霊夢の時代からもうどれくらい経っただろうか。
この代の巫女、ミカは歴代の中でもそこそこ強い方だ。
のんびり度合いでは霊夢に匹敵するが、弾幕では……まあ、『EASYファンタズム』なんて代物を用意しなければ遊べないとは思わなかったけれど、曲がりなりにも当代の幻想郷守護者なのよ。
外界が幻想成分で染まった分、こっちも科学成分で染められているから仕方がない。
かつて、幻想郷は消滅一歩手前に陥った。
外界の人間が幻想を完全に忘れ去りかけたのみならず、環境破壊の悪化で人類の多くが他の星に移住してしまい、幻想の力が届かなくなったのだ。
外界の人々の幻想や空想で存在していられる私たちにとって、それは食料や水、というより酸素が無くなってしまうようなものだった。
妖怪や妖精は日増しに姿を消し、自然の恵みは枯れていった。私の力も衰えた。
私はもう幻想郷は終わりだと思い、このまま消えるのも悪くないとさえ考えた。
滅びを避けるための式や妖怪有志たちの努力が滑稽で仕方がなかった、奇跡が起こって復活するのは物語の世界だけだ。助からない患者は助からないのだと。
だがそれでも、式や妖怪有志たちは外界に自分たちの存在を知らしめようと結界を超えて外へ行き、外の人間たちとの平和的な接触に成功した。偶然か必然か、この地上に残る事を選んだ彼らも、再生の望みをかけて我々との接触を試みたのだ。
幸いどちらかが片方を植民地支配するような事は起こらず、幻想と科学の力をやり取りし、お互いに学ぶ事で、地上は徐々に再生を遂げていった。
ただ、コントラストを完全に消してしまい、こちらとあちらが一様になるのも危険なので、お互いの境界は維持している。多様性が大切だから。
そんな事を神社で考えながら茶をすすっていると、ミカが背中から抱きついてきた。
「紫、なに考えてんの? 髪の毛いい香り」 この無邪気さは歴代博麗でもほとんど変わらない。
「何でもないわ、あなた達の笑顔やバカ騒ぎを見てると、あ~幻想郷は今日も平和だなあって思ってね」
「なによそれ?」
「ミカ、私がいなくなっても幻想を大切にするのよ」
「変なフラグ立てないの、肩もんであげるから」
「お願いね」
ミカの指が心地よい、私はふと、今の幻想郷も悪くないと思ったりして。
「魔理沙、私が道具を取り返すまで、消えないと言ったじゃない」
魔理沙が人間の世界を旅立った日、世界は色彩を失った。
もうあの笑顔は戻ってこない、目ぼしい本や物を持っていかれて、追いかけっこになった時が懐かしい。
死んだら返すぜ、と魔理沙は言った。だから、今はいくらでも返してもらう事が出来る。
貴重な魔道書も、魔法の力が秘められた指輪も、かなりいい所まで行った試作自律人形も、全て望むままに返してもらえる。でも、パチュリーとあれこれ奪還作戦を練った日々の方が充実していたな。
今現在、幻想郷に人間から魔法使いになった者で、魔理沙以上の魔力、知識を備えた者は存在しない。いろいろあって魔法を教えている霧雨真琴を含めてだ。
「アリスさん、この間ゴキブリが出て、真理歌が弾幕まき散らしちゃって、で僕がつまんで捨てたんですよ。これは差別かもしれないけど、なんで女の人は虫が這いずっていたくらいで、あんなにもキャーキャー騒ぐんですかね?」
「そう、キャーキャー言うわね、初めて箒で飛んだ貴方みたいに」
「うっ、それは言わない約束」
「シャンハーイ(誰にも、苦手なものはあるわ)」
「そうですね、反省します」
彼はもっと別の事を反省してもらいたい、私が手に入れた新世代の魔道書、電子頭脳と魔法の融合について書かれた本をさっそく『借りられた』。でも、これは霧雨家の血筋かもしれないと思って半ばあきらめている。これでも別れの直前の魔理沙よりずっと少ないペースなのだ。
「所でアリスさん、新しい魔法を編み出したので見てください」 と彼はメモを見せた。
「あのね、真琴くん、魔法の知識はなるべく他人に漏らさず、自分で大切にしなさい。手の内がばれるのは時として危険なのよ」
「情報は共有されるべきです、僕ら人間はそうやって進歩してきたんだ」
「だめ、魔法は一子相伝であるべきよ」
「いや、魔法はオープンソースであるべきですよ」
私がこう思うのは、かつての欧州で、魔女狩りが盛んで物騒だった時代を覚えているせいだろうか? しかしこうしたジェネレーションギャップもなかなか楽しい。
だからかろうじて、自ら命を断とうという領域には足を踏み入れていない、今のところ。
二人を生んで、はや十数年。
今までの人生の中で、何人かの良いなと思う男の人と付き合ったことがあった。
でも、みんな私より先に逝ってしまう。
あの人(これを読んでいる貴方)と深い仲になりかけた時、もう二度とあんな悲しみは味わいたくないと思い、彼を一度は拒絶した。でも結局離れられなかった。狂おしいほどの情念。
結局あの人とは離れ離れになってしまったけれど、それでも二人はしっかり育っている。
