幻想郷SELFISH
幻想郷には多くの特殊な能力を持った者たちが住んでいる。
空が飛べる者、魔法が使える者、時間が操れるもの、不老不死の者・・・
時に彼女たちは、主に自分自身の目的のためにその力を使う。
それがどんな影響を及ぼすのかなど、さして気にも留めずに・・・。
Part.1
妖怪や妖精など、人外の者も多く住んでいる幻想郷ではあるが、
ほとんどは思い思いに、能天気に暮らしている。
なぜなら、彼女たちの寿命は人間より遥かに長く、常に暇を持て余しているからだ。
あまりに長い時間と雄大な自然の中で暮らしていれば、
生活パターンが段々スローになるのも、納得のいく話だろう。
この法則は、幻想郷では概ね正しい。
妖怪の山に住む妖怪たちを除いては。
この山の住人たちは、常に何かに向かってせっせと行動している。
ある者は山に入ってくる侵入者を日々厳重に警戒し、
ある者は幻想郷の出来事を調べ上げて新聞にし、
中には人間の厄を常に吸い取っている神までいる。
そんな中、彼女たちと同じように暮らしている河童がいる。
河童は優秀な種族だ。水の中では魚よりも素早く動き、
手先が器用であるため機械などを作る技術に長け、
妖怪の山の技術の発展と治安の維持に大きく貢献している。
河童が生み出した最先端の技術があるから、他の妖怪たちは迂闊に山に手が出せないのだ。
これは妖怪の山の住人たちにとってかけがえのない重要な事実である。
中でも、特に優秀な河童がいる。
幻想郷で最も多くの技術を生み出し、一目置かれている彼女の名前は「河城にとり」。
かわいらしい少女の出で立ちとは裏腹に、幻想郷で機械に対する知識は一番であると
誰もが認めるほどだ。
一瞬にして自分の姿を消してみせたり、背中のリュックから伸びた機械の腕を
命令もせずに自由に動かしてみせたりする。
幻想郷のみならず、外の世界を探しても彼女以上の技術者は居ないだろう。
彼女の作業場は、山から湧き出る川の源泉の麓にある。
実は彼女にはもうひとつ特殊な能力がある。
それは「水を操る能力」である。
作業場が川の近くにあるのは彼女が河童だから、というだけではなく
その能力に因るところが大きい。
普通、機械の整備には油が必要であるが、彼女には水があれば十分なのだ。
水を自在に操る能力と呼ばれるのは、そこから由来している。
逆に言えば彼女が機械を整備する際には、水は絶対条件だ。
Part.2
いつの間にか季節は夏に近づいており、日照りの日々が続いていた。
そんな中、今日も彼女は自分の作業場にやってきた。
半年以上かけて組み上げてきた新型のアイテムが完成間近なのだ。
最後に課題も残されていたが、それさえクリアできれば、完成なのだ。
これが完成すれば、妖怪の山はさらに発展する。彼女の心は弾んでいた。
しかし、作業場の近くまで来たところで、彼女の表情がわずかに濁った。
気分が弾んでいたせいで気がつかなかったが、いつもと何かが違う。
何だろう。
音だ。
いつもより静かだ。静か過ぎる・・・。
その原因はいとも簡単に見つかった。
足りなかったのは川のせせらぎだった。
いつも彼女が整備をしながら長い時間聞き続けてきたせせらぎ。
昨日も変わらずに美しい音を立てていたはずだ。
せせらぎが無い、それはつまり水が無いということ。
仕事場の横から、肝心な水が忽然と姿を消していた。
今まで当たり前のように沸き続けていた水が、彼女の仕事に必要不可欠な水が、
どこにもない。
―――彼女が愛用のリュックサックを背負って作業場から飛び出してくるまでに
さして時間はかからなかった。
Part.3
山の中はすでに大騒ぎとなっていた。
川の水はにとりだけでなく、他の山の住人にとっても必要不可欠なものであるため、
そうなるのも当然だろう。
水が湧き出ているのは唯一その川だけであり、その水が無くなったとあれば
生活できなくなるだけでなく、山全体の植物や動物にも影響するだろう。
事態は深刻だった。
山の中で最も大きな勢力を誇る天狗と河童たちは、
どこかに水をせき止めている物があるのではないかと考え、
それを探索しているようだった。
しかし、にとりの勘は違っていた。
山から、川の存在自体がなくなっている。そう感じていた。
大きな水の流れがあれば、彼女の能力で察知することができるからだ。
それが正しければ、今回の異変は決して小さな妖精が悪戯でできるような事ではなく、
特殊な能力者が、何らかの目的で川を消したと考えるほうが幻想郷では自然だろう。
天狗と河童たちは山の中の捜索を続けるつもりだろう。
もしかすると、それでは手遅れになってしまうかもしれない。
そう考えたにとりは、小さくため息をついて洋服の胸元にある小さなボタンを押した。
