八雲紫の昼は早い。
日の光は暖かく、十分な睡眠時間のおかげで寝覚めはとても爽やかで、得物を捕らえて話さない食人布団からの脱出も容易。
肌触りの良いシーツの価値を最大限に味わう為の、必要最低限の寝巻きをぱさりと落として、いつもの正装に着替える。
今日は少女風味の妖々夢ドレスを選択、身体に合わせて服装を変えるのは容易くとも、服装に合わせて身体を変えられるのは彼女だけだろう。
姿見の前に立って全身をチェック、見紛う事無き八雲紫を鏡に見て、紫は笑顔を零した。
そして何処からともなく取り出した扇子を一振りすると、隣の部屋から何かが落ちる音が紫の耳に届く。
期待通りの結果にまた笑顔を振りまき、今日の予定をざっと見直して少しだけ時間を潰した。
寝室から出て居間に向かえば、出来立てのブランチが湯気を立てて出迎えてくれる。
八雲藍特製の和食は彩りも見事で、味も栄養も紫に合わせて作られた紫の為の料理である。
その為にわざわざ食材とシェフを取り寄せて作らせたもの、美味しくない筈が無い。
見事な料理の数々に舌鼓を打ち、紫は居間を出て庭先へと向かった。
空を見上げれば、曇り一つ無い快晴。
両手を上に伸ばしてぐっと背伸びをすれば、寝起きの気だるさが全身から抜け落ちていくのがはっきりと分かる。
身体も軽く、思考もクリア。 天気も良く大安吉日。
こんな素敵な日は何をしよう。 いや、やる事はもう決まっている。
紫はスキマを開き、自らをその中に入れて庭先から姿を消した。
重役出勤ここに極まれり。
紫が姿を現したのは、地獄の底にして地霊殿の庭の地下、地底都市最深部。
マントルと評される程の熱気に満ちている為、僅かに開いたスキマから中の様子を伺う程度にしていた。
スキマ内には空調機に直結したスキマを設けている為、スキマの中はまるで別世界の様に快適である。
「さて、あの烏は上手くやっているかしら」
紫が此処に来た目的は、とある地獄鴉の監視。
幻想郷に来て間も無い神が勝手に引き起こした騒動に巻き込まれた、色々と可哀相な烏の事だ。
僅かに開いたスキマから真っ赤に燃える地獄の底を覗くと、一対の漆黒の羽根が忙しなく飛び回っているのが視認出来た。
右手に六角の筒状の制御棒を付け、胸元には真紅の眼を開き、一度羽ばたく毎に白いマントが跳ねる。
烏の名は霊烏路空。 山の神によって神の力を得た、地獄の火焔の管理者である。
紫は過去に一度、地底から怨霊が溢れ出した時に霊夢を通じて対峙した事が有った。
分不相応な神の力と相応な鳥の頭脳が合わさりさいきょうに見えそうになったが、やはり霊夢は核が違った。
上には上が居ると思い知らされたその異変以降、自意識過剰気味だった節はすっかり鳴りを潜め、神の力を活用して様々な所で働いているという。
今では動くエネルギー源、もしくはうにゅと鳴く可愛らしい烏程度にしか見られてないという噂も有る。
それはそれで、幻想郷に馴染んで来たとも言えるだろう。
元々空の能力は幻想郷に過ぎたる力であり、本来ならば排除されても可笑しくない危険な力だ。
それを見事に幻想郷ナイズさせたのは、彼女が純粋で鳥頭だからか。
紫自身が手を下すことも殆ど無くなり、今ではこうして偶に行動を監視する程度でも十分になるほど安全対策が整えられていた。
そんな風に思われているとも知らず、空は今も灼熱地獄の中を忙しそうに飛んでいる。
先程からひっきりなしに運ばれてくる死体を、次から次へと休む間も無く投げ込んでいる為だ。
「…どうしたのかしら?」
地底の仕事を知って間もない紫でも、その異常には気付く。
結構な時間空の行動を眺めていたのだが、明らかに投げ込まれる死体の数が多いのである。
始めは彼女の鳥頭『死体投げたっけ?』が発動したのかもと考えたが、それならば相方が多量の死体を運んで来る事がおかしくなる。
