Coolier - 新生・東方創想話

春の嵐

2010/04/08 11:23:41
最終更新
サイズ
9.84KB
ページ数
1
閲覧数
850
評価数
8/23
POINT
1300
Rate
11.04

分類タグ

 紅美鈴は悩んでいた。
 原因は数週間前に遡る。

 その日美鈴は図書館にいた。
 彼女の本領は弾幕勝負より肉弾戦である。しかしだからといって、毎回魔理沙のマスタースパークの前にあえなく散ってもいいという理由にはならない。なんとか自分の得意分野を生かしつつ、弾幕勝負でも強くなれはしないだろうか。そのことを研究する為に、美鈴は足しげく図書館に通っていた。
 図書館には主がいる。パチュリー・ノーレッジ、紫色の脳細胞を持つ魔女である。一つ屋根の下に住む者同士、仲は決して悪くない。だから美鈴はその日も、本を借りるついでに世間話に興じたのだ。

「パチュリー様も偶には外出してはどうでしょう、春の日差しって本当気持ちいいんですよー、私なんてさっきもつい春の陽気にやられてうとうとしていたら、咲夜さんのナイフが頭に刺さってましてねえへへ」

 するとそれまで本にかぶりつきだったパチュリーが、ふと視線を上げた。

「……美鈴。あなた確か前回ここに来た時も、咲夜の料理が美味しかったみたいな話をしてたわね。その前も前の前も前の前の前も、あなた咲夜の話ばかりしてたわ」
「えぇ、そうですか? まあ仕事上一緒になることは多いですけど」
「いいえ、それ以上よ。あなたは口を開けば咲夜の事ばかり。今だから言うけどね、それは――――

 ずばり、恋よ」



 あれから美鈴は、気づけばその件について思案を巡らせるようになっていた。

 私は咲夜さんに恋をしているのだろうか。確かに仲は悪くないと思う。怒っている時の彼女は怖いが、一緒にいて愉しいし、笑顔は可愛いし、料理は美味しい。こうしてみると本当に非の打ちどころのない人だと思う、きっとどこかに嫁いでも可愛い奥さんになるんだろうなぁ……あれ、でもそうしたら紅魔館やめちゃうんじゃ? うわぁそれは嫌だ、咲夜さんがいなくなったら紅魔館きっと回らなくなるし、もう一緒に飲みにもいけないし、それどころか喋ったり姿を見たりもできなくなるんだ……あ、そうだ紅魔館の人と結婚すれば咲夜さんずっと紅魔館にいてくれるんじゃ? うわぁ、それってナイスアイデア。でもお嬢様とは主と従者だし、妹様は……仲は良いみたいだけど万が一妹様が咲夜さんをぎゅーってしたらウッカリ壊しちゃうんじゃ? パチュリー様とはあんまり合わなさそうだし、こあちゃんはパチュリー様の使い魔だし……ってことは私? うわ、わ、そんな、私なんかが咲夜さんと……いやでもいざとなったらやっぱり腹括って指環持って迎えに行くしか……

「隊長」
「うわひゃ、あ、はい?」
「? 交代の時間ですよ」
「あ、はい。ありがとうございますー」

 美鈴が館へと去った後。後続で門の前に立った門番隊の隊員は、ふと地面に書かれた短文を見つめて首を傾げた。

「『咲夜さん ああ咲夜さん 咲夜さん』。…………なんだコレ」

 美鈴、心の俳句だった。




   ***




 十六夜咲夜は悩んでいた。
 原因は数日前に遡る。

 その時咲夜は図書館にいた。
 図書館には簡易ながら給湯室があり、他者とは生活のリズムを異にする(というかリズムなど存在しない)主の為に小悪魔が紅茶を淹れるのに使用されている。そこの買い置きの茶葉がなくなったので買ってきてくれと、買い出しついでに頼まれたのだ。
 悪魔の一とはいえ主に甲斐甲斐しく仕える小悪魔とは、同じく主を持つ者同士、咲夜と普通に仲が良い。茶葉を渡すついでに世間話に花が咲く。

「はい、小悪魔。言っていた茶葉よ」
「ありがとうございます! パチュリー様が、読書中の紅茶はこれでないとって仰るから……」
「そうそう、お嬢様もよく仰るわ。今日は晴れているからダージリンにしろとか、気分が優れないからアールグレイがいいとか」

 するとそれまで本に集中していたパチュリーが、ふと視線を上げた。

「咲夜、毎日毎日レミィの面倒ばかり見て大変ね。私ならとっくに投げ出しているわ」
「ふふ、確かに毎日我儘ばかり仰いますが、お嬢様は私の恩人。それに慣れてくると、お嬢様の我儘も可愛らしく思えてくるものですわ」
「可愛らしく。ええそうでしょうね、でも私にはその感情は持ち得ないわ。咲夜、あなたがレミィを可愛らしいと感じるのはね、それは――――

