いつものように煙管を吹かしながら寺の正門の前で出店をはっていると、角から何やらこちらを覗く影が見えた。寺子屋のちびっ子どもがまた授業をさぼって遊びに来たかと思ったがよく見ると背中から羽が生えている。ああ、妖精か。改めて人間と人外の距離の近さみたいなのを実感する。1000年以上昔でもこんなに身近に感じることは無かったなぁ。というか自分自身が人外だし。姐さんの元で寺に仕えていたとはいえこんなに人間と接するようになったのはこっちに来てからだ。
ぼんやり、そんなことを思い返していると件の妖精はまだちらちらとこちらの様子を伺っていた。大方店の噂を聞きつけてやってきたのだろう。うちの店は何やら里中の子どもたちの間で流行っているらしい。元々寺の宣伝を目的として始めたのだが、お守りや食べ物の販売と同時に行っている雲山の遊具がどうにもウケてしまったのだ。お陰で毎日何人もの子どもたちが寺を訪ねてきてくれているのだが肝心の宣伝にはほとんど結びついてないし、授業をさぼってこちらに来るものだから里の賢者殿から注意されてしまった。だが姐さんにこのことを相談しても
「あらあら賑わいがあって楽しそうですねえ」
と、満面の笑みで返されてはこちらは何も言えない。というか可愛すぎて鼻血を止めるのに精一杯だった。いやはやあの笑顔が見れるのならジャリ共ばっちこーいといった感じである。……あ、まだ覗いてる。そろそろ可哀想になってきたので煙管の灰を落としてこちらから出向いてやることにする。妖精は自分が椅子から立ち上がったのを見てビクっと体を強ばらせたが、直ぐに開き直ったのかこちらが近づききる前にばっと角から飛び出してきた。青い、私とよく似た色合いの服を着ている。氷精……か? 博麗の宴会でたまに見かけるような。よく見るともう一匹妖精が裏に隠れていたようだ。飛び出してきた妖精につられて恐る恐る姿を現した。こちらは緑の服を着ている。
しゃがみこんで話を聞くとやはり噂を聞きつけてここに来たらしい。曰く
「寺子屋の太助が『すっごい面白いからチルノちゃんも行ってみなよ』って言うから来てやった!」
そりゃありがとよ。傍らの妖精は未だにこちらを警戒している。どうやら無理やり連れてこられたようだ。可哀想に。ま、妖精とて追い返すわけにはいかない。うちの寺は人妖あらゆる種族を平等にというのがモットーだ。それに宣伝を兼ねているとはいえ遊具は開放されているから遊んでいくならどうぞご自由に。
てなことを話すと氷精の方は我先にと正門を走り抜けていった。もう一方はこちらにぺこりと頭を下げると先程の氷精をとてとてと後を追っていった。んー、微笑ましい。こういう風景を眺めるのは悪くない。もう少し店を出す頻度を多くするかなあ、今が週二だから週三くらいに。でもそうするとみつとナズに家事の負担が増えてしまう。難しいか、やっぱり。そういや店を始める時楽して申し訳ない的なことを言ったらみつは
「こっちは大丈夫だよ? それにいっちゃんは広告塔なんだからどんどん前に出てもらわないとねー」
なんてへらへらしながら応えてくれたものだ。今回もこのことを言えば賛成してくれるだろうがやっぱり心苦しい。それにあの二人に家事を全て任せるにはまだ不安がある。ナズは隙あらば部下に仕事をやらせるし、みつは水仕事を任せると何故かテンションがガタ落ちしたり急上昇したり非常に不安定になる。どちらもこなしてくれることに変わりはないのだがいつか何かやらかしそうな雰囲気が漂っている。自分が仕切らなければ、みたいな無駄な使命感が心に根づいてしまうほどだ。やはり今の頻度がちょうどいいだろう。
しかし氷精たちがまだ戻ってこないところを見ると大分楽しんでるようだ。普段から飛ぶことができる妖精にも雲山の『跳ね雲』は中々の好評らしい。ドーム状の雲山の中は気圧を少々いじってある。加えて足元にはぬえがどこからともなく持ってきた謎の物質(なんか角質の粒子がどーのとか言ってた)により弾力性に富んだ雲が広がっている。要は中に入るとぽよんぽよんとした足場で飛んだり跳ねたりすることができるのだ。
先日これを見た山の巫女が
