「それじゃあ、行ってくるわね」
私はそう言って、萃香の頭を撫でる。
「いってらっしゃい!」
両手を振り上げたその姿は、なんだか小さな子供のようで愛らしい。
手を振ると、萃香も両手で振り返してくれる。さて、行こうかしら。あんまり気乗りはしないけど。
まずはそうねぇ、いろいろ回ってから慧音のところに行こうかしら。慧音から子供たちに伝えておいてほしいし。
そんなことを考えながら、私はふよふよと空に浮かび始めた。
「お土産よろしくな、霊夢ー!」
背中の方から萃香の声が聞こえてくる。わたしは振り返り手を振って答える。
「えぇ、わかったわ」
早く帰ってこられるといいわねぇ。萃香とのんびりしたいもの。
そう言えば私がいない間はあの子、何してるのかしら?
「霊夢行っちゃったなぁ」
なんだか村に用事があるらしい。里の子供が肝試しとかでいたずらに森に入り込むから、それを注意しに。霊夢もちゃんと仕事してたんだなぁ。
長引きそうならしくて、今日は一日いないって言っていた。わたしも行きたかったなぁ。
でも、鬼が村に行ったら怖がられるだけだろうし、仕方ないか。
そんなことよりも、しっかりお留守番して霊夢をお迎えしてあげよう! きっと霊夢は喜ぶぞぉ!
まずはなにをしようかな!
わたしは今日一日のやることを考える。
いつも霊夢と一緒だったから一人の時間も久々だ。
「何しようかなぁ」
とりあえず家の中に入っていく。ご飯はさっき食べたしなぁ。
そうだ! 洗濯物をしよう! 今日は天気がいいもんな!
わたしは脱衣所に駆けこんで、ごそごそと溜まった洗濯物を担ぎこむ。霊夢の寝間着やいつもの巫女服、わたしの服に寝間着、あとはタオルにさらしとドロワーズ。これくらいだな!
洗濯桶と、洗濯板を持って外に出る。神社の裏手、井戸の近く。そこに物干し竿がある。
わたしはそこで桶に水を張った。
洗濯板の片方を水につけて、もう片方をお腹に当てて固定する。
「これでよし!」
まずは濡らした洗濯物を板の上に広げて、手で洗濯板に抑えつけながら擦りつける。だったかな?
霊夢のお手伝いをしてた時に見た感じだと、こんな感じだったはず。
あとは洗濯物をごしごしするだけだ!
「やるぞぉ!」
あんまり力を入れないように、壊れやすいものを扱う時のように、わたしは洗濯物を擦る。きっとこれくらいの力でちょうどいい。じゃないときっと破いちゃう。
せっかくお手伝いしたのに失敗してちゃ意味がないもんな。
わたしは汚れが目立つところを重点的に擦りながら次々洗っていく。
洗って、絞って、干す。
洗って、絞って、干す。
それを何回も何回も繰り返した。霊夢が褒めてくれるところを想像しながら。
「ありがとう、萃香」
そう言って霊夢が頭を撫でてくれる。
「えへへー」
思わずにやけ顔。
早く霊夢、帰ってこないかなぁ。楽しみだなぁ。
最期の一枚を干し終えて、わたしは空を見上げる。
真っ青な空、風に舞う桜、温かい光を差す太陽。春だなぁ。
この温かさならきっとすぐに乾く。
次は何をしよう。
また家の中に戻りながら考える。いつもなら霊夢とお茶を飲んで、お昼ごはん。そのあとお散歩をしてお昼寝。
うーん、じゃあまずはお酒でも飲もう!
屋根の上とか気持ちがよさそうだ!
お昼ごはんも食べ終わって、わたしは洗濯物を取り込んでいた。
やっぱり思った通り、すぐに洗濯物は乾いていた。
とりあえず畳んで、それぞれの服を分けて箪笥にしまう。箪笥にしまうんだけど……
わたしは霊夢の巫女服を広げて眺める。
「ちょっと来てみたいかも……」
ふいにそんなことを思った。
べつに霊夢の真似をしたいとかそういうわけではないんだけど。なんでだろう? なんとなく着てみたい。
霊夢と同じ格好をしてみたい気がする。
「よし!」
わたしは自分の服を脱ぎ捨て両腕につけた分銅なんかも外すと、霊夢の巫女服に袖を通した。
こうやって着てみて気付いたけれど、わたしの服と似てるんだなぁ。
そんなことを思いながら、袖を縛る。あとは霊夢のリボンに付け替えて……っと。よし、完成!
