case 1
「ど、どうしましょう……」
八雲紫は混乱していた。
その顔からは妖怪の賢者と呼ばれた聡明さは失われ、焦りの色が浮かんでいる。
そんな彼女の下には、式神である藍が凍りついたように倒れていた。
「ああ、どうすれば……」
揺すってみても、藍が目を覚ます様子は無い。
幾ら声をかけても、藍はピクリともしないのだ。
ただ、時間だけが過ぎ去っていく。
幻想郷の賢者は、いまや無力な少女と大差はない。
「ゆ、ゆかりさま! 落ち着いてください!」
そこに藍の式神である橙が現れて、紫を叱咤した。
式の式が、主人の主人に向かって放った叱責覚悟の叱咤、しかし、紫はそれを受けてようやく、ハッと顔を上げる。
そうなのだ。
自分を除いて藍を助けられるモノなど存在しない。
自分がしっかりしなくては……ようやく紫は立ち上がる。
「……え、ええと、完全にフリーズしているから、こ、この場合はどうすればいいんだっけ?」
「そ、そうですね。きょ、強制終了するんでしたっけ」
「で、でも、それで、藍は大丈夫かしら?」
「わからなかったら人に聞く! Yah○o!知恵袋で聞いてみましょう!」
「だから、その為の藍が止まっているのよ!」
散々騒いだ挙句、紫はフリーズした藍を強制終了する事にした。
電源ボタンを長押しして、紫は藍を強制終了させる。
「と、とりあえず、まずはこれで良いわね?」
「は、はい! それじゃあ次は少し待ってから、藍様を起動させてみましょう!」
大丈夫かな。
でも、少し待った方がいいかなと、もやもやした時間を過ごしてから、紫は藍を起動させた。
『前回、八雲藍が不正に終了されました』
「や、やだ、なんか言われたわ」
「大丈夫ですよ、紫様! いわゆる決まり文句という奴です」
ビクビクしながら、二人で起動終了まで待っている――どうやら、無事に藍は起動できたようだ。
ピロピロピロ、ヴォォオオーオーン
起動音と共に藍は目を覚ます。
「ご心配をおかけしました紫様」
「藍……ッ 本当に心配をかけて!」
八雲紫は藍に抱きつく。そんな紫を式はしっかりと抱きとめた。
「……ところで、藍様はどうしてフリーズされたんですか?」
「え、それは、その、ちょっとね……」
橙の質問に紫は恥ずかしそうにモジモジとする。
「なに、ちょっと少女向けアニメ映画の特設サイトを見ていたんだけどね。それがやたらと重くて止まってしまったんだ」
「あー、もう藍ったら、勝手に喋らないでよ!」
「あ、これは失礼。ハハハ」
顔を真っ赤にしてポカポカと藍を叩く紫に、これは参ったと頭を押さえる藍。
そんな二人を眺めながら、橙は思った。
(藍様。スペック低いんだなぁ……)
流石に口には出せなかった。
case 2
私の名前は八雲紫。
ちょっとおしゃまなスキマ妖怪よ。
普通とは少し違う事は、とびっきり可愛い事かしら。
「そんな訳で、今日は優雅に某大型掲示板の巡回なの!」
「……紫様。どこに向かって喋っているんですか?」
「ちょっとした現実逃避よ。気にしないで」
そんな訳で、式神の藍を使って、今日も素敵なスレッドを探索よ。
今日は春秋戦国時代板でも覗いてみようかしら。それともアクアリウム板? でも、乙女なら素直に○速で決まりね。
あら、このスレは三島食品のスレじゃない。
「……ええと『今日の八雲紫スレはここですね』っと。ふふ、みんなIDを真っ赤にして喜んでいるわ」
そうして、私が三島食品スレで、優雅に釣りを楽しんでいると、見慣れないアドレスが張られている。
「何かしら?」
「だ、駄目ですよ。見慣れないアドレスを踏んじゃ!」
藍が忠告するけど、少し遅かったみたい。
ガ、ガガガガガガガ!
