・注意書き
グロ描写あり。
俺設定、独自解釈あり。
それらが苦手な人は戻ることをお勧めいたします。
それでは、お読みください。
むかし、あるところに、たいへんなかのよい姉妹が住んでいました。
姉妹は犬をかっていました。
犬のなまえは姉がつけました、『サクヤ』というなまえになりました。
犬はふさふさとした銀色に似たやわらかい毛なみをもっていましたが、毛が顔にまでかかっていたので妹はリボンでその毛を束ねてあげました。犬は目の前がすっきりしたのをかくにんすると、うれしそうに妹のかおをぺろりとなめました。
姉妹は犬がだいすきでした。妹はいつもその犬といっしょに遊び、姉は、そんな妹を見てとてもたのしいきもちになりました。
ある日、妹が言いました。
「お姉さま、私、とさつごっこがしたいわ」
その話に姉も賛同しました。二人とも子供だったので、楽しそうなことはなんでもやってみたいと思ったのです。
ほうちょうを持つのは妹。
ちをぬいてバケツにためるのは姉。
そして、とさつされるぶたの役は犬がやりました。
妹は、犬ののどをきりひらきました。血がたくさん出てきました。姉はそれをバケツにためていきました。バケツにためた血もソーセージにするために使うのです。
つぎにおなかをひらきました。ちょうはもちろん、ないぞうのひとつひとつをていねいに取り出していきます。
そして、ないぞうをすべて出しおわると、妹は犬ののどにほうちょうをつきさし、そのまままたの下まできりさいてしまいました。
とさつは終わりました。
そこで二人は気づきました。
「どうしようお姉さま、この子こちらを向かないわ。それにからだもうごいてないわ」
姉はいそいで二つにわかれたからだをくっつけようとしました。そして、内ぞうを全て戻しました。バケツの中の血もわかれた口からながしいれました。
しかし、犬は動きませんでした。
姉妹はかなしみました。
妹はじぶんたちのしたことにたいしてのこうかいと、大事にしていた犬をうしなってしまったことへのかなしみで頭がおかしくなりそうでした。
姉もなきたくなるほどかなしかったのですが、姉として妹をまもってやらねばならないとかんがえました。
すぐに自分の家の中にあるとしょかんへとむかいました。しにものぐるいで姉はかいけつ方法をさがしました。妹をかなしませないようにするために。妹につみをせおわせるよ
うなことをさせないために。なれない文字をよみ、あたまがくらくらしそうになりながら、とうとう一さつの本をみつけました
姉はりょう手に物をもち、妹にいいました。
「林檎と金貨のどちらかをえらびなさい」
もし、おいしそうな林檎をえらんだのならば、分べつのない子供のしたことだからしかたがないとしてゆるされるとその本には書いてありました。
しかし、かちのある金貨をえらんだのならば、分べつのあるもののしわざとしてつみになる、とも書かれていました。
妹はこまりました。大切にしていた犬がしんでしまって気が気でなかったのです。妹はなきそうになりました。
「どちらをえらんだらいいのかわからないわ」
姉は、なんとしてでも妹につみをせおわせたくありませんでした。そして、じぶんで金貨をにぎりしめてしまい、林檎を妹の手ににぎらせました。
「これであなたは何も気にすることはないのよ」
だいすきな姉がそう言うならば、とおもい、妹はわけもわからずあんしんしました。
つぎの日、妹はきのうあったことはわすれてしまっていました。
しかし、犬をひきさいたときのおもしろさはおぼえていました。
妹は目につくものはなんでもこわしていきました。ぬいぐるみでも、つくえでも、メイドでも。そのたびに、こころの中のどこかがちくりといたみました。
そのはりのようないたみはなにかをこわすたびに大きくなり、とうとうたえきれなくなって姉にお願いをしにいきました。
「お願い、お姉さま!私をどこかにとじこめて!いたくていたくてたまらないのに、おなじくらいこわしたくてたまらないの!ああ、どうしてこんなにもいたみがおさまらないの」
その理由を妹はわすれてしまっていました。
姉が、妹がくるしまないようにわすれさせたのです。そして、もし理由をおしえてしまえば、妹はまたかなしさでおかしくなってしまうかもしれないとかんがえたからです。
姉は、しかたなく妹を地下へととじこめました。力づくでは開かないようにしっかりとかぎをかけて。
はじめは姉もしんぱいして妹に会いに行きました。しかし、くるしむ妹に姉はなにもすることができず、いたみの理由もおしえることもできないまま時間がながれていきました。
そうして姉妹は、なかよしではなくなっていきました。
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地下へと続く階段を降りる音が響く。段差がなくなった所で、厚い鋼鉄で出来た扉が現れる。扉が4回ノックされ、入室の許可を求める声がする。声の主は扉の内側からの返答を確認し、中にいる者の機嫌が悪くないことを確かめると、重い扉を開いた。
「フラン様、お食事をお持ち致しました」
銀髪のメイドが金髪の少女に声をかける。フランと呼ばれたベッドの上の少女は遊んでいた熊の人形をぽい、と枕の方へ向けて投げ捨て、食事のほうへと興味を示した。
「今日の朝御飯は何かしら?」
目を爛々と輝かせてメイドの持つ料理の方を見る。朝御飯といっても今の時間は夕方であるが、それには理由がある。このフランという少女は、外見はまだ初潮も迎えていないような歳に見えるが、実際、495年は生きている吸血鬼なのだ。だから吸血鬼にとって朝は夕方の日が沈んだ頃であり、夜は日が昇る頃となっている。
「本日はポトフとバケットでございます……が」
メイドは持って来た料理の皿を後ろに引いた。
そしてメイドの左手には、いつの間にか先程フランが投げ捨てたはずの熊の人形が握られていた。
「物を大切になさらないと立派なレディにはなれませんわ」
「私はまだ当分は大きくはならないからいいのよ、咲夜」
たしなめる咲夜に対し、フランは少し頬を膨らませながら吸血鬼ならではの理屈を語った。
「それに少しくらい壊しても咲夜なら直ぐに直してくれるでしょう」
それ以上咲夜は何も言う事はなく、ボタンが取れ、少し糸がほつれた人形を腕に抱えると湯気の立つ料理の入った皿と焼きたてのパンが入った籠をテーブルの上に置いた。そして椅子を引くとフランはそこにちょこん、と座った。
食事の席の間、咲夜は手を組んでフランの椅子から一歩離れた所に立ち、適当にフランの話し相手になる。少し前ならば、そんな事をすれば例え時を止められる能力を持っていたとしても、命の保証は出来なかった。
しかし今ではそのような事は無く、咲夜は勿論、他のメイド妖精も話し相手となっていた。
そんな会話の中で、フランはポトフの中のソーセージにフォークを突き刺して言った。
「咲夜、ソーセージってどうやって作るのかしら」
「ソーセージ、ですか。それならばまず豚を丸々一頭解体して、それからその腸の中に血肉や香辛料を入れて茹であげます」
フランはフォークに刺さったソーセージをパリッと小気味のよい音を立てて食べる。人間の血も含まれている人向けではない味も、吸血鬼であるフランにとっては美味な物だった。フランは丁寧に咀嚼して飲み込んだ。
「私ね、やってみたい事があるの」
「なんでしょうか?」
咲夜は聞き返した。フランはこくり、と頷くと薄く笑いながら、まるでお菓子の事を考える子供のような笑顔で言った。
「私ね、屠殺ごっこがしたいなあ」
咲夜は一瞬呆気にとられたが、小さく呼吸をするとその内容と遊びのルールを尋ねた。
「そうね、それじゃ私が屠殺をする側であなたがされる側。お姉様も誘って二人であなたを捌くの。どう、楽しそうでしょう?」
吸血鬼の感覚は、人には計れない所がある。それは長い年月を生きてきたものとたかだか80年生きるか生きないかというような人間とは違いが出るのは当然と言えば当然と言えた。
「・・・・・・非常に魅力的なご提案ですわ」
しかし、このメイド長はその感覚を把握し、受け応え方も全て心得ていた。だからこそ、この十六夜 咲夜は悪魔の館のメイド長を任されているのだ。
「しかし、それではまず気難しいお嬢様を誘いに行かなくてはいけませんね」
「きっと乗ってくれるわ。お姉様、そういうのは好きだもの」
妹様は、姉であるお嬢様の事をよく理解していらっしゃる、と咲夜は感心した。
長く地下に閉じこめられていたが、それ故か純粋な感性の鋭さを持っているため、時に付き合いの長い者よりも的確な批評を下す事がある。
確かに、お嬢様ならそういうことは好きだろうと咲夜は思った。だが、それと同時に必ずそれを拒むとも確信していた。
「それでは、後でお嬢様に伺っておきますわ」
咲夜は、フランに扉を開ける姿を見せずに時を止めて部屋を出ていった。
気は許しても油断は見せないようにするためだ。
扉が重い音をたてながら、閉じていく情景だけが部屋に残った。
「して、いかがでしょうか、お嬢様」
