医務室のドアノブに手を掛けた瞬間、ドアの隙間から消毒用アルコールの香りが感じられた。
「咲夜、入るわよ?」
部屋の中から掛けられるのであろう返事を無視して、私は医務室の中へと入る。
どうせ、この館は私の所有物なのだ。
無断で部屋に入るからと言って、この私――レミリア・スカーレットを咎められる存在など居るはずもない。
医務室に並べられた六つのベッドの内、一番奥のベッドの上に、私の従者であるメイド・十六夜咲夜は横たわっていた。
いや、見る人によっては、あれが咲夜だと判断をする事は難しい状態かもしれない。
何せ、咲夜の顔には私のドロワーズが被せられているのだから。
「調子はどう?」
気分を尋ねながら、咲夜の顔からドロワーズをそっと捲り上げる。
さらさらとした優しい肌触りのドロワーズの下、咲夜の顔色はあまり良くはなかった。
……むしろ、悪いと言うべきだろうか。
ドロワーズがじっとりと湿っているのは、汗のせいだろう。
ロイヤルフレアサウナでアカスリマッサージをさせた時でさえ汗の一滴すら流さなかった咲夜が、今は汗をかいている。
それだけでも、今の咲夜が危険な状態だと言うのがありありと理解する事が出来た。
「……あははっ、大丈夫ですよ。お嬢様の心配には及びませ……ゴホゴホッ……」
「ああもう。言っている傍から咳をしているじゃない。温かくして寝ないと駄目でしょう」
「申し訳ござい、ゴホゴホッ……す、すいません……少し、横になっていますね」
「ええ、それが良いわ。……日頃から私が何かと無茶をさせていたせいで、疲労が溜まっていたのかもしれないわね」
「そんな事っ、ゴホッ……んっ……すいません……」
「ああもう。大人しく寝ていなさいってば」
咲夜が熱で倒れたのは、今からおよそ一週間程前。
瀟洒な従者が熱で倒れる――それは、運命を見透かす私ですら予想だにしていない事だった。
私にとって、十六夜咲夜とは常に冷静沈着で有能にして絶対万能。
年中無休で働かせたとしても健康を崩さず、嫌な顔一つせずに私に従ってくれる存在だったのだから……本当に、それは予想外のハプニングだった。
何にせよ、今の咲夜は病人。
しっかり休息を取って、快復をしてもらわないと。
「気分が良くないなら、冷たい物でも用意させようか?」
「いえ、そこまではご心配なさらずとも大丈夫です。何か必要な物があれば、その時は自分で――」
「病人は大人しくするのがお仕事でしょう。熱の時くらいは休むのに専念しなさい」
「――はい。でしたら、お嬢様のお心遣いに甘えるとします。
それと、そろそろお薬の時間ですね。新しいお薬を頂けますか?」
「はいはいっと。そうやって、素直になれば良い物を」
ベッドの中で少しばかり申し訳なさそうにしている咲夜だけれど、その目元はほんの少しだけ嬉しそうに綻んでいた。
咲夜を気遣えるだなんて、文字通り千載一遇の機会だ。
この機会に、存分に看病を受けてもらうとしよう。
まずはお薬の時間だ。
「それじゃあ、新しいお薬を用意するわね」
そう言うと、私は自らのスカートの中に指を差し入れ、履いているドロワーズの裾を優しく摘む。
スカートの裾をはためかせないのは、紅魔館の主としての礼儀故。
スカーレット一族に伝わるドロワーズを脱ぐ時の三か条――スカートを捲らず・破らず・たくし上げず――お父様が残した遺言だ。
私はスカーレットの一族に相応しく、スカートを乱す事なくドロワーズを優雅にずり下ろした後、それを優しく咲夜の顔に被せてあげた。
こうする事で咲夜の病気は快復すると、あの月人が言っていたから。
