※一応これまでの作品の設定を使っていますが、読んでいなくても「ゆかりんの気まぐれで藍様が紅魔館にいる」ということをわかっていればオケです。
それは、ちょうど正午を過ぎた頃。
とある事情で一週間ほど紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹であるフランドール・スカーレットの専属メイドに任命された八雲藍は、いつものように食事を取っていた、はずであった。
いくら妖怪、それも桁外れの妖力をもつ九尾の妖狐であっても、ある程度の食事は必要である。
普段和食をメインにしている藍であるが、紅魔館は基本的に洋食がメインである。存外それほど毛嫌いする気もなく、フォークを進めていた。
本日の昼食はナポリタン。勢いよく食べ進めると口元が、ぐばぁ~とソースまみれになるという食事以外にもダメージを与える危険な料理。
以前、藍の式神でもある橙の希望で作ったときは、その後の洗濯が大変であった。ソースまみれの口元を拭いてやると、ある方向からうらやましそうな目線を感じたり、顔を突き出し私も拭いてオーラを藍単体に絞って放出していたりしていた、気もする。振り向いたら負けである。
そんな恥ずかしいことを、自分の式の前でできるわけもないだろうに。
さて、そんな良い思い出ではないが微笑ましい、であろう過去を思い出しながらフォークを進めていると、どこからともなく、館主であるレミリアが飛んできた。
さて、ここで間違ってもらいたくないのだがレミリアが飛んできた、というのはよく使われる比喩表現ではなく、ニュアンスを変えて伝えるような表現でもない。
文字通り飛んできたのだ。
突っ込んできた、とも言い換えることができる。
食堂に突貫してきたレミリアは、止まることなく藍の襟元を鷲掴むとその勢いのまま食堂を後にした。
一瞬、首元から聞きたくはない奇怪な音がしたが、紅魔館のメイドたるもの、そんな些細なことを気にしていたら心労でグッド・バイ、である。
その場にいたメイドたちは、レミリアが飛び去った後、乱れた机やイスを整理しに動き出した。
一応、妖怪だし、大丈夫だろう、きっと。
その場にいたメイドたちは以心伝心した。
「で、なんでまた、こんな状況に私が立っているのか、出来る限り簡潔に説明してくれないか」
「運命」
「お前、なんでもそれで解決すると思っているのか? 」
「え、解決しないの? 」
「解決するのはお前のとこの従者くらいなものだ」
「あら、貴方もワタシの僕でしょ。消費期限は近いのだけれどもね」
「出来れば、期限内に消費して棄てて欲しいのだがな」
「貴方はギリギリまで待った方が美味しいって、貴方の主人が言ってたわよ」
「今の主人はお前だがな。期間限定で癪だが」
「なら、無期限に延長してあげましょうか? 」
「戯言も程々にしておけ。で、結局これはなんなんだ? 」
期間限定の従者、八雲藍は期間限定の主人、レミリアに再度尋ねた。
幻想卿でも屈指の面積を誇る紅魔館。瀟洒なメイド長の能力も影響して、内側には田園や図書館、演習場まであったりする。
その演習場に、いきなり連れてこられてみてみれば、沢山の従者たちが演習場の周りを囲むように座っており、見下ろせる位置にあるベランダからは、紅茶を飲むレミリアに紅茶を汲むパチュリー、そわそわワクワクなフランドール。
一番直視したくないのは、藍自身とは対面に立つ、きっと間違いであってほしいメイド長と、今はまだ居眠りをしていてほしい門番が、臨戦体制で立っていたということだ。出来れば、日頃の過労が祟った幻じゃないのかなぁ、いや、きっと紫様のイタズラだ、そうだといいなぁ、と淡い期待を抱きつつ、視線を向けたが、やっぱり幻なんかではなかった。
