「飲むぞ、飲むぞー!」
境内の真ん中で、いつも通り萃香が杯を片手に満面の笑みを浮かべている。
朝から宴会を開いてもなにを言われることもなく、またなんの違和感もない季節、春。
この幻想郷でも例に漏れず、博麗神社にて花見が行われている。
いつも通り暇な連中が集まってのドンチャン騒ぎ。
いつもなら後片付けの心配をするところなんだけど、せっかくの花見でそんなことを心配するほど、私は野暮ではないつもり。
騒ぐ連中の輪から離れ、桜の木の下に腰をおろしている私も、萃香と同じように杯を傾ける。
お酒は喉元を熱くしながら私の体に染み込んでいった。五臓六腑に染み渡るってきっとこういうことを言うのね。
「おーい、れーいむー!」
酒瓶と杯を手に、フラフラしながら萃香が寄って来る。
「呑んでるかー? 一緒に呑もー!」
お酒のせいか花見だからかいつも以上に陽気な萃香が、私の前に座り体を預けてくる。小柄な萃香の体は、すっぽりと腕の中に収まってしまった。
この子の定位置。萃香だけの居場所。
「霊夢の膝の上で呑むお酒は格別だなぁ」
萃香のぬくもりを感じながら呑むお酒は格別、なぁんて私は言わない。恥ずかしいもの。
それに私は……
一気にお酒を飲み干してから杯を下ろす。そして萃香の体をきゅっと抱きしめた。
お酒もいいけど私は萃香を抱きしめてる方がいい。
萃香の体温が春の木洩れ日と共謀して私を夢見心地にさせる。あたたかいわねぇ……
「せっかくのお花見なんだし、桜も見たら?」
「どちらかというと私は花より団……お酒だぁ!」
「ふふ、言うと思ったわ」
「でもでも、ちゃんとわたしも桜を見てるんだぞ?」
「あら、そうなの?」
さっきからお酒を呑んでばかりいる気がするけれど。
「うん……桜ってキレイだったんだなぁ」
「いまさらねぇ。桜はキレイなものよ? 昔からずっと」
「わたしは初めてキレイだなって感じた。今までは桜もただの花だって思ってたんだ」
そんなことを言いながら、風に吹かれて舞う桜を萃香が眺める。
つられて私も目を移す。
やっぱりいいものね、桜って。
「なんでこんな気持ちになるんだろう……」
さっきまでとは打って変わった口調に少なからず驚いた。お酒を呑んでいる時に萃香のこんな声を聞いたことがない。というか普段でも聞くことなんてない。
「なんだか不思議な感じだ。桜はキレイなのに、さびしい気がする……」
「萃香……?」
「なんでだろう? なんでこんな気持ちになるんだ? 霊夢はわかるか?」
「うーん……ただ散るのが早いからじゃないかしら?」
よくわからないわ。そんなこと考えたこともなかったし。
「よぉし! ならもっといろんな奴に聞いてみよう!」
突然いつもの調子に戻った萃香が腕の中から飛び出してしまった。
もうちょっと抱きしめていたかった……
「霊夢! 一緒に行くぞ!」
にぱっと八重歯を見せながら笑った萃香が手を差し出してくる。
仕方ないわねぇ。
私は萃香の手を取り立ち上がる。
「それで? まずは誰に聞くの?」
「うーん、誰がいいと思う? 霊夢の勘はよく当たるから霊夢に任せる!」
「そうねぇ……」
中空を睨むようにしながら考える。いろいろなことを知ってる人がいいわよねぇ。となれば……
「パチュリーなんてどうかしら?」
図書館に住んでるくらいなんだし、きっとなにか知ってるでしょう。
「なるほど! なら早速行くぞぉ!」
すっかり本調子な萃香は私の手を引いて歩きだす。
さっきのしんみりした萃香はなんだったのかしらねぇ。
パチュリー・ノーレッジ、アリス・マーガトロイドの場合
「あら? 魔理沙がいないわね」
「ホントだな! アリスとパチュリーか。魔理沙がいてもおかしくないな!」
「魔理沙?」
私たちの言葉に、二人がぴくっと反応する。ほぼ同時に。
「ん? 魔理沙がどうかしたのか?」
「……魔理沙が、魔理沙があぁあああ!」
「ちょ、アリスどうし……酒臭! これはひどい! 霊夢助けてくれ!」
