※この作品は、今作品集の『大地に咲いた喧嘩華、ふたつ -上- -下-』と時系列が繋がって
ますが、まぁそれ読んでなくても全然問題なかったりします。あれ長いし。
「早苗ー、飯飯っ。飯食うぞー!」
風呂から上がって全身をさっぱりさせた、守矢神社上殿に祀られる神様、『洩矢 諏訪子』。
威厳もへったくれもないロリボイスで食卓に向かう。
と、どうしたことだろう。寝巻き姿の風祝、『東風谷 早苗』はその入り口で、まるで中に
入る事をためらうかのように立ち尽くしている。
「んぉー? どしたん早苗?」
「……あ、す、諏訪子様」
振り返るその顔には得も知れぬ不安感が漂っていた。それを不審に思う諏訪子。その理由が
あるとするなら、と一つの事に思い当たった。
「神奈子が、何かしでかしたのか」
神奈子、その名こそ守矢の神社下殿におわす神『八坂 神奈子』。乾、つまり空と大気を
司る、この幻想郷でも上から数えたほうが早い強さのとんでもない神様である。そのとんでもない
神様が何をしでかしたというのか。
普段は二柱の神に仕える風祝、つまり早苗が神社でおさんどん一切を任されているのだが、
今日に限って神奈子が炊事場に立っていた。理由は簡単、早苗が風邪で寝込んでいたからで
ある。諏訪子はその間早苗の為に花を見繕いに出てそこでまたなんやかやあったのだがそれは
おいておくとして、さて、神奈子が厨房に立つのがそんなに不穏なのか。
神奈子の得意料理といえば粥、というか粥以外はできないと諏訪子の記憶が確かなら、である。
それ以外をアーレキュイジーヌしていた覚えがない。が、まぁ、粥に関しては神徳極まって非常に
旨い。鉄人級であるのも確かだった。早苗も風邪引いて寝込んだことだし粥を用意している
のは間違いないはずであった。
しかし早苗のこの表情、である。ここであれこれ思案するより、中を覗いたほうが早いと、
早苗の横から食卓に入った。
「あっ、諏訪子。ようやく帰ってきたのかい? 寄り道するなって言ったろう?」
あなた誰のおっ母さんですか、ってな具合に諏訪子に眉をひそめて、割烹着姿の神奈子は
異常に似合いすぎていた。
「へへ、ごめんごめん。でもちゃあんと花は見繕ってきたからさ。早苗も喜んでたよ」
頭を掻きながらそう釈明する諏訪子。いつもの遊び癖が出たのを今更とやかく言っても
仕方ないと、神奈子もそれ以上は深く追求しない。それを分かって、諏訪子も話を切り上げ
食事にするかと食卓へと目を上げた。
「さ、ご飯にしようやご飯に! どーせ粥しかないのは分かって……、え。お、ん、はぁ?」
そこで目にしたもの、それは。
「何よ、諏訪子」
「え、いや、なによもてるよも。え、アレ……なに?」
視線の先、理解しがたい何かが食卓に”そびえて”いる。
「早苗!」
「はっ、はいっ!」
いまだ入り口で立ち往生していた風祝に声を投げかける諏訪子。
「アレ、何?」
「……神奈子様が仰るには、”豚バラ肉と南瓜の柔らか煮”ということです」
どこか棒読み気味な言葉が返ってきた。しかし諏訪子はそれに納得することなく、神たる
威厳を込めてもう一度。
「早苗。私は早苗にアレが何であるかを問うたぞ」
「はっ。……私はアレを”アンノウンX”と名付けました」
「アンノウンX。ふむ、グッドネーミングだ、早苗」
「畏れ入ります」
恭しく頭を下げる早苗。まさに神とそれを祀るものの作る荘厳な空気がそこに存在した。
「うおおおおおい!?」
そしてその空気をぶち壊したのもまた神であった。手ずから作った料理を正体不明扱い
されればいかな八坂の神だってつっこむ。だが、諏訪子と早苗は怪訝な目を向けた。