ガックリ肩を落とす藍を尻目に、レミリアは事の発端を語りだした。
「最近、興奮しないわねぇ」
夜の王、レミリア=スカーレット、只今絶賛欲求不満中(はぁと)、というわけではない。
主の、いつも通りの脈略のない呟きに対し、紅茶を運んできた咲夜は、そうですか、と反応した。
「興奮しない、ねぇ」
「そう。こう優雅でノンビリとした日々もいいのだけれど、こうも平和だと、ねぇ」
「最近は、わりとハチャメチャな日々だと思ってたけど?」
咲夜から受け取った紅茶を飲みながら、パチュリーは、こと最近の出来事を思い浮かべる。
妹様と喧嘩して気化しかけ、宴会でばか騒ぎして八雲の式を手に入れて、妹様が外出したら慌てふためいて。
うん、十分ハチャメチャじゃないか。
「違うわよパチェ。確かにハチャメチャだったかもしれないけど、それとこれとは別もの。言うなれば、言うなれば、そうねぇ、咲夜の紅茶と美鈴の紅茶みたいな違いよ」
「そんな無理に例えなくても、似て非なるものと言えばいいじゃない。何よりヘタ、解りづらい」
「パチェが解ればそれでいいのよ。で、何が興奮するようなこと、ないかしら?」
「と言うわけで、楽しみにしてるわよ」
「説明する気がないなら口を開くな未発達吸血鬼」
藍の、特に最後のキーワードにぐっさりダメージを負ったレミリア。一応、気にしていたらしい。胸を抑え反論しようと声を出そうとした瞬間、パチュリーの手に口を塞がれ、モゴモゴ。
話が長いのよ、レミィ、と言って立ち上がると、今度こそ状況の説明を語り始めた。
「レミィのワガママに仕方がなく応えるために、今から貴方にはそっちの二人と戦って貰うわ。何でもあり、でね。一応理由ならあるわよ。この前貴方、白黒を撃退したでしょ。それをみた複数のメイドが、あんなに強いなら、メイド長になれるんじゃないかって噂になってたという設定。流石に、貴方に一対一では結果は目に見えてるから、いっそ門番も入れて、『第一回 紅魔館最強のメイドはどっちだ!~ポロリもあるよ(ドッキン)~』的にやったら、レミィも満足するだろうって」
「要約すれば、全部レミリアのワガママなんだろ」
「正解。流石ね」
そもそも、藍はこれでも休日、という名目でいるはずでは? とますます肩の荷が重くなるのを感じる藍は、薄ら笑いを浮かべながら、頃合いを見計らって適当に負けてしまおう、と投げやりになっていた。
「因みに、どっちが勝かって賭けてみたら、妹様は貴方に全財産賭けてたわよ。信頼されてるのね、がんばって」
んなもんに賭け始めるなやモヤシ魔女。
蛇足だが、フランドールの全財産、とはいっても元々ほとんど持っていないので、精々食後のデザートの権利位なものではあるが、まだ知り合って間もない藍は、そんなことを知るよしもない。
フランドール自身にとっては、わりと重要なことだったりもする。デザート美味しい素晴らしい。
さて、こうしてレミリアのワガママに付き合うはめになった藍は、下がりきって前屈みになった身体を起こし、改めて正面をみる。
「気苦労伺うわ。がんばって」
3本のナイフを片手でジャグリングしながら待っていた咲夜は、口元に笑みを浮かべていた。傍らに立つ美鈴は、申し訳なさそうな苦笑い、という咲夜は対象的な、どちらかというと藍に似た表情をしていた。そんな3人をよそに、パチュリーはごそごそと懐を探り、丸い分銅を取り出した。
「それじゃあ、今、手に持っているこの分銅を落とすから、これが地面に落ちたら開始ね。終わり方は、どちらかがマイッタ、と言うまで」
「あ!それやりたい!私やる!」