すると、音も無く少女の姿は消え、数分後には山から里へ下りていく足跡だけが残された。
この装置の充電が切れる前に異変が解決できれば良いのだけれど。
Part.4
にとりの調査は思うように進まなかった。
彼女は非常にシャイであり、自分から誰かに話しかけることができないのだ。
(これは、にとりに限らず河童の特徴でもあるのだが)
ただし、わかったこともいくつかあった。
どうやら全く水が湧かなくなったのは妖怪の山だけだということ。
普段なら異変の解決をする巫女や魔法使いも、全く動く気配はなさそうだということ。
むしろ今回は妖怪のみが困っているのだから、妖怪退治を専門にしている
彼女たちにとっては好都合な異変だろうから、当然だろう。
ただし、巫女や魔法使いには川を瞬間的に消して見せるような力は無いので、
犯人でもないだろう。
方々探し回ってみたものの、結局それ以上のことはわからず、
犯人の手がかりになるような情報は得られなかった。
そもそも、他には何の異変も無いのだ。不気味なほどに。
妖怪の山の川だけが忽然と姿を消し、周囲の妖怪だけが首をかしげているのだ。
なぜ、これほどまでに異変の箇所が絞られているのか?
川だけを狙ったのには何か意味があるのだろうか?
悪戯にしても、それほどの力を持った者ならもっと別の事もできただろう。
妖怪の山に攻撃を仕掛けて、もしばれたとすれば、ただでは済まない。
天狗と河童と山に住む神々の連合軍の総攻撃を受けるのだから。
そのリスクを犯してまで妖怪の山にちょっかいを出す理由は何なのか?
そこまで考えたところで、にとりは一度妖怪の山に引き返すことにした。
日差しが強い。このままでは機械も壊れてしまいそうだ。
手土産に里の水でも持ち帰れば、きっとみんなも喜ぶだろう。
Part.5
にとりは、背中のリュックから全自動で動く数本のアームを伸ばし、
驚異的なスピードで近くの木を切り出して数個の木箱を作った。
コレに水を入れて持ち帰ればいい。
手際よく近くの川から水を集めて、妖怪の山を目指した。
水の重さでアームが大きくしなった。少し重過ぎるかもしれない。
壊れてしまう前に早く帰ろう。
機械の修理は今あまりしたくない。
山の麓まできたところで、彼女はある変化に気がついた。
木箱が異常に軽いのだ。
里の川にいたときは、大きくしなっていたアームが、今は軽々と動いている。
驚いて木箱の中を見てみると、満タンに入れたはずの水がなくなっていた。
木箱から水漏れした形跡は無い。
蓋も作っていたので、うっかり妖精に飲まれてしまったなどということも無いだろう。
では、なぜ・・・?
にとりは直感的に一度里の水場まで引き返すと、今度は木箱のひとつに水を入れ、
持っていたペンのインクで水に色を付けてもう一度妖怪の山まで運んでみた。
もし水が物理的にどこかに移動しているのであれば、これでわかるはずだ。
にとりの読みは正解だった。
妖怪の山に近づくにつれ、木箱全体から色のついた霧が出てくるようになった。
箱には蓋もしてあるので、普通ならありえない現象だ。
強制的に箱から吸いだされている。そんな感じだ。
つまり、この色付きの霧を追っていけば、犯人の下にたどり着ける。
そう思うと、にとりの緊張感も高まっていった。
霧は吸い寄せられるように妖怪の山を抜け、さらに奥へと進んでいく。
行き先に気がついたにとりの表情が険しくなった。
その霧は、妖怪の山の裏手、忘れ去られた丘、通称「無名の丘」へと続いていた。
Part.6
忘れ去られた、「無名の丘」。
以前は人間が育てられなくなった自分の子供をそこに置き去りにし、
咲き乱れる鈴蘭の毒で間引きしたという暗い過去がある場所だ。
当時はその子供を狙って妖怪たちがたくさん集まっていたとも言うが、
今ではほとんど誰も立ち寄らない。
鈴蘭の毒があまりにも強すぎるため、一般の妖怪では近づくことさえ危険な場所でもある。
にとりも、そこに行くために一度自分の作業場に戻って、
防塵マスクを改造した防毒マスクを持ってこなければならなかった。
愛用の装置を使って姿を消し、息を殺して鈴蘭畑へと踏み込む。
犯人はココに居るに違いない。
山陰になっていて、風通しも良いため少し肌寒い。
誰も近寄らないので、大騒ぎしている妖怪の山とはうってかわり、あまりにも静かだ。
少しでも物音を立ててしまえば、周りに潜んでいるかもしれない妖怪に
襲われてしまうような気がした。
自分の姿を消していなければ、ここに入り込む勇気などとてもじゃないが無かっただろう。
広大な鈴蘭畑を半分ほど進んだところで、大きな木が一本生えている場所があった。
その木陰に、誰かが居た。
こんな毒気の強い場所で、平然としているのは誰だろう?