その相方も猫ではあるが、烏よりしっかりしている、良いコンビである事も紫は知っている。
やがて空は適当な岩の足場に背中をべったり付けて、羽を休め始めた。
その傍らには、空の相方である火焔猫の燐が、同じく肩で息をして空となにやら話している。
紫はそっと盗聴用、もとい情報収集用のスキマを開き、彼女達の会話を聞いた。
「お空、まだ足りないの?」
「うん……もっと頂戴、お燐。 全然激しくならないの」
「…分かった。 ちょっと大変だけど、頑張る」
二人の息は荒く、汗に頬を艶めかせている。 更に片や四肢を投げ出していて服従のポーズ、片や猫の様に四つんばいになっている。
そう、彼女達は純粋なのだ。
八雲紫は焦っていた。
一刻も早く原因を解明してそれを何とかしなければ、紫自身の理性が危ない。
情報収集用のスキマを閉じ、彼女達の言葉を元に何が起きているのかを判断する。
死体を運ぶ、激しくならない、この二点を元に、火焔地獄跡の様子を確認せよとスキマを開く。
なるほど、先程まで十分な強さを保っていた炎が、今では大分衰えてしまっている。
激しくならないとはこれの事だろう、決して変な事ではなく。
事態が分かれば、次はその原因を調べなければならない。
地獄跡の衰え、エネルギーの枯渇、死体の質、起こり得る様々な可能性を論理的に当てはめて行く。
しかし百聞は一見に如かず、その原因は論理を超えた可能性の中に隠されていた。
中庭の天窓が開きっぱなしになっていたのだ。
八雲紫は呆れていた。
開けたら閉める、という母親が幼い我が子に教える様な事を、こんな大事な場面であの烏はやらかしてくれたのだから。
もう一度スキマで二人の様子を確認するが、燐は気付く様子は無く、空は思い出す気配は無い。
こんな状態で死体を投げ入れても、焚き火に水をかけながら薪を投げ込んでいるようなもので、火の勢いが強くなるはずも無かった。
それでも彼女達は必死なのだろう、自分の仕事場で異常が発生しているのだから、尚更だ。
「仕方ないわね」
地上の妖怪である紫としては、あまり地下の妖怪とは関わりを持ちたくない。
しかし、頑張っている二人を見過ごすわけにもいかず、二人が仕事に集中している隙に紫は静かに天窓を閉めてあげた。
その後空の眼の届かない範囲に、地上の妖怪の食料用として確保しておいた死体をいくつかぼとぼとと流し込む。
これで元通りになるだろう。 紫は再びスキマを監視用の一つだけ残し、二人の様子を伺った。
「あれ? 火の勢いが戻ってる」
「本当だ…いつの間に」
知らない内に解決していた問題を目の前に、二人は呆気に取られていた。
それを見て紫は安心し、監視用のスキマも閉じて地獄跡を離れる。
既に結構な時間が経っていたが、地底にあまり長居をしては色々と厄介な事になるのは目に見えている。
しかしそこも幻想郷、紫の世界である事には変わりないので、仕方が無い。
二人の成長を案じつつ、紫は火焔地獄跡を後にした。
暖かな陽射しと木々を揺らす少し冷たい風が程好く心地良い妖怪の山・山頂付近。
辺境にも程が有る所に存在する神社、人が呼ぶは山の神社、正式には守矢の神社、がそこに在る。
人よりも妖怪の訪れる事の多い第二の妖怪神社の境内に、一人の少女が立っていた。
翡翠色の髪を蛇と蛙の髪飾りで留め、青と白を基調とする肩の開いた特徴的な巫女服を纏う神、東風谷早苗。
彼女は手にした御幣を力強く握り締め、自身の力に意識を集中させて、それを一気に振るう。
「――――はっ!」
坤神招来 盾
守矢神社に祀られる二柱が片割れ、洩矢の神の加護を現し、その出来栄えに全身で喜びを表す。
まだ公に力を振るう様になって然程経たない為、早苗はこうして自己鍛錬を日常的に行っている。 この日見た強化はスキルカード約一枚分程度。