身を乗り出してせがむフランドールに、最後の最後で役目を奪われ、パチュリー少しショック。略してパチョック(小)。
「それじゃフラン、お願い」
「よ~し、せ~のっ!」
大きく振りかぶり、勢いをつけて空高く思いっきり投げつけた。
投げつけた。投げつけたわけだ。
分銅は、フランドールが思いっきり投げたので、勢いを失うことなく直ぐに、見えなくなった。
演習場に立つ三人は、そろってその弾道を眺めていた。投げちゃあ、全力で投げちゃあダメでしょ。
「ま、いずれは落ちてくるでしょ」
「大気圏を越えなければな」
「大気圏?」
「気にしないの。取りあえず、がんばってね、美鈴」
「え!私ですか!」
「だって私は人間だから、肉弾戦になったら無理なのよ。弾幕勝負というわけでもないのだし」
「そう改めてみれば、咲夜さん、人間でしたね」
「改めてみないと気づかないのだからな。美鈴殿の方が人間に見えるから不思議なものだ」
「本当だから不思議よね。まさか貴方も人間なんじゃないの?」
「人間って疑うならナイフ刺すの止めてもらえませんか?あれ一応痛いんですよ」
「大丈夫。息耐えない程度に手加減しようと心に思ってるから」
「思ってるだけじゃなくて実行してくださいよ!」
「いつもシエスタしてる門番が言えることかしら」
「シエスタは大切です!」
「門番には必要ないだろう」
「必要ないどころか、迷惑千万極まりないのよ」
「そんなぁ~。イイじゃないですか、今は、もうほとんど外敵なんて、いないじゃないですか」
「白黒」
「それは、その、いや~、えっと、すみません―――――」
瞬間、咲夜がジャグリングしていたナイフを、数本藍に向けて素早く蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたナイフは、藍の顔に軌道を向け飛んでくる。そのナイフが当たる寸前、藍は体を斜め下へと捻らせ、そのまま一回転。顔に当たるはずだったナイフは、全て指の間に掴まれていた。
何のことはない。開始の合図が落ちた、ただそれだけだ。しかしながら、それまでの雰囲気とは一変した光景に、見ていた多くのメイド達はおいてけぼりをくらっていた。
藍は、直ぐに「先制攻撃」に対応するために身を構えた。
先程の攻撃は陽動。目的は一瞬でもいいので、藍の視線を切ることであろう。そのため、わざと顔面目掛けてナイフを蹴ったわけだ。
そして、恐らくは
メイド秘技「操りドール」
宣言されたスペルカードは、予想通り、十六夜咲夜のものだった。広範囲による無数のナイフ攻撃。完璧なタイミングで放たれたスペルカード、既にナイフは展開されている。
しかし、藍は特に驚いた様子もなく、直ぐさまもう片方の手で結界を展開し攻撃を防ぐ。
結界は四方を描き、藍を囲みこむ。藍ほどの高等な結界を扱う妖怪はそういない、と自負している。先ほどの陽動に乗ったのも、油断からではなく、どちらかというと好奇心からのほうが強かった。
しかし、その自負が、最初の陽動の解釈のミスへと繋がってしまった。
数発のナイフで結界に亀裂が走った。これには流石に藍も驚いた。ナイフにそれほどの威力があるのだろうか。
流石にそれはないだろう、ではなぜ、と藍は思考を巡らせる。
自身の結界にミスが、それもない、では、違う、では、では、そうして可能性を一つ一つ潰していき、ようやく、原因であろうものにたどり着いた。
最初に掴んだナイフ。それが恐らくタネの正体、あの魔女がなにか手を加え、結界に干渉しているのだろう。
結界はそろそろ崩れる。間に合えばいいなぁ、と懐からスペルカードを取り出す。
