「慧音、絶交だ……もう顔も見たくない」
「え……?」
そんな、信じられない言葉を聞いたのは、
一昨日の夜。
満月の夜の、次の日のことだった。
緑一色の、天までそびえ立つような竹林の中で、私は走る。
歴史の改変作業で一日会えなかった。その寂しさを少しでも早く癒す為に。自分勝手な理由で、走り、恋しい姿を探し。
見つけたっ。
緑の竹の中に、はっきり生える赤いもんぺ。
彼女は私の親友の藤原妹紅。
本音を言えば親友以上を望みたいところだが、彼女はどうしてもそれ以上を許してはくれない。彼女の特性上、それは仕方のないこと。深い関係を持つことがどういう結末を生むか。それを考えてしまうんだろう。
だから私もそれ以上は行動に示さない。
本当なら後ろから、忍び寄って。
妹紅の目を塞ぎ、甘い声で呼びかける。そんなことをしてみたい。
でも、私たちはあくまでも、親友なのだ。
それに今日は、謝らなければいけないこともある。だからふざける訳にはいかない。
「こんばんは、妹紅……」
私は妹紅の正面に回ると、いつものように挨拶をする。
そして、妹紅の返事を待たず正直に、頭を下げ謝罪した。
悪気はなかった、妹紅に迷惑をかけるつもりなんてなかったと、私は本音をぶつけ。許して欲しいと彼女に願う。
けれど――
彼女の反応は。
私が期待したものとは正反対だった。
私の襟首を掴み上げ。
歯を食いしばり、瞳に涙をため。
吐き捨てるように……
私を否定した……
<歪んだ『現実』を夢見れば……>
チュンチュンっと。雀が囀りあう音が響く、静かな場所で。
決して落ち着いていられないような状況の客人が訪れた。
「で、絶交だって?」
「……ああ、そうだ。待ってくれ。話を聞いてくれ。そう訴えてはみたが、簡単に振り払われてしまった。私が悪いと自覚はしているんだが……それから何度謝りにいっても受け入れてくれないんだ」
「それで私に相談するってどうなのよ、まあ、お賽銭入れてくれたからいいけど」
日が傾きかけた昼下がり。
博麗の母屋の縁側で、あまりこの場所では見慣れない女性が肩を落としながら腰掛けていた。青く長い髪と整った顔立ち、それよりなにより、頭の上の奇妙な帽子が特徴的な上白沢慧音は、弱々しく体を小さく屈めてしまっている。いつものはっきりとした態度がまるで嘘のように。
「いろいろな妖怪と付き合いのある霊夢なら何か解決策を知っているんじゃないかと思ってね」
「溺れる者は藁をも掴む、いい例ですわね」
慧音の反対側。
霊夢を挟むようにして座っていた紫が、ずずっとお茶を啜りながら横目で二人の様子を見る。すると同じく霊夢も瞳だけを動かして、眉を吊り上げながらお茶をすすった。
「藁にたかりにくる大妖怪がよく言うわね」
「たかりに来ている訳ではありませんわ。私は安定した幻想郷のために、あなたが毎日鍛練をさぼっていないかを見学にね」
「どうせ藍に『ごろごろしてるだけなら掃除の邪魔』とか遠まわしに言われたんでしょう?」
すると、紫はふふんっと鼻を鳴らしながら霊夢の言葉を聞き流し。
もう一度湯飲みに口をつける。
「…………お茶が美味しいわねえ」
「何よ、その間は。ホントにもう、式に見捨てられてもしらないわよ?」
と、そんないつものやり取りを繰り返しながら。
一人寂しくため息を吐き続けている慧音へと向き直った。
「まあ、こんな感じだから。紫みたいな性格してても、あの藍がついてきてくれる。あんまり深く考える必要なんてないんじゃない?」
文句を言いたそうに紫が瞳を細めるが。
今は声を出すべきではないと察したのか、ただ静かに落ち込む慧音の様子を見守る
「いや、紫殿と式たちはどこかしっかりと繋がっているからね。私たちのように、崩れたりはしないさ」
重い、重過ぎる。
ははっ、と気の抜けた笑い声を出すだけで。俯いた顔を上げようとすらしない。あらあら、と、紫は扇子を広げながら微笑を浮かべ。霊夢は空になった湯飲みにお茶を注ぎ込みながら、どうしたものかといったん視線を外し。いつのまにか庭に迷い込んでいた野良猫を見た。
どうやら雀を狙っているようだが、一直線に突撃するものだから簡単に逃げられている。
きっと大人になったばかりの猫なのだろう、力技でどうにかなると突っ込んでは失敗し。それでも突き進む。
それを見て霊夢は、ふむ。と唸る。
「とりあえず、この前の満月に何を失敗したか。私に言ってみなさいよ」
「い、いや、しかしそれは。妹紅に悪い気が……」
「でも、謝るだけじゃ駄目、許してくれないのでしょう?」
「ああ、そのとおりだ……」
「じゃあ、それに至った経緯も全部ひっくるめて打ち明けるしかないじゃない。いい案を思いつきそうな人に」
慧音が少しだけ顔を上げるのを見計らい、霊夢は自分の胸をちょんちょんっと指し。それから少しだけ嫌そうに横の人物を差す。
