八雲藍はいつものように八雲紫が寝ている部屋の前を通り過ぎた。
朝から家のいたるところを掃除して、集まった埃の大半は、自分の尻尾の毛だった。こうして一週間に一度、大掃除をすることで、自分がいかにこの家の埃製造機になっているかを実感する。
そっとふすまを開ける。暗い部屋には何も無い。ただ、厚めに作られた布団と、八雲紫の肉体がそこにあった。静かに、ある一定のリズムで呼吸をしていた。
もうそろそろだ。
紫が目覚めるのは、今日の予定だった。ここ最近の異変ですっかり無理をしていて、冬眠をする事自体が珍しい事だった。
今日のいつ起きても良い様に、早めに家の用事を終わらせないといけない。藍はそんな事を思いつつ、静かにふすまを閉めた。
午後は橙が来る。修行のためだ。そして、紫が起きてくるのも午後の予定だ。だから今日は、三人分のご飯を作る必要がある。
週末に橙が修行にくる以外は、藍は一人で自炊していた。いつもに比べて小さな鍋を使い、ささやかな量の食材を用いて簡素な食事をとった。不思議な物で、誰かと一緒に食べる時ほど食欲が湧かなかった。
たぶん他人と一緒に居ることで、知らず知らずのうちにエネルギーを使っているんだろうな、と藍は思う。そんな事を言うと、また橙にからかわれる。楽しいから食が進む、なんでそんな単純な事を理屈をこねて難しく考えるのですか、と。
藍は午後から訪ねてくる、小さな自分の部下と、尊敬する主人の二人が喜びそうなメニューを考えた。二人は好き嫌いが正反対で、藍はいつも、メニュー作りに苦労する。
それがこの生活のささやかな楽しみでもある。
午後から予定通り橙が来た。藍は早速、修行を始めるべく橙を中庭に連れていった。
「どうだ、元気にしていたか?」
「はい。おかげ様で、徐々に猫たちもついてきてくれています」
橙は嬉しそうにそう言った。その言葉に藍の頬も緩くなる。
「そう言えば、紫様はまだお目覚めにならないのですね」
「久しぶりの長い眠りだからかもしれないね」
予定では紫はこの時間に起きてくるはずだった。だが、久しぶりの覚醒で身体が疲れていたんだろう、だから回復にもある程度の時間がかかるんじゃないか、と藍は思っていた。
「それじゃあ、さっそく始めるか」
中庭には的のような風船がいくつも並べてある。橙のために、わざわざ用意したのだ。
「まずは、弾幕であの的を一気に貫く。次にあの輪に弾幕を通して一番の的に当てる。いいな?」
橙はこくりと頷いた。藍はよし、いけ、と橙の背中を押した。
今日は弾幕の訓練。明日は結界を取り扱うための座学。これが橙の修行内容だ。これは藍が勝手にやっているだけで、紫からの指示ではない。だから、こうした事は藍の一方的な負担になる。もちろん藍はそれを承知の上で橙を式にしたし、もとより紫からの援助も全く期待していなかった。
「あなたも好きねえ。未熟な式は自分の負担になるだけなのに」
紫は藍に向かって、呆れる様に呟いた。橙を未熟だとばっさりと言われても、藍は苦笑いを浮かべる事しか出来ない。
一つには、それが目を瞑ってもどうにもならない事実であるということ。そして二つ目に、これが最も大きな理由なのだが、紫は口ではそんな事を言いつつも、自分たちの修行を手伝ってくれていた。
訓練用の特性風船は、紫お手製の一品だった。弾幕で破れても、すぐに元に戻る、すぐれものだ。藍にはまったく原理が分からないが。
「まあ、これでも使って一所懸命、修行して精進することね」
何食わぬ顔で、風船を手渡した紫に、藍は心から感謝した。
紫の体調がいい時は、たまに修行にも顔を出す。座学では、橙と一緒の席に座り、藍に答えにくい質問を浴びせてくる、嫌な優等生を演じる。
そうした事に、藍は紫と言う大妖怪の寛大さ、ユーモアあふれるその心に感服する。