「か、神奈子様! エアートランポリンですよエアートランポリン! 懐かしー! 私あれのピ●チュウのやつが大好k」
と大はしゃぎしながら連れに引き摺られていた。恐らく外の世界に似たようなものがあるのだろうが、横文字は苦手なので勝手に名付けさしてもらった。最初ぬえの悪戯のせいで妙に柔らかくなった雲山を見たときどうなるかと思ったがまさかこんな形で有効利用できるとは思ってもいなかったなあ。世の中何が起こるか分からないものだ。ぬえにはしっかり拳骨を食らわせたが。
しばらく、煙管を吹かしたり出店のほうで綿飴やお守りなんかを売っていると満足そうな笑顔を浮かべた氷精が寺から出てきた。どうやら楽しんでいただけたようだ。帰り際の二匹に綿飴と、それとうちの教えや案内が載っている冊子を渡した。
「?」
あー、字が読めないのか……。しょうがないので今度開かれる姐さんの講談会に来るように言っておいた。いまいち分かっていないようだったが、お茶と菓子も出すことを伝えると途端に目を輝かせていたのできっと来てくれるだろう。緑の妖精にも楽しかったかと聞いてみると小さくこくん、と頷いてくれた。こういう瞬間がやってて良かったと思える時だ。
去っていく妖精たちを見送るとふと、彼女たちの頭に何か白いものが積もっているのが見えた。あれは多分雪、だろうか。……雪? え、何で?
「うんざあああああああああん!!」
そこには氷精の冷気のせいで雪雲になった雲山がいた。
***
次の営業日、やはり煙管を吹かしながらぼんやりしてると角からこちらを覗く目が二つ。また来てくれたようだ。少し嬉しくなってちょいちょいとこちらが手招きしてやると姿を現して、現して……あれ?
「また来てやったぞ!」
「ちょっとチルノちゃん……」
「ここ? なんとか屋ってのは」
「そのくらい覚えておきなさいよサニー。……えーと何だっけ?」
「あ! スター逃げた!」
増えた。
──────────
夕方。鴉が鳴き始めそろそろ店じまいかなあなんて思っていると
「……」
綿飴をじーっと見つめる地獄鴉がいた。この緑のリボンどっかで……地底にいたとき旧地獄で見かけたような。いいのかな、こっちに出てきて。
「大分地上の妖怪との和解も進みましたからね。頻繁に出てくるとあまり良い顔はされませんが」
「うおっ」
いきなり話しかけられて滅茶苦茶びっくりした。というか、今何に答えたんだこの人? てか、誰だ?
「いえ別に」
胸元の目玉のアクセサリが目に入る。もしかして、地底の当主様か? ということは……
「ええ、まあその通りです」
……最悪だ。よりにもよってこの人に遭遇するとは。世話になったとはいえ面と向かって接したいとは絶対に思わない。全てを見透かしたような目はこちらをじっと見つめている。この苦手意識も読んでるんだろうな、多分。ならもう気を遣う必要はないか。どうせマイナスな感情は読まれちゃうし、相手方もそれに慣れてるようだし。『あなたのことは苦手です。でも話することくらいならできます』くらいの気概でいたほうがいいのかもしれない。
「そうですね。そのほうがこちらとしても楽です」
らしい。そういえば鴉のほうはどうしたんだろう。当主様と一緒にちらっと横を見てみると
「……」
今度は雲山のほうをじーっと見つめていた。遊びたいのだろうか、遊びたいんだろうな。背丈は当主様より高いのに精神年齢はだいぶ低いようだ。この体格だと少し狭すぎるかもしれない。広げてやるか。輪をちょっと振ってやると雲山が一回り膨らんだ。ぷっ、びっくりしてやんの。そのまま鴉は雲山の中へ入っていった。楽しんでくれるといいんだけれど。
当主様のほうへ視線を戻すと無言で頭を下げてくれた。……いい人だ。苦手だなんて思ってごめんなさい。すると今度はにっこり笑ってくれた。ん~、地底との交流も視野に入れるべきだろうか。今度姐さんとあのスキマにお伺いをたててみよう。
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CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!