突然泣きついてきたアリスを抱える萃香。っていうか、萃香に酒臭いって言わせるなんて、只者じゃないわね。
「ほら、アリス立ちなさい」
「ぐすん……」
「それで? 一体何があったの?」
あんまり聞きたくないっていうか、声をかけたのを少し後悔しながら、まだまともそうなパチュリーに話を聞く。
「……魔理沙がとられたのよ」
「とられた?」
わたしたちは同時に口に出し、顔を見合わせた。
「河童よ! 河童にとられたのよ! 私の魔理沙! 魔理沙ぁああああ!」
「……あなたのって言うのは聞き捨てならないわね……まぁいいわ。とにかく今アリスが言った通りよ」
「河童って言うと……にとりか?」
「そうよ! あの河童のせいでぇえええ!」
「もしかしてそれでアリスは呑みすぎてるわけ?」
「……えぇ」
「絶対に魔理沙は取り返すわ! 絶対、絶対に!」
それでこの二人が一緒に呑んでるわけね。
私はこっそりと魔理沙たちの方を見やる。
たしかに魔理沙とにとりが楽しそうに呑んでるわ。
「それにしてもあの二人、あんなに仲良かったかしら?」
「……なにかあったらしいわよ」
「ふぅん……」
まぁ特に私たちに関係はないわね。魔理沙が誰と仲良くなろうと、魔理沙の勝手なわけだし。
「ふぅんって何よ! っていうかあなた鬼でしょ! 鬼なら河童に上司命令とかで魔理沙から引き離してよ!」
「へ? わたしが?」
「……そういえば、鬼と河童の関係ってそうだったわね」
「いやでもなぁ……」
渋る萃香。まぁ萃香の性格を考えたら当然ね。だからきっと答えも……
「うん、やっぱり断る。そんな無粋な真似わたしはしたくない」
よね。きっとそう言うと思ってたわ。
「じゃあ私はどうしたらいいのよ!」
「そんなの私たちが知るわけないじゃない。二人で考えなさい」
「魔理沙ぁ! 魔理沙ぁあ」
まったくこれじゃあ病気ね。恋の病なんていうけど、ホント文字通りね。私も萃香がいなくなるとこうなるのかしら、考えたくないわねぇ。
「っていうか、そんなに魔理沙魔理沙言うくらいなら、あっちに行けばいいじゃない」
私はそう言って、魔理沙の方を指差す。
「……一応、言ったわよ」
「言ったけど、二人して桜がキレイだとかで意気投合してんのよ! 私たちに残ったのは疎外感よ! 疎外感! たまらないからこっちで作戦会議してたのよ!」
「にとりも桜がキレイだって言ってたのか!」
「そうよ、花なんてどれも同じじゃない! 何がキレイよ!」
「……まったくね、理解しがたいわ」
「霊夢! 魔理沙たちのところに行こう!」
目を輝かせた萃香が私の手を引っ張る。
「あ、上司命令してくれる気になったの?」
「違う! けど、聞きたいことがあるんだ!」
萃香の言葉にいちゃもんつける酔っ払いを放置し、私たちは魔理沙のところへと向かった。
霧雨魔理沙、河城にとりの場合
「魔ー理沙ー!」
「んぁ? なんだ? 萃香」
「ひぇ! 鬼!」
お酒のせいか頬を赤く染めた魔理沙。一緒にいたにとりは萃香の声を聞くなり、魔理沙の後ろに隠れてしまう。
「最近あなたたち仲良いわねぇ」
「あっはっは! いろいろあったんだゼ。なぁにとり!」
「そうだね、ホントいろいろあったよ」
なんだかにとりが恥ずかしそうね。魔理沙は魔理沙でにやけ顔だし、何があったかちょっと興味あるわ。
「ま! 霊夢たちほどでもないけどな。それで? どうかしたのか?」
「魔理沙たちは桜をどう思う?」
すぐにでも聞きたかったのだろう萃香は、単刀直入に質問をぶつける。
「ん? どう思って? どういうことだ?」
「あんなにキレイなのになんだかさびしい気がしないか?」
「それが桜ってもんじゃないのか?」
「じゃあ河童はどう思う?」
「ふぇ! あ、あたしですか? あのーそのー、あたしも同じように思い……ます。はい」
「やっぱりか! だよなぁ! いやぁ、話しの分かる奴に会えてよかったよ!」