「な、何!?」
突然、藍がガクガクと妙な動きを始めたの。
「ブ、ブラクラです!」
「ブラクラ!?」
ブラクラとは、なんて古典的な。
ブラクラというのはブラウザ・クラッシャーの略称で、ブラウザのバグを利用した悪質なWebページの事。
今回踏んだブラクラはひたすらに新しいウィンドウが出てくる基本中の基本。それを改造したものみたい。
まったく、最近のブラクラは性質が悪いわ。
「が、ガガ、超人『飛翔役小角』! 『飛翔役小角』! 『飛翔役小角』! 『飛翔役小角小角小角小角小角角角角角ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
ついでに関連付けていたスペカもひたすらに発動して大騒ぎ。
急いで電源を切っても藍のスペカで散らかった部屋が元に戻る訳も無く、優雅な式神ルームは、酷い状態に。
「……紫様。怪しいリンクは、ブラクラチェッカーで確認する! これは忘れないでくださいね!」
その上、式神に叱られて、しょぼーんな一日だったのでした。
case 3
アレは紅霧異変が収束した直後の事でしょうか。
「藍!」
「はい、なんでしょう、紫様」
やたらとテンションが高い紫様を出迎えると、なぜか一匹の猫を抱いていました。
「ええと、この猫は?」
「あなたの外付け記憶媒体になる橙よ!」
「よ、よろしくお願いします。藍様」
「え、ええ!?」
私が戸惑っていると、紫様は私の肩をポンポンと叩くのです。
そして「これで藍の限界ギリギリなドライブDに画像を詰め込まなくて済むわ」と笑顔で言いました。
それ自体は、事実なのですけど、こうもあからさまに人が気にしている事を言わなくても良いじゃなりませんか。
「えっと、その、よろしくお願いします藍様!」
そうしてムッとしていると、カチコチになった外付け記憶媒体の橙が私に頭を下げます。
その緊張した様子は、逆に私を和ませました。
こんな若い子が、カチカチになっているのだ。
私は『八雲家の先輩として寛容に振舞わなければならない』と思い、笑顔を浮かべて橙に話しかけます。
「うん。よろしく橙」
「はい!」
私が頭を撫でると、橙は嬉しそうに笑いました。
とてもモノ分かりが良さそうで、可愛い子です。
そこで、ふと気になりました。この子のスペックはどれくらいだろうと。
「えーと、橙の容量はどれくらいかな?」
ここぞという所で金惜しみをする紫様の事だから、きっとワゴン品でしょう。
私がそんな感じでした。
だから、ワゴン品同士で親交を温めようと、そんな軽い気持ちで聞いたのです。
「はい! 6.0TBです!」
「凄いでしょう。高かったのよ!」
最新の最高級品でした。
あのスキマは、ここぞとばかりに金を使ったようです。
どうせ使うのは、最近目を付けた巫女の隠し撮り画像ばかりの癖に。いや、だから6.0TBなのか。ほぼ四六時中隠し撮り気なのでしょう。むしろ動画か。録画しっぱなしか。脇巫女垂れ流しショーか。
主人への殺意が芽生えた瞬間でした。
「藍様のスペックはどれくらいですか?」
しかし、そんな私の胸の内など知らずに、橙は無邪気に問いかけてきます。
やめてください、そんな目で私を見ないでください。
どうせ私は、アウトレット店のワゴンで売っていた式神なんです。そんなキラキラした目で私を見ないでええええ!!
「そんなに大したことは無いよ」
「そんなー、ご謙遜して」
「それよりも、今日は橙が来たお祝いにごちそうを作ろうか」
「本当ですか? わーい!」
「わーい」
なぜか紫様も喜んでいますが、それは良いでしょう。
ともあれ、なんとか上手く誤魔化せたようです。
しかし、どうにかしてスペックを改善しないと……さしあたって、メモリとグラボにCPU、何よりもOSを変えて欲しい今日この頃です。
case 4
「あなたの所の藍はどんなスペックかしら?」
香霖堂版八雲紫が聞いてきた。
「えっと、そ、そこそこよ!」
「そこそこって、どのくらい?」
「ええと、その……ス、スペックって何かしら?」
どうやら、紫は根本的な所が分かっていなかったようだ。
それを見て、Sッ気たっぷりな文化帖版の八雲紫は「ふふ、あなたは八雲紫の癖に、そんな事も分からないのね? なんだったら、私が念入りに教えてあげようかしら」と、紫の顎を撫でる。
「スペックってのは、藍の性能の事よ。とりあえず、あなたの藍のメモリとグラボとCPUについて教えてくれないかしら」
そんな文化帖版を紫から引きはがして説明するのは、胡散臭くてクールだが、内に激情を秘めた緋想天版の八雲紫。