鏡に映して自分の姿を確認する。
うーん、ちょっと着てるというより着られてる感がいなめないなぁ……
まぁいっか!
悪くはない! ちょっと霊夢に近づけた気がするぞ!
……このままお散歩しちゃおうかなぁ。
してみたいなぁ。
うん! しちゃおう! 迷ったらやっちゃうべきだ!
となれば早速お散歩に出発だぁ!
妖怪たちの棲む森を歩く。
生い茂った木々が日光を遮り、春の陽気には程遠い、冷たい空気を漂わせている。
でもわたしはこういう空気が嫌いじゃない。
風が吹いて、木々をざわつかせる。
心地いい音だ。
霊夢が一緒ならもっと楽しいんだけど、今日は仕方ないか。
わたしはフラフラと歩き続ける。誰かに出会ったりするかなぁ、なんて思いながら。
見知った奴なら少し恥ずかしい気もする。
「なんで霊夢の格好をしてるんだ?」なんて言われたら、どう答えたらいいのか分からないし。
でも見てもらいたい気もする。
会いたいような、会いたくないような、うーん。
あ、誰か来た!
「あわわわわ!」
どうしよう! まさか本当に誰か来るなんて!
気持ちの整理がついてないのに! どうしよう! 隠れる? 間に合う? うわぁ、どうしたら!
「助けてください!」
第一声がそれだった。
わたしも慌てていたから気付くのが遅くなったけれど、目の前から来た人物は、わたし以上に慌てふためいていた。
「へ?」
「おねがいします、助けてください!」
その人間の子は、ぜぇぜぇと息を弾ませながらわたしの後ろに隠れた。
「妖怪に襲われているんです!」
「そう言われてもなぁ」
この人間はわたしの頭が見えないのだろうか? わたしも鬼なんだけれど。
「お願いします、巫女さん!」
「ふぇ? 巫女さん?」
「え? 巫女さんじゃ……ひぃ!」
あぁ、そうか、必死で走っていたから気付かなかったのか。わたしの服を見て巫女、すなわち霊夢だと思い込んだんだ。うーん、ちょっと嬉しいかもしれない。
まぁ、角に気付いて驚いたあたりは少し傷ついたけど。
でもそれが普通の反応だよな。
こういう反応があるから、わたしはここに現れたわけだし。
人の子は、疲れたせいか、諦めたのか、尻もちをついてその場にへたりこんでいた。
わたしはその姿を見てすこし笑いそうになる。
わたしは別に人間を襲わない。もちろん食べたりもしない。だから怖がらなくてもいいのに。
「まてー! にんげーん!」
お? 追いついてきたようだ。
さて、誰だろう? 声に聞き覚えはあるけれど。
ひぃっ、とわたしの後ろで人の子の短い悲鳴が聞こえた。
こいつはわたしのことを巫女だと言ってくれたわけだし……助けてあげよう。勘違いだったけど、まぁ悪くはないよね。なんせ、今のわたしは巫女なんだもん。
「あれ? 萃香じゃん」
「なんだ、アンタだったのか」
コイツが現れて、さっきよりも涼しくなった気がする。
人間はこんなのに驚いていたのか。だいたいこれは妖怪じゃない。妖精だ。春だっていうのに、元気な氷の妖精だなぁ。
溶けたりしないのかな?
「なんで霊夢の格好してるの?」
「えーっと、それは……そのぉ……」
チルノが今一番して欲しくなかった質問を投げかけてくれる。
「わかった! 萃香の服が溶けたのね! だから霊夢の服を着てるんだ!」
勝手な解釈で勝手に自己完結しちゃったよ。さすがチルノ。っていうか溶けるって?