ただ者ではなさそうだ。
よく見ると、そこにいたのは、鬼と小さな人形だった。
鬼というだけでも相当に分が悪いがさらに悪いことに、ただの鬼ではなかった。
四天王と呼ばれる最強の鬼のうちの一人、伊吹萃香だ。
以前の妖怪の山の支配者のうちの一人であり、にとりの元上司であるとも言える。
にとりは凍りついた。まさかこんなところで最悪の鬼に出会うとは。
さらによく見ると萃香の様子が少しおかしい。
いつもニコニコして手にしている酒を飲んでいると聞くが、
酒も飲まずに虚ろな目をして人形となにやら喋っている。
とにかく、只事ではなさそうだ。存在がばれたら命の保証が無い。
引き返さなきゃ!!!
この得体の知れない状況下で、多少なり焦ってしまうのは仕方の無いことだろう。
ただ、その焦りが彼女の普段の冷静さを消してしまった。
足元にある太い木の枝を、踏んでしまったのだ。
バキンッ!
その音は、この丘ではあまりにも大きすぎた。
Part.7
鬼という生き物は、幻想郷の中でも群を抜いて身体能力に優れている。
それこそ、化け物と呼ぶにふさわしい。
それは五感も例外ではなく、萃香には姿は見えなくても他の感覚でにとりの存在に
気がつくことはたやすいだろう。
完全にこちらの存在に気がついた萃香は、にとりの居るほうに軽く腕を伸ばした。
次の瞬間、にとりが身につけていた機械が全て萃香の方に吸い寄せられてしまった。
相手がひ弱な河童であるとわかった鬼は、虚ろな目のまま口だけで笑みを浮かべた。
殺してしまおうと思えば、いつでもやれる。
彼女の笑みにはそんな余裕が含まれているように思えた。
丸腰のにとりには、もうどうすることもできなかった。
最強の鬼を相手に何をしても無駄なのはわかっていた。
ただ、逃げられないという状況が、先ほどとは違い意外にも
この能力で周囲の水を集めていたのだろう、
という分析をさせる冷静さを彼女に与えていた。
萃香は、密度を操る能力を持っている。
理由は不明だが、妖怪の山周辺の水だけを一瞬でこの鈴蘭畑に持ってくることは
彼女にならたやすいだろう。
今回の異変の犯人は、萃香で間違いないだろう。
でも、どうして?
次ににとりが気にしたのは人形だ。
萃香と同時にこちらに振り向いたところを見ると、どうやら生きているらしい。
人形の妖怪だろうか。
この人形と、鬼はどんな関係なのだろうか。
にとりは慎重に言葉を選び、できる限りシンプルに問いかけた。
水を集めて、どうするの?と。
すると意外にも人形の方が先に、口を開いた。
幼い声で、「スーさん」の元気が無い、と答えた。
どうやら、人形の目線と周囲の鈴蘭が枯れかかっているところから、
スーさんとは鈴蘭のことらしい。
ここの所日照りが続いていたため、それで元気がなくなっているのだろう。
水を集めて鈴蘭にあげていたのだ。
人形は続けた。
鈴蘭畑から出られずに枯れてゆくのをただ眺めるしかないのかと嘆いていたところに
ちょうど鬼が通りかかったので協力してもらったと言う。
協力というのは恐らくウソで、人形の体から紫色の霧が出ている。
たまたま通りかかった萃香に毒を吸わせて、相手を操っているのだろう。
毒というのは、神経以外にもあらゆるものに作用する。
毒を自在に使いこなすことができれば、その作用で相手を自在に操れるだろう。
鈴蘭の強力な毒の中で育ったのであろうこの妖怪になら、それくらいの事はできるだろう。
――――――相手が人間か、普通の妖怪ならば。
会話の時間としてはほんの数十秒だが、にとりは大体のことを把握した。
軽く微笑むと、萃香に向かって言った。
「もういいでしょう?遊びたいのなら、
いつでも河童のお酒をご用意して山でお待ちしていますよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それを聞くと、萃香は今までの虚ろな状態をやめて、急に大声で笑った。
鬼が思いっきり笑ったため、その声は幻想郷中に響き渡った。
そして、その笑い声とともに、山のほうで滝が流れるような音が聞こえた。
吸い取り続けていた水をもとに戻してくれたのだろう。
ひとしきり笑い終えると、萃香は満足げに立ち上がり、
手持ちの酒をグイッと飲むと、普段通りのさも楽しそうな笑顔でその場を後にした。
状況が飲み込めず、キョトンとした人形に、にとりは笑顔で説明した。
鬼の力など借りなくても、河童の技術で鈴蘭を治してやれるということを。
彼女も、それを聞いて安心したようだ。
話をしたところ、この人形はメディスンという名前で、
生まれてからさして時間のたっていない若い妖怪らしい。
若い妖怪なので、相手の力をはかる力や、問題を解決する力に乏しいのだろう。