よほどうれしかったのか、萃香が機嫌よくにとりの腰をバンバン叩く。困ったように、にとりは笑った。
「でもなんでまたそんなことを聞きに来たんだ?」
「今日初めて桜をキレイだって思ったらしいのよ、この子。それが気になるんですって」
萃香に代わって私が答える。
「そういえばにとりも同じようなこと言ってなかったか?」
「うん、あたしも今年初めて。桜を見て寂しくなるなんて思ってもみなかったよ」
「河童はなんでそんな気持ちになるか分かるか?」
「あー……」
難しい顔をしたにとりが言い淀んだ。
「すいません……あたしにもわからないんです」
やっぱりかーと言って萃香が肩を落とす。
「……魔理沙はなんでだか分かるか?」
「んー、そりゃあきっと桜が簡単に散っちまうからだと思うゼ?」
「簡単に散ってしまうから?」
「そうさ、簡単に散っていく儚さのせいで寂しく感じるんだよ。人の人生は短いからな、桜の儚さと自分たちの儚さを重ねてるんだろう」
あぁ、そういうことか。たしかに風が吹いただけで散っていくなんて桜くらいだし、その儚さのせいで桜を特別に感じているわけね。
「それにしてもよく魔理沙がそんなこと知っていたわね。正直意外だわ」
私は思ったままのことを口にする。
「こう見えても私は読書家だからな」
「儚い……もの」
萃香の声の抑揚がまた下がり、繋いでいた手をキュッと握りしめてきた。
「いつだか阿求に見せてもらった資料にだな、えーっとなんだっけ? なんか歌が詠まれてたんだけど……なんだっけなぁ」
「この前一緒に読んでたヤツかい?」
「あーそれだそれ。にとり覚えてるか?」
「覚えてないけど、写真ならあるよ、ほら」
にとりがポケットから取り出したのは、一枚の写真。
そこには魔理沙とにとりが抱きあいながら仲良く写っていた。照れくさそうに笑ってる魔理沙が印象的。
「少なくとも資料って感じじゃないわね」
「あれ? あ、間違ったよ、これはあたしの宝物だった」
「あ、あんまりそれを人に見せないでほしいんだゼ……」
恥ずかしいのか、魔理沙は帽子のつばを掴んで顔を隠した。こんな魔理沙を見るのも珍しいことね。いいもの見せてもらったわ。
「ごめんごめん。こっちだよ、こっち」
それを魔理沙がひったくるようにして受け取った。
「まったく勘弁してくれよな」
「それで? どんな歌なの?」
「まぁ焦るなって、えーっとだな。『散ればこそ、いとど桜はめでたけれ、憂き世になにか久しかるべき』だってさ」
えーっと?
「それってつまり……どういうことなの?」
古い言葉はよく意味が分からないわ。なんとなくなら雰囲気はわかるけど。
「散るからこそ、桜は素晴らしいものだ、この世に不滅のモノなんてないのだから。そう詠っているんだよ、霊夢」
不意に隣から答えが返ってきて驚いた。
「萃香、あなた分かるの?」
「こう見えても遠い昔から生きてるんだ。いろんな知識があるのさ」
「どうだ? 萃香。少しは私も役に立ったか?」
「あぁ。ありがとう魔理沙。おかげでこのモヤモヤがなんなのかわかったよ」
「そうか……お役に立てて光栄だぜ。それじゃあ私たちはもうちょっと呑むことにするか。行こうぜ、にとり」
「え? あ! うん」
魔理沙はにとりの手を引いてお酒が入った樽の方へと向かっていく。さて、私たちはどうしたものかしらね。
気になっていたことがわかったにしては、萃香の調子がまたおかしい。どこか悲しそうで、それこそ儚げな雰囲気。いつもみたいに能天気で底抜けに明るい萃香ではない。
見てるわたしまでもが寂しくなりそうな表情をしている。
どうしたのだろう? 萃香は。
「萃香……?」
「…………」
黙ったまま手を放し、萃香が神社を囲む森の方へと歩き始める。
私の心臓が一つ、大きく跳ねた。
このままいなくなってしまうのでは? なんて思ったから。
だから、慌てて追いかける。
私の、大切な子のあとを。
萃香は森の中で立ち止まり、桜を見上げていた。
