今宵の月は、あの時の事を私に思い起こさせるほど、紅く輝いていた。
あの時、霊夢と初めて合間見えたあの夜。
私の頭上に浮かぶ月は、あの時の月と同じだった。
楽しい夜、涼しい夜、暑い夜、そして、永い夜。
次々に甦る記憶に、私は心を躍らせていた。
しかし、そんな感情を愉しんでいる時間は、私には無かった。
月は、もう沈みかけていた。夜明けはもうすぐそこまで来ていた。
生憎、いつも頼りにしている日傘は、館に置いて来てしまった。
「流石に急がないとまずい、か」
私はそう呟くと、徒歩から一転、天狗にも劣らないであろう速度で飛んだ。
それにしても、私が時間を誤るなんてね。
やはり私には、タイムキーパーが必要だ。
「ただいま帰ったわ」
「お姉様、おかえりなさーい」
館の扉を開けて早々、妹が飛びついてきた。
「貴方、まだ寝ていなかったの?」
「さっきまで美鈴とパチュリーと一緒に遊んでたの」
私の胸の中で、フランドールは嬉しそうに言った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
噂をすれば。奥から二人が私を迎えに来た。
「ただいま。あとご苦労様。この子の遊び相手は大変だったでしょう」
「いえ、私も随分と楽しませて頂きましたから」
「そう。…珍しいのね。パチェまで相手になるなんて」
「最近、暇なのよ。来る奴も来なくなったし。今日はいい暇潰しになったから、妹様には感謝してるわ」
「そう」
「それに」
微かに、魔導書を抱える手が、震えているように見えた。
「これ以上、この子に寂しい思いをさせるわけにはいかないでしょう?」
「…そう、そうね」
幸い、妹は私に抱きついたまま眠ってしまい、この会話は聞かれていないようだ。
「おやすみなさい、フランドール」
静かな寝息を立てる妹の頭を撫でながら、私は言った。
「美鈴、この子のことよろしく」
「畏まりました」
美鈴は私からフランドールを受け取ると、抱きかかえたまま地下へと続く階段を下りていった。
くぁっと大きな欠伸をかいたのはパチェ。
「流石に疲れたわ。私も眠ろうかしら」
「魔法使いは眠らなくても平気なんじゃなかったかしら?」
「魔法使いは平気でも魔女は寝るものよ」
親友はそう言って、くるりと回ると大図書館へと歩を進めた。
「おやすみ、レミィ」
「おやすみなさい、パチェ」
ホールに一人残った私は、ふあっとパチェよりも大きな欠伸をかいた。
自室の窓から見た空は、すでに白み始めていた。
紅い月はかろうじて、その姿を空に留めていた。
せっかくだから、あの月を見送ってやろう。今宵の月は特別だから。そう思って、窓ガラスに片手を添えながら、ガラス越しの景色を眺めていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
聞き慣れた声がした。振り返ると、そこに、やはり、彼女がいた。
「貴方は本当、どこかのスキマ妖怪並みに神出鬼没ね」
皮肉を込めた言葉を、彼女に贈った。
「お嬢様が望むのなら何処にでも、私は現れますわ」
その言葉を、彼女は彼女らしく受け取った。
「今日の宴会は如何でしたか?」
「まあまあね。いつものように酒を呑んで、騒ぎたいだけ騒いで、終わり。まあ、桜は綺麗だったかしら」
「楽しんでこられたようですね」
「まあ、そんなとこね」
彼女は微笑んだ。つられて私も微笑む。
「でもやっぱり、貴方がいないと駄目ね。時間の感覚が無くなって、危うく太陽光を浴びる羽目になるところだったわ」
私は窓から離れると、近くにあったロッキングチェアに腰を下ろした。
「必要とされているようで、誇らしいですわ」
私が行動を起こしても、彼女は微動だにせず、ただそこに立ち続けた。
「時間を弄ぶのが得意な貴方と過ごすと、時間の感覚がさっぱり無くなるのよ」
「残念ながら、責任は負いかねますわ」
「でしょうね」
私は悪戯に成功した子供のように笑った。気づけば彼女も笑っていて、部屋は二人分の笑い声に包まれた。
ゆら、ゆら、と、ロッキングチェアは遅いテンポを刻みながら揺れる。
それに身を委ねる私を、彼女はただただ、見つめ続けた。
これは昔から行ってきたこと。彼女と二人きりでやってきたこと。
静かで、穏やかで、懐かしい。私達は、そんな時間の流れの中にいた。
「今まで貴方に聞けなかったことがあるの」
普通なら自分でも驚くくらいに、唐突。考えるよりも先に、言いたかった言葉が出た。
「でも今から聞くわ。今なら貴方に聞けるから」
ロッキングチェアの微かな揺れに身を委ねる私の声は、自分でも判るくらい穏やかなものだった。
彼女は、黙って頷いた。