「私がその話を聞いて子供みたいに何度も首を縦に振るとでも思ったのかしら?」
細い子供の指に不釣り合いな長く紅い爪を咲夜に突き付けながら、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは、尋ねられた質問に質問で返した。
いいえ、と咲夜は苦笑しながら言った。
「しかし、たまには妹様に構ってあげるのも姉としての勤めかと」
「部外者は黙ってなさい」
レミリアの冷たい物言いにただならぬものを感じた咲夜は肩を震わせた。
見ればレミリアの細く白い腕は僅かに震え、口元には人間の女性の首筋に突き立てて血を吸うのに適した牙を見せていた。咲夜は唾と共に言葉を飲み込み、「軽率な発言をお許しください」と謝った。
レミリアは噛み締めていた歯を離し、ふう、と一息つき、注がれた紅茶を飲んだ。
「咲夜、あなたは知らないからしかたないでしょうけど一応確認するわ。本当にフランが『屠殺ごっこ』がしたいといったのね?」
「は、はい。確かにそのように」
レミリアは頬に手を当てて唇を噛んでいるのを隠し、何かを考える素振りをみせた。咲夜は自分の主の考えが見えない事に少し不安を感じた。いつものフランの無理な提案を無下にして、その後決まって機嫌を悪くするフランを紅魔館内総出で宥める。
それが、いつものパターンだった。
咲夜はいつもと違う主の態度に動揺を隠せなかった。
「そうか……」
レミリアは何かを呟いたようだったが、人間の咲夜には聞き取れる声量では無かった。頬に当てていた手を離し、咲夜の方を見据えると指令を出した。
「食事の席にフランを呼びなさい。それと、私が良い、と言うまで夕食の席は私とフランの二人きりにすること」
「は、承知……致しました」
一瞬反応が遅れたが、咲夜は応えることが出来た。
咲夜が部屋からいなくなった後、レミリアは再び思考を始めた。そして、『食事の時に妹に対して何を言おうか』という傍目から聞けば他愛の無い事を考え、ある程度の考えをまとめると溜息をついた。
(そろそろ、か)
憂いと憤りの混じった溜息をついてレミリアは覚悟を決めた。すっく、と勢い良く席を立ち上がると、机の上のティーカップが僅かに揺れた。
向かった先は自分の部屋。そこで、レミリアは一冊の薄い本を取り出した。
本などあまり読まない彼女が、唯一部屋に置き続けている薄い子供向けの挿絵の多い本。
手に取って表紙についた埃を手で軽く払うと、パラパラとめくった。
読むわけではなく、ただ文章を眺める。紙は茶色く変色し、所々ページが落ちそうになっている。だが、レミリアは捨てようとは考えなかった。
その本が、姉妹の人生を変えた本だからだ。
「何百年振りかしら、お姉様が私を夕食に誘うだなんて」
カチャカチャとナイフとフォークを動かしながらフランは笑った。
夕食の席には、レミリアの言い付け通り、フランとレミリアしかいなかった。料理は最初に全て運ばせており、二人という人数には大き過ぎるテーブルの面積を料理が殆ど埋めていた。
フランはテーブルに着く前からご機嫌のようだったが、レミリアは表情をあまり変えずに、ただ黙々と手にした食器で皿から口へと料理を動かしていた。
それが、フランにとっては少しつまらなかった。
そこでフランは姉の興味を引く為に、夕方に思いついた話をし始めた。
「お姉様、私ね、やってみたいことがあるの」
今まで何の反応も見せなかった姉の顔が少し揺れた。フランはその反応が嬉しく、更に話を続けた。
「お姉様、ソーセージってどうやって作るのか知ってる?あれって豚の腸を使うらしいのだけれど」
「……ええ、知っているわ。それに血や肉を詰めて焼いたり茹でたりするのでしょう」
「うん!そう、良く知ってるね、流石お姉様」
食事が始まってから初めての姉と続いた会話に、妹は心を踊らせた。そしてその
まま考えた『遊び』の提案をした。
「それでね、私屠殺ごっこがしてみたいの。お姉さまと私で咲夜を解体するのよ、ね。楽しそうでしょう?」
「駄目よ」
メインディッシュを小さく切り分けながら、レミリアはフランに対して冷たく言い放った。フランは、予想はしていたが期待はしていなかったその答えを聞き、薄く笑うと手元の皿を掴み、姉の顔を掠めるように投げた。
姉の背後で皿の割れる音はしたが、血は流れなかった。姉は妹が自分に皿を当てないと確信していたし、もし当たるとしてもその運命を変えれば済むからだ。
「テーブルマナーがなっていないわよ、フラン」
皿を投げられた事は気にせず、投げたということだけに反応し、姉らしくその行動を注意した。
その反応も、フランは気にくわなかった。
歯が軋む音をさせ、テーブルを叩き、木製のテーブルに亀裂を入れる。
「……お姉様は、いつもそう。私の言う事は全部駄目と言う」
姉は食器を置くとナプキンで口を拭った。
「駄目なものは、駄目よ。聞き分けなさい、フラン」
言葉を言い終わらぬ内に、フランは席を立ち、食器ではなく燃えた剣を握り、テーブルを蹴って姉の元へ跳ぶ。
フランの顔は憤怒に満ち、それは握る剣の炎に反映され、姉へとぶつけられた。
剣がぶつかる衝撃で、レミリアが座っていた椅子は脚が全て折れ、背の部分の模様細工も原型を留めていなかった。その衝撃は外へと広がり、料理の載った皿は吹き飛んで壁に当たり割れ、亀裂の入った20人は座れるかというような大きなテーブルも、衝撃によって動かされていた。
「……食事中に席を立つのはマナー違反だと教えられなかったのかしら?」
レミリアは妹の感情が表れた剣を同じ様に具現化させた槍で受け止めていた。
チリチリと何本か薄い青色の髪の毛が焦げた臭いがした。
「私の気持ちなんて何も考えていないくせに!」
身の丈に会わない大剣を振りかぶり、今度は横から剣を払う。レミリアは2撃目は受けず、後ろに宙返りしてそれを避け、距離を取って音も無く着地した。
「……フラン、一つ質問するわよ。いいわね」
「どうせ駄目と言っても聞かせるつもりでしょう」
フランの言葉は当たっていた。が、それを称賛することなく、レミリアは言葉を次いだ。
「貴方は赤々とした林檎と薄く光を放つ金貨、どちらを選ぶ?」
フランは一瞬何故そのような質問をするのか疑問に思ったが、剣を握り直し、左肩へと振りかぶるとその質問に答えた。
「それなら金貨ね、金貨なら林檎の他にも欲しい物が買えるし、それに……」
テーブルが蹴られ、レミリアとフランの間が詰められた。
「お姉様がコンティニュー出来なくなるしね!」
レミリアは槍で2、3度後ろに下がりながら受けて衝撃を殺し、後ろに一つ大きく跳ぶと、フランが再び振りかぶる前に持っていた槍を投げた。
フランの身体が姉を追い詰めていた方向と反対に吹っ飛ぶ。だが、フランの顔面に向けて投げられた槍は顔に当たってはおらず、当たる寸前でフランの左手に掴まれた。
「それを聞いて安心したわ」
「あはっ、いつになく本気なのねお姉様!嬉しい!」
妹に対して本気を見せることなどあまりなかった姉に、妹は喜び、掴んだ槍を小枝のようにへし折ると、
「じゃあ私も遠慮なく行くわ」
全てを燃やし、灰にし尽くす炎の刃を姉に向けた。
中の喧騒とは裏腹に、館の門の前は静かだった。
「ん、ふわあ、はー、あー眠いです」
紅魔館の門番、紅 美鈴は館の主達とは違い、普通の妖怪なので夜に活発になるという訳ではない。更に、力も強いというわけでもない。だが、弱点らしい物が無く、万能な妖怪である為、主であるレミリアに門番を任されている。
「今はお嬢様も起きていられるし……少しくらい、10分……いや5分」
瞼が美鈴の意思で動かなくなりかけたが、美鈴はその動かない瞼を無理矢理開く羽目になった。
「見回りご苦労様です。はい、寝てません、起きてます、大丈夫です。ですからそのナイフをしまって下さいお願いします」
頬に銀色のナイフが当てられた感触で美鈴は起こされた。
「まあ、別に怒りに来た訳じゃないから」
咲夜が薄い笑いを浮かべながら美鈴の後ろに立っていた。気を操る程度の能力を持つ美鈴でも、気配を消した上に時を止められて近付かれれば気付くことは出来なかった。
ナイフを持ってきた籠の中にしまうと、美鈴は後ろを振り向いて微笑んだ。
「あはは、怖いですからあんまりそれは出さないで下さいね」
「あなたが寝なければ考慮するわ」
二人にとってこのくらいの事はスキンシップのような物だった。美鈴は咲夜の事を信頼しているからこそ、刃物を向けられても動じることは無く、咲夜は美鈴が頑丈で、多少の悪戯を笑って許してくれると確信しているから意地悪も出来た。
「それで、何かあったのですか?外には特に異常はありませんし今の時間はお嬢様の御食事の時間では?」
「そのお嬢様にお暇を出されてしまったのよ」
美鈴は硬直し、心の底から驚いた間の抜けた声を出してしまった。
「ふふ、冗談よ」
短く咲夜が笑ったのを見て美鈴は安堵の息を漏らした。
「心臓に悪いですよ」
「お詫びに紅茶と夜食はいかがかしら?」
咲夜は籠の中に入った二人分の食事を美鈴と食べながら、レミリアに言われた事を話した。