私はそんな萃香を見つめる。
「萃香? どうしたの?」
一体何があったのかわからない私には、ただ尋ねることしかできない。
「……ようやくわかったよ。わたしはこの花が嫌いだったんだ」
ポツリと、滴が一滴だけ落ちた時のように、萃香の声が零れる。
「魔理沙が『桜は儚い』って言ったのを聞いて思い出したよ。この世の者の儚さを。わたしは知っていたんだ、この世の儚いものたちを。だって……わたしは『鬼』だから」
「萃香……」
「見たくなかったから目を背けていたのに、散っていく桜を見ていると、それを直視させられ続けている気がする。気付きたくなかったことに無理やり気付かされた。だから……嫌いだ」
私たちの間を一陣の風が吹き抜けて、花びらを舞い散らし萃香の言葉を攫っていく。
ひらひら、ひらひら楽しそうに萃香の周りでたくさん踊り回る。
春の木洩れ日を受け、淡い薄紅色が一層映えて見えた。
そんな光景がとてもきれいで、幻想的で、世界がここだけ切りぬかれたような錯覚に陥る。
中心にいる萃香はただその光景を眺めている。花を散らす桜に彼女は何を想っているのだろう。
「なのに……だから綺麗なんだ。霊夢……」
消え入りそうな声で、そう呟いた萃香の声が私にかろうじて届く。
そして私の方を見て、今まで見せたことのない表情で彼女は笑った。
寂しそうで、でも優しい頬笑み。
その笑顔が私の胸を締め付ける。
――――萃香。
「ええ……そうね」
私は萃香に向かって微笑んだ。
境内の真ん中で、いつも通り萃香が杯を片手に満面の笑みを浮かべている。
朝から宴会を開いてもなにを言われることもなく、またなんの違和感もない季節、春。
この幻想郷でも例に漏れず、博麗神社にて花見が行われている。
いつも通り暇な連中が集まってのドンチャン騒ぎ。
いつもなら後片付けの心配をするところなんだけど、せっかくの花見でそんなことを心配するほど、私は野暮ではないつもり。
騒ぐ連中の輪から離れ、桜の木の下に腰をおろしている私も、萃香と同じように杯を傾ける。
お酒は喉元を熱くしながら私の体に染み込んでいった。五臓六腑に染み渡るってきっとこういうことを言うのね。
「おーい、れーいむー!」
酒瓶と杯を手に、フラフラしながら萃香が寄って来る。
「呑んでるかー? 一緒に呑もー!」
お酒のせいか花見だからかいつも以上に陽気な萃香が、私の前に座り体を預けてくる。小柄な萃香の体は、すっぽりと腕の中に収まってしまった。
この子の定位置。萃香だけの居場所。
「霊夢の膝の上で呑むお酒は格別だなぁ」
萃香のぬくもりを感じながら呑むお酒は格別、なぁんて私は言わない。恥ずかしいもの。
それに私は……
一気にお酒を飲み干してから杯を下ろす。そして萃香の体をきゅっと抱きしめた。
お酒もいいけど私は萃香を抱きしめてる方がいい。
萃香の体温が春の木洩れ日と共謀して私を夢見心地にさせる。あたたかいわねぇ……
「せっかくのお花見なんだし、桜も見たら?」
「どちらかというと私は花より団……お酒だぁ!」
「ふふ、言うと思ったわ」
「でもでも、ちゃんとわたしも桜を見てるんだぞ?」
「あら、そうなの?」
さっきからお酒を呑んでばかりいる気がするけれど。
「うん……桜ってキレイだったんだなぁ」
「いまさらねぇ。桜はキレイなものよ? 昔からずっと」
「わたしは初めてキレイだなって感じた。今までは桜もただの花だって思ってたんだ」
そんなことを言いながら、風に吹かれて舞う桜を萃香が眺める。
つられて私も目を移す。
やっぱりいいものね、桜って。
「なんでこんな気持ちになるんだろう……」
さっきまでとは打って変わった口調に少なからず驚いた。お酒を呑んでいる時に萃香のこんな声を聞いたことがない。というか普段でも聞くことなんてない。
「なんだか不思議な感じだ。桜はキレイなのに、さびしい気がする……」
「萃香……?」
「なんでだろう? なんでこんな気持ちになるんだ? 霊夢はわかるか?」