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……え? 何この警告音。どっから鳴ってんだ。
「お空はテンションが上がると爆発してしまうんです。これはその時の音ですね。困った子」
「雲山その娘入れたまま急上昇!!!」
困った子ってレベルじゃねえよ! 何でそんな優雅なの!? 慣れてるのかこの爆発オチに!?
ヤバいヤバい何か警告音早くなってるし!! 雲山速く上がれえええええええ!!
「吐き出して、散開っ!!!」
雲山が霧状になって鴉がむき出しになると同時に、宵の里に花火が上がった。
***
翌日、当然のように里の賢者殿からお叱りを受けた。畜生。ナズが横でニヤニヤしててムカついた。みつはニヤニヤどころか大爆笑してた。もう怒る気にもならない。
ちなみに地底との交流はまだお偉いさん同士で検討中とのことだ。忌み嫌われる能力のせいで地底に隔離されたというが先日の当主様の様子を見る限り、今と昔ではかなり認識の違いがあるんじゃないだろうか。何かこう、姐さんと境遇が似てる部分も無きにしもあらずって感じだからどうにかしてほしいなあ。
あの鴉は今のところ綿飴で我慢してもらってるけど。
──────────
また今日も子どもばっかり訪ねてくるうちの店。たまにお守りとか買っていってくれる人もいるのだがまだまだ主な客は子どもたちだ。しかもこの前、煙管の煙を輪っか状に吐く技をうっかり見せたらやたら懐かれた。一服くらいゆっくりさせろい。綿飴を勝手に持っていくな。それは「あんざんきがん」と読むんだ。丈夫な赤ちゃんを産めるようにっていうお守りだよ。赤ちゃん、は、あー、そのー、あれだ。あそこにいる黄色い姉ちゃんに聞けば分かる。……おー、見事なほど顔真っ赤になってら。滅茶苦茶分かりやすいなあの人。
「もし」
「はい?」
子どもたちに混じって白髪の女性……いや、少女が立っていた。腰には物騒な業物が二本。道場破りか何かか? 生憎ここはお寺なんですがねえ。剣術指南なら向こうの角を右に曲がって二つ目の角を左に曲がったところにある道場に行った方がいいよ。
「いえ、こちらの綿飴をいただきたいのですが」
あ、はいはい。で、いくつ?
「5貫ほど」
5本で勘弁してください。重さの単位で頼む人初めて見たよ。業者か何か勘違いしてないか? こちとら出店やで?
「ここの綿飴はそこらの甘味処より美味と聞きました故、私の主がご所望なのです」
あなたのご主人に『脳味噌が綿飴で出来ていらっしゃるのですか?』とお伝え下さい。
「もうすでに言いました」
言ったのね。言った上で来たのか。どうしようもないな。とにかく5貫なんて無理だから。材料足りない時間が足りない何より私が面倒くさい。まあ作業してるの雲山だけど。どう考えても砂糖そのまま口に突っ込んだ方が効率いいよ。あそこの雑貨店で業務用の砂糖売ってるから。
……あらら、落ち込んじゃった。中々大変そうだなこの人。上司があれだと部下は色々辛いんだろうな。良かった姐さんが可憐で可愛くて優しくてしっかりしててでもちょっとお人好し過ぎることもあったりするけどそれがまた癒されて体つきのほうもね胸とかねお尻とかね辛抱たまらん。何と言うかナズどんまい! って感じだよね。
とりあえずますます小さくなってしまった少女に人生相談を勧めておいた。うちは講談を行う他にこうやって相談も承ってる。姐さんが相談役になって色々話を聞いてるのだ。これは勧誘が目的ではなくあくまで姐さんの好意によって成り立っているので言ってみれば一種の慈善活動だ。帰り際に冊子や資料を渡してはいるけど、私が。せっかくだしね。
少女はそのままとぼとぼと帰っていった。その姿は哀愁が漂っていて何だかもの哀しい。あの歳で苦労人か。世の中世知辛いね、幻想郷といえども。せめて姐さんに相談して少しでも元気になってもらいたいものだ。なんて思いながら煙を吐いたら思わず綺麗な輪っかが。子どもたちが寄ってきた。
***
「もし」
「はい?」
顔を上げると薄い桃色の衣を纏った貴婦人が立っていた。上品な佇まい、どこかの令嬢だろうか。何の用だろう。
「綿飴を10貫ほどいただけるかしら?」
無理です。
──────────