「ちょ、黙って聞いてりゃ私の料理を」
「アレ、が、料理、か?」
わざわざ一言一言区切って神奈子に不満を示唆する諏訪子。睨みつける先にあるもの、
それは果たして”豚バラ肉と南瓜の柔らか煮”であろうか。
その色鉄の如くして鈍き光沢を放ち、崩れた瓦礫の如くうず高く大皿に積まれている。時折
溶岩が爆ぜるときのような軋んだ音がそれから発せられていた。天辺から一つ、暗黒を煮詰めた
ような塊が転がり落ちる。がきん、どすん、がろん……。異常に硬質的な音が響いた。これを
”豚バラ肉と南瓜の柔らか煮”と言っていいのであろうか。
「……アンノウンXだな」
「はい」
「だからあああ! って言うか諏訪子はともかく早苗!」
祀るべき八坂の大神の言葉に、早苗は視線を逸らした。もう、神の声は人の子に届かないのか。
神の声にもフィルタリング機能がついたということなのだろう。確かに食卓にあるそれは、
お子様の教育にいい影響は与えそうにない。
「あ、あのねぇ。そりゃぁ確かに見てくれはちょいとばかり悪いかもしれないさ。だけどねぇ、
味はねぇ、その、食べたら、美味しいかもしれないじゃぁない!」
「じゃ神奈子、アレ、味見したのか。あのアンノウンXを」
「え……」
「味見してないんだな」
「え、ちょ」
「してないんだな」
「いやまぁその」
「してないんだな」
祟り神としてのドス黒いオーラを漂わせつつ神奈子に詰め寄る諏訪子。一切退く様子を見せない
その姿は、かつて諏訪で戦ったとき以上に恐ろしげに映る。神奈子もその迫力に思わず小さく
頷いた。味見していないこと、確定。
「よし、早苗! 粥だけ食うぞ!」
「あ、は、はい!」
がっくりと失意体前屈でうなだれる神奈子。そこに早苗が、
「あ、あの。神奈子様。落ち込まないでください。誰だって時に間違いを犯す事はあります。
でも神奈子様なら、次こそは必ず成功すると、私は信じています」
優しい声で慰めた。おお、と涙ながらに愛しい風祝を見上げる神奈子。
「あ、でも私もアレを見ながら食事すると風邪がぶり返しそうになるんで自室でお粥だけ
いただきますね」
「あ、早苗、私も付き合うぞ」
「はい諏訪子様、いいですよー」
喜びの感情への梯子がかけられたので昇りだしたらそれごと蹴り倒された、神奈子はもう
立ち直ることができそうにない。失意体前屈どころかうつ伏せになって、今にも地面に
沈み込みそうだがそこは諏訪子の領分。蹴り出されるのがオチだろう。
「うう……。酷い」
「でさー、落ち込んでるとこ悪いんだけどカナちゃん」
「誰がカナちゃんよ!」
「あんた」
「うぐ」
粥を確保しながら諏訪子が神奈子をカナちゃん呼ばわりしながら見下ろす。首だけ向けて
神奈子がもう残りカスほどしかない誇りのためか、虚勢をこめて睨み返す。
「で、カナちゃんはそこで粥を食べたら、アレ、アンノウンXをどうにかして処分してきなさい」
「処分て!」
「他にどう言えと。地面に埋めるとか言うのは無しだよ。私が守る大地を荒らさないでおくれ」
「荒らすて!」
「それじゃ、食べ終わったら食器は返すから。あと、カナちゃんもう絶対粥以外作るな。マジで。
ホント。頼むから。……それじゃ、早苗行こうかー!」
「はーい!」
もはや全ての誇りも何もかも失い、えぐえぐと泣きじゃくる八坂の大神を尻目に、祀る民と、
終生のライバルは仲良く食卓を離れていった。
「なによなによなによ、ちょっと失敗した位であんなに言うことないじゃないのよ……」
そう涙交じりに呟きながら間欠泉地下センターへの通路をゆっくりと飛行しながら降りていく
神奈子。……その手には皿ごとアンノウンXが抱えられていた。仕事に失敗して上司に責められた