「ま、まぁそんなところだよ」
「やっぱりね! アタイにかかればどんなことでも一発でわかっちゃう!」
そう言って胸を張る。
「そんなことより! わたしはその人間で遊びたいの!」
『と』じゃなくて『で』かぁ。
「悪いけど、そうはさせないぞ! 今わたしは巫女だから!」
「え? え? え?」
わたしは両手を掲げて、掌に火の玉を作り出す。
「くらえ! 元鬼玉!」
当たったら一発で溶けるだろうなぁ、なんて思いながら、それでも容赦なく元鬼玉を投げつける。
「うわわわわ!」
チルノが慌ただしく、飛びあがった。さすがに一直線に単発で飛ぶ元鬼玉は、そうそう当たらないか。
「もう! 何するのよ!」
宙に浮いていたチルノが、わたしに向かってツララのような弾幕を打ちこんでくる。
これ、避けたら人間に刺さるよなぁ。
仕方ない。
周囲の熱を右拳に集める。チルノの弾をしっかり見据える。
「行けぇ!」
振りかぶり、すぐにパンチを放つ。チルノの弾幕向かって。
同時にさっきの熱を利用して発火させる。そうするとパンチと同時に拳から炎の固まりが射出される。
得意な技の一つ、『妖鬼―密―』
走る炎の弾が、氷の弾を消し去りながらチルノに向かっていく。
「アイシクルソード!」
なんだか舌ったらずな声が聞こえた。かと思うと、炎の陰からチルノが現れた。手には剣のようなものを握っている。氷で作ったのかな?
たぶんそれで降りてくると同時に、わたしを斬るつもりなんだろう。
当たると痛そうだなぁ。たぶん氷でも本当に斬れると思う。
またさっきの妖鬼―密―で打ち砕こうか。元鬼玉でも良さそうだ。体を霧にして見えなくなってもいいな。
いや、それよりも……
「萃鬼!」
わたしは自分の目の前に、密度をいじった黒い玉を放り出す。あらゆる物を吸い込む弾。人間は勝手に踏ん張るだろうし、距離的に萃寄せられても大丈夫なはず。だから困るのはチルノだけだ。
「あれ? あれれ?」
降ってきていたチルノが、萃寄せられていく。
わたしの目の前をチルノの剣が通り過ぎて行った。そして、鋭い音を立てながら地面に刺さる。
チルノはさっきまで『萃鬼』のあった場所に着地している。
「あれ? 抜けない! もう! 抜けなさいよ!」
剣が抜けなくなったみたいだ。
でも戦い中なんだから、抜けなかったら放っておくべきだと思う。
「うーん! 抜けろー!」
「チルノ」
わたしは、ぽんっとチルノの肩を叩く。
「邪魔しないで! いま忙しいの!」
「人間はもういいのか?」
「あ、忘れてたわ! でも剣が……どうすればいいかなぁ?」
聞かれてもなぁ。
「もうその剣、諦めたらどうだ?」
「でも! でもでも! これすごく出来がよかったの!」
「じゃあ、わたしが抜いてやろう」
柄を握って、力任せに引き抜く。なんだ、これくらいも抜けないのか。
「ほい」
「ありがとー! さぁ続きやるわよ!」
「じゃあ、これで終わりだ」
がしっ、とわたしはチルノを掴む。
「え?」
「萃鬼! 天手力男投げ!」
宙に浮かびあがりながら、わたしはチルノをぶんぶん振り回す。
「アハハハハ!」
なんだか楽しいらしくて、チルノが子供みたいに笑いだす。
「飛んでけぇ!」
全力で空に向かって放り投げた。べつにダメージを与えるつもりもないからね。普段なら地面に投げつけるんだけど。
やっぱり笑いながらチルノは空の彼方へと飛んでいき、すぐに消し粒並みに小さくなった。
あんまり動いた気もしなかったけど、自分の力を遠慮して使わなくていいから気持ちいい。
妖精は死なないからね。
――さて、帰ろうかな。
わたしは来た道を戻ろうとする。そこで気付いた。まだいたんだ。
「あっ……」
人の子は怯えた目でわたしを見た。
まぁ、悪気はないんだろうし、気にしない。
ここからならすぐ神社に出られる。実際この子供も神社を目指していたんだろう。一人にしても問題なさそうだ。
だから、わたしはすこし頬笑みかけてから、その子の横を通り過ぎた。
あれ? という声が聞こえてきた。
わたしは心の中でつぶやく。
大丈夫だよ、わたしは無暗に人を襲わない。わたしは霊夢の味方。霊夢が人を守るなら、それがどんなに儚い存在だろうと、わたしも人を守るんだ。
「あ……ありがとう!」
……ん?