脱ぎたてのドロワーズが、まんべんなく咲夜の顔に覆い被さる様に整えながら、私はあの月人との会話をふと思い出していた。
『咲夜さんの病気はかなり深刻な病気ね……正直言って、薬剤の投与でどうにか出来る物じゃないかもしれないわ』
『そんな!? どうにかしてよ! 貴女、天才なんでしょう!』
『落ち着きなさい。あくまでも薬剤の投与でどうこうするのが無理なのであって、咲夜さん本人の免疫力や抵抗力を使えば話は別よ』
『免疫力……?』
『先程咲夜さんの血液を調べた結果、面白い事が分かったわ。
咲夜さんはね、百兆人に一人とも言われる希少抗体・M-AID398型抗体の持ち主だったの』
『え、えむえーあいでぃー?』
『M-AID398型抗体。正式名称は瀟洒系完璧型抗体398号。通称、メイド長免疫』
『……名前はまあ良いとして、それがどう治療に役立つのかを教えて頂戴』
『このメイド長免疫はね、尽くすべき相手を傍に感じれば感じる程に、その免疫能力を強くする性質を持っているのよ。
文字通り、主の為ならばどこまでも強くなれる……そんな、咲夜さんを体現した様な免疫ね。
そして、このメイド長免疫の免疫機能に上限は存在しない。理論上、咲夜さんの身体を蝕んでいる病原菌にだって勝てる』
『――! つまり、そのメイド長免疫を最大限に利用すれば!』
『そう。咲夜さんは助かるわ……そして、咲夜さんが主である貴女を身近に感じる方法、それは――」
「ドロワを被せる事、か……」
「……ふぇっ?」
「独り言よ。咲夜は大人しく、ドロワーズのニオイでも嗅いでいなさい」
「ふぁい……えへへっ、お嬢様が先程までお召しになっていたドロワーズが身近で……何だか、ふわふわした気分、です……ふぁ……」
「……やれやれ」
最初は、本当にこんな治療で良くなるのだろうかと半信半疑だった。
けれども、初めてドロワーズを被せた夜、目に見えて咲夜の様子は快復していたのだ。
顔色と血色は良くなり、熱も僅かながら下がっていた。
もしもドロワーズを被せていなかったら、この一週間で咲夜は命を落としていたのかもしれない。
その様に考えると、ドロワーズ様々だと言えよう。
メイド長免疫、恐るべしだ。
「……早く、良くなってね。咲夜がこの調子じゃあ、他の皆も調子が狂っているみたいだからさ」
すやすやと、咲夜が安らかな寝息を立てているのを確認した後、私はそっと医務室を後にした。
◆ ◇ ◆
あれからさらに一週間――咲夜の体調は、日を追うごとに悪化していた。
一度は快復したかに見えた体調も今では元通り。
……いや、下手をすると元よりも悪化しているかもしれない。
永遠亭から無理やりに連れ出した月人に咲夜の診療をさせながら、私はただそれを見守る事しか出来なかった。
「……どう言う事なの? メイド長免疫が正常に機能していれば、こんな事には――んっ? このドロワーズは……」
何かに気付いたのだろうか?
月人は咲夜がつい先程まで顔にかけていたドロワーズを掴み取ると、クンクンとそれを嗅いでいる。
「……貴女、まさかこのドロワーズを咲夜さんに?」
ドロワーズを差し出しながら投げ掛けられた問いに、私は黙って頷く事で答え――
「――このっ! バカ! どうして新品のドロワーズなんかを被せるのよ!?
メイド長免疫は、主のニオイやぬくもりを感じないと機能しないのよ!?
長年履き続け、下半身と同化ていそうなドロワーズを被せないと意味が無い!
こんな、買ったばかりで一晩や二晩履いた程度の新品で、効果があるとでも思っていたの!?
何よ、このサラッサラでツヤツヤの新品そのもののドロワーズは!
