――幻想郷の命運を分かつ日が、ついに訪れた。
「映姫様、こちらが本日裁きを受ける者達の最終審査書です」
「うん、ありがとう。丁寧にまとめてくれて助かるわ」
部下から今日の執行に関する書類を受け取る。
基本的に私が判決をくだす人間の書類は私自身が書いているものが殆どで、他から追加の資料を取り寄せることは滅多にしない。
しかし、今日は幻想郷にとって大きな出来事となるであろう人物の裁判ばかりが執り行われる。
ミスは許されないのだ。
私は程よい緊張感を保ちつつも、冷静さを失わないよう心に言い聞かせて、執務室に入った。
まず入って来たのは、黒髪が美しい振袖の女性。
辺りを不審そうに眺めながらも、その仕草は可憐で清楚な美しさがあった。
「名前は?」
「蓬莱山輝夜」
不老不死の月人だろうと、三途の河を渡ってしまった以上は死人として扱うのが掟だ。
「職業は?」
「ニート」
「横文字は認められないの。それにニートって職業じゃないでしょ?」
「……あらそれは失礼。永遠亭の警備員をしているわ」
ニートもとい輝夜はか細い口調で話す。
どうも会話をする機会自体ほとんどないらしく、挙動がかなり怪しい。
落ち着かない様子できょろきょろと目を動かして、私と視線を合わせようともしない。
「まずは判決を言い渡します。
蓬莱山輝夜、貴女を地獄でお代官様に『よいではないか、よいではないか』と言われながら帯を引っ張られて『あーれー』と叫び一億回、回転する刑に処す」
「今時そんな時代劇存在する訳ないじゃない、馬鹿らしい」
失われたものが迷い込む世界、それが幻想郷。
正直なところ、私がちょっとやってみたいだけだ。
ぺったんこな胸に興味はないが、美しいおみ足くらいは見られるのではないか。
「口答えは許さない。次に主文を読み上げるから、反論があるなら全部聞いてからにして頂戴」
「はいはい」
主文――
蓬莱山輝夜。
あなたはいい歳なのに働きもせず、毎日毎日部屋から一歩も出ずにインターネットばかりしている。
養ってくれる人間が医者だからと言って贅沢の限りを尽くし、ろくに仕事探しすらしない。
自分探し(笑)スイーツ(笑)だとか訳の分からない発言を繰り返し
保護者八意永琳(○×▲◆歳)とパシリの玉兎こと鈴仙・優曇華院・イナバを過労死寸前まで追い込んだ。
また、リア♀なのを良いことに姫を名乗り、健全な青少年達を誘惑して様々な金品を半ば強引に貢がせていた。
糸電話で無理矢理チャHの通信役をさせられた因幡てゐによれば「私はB90/W58/H87の16歳」と嘘を語ってあんあんと鳴いていたとのこと。
おっぱい星人の夢を奪った罪はあまりにも重く、極刑をもって望むよりない――
「ちょっとちょっとちょっと! 全然っ違うわよ! まず世の中おっぱい星人だらけって前提っぽいところからおかしいじゃない!
世の中には平らに見えて実は申し訳なさそうに盛り上がってる膨らみに浪漫を感じる人が一杯いるのよ! 貴女何も分かってないわ!
