幻想郷でもあまり人の来ない冥界。
そのなかにあるお屋敷――白玉楼が私、魂魄妖夢の仕事場であり、家だった。
「ふぅ。これでよし、と」
白玉楼の自慢である庭園に咲き乱れる桜の花たち。
その花びらを掃き集めて一息。
風に舞う桜の花びらを眺めるのは風情があっていいのだけど、その後の掃除が唯一の欠点だった。
「妖夢~。お昼まだ~?」
「お昼って……幽々子様、朝ごはん食べたばかりじゃないですか」
「別にいいじゃない。おなか空いちゃったんだから」
「おなか空いたって、まだごはん食べてから全然経ってないじゃないですか……」
縁側から無邪気な笑みで昼食の催促をしているのがこの白玉楼の主、西行寺幽々子様である。
あどけない笑顔を見せながら無茶苦茶な言い分を展開するのはもはや茶飯のことだった。
「もうちょっとしたらお昼をつくりますから、それまで我慢してくださいよ」
「もぅ。我慢できないからこうして言ってるんでしょ」
「…………」
あなたのなかにある我慢の限界はどれだけ低いんですか、幽々子様……。
「ねえ~、妖夢~」
「はぁ……わかりました。それじゃあ、お庭の掃除が終わったらなにかつくりますから、それまでは大人しく待っててくださいね?」
「は~い」
「やれやれ……」
こんなに綺麗な桜が目の前にあるというのに、やっぱり幽々子様は花より団子なんですね。
あれから約半刻。
「…………」
縁側に腰を下ろして桜を眺める幽々子様。
(あの幽々子様が文句ひとつ言わないなんて……)
いつもならすぐに『妖夢~、ごはん~』とか、『妖夢~、おなかへった~』とか、『ごはんつくらなきゃ妖夢を食べちゃうぞ~』とか言い出すのに、半刻も待たせてるのになにも言わないなんて、珍しいこともあるものです。
(いつもこうだと助かるんだけどなぁ……)
そう思いながら、さらに掃除を続けること半々刻。
「……ねえ、妖夢」
「なんですか?」
お花見に飽きたのか、無言を続けていた幽々子様の口からぽつりと言葉がこぼれる。
「どうして桜が綺麗に咲くか知ってる?」
「え……?」
「それはね、桜の下に死体が埋まってるからなのよ」
「幽々子様……?」
穏やかに笑みをつくる幽々子様。
その表情は過去を懐かしむあたたかな色で溢れているのにどこか儚げで、思い出したいのに思い出せない、そんな忘却の無念を含んだ悲しい笑顔だった。
「人は多かれ少なかれ、この世に未練を抱いて去るもの。桜はそんな死者の魂や未練を養分に花を咲かせるのよ」
笑うことも悲しむこともなく、ただ淡々と言葉を続ける幽々子様。
「だから、その下で眠るものの想いが強ければ強いほど桜はより鮮やかに、そしてより美しく咲くのよ。……それがたとえ、ただ人を殺すだけの存在になってしまった自分に対する嘆きのような負の想いでもね」
「…………」
言葉の奥深くから感じる、黒い想い。
そんな彼女の言葉に、私はただ黙然と聞くことしかできなかった。
(たしかに、桜には西行妖のように人の命を奪う妖怪桜もあるけど……)
ただ、
「ほんと、どうして桜なんて人殺しの花があるのかしらね……」
「幽々子様、それは少し違うと思いますよ?」
「え……?」
ひとつだけ幽々子様に忘れないでほしかった。
「たしかに幽々子様の言うとおり、桜は人の命や残された想いを糧に美しい花を咲かせるのかもしれません。けど、それは綺麗に咲くためにじゃなくて、亡くなった方の想いを無駄にしないためだと思うんですよ」
「妖夢……」
「その身に向けようのない怒りや嘆きを、花びらに届けたい想いを集めて……そうやって桜は綺麗な花を咲かせて亡くなった人や残された人の悲しみを癒し続けてきたんですよ、きっと」
「…………」
優雅に咲き、華麗に舞う桜の花が私たちに届けてくれる、ささやかな幸せの存在を。
「……そうよね。こんなに綺麗に咲いてるんだし、きっとそうよね……」
「幽々子様……」
再び笑みをつくる幽々子様。
しかしそこにはもう悲しみの影はなく、
「妖夢。お昼はお弁当箱に詰めてちょうだい。天気もいいし、今日はお庭で食べるわよ。……桜でも見ながらね」
「……はいっ」
庭園で爛漫に咲く桜のような、心癒されるあたたかな笑顔をしていた。
最後に「庭で食べよう」という話になりますが、この部分は桜談義の前に移動したほうが良くなると思いました。
お弁当を食べる動作を会話に挟む事ができて、それぞれが考えを纏めて言葉にするまでの時間を稼げます。
……相手の発言を聞いてから反応するまでが早く感じて、もう少しゆったり時が流れていて欲しいと思ったので。
気が向けば、舞い落ちた花びらが弁当箱や湯のみの中に降り立つ場面などを作るのにも利用できますからね。
桜は自分のために綺麗に咲こうとするのではない――という考えは好きになれました。
桜花が人の目を集める程の美しさを生み出せるのは、他者のための行ないだからなのですね。
ご一読ありがとうございますっ。こうしてお声をいただくだけ作者冥利に尽きるというか、なんというか( `・x・')
桜もそうですが、花が綺麗なのはやはり自己のためではなく、他者のためにだと思うんですよね。人だって誰かのためになら力量以上の事だってできてしまうんだし。
それとご指摘の点ですけど、ここが一番困ったところだったりします;
一人称の枷がある以上、書きたくても書けないところがあったり……かといって省ききるわけにもいかないし……。
という具合で、結局最低限の描写だけに留まった感じですね。
いまさらながら、最後にもう少しだけ書いてればよかったなと後悔です;
AVGにすればある程度は補えるけど、原文オンリーだとそれができないのが本当に悩ましい限りですorz
死体が埋まっていると言う話はよくありますが、私は好きです
人間は完璧な存在を潜在的に否定するものだ、と聞いた事があります、死体の話も、桜のその美しさの中に影の部分を無理やり見いだそうとした結果の産物だとか諸説紛々ですけど。
妖夢が言った事も、最初に幽々子が語った事も、人によってはどちらも真実となりえると感じます。
同じ桜でも、昼間は優しくも潔い美しさを放つ桜も、夜には一転して畏怖すら覚える程の妖艶さを纏う。
正も負も、清も濁もどちらか一方だけでなく、その両方を身に取り込んで咲き狂うのが桜なのではないか、と感じます
故に至上の美を誇りながらも、早すぎる終焉を迎えるのだと思う。
物事はコインのように必ず表となる光と、裏の闇がある。
その二つを併せ持つから万物はバランスのとれたものに――落ち着いた世の中になっているのだと思います。
コインの表を見るのも、裏を見るのも、
そしてその両方を見るのも、
私たち見る側の人間の想いひとつだと私は常々思っています。
ご一読感謝です( `・x・')
前作に続き、いつもお読みくださって感謝感激っす( '・x・`)
日々を楽しく過ごしている彼女たちのなかにある憂いを、そしてそれでこそ映える幸せの姿を少しでも描けていれば幸いです;