「うーん……ただ散るのが早いからじゃないかしら?」
よくわからないわ。そんなこと考えたこともなかったし。
「よぉし! ならもっといろんな奴に聞いてみよう!」
突然いつもの調子に戻った萃香が腕の中から飛び出してしまった。
もうちょっと抱きしめていたかった……
「霊夢! 一緒に行くぞ!」
にぱっと八重歯を見せながら笑った萃香が手を差し出してくる。
仕方ないわねぇ。
私は萃香の手を取り立ち上がる。
「それで? まずは誰に聞くの?」
「うーん、誰がいいと思う? 霊夢の勘はよく当たるから霊夢に任せる!」
「そうねぇ……」
中空を睨むようにしながら考える。いろいろなことを知ってる人がいいわよねぇ。となれば……
「パチュリーなんてどうかしら?」
図書館に住んでるくらいなんだし、きっとなにか知ってるでしょう。
「なるほど! なら早速行くぞぉ!」
すっかり本調子な萃香は私の手を引いて歩きだす。
さっきのしんみりした萃香はなんだったのかしらねぇ。
パチュリー・ノーレッジ、アリス・マーガトロイドの場合
「あら? 魔理沙がいないわね」
「ホントだな! アリスとパチュリーか。魔理沙がいてもおかしくないな!」
「魔理沙?」
私たちの言葉に、二人がぴくっと反応する。ほぼ同時に。
「ん? 魔理沙がどうかしたのか?」
「……魔理沙が、魔理沙があぁあああ!」
「ちょ、アリスどうし……酒臭! これはひどい! 霊夢助けてくれ!」
突然泣きついてきたアリスを抱える萃香。っていうか、萃香に酒臭いって言わせるなんて、只者じゃないわね。
「ほら、アリス立ちなさい」
「ぐすん……」
「それで? 一体何があったの?」
あんまり聞きたくないっていうか、声をかけたのを少し後悔しながら、まだまともそうなパチュリーに話を聞く。
「……魔理沙がとられたのよ」
「とられた?」
わたしたちは同時に口に出し、顔を見合わせた。
「河童よ! 河童にとられたのよ! 私の魔理沙! 魔理沙ぁああああ!」
「……あなたのって言うのは聞き捨てならないわね……まぁいいわ。とにかく今アリスが言った通りよ」
「河童って言うと……にとりか?」
「そうよ! あの河童のせいでぇえええ!」
「もしかしてそれでアリスは呑みすぎてるわけ?」
「……えぇ」
「絶対に魔理沙は取り返すわ! 絶対、絶対に!」
それでこの二人が一緒に呑んでるわけね。
私はこっそりと魔理沙たちの方を見やる。
たしかに魔理沙とにとりが楽しそうに呑んでるわ。
「それにしてもあの二人、あんなに仲良かったかしら?」
「……なにかあったらしいわよ」
「ふぅん……」
まぁ特に私たちに関係はないわね。魔理沙が誰と仲良くなろうと、魔理沙の勝手なわけだし。
「ふぅんって何よ! っていうかあなた鬼でしょ! 鬼なら河童に上司命令とかで魔理沙から引き離してよ!」
「へ? わたしが?」
「……そういえば、鬼と河童の関係ってそうだったわね」
「いやでもなぁ……」
渋る萃香。まぁ萃香の性格を考えたら当然ね。だからきっと答えも……
「うん、やっぱり断る。そんな無粋な真似わたしはしたくない」
よね。きっとそう言うと思ってたわ。
「じゃあ私はどうしたらいいのよ!」
「そんなの私たちが知るわけないじゃない。二人で考えなさい」
「魔理沙ぁ! 魔理沙ぁあ」
まったくこれじゃあ病気ね。恋の病なんていうけど、ホント文字通りね。私も萃香がいなくなるとこうなるのかしら、考えたくないわねぇ。
「っていうか、そんなに魔理沙魔理沙言うくらいなら、あっちに行けばいいじゃない」
私はそう言って、魔理沙の方を指差す。
「……一応、言ったわよ」
「言ったけど、二人して桜がキレイだとかで意気投合してんのよ! 私たちに残ったのは疎外感よ! 疎外感! たまらないからこっちで作戦会議してたのよ!」
「にとりも桜がキレイだって言ってたのか!」
「そうよ、花なんてどれも同じじゃない! 何がキレイよ!」
