妖怪の山は今日も今日とて平和である。
見張りの仕事なんてあって無いようなもんで、侵入者など早々来るはずも無く、燦々と輝く太陽がポカポカと春の陽気を降り注がせていた。
いたって快晴。雨の気配ひとつ無い絶好の洗濯日和。花粉がつらい季節ではあるものの、今日の飛散具合は小康状態とはもっぱら花の大妖怪の言葉である。
「……うわぁ」
そんな絶好の行楽日和に、友人との待ち合わせ場所に着いた河城にとりは、凄まじいものを見たといわんばかりに言葉をこぼしていた。
待ち合わせ場所は妖怪の山の中腹にある開けた広場、そこには休憩用にと丸太の椅子と机が用意されており、なかなかセンスのいいオープンカフェのような形になっていた。
その中央、待ち合わせていた友人―――犬走椛が座っていたのだが、これまた凄まじい形相で腕を組んでいたのである。ぶっちゃけ怖い。
それだけなら、まだにとりも自制して何とか声を抑えていただろう。
しかし、だがしかし、その椛の頭の上に射命丸文の顔が、そして文の頭の上には姫海棠はたてが、満面の笑顔でごろごろとご満悦だった。
椛を抱きしめる文が、彼女の頭に顎を乗せ、そして文を抱きしめるはたてが彼女の頭に顎を乗せ、なんとなく「だんご3兄弟」ならぬ「てんぐ3姉妹」なんていうフレーズがにとりの脳裏を横切っていく。
下から、超不機嫌、超ご機嫌、超ご機嫌テイク2という凄まじい違和感の塊に、さすがのにとりも露骨な言葉をこぼさざるをえなかったのである。
「よし、私の友人は今さっき死んだことにしておこう」
回れ右して見なかったことにしようとするにとりだが、それも致し方あるまい。
このような珍妙な光景、たとえ相手が鬼だろうが神だろうが閻魔だろうが回れ右をするに違いない。多分。
にとりの頭の中ではすっかり死人となった犬走椛に内心で敬礼しつつ、機械のメンテナンスでもしようかなと足を進めようとして。
「いや、見えてるからね、にとり」
しかし残念、にとりの逃亡計画は失敗したようである。
知らなかったのか、犬走椛からは逃げられない! 視力的に!!
諦めてしぶしぶと先ほどの光景に視線を向ける。そしたらやっぱり、案の定というべきか未だにさっきの様子のままのてんぐ3姉妹がいた。
とぼとぼとそちらの方に歩み寄り、椛の隣の席に腰掛ける。
そこでようやく、鴉天狗二名がにとりの存在に気が付いた。
「あやや、にとりじゃないですか」
「お、河童だ。やっほー」
その奇妙な体勢を崩さぬまま、ニコニコ笑顔で挨拶をしてくる文とはたて。
にとりはというと、冷や汗流しながら愛想笑いを浮かべて「やぁ、元気そうだねぇ」なんて白々しい言葉がついて出る。
一方、一番下の椛は露骨なまでに盛大なため息をひとつ。そしておまけと言わんばかりに形のいい眉が一層鋭角につり上がった。
「……で、どういうことなのさコレ?」
「話せば長いんだけどね……」
はたして、普段からふてぶてしいこの友人がここまで疲れきった表情を見せたことがあっただろうか。いいや無いとにとりは断言できる。
椛の話によれば、ことの始まりは数十分前。ここでにとりを待っていた椛の元に、射命丸文が現れたのがきっかけであった。
毎度定番の「もふもふさせろー!」の気合と共に後ろから不意打ちで抱きつかれ、引き剥がすのも面倒だとそのまま好きにさせたのが運の尽き。
その数分後に姫海棠はたてが現れ「なんてうらやましい!!」なんて意味不明なことを抜かしつつ、文の方に抱きついたのである。
さすがの椛も鴉天狗二人を自力で引き剥がすほどの実力は無く、引き剥がす機会を逃した彼女は二人分の体重を背負うことになったのであった。
「それはまたなんというか……相変わらずだね」
「相変わらずなんていわれる自分の環境がむなしくなるけどね」
フッと遠い目をした椛に、なんか哀愁が漂っている気がして思わず涙がこぼれ出る。
元から色々苦労人なところはあったが、なんて不憫な子だろうと同情せずにはいられない。
ハンカチ取り出して涙を拭うにとりを一瞥し、椛は盛大なため息をひとつこぼす。
「で、いい加減降りてくれませんかね二人とも」
「いいえ、今日の椛分を補給するまで離れません!!」
「私の文を独り占めなんてさせないわよ、椛!」
「帰れ馬鹿共」
一向に離れる気配の無い二人についつい悪態がついて出る。
しかし、だがしかし、ここにいるのはかの有名なパパラッチ共。その程度の罵倒など馬の耳に念仏でしかねぇのであった。