この鈴蘭畑からほとんど出たことが無いのだというから、それも仕方の無いことだ。
ただ、それが今回のはた迷惑な異変を引き起こしたということには間違いなさそうだが。
兎にも角にも、これで一安心だ。
にとりは装備を取り戻すと、急いで無名の丘を後にした。
Part.8
妖怪の山では急に水が復活したため、まだ状況が飲み込めていないようだった。
戻ってきたにとりは、幻想郷で最も足の早い情報屋の天狗、射命丸を見つけて
簡単に状況を説明した。
今回の犯人は、日照りのせいで自分の住処が無くなりそうになり困っている
妖怪にたまたま出くわし、自分を操ろうとしてきた状況を利用して、
妖怪の山にちょっかいを出そうとした萃香であるということ。
これからにとりの技術で鈴蘭畑は元に戻すので、もう異変は起きないだろうということ。
コレだけ伝えておけば、十分だろう。
後は射命丸のほうで勝手に大きく脚色した記事にでもしてみんなに伝えてくれる。
今回の事件は萃香という厄介な相手が犯人ということになったので、報復だの退治だの、
面倒な話にはならないだろう。萃香が本気になれば、一人で妖怪の山の妖怪全員を
まとめて相手にできてしまうのだから、争わずに一件落着にしたほうが賢い。
萃香もわかってやっているのだからタチが悪い。
要は、状況を利用してちょっかいを出して、
少々強いのが自分を退治しに来たら力比べをしよう、
という一種の余興のような気持ちで今回の異変を起こしたのだから。
直接山に来て勝負するほどの本気さも持ち合わせてはいないのだ。
今回は、たまたま腕っ節のさほど強くないにとりが一番に犯人を見つけたから良かった。
状況もいち早く飲み込めたし、相手も争う気にならなかった。
ちなみに、河童の酒は幻想郷で最も澄んだ山の水を使って作られているため、
出来がいいと酒飲みには評判だ。
萃香に「河童の酒をいつでも用意して待っていますよ」と言ったのには
裏を返せば、「水を返してくれなければ、河童の酒が飲めなくなりますよ」という
意味がこめられていたのだ。
呑んべぇの萃香にとっては、メディスンの問題など酒に比べればどうでもいいので、
いともあっさりと水を返してくれた、というわけだ。
幻想郷の住人たちは、主に自分のためにしか能力を使わないのだから、
そこをつついてやれば案外あっさりと問題が解決したりする。
はた迷惑な話だが。
Part.9
数日後。
無名の丘には元気になった鈴蘭が咲き誇っていた。
鈴蘭畑がにとりの監視下に入ったため、ほぼ枯れてしまうようなことも無いだろう。
そして実は、にとりにも算段があった。
メディスンが毒で他人を操っているのを見て、
その技術を今作っているアイテムに応用できるのではないかと考えたのだ。
実は今、河童が主催するバザーの広告塔として、
大きなロボットのような風船を本物のように動かす実験をしている。
核と水蒸気を使うところまではできたが、
どうしても細かい動きを全自動的にコントロールできずに苦しんでいたのだ。
メディスンを見て、どうやらこの問題が解決できそうな気がした。
幻想郷には多くの特殊な能力を持った者たちが住んでいる。
空が飛べる者、魔法が使える者、時間が操れるもの、不老不死の者・・・
時に彼女たちは、主に自分自身の目的のためにその力を使う。
萃香もメディスンも、にとりでさえも。
河童のバザーは、大盛況だったという。
幻想郷は、今日も平和に時が流れていく。
幻想郷には多くの特殊な能力を持った者たちが住んでいる。
空が飛べる者、魔法が使える者、時間が操れるもの、不老不死の者・・・
時に彼女たちは、主に自分自身の目的のためにその力を使う。
それがどんな影響を及ぼすのかなど、さして気にも留めずに・・・。
Part.1
妖怪や妖精など、人外の者も多く住んでいる幻想郷ではあるが、
ほとんどは思い思いに、能天気に暮らしている。
なぜなら、彼女たちの寿命は人間より遥かに長く、常に暇を持て余しているからだ。
あまりに長い時間と雄大な自然の中で暮らしていれば、
生活パターンが段々スローになるのも、納得のいく話だろう。
この法則は、幻想郷では概ね正しい。
妖怪の山に住む妖怪たちを除いては。
この山の住人たちは、常に何かに向かってせっせと行動している。
ある者は山に入ってくる侵入者を日々厳重に警戒し、
ある者は幻想郷の出来事を調べ上げて新聞にし、
中には人間の厄を常に吸い取っている神までいる。
そんな中、彼女たちと同じように暮らしている河童がいる。
河童は優秀な種族だ。水の中では魚よりも素早く動き、
手先が器用であるため機械などを作る技術に長け、
妖怪の山の技術の発展と治安の維持に大きく貢献している。