予想外の言葉にわたしは思わず振り返ってしまう。
すると、そこには立ち上がった子供が、戸惑いつつも笑顔を作っていた。
ちょっと……本当に少しだけ、泣きそうになった。
でもそれ以上に嬉しくて……
「おう!」
わたしは両手を振り上げて、にぱっと笑った。
子供も同じように笑ってくれた。
「やっと帰ってこれたわ、疲れたわねぇ……」
やっとのことで、人里から帰ってきた。
日は傾き、真っ赤に染まった空を黒いカラスが呑気に鳴きながら飛んでいる。
別に肝試しをするのはいいけれど、必要以上に森に入らないでほしいものね。わたしの仕事が増えるんだもの。
かといって、まったく入らなくなっても困るのだけれど。まぁ何事も適度がいいのよ、適度が。
ついでにお買い物も済ませてきたし、ちゃんと萃香にお土産も買ったし……喜んでくれるかしら、萃香。
「霊夢! お帰り!」
境内で箒を握った萃香に出迎えられた。嬉しそうに駆け寄ってくる。そのたびに両手に付けた分銅が揺れる。
やっぱり境内で待ってるのね。
「ただいま」
萃香が私に飛びついてくる。それを受け止めてから、私は萃香の頭を撫でる。
「お土産買ってきてくれたか?」
「えぇ、とっておきのお酒を買ってきたわよ」
萃香のために奮発したんだから。
「本当か! ありがとう霊夢!」
お土産のお酒を手渡す。それを萃香は大事そうに抱えた。
八重歯を見せながら萃香が、無邪気な笑顔を浮かべる。あぁもうかわいいわね!
この笑顔が見れただけで、私には十分だわ。
二人で並んで家へと向かう。
「今日は何してたの?」
「うーん……いつも通りだ、お洗濯も掃除もやっておいたぞ!」
「あら、ホント? ありがとう」
まさか家事を終わらせてくれるとは思わなかったわねぇ。わたしはまた頭を撫でる。
「えへへー」
照れながらも、子供みたいな笑顔を萃香は向けてくれた。
「そういえば、今日慧音と話してたらね?」
「うん?」
「寺子屋に子供が来て、角の生えた巫女に助けてもらったって言うのよ」
「角の生えた巫女? また奇怪な巫女だな!」
「てっきりあなたかと思ったわ」
早苗は角生えてないしね。っていうか角が生えてるのは、萃香か勇儀、あとは満月の時の慧音だけね。
慧音は私と話していたし、勇儀がわざわざ地上に出て、人を助けるとも思えない。だからあとは萃香しかいないんだけど……
「わたしは巫女じゃないし、巫女に見えないだろ?」
「それもそうね、たしかあの子、私と同じ服を着てたって言ってたもの」
「じゃあ、やっぱりわたしじゃないぞ! 誰だろうなぁ」
そう言った萃香はどこか楽しそう。お土産のお酒がよほど嬉しかったのかしら。
「ホント、誰かしらねぇ。でもあの子、すごく嬉しそうで、助けてもらったことを喜んでいたわ。また会いたいなんて言っていたもの」
だからきっと悪い奴じゃないわ。なんとなくそう思う。
「あっはっは、また会いたいかぁ」
萃香が笑う。
「うん、わたしもまた会ってみたいかもしれないな!」
「そうねぇ、私も会ってみたいわ。その角の生えた巫女に」
私はそう言って、萃香の頭を撫でる。
「いってらっしゃい!」
両手を振り上げたその姿は、なんだか小さな子供のようで愛らしい。
手を振ると、萃香も両手で振り返してくれる。さて、行こうかしら。あんまり気乗りはしないけど。
まずはそうねぇ、いろいろ回ってから慧音のところに行こうかしら。慧音から子供たちに伝えておいてほしいし。
そんなことを考えながら、私はふよふよと空に浮かび始めた。
「お土産よろしくな、霊夢ー!」
背中の方から萃香の声が聞こえてくる。わたしは振り返り手を振って答える。
「えぇ、わかったわ」
早く帰ってこられるといいわねぇ。萃香とのんびりしたいもの。
そう言えば私がいない間はあの子、何してるのかしら?
