※作品集106番の、ナズーリン『キミは実に大バカ者だ』~前編~ の続きです。
読んでいないという方はそちらを先にご覧ください。
「いいえ」
自分でついた嘘に、心が軋む。
でも、こればっかりはしょうがないものなのよ。
ここ数日、星ちゃん……寅丸様に懐いていたぬえちゃんを見て、どうしようもなく羨ましかったのは、事実。
私が寅丸様に恋心を抱いているのも本当のこと。
でも、でもね。
「なに、それ」
ぬえちゃんは、信じられないものを見るような、私を封印した人々のような目で私を見ていた。
あの痛みはもう克服できたと思ってたのに、やっぱり奇異の目で見られるのは、まだ少し怖いわね。
「なにさそれ! ぜんっぜんわけがわからない!」
「ぬえ、落ち着くんだ」
ナズちゃん。
迷惑をかけてばっかりで、ごめんなさい。
一番困惑してるのは、あなたのはずよね。
毘沙門天様から派遣されてから、ずっと私と寅丸様の関係を見てきたのは、他ならないナズちゃんだもの。
「……白蓮」
ナズちゃんは、いつも私のことを聖白蓮を呼ぶ。
職務に真面目な彼女のことだから、恐らくはそれが線引き。
そして、たった今私のことを白蓮と呼んだ。
それは、つまり。
『聖』白蓮ではなく、白蓮という元人間そのものと、会話したいということ。
「本当に、ご主人のことは好きでもなんでもないのかい?」
「ええ。 でも尊敬は、しているわ」
「そうか」
白蓮の否定の言葉を聞いて、何かよくワケのわからないものを見てしまったような気がした。
ぬえのようにただ感情をあらわにできればどれだけ楽なことかと、私自身の冷静さを呪ってしまう。
白蓮は、いつものような笑顔を見せていた。
しかし、その顔に見覚えがあり、かつイヤな思い出しかないのは、私だけではないはずだ。
千年以上前に封印された時のように、白蓮の瞳はどこまでも澄んだ闇をたたえていた。
何かを悟られまいとしているようにしか、私には見えない。
隣の黒い少女に注意をはらいながら次の言葉を探していると、部屋の外から声が聞こえてきた。
「姐さん、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
許可を受け入室してきたのは、いつもの頭巾を脱いだ一輪だった。
(ああ、話を聞いていたんだな)
白蓮と話す一輪の顔を見ただけで、私はそれを感じ取った。
一見無表情だが、白蓮とは違ってその奥にあるものを隠そうともしていない。
いや、隠せていないのか。
後ろで結えた髪と同様に、さらけだされているその感情は心配、だろうか。
「……とのことで、水蜜が聖輦船を動かしたいと……」
「うーん、お願いは聞いてあげたいところなんだけど……」
「とにかく、水蜜がまた暴走する前に」
「わかりました……お話の途中だけど、ナズちゃんもぬえちゃんもごめんなさいね」
話はここで一旦終わり、ということか。
「いや、気にすることはないさ。 ぬえも謝るだけ謝ったのだからね、きりはいいだろうさ」
これ以上は私の踏み込むべき領域ではない。
ねずみは引き際を心得なければ、捕食されてしまうのだから。
「……聖」
ここでようやく落ち着いたのか、ぬえはゆっくりと、出ていこうとしていた白蓮を見上げた。
「ぬえちゃん……ごめんなさいね」
申し訳なさそうな顔をして、白蓮は船長の元へ向かう。
そしてぬえは。
「……!」
勢いよく立ちあがって、走り去っていってしまった。
白蓮の部屋の戸が勢いよく閉まったかと思えば、反動でまた開いてしまっていた。
ぬえは、泣いていた。
「ナズーリン、これあげる。 ぬえにも渡しておいてね」
慰めるべきか悩む私に一輪はそういうと、急ぎ足で白蓮の後を追いかけていった。
もらったのは、大判焼き。
人里で買ったばかりなのか、まだかなり温かい。
ぬえと二人きりにさせてやる、ということなのか。
(目線でなんとかしなさいよ、なんて言われてもね)
私は便利屋ではないのだが。
ぬえは、正体不明の妖怪だ。
故に気配どころか痕跡を識別不能にすることなど、呼吸するに等しいだろう。
つまり、こういう時無理に探しても見つかりっこないのだ。
「ダウザーとしては不本意だが、ぬえの方が一枚上手か……」
ひとりごちながら、やってきたのはぬえの部屋。
落ち着いたら、ここに戻ってくるだろう。
「勝手に上がらせてもらうよ」