サラリーマンが愚痴るような姿だが、果たして神奈子に不備はなかったのであろうか。
あの日、このアンノウンXが産まれた日、当然神奈子は意気込んで厨房に立ったのである。
塩と水と米、それとちょっとの小豆さえあれば、それらを釜に放り込み神徳を叩き込むだけで
神の粥の出来上がりである。超美味い。しかし、粥だけでは「また粥か」と諏訪子に言われるのは
明白。
そこで神奈子は賭けに出た。諏訪子が帰ってくる前にいまだ作らぬ美味い料理を完成させて
「神奈子(様)凄い♪」ってふたりに言わせることに生死を賭したのだ。いや、そこまでは
してないか。
そして用意した大量の南瓜と豚バラ肉。もちろん守矢神社の貯金を早苗に黙って崩して買って
きたものである。かたわらには”カリスマ調理師 紅野レミのお料理うっ☆うー☆うまうま”とか
いう謎めいた料理指南本が広げられていた。
外の世界の流行演歌を鼻歌に、厨房に並べるのは醤油に味醂に塩に砂糖に酢に味噌に味の素に
オリーブオイルにケチャップにマヨネーズにオイスターソースにウスターソースに焼肉のタレに
コチュジャンに甜麺醤にバルサミコ酢にワインビネガーにニョクマムにラー油にドレッシング
各種にデスソース、明らかに料理素人があるもの全部引っ張り出してきた感じだ。
「何よりこれがなくちゃぁ、ね」
そんなことを言いつつ意気揚々と最後に置いたのは料理酒、のつもりであろうか。まごう事なき
大吟醸である。封を開ければ芳しい香りが一気に広がる。
「むむ。じゃぁとりあえず、景気づけ、と言うことで」
誰に断ったのか知らないが洗い場に伏せてあった湯飲みを持ってきてそこに酒を注ぐ神奈子。
口をつけて呷り、
「……ぷっはーっ! 旨いっ! いやぁいい酒だねぇ!!」
と、これである。一流のシェフにはなれそうにないが一流のキッチンドランカーにはもうなってる。
むしろ神様やってるより似合ってるのは何故であろうか。と、そこに。
「どうもー、清く正しくついでにお酒が大好きな射命丸文です」
勝手口から知った声。酒の匂いに釣られてやって来たのかブン屋天狗が明るい顔をして立って
いた。神奈子は意外とこのかしましい天狗を嫌いではない。同じく風と酒を愛するもの同士気が
合うのだろうか。
「や、よく来た。今日は何用だい?」
扉を開けて話をし始める。
「えーと、神奈子さんが珍しく里でお買い物をしてらっしゃいましたから何事かと思って。割烹着
姿お似合いですね。えいっ」
断りも何もなく手にしたカメラのシャッターを押す。ぶしつけもいいとこだが神奈子は気に
しない。小さな事にこだわらないのが偉大なる神と言うものである、多分。
「ちょいと早苗が風邪で寝込んじゃってね。それで私が飯を炊くってごらんの有様さ」
「はぁ。って早苗さんが風邪ですか。かぜはふりがかぜひき」
「お、うまいこと言うねぇ。ま、暇なら一杯くらい付き合っていくかい?」
「もちろん!」
勧められた酒を断る天狗はそうはいない。中でも文は酒豪の上に酒好きである。さっきから
鼻先に感じる芳醇な香りは神奈子が用意しているものが超一品であることを知らしめている。
神奈子の招きに応じて厨房に上がりこみ、湯飲みになみなみと酒を注がれれば一気に喉に
落とし込む。
「旨いっ!!」
「そうだろうそうだろう、ささ、もう一杯」
すでに神奈子はこの酒を楽しむことしか頭にないようだ。料理など酒盛りしたあとでちゃちゃっと
作ればいいなどと考えている。文にしてみればただ酒貰えるチャンスを、早苗さんは放っといて
いいんですか、などと不粋な質問で潰すつもりもない。しばらく肉も南瓜もそのままに酒盛りで
ある。