「ここに相談しに着たんでしょう? 私や、この年長者を頼って。でも今の状態じゃ、助言をするにも情報が足りなさ過ぎるのよ。このままだと失敗するのが確実な案しか思い浮かばないかもしれないし。それに誰にも話せず胸の中にしまっておくのは、凄く辛いでしょう?」
「……それは、そうだが」
腰掛けながら膝の上でぎゅっと、両手を握り締め、何度も何度も。霊夢と、自分の足元に視線を運ぶのを繰り返してから。
「……他言は、しないと誓ってくれるか?」
しっかりと顔上げ、霊夢の目を見る。
それをしっかりと受け止め、霊夢はこくり、と頷いた。
「ええ、さっき入れてくれたお賽銭にかけて、私は意外と義理堅いのよ?」
「恩を弾幕で返すくらいお手の物ですものね」
「紫はすぐ調子に乗るもの、常套手段よ」
そうやって、微笑み合う二人に釣られて。
初めて慧音は微笑んだのだった。
「茶を、貰えないか?」
すっかり覚めたお茶を一気に飲み干し、慧音は湯飲みを霊夢の横に置く。すると霊夢は静かにそれを受け取って、その手の中に返した。
それが、合図となったのだろうか。
慧音は、流れていく白い雲を見上げながら、ぽつり、ぽつり、と話し始める。
「そうだ、それは……満月の夜のことだった……」
慧音は満月の夜の度、つまりおよそ一ヶ月を周期に歴史を司るハクタクへと変わる。
その日も当然ハクタクに変化し、幻想郷の歴史を整理していたのだという。異変や結界の歪みで、少しずれてしまった世界に残る事実。つまり幻想郷の記憶を読み取り、不自然なところを加えたり、不必要なところを削る。
いつもどおりの仕事をしていたのだと、語る。
「ただ……あの日は、歪みがやけに酷くてね、かなり遅くまで掛かってしまった。それを修正して、手書きで書物にまとめるだけでいつもの倍以上掛かった気がするよ」
苦笑して、湯飲みに口をつけ。
『丑三つ時は回っていたかもしれない、よく覚えていないが……』と。おぼろげな記憶を辿り、つぶやいた。その上、仕事が一段落したと思ったら妖怪が人里近くに出たと警鐘が鳴り、それを撃退し戻ってきた、と。
「ふーん、じゃあそれから、三時間ほど経ったら日が昇りそうな感じかしらね?」
「そうも言えないわ。眠気で呆けていたと考えるなら、一時間や二時間のずれなど容易に発生するものよ」
「確かに、紫殿の言うとおり。夢か現か、わからないような状態だった。そんな状態で、いつものことをしてしまった…… 私が悪いんだ……」
いつものこと。
それこそ、が。今回の事件の原因に違いない。
霊夢は紫と視線を合わせて頷き、慧音に話を続けさせた。しかし、さっきあれだけはっきりと気持ちを決めたはずなのに、なかなか語り出そうとせず。
「本当に、本当に、他言しないな?」
また、強い口調で二人に確認を取る。
その答えが肯定しかないことを理解しながら、念を押すように。
もちろん、霊夢と紫は首を横には振らない。
すると、いきなり慧音は体の向きを変え、二人に背中を見せるようにして。ごくごくっとお茶を飲み干し。湯飲みを口に当てたまま、ぼそぼそっと声に出す。頬を朱色に染めながら。
「……実は、歴史の整理がある程度終わった後、そこから妹紅の歴史を抜き出して……」
「ははーん、盗み見してるんだ」
「いやっ! 盗み見では……ない、つもり、なんだ……純粋に気になるというか……」
霊夢に指摘されしどろもどろになり、さらに頬を赤く染め上げる。
飲み終わったはずの湯飲みも口元から外そうとせず、指先をその上で遊ばせていた。さっき中々言葉にできなかったのは、妹紅に対する罪悪感なのだろう。
「やましい気持ちは……ない、と、言い難いのだが……」
人の歴史を個人的に見るというのはよくわからないが。
おそらく、机の上の日記をこっそり見てしまう感覚なんだろう、と直感で理解した霊夢はくすくすっと笑いながらも。首を傾げる。
「確かに、それは怒るかもしれないけど。絶交とか言うかな? まあ、可能性はあるか。まあ、私は見られても、別に気にしないわよ?」
「歴史を創るには、視なければならず、知らなければらない。それは仕方のないこと」
「そういってくれると助かる……しかし……」
「しかし? って、ことは……見るだけじゃないってこと?」
慧音は、霊夢の問いに静かに頷き。
再び霊夢に向き合うように体の向きを変え、つぶやいた。
「ちょっと、消したり、書いたり……」
「……それは、怒るでしょ。いくらなんでも」
「そうね、知らないうちに自分が書き換えられたと知れば、ね」
信じられない行動に霊夢が身を引くが、慧音は慌てて胸の前で腕を振る。
「ち、違う。あることないこと書き込んでいるわけじゃない! 文字の上を擦ったりしているだけだ……歴史が改変される前にすぐ戻しているから……それに、稗田家の書物で正式に書き記されたものは、中途半端に書き換えたとしても世界に否定される」
「現実世界には影響ない範囲ってこと?」