河童が生み出した最先端の技術があるから、他の妖怪たちは迂闊に山に手が出せないのだ。
これは妖怪の山の住人たちにとってかけがえのない重要な事実である。
中でも、特に優秀な河童がいる。
幻想郷で最も多くの技術を生み出し、一目置かれている彼女の名前は「河城にとり」。
かわいらしい少女の出で立ちとは裏腹に、幻想郷で機械に対する知識は一番であると
誰もが認めるほどだ。
一瞬にして自分の姿を消してみせたり、背中のリュックから伸びた機械の腕を
命令もせずに自由に動かしてみせたりする。
幻想郷のみならず、外の世界を探しても彼女以上の技術者は居ないだろう。
彼女の作業場は、山から湧き出る川の源泉の麓にある。
実は彼女にはもうひとつ特殊な能力がある。
それは「水を操る能力」である。
作業場が川の近くにあるのは彼女が河童だから、というだけではなく
その能力に因るところが大きい。
普通、機械の整備には油が必要であるが、彼女には水があれば十分なのだ。
水を自在に操る能力と呼ばれるのは、そこから由来している。
逆に言えば彼女が機械を整備する際には、水は絶対条件だ。
Part.2
いつの間にか季節は夏に近づいており、日照りの日々が続いていた。
そんな中、今日も彼女は自分の作業場にやってきた。
半年以上かけて組み上げてきた新型のアイテムが完成間近なのだ。
最後に課題も残されていたが、それさえクリアできれば、完成なのだ。
これが完成すれば、妖怪の山はさらに発展する。彼女の心は弾んでいた。
しかし、作業場の近くまで来たところで、彼女の表情がわずかに濁った。
気分が弾んでいたせいで気がつかなかったが、いつもと何かが違う。
何だろう。
音だ。
いつもより静かだ。静か過ぎる・・・。
その原因はいとも簡単に見つかった。
足りなかったのは川のせせらぎだった。
いつも彼女が整備をしながら長い時間聞き続けてきたせせらぎ。
昨日も変わらずに美しい音を立てていたはずだ。
せせらぎが無い、それはつまり水が無いということ。
仕事場の横から、肝心な水が忽然と姿を消していた。
今まで当たり前のように沸き続けていた水が、彼女の仕事に必要不可欠な水が、
どこにもない。
―――彼女が愛用のリュックサックを背負って作業場から飛び出してくるまでに
さして時間はかからなかった。
Part.3
山の中はすでに大騒ぎとなっていた。
川の水はにとりだけでなく、他の山の住人にとっても必要不可欠なものであるため、
そうなるのも当然だろう。
水が湧き出ているのは唯一その川だけであり、その水が無くなったとあれば
生活できなくなるだけでなく、山全体の植物や動物にも影響するだろう。
事態は深刻だった。
山の中で最も大きな勢力を誇る天狗と河童たちは、
どこかに水をせき止めている物があるのではないかと考え、
それを探索しているようだった。
しかし、にとりの勘は違っていた。
山から、川の存在自体がなくなっている。そう感じていた。
大きな水の流れがあれば、彼女の能力で察知することができるからだ。
それが正しければ、今回の異変は決して小さな妖精が悪戯でできるような事ではなく、
特殊な能力者が、何らかの目的で川を消したと考えるほうが幻想郷では自然だろう。
天狗と河童たちは山の中の捜索を続けるつもりだろう。
もしかすると、それでは手遅れになってしまうかもしれない。
そう考えたにとりは、小さくため息をついて洋服の胸元にある小さなボタンを押した。
すると、音も無く少女の姿は消え、数分後には山から里へ下りていく足跡だけが残された。
この装置の充電が切れる前に異変が解決できれば良いのだけれど。
Part.4
にとりの調査は思うように進まなかった。
彼女は非常にシャイであり、自分から誰かに話しかけることができないのだ。
(これは、にとりに限らず河童の特徴でもあるのだが)
ただし、わかったこともいくつかあった。
どうやら全く水が湧かなくなったのは妖怪の山だけだということ。
普段なら異変の解決をする巫女や魔法使いも、全く動く気配はなさそうだということ。
むしろ今回は妖怪のみが困っているのだから、妖怪退治を専門にしている
彼女たちにとっては好都合な異変だろうから、当然だろう。
ただし、巫女や魔法使いには川を瞬間的に消して見せるような力は無いので、
犯人でもないだろう。
方々探し回ってみたものの、結局それ以上のことはわからず、
犯人の手がかりになるような情報は得られなかった。
そもそも、他には何の異変も無いのだ。不気味なほどに。
妖怪の山の川だけが忽然と姿を消し、周囲の妖怪だけが首をかしげているのだ。
なぜ、これほどまでに異変の箇所が絞られているのか?