それに大体働きたくても働き場所がないご時世、ニートは社会問題だって貴女分かってるの!?」
輝夜はむきになって反論するが、判決は下してしまうともう覆らない。
だから別に主文を聞かせる意味なんて何もないのだが、悪行を本人に認識させるためには必要なことなのだ。
私はくいっと首を振って、涙目で抗議する輝夜を連れて行くよう鬼に指示を出した。
「輝夜、あなたはちゃんとハロー○ークに通うことから始めなさい。履歴書に姫なんて書いちゃ駄目よ。
嘘でもいいから特技欄はしっかり埋めなさい。ラノベも読書に入るしジャ二ーズも音楽に入るわ。糞みたいな会社を適当に褒めちぎっておけばいいの」
転生後の的確なアドバイスをすることも裁判官の大切な仕事だ。
これで彼女も更生するに違いない。
ぎゃーぎゃーと喚きながら袖をばたばたさせて反抗する輝夜を見送りながら、私は自分の仕事に心から満足したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「次の罪人、入りなさい」
「はああああああああああああああ!? なんで私が裁かれなきゃいけない訳? ちょっと意味分かんないんだけど」
悪態つきながら入ってきたのは、幻想郷の東の果てにあるボロ神社の紅白。
なぜか隣に小町がいる。
面白そうだからと仕事をサボってきたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「小町、またサボりなら給料しょっ引くわよ?」
「残念! あたし今日はちゃんと映姫様に報告するために本庁まで来たんです」
おや、珍しいこともあるものだ。
って言うか基本的にサボっていることを本人がしれっと認めているのはどうかと思う。
「その前に小町、あなた最近渡し賃を横領して中有の道の屋台で買い食いしまくってるって聞いたけど、ほんと?」
「それが聞いてくださいよ映姫様。今日はこの紅白からくすねようと思ったら、この娘びた一文持ってないんです」
隣にいる紅白が「ちっ、うっさいわね」と舌打ちした。
まず屋台で買い食いしてるなら私にもりんご飴やたこ焼きの差し入れがあってしかるべきではないか。
全部一人で食べてしまうくらい、食欲旺盛だからそんな牛みたいな乳になるのだ。
さっきのつるぺったんなニートにこの事実を教えてやりたい。
「くそっ……」
「映姫様?」
本当は私だっていかぽっぽが食べたいし、ボンキュッボンなナイスバディーになりたいのに。
だけど私は大人だから、差し入れがないことも許す寛容な心を見せつけなければならない。
それが地獄の閻魔たる宿命だからだ。
小町、残念だけど今の告白であなたの給料はさらにマイナスよ。
仕事とプライペートはきちんと分けて考えるべきだからね。
決してあなたの身体が羨ましいわけじゃないんだから。
私がひんにゅーだなんて気にしたことはただの一度もない。
「なんでもない。ところで、びた一文持ってないのにここに連れてくるのはちょっとおかしいわ? 渡し賃がマイナスなら河に投げ出してきたらよかったのに」
一応説明すると、渡し賃と言うのは全財産のことである。
実際の金品に相当するものではなく、本人が汗水垂らして働いて稼いだお金のうち、親しい人のために使ったお金の総和を指す。
他人に借金させるようなことをしない限り、マイナスには滅多にならない。
「一応、渡し賃はマイナスじゃなかったから連れてきたんですけどね。財布の中も空っぽでした。発育悪そうだしどんだけ貧乏なんだか」
小町はけらけらと笑いながら紅白を馬鹿にする。
しかしよく考えてみて欲しい。
渡し賃≠リアルマネーなのだ。
つまり小町は、渡し賃と称して実際には死者から現金を受け取っていたことになる。
そのお金で屋台で買い食いをしていた訳だ。
ああ、またあなたの給料はマイナスね。
と言うかもう下げようがないじゃない……
「清貧って言葉を知らないの? 乳だけでほんと頭悪そうな癖に……それに目の前にいる裁判官なんてどう見ても私より胸ないじゃない!」
「だ、誰がナイチチで洗濯板で断崖絶壁飛び降りても手を引っ掛けるところすらないすべすべですって!?」
厳粛な場を乱すような紅白の発言に、私はつい声を荒げてしまった。
これだから下劣な人間の相手をするのは嫌なのだ。
胸なんて半端にあるよりか、ちゃんと白黒はっきりしてた方がいいに決まっている。
紅白みたいなあるんだかないんだか分からない胸が一番たちが悪い。
「やっぱり気にしてるのね、映姫様……」
「せっ、静粛になさい! これより審判を行います!」
小町が何か喋ったようだけど、聞こえなかったことにする。
「そこの紅白、まず名乗りなさい」
「あなた知ってるのに紅白紅白って……」
「形式上必要なの。さっさと言いなさい」
後がつかえているのに、とんだ時間を食ってしまった。
しかしさっと終わらせるのも閻魔として大事な仕事なのだ。
残業代も出ない仕事は正直やってられない。
「いらっとしてるでしょ、あなた」
「してない」
冷静沈着な私が胸の大小ごときで苛々なんて、笑止。
「気にしてるのね?」
「してない」
うるさいなあ、もう。
「胸小さいって、自覚してるのね」
「してない」
黙れ。
「ぺちゃぱいだって、ショックで夜も眠れないのね」
「うるさいうるさいうるさいやかましいわボケー! あんたなんてもう地獄よ地獄の業火で苦しみのた打ち回って死ねっ! 絶対に許さないんだからっ!」
がたんっと椅子から立ち上がり、紅白をぽかぽかと殴りつける。
気にしてるんだからほっといてよ、もうっ!