それから日本酒の瓶が数本転がってようやく文が早苗を思い出した。
「ところで神奈子さん、早苗さんの具合はどうなんですか?」
「んぁー。おぉ、すっかり忘れてた。まぁ今は寝てるから良くなるとは思うけど」
酷い神様もあったものである。忘れられたから幻想郷に来るはめになったのだからせめて身近な
ものの存在を忘れるのはやめていただきたいところだ。そんな能天気な神奈子の言葉と裏腹に、
文はふむ、と一思案。同じく風を使うもので、方向性はともかくがむしゃらに一生懸命な風祝も
文は嫌いではない。このままにしておくのもかわいそうかな、と思いやおら立ち上がる。
「神奈子さん、ちょっとだけ席を外しますけどいいですか?」
「ん? どうしたの」
炙りイカを咥えながら神奈子。
「はい、私も少しは早苗さんが心配ですしちょっと薬でも持ってこようかと。せっかくこんなお酒も
いただきましたしね」
「お、そうかい。悪いねぇ」
あんまり悪いと思ってなさそうな雰囲気で文を見送る神奈子。風を一つ巻き起こし、一瞬にして
遠くの空に影と消える文。祀る神よりよっぽど友人思いの天狗であった。
さて、この段で少しくらい料理を始めればいいのに神奈子は、
「ふむ……次は何を飲もうか。ちょいと趣向を変えて焼酎でも開けるかね。それはそれとして
つまみだつまみ」
などとごそごそやりだした。外の世界でも希少であった美味なる芋焼酎と、幻想郷に来る前に
買い溜めていた赤貝の缶詰を引っ張り出して、さぁ開けるぞう、とにこやかに思ったその時!
「ただいま戻りましたよ!」
「早っ」
幻想郷最速は伊達ではない。その手に薬を……持ってなかった。代わりに。
「うえ……早い……目が回る」
「おやこの子は兎の薬売り」
永遠亭で一手に苦労人役を引き受ける月よりの兎、『鈴仙・優曇華院・イナバ』、通称
うどんげを抱えて連れてきたようだ。
「どうせ風邪薬くらい持ってるはずですし、いいかなって」
「いいんじゃないの」
「よ、よくない……」
地面にへたり込んだまま鈴仙が抗議する。そんな彼女に目もくれず天狗と神は焼酎で乾杯を
始めた。やいのやいのとまた雑談を始める二人の側で荒げた息を何とか整え、状況に対して
ツッコミを入れようとする鈴仙。もうそこらへんは反射的な行動に近い。
「ちょ、私をこんなとこに連れてき……」
「それはいいからまず駆けつけ三杯だ飲め飲め」
その言葉が終わる前にその手に湯飲みを掴まされなみなみと焼酎を注がれる。せめてもの
救いはストレートでなくロックだったことだろうか。一瞬抗議をしようと顔を上げるが、天狗と
八坂の神という幻想郷でもトップクラスの実力者が有無を言わせない笑顔を向けている。つい
言葉を呑み込む鈴仙。目上の者に対し弱い悲しい性格である。こうなったらどちらにしろ
湯飲みを空にしないと話もできそうにない。しばし、湯飲みに注がれた甘い香りの酒を眺めて
一つ唾を飲み込み、ままよとばかりに焼酎を呷る。
「あれ、おいしーい!」
「だろう?」
「でしょ?」
永遠亭でも酒盛りをすることがあるし、博麗神社での酒盛りは恒例のイベントである。ところが
そのどちらでも口にしたことのないような美味い酒は、さしもの鈴仙にも驚きの声を上げさせる
に十分であった。勿論、外の世界の酒、鈴仙が口に出来ようはずもないのだが。
「さて、どうだい? もう一杯いっとくかい」
「え、あぁー。仕事中なんですけどね……。なんか断るのも悪いですしね……」
状況と酒の美味さに流されて、酒盛りの人数が3と増えた。
「でっすからねぇ、ほーんと、うちのしっしょーわぁ」
「うんうん、そりゃぁかわいそうだ」