川だけを狙ったのには何か意味があるのだろうか?
悪戯にしても、それほどの力を持った者ならもっと別の事もできただろう。
妖怪の山に攻撃を仕掛けて、もしばれたとすれば、ただでは済まない。
天狗と河童と山に住む神々の連合軍の総攻撃を受けるのだから。
そのリスクを犯してまで妖怪の山にちょっかいを出す理由は何なのか?
そこまで考えたところで、にとりは一度妖怪の山に引き返すことにした。
日差しが強い。このままでは機械も壊れてしまいそうだ。
手土産に里の水でも持ち帰れば、きっとみんなも喜ぶだろう。
Part.5
にとりは、背中のリュックから全自動で動く数本のアームを伸ばし、
驚異的なスピードで近くの木を切り出して数個の木箱を作った。
コレに水を入れて持ち帰ればいい。
手際よく近くの川から水を集めて、妖怪の山を目指した。
水の重さでアームが大きくしなった。少し重過ぎるかもしれない。
壊れてしまう前に早く帰ろう。
機械の修理は今あまりしたくない。
山の麓まできたところで、彼女はある変化に気がついた。
木箱が異常に軽いのだ。
里の川にいたときは、大きくしなっていたアームが、今は軽々と動いている。
驚いて木箱の中を見てみると、満タンに入れたはずの水がなくなっていた。
木箱から水漏れした形跡は無い。
蓋も作っていたので、うっかり妖精に飲まれてしまったなどということも無いだろう。
では、なぜ・・・?
にとりは直感的に一度里の水場まで引き返すと、今度は木箱のひとつに水を入れ、
持っていたペンのインクで水に色を付けてもう一度妖怪の山まで運んでみた。
もし水が物理的にどこかに移動しているのであれば、これでわかるはずだ。
にとりの読みは正解だった。
妖怪の山に近づくにつれ、木箱全体から色のついた霧が出てくるようになった。
箱には蓋もしてあるので、普通ならありえない現象だ。
強制的に箱から吸いだされている。そんな感じだ。
つまり、この色付きの霧を追っていけば、犯人の下にたどり着ける。
そう思うと、にとりの緊張感も高まっていった。
霧は吸い寄せられるように妖怪の山を抜け、さらに奥へと進んでいく。
行き先に気がついたにとりの表情が険しくなった。
その霧は、妖怪の山の裏手、忘れ去られた丘、通称「無名の丘」へと続いていた。
Part.6
忘れ去られた、「無名の丘」。
以前は人間が育てられなくなった自分の子供をそこに置き去りにし、
咲き乱れる鈴蘭の毒で間引きしたという暗い過去がある場所だ。
当時はその子供を狙って妖怪たちがたくさん集まっていたとも言うが、
今ではほとんど誰も立ち寄らない。
鈴蘭の毒があまりにも強すぎるため、一般の妖怪では近づくことさえ危険な場所でもある。
にとりも、そこに行くために一度自分の作業場に戻って、
防塵マスクを改造した防毒マスクを持ってこなければならなかった。
愛用の装置を使って姿を消し、息を殺して鈴蘭畑へと踏み込む。
犯人はココに居るに違いない。
山陰になっていて、風通しも良いため少し肌寒い。
誰も近寄らないので、大騒ぎしている妖怪の山とはうってかわり、あまりにも静かだ。
少しでも物音を立ててしまえば、周りに潜んでいるかもしれない妖怪に
襲われてしまうような気がした。
自分の姿を消していなければ、ここに入り込む勇気などとてもじゃないが無かっただろう。
広大な鈴蘭畑を半分ほど進んだところで、大きな木が一本生えている場所があった。
その木陰に、誰かが居た。
こんな毒気の強い場所で、平然としているのは誰だろう?
