煙管の呑み方――まずは刻み煙草を指先で掴み、優しく丸め先端部である火皿へと詰める。この時に注意すべき事が幾つかある。一つは煙草の量が多すぎても、少なすぎてもいけないと言う事。少ない量では折角の風味が存分に愉しめず、かといって過分では味が強すぎてしまう。自分の好みに見合った量を見つけ出すのが、一人前の煙草呑みへの第一歩なのだ。量が決まれば次に注意すべき事、それは刻み煙草の詰め方だ。指先に適量の刻み煙草を掴み取った後、火皿へと詰め込む。この際余り強く丸めて押し込んでしまうと、空気が雁首を通りづらくなってしまい、心地良く煙を吸い込む事が出来なくなってしまう。ただ煙草を詰めるだけの段階でさえ、煙管にはこの様な丁寧な手順が必要になる。故に粗暴な人物には煙管は向かない。繊細な扱いを心得ている人物にこそ相応しい嗜好品なのだ。
煙草の準備が整えば次は炎を灯す段階だ。点火の方法は数あれど、僕はと言えば味気ないマッチなどを使うよりも、やはり煙草盆の炭火を使う方法をお勧めしたい。何故ならば煙管とはそれ単体で愉しむ物ではなく、それを取り巻く種々の空気、ともすれば面倒とも取られかねない一連の手順や、趣向を凝らした煙草盆や雁首の装飾などの一連の雰囲気ごと愉しむ物だと考えているからだ。
煙草に火が付けば次こそはいよいよお愉しみ、煙を胸一杯に吸い込む番だ。事ここに至っては最早無粋な事などは言うまい。ゆっくりと優しく、満足の行くまで存分に吸い込むと良い。今までの行程で徐々に堆く積み上げてきた期待。それを満たすかのように豊かな風味が肺へと染み渡っていくだろう。
煙草が燃え尽き、真っ白な灰となったからと言って煙管の愉しみは終わりではない。寧ろここからの味わいがあってこその煙管だと言う者も居るだろう。吸い終わった煙管を手に持ち、煙草盆の灰吹きに軽くぶつける。雁首と灰吹きが奏でる心地良い高音は、何とも言えぬカタルシスを味わわせてくれる筈だ。
さて、今までの説明で、煙管が如何にゆったりとした時間を愉しめるかが理解して貰えた事と思う。見識ある君ならばそれが如何に素晴らしいものかが判るだろう。どうだろうか、一つ君も嗜んでみないかい?
◆ ◆ ◆
「何故、来て早々に私は貴方の売り込み口上を聞かされているのかしら」
僕がかつて無い程真摯に煙管の良さ、ひいてはそれが賢者たる八雲紫にどれ程までに相応しいかを切々と語り聞かせたというのに、彼女から返ってきた言葉は僕の情熱を吹き消してしまうような、余りにも無情なものだった。
「扉からは入って来ないとは言え、店内に居る以上客は客、それならば店主として商品を勧めるのは至極当然の流れだろう」
「……普段からその位店主としての意欲があれば言の葉に説得力も宿るのでしょうけど、残念ながら逆効果よ。大方、大量の煙管を仕入れたのは良いものの、結局は始末に困っての売り込みでしょう」
何と言う事だ、ものの見事にこちらの事情を看破してくるとは。流石は妖怪の賢者、素晴らしい洞察だと言うべきか。確かに今現在香霖堂内には、先日無縁塚にて大量に仕入れた煙管が溢れている。
この有り余る程の煙管が幻想郷へと流れ着いた事から察するに、外の世界ではゆっくりと煙管を愉しむ事も忘れ去られてしまったのだろう。押し迫る時間の波に流されまいと、脇目もふらず必死に生きる外の人々。愉しみを捨ててまで進んだ先で一体何が得られるのだろうか。趣味に生きる事を最上の喜びとする僕にとっては想像も付かない。
しかし、趣味に生きるとて先立つものがなければ立つ瀬もない。どうにかしてこの煙管の山を捌き切る事が出来れば……
「まぁ、待って欲しい」
その為の第一歩として、ここで彼女に逃げられては不味い。自分で言うのも憚られるのだが、ここの所この香霖堂の客足は芳しくない。時たま訪れる者の姿はあれど、決まって顔見知りの少女ばかり。まさか少女相手に煙管の味わいを語る訳にも行かず、二進も三進も行かぬ所だったのだ。せめてもここで一つ位は在庫を減らし、今後へと繋げる足掛かりにしたい。
「僕は君にこの煙管が相応しいと思ったからこそ、ここまで熱心になっているんだよ」
「あらご挨拶ね。それならば、その私に相応しいと思える理由を滔々と語って貰おうかしら。場合によっては買い入れる事も考えるわよ」
