同作品集『見ないのは、楽。』の補完的内容となっています。
上記作品を未読の方は、先にそちらからどうぞ。
第三の眼は、意識のレーダー。
その機能は解析ではなく、受信。
無意識は、拾ってくれない。
「お姉ちゃん、大好きだよ」
私は妹の言葉をただただ信じるしかない。
時には、疑ってかかることも必要なのだけれど。
正直、そんなことはしたくない。
「そうですか」
妹のことをあるがままで、受け止めてあげたいからこその返事。
でも、ちょっとそっけなかったかしら。
こいしは答えが不満なのか、私の髪の毛に唇を押しあてる力を増した。
「頭が、重いです」
「お姉ちゃん」
ええ、大好きなんですよね。
でもその想いが、重すぎる。
私は、やはり弱いから、受け止めるのが精いっぱい。
返して、あげられない。
あなたを、第三の眼以外で見られない。
辛いから、私なんかを愛してくれるあなたに、申し訳ないから。
「お姉ちゃん、地上に行こうよ」
「遠慮しておきます」
こいしの腕が突然、私の第三の眼に伸びてくる。
それに驚愕を覚えるが、寸前で遮る。
妹の手は、温かい。
熱い。
「こいし」
ごめんね、こいし。
私が地上に行けば、またあの意識の海に投げ出される。
そうなった時、情報を裁き切れなかった時に、あなたを守れなくなるのがいやなの。
「いらないじゃん、そんなの」
そうでもないの。
私だっていらないけれど。
「それでもないよりマシなんです」
あなたを守る力。
でも本当のあなたを見ることはできない。
やっぱりあなたの周りは、いつ見ても空っぽなのね。
「お姉ちゃん、こっち見ないでよ。 照れちゃう」
「そうですか」
第三の眼は、正直なのよ。
あなたを見たい、直視したい私の眼なの。
でも、伝えられないから閉まっておきましょう。
「いってきます」
次はいつ、帰ってくるのかしら。
本当は……いえ、こんなこと考えちゃだめね。
「いってらっしゃい」
こいしの心を、見たい。
ああ、見えるとここまで疲れるんだ。
久しぶりに開いた第三の眼から捉えた世界は、相変わらずごちゃごちゃしていた。
地霊殿の中だけでも、ものすごい情報量。
再び閉ざしたくなる瞼を必死に抑えながら、永遠亭に向かわせたペットの帰りを待つ。
ペットとの意思疎通が、今の私には必要不可欠なんだ。
今閉じたら、またいつ開くかわからない。
「こいし」
お姉ちゃんの辺りだけが、この寝室の中だけはスカスカだった。
意識が、第三の眼で捉えられるものが、ない。
「どうして私は寝てなきゃいけないのかしら」
「怪我してるからだよ」
「どこも痛くないわよ?」
「それは」
それは、お姉ちゃんが見ようとしないから、感じようとしないから。
相変わらず、わずかにだけれど流れ出る血を拭きとる。
お姉ちゃんが目をえぐってからだいぶ経つのに、どうして傷口がふさがらないんだろう。
理由は、なんとなくわかるけれど、お医者様がくるまでは断定したくない。
「お姉ちゃん、目、痛くない?」
「だから、痛くないわ。 もう、こいしは心配性ね」
「そうかな」
「そうよ。 こいしだっていつもかすり傷だらけじゃない」
少なくとも、よく転んでた小さい頃はそうだったね。
最近では、弾幕以外では傷を負った覚えはない。
「ねえ、どうして目を開いてるのかしら?」
「どうしてかな」
バカ。
お姉ちゃんを守るためだよ。
「不思議ね」
うん、不思議だね。
お姉ちゃんを守るためならなんだってできそうなこの気分は、とても不思議。
狼の遠吠えだ。
やっと来たんだ。
永遠亭の薬師なら、永琳ならなんとかしてくれるかな。
(連れてきた)
「ありがとうね」
全速力で走ってきてくれた狼を、撫でてやる。
(さとりさま、心配)
狼はお姉ちゃんを心配そうに見た後、ゆっくりと寝室を出ていった。
「あなたがそうしているなんて、珍しいわね」
「私はいいから、お姉ちゃんを」
私の第三の眼を興味深そうに見る永琳をお姉ちゃんが寝ているベッドの方へ押しやる。
簡単な状況を記したメモを狼にもたせておいたから、説明はほぼ不要なはずだ。
ひとまずお医者様に見せるために、お姉ちゃんの耳元に口を近づける。
「お姉ちゃんごめん、私お姉ちゃんが心配だからお医者様呼んじゃった」
「あら、そうなの?」
「そうなの、私お医者様嫌いだから、お姉ちゃん代わってくれない?」
なんとも支離滅裂な理由だけれど、今のお姉ちゃん相手ならこれでも納得してくれるはずだ。