「こら真理歌、素振りは木刀でしなさい、あと身体能力を魔法で補わない方がいいわ」
「だって、ビームタケミツの方が軽いし、筋肉質の女の人もなんか格好悪いじゃん」
「武道は格好でするもんじゃないわ」
「は~い、前向きに善処します」
言うが早いが、真理歌は魔法で跳躍して屋根に飛び乗り、エスケープした。
止めなさい、ソーラーパネルが割れる。
まったくもう、とかぶりを振って見せるが、これでもかなり我ながらできた娘だ。
兄の真琴は本格的な魔法使いを目指し、一人暮らしをしながら人形遣いのもとで修業し、たまに里へも顔を出す。巫女のミカちゃんとは友達付き合いの段階で止まっているらしい。
白玉楼を去る時にこの事で幽々子様ともめたりしたけれど、最後には幽々子様は分かって下さった。しかし我ながらとんだわがまま庭師だったと思う。せめてもの償いに、時々白玉楼にも顔を出して、庭木を整え、幽々子様と一緒に過ごすようにしている。
僭越ながら、私は3人の子供に恵まれたようなものだ。これであの人がいれば、と今でもたまに思う時があるが、これが私のわがままに対する神様の罰なのだろう。
見守っていてくださいね。
姫様があの野良犬を拾ってきたのはいつだっただろうか。始めてみた彼の姿はぼろきれを纏った、まさに擬人化された野良犬そのものだった。一人でさまよっていて、それを姫様が憐れみ半分ネタ半分で連れてきたらしい。
そして私はあろうことか彼の世話を命じられた。一応姫様のペットとしては私の方が格上で、彼もその事を理解している、のはいいのだが、かなりおバカである。お前の正体は妖精かと思うくらい。
「はあ、てゐは頭いいけど言う事を聞かないし、優夜は言う事を聞くけどバカだし」
縁側で日向ぼっこしながら物思いにふけっていると、彼の声がした。
「パスタ様、姫様がお呼びです」
「パスタじゃなくて優曇華でしょ」
「では蕎麦様」
「鈴仙と呼びなさい」
「では96式艦戦さま」
「わざと間違えてるな」
「すみません、ところでお腹がすきませんか」
「あんた、有能な執事を目指すなら、もうちょっと、いやものすごくしっかりしなさい」
彼の後ろを歩いて姫様の部屋へ行く。燕尾服から出た尻尾が左右にゆったり動いていた。たぶん、彼は今幸せなのだろう、私の気苦労も知らずに。
この犬は姫様の恩に報いるため、立派な執事になると言った。姫様はメイドの服を着せたかったそうだけど、オスなので男物の服を着せることになった。その後彼はどこからか伝説のメイド十六夜咲夜の事を調べてきて、彼女のような完全で瀟洒な従者になりたいと誓ったのだ。その心意気は良いけれど、どうにも空転しっぱなしである。
この間の例月祭では、未知の物理法則が働いたのか、彼は自分の杵で自分の手を搗いたらしい。左手の包帯がその証拠だ。最初、もしかして他の兎たちからいじめられているのかと心配になったが、調べてみて本当にその通りだった時には思わず吹いた。
「鈴仙、優夜、来たわね、これからマジックショーの練習をするわ」
「何をする、離せー輝夜」
バニーガール姿の姫様と、箱の中に入れられた藤原妹紅さんが首だけを出して私たちを迎えている。あいた口がふさがらないわ。
「あの格好、そうか、やっぱり姫様も兎だったんだ」
優夜は腕を組んでふむふむとうなずき、素直に感心している。幸せでいいわね。
姫様は最近手品にハマり、時々こうしてみんなに披露しているんです。
「それでは、世紀の胴体切断マジックです」
姫様が箱の中央部にある溝に四角形の刃物を差しこんだ。思い切り。
グショッ
「ウゲエッ」
嫌な音と声がした。
次の瞬間、赤い閃光が部屋を包み、箱を開けると無傷の妹紅さんが立ち上がった。
「さあ、鈴仙も実験台になって」
「ちょっと、今の赤い光は何ですか?」
「え、ただの演出よ、え・ん・しゅ・つ」
可愛いウインクでごまかそうとしてもそうはいかない。
絶対今リザレクションしただろ。
種なし人体切断マジックなんて嫌だ。
「今度は大丈夫だから、優夜でもいいわよ」 『今度は』と言ったか?
「さ、さてと、昼食の準備をしなくては」
「わたしも、薬の行商に行ってきます」
優夜は私の手を取り、必死で逃げ出した。この時ばかりは息が合った。
「鈴仙様、まるで映画のラストシーン見たいですね。愛の逃避行」
「バカ」
「鈴仙様は僕が守ります、執事としての務めです」
こいつが少し格好良く見えなくもない。それはそうと、師匠、助けて。
自分としてはみんなの様子を書いてほしかった
気になった箇所がひとつありました。l32.「霊夢の指が心地よい」:霊夢?
不動遊星さん、こんなシリーズでも応援して下さってありがとうございます。でも試行錯誤とおっしゃって下さい(笑)。
皆様に喜んでもらえる物語は本当に難しいですね、でもまだあきらめないつもりです。
個人的には、wktkしてますがね