以前よりも精度の高まった結果を目の前に、早苗は改めてガッツポーズを見せた。
「やったぁっ!」
心を凪がせる快い天気は、早苗の調子と自信を万全なものとしている。 今ならあらゆる奇跡を起こせるだろう。
この勢いも止まらない内に更なる力の習得を行う準備を進める。
今度は守矢神社の二柱のもう片割れ、八坂の神の加護、乾神招来 突。
喜びも束の間、早苗はもう一度意識を自身の力に集中させる。
今度はより攻撃的なイメージで以って、タケミナカタの力を自身のものとし、早苗は御幣を振るう。
「はぁっ!」
乾神招来 突
力の流れはイメージ通り、躊躇いも無く振れる御幣には確かな威圧を感じる。
ただの木の棒の一振りを致命的な打撃へと変える神の力、早苗は確かに手にし、成功を喜んだ。
しかし、現れたのが八坂の神ではなく、八雲の紫である事を除けば、であるが。
「頑張ってるわね」
「きゃああああぁぁぁぁっ!!」
早苗の見上げる先には、同じ無限を意味する八の付くえらいひと、だが他人。
まるで第三の神であるかの様に現れた八雲紫は、腰を抜かしている早苗に笑顔で挨拶する。
「神奈子様っ!? 神奈子さまぁっ!?」
一方、早苗は気が動転したままなかなか帰って来ない。
確かに、自分が成功と信じて現した見知った神が怪しげな妖怪の姿になっていたのだから、驚くのも無理は無い。
「あ、あれっ? これってもしかして新しい奇跡? 私もっと強くなっちゃったの?」
妖神招来 境 とか呟く現人神に、流石に悪ふざけが過ぎたと思ったのか、紫が声をかける。
「そ、そうだったんですか……」
有る事無い事面白くなりそうな事、相手を疑わせない程度にブレンドされた説明を5分程続けて、早苗はやっと正気を取り戻した。
その後はひたすらに頭を下げて謝り続ける早苗だが、原因は紫に有る為程々の所で遮り、本題を切り出す。
「洩矢の神を呼んで貰えないかしら。 少々二人きりで話したい事が有りますので」
早苗は少し驚いた様に口を結び、すぐに頷いて神社の方へと歩いて行った。
何やら落ち着かない様子であれこれ考えては顔を横に振り、神社の中へと入る。
「ま、まさか…いや、そんな筈は……で、でも幻想郷では、じょ、常識に囚われては」
そこで外で堪え続けていた独り言を小さく吐き出す。 しかし紫イヤーは地獄耳。
様子のおかしい早苗の腹を探るべく展開されていた情報収集用スキマは、その一言を逃さずキャッチしていた、何を期待しているのだろうか。
「ん、貴女直々に来るなんて、何か用?」
目が合うなり敵意をちらつかせる諏訪子、気のせいか帽子付属の目玉まで意思を持って紫を睨みつけている様にも見える。
「ええ。最近何か変な事は起きていないかと思いまして」
紫も負けず劣らずの威圧感でもって諏訪子を押し返す。 その迫力は文字通り神々の睨み合い。
御柱の陰から顔を赤らめて覗いている現人神では、視界に混ざる事すら難しいだろう。
ズズズ…と空気が音を立てて流れそうな中、紫は諏訪子の行動を面と向かって調べ始める。
「変な事は起きていないね」
「では、今起きている変じゃない事を教えてくださいな」
「私も神奈子も山の技術の進歩に貢献してあげているだけだよ」
嘘偽りは無い、だが裏は有る、それも安っぽい欲望。
「物を振り回して物に振り回される人間達を見て来て、まだ分からないの?」
「妖怪達に分かりはしないよ。自分勝手な奴が多いからね」
「それは貴女も同じでしょう」
困窮していたのは分かる、その苦労は紫をも遥か昔に悩ませていたものだ。
「大丈夫だよ、今の所全て上手く行っているし、軌道にも乗ったからね」
「その驕りさえ無ければ、信仰も上がったでしょうね」
例え一から十まで幻想郷を説いても、この新参神様には半分も伝わらないと、紫は半ば諦めている。
話の通じない者には、自分で分からせる他無い。それまでは万が一を起こさせなくするのが紫の役目。