「ちなみに私の八雲藍は、メモリは4GでCPUはCore i5 750よ」
「ふふ、勝ったわ。私の方はメモリ12GでCore i7だからね!」
「つまり、64bit版の7なわけね。それで昔のスペカは使えるの?」
「割と普通に使えるし、いざとなればXPモードもあるわ」
「うーん。私もそろそろ買い換えようかしら……」
「いや、まだ藍の買い替えには早いわ。8の128bit版が出てからでも遅くない」
「でも、噂では9になると256bit版が出るって話も……」
なにやら向こうでは、妖々夢版と永夜抄版が良く分からない話を始めた。
「それで、あなたの藍のメモリは幾つぐらいかしら?」
そんな二人を背景に、香霖堂版八雲紫が紫に尋ねる。
少し、紫は考え込んでから、答えた。
「ちょ、ちょっと前までは2Gだったけど」
「ふんふん」
「いまでは、6,0TBはあるわ!」
紫は、外付け記録媒体の橙の容量を口にする。
他の八雲紫達は、しばらくポカーンと口を開けていたが、次第に八雲紫が何を勘違いをしているのか理解して、クスクスと忍び笑いを漏らし始めた。
「え、ええ?」
分からないのは紫ただ一人。
そんな中、藍は自分のスペックが晒されずに済んだ事に、安堵のため息を漏らすのであった。
case 5
八雲紫は悩んでいた。
眉間には皺がより、完全に塞ぎ込んでしまっている。
その姿はまさに絶望の二文字。
幻想郷でも一二を争う賢者の思い悩む姿に、式の式である橙も心配そうに柱の影から見守っている。
「どうなされました。紫様」
そこに式神の藍がやってきた。
「ら、藍。何でもないわ」
「何でもないという事は無いでしょう。まるでこの世の終わりという顔をしていますよ」
「な、何でもないって言っているでしょう!」
そう言うと、紫は後ろ手に何かを隠した。
何だろうと思って、藍はそれを紫から奪う。それは一枚の手紙だった。
「ああ!」
紫は叫び声を上げる。
「……ええと、なになに? この度は『博麗霊夢のえっちなさいと』をご利用いただきありがとうございました。さて、今回の御入会につきまして、私どもは、入会金30万円を請求させていただきます……って、なんですかこれ」
「わ、私はちょっと気になってリンクから飛んだだけなの! そうしたら、突然あなたは当サイトにご入会されましたので住所を入力してくださいとか言って! 仕方がなかったのよ!」
「いや、無視してくださいよ」
藍は冷静に突っ込んだ。
「で、でも、IPアドレスぶっこ抜くとか言われて、それで実際にIPアドレスが表示されたのよ!」
「そんなモノは、普通にサイトを閲覧していれば、誰でも晒しているものですよ」
「で、でもスーパーハカーが私を社会的に抹殺……」
「いや、居ませんからそんなの。というか、いつの時代ですかスーパーハカーって」
「でも、住所を入力しちゃって……」
「警察に通報すれば、振り込め詐欺業者なんて尻尾巻いて逃げていきます」
そこまで説明してから、藍は深くため息を吐いた。
「それ以前に、怪しいアドレスは踏まないように、と前に言いましたよね? あと、安易にWeb上で個人情報を晒さないようにとも」
「え、えーと」
紫は藍に詰め寄られて、しどろもどろになる。
八雲藍は笑っていた。
それは、とても良い笑顔であったという。
その日の八雲紫のおかずは、メザシ一尾だけだった。
case 6
「ただいま!」
「お帰りなさいませ。紫様」
外の世界から帰ってきた紫を、藍はうやうやしく出迎える。
本日の外出先は、魑魅魍魎の蠢く暗黒電脳都市、某秋葉原。
流石に藍をこのままにしていては、サイトの巡回にさえ支障をきたすと、八雲紫は藍のメモリ増設を思い立ったのである。
そして、某秋葉原にメモリを求めて出立し、彼女は見事に帰還を果たしたのであった。
「……それで、首尾の方は?」
喜びを押し隠し隠しながら、藍は紫に尋ねた。
何だかんだと、低スペックである事は藍のコンプレックスになっていたのだ。そこでメモリが増設されれば、ハイスペックにはならなくとも、多少の改善はされ、コンプレックスも軽減されるだろう。
藍は留守番をしている間、一日千秋の思いで主人を待っていたのだった。
「ええ、見てよこの霊夢グッズの数々!」
だが、現実は常に非情。
メモリを買ってくるはずの八雲紫は、満面の笑みを湛えて、多種多様な霊夢グッズを紙袋から取り出し、玄関に並べはじめたのである。