誰もいない空間に、私の言葉が霧散していく。
空しくなりつつも、大判焼きを小さなテーブルの上に置き、私もたたみの上に座った。
「ふむ、そういえばぬえの部屋に入ったのは初めてだったかな」
意味もなく部屋全体を見渡してみる。
万年床なのか、ぐちゃぐちゃになったままの布団。
こじんまりとした和ダンスからは、服が少しはみだしている。
だらしない、というよりは混沌としていると言った方が正しいのだが、置いてあるものはそれ以外にはないため、シンプルさも同居している。
複雑の中にさらに複雑さが内包されたその様はまさに。
(正体不明、か)
それを好むはずのぬえが、白蓮のことを『ワケがわからない』などというのだから、おかしな話だ。
性質と性格はまた別のもの、ということなのだろうか。
そうしているうちに、私はぬえのことばかり考えていることに気付いた。
(そこまで白蓮のことを考えたくないのか、私は)
真実を探すはずのダウザーが任務を放棄しているようでいたたまれない。
ため息をつこうか、笑おうかなどと、どうでもいいことを考えているうちに聞こえたのは、小さな鳴き声。
私の尻尾にいる、大切な手下の内に一匹、他の手下への連絡係であるネズ吉だ。
「なんだい、これがほしいのかい?」
自分の分の大判焼きだけを取り出して、ちらつかせてみた。
ネズ吉は、目を輝かせて獲物を見つめていた。
いやしんぼめっ。
などと悪態をつきながら、食べやすいようにちぎってしまう私は甘いのだろうか。
「ほら、お食べ」
たたみの上にこぼさないよう、ネズ吉の籠の中に入れてやる。
体全体を使って、おいしそうにがっつく彼を見ていると、私もだんだん我慢が出来なくなってきた。
「一輪はちゃんとチーズ入りのを買ってきてくれたのかな?」
チーズたい焼きなんかを邪道などという輩もいるが、やはり大判焼きもチーズが一番おいしいものだ。
まあ残念ながら中身はあんこだったが。
(さて、逃げるのはもうやめにしようか……まだ怖いが)
二つに分けた大判焼きを食べながら、私は白蓮の真意について考えをめぐらせる。
正直言って、あまり人のプライベートに口を出したくはない。
しかし、ぬえのことも放っておけないし、これはご主人にも関わることなのだ。
後に引けなくなる覚悟も、できた。
(とりあえずは、情報を整理しようか。 聖白蓮はぬえに嫉妬していたのは、間違いないだろう)
ご主人に恋慕の情を抱いているのも、間違いはないだろう。
だが、白蓮は違うと言った。
『ええ。 でも尊敬は、しているわ』
歯切れの悪さといい、あの申し訳なさそうな表情といい嘘をついているのが丸わかりだ。
しかしこの場合、問題なのは嘘をついた、という事実ではなく。
「なぜ嘘をついたのか」
この一点のみだ。
それさえわかれば、全てが解決するというわけでもないが。
少なくとも私くらいは納得できるだろう。
(恐れ多いから、とか)
白蓮の誠実さを考えれば、おかしくはないだろう。
あるいは同性だから、という可能性もなくはない。
しかし死を超越しようとした白蓮が今さらそこを気にするだろうか。
「……ん? 何か、ひっかかるな」
ダウザーという副職業柄、直感には少しばかり自信がある。
探し物は、タンスの裏ではなかった、というかなんというか。
ダメだ、わからんなどと悶々としていると、ドタドタという、騒がしくも聞きなれた感のある足音が近づいてきた。
「なんでこんな場所にいるのよ!?」
「やあぬえ、大判焼き食べるかい?」
「それどころじゃないんだってば!」
私が差し出した袋をちゃっかり受け取りつつ、ぬえはこちらをにらみつけてきた。
そこにあるのは、明らかな焦り。
何か、あったのか。
「大変なの!」
的を得ないぬえの言葉はしかし、私の危機感を刺激するのには充分すぎるほどだった。
「……ナズーリン?」
ぬえを突き飛ばしかねない勢いで、廊下に出た。
彼女がやってきた方向に行ってみると、そこには困惑を顔に張り付けたご主人がいた。
だが、それ以上に目をひくものがあった。
「ご主人!? 首!」
「あ、つい、うっかりですね……」
いつもの頼りなさげな苦笑をもらしながら、頬をかくが、どう見てもドジを踏んだようには思えない。
何せ、その首には細い傷が、克明に幾筋も刻まれていたのだから。
「一体だれがこんなことをした!?」
ああ、今日は厄日だ!