式輝「四面楚歌チャーミング」
どうにか間に合ったようで、咲夜のスペルカードと相殺する形となった。多少ナイフは受けたが、元々妖怪の体。特に気にするほどでもない。
気にすることは他にある。スペルカード同士の相殺で発生した辺り一面を覆う砂煙のため、視界が一時的に狭まったことだ。間を置くことなく、その砂煙の中で放たれた一発の蹴りを、受け止めた。
視界が悪く、肉眼では確認できないが、衝撃の重さから美鈴のものだろう。その後、数発の連撃を防ぎきり、間合いを空けようと後ろに跳躍する。直後にこちらに向かってくる気配に対し、先程のナイフを投げつけ、牽制する。お互いのナイフが弾き合う。
今度は左。恐らく、美鈴が間合いを詰めているのだろう。間合いが詰まり、いよいよというその瞬間、後方に気配。
そして、その重い一撃は藍の背中へと直撃した。
苦痛に歪む藍の表情。予期していない方向からの、完全無防備な一撃。
しかし、それでも藍の頭は冷静であった。否、初手のミスが藍の油断を覚ましていた。
間いれず訪れる追撃。次は正拳、それを受けえとめる。重い一撃を受け止めると、今度は相手のナイフが襲う。首を刈る前に手首を押さえつけ、相手の動きが止まると同時に力を左下へと受け流し、投げ飛ばす。続いて右斜め上からのナイフの嵐。それと同時に後方からの掌底。腕を大きく振りかざし、ナイフと掌底を一気に弾き飛ばす。
式輝「狐狸妖怪レーザー」
全方位に弾幕が放たれる。会場を覆っていた砂煙は一掃。後に残るは、藍と二人の従者。
「相変わらず、トリッキーな戦術ね。見てるこっちが酔いそう」
「あの砂煙の中、見えるんですか?」
「このメガネをかけていればね。それに、あの砂にもちょっと細工をしているし。あの砂には一度舞い上がるとしばらくは停滞し続けるのに加えて、視覚的な情報を遮断させるようタネを入れておいたの。あの砂煙で視界をなくし、相手に気配で位置をつかめさせるようにする。後は咲夜はナイフ、美鈴は格闘という印象をつけさせれば下準備は完成。攻撃の直前に時間を止めて美鈴の位置を変えていけば、不意打ちの完成」
「あの…よくわからないんですけど…」
「パチェは相変わらず説明が下手ねぇ」
貴方にも言われたくない、パチュリーは小悪魔に紅茶のお代りを頼んだ。意気揚々とレミリアは先ほどの攻防を解説した。
「咲夜がナイフ、美鈴が格闘。さてこの二つ、貴方ならどちらを注意する? 」
「そうですね。咲夜さんのナイフ、ですかね。あんなの沢山くらっちゃうと大変ですし」
「そうね。けれどもそれは貴方にナイフが通用するから、という前提が必要なのよ。残念だけどあの妖狐にはそれほど恐怖ではない。少なくとも、普通のナイフではね」
「それじゃぁ、藍さんは美鈴さんの攻撃を警戒しているんですか? 」
「残念。それも違うのよ。あの妖狐はどちらも警戒はしていない」
「警戒をしていない、ですか」
「だって、美鈴の攻撃も防いでしまえばいいわけだし。そうなると、あの妖狐は何に警戒しなければいけない? 」
「説明が長い」
「うるさい」
「……えー、えーぇ、自分、ですか? 」
「そう。パチェの使い魔は名ばかりじゃなかったわね。自分に対しての警戒。つまり――」
「簡単に言うと、あの式神の予想している戦術の裏をかかなければいけないのよ。それをレミィは変にカッコつけて言おうとしているだけ」
「―――おいしい所をもっていってくれて…」
「しかたがないじゃない。魔女なんだもの。咲夜の能力を使った美鈴の移動。これをあの式神が考えてしまう前に奇襲する。どう、理解した? 」
「まぁ何となくですけど。だとすると用意周到ですねぇ、まだ何か隠してるんじゃないですかパチュリー様」