「えーと、まずTシャツに、缶バッチに、ピンズでしょ! それにヌイグルミにこんな小さくて可愛い人形もあるのね。あと、おっきなフィギュア、ゆっくり霊夢。ポスター各種に、ステッカー。あと絵馬なんてあったわ。それに……」
「ま、待って下さい紫様!」
秋葉原に行って、目的を完全に忘れてしまった紫を見て、八雲藍は声を上げた。
それを見て、紫はハッと顔を上げる。
自分が、とても大切な事を忘れていた事をようやく思い出したのだ。
「ご、ごめんさい。藍に橙グッズを買うのを忘れて……」
紫は、なにも思い出していなかった。
そんな紫を見て、藍は崩れ落ちるしかなかったのだった。
case 7
メモリは通販で手に入れた。
く……ではなく某宅急便に「幻想郷は配達が面倒くさいんだよね」と文句を言われたが、それは許容範囲。
これで、八雲藍はパワーアップ。スーパー八雲藍になるだろう。
メモリ増設は偉大だ。
「電源を切って、カバーを外してから、これを藍に差し込めばいいのね?」
手順をメモしながら、主人である八雲紫が藍に尋ねる。
その頼りない様子に、藍は言い知れぬ不安に襲われた。
電源を切れば、完全に八雲紫は野放しだ。
果たして、このボケで構築されたスキマに自分の大切な部分を任せて良いのだろうか。
藍は悩んだ。とても悩んだ。
「……あ、あの」
「ん? 何かしら」
「その、他の紫様とかはお暇だったりしませんか?」
原作の八雲紫達は、誰もが頼りがいがあり、とても知的だ。しかも、大体が八雲藍のエキスパート。
彼女達の一人でもいれば、藍も安心できるだろう。
「それ無理」
しかし、紫は藍の提案を一蹴する。
「無理ですか」
「ええ、みんな忙しいのよね」
平日の昼間に来れるほど暇ではないのだという。
「だ、だったら、今度の休日に……」
「あら、藍は私が信用できないっていうの?」
そこで「できません」と言えるほど、藍も非情ではない。
藍は悲壮な覚悟を持って「ヨロシクオネガイシマス」と、紫に頼みこむ。
「任せなさい!」
なぜか、紫は自信満々だった。
「あ、あのすみません。メモリが上手くささらないんですけど……」
二時間後、そこにはパーツ会社のサポセンに電話をかける八雲紫の姿があったという。
case 8
この頃、藍の調子が良くない。
恐らく寿命なのだろう。
起動のたびにガクガク音を立て、ちょっとした事でフリーズする事も多くなった。
特に複数のアプリ……ではなく、スペルカードの起動は致命的で、少し重いWebサイトを閲覧すると、大騒ぎだ。
「もっと、大切に使ってあげれば……」
悔やんでも悔やみきれないものがある。
もう少し早くスキルを身に着けていれば、知識があれば、橙を早くから導入していれば、セキュリティソフトも、値段が高い割に変に負担がかかるモノではなく、軽くて負荷の少ないものにしていれば、それ以前に、ブラクラに何度も引っかからなければ、藍は今でも元気だったのだろう。
「ごめんなさい……」
八雲紫は、もう満足に動けなくなった藍に、ただ謝る事しかできない。
「でも、楽しかったですよ」
そんな紫に藍は、静かに答えた。
「初めてネットに繋ぐまでさんざん苦労した事も、インストールしたスペカが使えなくて泣いた時も、セキュリティソフトが暴走してシステムファイルまでウィルスチェストにぶち込まれた事も、ブラクラを踏んで焦った事も、二人で文句を言いながら、よりよい方法を模索した日々。それは私にとって、とても大切な思い出でした。紫様……とても楽しかったです」
そう言って、藍は笑う。
悔いはないとでも言うように。
それを信じて良いのだろうか。
その『楽しかった』という言葉を受け入れる資格が八雲紫にあるのだろうか。
そう、紫が思い悩んでいると、藍が主人の手を握った。
八雲紫は式神の手を、そっと握り返す。
ピンポーン
「まいどー、くろ……じゃなくて某宅急便でーす。荷物のお届けにまいりましたー」
「ゆかりさまー! 新しい藍様が届きましたー」
橙が新型の藍を連れてきた。
「それじゃ、転送作業をしましょうか」
式神もPCも魂さえも最近ではデジタル。
幻想郷も便利になったものである。
了
「ど、どうしましょう……」
八雲紫は混乱していた。
その顔からは妖怪の賢者と呼ばれた聡明さは失われ、焦りの色が浮かんでいる。
そんな彼女の下には、式神である藍が凍りついたように倒れていた。
「ああ、どうすれば……」
揺すってみても、藍が目を覚ます様子は無い。
幾ら声をかけても、藍はピクリともしないのだ。
ただ、時間だけが過ぎ去っていく。
