Coolier - 新生・東方創想話

通りゃんせ

2010/04/07 15:25:55
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「『通りゃんせー、通りゃんせー。小町ーさまーの
細道………じゃなくて、川じゃー』………なんつって」

 三途川の上で波音一つ立てない舟が、幻想郷の死神である小野塚小町と
複数の青白い霊魂を乗せて、ゆったりと彼岸を目指す。
小町は今日も変わらず、死者をあの世へ送迎する仕事をたんまり抱え、
気だるそうに櫂で水をかいている。

「『死んでない者通しゃせぬー』………っと」

 静寂な空間に小町の調子はずれな替え歌だけが響く。
幻想郷の死神達の中には仕事中、暇を持て余して歌を口ずさむ者が多いという。

「ん、そこまで長い旅路じゃなかったね。もうすぐ到着だよー」

 小町は霊魂達に背中越しに声をかけた。舳先はとうに岸辺を
捉えようとしているところだった。彼女は櫂を放し、舟の上から陸地へと飛び降りる。
舟が陸に乗り上げ、ゆるやかに上下する水上での動きをぴたりと止めた。

「到着だ、お疲れさん。ここからはお前さん達が進むんだ。あっちじゃ
小うるさい閻魔様がいらっしゃるが、粗相のないようにな」

 彼女が笑いかけると、霊魂達は何事もなくふわふわと彼岸に乗り上げて先へ先へと向かい始める。
しばらくして小町は彼女が連れた霊魂達が、その先で一列をなして進む、また別の
多くの霊魂に混ざるのを見て、「さてさて…あと何往復かなあ」と気だるげに溜め息をついた。

 再び此岸のほうに戻ろうと舳先に足を乗せると、彼女は足元に何かが岸辺で
ゆらゆらと漂っているのを目に留めた。丸っこいそれを手にとって、
彼女は首をかしげてその名をつぶやく。

「こいつは………流し雛ぁ?」

 藁で編まれた皿状の小舟に乗せられた、赤の着物で飾られた可愛らしい紙人形。
まさしく川くだりの流し雛そのものだった。

 丁寧に作られたそれをまじまじと見つめて、小町は眉をひそめる。流し雛とは
現世で行われる厄祓いの品の一種だ。それがどうしてこんな辺鄙な場所に流れ着くのだろうか。

「妙なこともあるもんだね、いやはや。ふむ、興味深いね」

 ただ首を傾げる小町の心の中で、この不思議な現象への興味が仕事への義務感を越えた。
どこぞの風変わりな死神の落し物か、もしくは生への未練を残した者の、
此岸からの贈り物か。小町の様々な想像が、まるで寄せ集められた水と油のように、
混ざり合うことなく、ぐるぐると頭の中で蠢いている。

「どちらにせよ、こいつぁ死神の本分さね。ちぃとばかし本職から
抜けてしまうが………まぁ、これくらいなら四季様も許してくれる、か?」

 大きくうなずくと、小町は櫂をつかんで舟に飛び乗った。

「ちまちま持ち主を探すよりは、真っ先にこの人形のことを調べたほうが
よさそうだ。専門家の厄神様もこの世界にゃいるんだし」

 流し雛を袂に入れて、小町は舟を先ほどと変わらない速度で此岸へと向かわせた。








 木々がそよ風を受けて、さわさわと心地良い音を鳴らす。高く昇った日の光が
温もりを与え、辺りに穏やかな場を作っている。

 妖怪の山。天狗や河童といった妖怪達が住む、自然に囲まれた世界だ。

「珍しい日に珍しい客人、その上珍しい事象の相談。ある意味では
厄日といってもいいのかしらね」

 暗色の服をまとった女性、厄神である鍵山雛が苦笑いを浮かべて、小町と手の中の
流し雛を交互に見つめる。彼女は、万物が持つ厄を周囲に集める、この幻想郷の神々の一柱だ。

「あんたなら何か知ってるんじゃないかと思ってね。そいつに見覚えはあるかい?」

「いいえ、まったく。人間の里の住人が流したものでもないし、ましてや
妖怪の山ですら見てないわ。もう少し“人形の心”を感じて見ないことには
わからないけど、少なくともこの雛は、完成はしてるけど流されてないことがわかる」

 真っ直ぐに小町の目を見て断言する雛の言葉に、小町は馴染みのない単語を
聞き取って、その言葉を繰り返す。

「“人形の心”?」

「私はただ厄を受け取るだけの便利屋神様じゃないわ。この人形が
どういった人が、そしてどういう想いで作ったか、そういうこともここから感じ取る
ことが出来る………………ふむ」