春の妖気、間違った、もとい陽気が段々と広まり気温も上がってきた。そろそろ服を生地の薄いやつに変えようかな、と思っているとみつから
「いっちゃんその被り物普段は脱いだら? 地味だし、何か勿体無いよ。これから暑くなるだろうし」
と言われた。地味、という言葉に少々カチンと来たが特にこだわる必要も無いし今日は脱いで営業している。髪は邪魔になるので後ろに束ねた。春風が髪を撫でて結構気持ちがいい。とりあえず秋が来るまではこれでいようかしら。
そういえば春用の服を奥から引っ張り出そうとしたら何故かごてごてに飾られたキツイ桃色のものになっていた。とりあえずぬえを殴っておく。無事元に戻った服を着てみると少し違和感が。微妙に丈が短くなってやしないか? 一応もう一回ぬえを殴ったが変化は無い。とはいえ特に支障は無いので気のせいということにしといてそのまま着用することにした。
こんな感じで今日は普段と全然違う格好で営業している、のだが。男の客が多くないか? 気のせい? いやありがたいんだけどもお守りとか売れてるし冊子とかも配れているし。しかし忙しいのは性に合わんなあ。早く子どもたちが遊んでるの眺めながらのんびりしたいよ。
昼過ぎになると授業も終わったのか、子どもたちがぞろぞろと集まってきた。そのころには客足も落ち着きいつもの風景に戻っていた。集まった子どもたちが私の顔を見て何やらひそひそ話している。やっぱり変に思われたのだろうか。すると一人の男の子がこっちに近づいてきた。
「今日の雲の姉ちゃん何かきれいだなー。姉ちゃんじゃないみたい」
……………………。
よーしお前ら今日は綿飴食い放題だ。好きなだけ食べていいぞ。心配は無用。雲山が頑張るから。超頑張るから。無理矢理にでも頑張らせるから。お守りも持ってけ。
はっはっはっはっは。
***
はっはっはっはっは、はあ。
材料全部使っちゃった。やっべえどうしよう予備もねえよ。調子に乗って集まってきた子ども全員に綿飴食べ放題なんてするんじゃなかった。いつも以上に人数いたし、里の子どもほとんど来たんじゃないかって程だった。中で子どもたちを遊ばせながら綿飴を作りまくった雲山は心なしか疲れているように見える。気体の癖に。
とりあえず材料が用意できるまで綿飴はお休みして、お守りも新しく作ってもらって、えーと後は
……帽子は被っておこう。
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ある日、一人の女の子が泣きながら私に謝ってきた。何事かと聞いてみるとどうやらはずみで下の雲をちぎってしまったようだ。別に雲山はそのくらい大丈夫だよと頭撫でたり綿飴あげたりしたらようやく泣き止んでくれた。そのちぎってしまった雲を受け取ってみると丁度私の手に収まる程度の大きさ。しかも二つ。
ふむ、中々の触り心地。揉む。揉む。揉む。揉む。その時ふと敬愛する姐さんの顔が思い浮かんだ。いや顔じゃない、もうちょっと下。もうちょい……もうちょい……そうそこ。白い肌を辿っていくと見える柔らかな双丘、つまり……。まあとにかくそれが思い浮かんだ。流石に姐さんのほうがこの雲より大きいけど。私と同じくらいかな、多分。
これ何かに使えそうな気がするんだよなあ。例えば子どもたちが使う毛毬代わりにしてみたり冷やして氷嚢みたいに使ってみたり。それとも用途を限定しないで買い手に任せてみるのはどうだろうか。一個いくらで二つ一緒に買うと少し安めにして、商品名は……おっと俗っぽい話になってしまった。この店はあくまで命蓮寺を身近に感じてもらおうとそういう目的で始めたんだ。金儲けに走るべきではない。
でも勿体無いな。どうしようか。冊子とかと一緒に置いて『ご自由にお取り下さい』とかそういうやり方にしようか。どうせ原材料費はただなんだし。とりあえず遊び終わって戻ってきた子どもたちにあげておいた。早速伸ばしたり蹴ったりぶつけ合ったりして遊び方を思いついたようだ。やはり子どもの想像力は逞しい。
***
私の考案した『餅雲』はあっという間に里中に広まった。何に使われているのかは知らないが物凄い反響だ。作っても作っても直ぐ無くなってしまうので今は休止している。当初はまた子どもたちが主に持っていくだろうと思ったら大人の女性がこれを持っていくのだ。これには驚いた。一体全体何に使われているんだ?