幻想郷の賢者は、いまや無力な少女と大差はない。
「ゆ、ゆかりさま! 落ち着いてください!」
そこに藍の式神である橙が現れて、紫を叱咤した。
式の式が、主人の主人に向かって放った叱責覚悟の叱咤、しかし、紫はそれを受けてようやく、ハッと顔を上げる。
そうなのだ。
自分を除いて藍を助けられるモノなど存在しない。
自分がしっかりしなくては……ようやく紫は立ち上がる。
「……え、ええと、完全にフリーズしているから、こ、この場合はどうすればいいんだっけ?」
「そ、そうですね。きょ、強制終了するんでしたっけ」
「で、でも、それで、藍は大丈夫かしら?」
「わからなかったら人に聞く! Yah○o!知恵袋で聞いてみましょう!」
「だから、その為の藍が止まっているのよ!」
散々騒いだ挙句、紫はフリーズした藍を強制終了する事にした。
電源ボタンを長押しして、紫は藍を強制終了させる。
「と、とりあえず、まずはこれで良いわね?」
「は、はい! それじゃあ次は少し待ってから、藍様を起動させてみましょう!」
大丈夫かな。
でも、少し待った方がいいかなと、もやもやした時間を過ごしてから、紫は藍を起動させた。
『前回、八雲藍が不正に終了されました』
「や、やだ、なんか言われたわ」
「大丈夫ですよ、紫様! いわゆる決まり文句という奴です」
ビクビクしながら、二人で起動終了まで待っている――どうやら、無事に藍は起動できたようだ。
ピロピロピロ、ヴォォオオーオーン
起動音と共に藍は目を覚ます。
「ご心配をおかけしました紫様」
「藍……ッ 本当に心配をかけて!」
八雲紫は藍に抱きつく。そんな紫を式はしっかりと抱きとめた。
「……ところで、藍様はどうしてフリーズされたんですか?」
「え、それは、その、ちょっとね……」
橙の質問に紫は恥ずかしそうにモジモジとする。
「なに、ちょっと少女向けアニメ映画の特設サイトを見ていたんだけどね。それがやたらと重くて止まってしまったんだ」
「あー、もう藍ったら、勝手に喋らないでよ!」
「あ、これは失礼。ハハハ」
顔を真っ赤にしてポカポカと藍を叩く紫に、これは参ったと頭を押さえる藍。
そんな二人を眺めながら、橙は思った。
(藍様。スペック低いんだなぁ……)
流石に口には出せなかった。
case 2
私の名前は八雲紫。
ちょっとおしゃまなスキマ妖怪よ。
普通とは少し違う事は、とびっきり可愛い事かしら。
「そんな訳で、今日は優雅に某大型掲示板の巡回なの!」
「……紫様。どこに向かって喋っているんですか?」
「ちょっとした現実逃避よ。気にしないで」
そんな訳で、式神の藍を使って、今日も素敵なスレッドを探索よ。
今日は春秋戦国時代板でも覗いてみようかしら。それともアクアリウム板? でも、乙女なら素直に○速で決まりね。
あら、このスレは三島食品のスレじゃない。
「……ええと『今日の八雲紫スレはここですね』っと。ふふ、みんなIDを真っ赤にして喜んでいるわ」
そうして、私が三島食品スレで、優雅に釣りを楽しんでいると、見慣れないアドレスが張られている。
「何かしら?」
「だ、駄目ですよ。見慣れないアドレスを踏んじゃ!」
藍が忠告するけど、少し遅かったみたい。
ガ、ガガガガガガガ!
「な、何!?」
突然、藍がガクガクと妙な動きを始めたの。
「ブ、ブラクラです!」
「ブラクラ!?」
ブラクラとは、なんて古典的な。
ブラクラというのはブラウザ・クラッシャーの略称で、ブラウザのバグを利用した悪質なWebページの事。
今回踏んだブラクラはひたすらに新しいウィンドウが出てくる基本中の基本。それを改造したものみたい。
まったく、最近のブラクラは性質が悪いわ。
「が、ガガ、超人『飛翔役小角』! 『飛翔役小角』! 『飛翔役小角』! 『飛翔役小角小角小角小角小角角角角角ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
ついでに関連付けていたスペカもひたすらに発動して大騒ぎ。
急いで電源を切っても藍のスペカで散らかった部屋が元に戻る訳も無く、優雅な式神ルームは、酷い状態に。
「……紫様。怪しいリンクは、ブラクラチェッカーで確認する! これは忘れないでくださいね!」
その上、式神に叱られて、しょぼーんな一日だったのでした。
case 3
アレは紅霧異変が収束した直後の事でしょうか。
「藍!」
「はい、なんでしょう、紫様」
やたらとテンションが高い紫様を出迎えると、なぜか一匹の猫を抱いていました。
「ええと、この猫は?」