ただ者ではなさそうだ。
よく見ると、そこにいたのは、鬼と小さな人形だった。
鬼というだけでも相当に分が悪いがさらに悪いことに、ただの鬼ではなかった。
四天王と呼ばれる最強の鬼のうちの一人、伊吹萃香だ。
以前の妖怪の山の支配者のうちの一人であり、にとりの元上司であるとも言える。
にとりは凍りついた。まさかこんなところで最悪の鬼に出会うとは。
さらによく見ると萃香の様子が少しおかしい。
いつもニコニコして手にしている酒を飲んでいると聞くが、
酒も飲まずに虚ろな目をして人形となにやら喋っている。
とにかく、只事ではなさそうだ。存在がばれたら命の保証が無い。
引き返さなきゃ!!!
この得体の知れない状況下で、多少なり焦ってしまうのは仕方の無いことだろう。
ただ、その焦りが彼女の普段の冷静さを消してしまった。
足元にある太い木の枝を、踏んでしまったのだ。
バキンッ!
その音は、この丘ではあまりにも大きすぎた。
Part.7
鬼という生き物は、幻想郷の中でも群を抜いて身体能力に優れている。
それこそ、化け物と呼ぶにふさわしい。
それは五感も例外ではなく、萃香には姿は見えなくても他の感覚でにとりの存在に
気がつくことはたやすいだろう。
完全にこちらの存在に気がついた萃香は、にとりの居るほうに軽く腕を伸ばした。
次の瞬間、にとりが身につけていた機械が全て萃香の方に吸い寄せられてしまった。
相手がひ弱な河童であるとわかった鬼は、虚ろな目のまま口だけで笑みを浮かべた。
殺してしまおうと思えば、いつでもやれる。
彼女の笑みにはそんな余裕が含まれているように思えた。
丸腰のにとりには、もうどうすることもできなかった。
最強の鬼を相手に何をしても無駄なのはわかっていた。
ただ、逃げられないという状況が、先ほどとは違い意外にも
この能力で周囲の水を集めていたのだろう、
という分析をさせる冷静さを彼女に与えていた。
萃香は、密度を操る能力を持っている。
理由は不明だが、妖怪の山周辺の水だけを一瞬でこの鈴蘭畑に持ってくることは
彼女にならたやすいだろう。
今回の異変の犯人は、萃香で間違いないだろう。
でも、どうして?
次ににとりが気にしたのは人形だ。
萃香と同時にこちらに振り向いたところを見ると、どうやら生きているらしい。
人形の妖怪だろうか。
この人形と、鬼はどんな関係なのだろうか。
にとりは慎重に言葉を選び、できる限りシンプルに問いかけた。
水を集めて、どうするの?と。
すると意外にも人形の方が先に、口を開いた。
幼い声で、「スーさん」の元気が無い、と答えた。
どうやら、人形の目線と周囲の鈴蘭が枯れかかっているところから、
スーさんとは鈴蘭のことらしい。
ここの所日照りが続いていたため、それで元気がなくなっているのだろう。
水を集めて鈴蘭にあげていたのだ。
人形は続けた。
鈴蘭畑から出られずに枯れてゆくのをただ眺めるしかないのかと嘆いていたところに
ちょうど鬼が通りかかったので協力してもらったと言う。
協力というのは恐らくウソで、人形の体から紫色の霧が出ている。
たまたま通りかかった萃香に毒を吸わせて、相手を操っているのだろう。
毒というのは、神経以外にもあらゆるものに作用する。
毒を自在に使いこなすことができれば、その作用で相手を自在に操れるだろう。
鈴蘭の強力な毒の中で育ったのであろうこの妖怪になら、それくらいの事はできるだろう。
――――――相手が人間か、普通の妖怪ならば。
会話の時間としてはほんの数十秒だが、にとりは大体のことを把握した。
軽く微笑むと、萃香に向かって言った。
「もういいでしょう?遊びたいのなら、
いつでも河童のお酒をご用意して山でお待ちしていますよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それを聞くと、萃香は今までの虚ろな状態をやめて、急に大声で笑った。
鬼が思いっきり笑ったため、その声は幻想郷中に響き渡った。
そして、その笑い声とともに、山のほうで滝が流れるような音が聞こえた。
吸い取り続けていた水をもとに戻してくれたのだろう。
ひとしきり笑い終えると、萃香は満足げに立ち上がり、
手持ちの酒をグイッと飲むと、普段通りのさも楽しそうな笑顔でその場を後にした。