「ああ、成る程。やはりこの『気』はお嬢様と妹様でしたか」
美鈴は気を使い、流れやその者が持つ独特な気を読む事が出来る。館の外は池の蛙の鳴き声がたまに微かに聞こえるような静かさだったが、美鈴は館の中で何が起こっているのかを大体把握していた。
「いつも通りかしら?」
咲夜の言ういつもとは姉妹喧嘩の事だ。
「そうですね。妹様の気は分かりやすいです。怒りと、喜びの気ですね」
恐らくお嬢様がまた何か妹様の気にいらない事を話したのだろう、と安易に推測出来た。咲夜は、何か意図的なものでレミリアがフランを避けているような気がしてならなかった。だから、今日のように姉妹が二人きりで食事をするということに、違和感を感じつつも、嬉しくもあった。
「お嬢様のほうは・・・・・・と、ん?」
「どうかしたの?」
いえ、と短く切って美鈴は目をつむり、気を読む事に集中した。
「・・・・・・なんでしょうかこれは……焦り……そしてこれは……悲しみ……?」
美鈴はレミリアの気の流れを正確に読む事が出来なかった。
「美鈴、・・・・・・これはいつもの姉妹喧嘩なの?」
「・・・・・・なんとも、言えませんが」
咲夜と美鈴はまだ日に照らされていない紅魔館を見上げ、主のことを思い、駆け出したい気持ちを抑えた。
主は、許可があるまで部屋に入るなと言った。
しかし、主の身になにかあるまで外で待機しているのが、本当に優れた従者と言えるのであろうか。
「咲夜さん、あなたはどうしますか?」
不意に、美鈴が言葉を発した。
「・・・・・・私は・・・・・・・行くわ」
主の言葉を無視する道を取った。
「良かった。それなら私も同行してもいいですか?」
美鈴の思わぬ提案に、咲夜は驚き、そして、自分がほんの少しだけ考えていた最高の提案を持ちかけてくれた長い付き合いの妖怪に聞こえない程度の声で感謝した。
館内では、今だに弾幕による爆音が響き、もはや食事の席とは言い難い惨状になっていた。
「ほら、もう終わりなの?まだ私を楽しませてよ」
4人に増えたフランは、まるで力を失った獲物を弄ぶ肉食獣のようにレミリアに弾幕を放っていた。レミリアはぎりぎりの所でそれらをかわしていくが避けきれなかった弾が羽に当たり、服を掠め、少しでも気を抜けば直撃するといえる状態だった。
「・・・・・・お断りよ、フラン。何故私が貴女の享楽に付き合わなければならないの?」
「アハハハ、そう言うと思った」
四人分の笑い声が部屋中に響き、レミリアはその声に四方を囲まれて行く。
「なら壊れちゃえ」
四方からそれぞれ異なった色の弾幕がレミリアに被弾させんと襲い掛かる。床にそれらが着弾するより早く、レミリアが天井に向かって跳ぶ。フラン達が照準を向け直す前に天井を蹴り、一人目のフランの白く細い首を紅い爪で掻き切る。
掻き切られた後は何匹もの蝙蝠となり、フランの身体に還っていく。そのまま床に落ちた木で出来た椅子の背の破片を拾い、自分の腕を木の尖った先端で刺し、在らぬ方向へと投げる。そして、密度の濃い、動きを制限するような弾幕を二人のフランに向けて張る。
「どこに投げっ……!」
投げられた木の破片が2匹目のフランの心臓に背中から刺さっていた。
吸血鬼の血で塗られた器物は、ある程度その血の持ち主が操ることが出来る。在らぬ方向に投げられた椅子の破片は空中で方向を変え、杭の代わりとしてフランの心臓を貫いた。
「こ、このっ……!」
二人になったフランはありったけの弾幕をレミリアに浴びせる。だがレミリアは被弾しているにも関わらずその弾幕の嵐を真っ直ぐに突き抜け、3人目のフランを捕まえ、顔面に弾幕を打ち当てて吹き飛ばした。
もはやフランは楽しさなど感じてはいなかった。楽しさの代わりに感じていたのは、追い詰めていたはずの獲物に逆に追い詰められているという不可思議な現象に対する恐怖だった。最後に残ったフラン・・・本体にレミリアは目をやる。
「あ……ああ」
フランはたじろぎ、怯えた眼をする。だが、レミリアは止まりはしなかった。一本ずつ、確実にフランへと歩みを進める。
羽の片方はちぎれ、腹は欠け、傷がついていない部分を探すのが困難な程レミリアは傷ついていた。普通ならば、例え吸血鬼といえど立っている事がおかしいような状態。
「来ないでっ!」
尻餅をつき、後ずさりながら弾を放つ。弾が当たると、レミリアは苦痛に歪んだ表情を見せるが、それでも尚、歩みを止めない。
とうとう、フランの目の前に立つ。
レミリアがフランの襟首を掴む。掴まれたフランは様々な感情が入り交じった表情を見せる。
レミリアは問う。
「あなたは495年前、何故地下に入れられる事になったか覚えている?」
フランは質問の意味が分からなかった。
疑問しか浮かばなかったが、レミリアが再度、掴んだ手の力を強くしながら聞いた為、仕方なく答えた。
「それはっ、お姉様が私の力を怖がったから……」
レミリアは首を横に振った。
「いいえ。あなたはもう分かっているはず……いや、思い出せるはず」
何を、と言いかけ、フランは突然来た痛みに頭を押さえた。
(何かが……頭の中で)
得体の知れない感覚にフランは不快感を示す。自由にならない身体を暴れさせる。レミリアは、それを抱き抱えるように抑えつけた。
「落ち着きなさいフラン!」
フランは声を荒げ、不快感と痛みに抗った。腕を振り回そうとしたが、姉に抑えられて思うように動かせない。その度にレミリアの顔を引っ掻き、殴り、傷を作った。それでも、レミリアはフランを抱えた腕を解かなかった。
「怖がったのはあなた!さあ、思い出しなさい、」
あの日を!
「……ねえ、ねえ……。動いてよ」
喉笛から二つに裂かれた犬が目を見開いたまま、血溜まりの中で横に倒れていた。
内臓は身体の各部に戻されたが、勿論、そんな事で一度生を失った器官が
動きを戻すはずもなく、フランはこぼれる血液と臓物をかき集めた。
「・・・・・・諦めなさいフラン。その子はもう」
フランは聞こうとせず、小さい手を血で真っ赤にしながら必死に蘇生させようとした。
一度死んだ者は眷属にする事も出来ない。
フランとレミリアは悲しみ、後悔した。
そしてレミリアは、姉としての手前もあり、生き物の弱さを受け止めることが出来たが、フランには出来なかった。レミリアが制しても臓物を集める手を止めず、その顔は涙で歪んでいた。
「私のせいで……私が」
フランが、泣きじゃくりながら呟いた。
(違う、私のせいだ)
姉として、妹の行動の結果を予測出来ず、欲望のまま行動してしまった。
レミリアはフランを見て最悪の場合を考えた。
(もしこのままフランが自責の念に捕われ続けたら)
妹は、きっと後悔し続ける。妹は私ほど強くはないのだから。そう考えたレミリアは、妹を守る術を探した。
手のつけられていない広い大図書館。
(ここならば、何か見つかるかもしれない)
レミリアは探した。埃で顔を汚し、子供の腕には大きい本をいくつも取り、活字を追い、ひたすら姉は策を探した。
慣れない事に心労が溜まり、歩き続け立ち続け飛び続け、探し続けた。
しかし、本に詳しい訳でもないレミリアは、日付が変わっても目的の本を見つけられずにいた。
そんな時、憔悴しきった眼に一冊の本が映った。
手に取り中を開くと、その本は子供向けで、挿絵の多い童話が収められている本だと判った。
その一節を読み、レミリアは閃いた。
(そうか、あの子を赦してあげればいいんだ)
そうして、レミリアはフランに問いかけた。
『金貨と林檎のどちらかを選びなさい』
妹が林檎を取り、金貨を姉が握りしめる。これで妹は赦された。そして、姉がその罪を背負った。
姉は、二度と妹や自分が傷つく事のないように、未来を、運命を操る力を手にした。
しかし、妹から『ものを壊す』事の快感は失くならず、妹は全てを破壊する力を手にした。
林檎は、聖書ではアダムとイヴを楽園から追放する原因となった智恵の実と言われている。
妹は禁断の果実を手に取った事で、姉と過ごす事が出来る楽園から追放されてしまった。
『お姉様、私をどこかに閉じ込めて!』
壊したくないのに壊してしまう。壊す快感に抗えなくなる前に。
地下深く、深く、何も壊さないように。
レミリアはそんなフランを心配したが、フランは姉を、姉の大切なものを壊してしまう事を怖れ、姉をも遠ざけた。
地下室の扉は、姉妹の間に、495年の溝を作った。そしてその溝は、奇しくも姉妹が互いに思い合っているからこそ、生まれた溝だった。
「……ごめん……ね……『サクヤ』……ごめん……ね」
495年の月日を経て、その時紡がれなかった言葉が紡がれる。
「フラン……」
レミリアは掴んだ手を緩めた。
フランは顔を手で覆い、肩を小刻みに震わせていた。覆いきれていない部分からは濡れた跡と水滴が落ちるのが見えた。
「思い出したのね……」
フランは涙と鳴咽で上手く声に出来なかった為、首だけを振って答えた。
495年前にフランが地下へと閉じこもった後、レミリアは二度と妹を同じ目に逢わせないように考えた。