「貴方が手にかけてきた時間は、その殆どが私の為のものだったわ。でもそれは、貴方にとっても大切なものだったと思うの。その時間を私の為に費やすことははたして、貴方にとって幸せなことだったのかしら」
ロッキングチェアの揺れに伴う心地良さに、私の意識は沈みかけていた。この言葉も、殆ど無意識のうちに出たものだ。後のことなんて、考えられなかった。
彼女が、初めて動いた。
歩はゆっくりと私に向かって進み、近くまで来ると、腰をかがめ、私の右手を手に取り、言った。
「私の一生は、貴方様に尽くす為の時間であったと思っています。ですから、私の時間が貴方様の為になっていたのなら、これ以上の幸福はありませんわ」
「…そう、そうなの」
私は左手を彼女の手に重ねた。このまま眠ってしまいそうになるくらい、安堵感に溢れた。
「幸せな時間はすぐに過ぎていく、なんて云うけど、あれはきっと嘘ね。現にほら、時間はゆっくりと流れているわ」
彼女が時間を操作しているかのように、ゆっくりと流れる時間を、ロッキングチェアの揺れと共に、体で感じていた。
すぐそばにいる彼女にも、私と同じ時間が流れているのだろうか。そう思ったとき、私の意識は、もう限界であることを告げた。
「少し、眠るわ。貴方も疲れているでしょうから、ゆっくりとやすみなさい」
「はい、有り難う御座います」
彼女の手が、私の手からゆっくりと離れた。
瞼が、ゆっくりと閉じていく。
「おやすみなさい、咲夜」
返事は、無かった。
おぼろげな意識の中、私は再び瞼を開いた。
彼女の姿は、もう何処にも無かった。
ロッキングチェアから降りて、窓へと歩み寄り、外の景色を眺めた。
月は、もう何処にも無かった。
代わりに、燦燦と光を放つ朝日が姿を現し始めていた。その光はこの部屋にまで届いている。
ちりちりと、肌を焦がすような刺激を感じながら、カーテンを閉めるでもなく、窓から離れるでもなく、同じように窓ガラスに片手を添えながら、私はこう口にした。
「あの頃は、楽しくて、騒がしくて、愛おしい時間が、ゆっくりと流れていたわね」
あの時、霊夢と初めて合間見えたあの夜。
私の頭上に浮かぶ月は、あの時の月と同じだった。
楽しい夜、涼しい夜、暑い夜、そして、永い夜。
次々に甦る記憶に、私は心を躍らせていた。
しかし、そんな感情を愉しんでいる時間は、私には無かった。
月は、もう沈みかけていた。夜明けはもうすぐそこまで来ていた。
生憎、いつも頼りにしている日傘は、館に置いて来てしまった。
「流石に急がないとまずい、か」
私はそう呟くと、徒歩から一転、天狗にも劣らないであろう速度で飛んだ。
それにしても、私が時間を誤るなんてね。
やはり私には、タイムキーパーが必要だ。
「ただいま帰ったわ」
「お姉様、おかえりなさーい」
館の扉を開けて早々、妹が飛びついてきた。
「貴方、まだ寝ていなかったの?」
「さっきまで美鈴とパチュリーと一緒に遊んでたの」
私の胸の中で、フランドールは嬉しそうに言った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
噂をすれば。奥から二人が私を迎えに来た。
「ただいま。あとご苦労様。この子の遊び相手は大変だったでしょう」
「いえ、私も随分と楽しませて頂きましたから」
「そう。…珍しいのね。パチェまで相手になるなんて」
「最近、暇なのよ。来る奴も来なくなったし。今日はいい暇潰しになったから、妹様には感謝してるわ」
「そう」
「それに」
微かに、魔導書を抱える手が、震えているように見えた。
「これ以上、この子に寂しい思いをさせるわけにはいかないでしょう?」
「…そう、そうね」
幸い、妹は私に抱きついたまま眠ってしまい、この会話は聞かれていないようだ。
「おやすみなさい、フランドール」
静かな寝息を立てる妹の頭を撫でながら、私は言った。
「美鈴、この子のことよろしく」
「畏まりました」
美鈴は私からフランドールを受け取ると、抱きかかえたまま地下へと続く階段を下りていった。
くぁっと大きな欠伸をかいたのはパチェ。
「流石に疲れたわ。私も眠ろうかしら」
「魔法使いは眠らなくても平気なんじゃなかったかしら?」
「魔法使いは平気でも魔女は寝るものよ」
親友はそう言って、くるりと回ると大図書館へと歩を進めた。
「おやすみ、レミィ」
「おやすみなさい、パチェ」
ホールに一人残った私は、ふあっとパチェよりも大きな欠伸をかいた。
自室の窓から見た空は、すでに白み始めていた。
紅い月はかろうじて、その姿を空に留めていた。