少女黙祷中――
「こほんっ。それであなたの名前は?」
「……博麗霊夢」
ようやく大人しくなった紅白は、名を博麗霊夢と言うらしい。
知ってたけど。
「職業は?」
「見て分からないの? 巫女よ巫女」
私はよく思うのだが、巫女と言うのは職業として成り立つものなのだろうか?
神社では年末年始、巫女のバイトを募集しているが……フリーターが派遣社員ですと名乗るのと同じ匂いがする。
まずきちんとした職に就くことが大切ではないか。
「言わなくても分かると思うけど、とりあえずあなた。地獄行きだから」
「はぁ!? 私みたいな善行だけを繰り返して生きてる人間がどうして地獄行きなのよ! どう考えてもさっきの××××……根に持ってるでしょうあんた!」
霊夢の素っ頓狂な叫びを、さらりと受け流して冷静を装う。
判決に私情を持ち込んではならない。
私がぺちゃぱいだの言われなくても、霊夢は最初から地獄行きだと決まっていたのだ。
「あなたは証拠をきちんと出さないと罪を認めないだろうから、はっきりと暴いてあげるわ。霊夢、あなたが犯した悪行の数々を!」
私はそう高らかに宣言して、浄瑠璃の鏡を取り出した。
この鏡、映し出した人間の過去の行いが全て分かってしまう便利な代物だ。
霊夢を照らすように鏡を掲げると、ひゅんと音を立ててノイズが映像に変わる。
外の世界ではこれをぶいてぃあーるなんて言うらしいが、私も詳しくは知らない。
――映像には博麗神社が映っていた。
私も何度か訊ねたことのあるみすぼらしい建物の前に、どこぞの新聞記者が扇子を持って踊っている。
ウッウーウマウマーとかよく聞き取れない言語の音楽が流れていて、正直うるさい。
「イエィ、ワッツアップオール! アイム射命丸文! 今日は博麗神社に取材に来ています!」
「なぜに英語っ!? それもどこかのDJっぽい何か!?」
私は映像に強烈に突っ込むものの、反応してくれるはずがなかった。
やたらテンションの高い文を他所に、肝心の霊夢はその時の記憶を思い出したらしく、不機嫌そうに鏡を見つめている。
「さーて今日は閻魔様の悪だくみに乗っかって、霊夢さんのプライベート暴露しちゃいなYO!! 的な何かって感じで適当にやりたいと思いますが……
肝心の霊夢さんが見当たりませんねー神社の中でしょうか! 早速突撃してみます!」
天狗は上機嫌なのか、無駄にノリノリである。
ささっと縁側の方に移動して、障子に躊躇なく指を突っ込みぶすりと穴をあけてしまう文。
この類のさり気ない悪戯で、博麗神社の財政はさらに圧迫されていくのだ。
少しは自重した方がいい。
「と、ここで霊夢さんに直接取材する前に、霊夢さんについてどう思っているか何名かの方にインタビューしてありますので、そちらをご覧ください!」
文は小さな声でナレーションした後、画面がぱっと切り替わって人物が現れる。
目線には黒い帯が引かれていて、音声も加工されて初音ミ○そのまんま。
#プライバシー保護のためとテロップに書いてあるが、あまり隠す気もなさそうな辺りにやる気のなさが感じられた。
1.霧雨魔○沙さんの証言
霊夢のところに遊びに行くと丁寧にお茶を出してくれるけどさ。
あの出がらし茶の使い込み方はマジでぱねえぜ?