今日は紫は起きてこない。やはりかなり疲れているようだ。
橙の修行は陽が落ちるまでと決まっている。その後、後片付けをして、晩御飯を作る。
「ありがとうございました」
修行が終わり、橙が元気よく挨拶をする。
「よし、橙は後片付けをやってくれ。私は台所に居るから」
藍はそう言って、橙に後片付けを任せた。藍は台所へと足を向ける。ふと、今晩のおかずは二人分でいいのか、三人分でいいのかを考えた。
まあ、大は小を兼ねると言うし、夜中に紫様がお目覚めになって、ご飯が無いと騒がれるのも迷惑だな。
台所に入り、電気をつけた。ひんやりとした台所が明るく照らされる。藍はおもむろに床下の倉庫から三人分の材料を取り出した。
まあ、今日は三人分だな。
料理のし甲斐があるなあ、と独り言を呟いた。
「この肉じゃが、とても美味しいです!」
「今日はかつおだしで味をつけてみたから、橙好みかもしれないな」
小さなテーブルを挟んでの食卓。橙は美味しそうに目の前のおかずをとっていく。昆布だしが好きな紫には、今日の肉じゃがにいちゃもんをつけられそうだ、と藍は思ったが、一日寝ていた紫が悪い事にしようと自分を納得させた。
実のところ、橙が可愛いからこの味付けにしたのだ。
「それにしても、紫様はよほど疲れていたんですかね、まるで起きそうな雰囲気がしませんけど……」
橙が心配そうに呟いた。確かに今まではご飯の香りで起きているようなもので、こうして橙と二人で何かを食べている時に紫はよく起きて来た。そして今にも死にそうな顔をして、お腹が減った、と言う。
それが今日はどうだろうか。廊下を揺らす足音も、布団の布がすれる音もまるで聞こえてこない。静かに、そして深く意識を曇らせて、紫は眠っていた。
まるでこのまま起きてこないかのように。
「……考えすぎだよ、橙。紫様の事だ、明日には起きるさ、きっと」
藍は自分が考えた事に目をそむけるように、声を張り上げた。どこかで後ろめたい事を考えた自分が嫌だった。
次の日の朝になっても紫は目覚めなかった。朝ごはんをつくり、橙に授業をして、午後になっても紫は目覚めなかった。心配そうな表情をする橙に、藍は大丈夫だと声をかけ続けた。
「私が何とかするから、橙は心配しなくても大丈夫だよ」
「しかし藍様……」
何かを言いたそうな橙を、半ば無理やり帰らせた。そして、急いで紫の部屋に向かい、紫の様子を見る。
異常は無い。いや、異常が無いのが異常とも言うべきか。
眠っている紫を起こすことは出来ない。下手に刺激をすると、何が起こるか分からないからだ。
眠っている時の紫は非常に不安定だった。それは紫自身が言っていた事で、藍にきつく注意していた。
「眠っている時は決して私の体の触れないように。布団の交換もいらない。部屋を掃除するのは構わないけれど、掃除機をかけるのはやめてちょうだい。何が起きても絶対に私を起こさないで。例え誰かが私を殺しに来て、この家に侵入した時でも、私を起こすことはやめなさい」
藍の頭に叩き込むような、厳しい表情をしていた。
そして今。
紫は目覚めない。
日はまだ明るい。しかし、部屋は薄暗く静かだった。まるで雪が降った人里の朝のような違和感がある。
人がいる。動物もいる。けれど、その全てが、秘密の約束をしたかのようにひっそりとしており、不自然な静寂がそこにはあった。
藍は唸る。このまま紫が起きなかったら、どうしようか。
結界の管理は藍でも出来る。だが、異変が起こった時の対処は出来ない。その他、紫にしか出来ない事は山ほどある。
もちろん紫がそう言った事を全て片づけて眠っているのであれば問題は無い。しかし、その報告を藍は貰っていない。ただ一言、今度は長く眠るから、と言ってくれればこんな心配もしなくていいのだ、と藍は溜め息をついた。