 雛はすらりと伸びた指で自身の顎を軽くつまみ、顔を少しばかりしかめた。
そしてしばらくの時間をおいて、彼女は小さな人形を小町にそっと返して、言葉を紡ぐ。

「おおよそ、わかったわ。うん、厄いわね。とてもとても。人間にとって」
「ほぅ、お早いお仕事で。しかし人形の経緯か。まぁ、ちゃちゃっと教えてくれよ」

 ケラケラと笑いながら急かす小町をよそに、雛はそばでせせらぐ川に目を落とし、
まるで昔話を聞かせるかのような語調で静かにつぶやいた。

「………あるところに、父を不治の病気で亡くした家族がいました。残されたお母さんと
七つにも満たない女の子は、一生懸命二人だけで生きていました。ところがある日、
女の子もまた、お父さんと同じ病気で苦しむ日々を送るようになってしまったのです」

 そこまで語って雛は一息ついた。小町の顔からは先ほどまでの笑顔が消え、
雛を見据える真っ直ぐな瞳が露になる。雛は両の掌を胸の前で組んで再び語り始める。

「お母さんもまた、苦しみました。お医者様には諦められ、病に苦しむ女の子に
出来ることはなにもない。考えた末、お母さんは流し雛を作ることを考えたのです。
迷信でも、治るならいい。藁をもすがる想いでお母さんはそう思ったのです。
女の子のそばで看病を続けながら、想いをこめて一つ一つ藁を編んで、
そして紙人形を折ります。でも、それもむなしく。人形が出来ないうちに女の子は
とうとう死んでしまったのです」

 雛は川の水を蹴り上げて、小町の方に見合う。
彼女は訝しげな表情で自分の疑問を口にした。

「でも、この人形は………出来てるじゃないか」

 雛はそれにかぶせるように、再び同じ口調で語り始める。

「女の子を弔った後も、お母さんは人形作りをやめません。何故ならば女の子は
まだ七つにも満たないからです、心優しいあの子は、両親への償いのために黄泉で
石積みを繰り返しているのでしょう。お母さんはそんなことを望みません。
どうかあの世では幸せに過ごしてください。彼女を想う気持ちは
いつの間にか………そういう風に変わっていったのです。自分の事など何も考えず、
一心で流し雛を作り続け、ようやくそれは完成しました。
しかしそれは川へ流されることはありませんでした。何故ならお母さんも
無理がたたって倒れてしまい、その命を失ってしまったからです。………おしまい」

 雛は長く息を吐くと組み合わせていた掌をほどき、目を丸くしている小町の方を向く。
小町は視線をあちらこちらにうろつかせ、言葉を探して問いかける。

「お前が言いたいのは、つまり。この流し雛はその想いを乗せて………
届けられたというのか?現世から、あの世に」

「そういうこと。とてもありえない話だとは思うんだけど、ね。実際、死してもその
お母さんの想いが流し雛としてそれを流したか、もしくは単にこれを子の元に
届けたかったのか………それはわからないけれど」

 伏目がちにそう語る雛を前に、小町の人形を持った手に力が入る。

 彼女は人形に目を落とし、微笑む着物の少女が、藁で優しく包み込まれ
ているのがはっきりと見据えた。

 誰かを思う気持ち、というもの。ただそれだけのことが、全く対極の世界へ
この雛人形を届けた。そんなことが果たして出来るのか。

 それが事実起きたのだとしても。その想いは、少なくとも子供のところへは
届いていない。女の子は今も、賽の河原で鬼どもに虐げられながらも何度も何度も
石を積み上げているのだろう。自分を産んだ親への、自らの早死の償いのために。

「言ったでしょう。厄い、と。それとも貴女は悲劇を楽しむタチかしら、死神さん」

「いいや。話の種にするにしちゃあ、少々聞き過ぎているかね」

 肩をすくめて軽く鼻で笑うと、小町は深く息をついて、彼女の頭上を揺れる木々の、
その向こう側の空を見つめながら静かに語る。

「………よくあることさ。あたいは死神やって長いからね。
理不尽な死の話、不幸の話。こういう話は嫌というほど耳にしたさね」

 小町は自らの頭をわしゃわしゃとかいて、軽い口調で語る。
同時に、心の中で呟く。親がが命を賭してもこめた気持ちは子に
届かないどころか、子は今もなお苦しめられているのか、と。