問題に対処できる知識を持ち、大図書館を管理する者を得る運命。
外敵から館を守るための門番を得る運命。
『サクヤ』を再び手に入れるための運命
全て、レミリアは運命を操った。フランが地下から出る為の運命を。
そして、最後にレミリアは幻想郷中に紅い霧を張った。フランを外に出すために、少なからず、扉の外に興味を持たせる必要があったからだ。
「ごめん……なさい……お姉……さま」
目論見どおり、異変を起こしたことで力のある人間が館を訪れることになった。
そして、フランは495年ぶりに扉を開いた。
「ごめ……んね……『サクヤ』」
レミリアは泣きじゃくるフランを抱いて起き上がらせ、そのまま泣かせ続けた。
「もういいのよ、フラン。あなたを一人にしたのは私のせいだから」
フランはレミリアの胸の中で泣き続けていた。
495年分の涙。
レミリアは、フランの気が済むまで泣かせた。いつもならば、「淑女としてはしたない」とでも言う所だが、今は控えた。
レミリアも、泣いていたからだ。
プライドからか、姉は天井を見上げ、妹に泣き顔を見せないようにしていたが、
泣き声までは抑えられなかった。
二人は数百年分の涙を流すと、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。
「……終わったみたいですね」
部屋の扉の前に従者が二人立っていた。
主の危険を感じ、部屋の前まで来たが、二人が想定したような惨状にはなっていないようだということを確認して二人はとりあえず安堵の息を漏らした。
・・・散乱した家具や食器を除いて。
「でも良かったです、二人がこうして話し合う事が出来て」
美鈴も咲夜も、姉妹の仲が気にかかっていた。しかし、従者として出過ぎた行動は出来ない。だから、どうにかして当人達が解決してくれる事を願っていた。
美鈴は咲夜に微笑みかけた。しかし、咲夜は少し顔を俯かせ、心なしか暗く見えた。
「咲夜さん?」
「……え、ああ、美鈴。ごめんなさい」
美鈴に呼び掛けられて咲夜は慌てて顔を上げた。
何かを考えていた様子だったが、それを美鈴に悟られるより早く、咲夜がゆっくりと扉を開け美鈴に向き直った。
「さあ、やることが多いわよ。まず二人を御寝所に運んで、それから割れた食器とガラスの片付け。それに椅子とテーブルも新しいのを揃えないと駄目ね」
何かを払拭しようと、少し不自然な様子が見えたが、美鈴は聞かなかった。
いや、分かってはいたが、あえて聞こうとはしなかった。
咲夜を信頼していたからだ。
そして美鈴は、静かに寝息を立てるこの姉妹を、どうやって起こさずにベッドの上に運ぼうか、とだけ考えた。
Epilogue
すっかり春の陽気となり、春妖精が忙しく楽しそうに春を告げる。
紅魔館の門番、紅 美鈴は大きな伸びをしてから欠伸を一つした。
(こんなにも春が暖かいから、長い眠りになりそうです)
「ねえ、美鈴」
「まだ未遂ですっ!!」
声をかけられた瞬間に背筋を伸ばし、「気をつけ」の姿勢で立つ。
咲夜は苦笑しつつ、呆れた。
「お昼を持って来たのにあなたはいらないのかしら」
籠の中からは既に空腹の美鈴の鼻孔をくすぐるような匂いが漂っていた。
「そんなことないですって、ありがたく頂きます……ん?」
美鈴は籠の中に二人分の料理が入っている事に気が付いた。昨日と同じ籠である為、少し既視感を覚えた。
「今日は私も外で食べようと思って」
美鈴は顔を綻ばせながら勢い良く答えた。
「勿論、大歓迎ですよ!」
早速美鈴は籠の中の包みを開けて、中身に手を伸ばした。
白胡麻がふられた固めのバンズに厚切りにしたハムとレタスを挟んだサンドイッチだ。門番の食事は基本立ちながらになるので、だいたい手早く美味しく食べられる物が基本となる。
美鈴が食べる予告をしてから噛り付く。
シャクリ、というレタスの音と肉の確かな歯ごたえ。それに口の中で少し酸味の強いソースとトマトの汁が合わさり、それらが見事に調和していた。
「うーん、美味し過ぎてもう咲夜さんの作るご飯以外食べれなくなりそうです」
「よ、よくそんな恥ずかしい事をどうどうと……別にそこまで手の込んだ料理でもないわよ」
咲夜は少し顔を赤くしながら美鈴の率直な褒め言葉を受け取った。照れを隠すように、咲夜も自分で作ったサンドイッチを口にした。
だが、咲夜はふと考えるかのように、サンドイッチを食べる手を止めた。
咲夜の顔が、あまり明るくない事に美鈴は気が付いた。
「咲夜さん、私に何か相談したい事があるのでしょう?」
美鈴の呼び掛けに、咲夜は顔を上げて見つめ直した。
だが、何故、とは聞き返さなかった。
「・・・・・・ええ」
美鈴に隠し事は出来ないわね、と少し笑いながら話をし出した。
話は美鈴の予想通り、昨晩の出来事についてだった。レミリアが咲夜を拾った理由。今まで聞いた事のなかった言葉が、少し、複雑な心境にさせていた。
「話はパチュリー様から全て伺ったわ。495年前の出来事。そして、私の『サクヤ』という名前の由来も」
漢字はおそらく当て字だろう。と、大図書館の紫色の魔女、パチュリー・ノーレッジは語った。
パチュリーいわく、「レミィは不器用な上に気も利かない」と話し、495年前の話もパチュリーの方から聞いてもなかなか話したがらず、向こうの機嫌が良い時に勝手に話したのを断片的に繋ぎ合わせたのだという。
(お嬢様と妹様に浅からず何かあるとは思っていたけれど)
自分は、所詮、『サクヤ』の代わりでしかないのだろうか。
そう咲夜が考えた所で、美鈴が口を開いた。
「咲夜さん、多分あなたが今考えている事は間違いです」
美鈴は咲夜の顔を真っ直ぐに見ながら言った。
「咲夜さんは凄い人です。いつも広い館内には埃一つ落ちていないし、料理だって上手です。ナイフを持った咲夜さんはちょっとだけ怖いですが、いつもは優しくていつもは見せないけど少しだけ甘えん坊な咲夜さんは大好きです」
次々と言われる言葉に驚いて声の出ない咲夜の手を取る。
「そんな咲夜さんの代わりに、誰がなれるって言うんですか。なれるはずなんてないですよね。だったらその逆も然りです」
美鈴は、気休めや嘘があまり得意ではない。そう知っている咲夜だからこそ、美鈴の言葉が何の壁もなく、心の欠けていた部分にはまった。
「咲夜さんは『サクヤ』では無くて、咲夜さんなんですよ」
さも、当たり前の事を堂々と当たり前に言う。
咲夜は握られている手の温かさを目を閉じてじっくりと、感じた。
美鈴の手は気を練っているからだろうか、触れた所から温かく、何かを熔かしていくような感覚さえ咲夜に覚えさせた。
「・・・駄目ね私は」
溜め息を吐き、閉じていた目を開く。咲夜はから手を解き、美鈴は一瞬だけ心配したが、その後に紡がれた言葉を聞いて、その必要はなかったと少しだけ後悔した。
「『完璧で瀟洒なメイド』が聞いて呆れるわ」
そう言って、美鈴に笑顔を見せた。
美鈴は、先程言わなかった事を言おうかと少し考えたが、今言えば確実にナイフが飛んで来るだろうと思ってやめにした。
(こんな素敵な笑顔の代わりなんて、いるわけないですよ)
レミリアが眼を覚ますと、そこは眠り慣れた自分のベッドの上だった。
咲夜か。とレミリアは瞬時に理解した。
傷の手当もされている所を見ると、おそらく美鈴も一緒に運んでくれたのだろう。
身体に力を入れようとするが、その前に疲労感が襲った。多少無理をし過ぎたか、とレミリアは内心舌打ちした。
ふと自分の隣に体温を感じ、首だけを右に倒す。
自分の妹が寝ていた。
レミリアは驚き、直ぐにベッドの上から叩きだそうと思ったが、フランの目がまだ薄く赤くなっているのを見て考えを改めた。
自分の目もまだいくらか痛む。
自分達が泣いていたのだということがありありと思い浮かばされる。
(そう、だったわね)
あまり自由にならない右手を妹の顔にさしのばし、頬を撫でる。
姉の指に反応したのか、妹の寝息が止まり、ぴくりと動いてから少し身体をよじらせた。
ゆっくりと眼が開かれる。ぐしぐしと眼をこする。
ぼうっとした眼が自分を見たのを確認してからレミリアは声をかけた。
「目覚めの気分はいかが、フラン」
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姉は妹といっしょに互いの赤くなった目を見合ってわらい合いました。
それは、495年の時間をへだてたわらい声。
こうして、姉妹はなかよしにもどっていきましたとさ……。
fin
グロ描写あり。
俺設定、独自解釈あり。
それらが苦手な人は戻ることをお勧めいたします。
それでは、お読みください。
むかし、あるところに、たいへんなかのよい姉妹が住んでいました。
姉妹は犬をかっていました。
犬のなまえは姉がつけました、『サクヤ』というなまえになりました。
犬はふさふさとした銀色に似たやわらかい毛なみをもっていましたが、毛が顔にまでかかっていたので妹はリボンでその毛を束ねてあげました。犬は目の前がすっきりしたのをかくにんすると、うれしそうに妹のかおをぺろりとなめました。