急須から出てくる液体は殆ど無色なんだ。
要するにお湯。
茶葉はもう急須に張り付いて酸化してきてるし、あれはやべえ。
それに霊夢は、私が自炊しているとかなりの確率で自宅まで飛んでくる。
もう頬はこけて、端整な顔立ちが台無しなんだぜ。
ちゃんと飯くらい食ってくれ。頼む。
可哀想なくらい貧乏だから、私もたまに賽銭投げるけどそれもすぐ使っちまうくらいだ。
この前は味付け海苔をかじって飢えを凌いでいた。
そもそも賽銭で食ってくって発想が何かおかしいと思うんだがな。
基本的に十円玉、最高でも百円くらいしか投げないだろ、あれ……
「失礼ねっ! あの茶葉なんて三ヶ月は余裕で使えるわ! そもそも巫女はボランティア、慈善事業なんだからもっとお賽銭入れなさいよ魔理沙の馬鹿っ!」
「お金がないのは、事実なのね?」
「うちには妖怪はよく来るけど、誰もお賽銭を入れていかないのが悪いのよ! 勝手に上がりこんだ挙句、なけなしの和菓子や沢庵をかじって帰るだけだし……」
どちらにしろ霊夢が貧乏ってことだけははっきりと分かった。
その貧乏が、彼女を狂気へと駆り立てているのだ。
道端の妖怪に無茶な言いがかりをつけて、乱暴した挙句金品を強奪する。
誰も霊夢を巫女として崇めないのは当然の報いなのだ。
祝祭時に呼ばれない辺り、霊夢は相当里の人間にも煙たがれていそうだし。
2.ミス○ィア・ロー×レイの証言
霊夢ったらほんと酷いんだから!
家の屋台で散々八目鰻を食べつくした挙句「御代、つけといて」って言ったままずっと払ってくれないの。
最初からタダ飯目的とか聞いて呆れるわ。
いい加減腹が立って「代金払わないと鳥目にしちゃうわよ!」って言ったら
霊夢はにやーっと不気味に笑いながら「あなた……フライドチキンにしたら美味しそうね。じゅるり……」って私を食べようとしたんだから!
昔誰かに同じこと言われた気がするんだけどまあいいわ。
よだれをたらしながら追ってくる霊夢は鬼気迫る腹ペコ感に満ち溢れてて、私は恐怖で夜も眠れなくなった。
私の幸せな日々を返して!
「事実無根よっ! あの妖怪は屋台を出すのに無許可で私に場所代も払わずにいるんだから。それにあんな法外な値段を請求するのが悪い!
うな重(特上)が四千円ってふざけてるの? 値段の割に箱は上げ底でご飯全然入ってないし、コンビニのお弁当より少ないわ。
バリエーションが蒲焼とひつまぶししかないってのがまず購買意欲を殺いでいるのよ!」
「最初から食い逃げするつもりで屋台行ってる癖に文句言わないの」
「だーかーらー! 幻想郷を護る私にご飯を食べさせるくらい、最低限の礼儀でしょうが!
そんな礼儀も守れない妖怪は退治されて当然なのよ。どいつもこいつも自分のことばかり考えて……人をいたわる気持ちを知らないのかしら」
「一番自分勝手なのは霊夢、あなたでしょ……」
なぜか屋台のメニューに文句をつける霊夢。
これが色々と自己中になった者の成れの果てかと思うと、流石の私も同情を禁じえない。
幻想郷も色々世知辛くなったものだ。
3.フラン×ール・ス○ーレットの証言
ククク、我が闇の執行室へよくぞ来てくれた、しゃめいまるふみよ。我はフラ○ドール・スカー×ット、悠久の時を生きる夜の吸血鬼……
嗚呼、あの巫女なら先日この部屋で儀式を終えて、我の眷属になる契りを交わしたところだ。
太古の時より、あの娘は私の僕(しもべ)になることを運命付けられていたのだからな……
魂のソウルメイトとして紅白と出会ったのは、ネアンデルタール人が地上でぎゃーぎゃー騒いでた頃の話だ……我が血族は高度な文明を築き上げていた(略
それに……ククク、あの巫女こと霊夢・ド・ヴェルサイユ・デモッサンはちゃんと生き血を我に供物として捧げてくれた。
カ×メのトマトジュースみたいな味だったが、味に囚われてはならぬ。ふいんき(なぜか変換できない)が大切だからな、ククッ。
(カンペ)
何っ、その我が眷属が貧乏で飯も食えず困っているだと……ククク…………そのことで先日我に相談しにきたぞ。
何でもしますからこの惨めなわたくしめにご慈悲を! 我の前で跪いて靴の裏をぺろぺろと舐めさせた後、ランチを分けてやった。
下衆な民に責任と義務を果たすのは我ら高貴に生きる者の宿命だからな、ククク……
「ちょっと何言ってるか分からないのだけど……しかも名前とか言葉の使い方とか色々間違ってるし」
「私だって分からないわよ。でもこの鏡は真実しか映し出さないから、本当にあった出来事ではあるのでしょう?」
ドン引きしている霊夢に、一応尋ねてみる。
「確かにこの前フランのところに遊びに行ったわ。咲夜にこれ渡しておいてって(カ×メのトマトジュース)頼まれたから持っていったら、こんなこと言ってた気はする。