不満、そして不安。
「悩みがあるのなら一言ぐらい相談して欲しかったです、紫様」
そう言って、でも絶対に紫は相談してくれないのだろう、と藍は思った。
自分はそこまで出来た式ではないから。
藍は自分のふがいなさに、辟易した。その事で悩んでも仕方が無いとは分かっているが、胸の奥から溢れ出るこの灰色の気持ちはどうしても止められなかった。
そのまま三日が過ぎた。
困り果てた藍は、何かあった時のために誰かに相談をしようと思いたった。
最初に考えたのは幽々子。しかし彼女には冥界の管理がある。仕事をしているかは別にして、いくら、紫の友人だからと言っても、節度がある。彼女の負担を増やすことはしたくない。
その次に萃香が浮かんだ。しかし、酒飲みの鬼にはたして問題解決が出来るか。
不安の種だらけだろうな、と藍は思う。却下した。
そして霊夢。だが霊夢はなかなか動かない。自分のやるべき以外の仕事は進んでやらないのが博麗の巫女だ。むろん、そうでないと困るのも確かだ。
博麗の巫女ともあろうものが、妖怪の願いをそうやすやすと聞くはずが無い。門前払いである。
山の神はどうか。彼女たちに結界の事を任せると、下手をすれば幻想郷をわが手に落とさんとするのではないか。その可能性は否めない。野心家には任せられない。
強大な力を持ち、それなりに知識も深く、善人で、暇人。はたしてそんな好都合な人材など居るのだろうか。
藍は人里に降りて、晩御飯の食材を買っていた。その間も、うんうんと唸っていた。
「お客さん、何か悩み事ですか?」
八百屋の主人が声をかける。その渋い顔を見ると、自分は相当気をもんでいたのだ、と思わされた。
「ええ、まあ……」
「悩み事があるなら、白蓮さんの命蓮寺って所に行くと良い。ここの辺りでも評判のお寺で、皆の悩みを真摯に、よく聞いてくれるってもっぱらの噂だよ」
主人はまるで、自分の行きつけの居酒屋を自慢するかのような口ぶりでそう言った。親しみやすいというのをよく表している。
「命蓮寺ですか……」
話は聞いている。魔界から復活した、聖白蓮なる者が建てた寺だ。律儀にも紫の所に挨拶に来ていたのを覚えている。その時はそのいかにも裏表の無い表情に、多少戸惑ったのも覚えている。
その時、藍の頭に一筋の光が射したかのように閃いた。
彼女になら、紫の代わりが務まるかもしれない。今は寺に居て、人々の悩みを聞いているだけだ。それほど大した仕事をしているわけじゃない。そして善人で、強大な力を持っている。
「主人、ありがとう。その命蓮寺という寺へ行ってみるよ」
藍は丁寧にお辞儀をして店を出る。物は試しだ、と思いその歩を早めた。
命蓮寺は人里からやや離れた、空き地に建っている。大きな船を止められる場所がここ位しかなかったのだろう。周りには畑が広がっており、野菜を作っていた。随分と庶民的な事をするな、と藍は思う。
「ごめんください、聖白蓮殿はおられるか?」
開け放たれた門の外側から声を張り上げる。すると、中から修道着を着た女が現れた。
「はいはい、聖様に面会ですか?」
砕けた口調で、女はそう言った。たぶんこんなふうに人々が訪ねてきているのだろうと藍は考えた。
「はい。その通りです」
「今ちょうど人がはけた所だから、すぐに面会できますよ。どうしますか?」
「今すぐお願いします」
「分かりました。ではこちらへ」
修道女は藍を寺の中へ案内した。寺はしごく質素に作られていたが、元が船だったという名残だろう、狭い空間を機能的に使い分ける構造が至る所に見られた。
藍はその中でも一番大きな部屋に案内された
何も無い質素な部屋だったが、そこから見る中庭の景観はなかなか良かった。
「お待たせしました」