姉妹は犬がだいすきでした。妹はいつもその犬といっしょに遊び、姉は、そんな妹を見てとてもたのしいきもちになりました。
ある日、妹が言いました。
「お姉さま、私、とさつごっこがしたいわ」
その話に姉も賛同しました。二人とも子供だったので、楽しそうなことはなんでもやってみたいと思ったのです。
ほうちょうを持つのは妹。
ちをぬいてバケツにためるのは姉。
そして、とさつされるぶたの役は犬がやりました。
妹は、犬ののどをきりひらきました。血がたくさん出てきました。姉はそれをバケツにためていきました。バケツにためた血もソーセージにするために使うのです。
つぎにおなかをひらきました。ちょうはもちろん、ないぞうのひとつひとつをていねいに取り出していきます。
そして、ないぞうをすべて出しおわると、妹は犬ののどにほうちょうをつきさし、そのまままたの下まできりさいてしまいました。
とさつは終わりました。
そこで二人は気づきました。
「どうしようお姉さま、この子こちらを向かないわ。それにからだもうごいてないわ」
姉はいそいで二つにわかれたからだをくっつけようとしました。そして、内ぞうを全て戻しました。バケツの中の血もわかれた口からながしいれました。
しかし、犬は動きませんでした。
姉妹はかなしみました。
妹はじぶんたちのしたことにたいしてのこうかいと、大事にしていた犬をうしなってしまったことへのかなしみで頭がおかしくなりそうでした。
姉もなきたくなるほどかなしかったのですが、姉として妹をまもってやらねばならないとかんがえました。
すぐに自分の家の中にあるとしょかんへとむかいました。しにものぐるいで姉はかいけつ方法をさがしました。妹をかなしませないようにするために。妹につみをせおわせるよ
うなことをさせないために。なれない文字をよみ、あたまがくらくらしそうになりながら、とうとう一さつの本をみつけました
姉はりょう手に物をもち、妹にいいました。
「林檎と金貨のどちらかをえらびなさい」
もし、おいしそうな林檎をえらんだのならば、分べつのない子供のしたことだからしかたがないとしてゆるされるとその本には書いてありました。
しかし、かちのある金貨をえらんだのならば、分べつのあるもののしわざとしてつみになる、とも書かれていました。
妹はこまりました。大切にしていた犬がしんでしまって気が気でなかったのです。妹はなきそうになりました。
「どちらをえらんだらいいのかわからないわ」
姉は、なんとしてでも妹につみをせおわせたくありませんでした。そして、じぶんで金貨をにぎりしめてしまい、林檎を妹の手ににぎらせました。
「これであなたは何も気にすることはないのよ」
だいすきな姉がそう言うならば、とおもい、妹はわけもわからずあんしんしました。
つぎの日、妹はきのうあったことはわすれてしまっていました。
しかし、犬をひきさいたときのおもしろさはおぼえていました。
妹は目につくものはなんでもこわしていきました。ぬいぐるみでも、つくえでも、メイドでも。そのたびに、こころの中のどこかがちくりといたみました。
そのはりのようないたみはなにかをこわすたびに大きくなり、とうとうたえきれなくなって姉にお願いをしにいきました。
「お願い、お姉さま!私をどこかにとじこめて!いたくていたくてたまらないのに、おなじくらいこわしたくてたまらないの!ああ、どうしてこんなにもいたみがおさまらないの」
その理由を妹はわすれてしまっていました。
姉が、妹がくるしまないようにわすれさせたのです。そして、もし理由をおしえてしまえば、妹はまたかなしさでおかしくなってしまうかもしれないとかんがえたからです。
姉は、しかたなく妹を地下へととじこめました。力づくでは開かないようにしっかりとかぎをかけて。
はじめは姉もしんぱいして妹に会いに行きました。しかし、くるしむ妹に姉はなにもすることができず、いたみの理由もおしえることもできないまま時間がながれていきました。
そうして姉妹は、なかよしではなくなっていきました。
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地下へと続く階段を降りる音が響く。段差がなくなった所で、厚い鋼鉄で出来た扉が現れる。扉が4回ノックされ、入室の許可を求める声がする。声の主は扉の内側からの返答を確認し、中にいる者の機嫌が悪くないことを確かめると、重い扉を開いた。
「フラン様、お食事をお持ち致しました」
銀髪のメイドが金髪の少女に声をかける。フランと呼ばれたベッドの上の少女は遊んでいた熊の人形をぽい、と枕の方へ向けて投げ捨て、食事のほうへと興味を示した。
「今日の朝御飯は何かしら?」
目を爛々と輝かせてメイドの持つ料理の方を見る。朝御飯といっても今の時間は夕方であるが、それには理由がある。このフランという少女は、外見はまだ初潮も迎えていないような歳に見えるが、実際、495年は生きている吸血鬼なのだ。だから吸血鬼にとって朝は夕方の日が沈んだ頃であり、夜は日が昇る頃となっている。
「本日はポトフとバケットでございます……が」
メイドは持って来た料理の皿を後ろに引いた。
そしてメイドの左手には、いつの間にか先程フランが投げ捨てたはずの熊の人形が握られていた。
「物を大切になさらないと立派なレディにはなれませんわ」
「私はまだ当分は大きくはならないからいいのよ、咲夜」
たしなめる咲夜に対し、フランは少し頬を膨らませながら吸血鬼ならではの理屈を語った。
「それに少しくらい壊しても咲夜なら直ぐに直してくれるでしょう」
それ以上咲夜は何も言う事はなく、ボタンが取れ、少し糸がほつれた人形を腕に抱えると湯気の立つ料理の入った皿と焼きたてのパンが入った籠をテーブルの上に置いた。そして椅子を引くとフランはそこにちょこん、と座った。
食事の席の間、咲夜は手を組んでフランの椅子から一歩離れた所に立ち、適当にフランの話し相手になる。少し前ならば、そんな事をすれば例え時を止められる能力を持っていたとしても、命の保証は出来なかった。
しかし今ではそのような事は無く、咲夜は勿論、他のメイド妖精も話し相手となっていた。
そんな会話の中で、フランはポトフの中のソーセージにフォークを突き刺して言った。
「咲夜、ソーセージってどうやって作るのかしら」
「ソーセージ、ですか。それならばまず豚を丸々一頭解体して、それからその腸の中に血肉や香辛料を入れて茹であげます」
フランはフォークに刺さったソーセージをパリッと小気味のよい音を立てて食べる。人間の血も含まれている人向けではない味も、吸血鬼であるフランにとっては美味な物だった。フランは丁寧に咀嚼して飲み込んだ。
「私ね、やってみたい事があるの」
「なんでしょうか?」
咲夜は聞き返した。フランはこくり、と頷くと薄く笑いながら、まるでお菓子の事を考える子供のような笑顔で言った。
「私ね、屠殺ごっこがしたいなあ」
咲夜は一瞬呆気にとられたが、小さく呼吸をするとその内容と遊びのルールを尋ねた。
「そうね、それじゃ私が屠殺をする側であなたがされる側。お姉様も誘って二人であなたを捌くの。どう、楽しそうでしょう?」
吸血鬼の感覚は、人には計れない所がある。それは長い年月を生きてきたものとたかだか80年生きるか生きないかというような人間とは違いが出るのは当然と言えば当然と言えた。
「・・・・・・非常に魅力的なご提案ですわ」
しかし、このメイド長はその感覚を把握し、受け応え方も全て心得ていた。だからこそ、この十六夜 咲夜は悪魔の館のメイド長を任されているのだ。
「しかし、それではまず気難しいお嬢様を誘いに行かなくてはいけませんね」
「きっと乗ってくれるわ。お姉様、そういうのは好きだもの」
妹様は、姉であるお嬢様の事をよく理解していらっしゃる、と咲夜は感心した。
長く地下に閉じこめられていたが、それ故か純粋な感性の鋭さを持っているため、時に付き合いの長い者よりも的確な批評を下す事がある。
確かに、お嬢様ならそういうことは好きだろうと咲夜は思った。だが、それと同時に必ずそれを拒むとも確信していた。
「それでは、後でお嬢様に伺っておきますわ」
咲夜は、フランに扉を開ける姿を見せずに時を止めて部屋を出ていった。
気は許しても油断は見せないようにするためだ。
扉が重い音をたてながら、閉じていく情景だけが部屋に残った。
「して、いかがでしょうか、お嬢様」
「私がその話を聞いて子供みたいに何度も首を縦に振るとでも思ったのかしら?」
細い子供の指に不釣り合いな長く紅い爪を咲夜に突き付けながら、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは、尋ねられた質問に質問で返した。
いいえ、と咲夜は苦笑しながら言った。
「しかし、たまには妹様に構ってあげるのも姉としての勤めかと」
「部外者は黙ってなさい」
レミリアの冷たい物言いにただならぬものを感じた咲夜は肩を震わせた。