「ああ……、信じてもらえないかもしれないが……その範囲でしかやっていない。その忙しかった日は、ついうっかり、その文字を半分ほど消した状態で居眠りしてしまってね。中途半端な状態だったから自動的に歴史が修正を施してくれたおかげで事なきを得たんだが……」
「ま、今のところは白黒判断できないからね。で、どういう文字を触ってるのよ」
太ももの上に手を乗せ、そこで両手の指を絡ませる。
何度かそれを繰り返し。
この日一番の小さな声で、霊夢に告げた。
霊夢より少し離れていた紫は正確に聞き取ることができなかったが、唇のわずかな動きと深刻な表情で、それを知ることができた。
「蓬莱……や、不老不死……」
霊夢は言うつもりだった。
『どんな文字でも、勝手に触るのは不味いでしょう?』と。
しかし、その単語を聞いた瞬間、唇が止まる。
まるで先生に叱られる子供のように。
悪いとわかっていながらいたずらをしてしまった子供のように。
そうやった、うな垂れ続ける慧音の心が、伝わってしまったから。
だって、霊夢は……
人間だから。
純粋なる妖にとっては……
人間の命など砂時計を見ている程度、その程度の時間でしかない。
キラキラと輝く砂を見ていたら、いつまにか砂の流れが終わってしまう。
ひっくり返すことの出来ない。砂時計。
「我侭だとは、わかっているんだ……」
でも、妹紅と同じ時間を歩みたい、そんな夢を見てしまう、と。
慧音は言う。
稗田家の書物にはもう、妹紅は蓬莱の薬を飲んだ人間と記載されてしまっているから。それを修正するには多くの箇所の整合性を取らなくてはいけない。
しかし、自分の歴史の中に、その言葉を付け加えるだけなら。
そうそう難しいことではない、と。
偶然現存していた薬を飲んだ、と言うことにしてしまえばいい。
そう思ったのだという。
「それでとうとう、我慢できなくなってしまった」
「歴史を変えてみないかと、妹紅に言ったのね? 今までの謝罪と一緒に」
「ああ、そのとおりだ……あんなに怒るなんて、思わなかった……」
妹紅は知っている。
不老不死になるということの重さを。
その辛さを。
だからきっと、歩ませたくなかった。
輪廻から外れ、子供を望むことすらできなくなる。
女性としての喜びを失い。
死ぬことを許されない。
その上、親しき者の死を、いくつも乗り越えねばならない。
そんな道に親友、
いや、それ以上に感じるものを、引き込みたくなかったのではないだろうか。
「もういいわ、霊夢。変わりなさい」
人間として、彼女の心に触れてしまった霊夢にこれ以上負担はかけられないと、紫が隙間を空けて、二人の間に割り込んだ。
「初めに言っておくわね。私が言うことに従わなくてもいい、それはあなたの自由ですもの。それを忘れないでね」
慧音が頷くよりも早く、紫は言葉を続ける。
本当に聞いているだけでいいと言うように。
「私があなたなら、謝らない。謝るということはその事実に何か悔いがあるということですもの。まだ永遠を生きたいと思っている、そう誤解されてしまうかもしれない。だから謝るのではなくて。ありのままで生きるとでも言えばいいのではないかしら?」
「もし……それが……」
「ええ、嘘でも、ね。だって、人間ってそんなに簡単なものじゃないでしょう?」
くすくす、とその場の重い空気をすべて包み込んでしまうような。
余裕と、母性の含まれた微笑み。
「はは、違いない……、目の前の大妖怪でもそうらしいからね」
「あら、言いますわね♪」
冗談を言うようになった慧音を見て、満足そうに息を漏らすと。
隙間を閉じて、元の位置へと戻る。
「いや、しかしお恥ずかしいところをみせてしまったかな。子供の模範となるべき先生が、こうも弱気だとね」
「職業と人格というものは、まったくの別物。だって、ほら、御覧なさい」
紫はすっかり静かになってしまった霊夢の頭をつんつんっと指先で突付き。
「この子が、巫女なのよ?」
「ふむ、それもそうだな」
「……どういうことよ?」
「あら? 反抗的ね? じゃあ質問するけれど。この神社って何のためにある?」
すると、霊夢はまったく悩む素振りすら見せず。
ふふんっと鼻を鳴らしながら胸を張り。
「私が生活するためよ」
紫をびしっと指差し、はっきりと言い切った。
「ぷ、あははっ、あはははっ!」
「あ、慧音! 何がおかしいのよ! 教えなさいよ!」
お名目は神社であるはずなのに。
そこの巫女から……
神、とか、信仰、とか。
そういう言葉が欠片も出てこない。
自分が悩んでいたことが馬鹿らしくなるほどまっすぐな答えに、慧音は思わず笑ってしまっていた。
「……ふん、紫だって、人のこと言えるのかしら? なんでもできるとか言いながら、生活の中で忘れっぽいところがあるんじゃないの? 年齢的に」
「あら、失礼ですわね。私に抜け目などあるはずがないでしょう? あなたじゃあるまいし」