ぬえは泣くし、白蓮はワケがわからないし。
何より、ご主人を傷つけた、許せない輩がいる。
それだけでも、今日という日を最低とするには充分なほどだ。
「あ……」
「……白蓮?」
叫んでから、ご主人の後ろに、彼女がいることに気付いた。
なぜ、よりも先にどうして、で始まる疑問がわいてきた。
どうして、あなたまで泣いている?
「……っ! 超人『聖白蓮』!」
私に気付いた白蓮は、何を思ったのかスペルカードの発動を宣言した。
封印されていた大魔法使いの体が、光に包まれていく。
「聖っ!?」
ご主人が悲鳴のような声をあげた時にはすでに、白蓮は空の彼方に消え去っていた。
魔法を用いた、肉体の極限強化。
その残光を追うように、ご主人が飛び立とうとするのを無理やり押しとどめる。
「止めないでくださいナズーリン!」
「ダメだ、傷の手当てが先だ!」
たとえ強靭な肉体を持った妖怪といえども、放っておくと化膿するかもしれない。
白蓮には悪いが、手当てが先だ!
「しかし!」
「落ち着くんだご主人!」
私の気迫に押され、ご主人の勢いが少し弱まる。
それを見て、私は少し語気を和らげる。
「……今追いかけても、まず見つからないよ。 幻想郷だって狭くはないんだ」
「でも、聖が」
「私の部下を総動員して、情報を集める! だから、お願いだから手当てを受けてくれ!」
「……」
「ご主人!」
「わかり、ました……」
「ナズーリン!」
廊下の曲がり角から、一輪がやってくるのが見えた。
その手には、救急箱があった。
「ぬえが大変だっていうから……いったいなにがあった……」
「一輪、ご主人を頼んだよ!」
「いや、だから何があったのか」
「いいから!」
少しそうした押し問答を繰り広げていたら、ようやく一輪が折れてくれた。
「あー、もう! わかったわよ……後で必ず説明しなさいよね」
「恩に着るよ」
私はそれだけ言って、命蓮寺を飛び出した。
ネズ吉に召集をかけるよう命令する。
何も聞かずに従ってくれる彼らの存在か、ありがたかった。
「白蓮め……一体どこまで行ったんだ」
なんで、あんなことしちゃったの。
ねえ、なんで?
夏になれば、ヒガンバナの絨毯でいっぱいになるであろう川岸で、私は自問する。
村紗とお話しした後、私はまた部屋に戻ろうとしていた。
もしかしたら、まだぬえちゃんかナズちゃんが待っているかもしれない。
ああ、でも怒ってどこかに行っちゃったのかもしれない。
それはそれで、助かるのだけれど。
(星ちゃん……)
これ『ら』の想いだけは、まだ胸にしまっておきたい。
千年の離別の間もずっと変わらなかったこの気持ちを、失いたくない。
「聖」
そこでようやく、私は自分が立ち止まっていたことに気付いた。
考え込みすぎていたみたいだけれど、愛しい人の声で我に返るなんてまるで。
まるで。
「星ちゃん」
まるで女の子みたい。
もう千年以上生きているおばあちゃんなのにね。
「明日の午後からの説法なんですが、ここの文章、こちらと入れ替えた方がいいのではないでしょうか」
「そうね……でも、わかりづらくなっちゃうわ」
そうして話していたら、星ちゃんが手をポン、とかわいらしく叩いた。
「そういえば、久しぶりに星ちゃん、と呼ばれましたね」
「あら?」
しまった。
ここのところ、ぬえちゃんに構ってばかりだった星ちゃんが話しかけてくれたのが嬉しくて。
寅丸様って、呼ばなきゃ、いけないのに。
「こうやって仕事以外の話をするのも、何日ぶりでしたっけ」
それは、ぬえちゃんとばっかりいたからでしょって、文句を言いたかったのだけれど。
純粋に私と話すのが、嬉しくて、楽しくてしょうがなさそうな星ちゃんを見ていたら、そんな気もなくなっていった。
「寅丸様と、ぬえちゃんが仲良くなりだして以来かしら?」
「ああ、そういわれてみればそうですね」
感心したようにうなずく星ちゃん。
本当にかわいくて、放っておけなくて、でも本当は頼りになる素敵な毘沙門天様の代理。
でも、星ちゃんは私一人のものじゃない。
そんなことは、この想いを自覚した時からわかりきったことだった。
だから、命蓮に先立たれて以来失うことを極端に恐れるようになった私は、この想いをずっと秘めたままでいた。
ナズちゃんにだって、何度も、数えきれないくらいに嫉妬した。
それにも慣れて、千年の離別があった。