「永遠亭の実情が今暴かれてますね! ドキドキします。あ、もう一杯どうぞ」
鈴仙はふたりほど酒に強くはない。つまり(それでも人間より相当強いのだが幻想郷の平均と
比べると)あっという間に酔いが回った。酒を口に流し込む度、それと同じかそれの数倍の
愚痴がぼろぼろとこぼれ出る。神奈子は神様として威厳たっぷりに、その実適当に聞き手に
回り、文は美味しいネタをつまみにしつつ鈴仙に酌をする。もし新聞に掲載されれば、鈴仙の
明日はないかもしれない。
文花帖が永遠亭の暗部で埋まる頃には、鈴仙もしとどに酔っ払い呂律も相当に怪しくなって
いた。さすがにちょっとまずいかな、と神奈子と文は目配せする。
「あぐぅー。て、てゐのばっきゃろぅぃ。なんれわたしをあそこまれ標的にするろよぅ。あと
なんれそんらに可愛いんらよぅ。もう、おそっちゃうろー」
ぐらんぐらん頭をさせながらちょいと倫理的に問題のある発言をする鈴仙に神奈子が問う。
「な、鈴仙。ところで風邪薬をひとつ売って欲しいんだが」
「しっしょーの薬とかマジあぶねっからやめたほうがいいっす!!」
薬売りとしての鈴仙が崩壊していた。
「や、そういうわけには……」
「そーれすかぁ? しょーがらいっすねぇ、げーぷ。ちょっと待ってくらさいーね~ぇ~うふふーん♪」
普段溜めた鬱屈を全部吐き出したせいか異常にハイテンションな鈴仙。危なっかしさは
炸裂しそうなほどではあるが、薬箱から取り出した袋にはきちんと風邪薬の文字があった。
ほっとする神奈子。
「それじゃぁこれですねぇ。お大事にー」
ぺこーんと頭を下げればへたれ耳が地面にまで着く。が、それではいけない。
「いや、鈴仙。お代を払わせておくれよ」
「あ、わっすれーてーたー。あははー」
もう相当に意識が怪しい鈴仙の手に少しばかり多目に思えるお金を握らせる神奈子。
「落としちゃダメだよ。……あぁ、あとこれも持って帰りなさい。亭の人にいい薬をありがとう
って山の神が言ってたって伝えるがいいさ」
神奈子が土産に一升瓶を抱えさせる。それもまた外の世界でしか手に入らない特上物の酒で
ある。このまま酔っ払って帰したらきっと酷い目に会うんだろうな、と思った神奈子。彼女の
師匠、『八意 永琳』の怒りが少しは和らぐだろうか、という優しさである。
「りょーかい、っす!」
ビシィ! と敬礼してケラケラと笑う鈴仙。多分神奈子の計らいの意味には気付いてない
らしい。と、文が神奈子に向き直る。
「あのままじゃ鈴仙は永遠亭に帰り着けそうもないですね。私が送っていきます。もう時間も
時間ですし、私もそのままおいとましましょう」
「そうかい? 悪いね」
「いえいえ、タダでこんな美味しいお酒を沢山いただきましたし、美味しいネタも……」
「ネタ?」
「ああいえ、なんでもありません。それでは神奈子さん、また」
「あぁ」
手を振る神奈子の前で、文が鈴仙を来た時のように引っつかみ一瞬で暮れなずみ始めた
空へと消え去った。この後の鈴仙の行方は、陽として知れない。ただ後日、守矢神社に
永遠亭から「お酒、大変おいしゅうございました。皆でいただきました」と手紙があったので、
まぁ、うん、その”皆”に鈴仙も入ってると信じよう。
さて、それはさておきひとりになった神奈子。少しばかり寂しい気分で湯飲みの中の
酒を呷る。ふっ、と視線を厨房に戻して、そこで気付いた。
「しまった! 酒を……一割くらい浪費したかな」
それじゃない。しかしまだ神奈子は気付かない。憂鬱そうな溜息をついて重い腰を上げ
とんとんと肩を叩き腰をこきこきと鳴らし、あぁ、神様家業も大変だなと我々に教えた後
なんとなしに流し場に視線をやった。
「あ」