「そうですね……」
さくっと。
何かが上から降ってきて。
紫の前の、庭土に刺さった。
それはよく紫が弾幕に利用するクナイ。
それに触れることが出来る人物で――
「紫様は、すべて惚れ惚れすぐ手際で。手本として叱るべきものですが……」
この、聞き覚えのある声の持ち主と言えば、誰か。
そんなのはわかりきっている。
八雲一家の家事、雑務、結界管理一般業務代理役の。
「紫様は、サボリ癖あるだけですものねぇ……はは、はははははっ」
ごごごごご、と。
何か背中に黒い炎を背負いながら、空中で笑う、八雲藍。
しかし口元はヒクヒクっと引きつっており。
その細められた瞳は、霊夢の横の一転を睨みつけているようにも見える。
しかし、凝視されている当の本人は、扇子を口に当て。
「……はて?」
その一言だけつぶやいていた。
しかし、藍はそんな仕草を見て、さらに尻尾の毛を逆立てた。
「……とぼけても駄目ですよ。今日と言う今日は申し上げさせていただきます……『私が結界の管理全部やっとくから、藍は家の掃除全部ね』などと言い。昼までゴロゴロ……、昼食後にやっと結界の管理に行ったのかと思えば、今日もさぼって、霊夢とお茶とは……さすが紫様。結構なご身分であらせられる」
「結界の管理……? あ、そうそう! もちろんやるわよ! 私が本気を出せばすぐ終わるから別にサボっているわけではないのよ?」
「もう、やっておきました」
「あら……?」
「そしたら、綻びかけが三箇所もあり、応急処置だけしておきましたので」
「あらあら……?」
「修復はしておりません、だって。とても優秀な紫様のお仕事をすべて奪うなど、式ごときができるはずがありませんし」
にっこり、と。藍が笑い。
はははっ、と紫が乾いた笑い声を上げる。
ただ藍が背負う暗黒のオーラはどんどん大きさを増しているように見えて。
「ああ、そうそう。今日はかなり早めに夕飯を済ませましたから、橙と一緒に。い・ち・お・う・紫様の分も用意してありますので……」
「あ、そ、そう? いつも悪いわね、ありが――」
「お一人で寂しく、冷えた料理をお召し上がりくださいネ♪」
ぺこり、と。軽く頭を下げて。
空の彼方へと消えていく。
まだ茜色にさえ染まっていない。そんな空へ向けて。
「え? ら、らぁぁぁぁぁん! ちょ、ちょっとぉ!」
引きとめようと叫んでも、引き返す素振りすら見せなかった。
そして藍が消えた後。
ぽんっと、紫の肩に手が置かれる。
鬼の首を取ったような表情の、霊夢の手が。
「うわー、すごいなー、抜け目ない大妖怪さん、憧れるなぁ」
「……今日は、偶々。偶然でしかありませんもの」
「うむ、やはり、そんなに簡単なものではなさそうだな。こういうものを個性と言うのだろうか」
「追い討ちはお断りしております」
扇子で目以外を覆い隠し、ばつが悪そうにこほんっと咳払い。
そして、ふむ、っと小さく唸りながら霊夢に身を寄せる。
「それで、なのだけれど……霊夢? あなた今日の夕食は一人で食べる予定なのかしら?」
「ええ、そうね。たまに暇な酒好きの鬼や、従者つきの吸血鬼がやってくるけど」
「でしたら、今日だけは私と一緒に夕食を取ることを許して差し上げます」
「……冷えたご飯を一人で食べたくないだけでしょう?」
「……何を馬鹿な、この私がそのような生娘のようなことを言うはずがないでしょう? あなたが夜に一人で箸を運ぶ映像がとても寂しそうだから、仕方なく。という私の配慮がわからないのかしら? 信仰のない神社の巫女はどうしてこう想像力が欠落しているのか」
「あ、そうなんだ、平気なんだ」
「当然です」
「じゃあ、今夜神社に結界張るから入ってこないでね♪」
「れ、霊夢ぅ!」
最後には負けて、『一緒に、食べましょう、ね、ねぇ♪』と。
霊夢の体を揺らしながら訴える紫。
その姿には大妖怪の威厳などまったく存在せず。
本当にありのままに接しているように思えた。
人間として。
妖怪として。
この一瞬一瞬を楽しみ尽くしているような。
そんな二人。
「ありがとう、二人とも。少し、気が楽になった。今日の礼は何がいいかな?」
「そうね、新茶が手に入ったらそれを持ってきてくれるだけでいいわ」
「私もそれで、どうせここで飲みますし」
「だから、なんで神社にたかるのよあなたは、妖怪でしょう?」
「人から変わっているとよく言われますわ」
「ええ、ホントにね。物好きなんだから」
慧音に手を振った後、見詰め合う。
そんな、二人を名残惜しそうに一度だけ振り返って。
まっすぐ、竹林へと向かったのだった。
もう一度、あの人と二人で笑い合えるように、と。
茜色の空に浮かんだ、一番星に願いをかけながら。
「え……?」
そんな、信じられない言葉を聞いたのは、
一昨日の夜。
満月の夜の、次の日のことだった。
緑一色の、天までそびえ立つような竹林の中で、私は走る。