私はさらに失うことを恐れるようになって。
「ねえ、寅丸様」
今回だってぬえちゃんに星ちゃんを取られたくなかったけれど、今さら好きだと、お慕いしていましたと告げる勇気もなかった。
嫉妬なんて、抑え込めるものだとたかをくくってっていた。
それは相手がナズちゃんだけだったからなのに。
「なんですか?」
今度こそ、失わないために、踏み出すべきかもしれない。
この時私は、そう考えていた。
でも、星ちゃんに振られたらどうしようとも。
「……」
「?」
だって、星ちゃんは毘沙門天様の代理を務めるほどに偉いお方で。
なによりも、女の子同士の恋愛を、星ちゃんが受け入れてくれるのか。
「あの、聖?」
大切なものを失うのはもうイヤ。
でも、大切なものを手に入れるのに失敗して、また何かを失うのも怖い。
そうやって、がんじがらめになっていた時。
「あ、星……と、聖……?」
「ぬえちゃん……」
ぬえちゃんが、やってきて。
「あ、ぬえ……」
星ちゃんが、ぬえの方を振り向こうとしたのが、どうしようもなく辛くて、星ちゃんの袖を強く掴んだ。
「ひ、聖?」
「星ちゃん……」
行かないで。
私を置いていかないで。
私だけの星ちゃんでいて。
わがままな感情ばかりが、私の中にあふれ出してきた。
「あの、聖、服が伸びちゃうので……」
「どうして、拒むの?」
「え……」
驚いた星ちゃんの顔がおかしくて、たまらなく愛おしかった。
だから、彼女の白い首に手を当てて、ゆっくりと、証を刻み込んだ。
「痛っ!?」
「ちょ、聖、何やってるの!?」
「あ……」
そうしてようやく、私はとんでもないことをしたのだと気付いた。
「救急箱とってくる!」
ぬえちゃんが走り去っていくのを呆然と見送って、また星ちゃんの方を見た。
「聖、なにかあったんですか?」
私が、星ちゃんを傷つけた。
星ちゃんが気遣ってくれた。
その両方がショックで、でも同時に嬉しく思ってしまった。
ああ。
ああ、なんて私は浅ましいんだろうと思うと、涙が出てきた。
とにかく、悲しかった。
「ご主人!? 首!」
「あ、つい、うっかりですね……」
やってきたナズちゃんから、星ちゃんはごまかそうとした。
私を、かばおうとしてくれたのかもしれない。
「一体だれがこんなことをした!?」
私だ。
私が、自分勝手な感情に任せて、星ちゃんに印をつけたんだ。
「あ……」
「……白蓮?」
間抜けな声を出したところで、ようやくナズちゃんは私の存在に気付いた。
彼女に見つめられて、私はますます、しでかしたことの重さに耐えられなくなっていった。
そして、私は逃げだしたんだ。
「ふーん……姐さんが、ねえ?」
ところ変わって、聖を迎えに出かけた星に取り残されたあたしは、一輪に一部始終を説明していた。
聖が、星を傷つけたなんて、信じられないけれどあたしはそれを見てしまったわけで。
そして。
「やっぱり、あたしのせいなのかな……」
きっと、あたしが余計な意地なんて張っていたから、聖がおかしくなっちゃったんだ。
「ぬえ……」
一輪が、心配そうな目を向けてくれた。
あたしにそんな資格なんて、ないのに。
「……」
「……雲山」
雲山に、優しく頭を撫でられた。
あんまり撫でられている感触はなかったけど、不思議と安心できた。
「あなたがどうして自分のせいだと思い込んでいるのかわかりませんが」
雲山が伝えたいことを、一輪が翻訳していく。
「今回の件は、聖殿が招いたことでもある……?」
「は?」
なに、それ。
「ちょっと待ってよ雲山!? アンタなにを……」
噛みついてきた一輪を、雲山は指を振って諭しているようだ。
彼の意思を理解したのか、一輪が通訳を続ける。
「はあ、わかったわよ……聖殿は、ああ見えて強欲な性格なのです」
聖と、強欲。
絶対に結びつかなさそうな言葉だ。
「死を嫌って若さを取り戻したり、妖怪たちのために自らの身を投げ打ったりと、目的の為なら手段も選びません」
そういわれてみれば、結構我慢弱いのかもしれないとも思えた。
「いくら聖でも、完璧ではいられないってこと?」
「あまり認めたくはないですが、そういうことです。 わしらの想像以上に聖殿は乙女なのですよって、雲山アンタなんてこと口走ってるのよ!」
怒り狂った一輪に叩かれる雲山。
それでも彼の口は止まらない。