「さぁ、どうかしらね」
「これじゃあ藍さんが不利じゃないですか」
小悪魔の一言に待ったをかけたのはレミリア。口元では楽しそうな笑みを隠して人差し指を小悪魔に向けた。
パチュリーは気にせず紅茶を口に運び、小悪魔はビクッとなった。ビクッと。
「不利、確かに不利ねぇ。時間が無くてこれくらいしか準備できなかったのだから。いくら美鈴と一緒にといっても、ね」
「不利といえば不利ね。無論、咲夜たちの方が。」
小悪魔は、二人がなぜそう言ったのかまだ理解できていなかったが、それを察したパチュリーの見ていればわかるわ、という言葉に従い、三人の従者に目を向けた。
藍が、笑みを浮かべたのはちょうど、パチュリーが紅茶のお代りを小悪魔に頼んだのと同時だった。
八雲藍は、この目の前の二人を決して侮っていなかった。自身に驕ってもいない。しかし、それでも油断、手加減はしていたのかもしれない。それは、レミリアのわがままのせいであったり自身の関係のないところで話が進んでいったためであったりと、理由を考えると多々あるが、今は置いておこう。
この目の前の二人に興味がわいた。
純粋に、この二人と遊びたくなった。
それはそれは、素晴らしいことではないか。
二人に対し、藍は一度謝った。すまないと頭を下げた。
腕の袖から、スペルカードらしきものを取り出すとひょいっと上に投げた。スペルカードは発動され、その形を長い鞭へと変化し藍の手元に戻った。
「初めに忠告しておこう」
その一言に、二人の背筋に鳥肌が走った。藍との距離は変わっていない、しかしその距離が少し短くなったように感じる。
「この武器は金鞭といってな。昔に私を討とうとしていたものが使っていた宝貝という武器のレプリカだ。そいつのことは嫌いだったんだが、この宝貝は実に使い勝手が良くてまねてみたんだ。なに、レプリカといっても、その威力は――」
金鞭を振るう。そのただ一度の振りに対し、何十もの打鞭が前方広範囲に襲いかかる。いち早くその打鞭に気がついた美鈴が咲夜の首根っこを捕まえて後退する。数秒後、何十もの打鞭は終わり、後には一本の鞭、金鞭だけが残った。
「このとおり、それほど悪いわけでもない。さて、私はこの宝貝が壊されるまでこの場から一歩も動かないとしよう。さて、どうする門番。さて、どうする瀟洒な従者。さて、私を楽しませてくれたまえ」
一見、馬鹿にしているとも思える藍の行動だが、それは違う。藍は、今までとは違い本気でこの勝負を楽しもうというのだ。簡単に勝ってしまうのも悪いわけではない。妖力のエコにもなる。しかし、それではつまらない。それでは楽しくない、楽しめない。
そのためのハンデ。そのための難題。
難題は本来、竹取の姫の十八番なのだが、少しくらい借りてもいいだろう。
最初に仕掛けてきたのは、咲夜だった。全方位ナイフ攻撃。それも高密度、近距離、即効の三拍子のそろった攻撃。
メイド秘技「殺人ドール」
「うわ、容赦ないですね咲夜さん」
「さっきの攻撃から、一方向にしか攻撃できない、打鞭の密度にはむらがある、攻撃には少し間があくと読み取ったのね」
「さすが咲夜。あの一撃だけでこれだけ予想できるのは大したもの。だ・け・ど――」
咲夜の放ったナイフは藍に届くことなく、すべて金鞭にたたき落とされた。まるで巨大な大蛇のように一瞬でナイフを飲み込んだ。
ナイフがすべて地面に落され、金鞭も再び一本の鞭となり地面に垂れた。
間入れず突貫する美鈴。
攻撃と次の攻撃との間。剣を振ったならば、再度攻撃するためにはかならずツ次に振りかぶる動作が必要である。そしてその振りかぶる瞬間とは、最も無防備である瞬間の一つ。攻撃もできなければ防御もできない。