歴史の改変作業で一日会えなかった。その寂しさを少しでも早く癒す為に。自分勝手な理由で、走り、恋しい姿を探し。
見つけたっ。
緑の竹の中に、はっきり生える赤いもんぺ。
彼女は私の親友の藤原妹紅。
本音を言えば親友以上を望みたいところだが、彼女はどうしてもそれ以上を許してはくれない。彼女の特性上、それは仕方のないこと。深い関係を持つことがどういう結末を生むか。それを考えてしまうんだろう。
だから私もそれ以上は行動に示さない。
本当なら後ろから、忍び寄って。
妹紅の目を塞ぎ、甘い声で呼びかける。そんなことをしてみたい。
でも、私たちはあくまでも、親友なのだ。
それに今日は、謝らなければいけないこともある。だからふざける訳にはいかない。
「こんばんは、妹紅……」
私は妹紅の正面に回ると、いつものように挨拶をする。
そして、妹紅の返事を待たず正直に、頭を下げ謝罪した。
悪気はなかった、妹紅に迷惑をかけるつもりなんてなかったと、私は本音をぶつけ。許して欲しいと彼女に願う。
けれど――
彼女の反応は。
私が期待したものとは正反対だった。
私の襟首を掴み上げ。
歯を食いしばり、瞳に涙をため。
吐き捨てるように……
私を否定した……
<歪んだ『現実』を夢見れば……>
チュンチュンっと。雀が囀りあう音が響く、静かな場所で。
決して落ち着いていられないような状況の客人が訪れた。
「で、絶交だって?」
「……ああ、そうだ。待ってくれ。話を聞いてくれ。そう訴えてはみたが、簡単に振り払われてしまった。私が悪いと自覚はしているんだが……それから何度謝りにいっても受け入れてくれないんだ」
「それで私に相談するってどうなのよ、まあ、お賽銭入れてくれたからいいけど」
日が傾きかけた昼下がり。
博麗の母屋の縁側で、あまりこの場所では見慣れない女性が肩を落としながら腰掛けていた。青く長い髪と整った顔立ち、それよりなにより、頭の上の奇妙な帽子が特徴的な上白沢慧音は、弱々しく体を小さく屈めてしまっている。いつものはっきりとした態度がまるで嘘のように。
「いろいろな妖怪と付き合いのある霊夢なら何か解決策を知っているんじゃないかと思ってね」
「溺れる者は藁をも掴む、いい例ですわね」
慧音の反対側。
霊夢を挟むようにして座っていた紫が、ずずっとお茶を啜りながら横目で二人の様子を見る。すると同じく霊夢も瞳だけを動かして、眉を吊り上げながらお茶をすすった。
「藁にたかりにくる大妖怪がよく言うわね」
「たかりに来ている訳ではありませんわ。私は安定した幻想郷のために、あなたが毎日鍛練をさぼっていないかを見学にね」
「どうせ藍に『ごろごろしてるだけなら掃除の邪魔』とか遠まわしに言われたんでしょう?」
すると、紫はふふんっと鼻を鳴らしながら霊夢の言葉を聞き流し。
もう一度湯飲みに口をつける。
「…………お茶が美味しいわねえ」
「何よ、その間は。ホントにもう、式に見捨てられてもしらないわよ?」
と、そんないつものやり取りを繰り返しながら。
一人寂しくため息を吐き続けている慧音へと向き直った。
「まあ、こんな感じだから。紫みたいな性格してても、あの藍がついてきてくれる。あんまり深く考える必要なんてないんじゃない?」
文句を言いたそうに紫が瞳を細めるが。
今は声を出すべきではないと察したのか、ただ静かに落ち込む慧音の様子を見守る
「いや、紫殿と式たちはどこかしっかりと繋がっているからね。私たちのように、崩れたりはしないさ」
重い、重過ぎる。
ははっ、と気の抜けた笑い声を出すだけで。俯いた顔を上げようとすらしない。あらあら、と、紫は扇子を広げながら微笑を浮かべ。霊夢は空になった湯飲みにお茶を注ぎ込みながら、どうしたものかといったん視線を外し。いつのまにか庭に迷い込んでいた野良猫を見た。
どうやら雀を狙っているようだが、一直線に突撃するものだから簡単に逃げられている。
きっと大人になったばかりの猫なのだろう、力技でどうにかなると突っ込んでは失敗し。それでも突き進む。
それを見て霊夢は、ふむ。と唸る。
「とりあえず、この前の満月に何を失敗したか。私に言ってみなさいよ」
「い、いや、しかしそれは。妹紅に悪い気が……」
「でも、謝るだけじゃ駄目、許してくれないのでしょう?」
「ああ、そのとおりだ……」
「じゃあ、それに至った経緯も全部ひっくるめて打ち明けるしかないじゃない。いい案を思いつきそうな人に」
慧音が少しだけ顔を上げるのを見計らい、霊夢は自分の胸をちょんちょんっと指し。それから少しだけ嫌そうに横の人物を差す。
「ここに相談しに着たんでしょう? 私や、この年長者を頼って。でも今の状態じゃ、助言をするにも情報が足りなさ過ぎるのよ。このままだと失敗するのが確実な案しか思い浮かばないかもしれないし。それに誰にも話せず胸の中にしまっておくのは、凄く辛いでしょう?」