歯痒さが苛立ちに変わって募るが、そこを出してしまったら紫の負けだ。
「まあ良いわ、何か困り事が有れば相談くらいには乗るわよ」
紫も、紫の計り知れない理由がそれに有るのならば、協力は惜しまないつもりで居たのだが。
意地を張る神様とはかくも滑稽なものなのか、それこそ新聞のネタになりそうな程度に。
諏訪子に話す気が無いのなら長居の必用も無いと、紫は次の場所へ向かうスキマを開く。
「随分なご挨拶じゃないか」
そこから顔を出したのはでっかい紫の毛玉、ではなく神奈子の頭だった。
紫の現れたスキマに逆から入り込んでしまったらしく、ほんのり涙目。きっと早苗の成長を喜んでいるのだろう。
「電車では降りる人を先にするのがマナーだったわね」
「お前が乗せたんだろうがっ!」
怒声をあげてスキマから神奈子が飛び出す。
張り詰めた神々の睨み合いの空気も何のその、フランクな神様は今日も絶好調だ。
「それでは、御機嫌よう」
神奈子と入れ替わりに、紫はスキマの中へ身体を入れる。
スキマが閉じる寸前、紫は思い出した様に諏訪子に向き直った。
「ああ、忘れていたわ。あの現人神に一つ伝えてもらえないかしら」
「早苗にって、なにを?」
「幻想郷はそんな非常識な所ではないとね」
えっ。
戦果は上々、為すべき事も済ませて、霖之助はほくほく顔で香霖堂へ帰宅した。
とある巫女に頼まれて品物を届ける帰り、ちょっとついでに神社周りを散策してみれば、溢れんばかりの未知の物品の数々に出会えた。
偶には届け物をするのも悪くは無いと、調子に乗ってそう思い始めた夕暮れ前の事である。
「非売品、商品、非売品、非売品、商品―――」
拾い集めたよく分からない道具を、能力を駆使して売る物保存する物に仕分けしていく。
その中でも特に分からない物、判断し難い物は迷う前に保存する。 疑わしきは確保というスタンスの様だ。
そうして仕分けする事十数分、結局拾い集めた道具の内八割程は非売品として倉庫に眠る事となった。
「ふう……後はこれ等を店に並べて、残りを閉まって終わりだ」
商品として置く物は、既に持っていた物や残す価値の無いと決めた物。用途は対泥棒用のスケープゴート。
それなりに目を惹く物は置いてあるから、真に価値の有りそうな道具には手を出されないだろう。
商品を陳列棚に並べつつ、非売品とした道具の数々を思い返す。
色とりどりの柄に様々な生物やその能力が書かれた紙札や、紙の箱に収められた組み立て式の式神。
他にも様々な、単純ながら夢溢れる道具の数々は、眺めるだけで古道具屋の血が騒ぐ。
どうすれば使える様になるのか、使い方を示す資料はあの中に有るだろうか、そんな事を考えている内に商品の陳列は無事終わった。
いざ、非売品を倉庫にと手を伸ばして、霖之助は『それ』に気付いた。
「いや、良い仕事してますねぇ」
何とも奇妙な、しかし何処か懐かしい台詞付きで、八雲紫は霖之助の死角から現れた。
「…何の用ですか」
紫の不意打ちには慣れていた。一度や二度ではない回数、同じ事をされてきていたからだ。
しかし今回は非常にタイミングが悪い。
「ただのお買い物ですわ」
霖之助と紫の目の前には、非売品にしようとしていた道具の数々が雑多に並べられている。
こういった時、紫は決まって貴重そうな物を中心に持って行く。 初遭遇時から変わらない紫の習性とも言える行動だ。
その上、紫はしっかりと代金を払う『お客様』なだけに余計に性質が悪い。
嫌な汗が肌着を湿らすのを感じつつ、霖之助は紫の品定めをじっと見守っていた。
「そうね……それでは、これを貰いますわ」
紫が手に取ったのは、先端に何本かの金属棒の飛び出た、真っ黒な道具。
「こんなにバッチィの、このお店には似合いませんわ」