「でも。嫌というほど聞いて………それでもまだ、虫の好かない話だと実感出来るさ」

 小町は苦虫をつぶしたかのように顔をしかめ、ぎり、と歯を鳴らす。

 しばらくの沈黙の後、小町は手元の小さな人形を真っ直ぐと捉えて、「うん」と
声に出して大きくうなずく。そして人形を袂に入れると、
小町は目を細めて微笑み、雛に向き合った。

「色々わかったよ、ありがとう」

 手を挙げて軽い会釈をすると、小町はその場できびすを返す。
それに対して雛は慌てて小町に呼びかけた。

「どうする気なのよ、それ。私が預かっておいてもいいけど」

 小町の袂、雛人形に指差して雛は尋ねる。すると小町は首を振って、
いいよ、と一言返す。そして彼女はこう答えた。

「拾ったのはあたいさ。責任は最後まで持たなきゃね。それに………」

 硬く握った右の拳をどんと胸に当てて、小町は今度は白い歯を見せた
満面の笑みで言葉を続けた。

「こっから先はあたいの仕事なんでね」








 此岸にたどり着いた小町は、その岸辺に歩き始めた。じゃりじゃりと石の
こすれ合う音を立てて、小町はゆっくりと地を一歩一歩踏みしめるように歩み、辺りを見回す。

 さらに少しばかり進んだところで、小町はうっすらと青白い、小さな人型の霊魂を見つけた。
霊魂はその場に座り込み、その手で石を一つずつ、その目の前に積み上げている。

 小町は袂から人形を取り出す。姿かたちはわからずとも、小町は
自らの直感からそれらの繋がりを感じ、ああこの子だ、と確信する。

 ただ、雛人形が写した、おかっぱ頭の幸せそうな着物姿の少女はとうに、
ただの薄白の霊魂へと成り果てていた。

「一重積んでは父のため、二重積んでは母のため………」

 今にも消え入りそうな声でつぶやきながら、子供の霊魂はひとつひとつの石を
積み上げる。しばらくすれば、ここに潜む鬼どもが石を崩してこの子を笑うのだろう。
それでも、成仏出来ぬこの子は石を積むのをやめないのだろう。

 小町はそう心の中で呟いて、そっとそばに座り込み、子供の霊魂に向かって問いかける。

「あたいはこの塔を壊すつもりもない、だけど、これが親のためになるとは思わない。それでも
さっさと成仏を願え、というのは鬼もあたいも同じだろうよ」

 彼女はぱっと子供の手を取り、袂から取り出した雛人形を手のひらに置いて握らせた。

「お前の母さんからの餞別さね、取っておくといい。このまま石を積むか、成仏するか、
それはお前の自由だ。だけど後者を選ぶなら………あたいが特別に導いてやろう」

 そう言うと霊魂の子は手の中の人形をまじまじと見つめた。
その表情を読み取ることは出来ないが、人形をしっかりと掴んで離さない様子を
見ると、話が伝わったことだけは小町に理解できた。

 しかしながら、霊魂の子供は再びその人形を片手に石を積み始める。

 たとえ報われないことだとしても、子はこれが親への償いだと信じている。
小町はそれを理解し、この子がその選択をするであろうことを知っていたので、
小町はただ何も語らずその場でそっと立ち上がり、そのまま背を向けた。

 雛人形を届けた。その行為は、この母と子らを思っての、いわば同情からのものではない、
と小町は心に留める。何故なら彼女は死神であり、生者死者の無力さをただ
受け入れるだけの者。それに抗い、その不平を語るべき存在ではないからだ。

 それでもこの行動を取ったのは、人形をあるべき場所へ返した、
ただそれだけのことでしかない、と彼女は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。

 小町は自分の役割を終えたことを感じて、再び自分の本来の職務へと
戻るため、近場に留めた自らの舟へと歩き始める。

 風音も波音もしない、静かな此岸の世界で。
 カタン、と小町の背中越しに、少女の石を積む音がよりはっきりと耳を突いた。








 結局、霊魂を乗せた小町の舟が彼岸へ辿りついたと同時に彼女は、
岸辺で待っていた自分の上司の閻魔、四季映姫に「遅い!」とこっぴどく怒られることになる。
しかし小町は適当な言い訳をつけてさっさと舟を出し、
今は霊魂を乗せた舟を彼岸へ進める職務を再開していた。