だけど靴の裏舐めってなんかいないわよ! ふざけんなこの糞餓鬼って押し倒したら『お、おねえさま霊夢がいじめるぅー』とか言って逃げていったから
部屋にあったバームクーヘンやらマーマレードを全部食べて帰ったわ」
「さいですか」
もはやどうでもよくなってきたのだが、映像はまだまだ続きがあるらしい。
ようやく鏡には文が映り、障子の前に立って聞き耳を立てている。
「以上、霊夢さんにレイ○されそうになった三人の証言でした。さーてこちらはその現場(事後)である博麗神社にカメラ戻りましたー!」
霊夢に気付かれないようにしているのか、小さな声で喋る文。
しかし性的描写は一切なかった気がするのだが。
「これから中を覗いてみたいと思います。もしかしたら着替え中とかぎしあん中の可能性もありますね! なおこの放送はR-18なので無修正でお送りします」
どうでもいい。
早く中の様子を映してよ。
霊夢がBカップ以上だったら、私……ショックで倒れるかもしれない。
「おや、霊夢さんお食事中のようですね。期待した良い子のみんな、残念っ!」
そう言いながら文はカメラを障子に空いた穴に近づける。
ちゃぶ台の前に座り、嬉々として箸を動かす霊夢の画像が映った。
浄瑠璃の鏡はスピーカーもついているので、食事をしながら何やら喋っている霊夢の声が聞こえる。
「な、何やら霊夢さん。神様や宇宙人の類と交信しているのかのように嬉しそうに独り言を話しています! 気持ち悪いですねー」
ばっさりだった。
これで文々。新聞の明日の見出しは霊夢に決定したようなもの。
博麗霊夢、ついにモバイルで神との通信に成功!
文のセンスではどう考えても面白そうなタイトルになりそうもない。
「今日はこんなにご馳走なんて嬉しいわね! 白いご飯にネギのお味噌汁、納豆、白菜のお漬物に焼き魚! 一生懸命働けば私だって人並みの生活ができるのね」
しかし霊夢の様子が何だかおかしい。
茶碗にご飯は盛られていないし、他の皿も空っぽ。
身が1ミリも残ってない焼き魚の骨が転がっているくらいである。
霊夢の虚ろな視線は中空を彷徨い、箸をかちゃかちゃ動かしながら不気味に笑っているのだ。
「ずずずずーっ……やっぱりお味噌汁のお味噌は白に限るわね。まろやかな中にも広がるコクと旨みが最高! この川魚も塩加減が絶妙で……ぱくぱく、美味しいわ!」
空の食器を持って、食べ物を食す擬音を自分で発している霊夢。
ひとりでするおままごとくらい虚しいものはない。
「あややややややっ! これは一大事ですね! これはどういうことなのか、霊夢さんに直撃したいと思います!」
どかーんと障子を蹴破って室内に侵入した文の姿に、霊夢は呆然としている。
おままごとしているところを終始見られていたのだ。
そりゃあ恥ずかしいに決まっている。
「あんた……まさか見ていたの?」
「はいっ! それはもう霊夢さんがスカートを下げて行為に耽るところから事後食事を取る姿まで一部始終しっかりきっぱりこの目で写真も何百枚も撮る勢いで見てました!」
「オ○ニーなんてしてないわよ、さっさと帰って」
霊夢は肩をわなわなと震わせて、文をぎろりとにらみつけている。
まさに鬼のような形相で。
「取材してもいいですかぁ? ひとりでおままごとするってどんな気持ちですか? ねえ、今どんな気持ち?」
文は霊夢のことなんて全く気にも留めず、話を聞こうとする。
しかしそのうざい質問の仕方はなんとかならないのか。
「おままごとじゃないわ。私はエア食事をしていただけよ!」
「え、エア食事?」
「そうよ、エアギターとかエア友達とか色々あるでしょう? それの食事版よ」
文の頭の上に「?」マークが十個くらい並んでいる。
理解できないことだけは間違いなさそうだった。
「えーと……それは要するに、目の前に食事があると仮定して、ご飯を食べるフリをしていたってこと?」
「幻覚じゃないわ。食事はちゃんとある。ほら、ここに食べかけの白いご飯にお味噌汁に……」
もちろん、映像には空っぽの食器が整然と並んでいるだけで、中身なんて存在しない。
文は頭を抱えた。
「今日は里の人たちが差し入れてくれた最高級のご飯と、妖怪退治のお礼に貰った川魚がメインディッシュよ。
私は『お礼なんていらない、当然のことをしただけですから』っていつも断っているのに、無理矢理押し付けてくるから仕方なく食べるって設定なの。これだから人気者は困るわ」
「設定! 今霊夢さん設定って言いましたね!」
「あー今のなし。これは全部実際にあった出来事だから」
「絶対嘘でしょ! 霊夢さんいつもめんどいめんどいとしか言わないじゃないですかー!」
「妖怪退治しているのは本当よ。品は貰ってるんじゃなくて奪ってるんだけどね」
「それって強盗、犯罪ですよ――」
――がしゃーんっ!