「霊夢行っちゃったなぁ」
なんだか村に用事があるらしい。里の子供が肝試しとかでいたずらに森に入り込むから、それを注意しに。霊夢もちゃんと仕事してたんだなぁ。
長引きそうならしくて、今日は一日いないって言っていた。わたしも行きたかったなぁ。
でも、鬼が村に行ったら怖がられるだけだろうし、仕方ないか。
そんなことよりも、しっかりお留守番して霊夢をお迎えしてあげよう! きっと霊夢は喜ぶぞぉ!
まずはなにをしようかな!
わたしは今日一日のやることを考える。
いつも霊夢と一緒だったから一人の時間も久々だ。
「何しようかなぁ」
とりあえず家の中に入っていく。ご飯はさっき食べたしなぁ。
そうだ! 洗濯物をしよう! 今日は天気がいいもんな!
わたしは脱衣所に駆けこんで、ごそごそと溜まった洗濯物を担ぎこむ。霊夢の寝間着やいつもの巫女服、わたしの服に寝間着、あとはタオルにさらしとドロワーズ。これくらいだな!
洗濯桶と、洗濯板を持って外に出る。神社の裏手、井戸の近く。そこに物干し竿がある。
わたしはそこで桶に水を張った。
洗濯板の片方を水につけて、もう片方をお腹に当てて固定する。
「これでよし!」
まずは濡らした洗濯物を板の上に広げて、手で洗濯板に抑えつけながら擦りつける。だったかな?
霊夢のお手伝いをしてた時に見た感じだと、こんな感じだったはず。
あとは洗濯物をごしごしするだけだ!
「やるぞぉ!」
あんまり力を入れないように、壊れやすいものを扱う時のように、わたしは洗濯物を擦る。きっとこれくらいの力でちょうどいい。じゃないときっと破いちゃう。
せっかくお手伝いしたのに失敗してちゃ意味がないもんな。
わたしは汚れが目立つところを重点的に擦りながら次々洗っていく。
洗って、絞って、干す。
洗って、絞って、干す。
それを何回も何回も繰り返した。霊夢が褒めてくれるところを想像しながら。
「ありがとう、萃香」
そう言って霊夢が頭を撫でてくれる。
「えへへー」
思わずにやけ顔。
早く霊夢、帰ってこないかなぁ。楽しみだなぁ。
最期の一枚を干し終えて、わたしは空を見上げる。
真っ青な空、風に舞う桜、温かい光を差す太陽。春だなぁ。
この温かさならきっとすぐに乾く。
次は何をしよう。
また家の中に戻りながら考える。いつもなら霊夢とお茶を飲んで、お昼ごはん。そのあとお散歩をしてお昼寝。
うーん、じゃあまずはお酒でも飲もう!
屋根の上とか気持ちがよさそうだ!
お昼ごはんも食べ終わって、わたしは洗濯物を取り込んでいた。
やっぱり思った通り、すぐに洗濯物は乾いていた。
とりあえず畳んで、それぞれの服を分けて箪笥にしまう。箪笥にしまうんだけど……
わたしは霊夢の巫女服を広げて眺める。
「ちょっと来てみたいかも……」
ふいにそんなことを思った。
べつに霊夢の真似をしたいとかそういうわけではないんだけど。なんでだろう? なんとなく着てみたい。
霊夢と同じ格好をしてみたい気がする。
「よし!」
わたしは自分の服を脱ぎ捨て両腕につけた分銅なんかも外すと、霊夢の巫女服に袖を通した。
こうやって着てみて気付いたけれど、わたしの服と似てるんだなぁ。
そんなことを思いながら、袖を縛る。あとは霊夢のリボンに付け替えて……っと。よし、完成!