そういえば最近星のお胸が妙に……関係ないか。
──────────
朝、珍しく里に買出しに来たのであろう博麗のが非常に恨めしそうな目でこっちを見ていた。あいつはいつの間に橋姫に転職したんだ? 言いがかりをつけられても困るのでわざわざほとんど収入は無いことと中々信仰とは結びつかないことを説明、もとい愚痴る。物凄い良い笑顔をして帰って行った。根性が腐ってやがる。
昼、新聞屋が取材に来る。こっちとしてはお寺のことを取り上げてもらいたかったのだが専ら店のことばかり聞いてくる。やはり大衆の興味はそちらにしか無いということなのだろうか。少し今後の方向性について悩む。が、何故か段々と姐さんの私生活についての話に移行していったので問いただしてみると需要がどうのこうのと訳のわからんことをほざいた。とりあえず問答無用の妖怪拳を叩き込んでおく。
夕方、店じまいした後姐さんに今後について相談にのってもらった。昼間の件もあり今一度この店の存在意義みたいなのを確かめておきたかったのだ。ほとんど子どもたちの遊び場となってしまっている今の店に何か意味があるのだろうか。私がこうやって表に立つことも。ただの面白おかしい店で終わってしまっては寺のためにならない。そう考えたのだ。
「そう、ですねえ。確かに今あの店には子どもたちしか訪ねてきません」
「はい」
「でももし、あの子たちがこれから大きくなって何か困難にぶつかったとき、祝福をあげるとき、老いてその人生を終えるとき、子どもの頃に遊んだここを頼りにしてくれたら嬉しいじゃないですか。ねえ?」
……そっか、そうだ。言われて気づいた。彼らの時間は私たちよりもずっと早いんだ。子ども時代なんて尚更閃光のように。その一瞬の間に、うちや私の店が刻まれていたら。それを、思い返してくれたら。私があそこに立ち続ける意味もあるのかもしれない。うん、もうしばらくはあの店をやっていけそうだ。
「それに人間や妖怪が隔たりなく訪ねて来てくれるあの店が私は大好きですよ?」
訂正、あと1000年はいける。むしろこの笑顔のためなら未来永劫店を続ける自信がある。子どもたちのこれからと姐さんの笑顔。十分だ、十分すぎる意味と理由があるじゃないか。悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなる。明日からも頑張れそうだ。
夜、里の賢者殿が寺を訪ねてくる。私に用があるとのことだったので何だろうと訝しつつ出向いた。また苦情だろうか。これからまた頑張ろうと思っていたところなのになんとタイミングの悪い。しかし会ってみると苦情ではなくどうやら私に渡すものがあるらしい。
「先日、絵画の授業を行ったのだがな、題は「私の好きな場所」といった感じで。まあ後は想像がつくだろう?」
と言って数枚の画用紙を手渡してくれた。そのまま彼女は用は済んだと言わんばかりにさっさと出て行ってしまった。何もお咎め無しとは肩透かしを食らった気分だ。釈然としないまま貰った画用紙を裏返す。そこにはお寺と雲山と……私? なのかなあ多分、きっと。色合い的にも私の服だし何か矢印が引っ張ってあってそこには
「『くものおねえちゃん』、か~」
「おわあっ!?」
いつの間にか横にみつがいた。柄にもなく大声を出してしまったじゃないか。いきなり話しかけないでほしい。すっごいニヤニヤしてるし、何が可笑しいんだ何が。