映像をじっと見ていた霊夢が、突然浄瑠璃の鏡に正拳突きをかまして叩き割ってしまった。
「ちょ、ちょっと何するのよ霊夢! これ備品なんだからまた支給されるまで時間掛かるのに、あーあ……」
「うるさいうるさいうるさいっ! こんなの誰が認めるもんですかっ!」
霊夢は己の業の深さに戦慄を覚えたのだろう。
しかし犯した罪はあまりにも重すぎた……さすがにエア食事とか私でもどん引きだ。
幻想郷の守護者がなぜこんな残念な人間になってしまったのか。
さすがにこれを更生させるには地獄しかない。
「と言うことで霊夢。あなたやっぱり地獄行きだから。地獄でエア友達に囲まれてエア食事の刑に処す」
「どちらかと言えば私可哀想だから情状酌量の余地がある方じゃないの!? って言うか地獄って食事出ないの!?」
「ご飯は三食出るけど、あなたエア食事の方が好きそうだし」
「そんなはずある訳ないでしょ馬鹿馬鹿馬鹿、本当馬鹿ばっかりなんだから!」
地獄は三食付きトイレバス別の1LDKでコンビニまで徒歩一分、住めば都と言う言葉は地獄のためにあるようなものだ。
これで空っぽの賽銭箱を漁る作業から開放されるとなれば、霊夢も転生したらきっと真人間になるに違いない。
私はまた一人、病んだ人間を救ったのだ。
エイメン。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、今日は次で最後ね。罪深き人でなければいいけど……さあ、入って」
金髪にゴスロリ風な衣装をまとったギャルギャルしい女性が部屋に入ってくる。
こんな見てくれでも幻想郷の賢者と呼ばれる妖怪、八雲紫だ。
「あら、久し振り。相変わらず小さくて全然成長してないのね」
「うるさい黙れ腐れビッ×」
私は優しいから、地獄に堕ちることが確定しているような者には悔い改めるよう予め忠告して回る慈善事業(サービス残業)をしているのだが
この八雲紫と言う妖怪は全く話を聞かないどころか、回りくどい言い訳ばかりするので私は大嫌いだ。
「あなた、前から言ってるように裁く必要もなく地獄行き決定だから。あー最後の仕事が楽に終わってよかったよかった」
「ちゃんと仕事くらいなさい。名前聞くとか主文読み上げるとか色々あるでしょ? そんなこともできず閻魔を名乗って恥ずかしくないの」
「な、何よ私が仕事ちゃんとしてないみたいにっ! いいわお望みならちゃんとやってあげるわ。確定事項を読み上げるだけだけどね」
私は全部式神にやらせるような腑抜けではない。
小町は足し算すら怪しいから、せめてもうちょっと頭の良い部下が欲しいとは思うが。
乳のでかい女は大体お馬鹿そうに見えるのは多分間違ってないのだろう。
この目の前にいる女狐もそうだし。
「はい、あなた名前は?」
「八雲☆紫」
「何そのきらっ☆ミって感じの名前。それに名前には機種依存文字は認められないし、ネトゲで記号を名前に入れてる人間は大体痛い奴って相場が決まってるのよ」
どうして今日はこんなに痛々しいのが集まってしまったのか。
沢山の人を裁いてきたけど、今日くらい頭が痛くなる日はこれまでなかった。
頭がスイーツなのはケータイ小説だけにして欲しいものだ。
「職業は?」
「JK」
「えっ」
「えっ。じゃないわよ」
「JKって何?」
「女子高生のこと。あなたそんなことも知らないの? 閻魔の癖に幻想郷ばかり見て知見が狭すぎるのよ」
JK=女子高生、つまり寺子屋に通う学徒みたいなものか。
「どう見てもあなた、ババアじゃない」
「あんた本当に馬鹿ね。外の世界では何歳からでも自由に学校に通える制度が整っているの。だから歳なんて関係ない」
ババアと言う言葉に一瞬紫はむっとした顔になったが、すぐに冷静さを取り戻した模様。
と言うか会話が微妙にかみあっていないのは気のせいか。
「はいはい、職業はババアと。それで歳は?」
「ババアなんて職業ないから。歳は十六歳」
「またまたご冗談を……」
いい歳してそんな服を着た挙句、女子高生だの十六歳だの……この妖怪は一体何を考えているのか。