見ればレミリアの細く白い腕は僅かに震え、口元には人間の女性の首筋に突き立てて血を吸うのに適した牙を見せていた。咲夜は唾と共に言葉を飲み込み、「軽率な発言をお許しください」と謝った。
レミリアは噛み締めていた歯を離し、ふう、と一息つき、注がれた紅茶を飲んだ。
「咲夜、あなたは知らないからしかたないでしょうけど一応確認するわ。本当にフランが『屠殺ごっこ』がしたいといったのね?」
「は、はい。確かにそのように」
レミリアは頬に手を当てて唇を噛んでいるのを隠し、何かを考える素振りをみせた。咲夜は自分の主の考えが見えない事に少し不安を感じた。いつものフランの無理な提案を無下にして、その後決まって機嫌を悪くするフランを紅魔館内総出で宥める。
それが、いつものパターンだった。
咲夜はいつもと違う主の態度に動揺を隠せなかった。
「そうか……」
レミリアは何かを呟いたようだったが、人間の咲夜には聞き取れる声量では無かった。頬に当てていた手を離し、咲夜の方を見据えると指令を出した。
「食事の席にフランを呼びなさい。それと、私が良い、と言うまで夕食の席は私とフランの二人きりにすること」
「は、承知……致しました」
一瞬反応が遅れたが、咲夜は応えることが出来た。
咲夜が部屋からいなくなった後、レミリアは再び思考を始めた。そして、『食事の時に妹に対して何を言おうか』という傍目から聞けば他愛の無い事を考え、ある程度の考えをまとめると溜息をついた。
(そろそろ、か)
憂いと憤りの混じった溜息をついてレミリアは覚悟を決めた。すっく、と勢い良く席を立ち上がると、机の上のティーカップが僅かに揺れた。
向かった先は自分の部屋。そこで、レミリアは一冊の薄い本を取り出した。
本などあまり読まない彼女が、唯一部屋に置き続けている薄い子供向けの挿絵の多い本。
手に取って表紙についた埃を手で軽く払うと、パラパラとめくった。
読むわけではなく、ただ文章を眺める。紙は茶色く変色し、所々ページが落ちそうになっている。だが、レミリアは捨てようとは考えなかった。
その本が、姉妹の人生を変えた本だからだ。
「何百年振りかしら、お姉様が私を夕食に誘うだなんて」
カチャカチャとナイフとフォークを動かしながらフランは笑った。
夕食の席には、レミリアの言い付け通り、フランとレミリアしかいなかった。料理は最初に全て運ばせており、二人という人数には大き過ぎるテーブルの面積を料理が殆ど埋めていた。
フランはテーブルに着く前からご機嫌のようだったが、レミリアは表情をあまり変えずに、ただ黙々と手にした食器で皿から口へと料理を動かしていた。
それが、フランにとっては少しつまらなかった。
そこでフランは姉の興味を引く為に、夕方に思いついた話をし始めた。
「お姉様、私ね、やってみたいことがあるの」
今まで何の反応も見せなかった姉の顔が少し揺れた。フランはその反応が嬉しく、更に話を続けた。
「お姉様、ソーセージってどうやって作るのか知ってる?あれって豚の腸を使うらしいのだけれど」
「……ええ、知っているわ。それに血や肉を詰めて焼いたり茹でたりするのでしょう」
「うん!そう、良く知ってるね、流石お姉様」
食事が始まってから初めての姉と続いた会話に、妹は心を踊らせた。そしてその
まま考えた『遊び』の提案をした。
「それでね、私屠殺ごっこがしてみたいの。お姉さまと私で咲夜を解体するのよ、ね。楽しそうでしょう?」
「駄目よ」
メインディッシュを小さく切り分けながら、レミリアはフランに対して冷たく言い放った。フランは、予想はしていたが期待はしていなかったその答えを聞き、薄く笑うと手元の皿を掴み、姉の顔を掠めるように投げた。
姉の背後で皿の割れる音はしたが、血は流れなかった。姉は妹が自分に皿を当てないと確信していたし、もし当たるとしてもその運命を変えれば済むからだ。
「テーブルマナーがなっていないわよ、フラン」
皿を投げられた事は気にせず、投げたということだけに反応し、姉らしくその行動を注意した。
その反応も、フランは気にくわなかった。
歯が軋む音をさせ、テーブルを叩き、木製のテーブルに亀裂を入れる。
「……お姉様は、いつもそう。私の言う事は全部駄目と言う」
姉は食器を置くとナプキンで口を拭った。
「駄目なものは、駄目よ。聞き分けなさい、フラン」
言葉を言い終わらぬ内に、フランは席を立ち、食器ではなく燃えた剣を握り、テーブルを蹴って姉の元へ跳ぶ。
フランの顔は憤怒に満ち、それは握る剣の炎に反映され、姉へとぶつけられた。
剣がぶつかる衝撃で、レミリアが座っていた椅子は脚が全て折れ、背の部分の模様細工も原型を留めていなかった。その衝撃は外へと広がり、料理の載った皿は吹き飛んで壁に当たり割れ、亀裂の入った20人は座れるかというような大きなテーブルも、衝撃によって動かされていた。
「……食事中に席を立つのはマナー違反だと教えられなかったのかしら?」
レミリアは妹の感情が表れた剣を同じ様に具現化させた槍で受け止めていた。
チリチリと何本か薄い青色の髪の毛が焦げた臭いがした。
「私の気持ちなんて何も考えていないくせに!」
身の丈に会わない大剣を振りかぶり、今度は横から剣を払う。レミリアは2撃目は受けず、後ろに宙返りしてそれを避け、距離を取って音も無く着地した。
「……フラン、一つ質問するわよ。いいわね」
「どうせ駄目と言っても聞かせるつもりでしょう」
フランの言葉は当たっていた。が、それを称賛することなく、レミリアは言葉を次いだ。
「貴方は赤々とした林檎と薄く光を放つ金貨、どちらを選ぶ?」
フランは一瞬何故そのような質問をするのか疑問に思ったが、剣を握り直し、左肩へと振りかぶるとその質問に答えた。
「それなら金貨ね、金貨なら林檎の他にも欲しい物が買えるし、それに……」
テーブルが蹴られ、レミリアとフランの間が詰められた。
「お姉様がコンティニュー出来なくなるしね!」
レミリアは槍で2、3度後ろに下がりながら受けて衝撃を殺し、後ろに一つ大きく跳ぶと、フランが再び振りかぶる前に持っていた槍を投げた。
フランの身体が姉を追い詰めていた方向と反対に吹っ飛ぶ。だが、フランの顔面に向けて投げられた槍は顔に当たってはおらず、当たる寸前でフランの左手に掴まれた。
「それを聞いて安心したわ」
「あはっ、いつになく本気なのねお姉様!嬉しい!」
妹に対して本気を見せることなどあまりなかった姉に、妹は喜び、掴んだ槍を小枝のようにへし折ると、
「じゃあ私も遠慮なく行くわ」
全てを燃やし、灰にし尽くす炎の刃を姉に向けた。
中の喧騒とは裏腹に、館の門の前は静かだった。
「ん、ふわあ、はー、あー眠いです」
紅魔館の門番、紅 美鈴は館の主達とは違い、普通の妖怪なので夜に活発になるという訳ではない。更に、力も強いというわけでもない。だが、弱点らしい物が無く、万能な妖怪である為、主であるレミリアに門番を任されている。
「今はお嬢様も起きていられるし……少しくらい、10分……いや5分」
瞼が美鈴の意思で動かなくなりかけたが、美鈴はその動かない瞼を無理矢理開く羽目になった。
「見回りご苦労様です。はい、寝てません、起きてます、大丈夫です。ですからそのナイフをしまって下さいお願いします」
頬に銀色のナイフが当てられた感触で美鈴は起こされた。
「まあ、別に怒りに来た訳じゃないから」
咲夜が薄い笑いを浮かべながら美鈴の後ろに立っていた。気を操る程度の能力を持つ美鈴でも、気配を消した上に時を止められて近付かれれば気付くことは出来なかった。
ナイフを持ってきた籠の中にしまうと、美鈴は後ろを振り向いて微笑んだ。
「あはは、怖いですからあんまりそれは出さないで下さいね」
「あなたが寝なければ考慮するわ」
二人にとってこのくらいの事はスキンシップのような物だった。美鈴は咲夜の事を信頼しているからこそ、刃物を向けられても動じることは無く、咲夜は美鈴が頑丈で、多少の悪戯を笑って許してくれると確信しているから意地悪も出来た。
「それで、何かあったのですか?外には特に異常はありませんし今の時間はお嬢様の御食事の時間では?」
「そのお嬢様にお暇を出されてしまったのよ」
美鈴は硬直し、心の底から驚いた間の抜けた声を出してしまった。
「ふふ、冗談よ」
短く咲夜が笑ったのを見て美鈴は安堵の息を漏らした。
「心臓に悪いですよ」
「お詫びに紅茶と夜食はいかがかしら?」
咲夜は籠の中に入った二人分の食事を美鈴と食べながら、レミリアに言われた事を話した。
「ああ、成る程。やはりこの『気』はお嬢様と妹様でしたか」
美鈴は気を使い、流れやその者が持つ独特な気を読む事が出来る。館の外は池の蛙の鳴き声がたまに微かに聞こえるような静かさだったが、美鈴は館の中で何が起こっているのかを大体把握していた。
「いつも通りかしら?」
咲夜の言ういつもとは姉妹喧嘩の事だ。
「そうですね。妹様の気は分かりやすいです。怒りと、喜びの気ですね」
