の誤字は防げると思いますよ。
淀みなく、又は間断なく、と表現したかったのでしょうか?
次の投稿を楽しみにしています。
よくやったと言わせて欲しい
でも巫女なら足袋がいいと思うんだ。
お話自体は面白かったのでこの点で。
お話自体とはとても面白かったです
登場人物が実に生き生きとしてて
読んでるこちらがちょっと嬉しくなるような感じが素敵!
真の究極とは“割烹着”だ