「……まったくね、理解しがたいわ」
「霊夢! 魔理沙たちのところに行こう!」
目を輝かせた萃香が私の手を引っ張る。
「あ、上司命令してくれる気になったの?」
「違う! けど、聞きたいことがあるんだ!」
萃香の言葉にいちゃもんつける酔っ払いを放置し、私たちは魔理沙のところへと向かった。
霧雨魔理沙、河城にとりの場合
「魔ー理沙ー!」
「んぁ? なんだ? 萃香」
「ひぇ! 鬼!」
お酒のせいか頬を赤く染めた魔理沙。一緒にいたにとりは萃香の声を聞くなり、魔理沙の後ろに隠れてしまう。
「最近あなたたち仲良いわねぇ」
「あっはっは! いろいろあったんだゼ。なぁにとり!」
「そうだね、ホントいろいろあったよ」
なんだかにとりが恥ずかしそうね。魔理沙は魔理沙でにやけ顔だし、何があったかちょっと興味あるわ。
「ま! 霊夢たちほどでもないけどな。それで? どうかしたのか?」
「魔理沙たちは桜をどう思う?」
すぐにでも聞きたかったのだろう萃香は、単刀直入に質問をぶつける。
「ん? どう思って? どういうことだ?」
「あんなにキレイなのになんだかさびしい気がしないか?」
「それが桜ってもんじゃないのか?」
「じゃあ河童はどう思う?」
「ふぇ! あ、あたしですか? あのーそのー、あたしも同じように思い……ます。はい」
「やっぱりか! だよなぁ! いやぁ、話しの分かる奴に会えてよかったよ!」
よほどうれしかったのか、萃香が機嫌よくにとりの腰をバンバン叩く。困ったように、にとりは笑った。
「でもなんでまたそんなことを聞きに来たんだ?」
「今日初めて桜をキレイだって思ったらしいのよ、この子。それが気になるんですって」
萃香に代わって私が答える。
「そういえばにとりも同じようなこと言ってなかったか?」
「うん、あたしも今年初めて。桜を見て寂しくなるなんて思ってもみなかったよ」
「河童はなんでそんな気持ちになるか分かるか?」
「あー……」
難しい顔をしたにとりが言い淀んだ。
「すいません……あたしにもわからないんです」
やっぱりかーと言って萃香が肩を落とす。
「……魔理沙はなんでだか分かるか?」
「んー、そりゃあきっと桜が簡単に散っちまうからだと思うゼ?」
「簡単に散ってしまうから?」
「そうさ、簡単に散っていく儚さのせいで寂しく感じるんだよ。人の人生は短いからな、桜の儚さと自分たちの儚さを重ねてるんだろう」
あぁ、そういうことか。たしかに風が吹いただけで散っていくなんて桜くらいだし、その儚さのせいで桜を特別に感じているわけね。
「それにしてもよく魔理沙がそんなこと知っていたわね。正直意外だわ」
私は思ったままのことを口にする。
「こう見えても私は読書家だからな」
「儚い……もの」
萃香の声の抑揚がまた下がり、繋いでいた手をキュッと握りしめてきた。
「いつだか阿求に見せてもらった資料にだな、えーっとなんだっけ? なんか歌が詠まれてたんだけど……なんだっけなぁ」
「この前一緒に読んでたヤツかい?」
「あーそれだそれ。にとり覚えてるか?」
「覚えてないけど、写真ならあるよ、ほら」
にとりがポケットから取り出したのは、一枚の写真。
そこには魔理沙とにとりが抱きあいながら仲良く写っていた。照れくさそうに笑ってる魔理沙が印象的。
「少なくとも資料って感じじゃないわね」
「あれ? あ、間違ったよ、これはあたしの宝物だった」
「あ、あんまりそれを人に見せないでほしいんだゼ……」
恥ずかしいのか、魔理沙は帽子のつばを掴んで顔を隠した。こんな魔理沙を見るのも珍しいことね。いいもの見せてもらったわ。
「ごめんごめん。こっちだよ、こっち」
それを魔理沙がひったくるようにして受け取った。
「まったく勘弁してくれよな」
「それで? どんな歌なの?」
「まぁ焦るなって、えーっとだな。『散ればこそ、いとど桜はめでたけれ、憂き世になにか久しかるべき』だってさ」
えーっと?