フムン……これは機会が与えられた、と思って良いのだろうか。ならば、かつて丁稚時代に手解きを受けた技、今こそご賞味願おうか。
「それでは暫し耳を拝借させて貰う。さて唐突だが、煙草の煙を『紫煙』と称する事はご存じだろうか? 本来白の単色である筈の煙草の煙、それがどのようにして紫の煙と呼ばれるに至ったのか、その由来について語らせて頂く。最後まで聞いて貰えれば、何故僕が君にこそ相応しいと語ったのか、その理由が判ると思う。
紫煙の由来について語るには、まずは紫という色の持つ意味について説明する必要がある。古来において、人々は様々な自然素材より色を抽出し、服の染め付け等に用いていた。しかし種々の色の中でも、特に紫という色は、まだ拙い人々の技術では抽出が難しく、それ故希少な色とされた。そして往々にして、希少な物は特権階級によって占有される。紫色もご多分に漏れずだ。実際外の世界で記された文献によると、外界でかつて栄えたローマと呼ばれる帝国では、紫色は皇帝だけが用いるべき色と定められたらしい。そういった歴史の背景もあり、いつしか紫は『高貴』の連想色となっていった。
紫の持つ意味に次いで、煙草についての話をしよう。煙草の葉、こちらも人々にその存在を知られるようになった当初は数が少なく、非常に貴重なものだった。先程述べた通り、貴重品がなぞる道は相場が決まっている。煙草も長らく、上層階級の人々のみが愉しむ嗜好品とされてきた。
ここまで来れば話は判るだろう。高貴な人々の間でのみ許された嗜好品である煙草。その煙草が生み出す煙の色は、貴き色である紫と呼ばれるに相応しいと言う事が。紫煙の名の由来はそう言う訳さ。
さて、煙草、ひいてはそれを愉しむ道具である煙管。これが高貴たる名を冠する君だからこそ、見事に調和する一品だと言う事がご理解頂けたと思うのだが、どうだろうか?」
僕は語った。語り尽くした。これで駄目ならば、僕に最早為す術はない。さぁ、どうだ?
「ふぅ……判ったわ。そこまで熱心に掻き口説くならば、せめて一つは頂いて行かないと罰が当たると言うものね。折角だから店主さん、私に見合うような一品を見繕ってくれないかしら?」
◆ ◆ ◆
紫が煙管を携えて帰路に着いた後、店内は水を打ったように静まりかえっている。僕はその静寂を味わうように、一人紫煙をくゆらす。それにしても高貴な者が生み出す紫の煙か……我ながら良くもまぁでっち上げたものだ。そう、紫煙の名の由来などは全くの虚構。切羽詰まった僕が、あの場で考えついたものに過ぎない。
丁稚の際に親父さんより叩き込まれた技術。巧言を弄する事で客を宥め賺し、いいように物を買わせる方法。道具はそれを持つに足る人物の元へ、を信条とする僕としては、相手を煽て上げて物を買わせる技術など、金輪際使う機会はないと思っていたのだが、やはり背に腹は替えられないのだ。……彼女が満足そうな面持ちで店を去ったのが、せめてもの慰めだと思おう。
煙管を持ち上げ灰吹きへと振り下ろす。店内へと響くその音は、幾らか僕の気持ちを落ち着かせてくれる。そう、過ぎた事に拘っていても詮無き事、見据えるべきは前、差し当たっては煙管の山だ。さて、次はどのようにして売り込むべきか……
出来ればもう少し長くして欲しかった。
霖之助らしさが上手く出ていて良かったと思います。
しかもあたかも本当にそうであると思わせるテクニック。
コレを生かせば普通に香霖堂は繁盛しそうなのにwww
ちょっとボリューム的に物足りない感じが……。
霖之助の語りが巧く、スラスラと読むことが出来ました。
ただ、もうちょっとボリュームがほしかったかな、と思います。
霖之助のわずかな商売人らしさが滲み出るお話でした。
でも、香霖堂仕様の紫だと、どう見てもまずいw
このSSを読んで久しぶりに吸いたくなってしまいました。
しかし、お高くて煙草盆はちょっと手が出ませんね、幻想入りしきってしまう前に購入しておくべきでしょうか。
ちなみに私はマッチで火をつける派w
( 罪)<紫様は、煙草を吸っていてもお美しい・・・
煙草を小さく切ったりしてそれを入れて使ってる。
誰にもばれてないとおもってw