いくら若作りしたところで歳は誤魔化せないし、そんな顔を白く塗りたくったって現役JKには太刀打ちできるはずがないのだ、多分。
「いいからそう書いておきなさい。心は永遠の十六歳なんだからそれで何の問題もないわ。それで判決は?」
「えーと……もちろん地獄行きよ」
「ふうん」
大した興味もなさそうに、紫は適当な相槌を打った。
どうせいつでも抜け出せるくらいに思っているのだろう。
それにしてもどぎつい少女臭に頭がくらくらしてくる。
いくらなんでも香水きつすぎ。
さっさと判決を言い渡して追っ払ってしまおう。
「では主文を読み上げます。異議申し立ては後でちゃんと時間を設けますから、その時にお願いね」
「うん」
主文――
八雲紫。
生まれながらにして露出狂のあ○ずれだと揶揄され続けてきた八雲紫は、先週里の某所に買い物に来ていた東風谷早苗をスキマから誘拐。
衣服を一枚ずつ脱がして「外の子はやっぱりブラしてるのね。霊夢はサラシだしぺちゃぱいだったけど……」などと意味不明な言動を繰り返しながら(以下検閲
「ああ、やっぱりその下品な乳でいたいけな人間をたぶらかしていたのね。あなたには地獄以外の選択肢はないわ!」
私はびしっと紫を一喝して、悔悟の棒を取り出した。
悔悟の棒とは、罪を書き込み叩くための棒である。
重さは犯した罪の重さに比例するのだが、紫みたいな超が千個くらい付く極悪人だとそれはとてつもない重さになるだろう。
「うーんと、早苗をレイ○した罪と……悔い改めなさい!」
ぺちんっと紫の頭を叩く。
これで最後の罪人の裁きも終わった。
暖かいご飯とお風呂が待っている。
私は大量の仕事を終えた充足感で心が一杯に満たされた。
「待って、私の話を聞いてっ!」
突然紫が口を開く。
もう終わったんだからさっさと逝きなさい。
呼び鈴で廊下にいる鬼を呼び出そうとすると、紫が私の手のひらをぎゅっと掴む。
――胸がきゅんとした
「何するのよっ! もうあなたの裁きは終わったの。さっさと出てって」
「私……ずっと隠してたけど、映姫のこと、大好きなの。あなたの真直ぐなところに、ずっと惹かれてた。
私はあなたにみたいに思ったことをはっきり言えないから……ずっと告白できなかったの」
「紫……」
そっか。
あなたはただ、素直になれなかっただけなのね。
本当は純真な心を持ち合わせているのに、思ったことを真直ぐに話せなくて悩んでいた。
でも、今あなたはちゃんと私に伝えてくれたわ。
大好きって――
「いきなり恋人って訳にはいかないけど、紫。あなたとデートしてみてもいいかなって思う」
「映姫……ありがとう。でも…………今……私、したくてたまらないの。あなたの虜にして……?」
ああ、なんて大胆なの、紫。
私は椅子から立ち上がって、そっと紫に体重を預けた。
ひらべったい私の胸を、紫のたわわな膨らみがクッションのように受け止めてくれる。
やっぱり大きいっていいなあ。
その瞬間、紫は机の書類にそっと手を伸ばした。
ちょうど読み上げた一番上、主文が書いてある紙だ。
「ちょっと紫、駄目よ。これは個人情報、プライベートの類が大量に記載されているんだから。無闇に人に見せられるものじゃないの」
「私のことなんだから個人情報もへったくれもないわ」
「駄目よっ! 返してったらー!」
「断る」
紫は私を抱きかかえたまま書類をかざして、見上げるようにして内容を読み始めた。
私は背が低いのでジャンプしても全然届かない。
これはひどい屈辱、ひいては差別だ。
プライドがずたずたに切り裂かれた私は涙目になりながら書類に手を伸ばすものの、やっぱり無理だった。
「主文、八雲紫は幻想郷において重要な役割を果たしてきた。外部との繋がりを一切拒む結界を創造し――
あれ? さっきあなたが読み始めた内容は……随分下の方にあるのね。
私が知るところによれば、閻魔は悔悟の棒で犯した数の分だけ叩かなければならないはずだけど……一回だけだったわよね?