「……それは、そうだが」
腰掛けながら膝の上でぎゅっと、両手を握り締め、何度も何度も。霊夢と、自分の足元に視線を運ぶのを繰り返してから。
「……他言は、しないと誓ってくれるか?」
しっかりと顔上げ、霊夢の目を見る。
それをしっかりと受け止め、霊夢はこくり、と頷いた。
「ええ、さっき入れてくれたお賽銭にかけて、私は意外と義理堅いのよ?」
「恩を弾幕で返すくらいお手の物ですものね」
「紫はすぐ調子に乗るもの、常套手段よ」
そうやって、微笑み合う二人に釣られて。
初めて慧音は微笑んだのだった。
「茶を、貰えないか?」
すっかり覚めたお茶を一気に飲み干し、慧音は湯飲みを霊夢の横に置く。すると霊夢は静かにそれを受け取って、その手の中に返した。
それが、合図となったのだろうか。
慧音は、流れていく白い雲を見上げながら、ぽつり、ぽつり、と話し始める。
「そうだ、それは……満月の夜のことだった……」
慧音は満月の夜の度、つまりおよそ一ヶ月を周期に歴史を司るハクタクへと変わる。
その日も当然ハクタクに変化し、幻想郷の歴史を整理していたのだという。異変や結界の歪みで、少しずれてしまった世界に残る事実。つまり幻想郷の記憶を読み取り、不自然なところを加えたり、不必要なところを削る。
いつもどおりの仕事をしていたのだと、語る。
「ただ……あの日は、歪みがやけに酷くてね、かなり遅くまで掛かってしまった。それを修正して、手書きで書物にまとめるだけでいつもの倍以上掛かった気がするよ」
苦笑して、湯飲みに口をつけ。
『丑三つ時は回っていたかもしれない、よく覚えていないが……』と。おぼろげな記憶を辿り、つぶやいた。その上、仕事が一段落したと思ったら妖怪が人里近くに出たと警鐘が鳴り、それを撃退し戻ってきた、と。
「ふーん、じゃあそれから、三時間ほど経ったら日が昇りそうな感じかしらね?」
「そうも言えないわ。眠気で呆けていたと考えるなら、一時間や二時間のずれなど容易に発生するものよ」
「確かに、紫殿の言うとおり。夢か現か、わからないような状態だった。そんな状態で、いつものことをしてしまった…… 私が悪いんだ……」
いつものこと。
それこそ、が。今回の事件の原因に違いない。
霊夢は紫と視線を合わせて頷き、慧音に話を続けさせた。しかし、さっきあれだけはっきりと気持ちを決めたはずなのに、なかなか語り出そうとせず。
「本当に、本当に、他言しないな?」
また、強い口調で二人に確認を取る。
その答えが肯定しかないことを理解しながら、念を押すように。
もちろん、霊夢と紫は首を横には振らない。
すると、いきなり慧音は体の向きを変え、二人に背中を見せるようにして。ごくごくっとお茶を飲み干し。湯飲みを口に当てたまま、ぼそぼそっと声に出す。頬を朱色に染めながら。
「……実は、歴史の整理がある程度終わった後、そこから妹紅の歴史を抜き出して……」
「ははーん、盗み見してるんだ」
「いやっ! 盗み見では……ない、つもり、なんだ……純粋に気になるというか……」
霊夢に指摘されしどろもどろになり、さらに頬を赤く染め上げる。
飲み終わったはずの湯飲みも口元から外そうとせず、指先をその上で遊ばせていた。さっき中々言葉にできなかったのは、妹紅に対する罪悪感なのだろう。
「やましい気持ちは……ない、と、言い難いのだが……」
人の歴史を個人的に見るというのはよくわからないが。
おそらく、机の上の日記をこっそり見てしまう感覚なんだろう、と直感で理解した霊夢はくすくすっと笑いながらも。首を傾げる。
「確かに、それは怒るかもしれないけど。絶交とか言うかな? まあ、可能性はあるか。まあ、私は見られても、別に気にしないわよ?」
「歴史を創るには、視なければならず、知らなければらない。それは仕方のないこと」
「そういってくれると助かる……しかし……」
「しかし? って、ことは……見るだけじゃないってこと?」
慧音は、霊夢の問いに静かに頷き。
再び霊夢に向き合うように体の向きを変え、つぶやいた。
「ちょっと、消したり、書いたり……」
「……それは、怒るでしょ。いくらなんでも」
「そうね、知らないうちに自分が書き換えられたと知れば、ね」
信じられない行動に霊夢が身を引くが、慧音は慌てて胸の前で腕を振る。
「ち、違う。あることないこと書き込んでいるわけじゃない! 文字の上を擦ったりしているだけだ……歴史が改変される前にすぐ戻しているから……それに、稗田家の書物で正式に書き記されたものは、中途半端に書き換えたとしても世界に否定される」
「現実世界には影響ない範囲ってこと?」
「ああ……、信じてもらえないかもしれないが……その範囲でしかやっていない。その忙しかった日は、ついうっかり、その文字を半分ほど消した状態で居眠りしてしまってね。中途半端な状態だったから自動的に歴史が修正を施してくれたおかげで事なきを得たんだが……」