しかしあっさりと金鞭は振るわれた。無数の打鞭が美鈴に直撃する、その瞬間パっと姿が消え美鈴がいたであろう空間に無数の打鞭が通過する。
咲夜の能勅を使い、藍の背後に姿を現した。既に拳のためは十分。登場と同時にその拳は放たれた。
貫いたように藍の姿を通過した。
途端にその姿は霧のように消え、体を屈めた藍を確認した、その頃には既に後方に離れていた。
「ありがとうございます、咲夜さん」
「そんなことより、まだいける? 」
首を縦に振る美鈴の片腕は、先ほどの金鞭の攻撃を防いだときの傷であまり使い物にならなくなっていた。
咲夜のとっさの判断で美鈴を連れ、距離を置いたが、それよりも早く金鞭の攻撃は美鈴に届いていた。
片腕の状態を確認しつつ、先ほど、自分が咲夜の能力を使い消えたように見せた場所をみる。そこには数本のナイフが刺さっていた。
「目を、奪われましたね」
「化かし合いでは負けれらないものでね」
幻術。幻。そんなところだろう。ナイフを打鞭のように誤認させただけの単純なもの。九尾の狐らしいといえば、らしい戦術である。
「うわぁ、チート」
「小悪魔。無理に横文字を使わなくてもいいわよ。十分キャラは立ってるから」
「いえいえ、純粋にそう思っただけですよ。でも、あんな武器の攻略なんて無理なんじゃないですか? 全方位に即座に対応できて、威力も美鈴さんの腕にダメージを負わせるほど。私だったらスタコラサッサと逃げてます」
「それ、自信をもっていうセリフではないわね。さて、どうするのやら」
「私ならすぐに壊しちゃう! 」
「それは妹様だからすぐできる芸当よ。一般妖怪と自称人間にはそうできるものではないわ」
「あら、そうでもないって」
組んだ手の上に顔を載せ、楽しそうに眺めるレミリアはあっさりと否定した。
「咲夜さん、頼みがあります」
そう言ってきたのは数秒前。
そして今、ありったけのナイフを広範囲に投げつけている。スペルカードも惜しげもなく使い、フルオープンアタックさながらの弾幕を張り巡らせている。
縦横斜め全方向からのオールレンジ攻撃。時間差も織り交ぜ、視界一帯をナイフの刃で覆うように配置、そして放たれる。
普段の弾幕勝負では、多分反則になるんじゃないかってくらいの物量を浴びせているにも関わらず、目標には一本たりとも届かない。
すべて蛇に食べられてしまうのだ。
本当に厄介な鞭だと毒つく咲夜。
だんだんと無意味なんじゃないかと思ってしまう心を抑え、弾幕を張り続ける。
その枠外では、美鈴が棒立ちのまま、構えるのでもなく、援護にもいかずに立ったまま。
さて、徐々にナイフも尽きてきた咲夜は、美鈴に言われた頼みの内容を思い出していた。
ありったけのナイフを藍さんに投げつけてください。
美鈴がなぜそう言ったのかはわからなかったが、特に画期的な打開策もなかったので二つ返事で応えた。
美鈴と咲夜、いや妖怪と人間では元々の経験値、特に先頭においての経験値は大きな差が存在している。人間よりも長く生きているのもあるが、こと美鈴に関しては戦闘回数がそもそも違う。
門番という役柄上、どうしても戦闘は多くなる。そのため、経験値では咲夜をはるかに上回っている。ちなみにこのことを咲夜は認めてはいるものの、めっちゃくやしがってたりする。
こういった普段とは異なる、一応真剣な戦闘となるとこういった経験があることは心強く頼りになる。そのため、美鈴の言葉に何の疑いもなく応えたのだ。
なぜ、美鈴はそんなことを頼んだのだろうか。
弾幕を張りつつ、頭の片隅でそんな疑問を解いていた。