状況が飲み込めず、キョトンとした人形に、にとりは笑顔で説明した。
鬼の力など借りなくても、河童の技術で鈴蘭を治してやれるということを。
彼女も、それを聞いて安心したようだ。
話をしたところ、この人形はメディスンという名前で、
生まれてからさして時間のたっていない若い妖怪らしい。
若い妖怪なので、相手の力をはかる力や、問題を解決する力に乏しいのだろう。
この鈴蘭畑からほとんど出たことが無いのだというから、それも仕方の無いことだ。
ただ、それが今回のはた迷惑な異変を引き起こしたということには間違いなさそうだが。
兎にも角にも、これで一安心だ。
にとりは装備を取り戻すと、急いで無名の丘を後にした。
Part.8
妖怪の山では急に水が復活したため、まだ状況が飲み込めていないようだった。
戻ってきたにとりは、幻想郷で最も足の早い情報屋の天狗、射命丸を見つけて
簡単に状況を説明した。
今回の犯人は、日照りのせいで自分の住処が無くなりそうになり困っている
妖怪にたまたま出くわし、自分を操ろうとしてきた状況を利用して、
妖怪の山にちょっかいを出そうとした萃香であるということ。
これからにとりの技術で鈴蘭畑は元に戻すので、もう異変は起きないだろうということ。
コレだけ伝えておけば、十分だろう。
後は射命丸のほうで勝手に大きく脚色した記事にでもしてみんなに伝えてくれる。
今回の事件は萃香という厄介な相手が犯人ということになったので、報復だの退治だの、
面倒な話にはならないだろう。萃香が本気になれば、一人で妖怪の山の妖怪全員を
まとめて相手にできてしまうのだから、争わずに一件落着にしたほうが賢い。
萃香もわかってやっているのだからタチが悪い。
要は、状況を利用してちょっかいを出して、
少々強いのが自分を退治しに来たら力比べをしよう、
という一種の余興のような気持ちで今回の異変を起こしたのだから。
直接山に来て勝負するほどの本気さも持ち合わせてはいないのだ。
今回は、たまたま腕っ節のさほど強くないにとりが一番に犯人を見つけたから良かった。
状況もいち早く飲み込めたし、相手も争う気にならなかった。
ちなみに、河童の酒は幻想郷で最も澄んだ山の水を使って作られているため、
出来がいいと酒飲みには評判だ。
萃香に「河童の酒をいつでも用意して待っていますよ」と言ったのには
裏を返せば、「水を返してくれなければ、河童の酒が飲めなくなりますよ」という
意味がこめられていたのだ。
呑んべぇの萃香にとっては、メディスンの問題など酒に比べればどうでもいいので、
いともあっさりと水を返してくれた、というわけだ。
幻想郷の住人たちは、主に自分のためにしか能力を使わないのだから、
そこをつついてやれば案外あっさりと問題が解決したりする。
はた迷惑な話だが。
Part.9
数日後。
無名の丘には元気になった鈴蘭が咲き誇っていた。
鈴蘭畑がにとりの監視下に入ったため、ほぼ枯れてしまうようなことも無いだろう。
そして実は、にとりにも算段があった。
メディスンが毒で他人を操っているのを見て、
その技術を今作っているアイテムに応用できるのではないかと考えたのだ。
実は今、河童が主催するバザーの広告塔として、
大きなロボットのような風船を本物のように動かす実験をしている。
核と水蒸気を使うところまではできたが、
どうしても細かい動きを全自動的にコントロールできずに苦しんでいたのだ。
メディスンを見て、どうやらこの問題が解決できそうな気がした。
幻想郷には多くの特殊な能力を持った者たちが住んでいる。
空が飛べる者、魔法が使える者、時間が操れるもの、不老不死の者・・・
時に彼女たちは、主に自分自身の目的のためにその力を使う。
萃香もメディスンも、にとりでさえも。
河童のバザーは、大盛況だったという。
幻想郷は、今日も平和に時が流れていく。
ストーリーが非常にシンプルで、かつ面白みも含んでいる。良いSSでした。
Part 8,9がちょっと冗長かも知れないので、まとめるなどしてオチにスピード感を与えてみるとすこし世界が変わるかも知れません。
非常に軽妙洒脱で、オチも良くできているとおもいます。では。
面白かった、よく出来ていると思いました。そしていかにも幻想郷らしい異変でしたw