お姉ちゃんは流れる風そのものなんだから。
「もう、しょうがない子ね。 わかったわ」
困惑顔の永琳によろしくと、目だけで伝えて、私はお姉ちゃんのそばから離れた。
「えー、と……。 さとりさん、この前の宴会以来かしら」
「お医者さん、私はこいしですよ。 こいしちゃんと呼んでくださいな」
なんとなく、メモ以上にお姉ちゃんの状況がよくわかったのか、今度は永琳も顔を一切変えることはなかった。
「あ、ああ、ごめんなさいね。 こいしちゃん、ちょっとおめめ見せてね」
「はい、どうぞ」
なんだか、お姉ちゃんが赤ちゃんになったみたいだった。
永琳はなんだかよくわからない道具を真っ黒なバッグから取り出して、目を見始めた。
相変わらずふさがらない傷口から飛び散った血が、ゴム手袋につくの見て、視線を背けたくなる。
見えるって、感じるって辛い。
ちょっと前までは血が大好きだったのに。
「目は再生しようとは……でもどうして……ああ」
一通り独り言を呟いてから、最後に永琳はお姉ちゃんにある確認をとった。
「こいしちゃん、痛くない?」
「どうして?」
その一言だけで、私も、竹林の薬師も、傷がふさがらない理由を断定してしまった。
ああ、いやだ。
知りたくないなんて思うの、何年ぶりだろう。
重たいわ。
こいしも、大きくなったからかしら。
膝枕は、こいしのお気に入りだから頑張るけれど。
「こいし」
妹は、また私の第三の眼を触っていた。
そんなに興味深いのかしら。
興味を持ってくれたら、嬉しい。
「お姉ちゃん、これ取っちゃうよ」
ああ、やっぱりいらないのね。
「血が出ますよ」
こいしの望みなら、喜んで苦痛を受けよう。。
あなたを守れなくなるのは残念だけど、守られたくないのなら、それでいい。
こいしは、私の血を見たくないみたい。
大好きな血、増して大好きな私の血なのに?
本当は私のこと好きじゃないのかしら。
「お姉ちゃん、耳掃除して」
「ちょっと今手が離せないです」
今両手がふさがったら、第三の眼を守る方法がなくなってしまう。
できれば、それは避けたい。
だから、片手で妹の柔らかい癖っ毛を撫でる。
「こいしの頭を撫でるのに、非力なお姉ちゃんは精いっぱいなのです」
そう、私は無力なんだ。
ただ妹のすることを享受するしか、できない。
あなたと平穏に暮らすことしか、考えられないの。
「耳掃除しながら撫で撫でして」
「私は観音様じゃないし、たくさんのことはできないわ」
「そっか」
呆れられてしまったかしら。
嫌われるのは、怖いわ。
こいしは、どう思ってるんだろう。
知りたい。
見たい。
見たい見たい見たい見たい見たい。
「そういえば舟幽霊たちがお寺を開いたそうですね」
でも臆病な私は、こいしの気を逸らす。
本当は、知りたくないのかしら。
「お姉ちゃん、お土産は何がいい?」
情報は、こいしの役には立ったみたい。
喜んでくれたら、うれしい。
お土産、うれしいわ。
でもね。
「こいしが元気に帰ってきてくれれば、それだけでお姉ちゃんは嬉しいですよ」
「そっか」
そうなの。
あなたが元気に笑っていてくれれば、泣いてなければ、それだけで私は幸せなの。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
気をつけて。
「……理由は、あなたが一番わかっているのかしらね」
帰り際、いろいろなお薬を調合し終わった永琳は、そう言った。
「これは、六時間ごとに飲ませてあげてね。 この胃薬と一緒じゃないとお腹壊すから気をつけて」
「全部、錠剤……」
血と、化膿を止めるお薬だ。
安定剤も入ってるのだけれど、それらが収められた白い紙袋には、粉薬は入っていない。
「胃薬は、粉の方が良かったかしら」
「ううん、ありがとう」
多分、お姉ちゃんはお薬を拒むだろうから錠剤の方が楽だと、気を利かせてくれたんだろう。
「今まで見てきた患者の中にも、自分のことを病人だと認めない人はいたけれど」
永琳は、そこで言葉を一端切り、少し迷った後にまた口を開いた。
「お姉さんの体は、回復しようとしているわ。 でも、それどころかむしろ悪化している」
そのトライ&エラーの原因は、一つ。
「お姉ちゃんが、感覚を意識しないから」
例えば傷を負っても、それを心が認めてくれない。
だから治りも遅いけど、お姉ちゃんは何も感じない。
痛みは警告なのに、わからない。