名称:スタンガン、用途:人を気絶させる物。霖之助の能力はその道具をそう示している。
紫の言い方も少々気になる所だが、あまり長居されても困ると渋々交渉に応じるが吉とは霖之助の判断。ほんのり涙目。
それにしてもこの霖之助、非売品にした目的とは。
「それでは……あら?」
終わりかけた交渉の最中、紫はまた別の道具に視線を留める。
年季の入った道具が並ぶ中で、一つだけ妙に綺麗なままの白い箱に気が付いたのだ。
「…これも貰っていくわね」
紫は問答無用で箱を懐に仕舞い込む。
以前紫が持ち去った箱と同じ用途を視ていただけに、霖之助はばつの悪い顔をしている。
相応の代価を頂けないと割りに合わないと不貞腐れている所に、紫は手に持った小冊子を霖之助に差し出した。
「そこに置いてあるカードの使い方が書いてある本よ。これではダメかしら」
そう言って紫が指し示すは、先程蒐集して来たばかりの絵札の束。
決闘する為の道具という用途の道具のルールが分かると聞いて、霖之助の表情が急に明るくなった。
交渉成立ね、と紫は足早に店を出て行き、残された霖之助は絵札の束を前に小冊子を読み耽った。
霖之助の手元には五十枚の絵札の束、そしてルール法案の書かれた小さな本。
幻想郷に、唯一無二の決闘者が誕生した瞬間である。
「こんな物が流れて来るなんて、危なっかしい事も有ったものね」
紫が香霖堂で回収してきた箱、外の世界の『音楽を奏でる道具』の最先端の物。
まだ幻想入りとなるには早過ぎる代物が、幻想郷で見付かってしまったのだ。
外の道具が流れ着く場所と言われれば、真っ先に無縁塚が思い当たる。
しかしあの場所は不安定な分安定した物が流れ着く。常に幻想たるべき物しか無縁塚には流れ着かないという。
その魔逆、最も安定した場所が不安定になったのだと思えば、場所は一つしか無い。
「博麗神社付近、やっぱり安定しないわ」
幻想郷と外の世界の境界、博麗神社付近。
最も強固な結界を引かれている分、一度崩れれば幻想郷単位で影響を及ぼしかねない、もう一つの不安定な場所。
その中に足を踏み入れてみれば、紫にはよく分かる結界の綻びが視え、嫌な臭いが鼻に纏わり付く。
幻想には似合わない生々しい臭いの元を探すついでに、結界の補修を進める。
普段は結界の管理は藍に任せていたのだが、これはどういう事なのか。
「一度お灸を据えてあげなければいけないわね」
しかしどんな理由であれ、藍が失敗を犯している事に変わりは無い。
「あら」
やがて見付けた、結界の綻びが特に顕著な一角に、何かが転がっていた。
「貴方だったのね、これを持ち込んだのは」
転がっているものに語りかけて、紫は予想に違わないと安堵する。
その瞳には同情の欠片も無く、結果のみを見据えていた賢者としての強固な意志が籠められている。
こちら側の森には似合わないわ、と紫はそれをスキマに引きずり込む。さっき使った分の補充だ、と。
これにて予定外作業は全て終了、残るは再発防止措置のみとなり、紫は藍の居所を探る。
「博麗神社?」
反応は、予想外に近場から返ってきた。
木々に紛れて姿を晦まし、そっと境内の方に向かい様子を見てみると、賽銭箱の前には藍と二人の少女が座っていた。
神社の主、博麗霊夢と白黒の魔法使い、霧雨魔理沙。
遠目に見て藍が何やら熱心に話しており、霊夢と魔理沙はその気概に押されつつも割りとノっている様だ。
気付かれない様賽銭箱の裏にスキマを展開させ、紫は藍の腹心を観察する。
「本当に、紫様は時々自分勝手になられる」
QED。
「珍しく随分言うじゃないか、式神なのにさ」
「私だって偶には愚痴を吐きたくもなるさ、普段はそこまでもないんだが、流石にな」
温厚な藍がここまで憤る程の所業、霊夢と魔理沙が食い付かない筈が無い。
しかし話の良い所で、霊夢と魔理沙は、気付く。