ドロワーズ治療法を行うなら、被せるドロワーズはくたびれていて、微かにシミやヨゴレがあるのがベストだと言うのに!」
月人の叫び声が、私の胸に突き刺さった。
――そう、だったのか……
私は、メイド長免疫の性質を理解していなかった様だ。
咲夜が病人だから、ドロワーズも清潔な方が良いと思って常に新品を用意し、一時間だけ履いた後に被せていたのが過ちだったらしい。
逆だったのだ。
メイド長免疫を最大限に活性化させるには、清潔なドロワよりも不潔なドロワの方が適切だったのだ。
これは、私の招いてしまった結果だ。
もはや、咲夜を救う方法は、無い。
絶望が私の心を蝕んだ瞬間、膝から力が抜けて、その場に――……
「何をしているのよ、レミィは」
「あらら。お姉様ったら、こんな事でへこたれてしまって、それでも吸血鬼なのかしら?」
倒れかけた瞬間、両肩を支えてくれる手があった。
パチェとフラン。私と同じく紅魔館で暮らす友人と妹。
「あ、貴女達、何を……?」
「話は聞いていたわ。咲夜を救うには、主のドロワーズが必要なんでしょう?」
「そりゃあ、そうだけど……でも、私のミスのせいで」
「咲夜の守るべき主って言うのは、確かにレミィでしょうね。
でも、咲夜はこの紅魔館のメイド長なのよ? ならば、食客である私や、主の妹である妹様だって同じく守るべき存在であるはず」
「……パチェ、貴女まさか」
「そのまさかよ」
言うが早いか行うが早いか。
パチェは無言でスカートの中に手を差し入れると、勢い良くドロワーズを脱ぎ捨てていた。
脱ぎたてホカホカ。パチェの体温だけでなく、魔力やニオイまで伝わって来そうなドロワーズだ。
「こんな事もあろうかと、一週間程同じのを履いていたわ」
「えへへっ! 私も咲夜の為に、495年モノのヴィンテージを持って来たわよ!」
「……貴女、達……」
「……レミィと同じく、私と妹様だって咲夜の事を大切に思っているわ。
だから、咲夜の治療の為に出来る事があるのなら、何だってしたい」
「私だって同じよ! お姉様にだけ良い顔はさせないんだから!」
二人の優しさが、ドロワーズから感じられる様な気がした。
ぽつり、ぽつりと医務室の床に落ちたのは雨漏り――ではなく、私の瞳から零れ落ちた涙の粒か。
「それにね、私達だけじゃないの。医務室の外を見てみなさい」
「えっ?」
パチェに誘導されるがまま、医務室の扉を開けてみると、そこには……
「私のドロワーズも使って下さーい!」
「メイド長が死ぬなんて絶対にイヤですー! 私のドロワーズも、少ないけど使って下さい!」
「こんな日の為に三年間履き続けた相棒があります! 今こそ、メイド長の為に」
「私はドロワーズじゃなくてティーバックですけど、足しにして下さいっ!」
「普段は履いていないんですけど、咲夜さんの為に三日間履き続けました! 今こそ、使って下さい!」
何十人――いや、何百人と言う妖精メイドが、自らの脱ぎたてドロワーズを掲げていたのだ。
普段はてんでバラバラの身勝手に働き、主である私の手を焼かせている妖精メイドが、咲夜の為に心を一つにしている。
主として、これ程に嬉しい事はない。
何と言ったって、我が紅魔館が咲夜の治療と言う目的の為、一致団結しているのだから。
「さあ、レミィ。妖精メイド達の心遣いをムダにしちゃいけないわ」
「ええそうね! 何としてでも、咲夜には元気になってもらわなくちゃ!」
「ああ。それと小悪魔の黒いティーバックとガーターベルト、美鈴の褌もあるからこれも一緒に被せましょう。美鈴のは汗臭くて強烈よー?」
「ふふふっ、流石は紅魔館の門番ね!」
「おかげで今頃美鈴はノーパンならぬノー褌で門番中だけどね。チャイナドレスだからスリットが危険だわ」
「お給料を増やしてあげましょう。危険手当で」
「………………愛する咲夜さんの為に、皆の心が一つになるだなんて……素晴しい事だわ。
永遠亭のウサギ達にも、是非見習わせなくちゃ」
「さぁさぁ! 咲夜の為、皆の心は無駄に出来ないわよ! どんどん咲夜の頭に被せて頂戴!
皆の愛が、咲夜を救うのよっ!」
「「「「「「「はいっ! レミリア様!」」」」」」」
そして、私達は熱で苦しむ咲夜にひたすらドロワーズを被せ続け……すべての作業が終わった頃には、東の空から太陽が頭を覗かせていた。
後は、メイド長免疫に賭けるしかない。
私達紅魔館の面々は、ドロワーズを山ほど乗せられてちょっとした小山の様になったベッドを、ひたすらに祈る様な気持ちで見つめているのだった――……
この温度差も笑い所の一つだと思いもするのですが……、僕としてはラストの現実的な一言はちょっと……。
だがそれがいい
なんだこれwww
もっとやってくださいwww
_, ,_ パーン
( ‘д‘)
⊂彡☆))Д´) >>レミリア
( ‘д‘)
⊂彡☆))Д´) >>作者
あの~、小悪魔のティーバックだけでも譲ってもらえないでしょうか?
壮絶なアホだ
パーフェクト変態のアホがこんなところにいた!
妖怪や妖精には窒息という概念がないのかwwww
これはひどい、今まで見た中でとびきりひどいwww