せっかくだから、あの月を見送ってやろう。今宵の月は特別だから。そう思って、窓ガラスに片手を添えながら、ガラス越しの景色を眺めていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
聞き慣れた声がした。振り返ると、そこに、やはり、彼女がいた。
「貴方は本当、どこかのスキマ妖怪並みに神出鬼没ね」
皮肉を込めた言葉を、彼女に贈った。
「お嬢様が望むのなら何処にでも、私は現れますわ」
その言葉を、彼女は彼女らしく受け取った。
「今日の宴会は如何でしたか?」
「まあまあね。いつものように酒を呑んで、騒ぎたいだけ騒いで、終わり。まあ、桜は綺麗だったかしら」
「楽しんでこられたようですね」
「まあ、そんなとこね」
彼女は微笑んだ。つられて私も微笑む。
「でもやっぱり、貴方がいないと駄目ね。時間の感覚が無くなって、危うく太陽光を浴びる羽目になるところだったわ」
私は窓から離れると、近くにあったロッキングチェアに腰を下ろした。
「必要とされているようで、誇らしいですわ」
私が行動を起こしても、彼女は微動だにせず、ただそこに立ち続けた。
「時間を弄ぶのが得意な貴方と過ごすと、時間の感覚がさっぱり無くなるのよ」
「残念ながら、責任は負いかねますわ」
「でしょうね」
私は悪戯に成功した子供のように笑った。気づけば彼女も笑っていて、部屋は二人分の笑い声に包まれた。
ゆら、ゆら、と、ロッキングチェアは遅いテンポを刻みながら揺れる。
それに身を委ねる私を、彼女はただただ、見つめ続けた。
これは昔から行ってきたこと。彼女と二人きりでやってきたこと。
静かで、穏やかで、懐かしい。私達は、そんな時間の流れの中にいた。
「今まで貴方に聞けなかったことがあるの」
普通なら自分でも驚くくらいに、唐突。考えるよりも先に、言いたかった言葉が出た。
「でも今から聞くわ。今なら貴方に聞けるから」
ロッキングチェアの微かな揺れに身を委ねる私の声は、自分でも判るくらい穏やかなものだった。
彼女は、黙って頷いた。
「貴方が手にかけてきた時間は、その殆どが私の為のものだったわ。でもそれは、貴方にとっても大切なものだったと思うの。その時間を私の為に費やすことははたして、貴方にとって幸せなことだったのかしら」
ロッキングチェアの揺れに伴う心地良さに、私の意識は沈みかけていた。この言葉も、殆ど無意識のうちに出たものだ。後のことなんて、考えられなかった。
彼女が、初めて動いた。
歩はゆっくりと私に向かって進み、近くまで来ると、腰をかがめ、私の右手を手に取り、言った。
「私の一生は、貴方様に尽くす為の時間であったと思っています。ですから、私の時間が貴方様の為になっていたのなら、これ以上の幸福はありませんわ」
「…そう、そうなの」
私は左手を彼女の手に重ねた。このまま眠ってしまいそうになるくらい、安堵感に溢れた。
「幸せな時間はすぐに過ぎていく、なんて云うけど、あれはきっと嘘ね。現にほら、時間はゆっくりと流れているわ」
彼女が時間を操作しているかのように、ゆっくりと流れる時間を、ロッキングチェアの揺れと共に、体で感じていた。
すぐそばにいる彼女にも、私と同じ時間が流れているのだろうか。そう思ったとき、私の意識は、もう限界であることを告げた。
「少し、眠るわ。貴方も疲れているでしょうから、ゆっくりとやすみなさい」
「はい、有り難う御座います」
彼女の手が、私の手からゆっくりと離れた。
瞼が、ゆっくりと閉じていく。
「おやすみなさい、咲夜」
返事は、無かった。
おぼろげな意識の中、私は再び瞼を開いた。
彼女の姿は、もう何処にも無かった。
ロッキングチェアから降りて、窓へと歩み寄り、外の景色を眺めた。
月は、もう何処にも無かった。
代わりに、燦燦と光を放つ朝日が姿を現し始めていた。その光はこの部屋にまで届いている。
ちりちりと、肌を焦がすような刺激を感じながら、カーテンを閉めるでもなく、窓から離れるでもなく、同じように窓ガラスに片手を添えながら、私はこう口にした。
「あの頃は、楽しくて、騒がしくて、愛おしい時間が、ゆっくりと流れていたわね」
まあシンプルなのは悪いことじゃないよね。
ただ、独創性に欠けて、今更読んでも後に何も感じないだけで。
短いながらも会話に重厚感があり読みごたえがありました、
レミリア達の口調も悪くないと思います。
欲を言えばもうちょっと展開があって欲しかったかなぁ。
意味のある短さだと思いますが練り込めばもっと幅が出せる物語だと思いますよ。
ありふれてるけど、この系統の話はどうしようもなく好きですw
あと、私的には良い話だったと思いますよ、短くキレイに纏まってるので、これをヘタに長くしてしまうと単純に冗長な物になりそう。