「それってつまり……どういうことなの?」
古い言葉はよく意味が分からないわ。なんとなくなら雰囲気はわかるけど。
「散るからこそ、桜は素晴らしいものだ、この世に不滅のモノなんてないのだから。そう詠っているんだよ、霊夢」
不意に隣から答えが返ってきて驚いた。
「萃香、あなた分かるの?」
「こう見えても遠い昔から生きてるんだ。いろんな知識があるのさ」
「どうだ? 萃香。少しは私も役に立ったか?」
「あぁ。ありがとう魔理沙。おかげでこのモヤモヤがなんなのかわかったよ」
「そうか……お役に立てて光栄だぜ。それじゃあ私たちはもうちょっと呑むことにするか。行こうぜ、にとり」
「え? あ! うん」
魔理沙はにとりの手を引いてお酒が入った樽の方へと向かっていく。さて、私たちはどうしたものかしらね。
気になっていたことがわかったにしては、萃香の調子がまたおかしい。どこか悲しそうで、それこそ儚げな雰囲気。いつもみたいに能天気で底抜けに明るい萃香ではない。
見てるわたしまでもが寂しくなりそうな表情をしている。
どうしたのだろう? 萃香は。
「萃香……?」
「…………」
黙ったまま手を放し、萃香が神社を囲む森の方へと歩き始める。
私の心臓が一つ、大きく跳ねた。
このままいなくなってしまうのでは? なんて思ったから。
だから、慌てて追いかける。
私の、大切な子のあとを。
萃香は森の中で立ち止まり、桜を見上げていた。
私はそんな萃香を見つめる。
「萃香? どうしたの?」
一体何があったのかわからない私には、ただ尋ねることしかできない。
「……ようやくわかったよ。わたしはこの花が嫌いだったんだ」
ポツリと、滴が一滴だけ落ちた時のように、萃香の声が零れる。
「魔理沙が『桜は儚い』って言ったのを聞いて思い出したよ。この世の者の儚さを。わたしは知っていたんだ、この世の儚いものたちを。だって……わたしは『鬼』だから」
「萃香……」
「見たくなかったから目を背けていたのに、散っていく桜を見ていると、それを直視させられ続けている気がする。気付きたくなかったことに無理やり気付かされた。だから……嫌いだ」
私たちの間を一陣の風が吹き抜けて、花びらを舞い散らし萃香の言葉を攫っていく。
ひらひら、ひらひら楽しそうに萃香の周りでたくさん踊り回る。
春の木洩れ日を受け、淡い薄紅色が一層映えて見えた。
そんな光景がとてもきれいで、幻想的で、世界がここだけ切りぬかれたような錯覚に陥る。
中心にいる萃香はただその光景を眺めている。花を散らす桜に彼女は何を想っているのだろう。
「なのに……だから綺麗なんだ。霊夢……」
消え入りそうな声で、そう呟いた萃香の声が私にかろうじて届く。
そして私の方を見て、今まで見せたことのない表情で彼女は笑った。
寂しそうで、でも優しい頬笑み。
その笑顔が私の胸を締め付ける。
――――萃香。
「ええ……そうね」
私は萃香に向かって微笑んだ。
にとり可愛いよにとり
あいつとかこいつから見たら
人間なんざあっという間に現れ消えちまう存在なんだろうねぇ。
つか霊夢×萃香にもなんかこう…検索し易い略称欲しいYO
面白い作品をありがとうございます。桜…綺麗な花ですね。日本人の精神を代表する、儚さ・美しさを備えた雅な花です。そんな切なさこそ、まさに「鬼」である伊吹萃香が抱えている心のハニーボーンを就き、彼女に一時の感動を与えたのでしょう。
その意味で、この作品は非常に伝わりやすく、面白くできていると思います。ですが、いかんせんテンポが不順で違和感があると思います。作中にちりばめられた色々なネタ成分が作品の基礎である緩やかさを緩和してしまい不釣り合いな印象を与えます。それだけが心残りですね。
とまれ、面白い事は面白いので70点付けさせて頂きます。では。
残酷で美しいお話でした。