鏡に映して自分の姿を確認する。
うーん、ちょっと着てるというより着られてる感がいなめないなぁ……
まぁいっか!
悪くはない! ちょっと霊夢に近づけた気がするぞ!
……このままお散歩しちゃおうかなぁ。
してみたいなぁ。
うん! しちゃおう! 迷ったらやっちゃうべきだ!
となれば早速お散歩に出発だぁ!
妖怪たちの棲む森を歩く。
生い茂った木々が日光を遮り、春の陽気には程遠い、冷たい空気を漂わせている。
でもわたしはこういう空気が嫌いじゃない。
風が吹いて、木々をざわつかせる。
心地いい音だ。
霊夢が一緒ならもっと楽しいんだけど、今日は仕方ないか。
わたしはフラフラと歩き続ける。誰かに出会ったりするかなぁ、なんて思いながら。
見知った奴なら少し恥ずかしい気もする。
「なんで霊夢の格好をしてるんだ?」なんて言われたら、どう答えたらいいのか分からないし。
でも見てもらいたい気もする。
会いたいような、会いたくないような、うーん。
あ、誰か来た!
「あわわわわ!」
どうしよう! まさか本当に誰か来るなんて!
気持ちの整理がついてないのに! どうしよう! 隠れる? 間に合う? うわぁ、どうしたら!
「助けてください!」
第一声がそれだった。
わたしも慌てていたから気付くのが遅くなったけれど、目の前から来た人物は、わたし以上に慌てふためいていた。
「へ?」
「おねがいします、助けてください!」
その人間の子は、ぜぇぜぇと息を弾ませながらわたしの後ろに隠れた。
「妖怪に襲われているんです!」
「そう言われてもなぁ」
この人間はわたしの頭が見えないのだろうか? わたしも鬼なんだけれど。
「お願いします、巫女さん!」
「ふぇ? 巫女さん?」
「え? 巫女さんじゃ……ひぃ!」
あぁ、そうか、必死で走っていたから気付かなかったのか。わたしの服を見て巫女、すなわち霊夢だと思い込んだんだ。うーん、ちょっと嬉しいかもしれない。
まぁ、角に気付いて驚いたあたりは少し傷ついたけど。
でもそれが普通の反応だよな。
こういう反応があるから、わたしはここに現れたわけだし。
人の子は、疲れたせいか、諦めたのか、尻もちをついてその場にへたりこんでいた。
わたしはその姿を見てすこし笑いそうになる。
わたしは別に人間を襲わない。もちろん食べたりもしない。だから怖がらなくてもいいのに。
「まてー! にんげーん!」
お? 追いついてきたようだ。
さて、誰だろう? 声に聞き覚えはあるけれど。
ひぃっ、とわたしの後ろで人の子の短い悲鳴が聞こえた。
こいつはわたしのことを巫女だと言ってくれたわけだし……助けてあげよう。勘違いだったけど、まぁ悪くはないよね。なんせ、今のわたしは巫女なんだもん。
「あれ? 萃香じゃん」
「なんだ、アンタだったのか」
コイツが現れて、さっきよりも涼しくなった気がする。
人間はこんなのに驚いていたのか。だいたいこれは妖怪じゃない。妖精だ。春だっていうのに、元気な氷の妖精だなぁ。
溶けたりしないのかな?
「なんで霊夢の格好してるの?」
「えーっと、それは……そのぉ……」
チルノが今一番して欲しくなかった質問を投げかけてくれる。
「わかった! 萃香の服が溶けたのね! だから霊夢の服を着てるんだ!」
勝手な解釈で勝手に自己完結しちゃったよ。さすがチルノ。っていうか溶けるって?