「ま、今のところは白黒判断できないからね。で、どういう文字を触ってるのよ」
太ももの上に手を乗せ、そこで両手の指を絡ませる。
何度かそれを繰り返し。
この日一番の小さな声で、霊夢に告げた。
霊夢より少し離れていた紫は正確に聞き取ることができなかったが、唇のわずかな動きと深刻な表情で、それを知ることができた。
「蓬莱……や、不老不死……」
霊夢は言うつもりだった。
『どんな文字でも、勝手に触るのは不味いでしょう?』と。
しかし、その単語を聞いた瞬間、唇が止まる。
まるで先生に叱られる子供のように。
悪いとわかっていながらいたずらをしてしまった子供のように。
そうやった、うな垂れ続ける慧音の心が、伝わってしまったから。
だって、霊夢は……
人間だから。
純粋なる妖にとっては……
人間の命など砂時計を見ている程度、その程度の時間でしかない。
キラキラと輝く砂を見ていたら、いつまにか砂の流れが終わってしまう。
ひっくり返すことの出来ない。砂時計。
「我侭だとは、わかっているんだ……」
でも、妹紅と同じ時間を歩みたい、そんな夢を見てしまう、と。
慧音は言う。
稗田家の書物にはもう、妹紅は蓬莱の薬を飲んだ人間と記載されてしまっているから。それを修正するには多くの箇所の整合性を取らなくてはいけない。
しかし、自分の歴史の中に、その言葉を付け加えるだけなら。
そうそう難しいことではない、と。
偶然現存していた薬を飲んだ、と言うことにしてしまえばいい。
そう思ったのだという。
「それでとうとう、我慢できなくなってしまった」
「歴史を変えてみないかと、妹紅に言ったのね? 今までの謝罪と一緒に」
「ああ、そのとおりだ……あんなに怒るなんて、思わなかった……」
妹紅は知っている。
不老不死になるということの重さを。
その辛さを。
だからきっと、歩ませたくなかった。
輪廻から外れ、子供を望むことすらできなくなる。
女性としての喜びを失い。
死ぬことを許されない。
その上、親しき者の死を、いくつも乗り越えねばならない。
そんな道に親友、
いや、それ以上に感じるものを、引き込みたくなかったのではないだろうか。
「もういいわ、霊夢。変わりなさい」
人間として、彼女の心に触れてしまった霊夢にこれ以上負担はかけられないと、紫が隙間を空けて、二人の間に割り込んだ。
「初めに言っておくわね。私が言うことに従わなくてもいい、それはあなたの自由ですもの。それを忘れないでね」
慧音が頷くよりも早く、紫は言葉を続ける。
本当に聞いているだけでいいと言うように。
「私があなたなら、謝らない。謝るということはその事実に何か悔いがあるということですもの。まだ永遠を生きたいと思っている、そう誤解されてしまうかもしれない。だから謝るのではなくて。ありのままで生きるとでも言えばいいのではないかしら?」
「もし……それが……」
「ええ、嘘でも、ね。だって、人間ってそんなに簡単なものじゃないでしょう?」
くすくす、とその場の重い空気をすべて包み込んでしまうような。
余裕と、母性の含まれた微笑み。
「はは、違いない……、目の前の大妖怪でもそうらしいからね」
「あら、言いますわね♪」
冗談を言うようになった慧音を見て、満足そうに息を漏らすと。
隙間を閉じて、元の位置へと戻る。
「いや、しかしお恥ずかしいところをみせてしまったかな。子供の模範となるべき先生が、こうも弱気だとね」
「職業と人格というものは、まったくの別物。だって、ほら、御覧なさい」
紫はすっかり静かになってしまった霊夢の頭をつんつんっと指先で突付き。
「この子が、巫女なのよ?」
「ふむ、それもそうだな」
「……どういうことよ?」
「あら? 反抗的ね? じゃあ質問するけれど。この神社って何のためにある?」
すると、霊夢はまったく悩む素振りすら見せず。
ふふんっと鼻を鳴らしながら胸を張り。
「私が生活するためよ」
紫をびしっと指差し、はっきりと言い切った。
「ぷ、あははっ、あはははっ!」
「あ、慧音! 何がおかしいのよ! 教えなさいよ!」
お名目は神社であるはずなのに。
そこの巫女から……
神、とか、信仰、とか。
そういう言葉が欠片も出てこない。
自分が悩んでいたことが馬鹿らしくなるほどまっすぐな答えに、慧音は思わず笑ってしまっていた。
「……ふん、紫だって、人のこと言えるのかしら? なんでもできるとか言いながら、生活の中で忘れっぽいところがあるんじゃないの? 年齢的に」
「あら、失礼ですわね。私に抜け目などあるはずがないでしょう? あなたじゃあるまいし」
「そうですね……」
さくっと。
何かが上から降ってきて。
紫の前の、庭土に刺さった。
それはよく紫が弾幕に利用するクナイ。
それに触れることが出来る人物で――
