「むー……」
明るめに灯りを取り入れた部屋の中、机に向かって一人唸る少女。
筆を持ったまま固まっては時折頭を掻き、身体を前後に揺らしてまた唸る。
そうして何度も唸る事小一時間、筆はまだ紙に触れてすらいない。
「…はぁ」
筆を置いて溜息一つ、一向に始まらない新聞製作に、射命丸文は苦悩していた。
魅力的な写真は有る、記事内容もどうとでも出来る。
しかしそれだけではどうにもならない、見出しの一文が中々決められずに居るのだ。
ましてやこの射命丸文、見出しに魂を籠める新聞記者。
文々。新聞の華としている見出しを決めない事には、見出しに合う記事を書く事が出来ない。
その見出しだけ決まれば、記事内容を書き切る自信は有るのだが。
「バツ……バツ……中々良いのが思いつかないわねぇ」
いくつも頭の中で思い付いたアイデアを、片っ端から没送りにして行く。
もっと面白そうな見出しを、より人を惹き付ける見出しをと、身近に有る色々な物や写真を眺めて考える。
しかし、今の文にはそれが出来ない。 文の思考は面白おかしい一文を考える状態に無いからだ。
先日行われた天狗の新聞大会。
文の文々。新聞は例年通りあまり揮わず、下位をキープするという結果に終わっている。
それなりのポリシーが有る為酷く落ち込んでいる訳では無いが、結果は結果。 あまり気分が乗らないまま今に至っている。
面白い見出しのイメージを掴むには、相応の気分が必要だからだ。
「うーん……また神社にでも行こうかしら」
日はまだ高く、時間は十二分に有る。
麓の神社、山の神社、どちらも取材をするには一長一短で、魅力的ではある。
紅白の巫女は言わずもがな、山の現人神もまた目立つ行動が増え、興味深い取材対象となっているからだ。
「……やめよ」
しかし、取材に行く気すら起きない。
こういう時、麓の神社で宴会でも有れば良い気晴らしになるのだが、生憎暫く宴会の予定は無い。
それも、天狗の新聞大会の時に散々飲み荒らしてしまったからなのだが。
取材も執筆も意欲が湧かず、宴会も開かれない。
他に気晴らしになる事と言えば。
「そうだっ」
ある事を思い出して、文は早速準備に取り掛かる。
まだ日が浅いから中々思いだせずに居た、あいつが居るじゃない、と。
十分後、いくつもの大きな袋を抱えた文は、自宅を出て山中へと飛び立つ。
そして最近懇意になったばかりの、初々しい鴉天狗の元へと飛翔した。
「むー……」
明るめに灯りを取り入れた部屋の中、机に向かって一人唸る少女。
筆を持ったまま固まっては時折頭を掻き、身体を前後に揺らしてまた唸る。
そうして何度も唸る事小一時間、筆はまだ紙に触れてすらいない。
「…はぁ」
筆を置いて溜息一つ、一向に進まない新聞製作に、姫海棠はたては苦悩していた。
小難しい文章がいくつも浮かんでは掻き消え、脳内で纏まらずにまたバラバラな語群に戻る。
そんな事を何度も繰り返していると、いつの間にか文章の組み立て方そのものが分からなくなって来てしまう。
写真は用意した、見出しは後からどうとでもなるし、記事内容のイメージも掴めてはいる。
しかし肝心の文章が構築出来ない、頭の中で思い描いたイメージが形に表せない。
どんな言葉を用いて、どんな雰囲気を魅せれば記事を引き立てられ、読者に受け入れてもらえるか。
考えれば考えるほど、言葉同士が絡まる様に詰まっていく。
「ダメだ……ぜんっぜん書けない」
はたては筆を置き、机から離れてベッドに背中から倒れ込む。
ケータイカメラを取り出して、何か面白そうなニュースが無いか適当にキーワードを入れて探していく。
しかしこれといって収穫は無く、はたてはカメラを片手に四肢を投げ出した。
やはり自分で出なければ良いニュースは得られないのか、と取材に出掛けようか考える。
日はまだ高く、時間は十二分に有る。 だが、はたての気分は外に向かなかった。
はたてもまた、先日の天狗の新聞大会で大敗を喫していたのだ。
沈んだ気分で外に出ても、インスピレーションなんて何一つ浮かばないだろう。
「うーん……何しよっかなぁ」
記事も書けない、取材にも行けない、カメラも良いニュースを見つけられない、宴会の予定も無い。
手持ち無沙汰に、纏め上げた髪をくるくるといじる。
何をしようか、いっそ一眠りしてしまおうか、はたては記事の事を半ば投げ捨て、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「はたて、居る?」
玄関の戸が強く叩かれたのは、それから間も無い事だった。
「文?」
その声を聞いてはたては飛び起き、文を迎え入れる。
少し息を切らしていた文は、部屋に入るなりぺたりと座り込んだ。
「はたて、今から飲まない?」
くいっ、とグラスを傾けるジェスチャーも合わせて、酒の席に誘う文。
外はまだ日が高く、宴に興じるには少し早いと感じてしまう程、明るい。