 ずばり、恋よ」



 咲夜はここ数日間、その件について思いを巡らせていた。

 私がお嬢様に、恋を? 確かに素晴らしい方、尊敬できるお方だとは思っているけれど、恋愛感情とは違う気がする。良く分らないけれど――いいえ、それこそまさかよ。従者とは主に、誠に澄んだ忠誠を誓う者。一片の疑りを抱くこともなく、ただ言われた事に是と応え従う者。恋愛感情などという濁った感情などもっての他、それでは完全で瀟洒なメイドの名が廃る。お嬢様、ああお嬢様、お嬢様。……語彙も捻りもないわね。

「……でも待って」

 咲夜はふと冷静になった。

 もしやもやし、間違えた、パチュリー様は勘違いをなさっているのではないだろうか。彼女はお嬢様に対し、私が持つような感情は持てないと仰った。それは彼女とお嬢様が御友人だからではないだろうか? どんなにお嬢様が素晴らしい方でもパチュリー様から見れば一友人。数少ない、お嬢様と同じ位置に立つ方。
 ならばパチュリー様がお嬢様に抱かれる感情こそ少数派の筈だ。殆どの人間もしくは人間以外は私と同じ感情を持つ筈。それを恋愛感情と呼ぶならば、世界中の人がお嬢様に恋をしていることになる。

 世界がお嬢様に抱かれる感情 = お嬢様への恋心 = お嬢様は世界の恋人

「…………! 世界の真理が見えたわ」

 ちっとも冷静ではなかった。




   ***




 レミリア・スカーレットは悩んでいた。
 原因は数時間前に遡る。

 その時レミリアは図書館にいた。
 連日続く悪天候(快晴)によりやる事は全てやり尽くしたレミリアは、ぶっちゃけ暇を持て余していた。
 咲夜にセクハラはし尽くした。魔理沙をけしかけて美鈴をバラバラにもしてみた。妹とリアル鬼ごっこにも興じた。
 けれども彼女は退屈だった。咲夜は幼少時よりし続けられたセクシャルハラスメントにすっかり耐性がついてしまった。こういうのは嫌がってくれないと面白くないのだ。先日など尻の間に手を突っ込んだら、笑顔で挟まれて危うく手首がもげるところだった。恐るべし咲夜の尻力。
 美鈴はバラバラにしてもすぐ元通りになるので面白くない。妹とのリアル鬼ごっこはこっちがバラバラにされるので面白くない。
 止む方無し。レミリアは久しぶりに地下へと足を運んだ。三カ月ぶりの友人との感動の御対面である。

「来たわよパチェ。何か面白くて暇が潰れるような本は無いかしら?」
「ご挨拶ね、親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのかしら。あと面白い本ならそこら中にあるわよ、っていうか面白くない本なんてないわ。ここにある如何なる本も、レミィに嘗てない力を与えるの。学術書ならば知識を、ファンタジーなら想像力を、ミステリやサスペンスなら思考能力を、SFなら……」
「ああ、もういいわ。とにかく何か面白そうな本を適当に見繕って頂戴。あとは……子供が普通にやる遊びについて書かれている本、なんてのもあるかしら?」
「子供が普通に? なぁに、それは?」
「フランよ。あの子ったらリアル鬼ごっこと称して私をバラバラにしたり、リアル親指隠しとか言って本当に私の親指を知らない間に切り取ってどこかに隠すんだから」
「それで辟易して普通の遊びを、ってことね。なんだかんだで面倒見の良いお姉さん、いやそれ以上かしら」
「それ以上って、どういうこと?」
「あら、うふ。五百年以上生きている大吸血鬼様は予想がつくんじゃないかしら。貴女がフランに抱いている想い、それはね――――

 ずばり、恋よ」



 レミリアは図書館を辞して後も、その件について考えていた。

 フランに恋? いやまさか、フランは実の妹だ。ちょっと情緒不安定で姉を凌ぐ能力を持っているが、良く笑い良く泣き良く怒る可愛い可愛い妹だ。恋なんてしている訳が無い。けれどパチェは「普通そんなに頻繁にバラバラにされたら、実の姉でも愛想を尽かすわよ」と言われた。自分にはそんなことは全然ない。何度バラバラにされても、フランなら許せる。これが恋なのだろうか?
 フラン。私の妹。目に入れても痛くない、可愛い可愛い妹。私の妹がこんなに可愛い筈がない。フランちゃんウフフ。

 フランドールの事で頭が一杯のレミリアは、折角パチュリーが勧めてくれた本も上の空だ。表紙から一ページも進んでいない。
 ふと、その表紙が目に入った。

『UMA、その謎と秘境に迫る!』


U うちの妹
M マジで
A 愛くるしい

 フランの……秘境!?

 常であれば「ちょっと無理があるかな」で無かった事にしてしまうような思考の果てに、レミリアはガタンと音を立てて立ち上がった。その眼には決意の炎が宿っており、もし今この場に某人がいたならば彼女の決意をこう読み取ったろう。

 フランの秘境を明かすのは、この私よ!