そこには存在を忘れ去られた南瓜と豚バラ肉が、おい、今頃気付くとかマジありえねぇ、と
いった感じに鎮座していた。南瓜はまだいい、だが、肉は肉だ。今が涼しい時期だったから
良かったようなもののそれでも少しばかりいたんでいる。
焦る神奈子、額と言うか全身から尋常でない量の汗がにじみ出てきた。このままではまずい。
料理をしようとしたら酒盛りになって忘れてた、それは間違いなく諏訪子にはバカにされる
だろう。それどころかきっと早苗にも呆れられる。とはいえ今から悠長に煮物など出来ようか。
間に合わないことは火を見るよりも明らか。千年以上を生きた神たるものとしての頭脳をフル
回転させて、解決策を考える。
「そ、そうか!」
何か閃いたようだ。
「粥だって特定の材料を神徳パワーでうりゃーってやったら出来るんじゃないか! この作ろうと
してた、ええとなんだっけ、豚バラ肉と南瓜の柔らか煮だってそうすれば楽勝じゃない!」
もしそうだったら神奈子の神徳は電子レンジ以上の使い勝手の良さである。一家に一台
八坂神奈子、だ。活路を見出した、と本人だけは思っている神奈子、中華鍋を一握り、そこに
適当極まる大きさに切り刻んだ南瓜と豚バラ肉を放り込む。そしてさしたる吟味もせず掴んだ
端から調味料をその上からぶっかけ……おい、今デスソース投入したぞ。……ともかく、
中華鍋向けて掌をかざす。
「万物の豊穣を支える我が乾の力よ! この鍋に、奇跡を起こせ!!」
ごう、と巻き起こる空色の霊力。それが一気に鍋の中に注がれた。
これが、アンノウンXの誕生秘話である。なんかもう、不備しかなかった。
「だいたい早苗も早苗で一口くらい食べても罰は……っと、もう着いたか」
口にすること自体が罰ゲームの世界である。間違った愚痴を漏らしているうちに最深部まで
到達していたようだ。そこでうにゅうにゅと仕事をする影一つ。神奈子目的の相手である。
「やぁ地底の鴉、ちゃんと仕事してるかい?」
「あ、山の神さまだ! ちょりーっすぅ!」
威厳たっぷり、偉そうに声をかけたらバイトちゃんみたいな返しをされて盛大にずっこける
神奈子。その反動でアンノウンXのかけらが二、三、散らばった。環境破壊反対。
「ちょ……霊烏路空、その挨拶は誰が教えた」
名を呼ばれた核の力を呑み込んだ地獄鴉、霊烏路 空はあっけらかんとした笑顔。
「巫女」
「……どの色の」
巫女の区別はそうやってつけろと教えたのは神奈子。
「緑!」
「早苗ェ……」
頭を抱える神奈子。さすがにこれに関してはいつか言おうと心に決めたが、今日の目的を
悟られるのもまずいとは思っている。何しろ今から神奈子は、この何も知らないお空の力を
使ってアンノウンXを無へと帰そうとしているのだから。
「と、ともかく空。その挨拶はやめておきなさい」
「はい、わかりました。ところで山の神さま、今日は何の御用事でしょうか? 炉心は今日も
賑やかに水素達が燃えております。何も異常はございません」
「うむ」
どこぞの氷精並みにおつむが空っぽな雰囲気を見せる一方、主の『古明地 さとり』から
躾けられているせいかきちんとした応対も出来るお空ではある。何より難しいことを考えない
からその分仕事は一途で真面目。神奈子はそういう部分を信頼していた。
「お前に一つ頼みたいことがあってね」
「はい」
「これ」
皿に乗ったアンノウンXを地面に置く。物珍しそうにそれを眺めるお空。
「なんですか、これ?」
「……っぐ、これは……お、お前がこれが何かを知る必要はない」
「……はい」
しゅん、と落ち込むお空を見てすっごい心が痛む神奈子。別にお空は当然の疑問を口に