「今回の事件は、聖殿が我慢の限界に達した良い例でしょうね。 寅丸殿への気持ちを抑えられずに、ゆがんだ形に噴出させてしまったのでしょう……だってさ」
いい加減にあきらめたのか、一輪が呆れたように一息にまくしたてた。
「一輪も、そう思う?」
「え、わたし!? あんまり姐さんのこと悪く言いたくないんだけど」
少し、遠まわしに一輪も雲山の言うことを肯定した。
……驚きだ。
聖にそんな一面があったなんて。
「ナズーリン殿もそこにはまだ気付けていないようですが、まあなんとかなるでしょう」
雲山が結構楽観的な性格だったのも私には驚きだったけど。
ご主人を連れてやってきたのは、とある川岸だった。
まだ春になって間もないからか、少しばかりの花が咲いている以外は、雑草しか存在しない。
いや、もう一人いる。
「手下からの情報通りだったね」
「ナズちゃん、寅丸様も……」
我々の探していた大事な宝、聖白蓮がいる。
「超人……」
「おっと、今度は逃がさないよ! 視符『ナズーリンペンデュラム』!」
巨大な3つの結晶が、私とご主人、そして白蓮を取り囲み、周回する。
下手に飛び回れば、たちまち結晶にたたき落とされるか、出現した弾幕に撃墜される。
まさに、私の切り札ともいえる。
「……っ」
退路を封じられた魔法使いは、ご主人をジッと見ていた。
まるで、脅えているようにも見えた。
ご主人に見捨てられるのではないか、などと考えているのか。
(……ああ)
そういうことか、と。
白蓮の表情が、私の中にあったしこりを取り去り全てをつなげてくれた。
この人は、ただ我慢のしどころを間違えただけだったのか。
「ありがとうございます、ナズーリン。 後は私が……」
「ああ、ちょっと待ってくれご主人」
色々な謎がとけたところで、私の中にはなんともいえないものが湧きだしつつあった。
怒りというわけでもない。
ただ、もう疲れたとしかいいようがない現状では、やはりこう言って表すしかなかった。
「あなたたちは、ほんっとうにバカだっ!」
「ナ、ナズーリン?」
私の声に、白蓮が震えたのがわかった。
そこまでおびえなくても、別に怒ってるわけじゃない。
「まあ、後はご主人に任せて、私は帰らせてもらうよ」
今日はもう本当、呆れたり悩んだりで、疲れたよ……。
今日の私は、もうどうしようもない。
ナズちゃんとぬえちゃんと、寅丸様にまで迷惑をかけちゃった。
こんな私が、寅丸様を、星ちゃんを一人占めしていいはずが、ない。
やはり、この想いは永遠に、秘めておこうと思った。
「寅丸様、すいませんでした……」
傷のことも含めて、謝る。
寅丸様は、慌てていた。
「いえ、なんのことやら……」
「だって、私、寅丸様のことを」
「あ、そのことなんですけどね」
傷の話を出したとたんに星ちゃんが心配そうな顔になった。
「聖、また貯め込んでいたんでしょう」
そう、ぬえちゃんへの嫉妬を無理に抑えていたせい。
そんな汚い感情で、あんなことをしてしまったのよ。
「聖はいつもそう。 ほしいものは何がなんでも手に入れるくせに、ついつい遠慮しちゃうんですよね」
そう。
「今にとても満足しているから、それを壊したくないんですよね」
そう。
私は、本当はとても弱い存在。
だから、星ちゃんに憧れた。
しっかり者で、とっても強いあなたを好きになったの。
「聖」
「あ……」
星ちゃんに、抱きつかれちゃった。
どうしよう。
汚い私なんかが、くっついちゃいけないのに。
あったかくて、嬉しくて、たまらない。
「また、何か我慢してませんか?」
なんだか、星ちゃんの子どもになったみたい。
私はほしいものがあっても言いだせない駄々っ子。
星ちゃんはしっかりもののお母さん。
「聖、私はあなたのわがままだったらいくらでも聞きますよ」
「どう、して?」
「私は、あなたのことがとても大切なんですから」
それは、きっと友人として、お互いに尊敬し合える存在として、大切ってことなの?
それとも。
「寅丸様……」
「星ちゃんって呼ばなきゃだめです」
「星、ちゃん……」
私なんかで、いいの?
「私……星ちゃんのことが、好きなの」
「はい」
「私だけのものにしたくて、傷をつけちゃったの」
「そうなんですか?」
「うん、だから、星ちゃん」
私だけのものに、なってくれる?
答えは、口づけとなって帰ってきた。
奥手な聖も悪かないね。