もし私が忘れ物を取りに帰らなかったら、手遅れだったかもしれない。
「そう。 私も初めてだから、あの薬だけでどうにかなるとも思わない。 だから三日に一度、お姉さんの診断に来ます」
でも、とまた永琳は言葉を置く。
「お姉さんを元気にできる薬は、私じゃないわね」
「うん、だから決めたの。 今度は、私が守ってあげる番」
「……自信のほどは?」
「メディックこいしって、素敵じゃない?」
私のネーミングセンスを理解できない天才は、肩をすくめた。
「こいし」
暖炉の前で読書をしていると、いつの間にか妹が、私に抱きついていた。
熱いけど、こいしが健康な証拠だから、嬉しくなる。
「晩御飯は何が食べたいですか」
思わず出た声をごまかすために、気付いていたように言葉を繋げた。
苦しかったかもしれないけど、妹はごまかされてくれたようだった。
さて、材料はたくさんあるから、なんでも作ってあげられるけど。
「お姉ちゃん」
「はい?」
言うのは、わかっていた。
これで何度目かわからないくらいに、繰り返された問答なのだから。
でも、何度でも理由を聞いてあげる。
だって、知りたいもの。
「お姉ちゃんが食べたいな」
そう、理由は話してくれないの。
やっぱり私を消したいだけなのかしら。
「残念ながら、お姉ちゃんというメニューは私の頭にはありませんね」
「えー」
あなたの血肉となって、あなたを見守り続けるのも捨てがたいけれど、ね。
でもやっぱりあなたに膝枕をしてあげられないのは、触れられないのは、料理を作ってあげられないのは、一緒に寝てあげられないのはイヤなのよ。
こいしは少し考えて、次の候補を挙げた。
「ハンバーグ」
「私のお肉は使いませんよ」
これも何度も繰り返した応酬。
そんなに、こいしにとって私は不要なものなの?
第三の眼のように、煩わしいものなのかしら?
「こいし、あまりつつかないでください。 くすぐったいです」
「柔らかいね、お姉ちゃんは」
こいしの爪は、きちんと切ってあった。
私が昨日整えてあげたから。
こうしてなんでもしてあげるから、消したくなるの?
「ねえ、お姉ちゃんわかる?」
「わかりませんね」
知らないから、見ないから、いらないの?
「いってきます」
「いってらっしゃい」
ああ、そうなのか。
私は、こいしの足かせなんだ。
「え……」
何、それ。
薬を飲んで、寝入ったお姉ちゃんの寝顔を見ながら、呆然となった。
たまたま感知した、デスクの中にあった反応。
それは、古明地さとりが残した意識の残滓。
お姉ちゃんの日記。
「私……私……」
私がお姉ちゃんを傷つけていたんだ。
相談できるはずがないし、お姉ちゃんの自傷行為を感知することをできなかったのも当然のことだったんだ。
強すぎる想いが維持していたのは、記憶の断片。
私とお姉ちゃんの、会話、触れ合い。
いや、お姉ちゃんにとっては異種族との交渉だったのかもしれない。
それにしては、温かいけれど。
でも。
「お姉ちゃん、なんで? なんで、そんなこと考えたの!?」
私が瞳を閉じてから、何代目なのかわからない日記。
最初にあったのは、私となんとか向き合おうとするお姉ちゃんの決意。
だんだんと、私への恐怖が増して。
無意識に、疑うようになった。
覚りが感知できないものが、お姉ちゃんの中で増幅されていった。
そして、知りたいという感情。
お姉ちゃんも私も、元々好奇心は強くないほうだった。
他人の心を容易に知ることのできる、覚り妖怪の特徴。
「知りたくないこと、知らなくてもいいこと」
お姉ちゃんは私の気持ちを、願望を必死に汲み取ろうとしてくれていたんだ。
でも、取り違えた?
逃げた?
ううん。
「逃げていたのは、私」
面白くなかったから、いつもふらふらと他の物を知りに出かけたんだ。
本当に知りたいのは、お姉ちゃんのことだったのに。
そして、お姉ちゃんも、私のことを知りたかったのに、お互いにすれ違った。
その結果が、日記から回収できた最後の意識の欠片。
「私はね、あなたを守りたいの」
こんな力でも、頼れるペットと意思疎通を取ることができる。
油断できない敵の本質を知ることができる。
こいしを、守れる。
だけど。
「いいえ、守りたかった」
そんなのは私の独りよがりだったのよね。
そうでしょ、こいし。
私がいるから、あなたはそれを気にして、遠くへ行けないのよね。
もっと遠くに、知らない場所へ行きたいでしょ?