「あ、あのちょっと藍? それ……」
「今日だって橙とのんびり散歩をしてた所を急に攫われて食事を作れと――ッ!!」
熱弁を振るう藍の頭に、巨大な墓石が音を立てて着地するんじゃないか、と。
「私欲に動くから、結界も直せないし危険も察知出来なくなってしまうのよ」
主の定めた命令を無視した式神は、その力を極端に失ってしまう。 当然紫は主の陰口を言う式など組まない。
現してから五秒後に落ちる墓石も避けられない藍に、改めて式を教え込まねばならないと予定し、紫は次の事に取り掛かる。
藍は墓の下に埋まっていた、心の中で咒詛を呟きながら。
「此処も大丈夫ね、残るは一ヶ所」
既に日も落ちて大分経った頃、紫は結界の西端に居た。
重大な欠陥を抱えたままの藍の仕事ぶりを確認するべく、全ての結界を調べ回って来て、此処はその終点である。
いくら箱庭の幻想郷でも一人で回るには些か広過ぎる。紫の能力を持ってしてもこの時間だ。
「……全く、困った子」
その溜息は、部下の為か家族の為か。
二心を持った藍では境界管理の仕事を任せられない、再び信頼出来る様になるまでどれ程の時が必要だろう。
また、どれ程重要な仕事を任せているのかと分からせるのにも。
「向こうも大丈夫ね、これでお終い」
全ての結界の確認を終えた紫は、スキマを開いて自分の住処へと戻る。
今日一日で能力を酷使し過ぎた結果、既に疲労がピークに達していた。
類を見ない程強力な力は、その分使用者の魔力妖力を著しく消耗させる、紫の境界能力はその最たるものだ。
この日最後のスキマを閉じた紫はドレスを脱ぎ、そのまま愛用の布団へと倒れ込む。
必要最低限の寝巻きの構造上、全身で味わえる肌触りの良いシーツの感触が実に心地良い。
このまま泥の様に眠ってしまおうと目を閉じた所で、紫は違和感に気付く。
藍も橙も、帰って来ていない。この家には今、紫だけしか居なかった。
こういう時は、必ずと言って良いほど疑うべきイベントが、博麗神社で催されているのだ。
「………」
きっと今頃、博麗神社の境内では人妖入り乱れた盛大な宴会が、いつもの様に繰り広げられているのだろう。
人間が笑い、妖怪が泣き、神様が舞い踊る、幻想郷流の宴会。
藍も橙もその宴会の中で、酒を飲み交わして笑い合い、幻想郷を楽しんでいるのだろう。
その輪の中に居ないのは、きっと紫だけだ。
もう身体を動かせない、明日のやるべき事の為に力を回復させなければならない。
いくつもの言い訳を頭の中で繰り返して、紫は思考を断ち切る。
誰からも誘われなかったなんて現実、ゆかりしらない。
今日も、幻想郷は平和でした。
その結果を得る為の紫の苦労は、正しく常人では計り知れないもの。
幻想郷がここに在って、幻想郷の皆が楽しければ、それで良い。
紫は自分に言い聞かせて、再び目を閉じる。 そしてまどろみの中で、独り呟いた。
「…いいもん」
霖ちゃんバチィは拾ってきちゃ駄目っつたでしょ!
可哀相にゆかりん。
>その為にわざわざ食材とシェフを取り寄せて作らせた
結局ゆかりんのブランチは誰が作ったの?
ゆかりんかわいいよゆかりん
最近苦労人属性が板についてたねゆかりん
一つの世界を維持するって、実際大変でしょうね~
「ゆかり」の名は伊達じゃない……。お疲れ様です、ゆかりん。
因みに“緑”の下だと思ってたなんてことはありません
管理職、とはまた違う大変さですよね
ダメじゃん
可愛いすぎて悶えてしまったがや
→「格が違う」かな?
それにしても、ゆかりん何という少女臭w
大丈夫! 私はわかってるよ、ゆかりん!
絶対許早苗、て言って欲しいのか・・・?
とりあえず、紫さんお疲れ様
俺は大好きだ、いっしょに飲もう
ゆっくり休んで、次の日にもまたお仕事頑張って!
ところで、スタンガンを持ち込んだものが何だかよく解らない。何だったんだろう?