むぎゅッ!! と抱きしめる力を強くする文。それに習って同じくむぎゅッ!! と抱きしめる力を強くするはたて。
ただいま椛の不愉快指数が絶賛うなぎのぼり中ではあるが、残念ながらこの二人はその事に気がつきそうに無い。
「むむむ、はたてって実は結構ムネ大きい?」
「ふふふ、ご名答。文もそこそこあるみたいだけど、私の果実には及ばないわ」
「はたて、大きければ良いという訳では無いわ。程よい大きさが良いという人もいれば、椛のゲレンデのような控えめなのが良いって言う人もいるのよ!」
「……にとり、地球破壊爆弾とか作れない? 割とマジで」
「いや、椛。さすがにそれはちょっと……。気持ちはわからないでも無いけどさ」
コレはまた何というか、椛の気苦労も相当なもののようだと見て取れた。
見て取れたがだがしかし、さすがに椛のその提案を受け入れるわけにはいかねぇのである。
仮に作って今の椛に手渡せば、それこそ何の戸惑いも無く地面に向かって叩きつけることだろう。
実にわかりやすい地球崩壊フラグだった。
「そ、そうだ! ねぇねぇ椛、この間拾った機械がようやく修理できたんだよ!!」
「あぁ、あの風祝が言うには……ラジオってやつだったっけ?」
「そう、それ!!」
そうしてにとりが選んだ選択肢は、相手が興味を持ちそうな話題を出して意識をこちらに向けさせること。
そうすれば少しは椛が感じる負担は軽くなるし、会話が出来るしと一石二鳥だった。
もって来たリュックからがさごそと機械を取り出し、丸太のテーブルの上に置く。
それを、椛だけでなく文とはたても興味津々と言った様子でその機械に視線を向けている。
「相変わらず、にとりはこういうの好きだよね」
「趣味みたいなものだからねぇ。まぁ、ここじゃ電波って言うのがうまく拾えないからノイズだらけだけど」
そういいながら、にとりがラジオのボタンを押す。すると、酷いノイズ交じりではあったが、確かにその機械から声が聞こえてきたのである。
『世界異種格闘……大会! 青コー……世界バンダム級チャンピオ……』
「あやー、これはすごいですねぇ」
「さすがは河童ってことなのかしらねー。いや、あなただからこそかしら?」
「あはは、いやぁそれほどでもないよ」
文とはたてに褒められてよほど嬉しかったのか、照れたように後ろ頭をかくにとり。
その様子がなんだか微笑ましくて、椛はクスクスと苦笑したのだが、うかれていたにとりは気が付かない。
そこではたと気が付いたように、にとりがラジオのつまみに手をつける。
「そういえば、ここで調節すれば少しはノイズがなくなるかも」
そういいながら、つまみを回して微調整。すると、彼女の言うとおりノイズが少なくなり先ほどよりも良く聞こえるようになった。
その事実に、純粋に驚きの声が上がる。幻想郷広しといえど、彼女ほど機械に精通したものは他に居るまい。
『赤コーナー! 世界ガ○ダム級チャンピオン!! シャ○・アズ○ブルゥゥゥゥゥゥ!!!』
『サ○ビー出ます! サ○ビー発進!!』
ただし、そのラジオの内容がツッコミどころ満載だったことには、残念ながら彼女たちは気付くことはなかったのであるが、それはさておき。
きっとこの場に風祝がいれば、キレのいいツッコミかあるいは感動の言葉でもこぼしていたかもしれない。
その後、調子が悪くなったラジオのスイッチを切り、にとりがリュックの中に詰め込んでいるともう一人の友人がふわりふわりと降りてきた。
椛の……というより、にとりの友人である厄神の鍵山雛。
彼女の出現に「わっ!? わわっ!?」と慌てるにとりと、落ち着いた様子でぺこりと頭を下げる椛。
にとりの様子にあらあらと頬を当てて微笑む雛は、よしよしといった様子で彼女の頭を撫でてやる。
それで完全に顔が真っ赤になっておとなしくなったにとりを不思議に思いながら、彼女は絶賛合体中のてんぐ3姉妹に視線を向けた。
「ども、雛さんお久しぶりです」
「あ、えんがちょさんだわ。こんにちはー」
「よし、そこのツインテール。ちょっと川まで来いコラ」
相変わらず合体したまま挨拶をする文と、なかなかに失礼なことを口走るはたて。
そして、はたての言葉に先ほどまで顔を赤くしていたにとりが、今度は無表情に怒りをにじませながら親指でクイッと近場の川を指差した。