「愛されてんじゃん、いっちゃんのお店」
「ま、まあね」
「あれ? 何か頬が緩んでるよいっちゃん」
んなことないよ、って言おうとしたけど声が出なかった。畜生。
***
今日も今日とて煙管を吹かす。やって来るのは『跳ね雲』目当ての子どもたちばかり。後ろの壁にはあの時の絵が貼ってある。久しぶりに訪ねてきた太助に恥ずかしいから外してくれと言われたが断ってやった。用を尋ねてみると安産祈願のお守りが欲しいとのこと。今度子どもが産まれるらしい。安産祈願の文字も読めなかった癖に、何ともまあ立派になったものである。
出産祝いだとお代は頂戴しないでおいた。礼を言い去っていく彼を見て、あいつの子どももいつか店に遊びに来てくれるだろうか。
そんなことをぼんやりと考えた。
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「……本当にこの店名でいいの? いっちゃん」
「何事も単純な方がいいのよ。覚えてもらいやすいだろうし」
「しかしこれだと何をする店なのか分かりづらいな」
「それっぽいもの売ればいいんじゃない? 綿飴とかさー」
「一応お寺の地域密着や宣伝が目的なんだからそこら辺忘れないように」
「お守りや冊子も一緒に配ればいいんじゃないか?」
「それだ」
「あ、あとさーこの前ぬえのせいであんなんになっちゃった雲山も頑張ってもらおうよ」
「どう頑張ってもらうのよ」
「あれ飛んだり跳ねたりさせたらすっごい面白いと思うんだよねー」
「もう少し真面目に考えてよみつ。うちは公園じゃないんだから」
「しかし地域密着というのにはかなってるんじゃないのかね。子どもたちも集まってくるだろう」
「ナズが言うとそれっぽく聞こえるけど……うーん」
「いいんじゃない? そんなに堅苦しいもんじゃないし」
「むう、それもそうか」
「店名も内容も決まったし後は一輪が頑張るだけだな」
「いっちゃんファイトー」
「ま、ぼちぼちやりますよっと。……さて」
「命蓮寺“入道屋”、本日……ではないけど開店といきますか!」
全体的に落ち着いていてとても和めました。
一輪さんはやはり素晴らしい!
根性が腐ってやがる。にはとても共感します!もっと言ってあげて下さいWW
いいぞもっとやれ。
一輪かわいいなー。
ほんといじり方次第だなあ
その発想はなかったw
太助との時を経た交流など終始ほっこりさせられっぱなしでした
雲山+衣玖さん=雷雲?になったりして
後はいっちゃんとみつ。
色々なエピソード盛り合わせでとても楽しめました。
ただ、ちょっと文章が長い?と言うか意味がすぐには取りにくいなぁと言う部分がたまに。言葉は非常に優しくわかりやすいんだけど。
ダブルスポイラーネタを早速取り入れた話はGJ。いっちゃんかわいいよいっちゃん
読むまで一輪さんにそんなに興味なかったのですがじんわり湧いてきました。
姐さんの言葉通りにラストのお守りを買いに来る太助とか話しのリズムもよく読みやすかった!
いっちゃんは愛されてるなあ。
前まで星蓮船メンバーでは空k・・・失礼、印象一番薄かった一輪さんの見方が結構変わったかも
サバサバしてる性格いいね!
それとみつといっちゃんが仲良さげなのがまたw悪友みたいなもんかw
一輪さんの日常が実に楽しそうで、こっちまで楽しくなりました。
この一輪さんいいわあ
よいねえ