恐らくお嬢様がまた何か妹様の気にいらない事を話したのだろう、と安易に推測出来た。咲夜は、何か意図的なものでレミリアがフランを避けているような気がしてならなかった。だから、今日のように姉妹が二人きりで食事をするということに、違和感を感じつつも、嬉しくもあった。
「お嬢様のほうは・・・・・・と、ん?」
「どうかしたの?」
いえ、と短く切って美鈴は目をつむり、気を読む事に集中した。
「・・・・・・なんでしょうかこれは……焦り……そしてこれは……悲しみ……?」
美鈴はレミリアの気の流れを正確に読む事が出来なかった。
「美鈴、・・・・・・これはいつもの姉妹喧嘩なの?」
「・・・・・・なんとも、言えませんが」
咲夜と美鈴はまだ日に照らされていない紅魔館を見上げ、主のことを思い、駆け出したい気持ちを抑えた。
主は、許可があるまで部屋に入るなと言った。
しかし、主の身になにかあるまで外で待機しているのが、本当に優れた従者と言えるのであろうか。
「咲夜さん、あなたはどうしますか?」
不意に、美鈴が言葉を発した。
「・・・・・・私は・・・・・・・行くわ」
主の言葉を無視する道を取った。
「良かった。それなら私も同行してもいいですか?」
美鈴の思わぬ提案に、咲夜は驚き、そして、自分がほんの少しだけ考えていた最高の提案を持ちかけてくれた長い付き合いの妖怪に聞こえない程度の声で感謝した。
館内では、今だに弾幕による爆音が響き、もはや食事の席とは言い難い惨状になっていた。
「ほら、もう終わりなの?まだ私を楽しませてよ」
4人に増えたフランは、まるで力を失った獲物を弄ぶ肉食獣のようにレミリアに弾幕を放っていた。レミリアはぎりぎりの所でそれらをかわしていくが避けきれなかった弾が羽に当たり、服を掠め、少しでも気を抜けば直撃するといえる状態だった。
「・・・・・・お断りよ、フラン。何故私が貴女の享楽に付き合わなければならないの?」
「アハハハ、そう言うと思った」
四人分の笑い声が部屋中に響き、レミリアはその声に四方を囲まれて行く。
「なら壊れちゃえ」
四方からそれぞれ異なった色の弾幕がレミリアに被弾させんと襲い掛かる。床にそれらが着弾するより早く、レミリアが天井に向かって跳ぶ。フラン達が照準を向け直す前に天井を蹴り、一人目のフランの白く細い首を紅い爪で掻き切る。
掻き切られた後は何匹もの蝙蝠となり、フランの身体に還っていく。そのまま床に落ちた木で出来た椅子の背の破片を拾い、自分の腕を木の尖った先端で刺し、在らぬ方向へと投げる。そして、密度の濃い、動きを制限するような弾幕を二人のフランに向けて張る。
「どこに投げっ……!」
投げられた木の破片が2匹目のフランの心臓に背中から刺さっていた。
吸血鬼の血で塗られた器物は、ある程度その血の持ち主が操ることが出来る。在らぬ方向に投げられた椅子の破片は空中で方向を変え、杭の代わりとしてフランの心臓を貫いた。
「こ、このっ……!」
二人になったフランはありったけの弾幕をレミリアに浴びせる。だがレミリアは被弾しているにも関わらずその弾幕の嵐を真っ直ぐに突き抜け、3人目のフランを捕まえ、顔面に弾幕を打ち当てて吹き飛ばした。
もはやフランは楽しさなど感じてはいなかった。楽しさの代わりに感じていたのは、追い詰めていたはずの獲物に逆に追い詰められているという不可思議な現象に対する恐怖だった。最後に残ったフラン・・・本体にレミリアは目をやる。
「あ……ああ」
フランはたじろぎ、怯えた眼をする。だが、レミリアは止まりはしなかった。一本ずつ、確実にフランへと歩みを進める。
羽の片方はちぎれ、腹は欠け、傷がついていない部分を探すのが困難な程レミリアは傷ついていた。普通ならば、例え吸血鬼といえど立っている事がおかしいような状態。
「来ないでっ!」
尻餅をつき、後ずさりながら弾を放つ。弾が当たると、レミリアは苦痛に歪んだ表情を見せるが、それでも尚、歩みを止めない。
とうとう、フランの目の前に立つ。
レミリアがフランの襟首を掴む。掴まれたフランは様々な感情が入り交じった表情を見せる。
レミリアは問う。
「あなたは495年前、何故地下に入れられる事になったか覚えている?」
フランは質問の意味が分からなかった。
疑問しか浮かばなかったが、レミリアが再度、掴んだ手の力を強くしながら聞いた為、仕方なく答えた。
「それはっ、お姉様が私の力を怖がったから……」
レミリアは首を横に振った。
「いいえ。あなたはもう分かっているはず……いや、思い出せるはず」
何を、と言いかけ、フランは突然来た痛みに頭を押さえた。
(何かが……頭の中で)
得体の知れない感覚にフランは不快感を示す。自由にならない身体を暴れさせる。レミリアは、それを抱き抱えるように抑えつけた。
「落ち着きなさいフラン!」
フランは声を荒げ、不快感と痛みに抗った。腕を振り回そうとしたが、姉に抑えられて思うように動かせない。その度にレミリアの顔を引っ掻き、殴り、傷を作った。それでも、レミリアはフランを抱えた腕を解かなかった。
「怖がったのはあなた!さあ、思い出しなさい、」
あの日を!
「……ねえ、ねえ……。動いてよ」
喉笛から二つに裂かれた犬が目を見開いたまま、血溜まりの中で横に倒れていた。
内臓は身体の各部に戻されたが、勿論、そんな事で一度生を失った器官が
動きを戻すはずもなく、フランはこぼれる血液と臓物をかき集めた。
「・・・・・・諦めなさいフラン。その子はもう」
フランは聞こうとせず、小さい手を血で真っ赤にしながら必死に蘇生させようとした。
一度死んだ者は眷属にする事も出来ない。
フランとレミリアは悲しみ、後悔した。
そしてレミリアは、姉としての手前もあり、生き物の弱さを受け止めることが出来たが、フランには出来なかった。レミリアが制しても臓物を集める手を止めず、その顔は涙で歪んでいた。
「私のせいで……私が」
フランが、泣きじゃくりながら呟いた。
(違う、私のせいだ)
姉として、妹の行動の結果を予測出来ず、欲望のまま行動してしまった。
レミリアはフランを見て最悪の場合を考えた。
(もしこのままフランが自責の念に捕われ続けたら)
妹は、きっと後悔し続ける。妹は私ほど強くはないのだから。そう考えたレミリアは、妹を守る術を探した。
手のつけられていない広い大図書館。
(ここならば、何か見つかるかもしれない)
レミリアは探した。埃で顔を汚し、子供の腕には大きい本をいくつも取り、活字を追い、ひたすら姉は策を探した。
慣れない事に心労が溜まり、歩き続け立ち続け飛び続け、探し続けた。
しかし、本に詳しい訳でもないレミリアは、日付が変わっても目的の本を見つけられずにいた。
そんな時、憔悴しきった眼に一冊の本が映った。
手に取り中を開くと、その本は子供向けで、挿絵の多い童話が収められている本だと判った。
その一節を読み、レミリアは閃いた。
(そうか、あの子を赦してあげればいいんだ)
そうして、レミリアはフランに問いかけた。
『金貨と林檎のどちらかを選びなさい』
妹が林檎を取り、金貨を姉が握りしめる。これで妹は赦された。そして、姉がその罪を背負った。
姉は、二度と妹や自分が傷つく事のないように、未来を、運命を操る力を手にした。
しかし、妹から『ものを壊す』事の快感は失くならず、妹は全てを破壊する力を手にした。
林檎は、聖書ではアダムとイヴを楽園から追放する原因となった智恵の実と言われている。
妹は禁断の果実を手に取った事で、姉と過ごす事が出来る楽園から追放されてしまった。
『お姉様、私をどこかに閉じ込めて!』
壊したくないのに壊してしまう。壊す快感に抗えなくなる前に。
地下深く、深く、何も壊さないように。
レミリアはそんなフランを心配したが、フランは姉を、姉の大切なものを壊してしまう事を怖れ、姉をも遠ざけた。
地下室の扉は、姉妹の間に、495年の溝を作った。そしてその溝は、奇しくも姉妹が互いに思い合っているからこそ、生まれた溝だった。
「……ごめん……ね……『サクヤ』……ごめん……ね」
495年の月日を経て、その時紡がれなかった言葉が紡がれる。
「フラン……」
レミリアは掴んだ手を緩めた。
フランは顔を手で覆い、肩を小刻みに震わせていた。覆いきれていない部分からは濡れた跡と水滴が落ちるのが見えた。
「思い出したのね……」
フランは涙と鳴咽で上手く声に出来なかった為、首だけを振って答えた。
495年前にフランが地下へと閉じこもった後、レミリアは二度と妹を同じ目に逢わせないように考えた。
問題に対処できる知識を持ち、大図書館を管理する者を得る運命。
外敵から館を守るための門番を得る運命。
『サクヤ』を再び手に入れるための運命
全て、レミリアは運命を操った。フランが地下から出る為の運命を。
そして、最後にレミリアは幻想郷中に紅い霧を張った。フランを外に出すために、少なからず、扉の外に興味を持たせる必要があったからだ。
「ごめん……なさい……お姉……さま」
目論見どおり、異変を起こしたことで力のある人間が館を訪れることになった。
そして、フランは495年ぶりに扉を開いた。