 そのままレミリアはその翼を広げ、後ろを顧みる事無く部屋を飛び出した。
 強風に煽られ、『UMA、その謎と秘境に迫る!』の頁が捲れる。


“第一章・吸血鬼は実在するのか!? ドラキュラ伯爵の謎に迫る!”




   ***




 フランドール・スカーレットは悩んでいた。
 原因は数分前に遡る。

 その時フランドールは図書館にいた。
 彼女も姉と同様、暇を持て余していた。地下には一日に一度美鈴が遊びに、三度咲夜が食事を持ってきてくれるが、二人とも最近はなんだかぼんやりとしていて一緒にいても楽しくない。
 だからフランドールはパチュリーを訪ねてみる事にした。何か面白い話が聞けないかな、ということである。

「そう、美鈴も咲夜もなんだかぼんやりしているの」
「うん……もしかして何か悩みがあるのかなぁ? 何だか元気ないみたい。お姉さまが遊んでくれたんだけど、一昨日はリアル鬼ごっこしてたら遊べなくなっちゃった」
「レミィもそう言ってたわね」
「うん、だから昨日は反省して、リアル親指隠しにしたんだよ。でもこれもお姉さまはお気に召さなかったみたい」
「親指は意外と大事だものね。親指が無いと、本の頁を捲るのにも苦労するわ」
「そっかぁ、親指って大切なんだね。じゃあ今度は小指隠しにしようかな」
「レミィや美鈴にはしてもいいけど、咲夜や魔理沙にしては駄目よ」
「わかってる、人間は生えてくるのにすごく時間かかるもんね、咲夜も魔理沙も大事にしないと。あーあ、でも魔理沙遊びに来ないかな。退屈で退屈で死んじゃうよぅ」
「あら、妹様は魔理沙がお気に入りなの?」
「うん、だって魔理沙すごく面白いよ! 弾幕はパワーだぜ! って! 私魔理沙好きぃ!」
「ふふ、そう。妹様、その気持ちはね――――

 ずばり、恋よ」



 しかしフランドールはパチュリーに言われた事はあまり気にしていなかった。
 ふぅん、これが恋心かぁ、と幼心に思っただけである。パチュリーの所から借りた本にはもっとドキドキして苦しくなるって書いてあったけど、全然そんなことはないんだな、魔理沙逢いたいなぁ遊びに来ないかなぁ、それより今日のおやつはなんだろう、と数秒後には違う事を考える程に気にしていなかった。
 それよりもフランドールには困っている事が合った。

「フウゥゥゥラアァァァンンンンン!」
「うわお姉さまキモい」
「あぁっフランの言葉のレーヴァテインが私に突き刺さる! でもそれを差し引いてもフラン可愛いわ! 私はフランに恋をする! 私は妹に恋をするぅ!」
「お姉さま、今日はリアル隠れん坊にしましょう。見つかったらひき肉ね」

 フランはまた一つ大人の階段を上った。




   ***




「ああやっと静かになった。これで漸く読書に集中できるわ」
「ふふ、お疲れ様ですパチュリー様。紅茶が入りましたよ」
「ありがとう、こあ。……そういえばあなたからは、あんまり他の人の名前が出ないわね」
「ええ、だって私は」

 ずっとパチュリー様に恋をしていますから。
「でさー、その時アリスのやつ、あの人形を使って私に……」
「魔理沙、それはずばり恋よ」
「な、なんだってー!?」



懲りずに二度目まして。
前回があまりにもアレだったので切ない片思い系の話にしてみました。書いてる途中で何度か胸が潰れそうに…
あと実は私は自覚無くパチュリー様が大好きなのではないかと思った。
あぜ道
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.610簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
>魔理沙をけしかけて美鈴をバラバラにもしてみた

        パンパーン
    _, ,_ ∩
 ( ‘д‘)彡☆))Д´) >>レミリア
   ⊂彡☆))Д´)  >>魔理沙
7.80名前が無い程度の能力削除
>>2
許してあげて! きっとレミリアにも魔理沙にも悪気はないのよ!
だってほら、美鈴があまりにも不死身すぎるから。
13.80名前が無い程度の能力削除
>>切ない片思い系の話
ドタバタらぶこめでぃの未来しか見えないのは気のせいだろうか。
15.80名前が無い程度の能力削除
パチュリー様ww取り返しのつかないようなことで遊ぶなw
17.100名前が無い程度の能力削除
パッチェさん、恐ろしい娘!!
19.90名前が無い程度の能力削除
恋に恋する少女達はノセられやすいんですね。
断言しすぎなパチュリーも信じる住人もちょっと待てw
20.80ずわいがに削除
なんという誘導ww策士過ぎるwww
21.100名前が無い程度の能力削除
最後の小悪魔にやられた!きゅんとした!