「あなたの外付け記憶媒体になる橙よ!」
「よ、よろしくお願いします。藍様」
「え、ええ!?」
私が戸惑っていると、紫様は私の肩をポンポンと叩くのです。
そして「これで藍の限界ギリギリなドライブDに画像を詰め込まなくて済むわ」と笑顔で言いました。
それ自体は、事実なのですけど、こうもあからさまに人が気にしている事を言わなくても良いじゃなりませんか。
「えっと、その、よろしくお願いします藍様!」
そうしてムッとしていると、カチコチになった外付け記憶媒体の橙が私に頭を下げます。
その緊張した様子は、逆に私を和ませました。
こんな若い子が、カチカチになっているのだ。
私は『八雲家の先輩として寛容に振舞わなければならない』と思い、笑顔を浮かべて橙に話しかけます。
「うん。よろしく橙」
「はい!」
私が頭を撫でると、橙は嬉しそうに笑いました。
とてもモノ分かりが良さそうで、可愛い子です。
そこで、ふと気になりました。この子のスペックはどれくらいだろうと。
「えーと、橙の容量はどれくらいかな?」
ここぞという所で金惜しみをする紫様の事だから、きっとワゴン品でしょう。
私がそんな感じでした。
だから、ワゴン品同士で親交を温めようと、そんな軽い気持ちで聞いたのです。
「はい! 6.0TBです!」
「凄いでしょう。高かったのよ!」
最新の最高級品でした。
あのスキマは、ここぞとばかりに金を使ったようです。
どうせ使うのは、最近目を付けた巫女の隠し撮り画像ばかりの癖に。いや、だから6.0TBなのか。ほぼ四六時中隠し撮り気なのでしょう。むしろ動画か。録画しっぱなしか。脇巫女垂れ流しショーか。
主人への殺意が芽生えた瞬間でした。
「藍様のスペックはどれくらいですか?」
しかし、そんな私の胸の内など知らずに、橙は無邪気に問いかけてきます。
やめてください、そんな目で私を見ないでください。
どうせ私は、アウトレット店のワゴンで売っていた式神なんです。そんなキラキラした目で私を見ないでええええ!!
「そんなに大したことは無いよ」
「そんなー、ご謙遜して」
「それよりも、今日は橙が来たお祝いにごちそうを作ろうか」
「本当ですか? わーい!」
「わーい」
なぜか紫様も喜んでいますが、それは良いでしょう。
ともあれ、なんとか上手く誤魔化せたようです。
しかし、どうにかしてスペックを改善しないと……さしあたって、メモリとグラボにCPU、何よりもOSを変えて欲しい今日この頃です。
case 4
「あなたの所の藍はどんなスペックかしら?」
香霖堂版八雲紫が聞いてきた。
「えっと、そ、そこそこよ!」
「そこそこって、どのくらい?」
「ええと、その……ス、スペックって何かしら?」
どうやら、紫は根本的な所が分かっていなかったようだ。
それを見て、Sッ気たっぷりな文化帖版の八雲紫は「ふふ、あなたは八雲紫の癖に、そんな事も分からないのね? なんだったら、私が念入りに教えてあげようかしら」と、紫の顎を撫でる。
「スペックってのは、藍の性能の事よ。とりあえず、あなたの藍のメモリとグラボとCPUについて教えてくれないかしら」
そんな文化帖版を紫から引きはがして説明するのは、胡散臭くてクールだが、内に激情を秘めた緋想天版の八雲紫。
「ちなみに私の八雲藍は、メモリは4GでCPUはCore i5 750よ」
「ふふ、勝ったわ。私の方はメモリ12GでCore i7だからね!」
「つまり、64bit版の7なわけね。それで昔のスペカは使えるの?」
「割と普通に使えるし、いざとなればXPモードもあるわ」
「うーん。私もそろそろ買い換えようかしら……」
「いや、まだ藍の買い替えには早いわ。8の128bit版が出てからでも遅くない」
「でも、噂では9になると256bit版が出るって話も……」
なにやら向こうでは、妖々夢版と永夜抄版が良く分からない話を始めた。
「それで、あなたの藍のメモリは幾つぐらいかしら?」
そんな二人を背景に、香霖堂版八雲紫が紫に尋ねる。
少し、紫は考え込んでから、答えた。
「ちょ、ちょっと前までは2Gだったけど」
「ふんふん」
「いまでは、6,0TBはあるわ!」
紫は、外付け記録媒体の橙の容量を口にする。
他の八雲紫達は、しばらくポカーンと口を開けていたが、次第に八雲紫が何を勘違いをしているのか理解して、クスクスと忍び笑いを漏らし始めた。
「え、ええ?」
分からないのは紫ただ一人。
そんな中、藍は自分のスペックが晒されずに済んだ事に、安堵のため息を漏らすのであった。