「ごめ……んね……『サクヤ』」
レミリアは泣きじゃくるフランを抱いて起き上がらせ、そのまま泣かせ続けた。
「もういいのよ、フラン。あなたを一人にしたのは私のせいだから」
フランはレミリアの胸の中で泣き続けていた。
495年分の涙。
レミリアは、フランの気が済むまで泣かせた。いつもならば、「淑女としてはしたない」とでも言う所だが、今は控えた。
レミリアも、泣いていたからだ。
プライドからか、姉は天井を見上げ、妹に泣き顔を見せないようにしていたが、
泣き声までは抑えられなかった。
二人は数百年分の涙を流すと、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。
「……終わったみたいですね」
部屋の扉の前に従者が二人立っていた。
主の危険を感じ、部屋の前まで来たが、二人が想定したような惨状にはなっていないようだということを確認して二人はとりあえず安堵の息を漏らした。
・・・散乱した家具や食器を除いて。
「でも良かったです、二人がこうして話し合う事が出来て」
美鈴も咲夜も、姉妹の仲が気にかかっていた。しかし、従者として出過ぎた行動は出来ない。だから、どうにかして当人達が解決してくれる事を願っていた。
美鈴は咲夜に微笑みかけた。しかし、咲夜は少し顔を俯かせ、心なしか暗く見えた。
「咲夜さん?」
「……え、ああ、美鈴。ごめんなさい」
美鈴に呼び掛けられて咲夜は慌てて顔を上げた。
何かを考えていた様子だったが、それを美鈴に悟られるより早く、咲夜がゆっくりと扉を開け美鈴に向き直った。
「さあ、やることが多いわよ。まず二人を御寝所に運んで、それから割れた食器とガラスの片付け。それに椅子とテーブルも新しいのを揃えないと駄目ね」
何かを払拭しようと、少し不自然な様子が見えたが、美鈴は聞かなかった。
いや、分かってはいたが、あえて聞こうとはしなかった。
咲夜を信頼していたからだ。
そして美鈴は、静かに寝息を立てるこの姉妹を、どうやって起こさずにベッドの上に運ぼうか、とだけ考えた。
Epilogue
すっかり春の陽気となり、春妖精が忙しく楽しそうに春を告げる。
紅魔館の門番、紅 美鈴は大きな伸びをしてから欠伸を一つした。
(こんなにも春が暖かいから、長い眠りになりそうです)
「ねえ、美鈴」
「まだ未遂ですっ!!」
声をかけられた瞬間に背筋を伸ばし、「気をつけ」の姿勢で立つ。
咲夜は苦笑しつつ、呆れた。
「お昼を持って来たのにあなたはいらないのかしら」
籠の中からは既に空腹の美鈴の鼻孔をくすぐるような匂いが漂っていた。
「そんなことないですって、ありがたく頂きます……ん?」
美鈴は籠の中に二人分の料理が入っている事に気が付いた。昨日と同じ籠である為、少し既視感を覚えた。
「今日は私も外で食べようと思って」
美鈴は顔を綻ばせながら勢い良く答えた。
「勿論、大歓迎ですよ!」
早速美鈴は籠の中の包みを開けて、中身に手を伸ばした。
白胡麻がふられた固めのバンズに厚切りにしたハムとレタスを挟んだサンドイッチだ。門番の食事は基本立ちながらになるので、だいたい手早く美味しく食べられる物が基本となる。
美鈴が食べる予告をしてから噛り付く。
シャクリ、というレタスの音と肉の確かな歯ごたえ。それに口の中で少し酸味の強いソースとトマトの汁が合わさり、それらが見事に調和していた。
「うーん、美味し過ぎてもう咲夜さんの作るご飯以外食べれなくなりそうです」
「よ、よくそんな恥ずかしい事をどうどうと……別にそこまで手の込んだ料理でもないわよ」
咲夜は少し顔を赤くしながら美鈴の率直な褒め言葉を受け取った。照れを隠すように、咲夜も自分で作ったサンドイッチを口にした。
だが、咲夜はふと考えるかのように、サンドイッチを食べる手を止めた。
咲夜の顔が、あまり明るくない事に美鈴は気が付いた。
「咲夜さん、私に何か相談したい事があるのでしょう?」
美鈴の呼び掛けに、咲夜は顔を上げて見つめ直した。
だが、何故、とは聞き返さなかった。
「・・・・・・ええ」
美鈴に隠し事は出来ないわね、と少し笑いながら話をし出した。
話は美鈴の予想通り、昨晩の出来事についてだった。レミリアが咲夜を拾った理由。今まで聞いた事のなかった言葉が、少し、複雑な心境にさせていた。
「話はパチュリー様から全て伺ったわ。495年前の出来事。そして、私の『サクヤ』という名前の由来も」
漢字はおそらく当て字だろう。と、大図書館の紫色の魔女、パチュリー・ノーレッジは語った。
パチュリーいわく、「レミィは不器用な上に気も利かない」と話し、495年前の話もパチュリーの方から聞いてもなかなか話したがらず、向こうの機嫌が良い時に勝手に話したのを断片的に繋ぎ合わせたのだという。
(お嬢様と妹様に浅からず何かあるとは思っていたけれど)
自分は、所詮、『サクヤ』の代わりでしかないのだろうか。
そう咲夜が考えた所で、美鈴が口を開いた。
「咲夜さん、多分あなたが今考えている事は間違いです」
美鈴は咲夜の顔を真っ直ぐに見ながら言った。
「咲夜さんは凄い人です。いつも広い館内には埃一つ落ちていないし、料理だって上手です。ナイフを持った咲夜さんはちょっとだけ怖いですが、いつもは優しくていつもは見せないけど少しだけ甘えん坊な咲夜さんは大好きです」
次々と言われる言葉に驚いて声の出ない咲夜の手を取る。
「そんな咲夜さんの代わりに、誰がなれるって言うんですか。なれるはずなんてないですよね。だったらその逆も然りです」
美鈴は、気休めや嘘があまり得意ではない。そう知っている咲夜だからこそ、美鈴の言葉が何の壁もなく、心の欠けていた部分にはまった。
「咲夜さんは『サクヤ』では無くて、咲夜さんなんですよ」
さも、当たり前の事を堂々と当たり前に言う。
咲夜は握られている手の温かさを目を閉じてじっくりと、感じた。
美鈴の手は気を練っているからだろうか、触れた所から温かく、何かを熔かしていくような感覚さえ咲夜に覚えさせた。
「・・・駄目ね私は」
溜め息を吐き、閉じていた目を開く。咲夜はから手を解き、美鈴は一瞬だけ心配したが、その後に紡がれた言葉を聞いて、その必要はなかったと少しだけ後悔した。
「『完璧で瀟洒なメイド』が聞いて呆れるわ」
そう言って、美鈴に笑顔を見せた。
美鈴は、先程言わなかった事を言おうかと少し考えたが、今言えば確実にナイフが飛んで来るだろうと思ってやめにした。
(こんな素敵な笑顔の代わりなんて、いるわけないですよ)
レミリアが眼を覚ますと、そこは眠り慣れた自分のベッドの上だった。
咲夜か。とレミリアは瞬時に理解した。
傷の手当もされている所を見ると、おそらく美鈴も一緒に運んでくれたのだろう。
身体に力を入れようとするが、その前に疲労感が襲った。多少無理をし過ぎたか、とレミリアは内心舌打ちした。
ふと自分の隣に体温を感じ、首だけを右に倒す。
自分の妹が寝ていた。
レミリアは驚き、直ぐにベッドの上から叩きだそうと思ったが、フランの目がまだ薄く赤くなっているのを見て考えを改めた。
自分の目もまだいくらか痛む。
自分達が泣いていたのだということがありありと思い浮かばされる。
(そう、だったわね)
あまり自由にならない右手を妹の顔にさしのばし、頬を撫でる。
姉の指に反応したのか、妹の寝息が止まり、ぴくりと動いてから少し身体をよじらせた。
ゆっくりと眼が開かれる。ぐしぐしと眼をこする。
ぼうっとした眼が自分を見たのを確認してからレミリアは声をかけた。
「目覚めの気分はいかが、フラン」
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姉は妹といっしょに互いの赤くなった目を見合ってわらい合いました。
それは、495年の時間をへだてたわらい声。
こうして、姉妹はなかよしにもどっていきましたとさ……。
fin
元ネタはたまたま知ってたけど、一般的に周知の事実とまではいえないから、たぶんもう少し説明があったほうがいいかもなー。
美鈴の咲夜に対するフォローも、あくまで美鈴の主観であって、レミリアまで
そう思っている理由にはならず、それで咲夜が納得しているのに違和感を覚えました。
色々と強引な感じがするなぁ
『ごめんぬ』になってるような所があって不覚にも笑ってしまった。
まぁ、うーんって感じだったのでこの点で
…を2つ繋いだ形。
これは決まり事なので守った方が良いよ。
指摘されても何時までも直さずにいる人もいるけど、そうすると半端じゃない叩かれかたされる場合があるから要注意だよ。
話の流れ自体は問題ないと思うのですが
印象に残るインパクトのあるシーンが欲しかったですね
もっとレミリアとフランの感情に言及した箇所があったらもっと良かったと思います
しかし二択の際に選ぶことすら出来なかったフランが、はっきりと金貨を選んだ。つまり成長した、ということでしょうか。
思い出させたことでさらに何か起こってしまうんじゃないかと思いましたが、ちゃんと良い方向に収束して安心しました。