振り返ると、そこには聖白蓮が立っていた。柔らかい笑顔を浮かべ、藍の前に座る。大魔法使いと聞いていたが、その雰囲気はみじんも感じさせなかった。
「聖白蓮と申します。八雲藍さん、でしたっけ? 一度お会いしましたね」
「覚えていただいて光栄です」
藍はそう言って、早速相談にうつった。ここ最近の出来事、自分たちの役割。もちろん一番大事な事柄はごまかし、伏せた。
「そうですか……分かりました。私がどこまで出来るか分かりませんが、やれるだけやりましょう」
聖はとても丁寧な返事で、藍の頼みを引き受けた。少しばかり条件をつけられるかと踏んでいた藍は少し肩透かしを食らったのと同時に、やはり聖に頼んで正解だった、と思った。
「それでは、宜しくお願いします」
お辞儀をする藍に向かって、聖は少し同情するように藍に話しかけた。
「紫さん、心配ですね。でも、そのまま放っておいても大丈夫だと思いますよ」
藍は聖のその言葉に眉をひそめた。紫の事をあまり知らないこの人がなぜ、そんな事を軽々と断言できるのか。
その言葉は、少しばかり心の波を立てた。
「なぜ、そう思うのですか?」
思いがけず、強い言葉が出た。聖は藍の言葉にはっと意識をとられたように見つめて、その後ゆっくりと深呼吸をした。
「紫さんと私は、よく似ていると思ったからです」
聖は落ち着きはらった声で、ゆっくりと話し始めた。
「私が思うに、紫さんは今、色々なことに疲れているんじゃないかと思うのです。それはあなたや橙さんのせいと言うわけでは決してないのですが……難しいですね。これを言葉にするのは。そう、例えば風船って膨らませると皺もなく張るじゃないですか。でもしばらくすると、いつの間にか少しずつ萎んで皺が出来てくる。それは人間の心も一緒なんです。長い間生きていると、ある瞬間に、人間は目の前の現実が、まるでそれがちっぽけで卑しい物に見えてくる。ああ、自分の人生は、守ってきた物は、これからの未来は、こんなものなのかと思うのです。
その心の皺の原因は私には分かりません。それを分かるようになるころには、仙人になっているかもしれません。心の皺はまるで発酵食品のような変化なので、他人には分からないし、毎日毎日、自分を見つめ、真摯に語りかける事でしか防げない。そして大抵の人間には、そんな時間はあまり無い。紫さんも、忙しい方だったのでしょう?」
「ええ。とても」
「紫さんはこの幻想郷に少し嫌気がさしたのかもしれません。けれど、今さら全てを捨てる事は出来ない。それが許されない立場に居るのも知っている。泣き言を言っても何も解決できないから、早くこの状況を何とかしないといけない。でも出来ない、進めない。そうして事が分かっているから、そんな自分に嫌気がさす。そうして心の皺が増えていく。こうしてできた心の皺はなかなか元に戻りません」
藍にはにわかに信じられなかった。あの紫が、そんな悩みを持つだろうか。
「しかし、紫様はそんな素振りは」
思わず身を乗り出して答えた藍を、聖はそっと制しておもむろに口を開いた。
「そんな素振りは、見せられなかったのでしょうね。考えても見て下さい。あなたが尊敬している紫さんが泣きついてきた時に、あなたは紫さんの代わりになれる自信がありますか?」
藍は脳を揺さぶられたかのような衝撃を受けた。
今、この状況で、自分は何もできないと判断し、他人の援助を請おうとしている。
それが全て間違っているのだ。
紫は藍を頼らなかったのではない。頼れなかったのだ。
「能力がありすぎると言うのも困りものです。それは他人に一切を頼れない、一人で全てを背負わなければならない。正義のヒーローは最後まで、自分一人で戦わなければいけないのです。だってそうでしょう? 守るべき弱き人々に助けを請う事は出来ない。助けを求めても、その人たちにはどうしようも出来ないのだから。ヒーローは、それはその人たちが悪いのでなく、弱い自分が悪いと思う。だから正義のヒーローは孤独なのです。私はそう思います」