しただけで、神奈子が答えないのはプライドの問題だけであったからだ。”豚バラ肉と
南瓜の柔らか煮”とは言えない代物であることは自覚しているし、”アンノウンX”と言っても
伝わるわけがない。だが、こんな煩悶も今日をこの日に終わると、神奈子は己に言い聞かせて
心の平穏を保つ。
「霊烏路空、お前の核の力でこれを消し炭に、いや、それすら残らぬほどに消し飛ばして欲しい。
出来るか?」
荘厳さで狼狽を隠しつつ、お空に言い放つ神奈子。それを受けたお空は落ち込むのをやめて、
にやりと自信満々の笑みを浮かべた。
「この力、貴女から頂いたものです。この力が史上最高の物だと貴女が一番よく分かっているはず。
ではやりましょう。貴女の望みどおりに、これ……”なんだかよくわからないもの”を一瞬で
分子にまで打ち砕いてご覧にいれましょう」
「う、うむ」
第三の名称”なんだかよくわからないもの”に多少心を打ち砕かれつつ頷く神奈子。
「さ! 神さまは後ろに下がってください……! さぁ、行くぞぅ。エネルギー充てーん!!」
お空の下に莫大、膨大、それですら言葉として物足りないほどの霊力が集まっていく。自ら
与えた力とはいえ、少しだけ圧倒される神奈子。お空と八咫烏との相性は殊の外良かったようだ。
「きたきたきたきたーっ! よおおおし! スペルカードセット! スタンバーイ! コール、
爆符”ぺタフレア”ァァァァァッッッ!!」
なんだか明らかに玩具を手に入れた子どものように、しかし子どもが絶対扱っちゃいけない
力をスペルカードとしてぶっ放したお空。眼前のアンノウンXを核の炎があっという間に
呑み込み、暴力的な熱と破壊力が辺り一帯を蹂躙する。
「よし、どうだぁ!」
十を数えるほどの時間を過ぎて、お空が構えた制御棒を降ろした。目も眩む光も肌を焦がす
熱も巻き起こる風も収まって、お空と神奈子は。
「え!?」
「何ぃ!?」
そこには、なにワレメンチきっとんねん見せもんちゃうぞコラ、とばかりにアンノウンXが
鎮座していた。
「わ、わー! 核の炎に負けないなんて! あれすごい! すごいよ神さま!!」
「え、いや、ちょ」
なんだか喜ぶお空と対照的に唖然呆然、意気消沈の神奈子。どういうことだか、お空の核の
炎を直撃されてもアンノウンXは平然と存在していた。
「神さま見て見て! なんか青く光ってる!! ちょー綺麗! ちょーかっこいー!」
それはチェレンコフ光ではないのか。核の力持つお空と神である神奈子だからいいが、ちょっと
その光を他の人に見せたりしてはいけない。アンノウンX、堂々のパワーアップである。
はしゃぎまわるお空の背中の向こうで、神奈子は、
「どうしたら、いいの……」
ばたりと倒れ伏し滂沱の涙を流しはじめた。
アンノウンX、いやアンノウンEXは神をも凌ぐものとして、これからも幻想郷に存在して
いくのだろう。アンノウンEXと幻想郷の未来に幸あれ!!
外の世界でしか手に入らない、でしょうか
それはそれとして
ダメだコレ……早く何とかしないと……
病人の、それも大切な風祝に、病み上がり状態に豚バラ煮込みですか……
うむ、早苗さん!!もう今度から食事作るときは
諏訪子様との二人分だけでいいね!!wwwww
誤字とかもうほんとすいません! 蹴っていいですよ。
ここまでつぼに入ったのも今まで無かったわwww
あとデスソース、…いったい神社の御神体様は巫女をどうしたかったんだろうか。
…アンノウンXどんな味だろう…(ボソッ
だがその前に腹ごしらえだ。腹が減っては戦は出来ぬとな。ほれ、ちょうどここに謎の物体EXがある。こいつを食べれば元気百……
私はずわいがに。多分四人目だ。