「今日も今日とてお仕事お仕事。こんなに頑張ってんのに何であの人はガミガミ言うかねえ」

 苦笑いを浮かべながら背中越しに霊魂に話しかけるが、返答は来ない。とはいえ、
単なる独白めいたものだし彼女も返答を望んで問いかけたわけではないのだが。

「でもさあ、実際どうなんだろうねえ。今日のあれは、サボりだったのか。
それとも仕事だったのか。あの人的にはどっち扱いなんだろうねえ」

 どちらにせよ、正直に今日の事を伝えれば真面目で心優しい上司は
小町をを叱ることはなかったのだろうか。だが悩みの抱えやすい
あの四季映姫にそういった事柄を語るのを、小町は出来るだけ控えたかった。
 こういう厄介事を受けるのも死神の仕事だ、と小町は思う。

「………こういう仕事は。本当は暇なぐらいがいいんだけどねぇ。でもしょうがないか。
最近死人が多くなっちまったし。がんがん働いちゃうかなー」

 あはは、と大口を開けて笑うと、小町はいっそう櫂に力を入れて舟を漕ぎ出し、
再び調子はずれな替え歌が辺りに響く。しばらく通りゃんせ通りゃんせ、と
変わらない響きを口にした後に彼女は、


「『この子の成仏のお祝いに、人形納めに参ります』」と静かに歌った。
童謡「通りゃんせ」や「賽の河原地蔵和讚」、その他民謡を基にして
自分の解釈、観点から描いてみました。ゲーム原作でも
こういう話があったのでそちらも参考に。
後に追記もちょこちょことしましたが、これ以上心情描写ばっかり
書くと絶対文章が長くなるー…あうあー。

そして、こうして小町が変わらぬ死神生活をしている、その一方。
編曲 by 俺の、とあるアレンジ曲では小町はガチムチの霊魂達を引き連れて
雄叫びを挙げ、彼岸へと侵略していくのであった。続きはブログで!宣伝乙。
かち割り氷
http://www.voiceblog.jp/librablue_1016/
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コメント



0.540簡易評価
1.50冬。削除
勿体無い、と思いました。
物語自体は良かったです。ただ平坦でしたね。淡々とも言えるのだけど。
魅せたいと思った箇所を、もっと強調できれば良いのにと思いました。
8.80名前が無い程度の能力削除
面白かったですよ~
9.50名前が無い程度の能力削除
なんか雛様が、単なる解説キャラになってしまっているのは寂しいな
14.70名前が無い程度の能力削除
三点リーダーは「・・・」ではなく「……」という具合に用いるのがSSのお約束事です。

怠惰な死神はいろんなものに折り合いをつけて今日も舟を漕ぐんですね。
素敵なお話でしたが、もうちょいがっつり見たかったのでこの点数で。
15.無評価かち割り氷削除
適当なところでレスをお返し。

>冬さん
コメントありがたや、そう考えるとこの物語で
魅せたいところってどこなんだろうと書いた本人が
わからなくなってくる不思議。

>8番の名無しさん
ありがとうございます。
生と死が絡むお話は実体がないだけにイメージを膨らませやすい。

>9番の名無しさん
コメントありです。最初は雛様の心情描写が
あったんですけど、神様って何考えてるのかよくわからry
ということで立ち位置が地味になってしまった、申し訳ない。

>14番の名無しさん
Oh...時間を見計らって修正します。コメントありです。
「・・・」←変換してみたら環境依存文字、というらしいです。よくわからないw
この子の話はここで終わりですが、死神の仕事はまだまだつづくんじゃ。
16.80ずわいがに削除
死神の仕事……いつも通り、ね。
良い雰囲気でした。
17.70名前が無い程度の能力削除
雛からの解説のところ、回想にしてお母さんの主観に当時の様子を書いたらより面白かったのではないでしょうか。
あと、なんとなく雛の「とてもありえない話だとは思うんだけど、ね。」という台詞でこのストーリーが陳腐なものに変わってしまったように感じました。
童謡からインスピレーションを得たこのお話の内容はとても面白いものに思いましたが、全体的に薄いので勿体ないです。
18.100名前が無い程度の能力削除
とても幻想的なお話に感じました。
淡々と物語は流れていますが、そちこちに見受けられる、切なさ溢れる童謡・民謡の世界の描写がとても合います。
物足りなく、淡々としているからこそ情景が浮かぶ。そういう雰囲気を楽しませて頂きました。雰囲気ありきで物語を読む質の私には、頭でなく心に残るものがありました。

切ないですが、後に引く胸に沁みるような雰囲気。魅力的でした。