幻想郷の管理。責任。そうした重圧が少しずつ紫を崩れさせた。波にさらわれる砂のように少しずつ。
紫は知らず知らずのうちに自分を責めていたのだろうか。幻想郷の管理に忙殺される毎日の中で、藍と過ごしたあの日々の中で、橙と一緒に授業を受けたあの時間の中で。
「……紫様は……私は、どうすれば……」
藍の声は震えていた。聖は優しく笑って言葉をかける。
「さきほど、紫さんはあなた達と一緒に授業をしている、と言いましたね。それでいいと思うのです。厳しい事を言ったようですが、きっと紫さんはそれらを上手く乗り越えると思います。あれほど永い時を生きてきた人ですから。そして、紫さんのごくごく近い場所には守るべき者がいる。愛すべき者がいる。そうした人たちと一緒に笑いあえる時間が今の紫さんには必要なんじゃないかと思いますよ。多分、あなたと下らない事を言い合い、橙さんと一緒に授業を受け、皆で食卓を囲み美味しい料理を食べていた紫さんは、生き生きと笑っていたと思います。だからこそ、決して泣き言は表に出さなかった。大なり小なり、妖怪も人間もそうした事を心に抱えて生きているものですよ。
そして私は心の皺はもう元に戻らないと言いました。けれど、皺もその人の一部となって、その人の個性となる。そして自分を律する一つの指針となる。そう言うものなんだと思います」
聖がいったん、話を切る。その時に初めて、藍は頬にある違和感に気が付いた。
藍はいつの間にか泣いていた。それに気が付いた時、不思議と胸の奥が熱くなった。こんなにも自然に、そして理由もなく流れた涙は初めてだった。
「あ……あ、あの、ごめんなさい。突然、涙が止まらなくて……」
「ええ、いいんですよ。質問の答えにはなりましたかねえ」
聖はそっと慰める様に、お茶を藍に差し出した。藍は袖で涙をぬぐうと、そのお茶を一気に飲み干した。
「はあ……ご迷惑をおかけしました。とても、良い時間を過ごせました」
「もう、大丈夫そうですね。良かったです」
聖は再び、優しい笑顔を浮かべてそう言った。
「それにしても、紫様がそんな事を思っているとは全く考えもしませんでした」
「紫さんもまた、人の心を持った妖怪ですから。人間の心ほど難しいものはありません」
「人間、ですか?」
「ええ。そうです。私は一度紫さんとお話した時に、紫さんは人間から妖怪になったんじゃないかと思ったのです。私と同じように、ね。生き物はどうしても、最初に生まれた心を手放せないものです。ゴムでできた風船が、決して紙にならないように、人間として生まれた心は、妖怪になってもなかなか捨てられない物です。少なくとも私はそうでしたね」
藍は記憶をたどったが、紫が元人間だったという話は記憶に無かった。
「私には分かりません」
「そうですか。でも、紫さんがあなた達を式にして一緒に過ごしている、心の整理をするために、長い睡眠を欲するという事実は紫さんが人間だったという事を示していると思います。根っからの妖怪は、大抵一人で行動しているものです。妖怪は一人でも生きていけますし、睡眠もそんなに必要ではありませんから。あんなに強大な力を持っている紫さんがなぜ、わざわざ藍さんや橙さんの面倒を見ているのか、眠ると言う不安定な状態を長く欲するのか、私には分かる気がします。かく言う私も、他の妖怪たちと暮らしていますから。これが動かぬ証拠ですよ」
聖の言う事に、藍は何となく納得した。確かに言われてみればそうかもしれない。
「あなたは、頼りになるな。また困った事があれば、ここにきてしまいそうだ」