もっともっと、色々なことを知りたいでしょ?
だから。
「もう、そんな必要はないのかもしれないわね」
「お姉ちゃん?」
ああ、そんな目で見なくても、大丈夫。
すぐに、消えるから。
「ねえ、霊夢と魔理沙は好きかしら?」
「好きだよ」
あの人間たちは、こいしに色々なことを教えてくれた。
これからも、仲良くしてくれるだろう。
そして、こいしが目を開いても、閉じたままでも彼女たちはいい友人になってくれるはずだ。
「お空も、お燐もいるから平気よね」
あの二匹も、強くなった。
お燐は、料理だって覚えたし、仕事熱心な子。
お空も、自分の身を守る以上のことをできるようになった。
私がどうなろうが、四季映姫は地霊殿を悪いようにはしないだろう。
「お姉ちゃん、怖いの?」
ええ、怖いわ。
あなたの本当の気持ちがわからないことが。
それを知りたいという気持ちが膨らんでることが。
私の中で大きくなる無意識のことが。
寒い。
擦らなきゃ。
目を、擦らなきゃ。
痒い。
膿を、出さなきゃ。
でもその前に、私が覚りである内に。
「ねえ、こいしは私のこと大好きなのよね」
本当じゃなくてもいいから、好きって言ってほしい。
今ここであなたを疑ったら、どうにかなってしまいそうだから。
「そうだよ」
ああ、良かった。
これで、心残りはない。
ああ、でももう一つ。
「いってきます」
「こいし」
もう一つ、やっておかなければならないことがあったわね。
あなたにとっては嫌なことかもしれないけれど。
「……」
勇気が、出ない。
やらなければならないのに。
目が、動かない
「いってらっしゃい」
ああ、最後まで私は弱いままだ。
なんて、情けない。
どうしたら強くなれるだろう。
好奇心が、無意識が疼く。
解放したい。
「お姉ちゃんは、私が守ってあげるよ」
こいし?
「……」
「もう私たちを殺そうとする奴なんかいないけど、でも私が守ってあげるもん」
ああ、こいし。
ウソでも嬉しいわ。
「そう、ですか」
おかげで、勇気が出たわ。
あなたの姿を見る。
網膜に、焼きつける。
久しぶりに両の瞳で認めた妹の姿は、相変わらず愛くるしくて可愛くて、少しだけ成長していた。
「いってらっしゃい、こいし。 愛してる」
頬に、口づける。
さあ、もう私のことはいいから、思う存分飛びなさい。
私はもう消えるから。
「いってきます」
そう言って、こいしはキスし返してくれた。
いらないってことかしら。
ああ、もう知りたいわ。
全部知りたい。
裏側まで、はがして全てを調べたい。
「いってらっしゃい」
こいしの姿が見えなくなって、意識が弾けたような気がした。
こんな目が三つもあるから、真実が見えないのよ。
そうだ、つぶしちゃおう。
「……こいし?」
「あ、おはよう、お姉ちゃん」
朝になるまで、ずっとお姉ちゃんの寝顔を見つめてた。
かわいかったよ。
「まだ起きてるの? もう寝なさい」
「ごめんなさい。 でも夜更かししたいの」
「しょうがない子ね……」
時間も、味覚も、嗅覚も意識しなくなったお姉ちゃん。
もしかしたら、その内言葉も意識しなくなるかもしれない。
「お姉ちゃん、大好きだよ」
「もう、今さら何言ってるの。 私も大好きよ、こいし」
そう、今さら。
私たちは心からつながりあおうとしていたんだよ。
でも、二回も手を放しちゃった。
今度は、絶対に放さないよ。
「私、もう逃げないから」
「うん?」
わかんなくてもいいから、聞いててね。
「だから、お姉ちゃんが目を開けるように」
安全なように、健康になれるように。
安心させてあげるから。
「私が、守ってあげるから、お姉ちゃんも逃げないでね」
知ることから、見ることから。
ああ、胸が張り裂けそうな痛みが。
・・・でも前向きに想い続けたらきっとさとりもまた目を開くと信じて。
いつか、明るい未来が来ると信じて。
出来得ればハッピーエンドを。
自分の中ではHappyEndへの架け橋だと思っています!
あぁ、彼女たちに安らかな一時を・・・!
点数で悟って下さい。