「ま、まぁそんなところだよ」
「やっぱりね! アタイにかかればどんなことでも一発でわかっちゃう!」
そう言って胸を張る。
「そんなことより! わたしはその人間で遊びたいの!」
『と』じゃなくて『で』かぁ。
「悪いけど、そうはさせないぞ! 今わたしは巫女だから!」
「え? え? え?」
わたしは両手を掲げて、掌に火の玉を作り出す。
「くらえ! 元鬼玉!」
当たったら一発で溶けるだろうなぁ、なんて思いながら、それでも容赦なく元鬼玉を投げつける。
「うわわわわ!」
チルノが慌ただしく、飛びあがった。さすがに一直線に単発で飛ぶ元鬼玉は、そうそう当たらないか。
「もう! 何するのよ!」
宙に浮いていたチルノが、わたしに向かってツララのような弾幕を打ちこんでくる。
これ、避けたら人間に刺さるよなぁ。
仕方ない。
周囲の熱を右拳に集める。チルノの弾をしっかり見据える。
「行けぇ!」
振りかぶり、すぐにパンチを放つ。チルノの弾幕向かって。
同時にさっきの熱を利用して発火させる。そうするとパンチと同時に拳から炎の固まりが射出される。
得意な技の一つ、『妖鬼―密―』
走る炎の弾が、氷の弾を消し去りながらチルノに向かっていく。
「アイシクルソード!」
なんだか舌ったらずな声が聞こえた。かと思うと、炎の陰からチルノが現れた。手には剣のようなものを握っている。氷で作ったのかな?
たぶんそれで降りてくると同時に、わたしを斬るつもりなんだろう。
当たると痛そうだなぁ。たぶん氷でも本当に斬れると思う。
またさっきの妖鬼―密―で打ち砕こうか。元鬼玉でも良さそうだ。体を霧にして見えなくなってもいいな。
いや、それよりも……
「萃鬼!」
わたしは自分の目の前に、密度をいじった黒い玉を放り出す。あらゆる物を吸い込む弾。人間は勝手に踏ん張るだろうし、距離的に萃寄せられても大丈夫なはず。だから困るのはチルノだけだ。
「あれ? あれれ?」
降ってきていたチルノが、萃寄せられていく。
わたしの目の前をチルノの剣が通り過ぎて行った。そして、鋭い音を立てながら地面に刺さる。
チルノはさっきまで『萃鬼』のあった場所に着地している。
「あれ? 抜けない! もう! 抜けなさいよ!」
剣が抜けなくなったみたいだ。
でも戦い中なんだから、抜けなかったら放っておくべきだと思う。
「うーん! 抜けろー!」
「チルノ」
わたしは、ぽんっとチルノの肩を叩く。
「邪魔しないで! いま忙しいの!」
「人間はもういいのか?」
「あ、忘れてたわ! でも剣が……どうすればいいかなぁ?」
聞かれてもなぁ。
「もうその剣、諦めたらどうだ?」
「でも! でもでも! これすごく出来がよかったの!」
「じゃあ、わたしが抜いてやろう」
柄を握って、力任せに引き抜く。なんだ、これくらいも抜けないのか。
「ほい」
「ありがとー! さぁ続きやるわよ!」
「じゃあ、これで終わりだ」
がしっ、とわたしはチルノを掴む。
「え?」
「萃鬼! 天手力男投げ!」
宙に浮かびあがりながら、わたしはチルノをぶんぶん振り回す。
「アハハハハ!」
なんだか楽しいらしくて、チルノが子供みたいに笑いだす。
「飛んでけぇ!」
全力で空に向かって放り投げた。べつにダメージを与えるつもりもないからね。普段なら地面に投げつけるんだけど。
やっぱり笑いながらチルノは空の彼方へと飛んでいき、すぐに消し粒並みに小さくなった。
あんまり動いた気もしなかったけど、自分の力を遠慮して使わなくていいから気持ちいい。
妖精は死なないからね。
――さて、帰ろうかな。
わたしは来た道を戻ろうとする。そこで気付いた。まだいたんだ。
「あっ……」
人の子は怯えた目でわたしを見た。
まぁ、悪気はないんだろうし、気にしない。
ここからならすぐ神社に出られる。実際この子供も神社を目指していたんだろう。一人にしても問題なさそうだ。
だから、わたしはすこし頬笑みかけてから、その子の横を通り過ぎた。
あれ? という声が聞こえてきた。
わたしは心の中でつぶやく。
大丈夫だよ、わたしは無暗に人を襲わない。わたしは霊夢の味方。霊夢が人を守るなら、それがどんなに儚い存在だろうと、わたしも人を守るんだ。
「あ……ありがとう!」
……ん?