思わずつぶやいた。それほど聖の話に、不思議な温かみがあったということだろう。
「私でよければ、いつでもどうぞ。ただ、あなたには私よりも頼りになる人がいるのでは?」
「ええ、そうですね」
藍はにこりと笑う。それに聖もにこりと笑い返した。
「紫さんが何を考えているかは私には分かりません。ただ、予定日を過ぎて今も紫さんが眠っているのは何らかの理由があります。私は初めて紫さんに会った時、彼女はとても重そうな荷物を背負っている様に見えました。それは、罪にも似た感情に近いのかもしれません。だからこそ、目覚めた時に、藍さんが支えてあげて下さい」
まるで自分の事を話しているかのように、聖は頭を下げた。藍はまっすぐに聖を見て、はい、と返事をした。
どこかで鳥が飛び立って、青々とした大木の枝を揺らしていく。
紫はそれから実に三週間も眠っていた。そして三週間目の朝に、何事も無かったかのように起きた。
「藍、お腹が減ったわ」
それが開口一番に言った言葉だった。迷惑をかけた、ごめん等の謝罪の言葉は、一切無かった。
藍はここ最近の事を報告した。結界の管理、および警備の一部を聖白蓮の依頼した事、幻想郷で起きた事柄。幸いにして特に目立った事件は無かったと。
特別取り乱さない藍を見て、紫は少し意外そうな表情を浮かべた。
「藍、あなた少し変わったかしら?」
「私は何も変わっておりませんよ」
紫は何となく腑に落ちない顔をしていたが、目の前に料理が出されると、嬉々として箸をついた。そして、次は鰹だしで作りなおせと文句を一つ貰った。
紫さんは重そうな荷物を持っているように見えました。それは、罪にも似た感情に近いのかもしれません
聖はそう言った。紫が異変を起こすことは無いと思う。しかし、紫が何かを心にしまって生きている事は確かだった。
今なら、分かる。
目の瞬きが、廊下を歩く時の足音が、箸でジャガイモを掴み、口元へ運ぶ、その動作の一つ一つが、以前とは異なっていた。
それは、夢の中で決意をしたからなのだろうか。それは、三週間もの長い時間を欲するほどの、辛く悲しいものだったのだろうか。
「紫様……」
「何かしら?」
「……橙が心配しておりました。また修行に来た時は、是非顔を見せてあげて下さい」
「分かったわ」
紫はしばらく目を閉じて、まるでお祈りをしているように箸を机に置いた。
「これから、辛い事ばかりが起こっても、あなたはついてきてくれるかしら?」
紫がそっと目を開けて、藍を試すように尋ねた。
藍にはもう、迷いなど無い。
「いつまでも、紫様についていきます」
「……良かった」
その言葉を聞いて、藍は紫との距離が一層近くなったような気がした。
夏の終わりを感じさせるような、少し涼しい風が部屋の中を満たしていった。
ごちそうさまでした。
後、一ヶ所、「メニュー」が「眼ヒュー」になってました。
ゆかりん達とせーれーせん組の方とのお話しってあんまり見ないのですが……こういう繋がりも、いいですね。
しかし後半、ほとんどが聖の説明解釈で占めていて、役の対比が些か弱い。
聖もとい命蓮寺組の役をもっと練り、八雲家との立ち位置を明確に表現できれば、より味わいが出たかと思う。
簡素且つ丁寧で生き生きとした文章は、最近の作品群ではあまり見かけない非常に強い持ち味。
今後にも大変期待。
面白かったです。
今後も期待します。
続きものになりそうな気配なので次回作も期待しています。
八雲家の面々は本当に優しすぎます
信頼、愛情、救い、笑顔。人が嘘偽りなく手に入れたい理想を全て
持っているからいとおしくなるんでしょうね
そんな八雲家が好きです。ごちそうさまでした
藍も紫も、これからもっともっと成長していくんですよね。
ちょい違和感。他のssの見すぎかな?
すいません、お気になさらず。