「ねぇ、あの武器、パイパイっていったけ? あの武器の違和感に気づかない? 」
「淫猥な響き。パオペイ。宝に貝とかいてパオペイと読むらしいわよ。」
「二文字しか違わないじゃない」
「二文字で簡単、淫猥な響き」
「ウブいわね」
「処女オタクに言われたくないわ」
「……いや、それなら言われてもいいでしょ」
テラスの手すりに体をぶら下げているフランドール。足はブーラブラ、ブランドール。その目は実に楽しそうで、自身の羽根のようにきらきら光らせている。
フランドールが唯一の良心なんだなぁ、そう再認識しながら紅茶を運ぶ健気な小悪魔。
健気って形容詞が付属されるだけでかわいくない? かわいいよね。私めっちゃかわいいよね。
悪魔属性に文系属性、清楚で健気って今思えばすごくない? 私かわいい。
紅魔館の唯一の良心は、フランドールのようです。
違和感、それに咲夜が気づいたのは残りのナイフが底をついた頃だった。
あの鞭の威力。それこそが違和感の正体だった。
最初の一撃、加えて美鈴の腕を見るとその威力は高いと見てとれる。
しかし、もしもそれほどの威力があるのならば、あのナイフはどうなる。
今まで投げつけたナイフはすべて叩き落とされている。しかし、それだけ。
見た目相応の威力ならば、ナイフは吹き飛ばされているはずではないだろうか。なのにナイフはその場に落ちる、弾かれたとしても吹っ飛びはしない。
あの鞭の本質は威力ではなく回数ではないだろうか。
つまりは、威力が低くとも、攻撃回数が多くなれば大ダメージとなる。元にあの鞭が無数の打鞭を放っている。
一発が低くても、いや一発が低いからこそ、それを補うために回数を重ねているのではないだろうか。
では、それでは、美鈴が狙っているものは。
美鈴が跳躍した。
金鞭の間合いへと一気に詰めていき止まることなくその中へと入った。ナイフから美鈴へと標的を変えた金鞭は無数の打鞭となり襲いかかってきた。その打鞭が当たる瞬間、直角に方向を変えたため無数の打鞭は美鈴のすぐ横を霞めるように放たれた。使い物にならなくなっていた片腕をぶらりと下ろす。少しの間だったが、気を片腕の治癒だけに回していたので多少は動かせるようになっていた。その腕を、すぐ横を霞める打鞭の嵐へと一気に突っ込んだ。そして、捕まえる。即座に腕を大きく振り上げ、手刀の一閃。
破壊
宝貝「火尖槍」
ちぎれた金鞭はその場で形を崩し消えていき、藍は次の宝貝を取り出すと残りのナイフをすべて弾き飛ばした。
槍が振るわれる度、火柱が立ちこめる。そして炎の壁となって美鈴に立ちはだかる。
火尖槍を手元でまわし構える。
次の瞬間、火尖槍は真っ二つにされた。
咲夜の渾身の一撃。おそらく、これまでのナイフとは違い、投げるではなく、切り裂くもの。その完全に藍の意表を突いた一撃で火尖槍もまた崩れ、消えていった。ふと咲夜に振り向くと、その後ろには無数のナイフ。先ほど金鞭によって弾かれたものを回収し再利用。
「そして、時は動き出す」
掛け声とともに放たれる、ナイフの弾幕。かわしきれずにそのほとんどを受けることになる藍。腕に、胸に、肩に、顔に次々とナイフが突き刺さる。すべてのナイフが通り過ぎる頃には、前方はハリセンボンならぬナイフセンボンであった。
この機を最初で最後のチャンスと、美鈴が拳を振りかぶり突進。後方からは後ろに回り込んだ咲夜が大きくナイフを振りかぶった状態で登場。まさに挟み撃ち。
そして、最後の攻撃は行われた。
二人に襲いかかったのは、衝撃。予期せぬ横からの攻撃。それも同時に。
完全に入ったその一撃は二人を左右それぞれに吹っ飛ばした。薄れゆく意識の中で、最後に美鈴が目にしたのは、それはそれは美しい金色の――――