しかし自分本位の鴉天狗はそんな事もお構い無しに、宴の誘いをはたてに持ちかける。
「………」
突然の来訪者、無理矢理な提案、しかしはたては断る気はしなかった。
どうせ何をする気分じゃないなら、真昼間から飲んだって何も問題は無いだろう。
宴会上等、とことん飲んでやろうとはたては決める。
「ええ、良いわよ。その代わり酒と肴の準備は文がやってね」
主犯が文なら責任も文だ、と突きつけてみれば、ニヤリとした笑みで返される。
文は立ち上がって玄関から外へ向かい、はたてもそれに付いて出てみると、
「もちろん!」
いくつも並べられた大きな袋の中に、所狭しと詰め込まれた酒や乾物、珍味の数々。
既に準備は整えられていた。
はたての一声ですぐさま宴会は始められる状態に在ったのだ。
「――良い度胸じゃないの、どちらが先にぶっ倒れるか、勝負よ! 文!」
山と積まれた酒が有り、つまみが有り、好敵手が在る。
ならば、する事は唯一つ。
「最初からそのつもりよ!」
袋は全てはたての家の中に持ち込まれ、その場で二人だけの大宴会が開催された。
「何だって私の新聞が評価されないのよっ! あんな嘘だらけの新聞なんかよりよっぽど優良だわっ!」
半刻もすれば、二人の鴉天狗はすっかり出来上がってしまった。
辺りに散乱するは多量のつまみの空袋に、飲み干されたお酒の一升瓶。ざっと16ダースは有るだろう。
その中心に居る二人は、新聞大会を肴に日頃の鬱憤を存分に叫んでいた。
「ああもう、文の新聞なんてまだマシじゃない。 私の新聞なんてさー!」
「あんたの新聞には華が足りないのよ、もっと読まれる様に努力をしなさいっ!」
「なにをー!」
言葉一つで瞬時に睨み合い、いがみ合い、そして笑い合う。
涙が出そうな楽しさが、沈みかけていた気分を何処かに吹き飛ばしてしまうかの様だ。
「あー、何だか新聞大会で負けたなんてちっちゃい事で悩んでたのが馬鹿らしくなっちゃった」
べたっと倒れて、文はそう漏らす。
真っ赤な顔を笑顔で満たし、天井を見上げて、大声で嫌な気持ちを吐き出していく。
「あれ、文もそれで悩んでたんだ。 私もそれで新聞書く気分になれなくてさー」
「はたても? それじゃあ宴会に誘って正解だったわね」
「そうねぇ、誘ってくれて嬉しかったわ」
「今だけよ。 明日からはまたライバルだから、ね」
「ええ」
お互いの目的は忘れず伝え合って、二人一緒に酒瓶を傾ける。
その一口が聞いたか、はたても文の横に仰向けに寝転んだ。
「んー、はたてはもう限界?」
「まだまだ。文こそもう一杯一杯なんじゃない?」
「そう言うはたてこそ、もうフラフラじゃないの」
どっちもどっちである。
「あー疲れた」
偶には筆を手放してみるのも、案外悪くは無い。
床に身体を投げ出して、はたてはそう考えた。
気の置けない好敵手の存在とは、かくも有り難いものなのか。
はたても文も、互いに触発し合い高め合い、こうして悩みを分かち合う事も出来る様になった。
何だかんだ言いつつも、向上心と好奇心の前にはあらゆる壁は意味を成さない。
ならばお互い同じ志と目的を持つ者、対立と協力を繰り返すのは古来よりの鉄則。
「悪酔いしてるねぇ、私も文も」
「別に良いわ、嫌なものには嫌なものでもぶつけて滅茶苦茶にしてやればスカッとするのよ」
「あはは、毒を食らわば皿までって奴ね、言えてるー」
「違うわよ。 毒をもって毒を制すよ」
「あれー?」
相当に酔っているのだろう、はたては自分の間違いに気付いていなかった様だ。
まあいいやどうせ非番だし、と色々投げ捨てて寝転がれる心地良さを全身に染み渡らせる。
その心地良さはじわじわと毒の様に身体中を侵食し、痛みを知らせぬ内にはたての自由を奪っていた。
「…………」
すぅ、すぅ、とはたての寝息が先に聞こえ始める。
文は身を起こしてその寝顔を覗いてみると、何とも幸せそうな笑顔で眠りに落ちていた。
きっと今はたては、悩みを全て忘れて休んでいるのだろう、羨ましいと文はこっそり呟く。
「…この勝負、私の勝ちね」
懐に忍ばせておいたカメラを取り出し、はたての寝顔を一枚。
しっかり撮れたのを確認して再び仕舞い込み、文ははたての隣に寝転がった。
文とて既に限界近く、愚痴を交わす相手が居なければ意識ももたない。
目を閉じて数十秒もすれば、寝息が二人分になって聞こえ始める。
二人が目を覚ます頃には、悩みなんて綺麗さっぱりお酒に洗い流されている事だろう。
そうして日を跨げば、二人はいつも通りに新聞を作り合い、時にはぶつかって技術を高め合う。
ただこの一時が在る限り、文とはたてはいつまでも最高の好敵手で居られるのだ。
その一時はゆるやかに過ぎて行く。鴉天狗達も羽休めをする、暖かな夕暮れ時の事。
すぅ、すぅ。 くぅ、くぅ。
ダブルスポイラー解禁してるはずなのにはたてのSSが少ないのがちょっと悲しい
書き出しとか色々悩むのよね;ww
昼寝SSはこっちまで眠くなってしまうという罠ががががが