私の罪の数は計り知れないと書いてあるんだけど、どういうことかしら?」
紫はにやにやしながら回りくどく説明してみせた。
要するに罪の数だけ棒で叩かなければならないのだが、私がめんどいし早く終わりたいので一回だけにしたことにすぐ気付いたらしい。
「こ、これからちゃんと読み上げるつもりだったんだからねっ! 私くらいちゃんと働いてる閻魔はいないんだから!」
「でもさっき、裁きは終わったから出てってって言ったじゃない」
「ちっ、違うわよっ! あれは書類が多すぎるからこの部屋じゃ無理だったの。別室でこれからたっぷりと……」
「もうばればれなのよ。サボりたかっただけって白状なさい」
そうか、これは紫なりの愛のムチなのだ。
きっとそうに違いない。
でもサボりがばれると閻魔王様に叱られてお尻ぺんぺんされてしまう……
「紫っ! 私のこと、愛してくれるのなら見逃して、お願いっ!」
「嫌よ。人を散々ダッチ○イフだの淫×だの罵っておいていまさら何なのかしら?」
私は決してそんなことは言っていない。
本人に自覚があるのは違う意味でひどいとは思うが。
「好きって嘘なの!? 騙したのね私をっ!」
「餓鬼に興味はないのよ。私は大人の女性が好きなの」
「ひどいわ、ひどすぎるわっ! 紫の鬼っ! 悪魔っ! 変態っ! 乳女っ!」
「私はJKだってば」
紫はそう吐き捨てると、スキマからどこかに消えてしまった。
よく考えたら紫が死ぬとかありえない話だった。
どうせお得意の風説の流布で、適当に死んだことにして私をからかいに来たに違いない。
純真な私はまんまと騙されてしまった訳だ。
悔しい。
私は真面目に仕事をこなそうとしただけなのに。
――こうして、私が幻想郷担当になってから最高に忙しかった一日は幕を閉じた。
唯一救いだったのは、仕事が終わるまで待っていてくれた小町と屋台を一緒に歩いたこと。
また行こうね!
マジすんません!!エア食事する程に追い詰められた経験はありません。
どうか有頂天送りにして、桃かなにか食べさせてあげて
小気味よいテンポで繰り出されるギャグはもちろんですが
構成が冗長にならず、だれることなくきっちりしてるのがよいです
キレを磨けばもっともっと光ると思います
色々とギリギリなのが気になりましたが、面白かったです。
文章の勢いで最後まで読まされました。
勢いで書くのも大事ですが、書いた後でもう一度練り直せばもっと面白くなったと思います。
ただ、『ギャグ』と『下ネタ』は別なんですよ。それを履き違えてはいけません。
伏字の言葉が出てくるたびに頭から冷や水を浴びせられたような気分になってしまいました。
『エロ』と『えっち』が全く別物のようなものです。例えがおかしい?
果たしてこの世界に正義はあるのだろうか
キャラに関係ある風評を何個か重ねてやっとキャラが判別できる感じ、
下ネタとキャラを貶める様なネタを雑に並べるのがギャグ作品でないです。
三食付きトイレバス別の1LDKの地獄かぁ・・・
刑期が終わったときにいくら請求されるのか怖くてしかたがないw