美鈴が目を覚ますと、目の前に咲夜と藍がこちらの顔を心配そうに覗いていた。
目が合うとすぐに安どのがこぼれたようで、とりあえず上体を起こすことにした。そこで初めて、自分が今まで気を失っていたことに気がついた。
真っ先に咲夜の心配をした。妖怪である自分でこうならば、人間である咲夜は大丈夫なのだろうか。
大丈夫よ、とあきれながら応えた咲夜。あの時、藍が一応加減をしてくれたのだろう。
案の定、そうだったらしくそのことを言った後すまなかったと頭を下げられた。
美鈴にしてみれば、謝られることは特になく、藍と同様にお人よしでもあるためこちらも謝り返すというどうでもいいやり取りが繰り返された。
思えば、容赦なくナイフを投げつけたり思いっきり蹴ったりと、こちらの方が謝る要素は十分だったわけだし。というよりも、大丈夫なのだろうか。確か、顔面にもナイフが思いっきり、主張するように刺さっていたはず。
それとなく聞いてみるが
「女狐のたしなみだよ」
と返された。
そのうちレミリアたちも入ってきて、楽しかったと労いの言葉をかけた。楽しかった、が労いの言葉なのかはさておき、とりあえずレミリアが楽しかったようなので美鈴は満足した。
「でだ。さすがにこのチートの塊の式神との死闘で疲れたでしょう。特に咲夜。無理してなくていいから貴方も休んでなさい」
「あら、ばれちゃいました」
「意外とすんなり認めましたね」
「ちなみに美鈴も無理するんじゃないわよ。この部屋から一歩でも出やがったらグングニルで不死城レッドさせるぞ。いやマジで」
「意味がわからないのに不思議と淫猥に聞こえますね」
「さすがね処女オタク」
「うるさいウブ魔女」
「らん勝ったね~! さっすが~! つよ~い! 今度ワタシともやろうね!」
「紅魔館の唯一の良心、か。それと小悪魔、なんでフランと一緒になって尻尾にしがみついたりしているんだ」
「アイデンティティの確立のためです!」
「私には、君が何を言ってるのか分からないよ、小悪魔」
紅魔館は今日も平和です。
「あ、ちなみに言い忘れてたけど咲夜と美鈴はしばらく休暇ね。その穴埋めはそこの式神が昇進する形で埋めとくから。ちなみにこれ、レンタル延長契約書イン紫印付き。あれを見たから他のメイドたちも納得してることだし。新メイド長(代理)、そういうわけだからがんばってね」
そして今日も藍様は、多忙です。
戦闘シーンも臨場感ありましたよ。
まー藍さまの完璧なこと、私も一台ほしい
個人的には、スペルカードの描写をもっと詳しく書いていただければより緊迫感を感じられたかな、と思いました。
戦闘?先頭?
3>いつもありがとうございます。
13>うれしい限りです。
14>これでも結構チート気味に書いたんですが、さすが藍様。
15>小悪魔って、性格がよくわかんないんでたまに壊れるように書いてるんですよね、てへ
17>わたしも一台ほしいですね
19>そうですか、今後とも精進していきます。ブラックラグーン、読んだことないんだけどそうなのかなぁ……
26>アドバイスありがとうございます。参考にしますね。
28>とても、誤字でした。すいません……
今回は、とても苦手な戦闘描写だったのですが、いろいろとアドバイスをいただきありがとうございます。
そういえば、今回出てきた金鞭ですが、実は禁鞭という場合もあるんですよね。一応、私は漫画の方ではない方で書きたかったので、金鞭の方にしたんです。
今度は、もっと設定などをしっかりまとめて書けるようにしたいです。
ではまた。
咲夜さんと美鈴も健闘しましたが、藍めっちゃ強いですね。