予想外の言葉にわたしは思わず振り返ってしまう。
すると、そこには立ち上がった子供が、戸惑いつつも笑顔を作っていた。
ちょっと……本当に少しだけ、泣きそうになった。
でもそれ以上に嬉しくて……
「おう!」
わたしは両手を振り上げて、にぱっと笑った。
子供も同じように笑ってくれた。
「やっと帰ってこれたわ、疲れたわねぇ……」
やっとのことで、人里から帰ってきた。
日は傾き、真っ赤に染まった空を黒いカラスが呑気に鳴きながら飛んでいる。
別に肝試しをするのはいいけれど、必要以上に森に入らないでほしいものね。わたしの仕事が増えるんだもの。
かといって、まったく入らなくなっても困るのだけれど。まぁ何事も適度がいいのよ、適度が。
ついでにお買い物も済ませてきたし、ちゃんと萃香にお土産も買ったし……喜んでくれるかしら、萃香。
「霊夢! お帰り!」
境内で箒を握った萃香に出迎えられた。嬉しそうに駆け寄ってくる。そのたびに両手に付けた分銅が揺れる。
やっぱり境内で待ってるのね。
「ただいま」
萃香が私に飛びついてくる。それを受け止めてから、私は萃香の頭を撫でる。
「お土産買ってきてくれたか?」
「えぇ、とっておきのお酒を買ってきたわよ」
萃香のために奮発したんだから。
「本当か! ありがとう霊夢!」
お土産のお酒を手渡す。それを萃香は大事そうに抱えた。
八重歯を見せながら萃香が、無邪気な笑顔を浮かべる。あぁもうかわいいわね!
この笑顔が見れただけで、私には十分だわ。
二人で並んで家へと向かう。
「今日は何してたの?」
「うーん……いつも通りだ、お洗濯も掃除もやっておいたぞ!」
「あら、ホント? ありがとう」
まさか家事を終わらせてくれるとは思わなかったわねぇ。わたしはまた頭を撫でる。
「えへへー」
照れながらも、子供みたいな笑顔を萃香は向けてくれた。
「そういえば、今日慧音と話してたらね?」
「うん?」
「寺子屋に子供が来て、角の生えた巫女に助けてもらったって言うのよ」
「角の生えた巫女? また奇怪な巫女だな!」
「てっきりあなたかと思ったわ」
早苗は角生えてないしね。っていうか角が生えてるのは、萃香か勇儀、あとは満月の時の慧音だけね。
慧音は私と話していたし、勇儀がわざわざ地上に出て、人を助けるとも思えない。だからあとは萃香しかいないんだけど……
「わたしは巫女じゃないし、巫女に見えないだろ?」
「それもそうね、たしかあの子、私と同じ服を着てたって言ってたもの」
「じゃあ、やっぱりわたしじゃないぞ! 誰だろうなぁ」
そう言った萃香はどこか楽しそう。お土産のお酒がよほど嬉しかったのかしら。
「ホント、誰かしらねぇ。でもあの子、すごく嬉しそうで、助けてもらったことを喜んでいたわ。また会いたいなんて言っていたもの」
だからきっと悪い奴じゃないわ。なんとなくそう思う。
「あっはっは、また会いたいかぁ」
萃香が笑う。
「うん、わたしもまた会ってみたいかもしれないな!」
「そうねぇ、私も会ってみたいわ。その角の生えた巫女に」
けど、鬼は嘘つかない
ナチュラルにラブラブな二人がいいですなぁ。萃香可愛い。
次回にも期待です。
嘘は人を不幸にするとか騙すとかいうものでなければいいと思います。
時には馬鹿正直にモノを言うより嘘をついたほうがいいという場合もありますし。
霊夢と生活してるうちに人間っぽい考えになってきたとか思ってみたり。
「最期の一枚を干し終えて、わたしは空を見上げる。」他の洗濯物全部破いちゃったみたい……最後
「ちょっと来てみたいかも……」着てみたい
「すぐに消し粒並みに小さくなった。」ケシ粒・芥子粒
二次だからこそ色々な発想や解釈があってよいと思うのですよ。