「紫様は、すべて惚れ惚れすぐ手際で。手本として叱るべきものですが……」
この、聞き覚えのある声の持ち主と言えば、誰か。
そんなのはわかりきっている。
八雲一家の家事、雑務、結界管理一般業務代理役の。
「紫様は、サボリ癖あるだけですものねぇ……はは、はははははっ」
ごごごごご、と。
何か背中に黒い炎を背負いながら、空中で笑う、八雲藍。
しかし口元はヒクヒクっと引きつっており。
その細められた瞳は、霊夢の横の一転を睨みつけているようにも見える。
しかし、凝視されている当の本人は、扇子を口に当て。
「……はて?」
その一言だけつぶやいていた。
しかし、藍はそんな仕草を見て、さらに尻尾の毛を逆立てた。
「……とぼけても駄目ですよ。今日と言う今日は申し上げさせていただきます……『私が結界の管理全部やっとくから、藍は家の掃除全部ね』などと言い。昼までゴロゴロ……、昼食後にやっと結界の管理に行ったのかと思えば、今日もさぼって、霊夢とお茶とは……さすが紫様。結構なご身分であらせられる」
「結界の管理……? あ、そうそう! もちろんやるわよ! 私が本気を出せばすぐ終わるから別にサボっているわけではないのよ?」
「もう、やっておきました」
「あら……?」
「そしたら、綻びかけが三箇所もあり、応急処置だけしておきましたので」
「あらあら……?」
「修復はしておりません、だって。とても優秀な紫様のお仕事をすべて奪うなど、式ごときができるはずがありませんし」
にっこり、と。藍が笑い。
はははっ、と紫が乾いた笑い声を上げる。
ただ藍が背負う暗黒のオーラはどんどん大きさを増しているように見えて。
「ああ、そうそう。今日はかなり早めに夕飯を済ませましたから、橙と一緒に。い・ち・お・う・紫様の分も用意してありますので……」
「あ、そ、そう? いつも悪いわね、ありが――」
「お一人で寂しく、冷えた料理をお召し上がりくださいネ♪」
ぺこり、と。軽く頭を下げて。
空の彼方へと消えていく。
まだ茜色にさえ染まっていない。そんな空へ向けて。
「え? ら、らぁぁぁぁぁん! ちょ、ちょっとぉ!」
引きとめようと叫んでも、引き返す素振りすら見せなかった。
そして藍が消えた後。
ぽんっと、紫の肩に手が置かれる。
鬼の首を取ったような表情の、霊夢の手が。
「うわー、すごいなー、抜け目ない大妖怪さん、憧れるなぁ」
「……今日は、偶々。偶然でしかありませんもの」
「うむ、やはり、そんなに簡単なものではなさそうだな。こういうものを個性と言うのだろうか」
「追い討ちはお断りしております」
扇子で目以外を覆い隠し、ばつが悪そうにこほんっと咳払い。
そして、ふむ、っと小さく唸りながら霊夢に身を寄せる。
「それで、なのだけれど……霊夢? あなた今日の夕食は一人で食べる予定なのかしら?」
「ええ、そうね。たまに暇な酒好きの鬼や、従者つきの吸血鬼がやってくるけど」
「でしたら、今日だけは私と一緒に夕食を取ることを許して差し上げます」
「……冷えたご飯を一人で食べたくないだけでしょう?」
「……何を馬鹿な、この私がそのような生娘のようなことを言うはずがないでしょう? あなたが夜に一人で箸を運ぶ映像がとても寂しそうだから、仕方なく。という私の配慮がわからないのかしら? 信仰のない神社の巫女はどうしてこう想像力が欠落しているのか」
「あ、そうなんだ、平気なんだ」
「当然です」
「じゃあ、今夜神社に結界張るから入ってこないでね♪」
「れ、霊夢ぅ!」
最後には負けて、『一緒に、食べましょう、ね、ねぇ♪』と。
霊夢の体を揺らしながら訴える紫。
その姿には大妖怪の威厳などまったく存在せず。
本当にありのままに接しているように思えた。
人間として。
妖怪として。
この一瞬一瞬を楽しみ尽くしているような。
そんな二人。
「ありがとう、二人とも。少し、気が楽になった。今日の礼は何がいいかな?」
「そうね、新茶が手に入ったらそれを持ってきてくれるだけでいいわ」
「私もそれで、どうせここで飲みますし」
「だから、なんで神社にたかるのよあなたは、妖怪でしょう?」
「人から変わっているとよく言われますわ」
「ええ、ホントにね。物好きなんだから」
慧音に手を振った後、見詰め合う。
そんな、二人を名残惜しそうに一度だけ振り返って。
まっすぐ、竹林へと向かったのだった。
もう一度、あの人と二人で笑い合えるように、と。
茜色の空に浮かんだ、一番星に願いをかけながら。
人間、というより「半獣らしい」と思いました。
何というか。こんなのも、アリですな。
そしたらね、うん、僕の心が薄汚かっただけだったんだよね。
だが俺は謝らない!俺はそのオチを期待したことに悔いなどないからだ。だって人間だもの!(ナンカチガウ
そんなもん感動のフィナーレで終わりに決まっておろう
つまり慧音の思惑通りにネチョ突入ww
なにはともわれGJ