case 5
八雲紫は悩んでいた。
眉間には皺がより、完全に塞ぎ込んでしまっている。
その姿はまさに絶望の二文字。
幻想郷でも一二を争う賢者の思い悩む姿に、式の式である橙も心配そうに柱の影から見守っている。
「どうなされました。紫様」
そこに式神の藍がやってきた。
「ら、藍。何でもないわ」
「何でもないという事は無いでしょう。まるでこの世の終わりという顔をしていますよ」
「な、何でもないって言っているでしょう!」
そう言うと、紫は後ろ手に何かを隠した。
何だろうと思って、藍はそれを紫から奪う。それは一枚の手紙だった。
「ああ!」
紫は叫び声を上げる。
「……ええと、なになに? この度は『博麗霊夢のえっちなさいと』をご利用いただきありがとうございました。さて、今回の御入会につきまして、私どもは、入会金30万円を請求させていただきます……って、なんですかこれ」
「わ、私はちょっと気になってリンクから飛んだだけなの! そうしたら、突然あなたは当サイトにご入会されましたので住所を入力してくださいとか言って! 仕方がなかったのよ!」
「いや、無視してくださいよ」
藍は冷静に突っ込んだ。
「で、でも、IPアドレスぶっこ抜くとか言われて、それで実際にIPアドレスが表示されたのよ!」
「そんなモノは、普通にサイトを閲覧していれば、誰でも晒しているものですよ」
「で、でもスーパーハカーが私を社会的に抹殺……」
「いや、居ませんからそんなの。というか、いつの時代ですかスーパーハカーって」
「でも、住所を入力しちゃって……」
「警察に通報すれば、振り込め詐欺業者なんて尻尾巻いて逃げていきます」
そこまで説明してから、藍は深くため息を吐いた。
「それ以前に、怪しいアドレスは踏まないように、と前に言いましたよね? あと、安易にWeb上で個人情報を晒さないようにとも」
「え、えーと」
紫は藍に詰め寄られて、しどろもどろになる。
八雲藍は笑っていた。
それは、とても良い笑顔であったという。
その日の八雲紫のおかずは、メザシ一尾だけだった。
case 6
「ただいま!」
「お帰りなさいませ。紫様」
外の世界から帰ってきた紫を、藍はうやうやしく出迎える。
本日の外出先は、魑魅魍魎の蠢く暗黒電脳都市、某秋葉原。
流石に藍をこのままにしていては、サイトの巡回にさえ支障をきたすと、八雲紫は藍のメモリ増設を思い立ったのである。
そして、某秋葉原にメモリを求めて出立し、彼女は見事に帰還を果たしたのであった。
「……それで、首尾の方は?」
喜びを押し隠し隠しながら、藍は紫に尋ねた。
何だかんだと、低スペックである事は藍のコンプレックスになっていたのだ。そこでメモリが増設されれば、ハイスペックにはならなくとも、多少の改善はされ、コンプレックスも軽減されるだろう。
藍は留守番をしている間、一日千秋の思いで主人を待っていたのだった。
「ええ、見てよこの霊夢グッズの数々!」
だが、現実は常に非情。
メモリを買ってくるはずの八雲紫は、満面の笑みを湛えて、多種多様な霊夢グッズを紙袋から取り出し、玄関に並べはじめたのである。
「えーと、まずTシャツに、缶バッチに、ピンズでしょ! それにヌイグルミにこんな小さくて可愛い人形もあるのね。あと、おっきなフィギュア、ゆっくり霊夢。ポスター各種に、ステッカー。あと絵馬なんてあったわ。それに……」
「ま、待って下さい紫様!」
秋葉原に行って、目的を完全に忘れてしまった紫を見て、八雲藍は声を上げた。
それを見て、紫はハッと顔を上げる。
自分が、とても大切な事を忘れていた事をようやく思い出したのだ。
「ご、ごめんさい。藍に橙グッズを買うのを忘れて……」
紫は、なにも思い出していなかった。
そんな紫を見て、藍は崩れ落ちるしかなかったのだった。
case 7
メモリは通販で手に入れた。
く……ではなく某宅急便に「幻想郷は配達が面倒くさいんだよね」と文句を言われたが、それは許容範囲。
これで、八雲藍はパワーアップ。スーパー八雲藍になるだろう。
メモリ増設は偉大だ。
「電源を切って、カバーを外してから、これを藍に差し込めばいいのね?」
手順をメモしながら、主人である八雲紫が藍に尋ねる。
その頼りない様子に、藍は言い知れぬ不安に襲われた。
電源を切れば、完全に八雲紫は野放しだ。
果たして、このボケで構築されたスキマに自分の大切な部分を任せて良いのだろうか。
藍は悩んだ。とても悩んだ。
「……あ、あの」
「ん? 何かしら」