そんな彼女たちのやり取りを見て、雛はクスクスとどこか楽しそうに笑みをこぼしている。
「仲がいいのね、みんな。特に、椛と文とはたてはね」
「……勘弁してくださいよ」
雛の言葉に、椛はげんなりとした様子でため息を付く。
どうにも昔から、椛は雛が相手だと頭が上がらないのである。
そんなわけで、彼女の言葉にげんなりしながらも、いつものふてぶてしさはなりを潜めていた。
「でも、嫌いじゃないんでしょう?」
「そりゃあ……まぁ、そうですけど」
言いにくそうに視線をそらしながら、雛の言葉を椛は肯定する。
彼女の言うとおり、もし嫌いだったならこんなことさせやしないし、もっときつく言ってとっとと離れてもらってることだろう。
それをしないのは、つまり雛の言うとおりというわけで。
結局、彼女には何でもお見通しなんじゃないかと思ってしまって、それで椛は彼女に頭が上がらないのだ。
「えへへ~、嫌いじゃないんだって。えへへへへ~」
「文さん、顔がデレデレなんですが」
「いいじゃないですか~。私は椛が大好きですよ~」
普段の威厳なんてあったもんじゃない。もうまるっきりデレデレのおばかさん状態になった文はコレでもかというほど顔が緩んでいた。
心なしか、自分を抱きしめる力が強くなった気がして、椛は「しょうがないですね」と疲れたようにため息をこぼす。
そしておまけに、文の上の人物からの視線がものすごくきつくなったような気がするのは気のせいではあるまい。
「……文は私のよ」
「……好きにしてください」
もうどうとでもなれといわんばかりに投げやりな言葉を紡いで、椛はもう一度深いため息をひとつこぼす。
そんな彼女を眺めて微笑んでいた雛は、ふと思いついたようににとりを抱きかかえる。
「ふぇ!?」と間の抜けた声を上げた友人を見やり、雛は椅子に腰掛けて膝の上ににとりを座らせると、彼女の頭に顎を乗せてむぎゅッ! と抱きしめた。
にとりが事態を理解して、ボンッと顔を真っ赤にするのに時間はかからなかった。
「コレで私たちもおそろいね、にとり」
「え!? うえぇぇぇ!!? ちょっ、ちょっと雛!!?」
「ムムム、コレは私たちも負けていられませんよ椛、はたて!!」
「任せて文、私も全力であなたを抱きしめる!!」
「……何なんですかねぇ、この状況」
皆思い思いに言葉にする中、椛だけが疲れたように言葉を紡いで空を見上げた。
燦々と輝く太陽がポカポカと春の陽気を降り注がせている。
いたって快晴。雨の気配ひとつ無い絶好の洗濯日和。花粉がつらい季節ではあるものの、今日の飛散具合は小康状態とはもっぱら花の大妖怪の言葉である。
けれども、とある白狼天狗の疲労はうなぎのぼり。珍妙な状態に置かれた彼女からは今日も今日とてため息がついて出る。
「でもまぁ」
けれども、彼女は笑みをこぼした。
確かに疲れる。色々変な状況で、ともすれば不満が大量に飛び出しそうな状況ではあるけれど。
「たまには、こんな日も悪くないですかね」
それでも、椛は笑う。
背中に感じるぬくもりに体を預け、ぼんやりとこの場に集まったかけがえの無い友人たちに感謝の言葉を心の中で送って。
疲れるし、迷惑だし、怒りたくもなるけれど。
それでも、自分が充実した一日を過ごせているのは彼女たちのおかげなのだと、なんとなく理解しているから。
「椛、何か言いました?」
「いいえ、何も言ってませんよ文さん。ところではたてさん、文さんのこと存分に抱きしめてやってください。むしろ圧し折れ」
「なんでよ!? やるわけ無いでしょ!!?」
文の言葉に少し誤魔化しながら、そのままはたてをからかってやれば予想通りの反応が返ってきて、椛は楽しそうにクスクスと笑う。
まだまだ日は高い。時間は今日一日たっぷりある。
暖かい陽気が笑いあう5人を包み込んで、快適な時間を提供中。
さて、これから何をしようかと今日のプランを考えながら、椛は満足そうに友人たちと共に笑いあっていた。
最後の方は絶対に鼻血吹いてるなwww
こぼさざるおえなかった
→こぼさざる『を』えなかった(得なかった)
「さんご3兄弟」じゃなくて「だんご3兄弟」な気がするんですけども……。それともわざとでしょうか?
そうですか
マジGJ
ガンダム級なのかバンタム級なのかバンナム級なのかバンダイ級なのか
この三角関係ならぬだんご関係は流行る。流行ってくれ。
あぁもう
シャ○は「出ます」なんて言わないぞ!