「その、他の紫様とかはお暇だったりしませんか?」
原作の八雲紫達は、誰もが頼りがいがあり、とても知的だ。しかも、大体が八雲藍のエキスパート。
彼女達の一人でもいれば、藍も安心できるだろう。
「それ無理」
しかし、紫は藍の提案を一蹴する。
「無理ですか」
「ええ、みんな忙しいのよね」
平日の昼間に来れるほど暇ではないのだという。
「だ、だったら、今度の休日に……」
「あら、藍は私が信用できないっていうの?」
そこで「できません」と言えるほど、藍も非情ではない。
藍は悲壮な覚悟を持って「ヨロシクオネガイシマス」と、紫に頼みこむ。
「任せなさい!」
なぜか、紫は自信満々だった。
「あ、あのすみません。メモリが上手くささらないんですけど……」
二時間後、そこにはパーツ会社のサポセンに電話をかける八雲紫の姿があったという。
case 8
この頃、藍の調子が良くない。
恐らく寿命なのだろう。
起動のたびにガクガク音を立て、ちょっとした事でフリーズする事も多くなった。
特に複数のアプリ……ではなく、スペルカードの起動は致命的で、少し重いWebサイトを閲覧すると、大騒ぎだ。
「もっと、大切に使ってあげれば……」
悔やんでも悔やみきれないものがある。
もう少し早くスキルを身に着けていれば、知識があれば、橙を早くから導入していれば、セキュリティソフトも、値段が高い割に変に負担がかかるモノではなく、軽くて負荷の少ないものにしていれば、それ以前に、ブラクラに何度も引っかからなければ、藍は今でも元気だったのだろう。
「ごめんなさい……」
八雲紫は、もう満足に動けなくなった藍に、ただ謝る事しかできない。
「でも、楽しかったですよ」
そんな紫に藍は、静かに答えた。
「初めてネットに繋ぐまでさんざん苦労した事も、インストールしたスペカが使えなくて泣いた時も、セキュリティソフトが暴走してシステムファイルまでウィルスチェストにぶち込まれた事も、ブラクラを踏んで焦った事も、二人で文句を言いながら、よりよい方法を模索した日々。それは私にとって、とても大切な思い出でした。紫様……とても楽しかったです」
そう言って、藍は笑う。
悔いはないとでも言うように。
それを信じて良いのだろうか。
その『楽しかった』という言葉を受け入れる資格が八雲紫にあるのだろうか。
そう、紫が思い悩んでいると、藍が主人の手を握った。
八雲紫は式神の手を、そっと握り返す。
ピンポーン
「まいどー、くろ……じゃなくて某宅急便でーす。荷物のお届けにまいりましたー」
「ゆかりさまー! 新しい藍様が届きましたー」
橙が新型の藍を連れてきた。
「それじゃ、転送作業をしましょうか」
式神もPCも魂さえも最近ではデジタル。
幻想郷も便利になったものである。
了
あそこは確かに重いですねww
藍様、健気で可愛いなとか思っていたら紫様……。
とにもかくにも、ごちそうさまでした。
他の紫様の藍達も見てみたいねwきっと優雅な使われ方をしておられるのだろうw
こんなことでどもるほど慌てる紫がかわいい
このSS読んで橙が好きになった
しかしサンドウィッチといい、これといい、どうしたらこんな発想がでてくるのだろう。
その橙分けてくれ
だってこの紫様俺なんだもん。
自分の家の藍様は8年目、スペックがミニノートに越されました。
てか
>さしあたって、メモリとグラボにCPU、何よりもOSを変えて欲しい今日この頃です。
ほぼ全部じゃねーかw
まあちょっと苦言を呈させてもらうと、
case1では三人称なのにcase2では紫の一人称、
case3では藍の一人称と視点が頻繁に変わって読み辛い部分も多かった。
特にラストが絶妙。
それはそうと、この紫様ならインストールしているセキュリティソフトは
ノートン先生一択と見た。
パラド社は鬼畜杉
妄想力がかきたてられるSSでした。
コンピュータは式神のようなもの、ではあるらしいが、まさにw
つーか宅急便の時点で伏字になってねぇしwww
うちの最古参の藍しゃまは9821Ap2/C9W
もはやMS-DOS専用機w
面白かったw
ぶっちゃけ、今は消耗品だと割り切ってたりする。動かなくなったら、即買い替え。
誤字直す気は無いのでしょうか?
もう寿命なのか最近呼吸が荒くて……
PC98UX RAM640KB HDD120MB
VaioUX50 RAM512MB SSD32GB
マジだ
低スペックでも重くてもすぐフリーズしても
うちの古い藍様とは紅妖永花文風を一緒に戦い抜いてきた相棒だ。